高等教育機関における障害学生支援の動向([)九年間の変化 石田久之,天野和彦 障害者高等教育研究支援センター 要旨:日本学生支援機構の『大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査』に示された障害学生の在籍数,支援率,支援内容などから,調査開始以来の九年間の障害学生支援の動向について総括的な検討を行った。 キーワード:障害学生支援,視覚障害,聴覚障害,発達障害 1.はじめに 筆者らは,大学,短期大学及び高等専門学校(以下,大学等という)における障害学生修学支援について,独立行政法人日本学生支援機構(以下,JASSOという)が2005年度から行っている「大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」[1]〜[10]より考察してきた[11],[12]。本論文の目的は,JASSO調査開始以来の九年間の障害学生支援の動向について総括的な検討を行うことである。 2.障害学生数 図1に,全国の大学等に在籍する障害学生数を示した。障害学生数は,平成17年度(以下,報告書に合わせ元号による年度を用い,かつ元号は省略する)5,444名,18年度 4,937名で,この間のみ減少がみられるが,以降増加を続けており,26年度は14,127名である。これを高等教育機関全学生数に対する在籍率でみると0.44%であり,この在籍率についても18年度の0.16%から増加し続けている(17年度は,参考値として0.16%が示されている[1])。 また,支援を受けている学生数は7,482名で,この数は17 年度の調査開始当初より増え続けている。しかし他方で,支援率(全障害学生数に対する支援を受けている障害学生数)でみると,22年度を境に減少傾向がみられ,26年度は前年度をわずかに上回る53.0%である。図2は,障害学生が在籍している大学等の数である。17年度から18年度にかけて在籍学校数の大きな増加(1.2倍)が見られた。その後もわずかではあるが増加傾向を示し,26年度は833校で,調査開始時の1.40倍となっている。 図1 障害学生在籍状況(横軸は,年度。以下のすべての図において同じ。) 図2 障害学生在籍校数 図3は特別措置により受験した障害者数,合格者数,入学者数を示している。19年度までの特別措置による受験者数(青線)は,毎年1,700名程度であったが,その後増加し,26年度は2,907名である。特別措置による合格者数(茶線)は17年度の632名から26年度の1,138名へ(1.8倍),また,入学者数(緑線)は同じく17年度527名から26年度793名まで(1.5倍) 増加している。これらについて,年度毎に合格率(=合格者数÷受験者数×100),入学率(=入学者数÷合格者数×100)を求めたものが,図4である。 図3 特別措置による受験者数,合格者数,入学者数 図4 合格率と入学率 合格率(青線)についてみると,18〜20年度は50%近い値を維持していたが,その後漸減傾向が見られ,24年度は33.9%と調査開始以来最低となった。25年度は40.5%と6.6ポイント増加したが,26年度は39.1%と多少減少しており,今後の動向は不透明である。入学率(茶線)については,調査開始時からほぼ減少傾向で,26年度は69.7%となっている。一方,入学試験での特別措置を受けていない障害のある受験生については,合格率が95.8%(25年度),93.9%(26年度),入学率は99.7%(25年度),96.1%(26年度)と,いずれも,特に合格率で,高い値を示している(特別措置を受けていない障害のある受験生の数値は25・26年度のみ示されている)。 3.障害別学生数 図5は,障害別に大学等に在籍する学生数を示している。図1で障害学生の増加を示したが,その特徴は障害により異なっている。最も学生数が多い障害は,病虚弱(3,037名;JASSOは,「身体障害者福祉法施行規則別表第五号」,「小児慢性 特定疾患」に該当するもの,と定義している)で,順に肢体不自由(2,534名),発達障害(2,722名),聴覚障害(1,654名),視覚障害(710名)となっている。図から明らかなように,病虚弱学生と発達障害学生の増加が顕著である。他方,肢体不自由・視覚・聴覚障害学生は漸増傾向で,前二者と対照的である。 図5 障害別学生数 4.障害別支援率 図6は,障害別の支援率である。視覚,聴覚,肢体不自由の各障害の支援率は,ほぼ横ばいである。一方,25年度まで減少傾向を示していた病虚弱,発達障害学生の支援率は,26年度わずかながらも増加がみられる。図5と6の結果について,病虚弱・発達障害学生の受け入れは進んだものの,受け入れた学生への支援が行き届いていないと推測されているが[12],少しずつ支援に向けた取り組みが始められているものと思われる。 図6 障害別支援率 5.視覚障害学生への支援内容 図7は,盲と弱視の学生数とそれぞれの中で支援を受けている学生数を示している。盲については,23年度より学生数140名前後,支援学生数130名前後と,ともに大きな変化は見られない。弱視については,学生数,支援学生数ともに19年度から20年度にかけて大きく増加し,その後も増加傾向がみられる。 弱視学生への支援は,学生の視力や視野の状況で見え方はかなり異なり,個別性が高いものである。視覚障害学生への支援を考えた場合,盲学生への点訳支援が直ぐにイメージされるが,弱視学生への支援も同じように重要であり,関係者の意識改革も含めた支援の強化が急務である。図8は,視覚障害学生への支援として26年度に行われた内容のうち,実施校数が多い5項目について,18年度からの校数の変化をみたものである(1)。 教材の拡大(2), 教室内座席配慮,(3) 試験時間延長・別室受験,(4) 解答方法配慮,(5) 教材のテキストデータ化の5項目である。 図7 盲及び弱視の学生数と支援を受けている学生数 図8 視覚障害学生への支援 盲学生への支援として,よく知られているのが点訳・墨訳であるが,実際には50校に過ぎず,項目としては8番目で図には示されていない。これに代わるものとして教材のテキストデータ化が68校で行われている。パソコンにデータを取り入れて学修するスタイルが盲学生には好まれているようである。筆者の授業でも,資料を提供する場合,点字資料よりテキストデータにして欲しいと盲学生から依頼されることがしばしばある。一方,教室内座席配慮や教材の拡大は,弱視学生への支援である。このように弱視学生にも注意が払われるようになってきたことは,喜ぶべきことであるが,個別性という観点から,拡大文字の字形や大きさ,あるいは座席位置の明るさなどへの配慮も,各学生に即して考えるべき内容となる。 6.聴覚障害学生への支援内容 図9は,聾・難聴・言語障害学生の数とそれらの中で支援を受けている学生の数を示している。聾学生は,22年度まで学生数の増加がみられたが,それ以降大きな数的変化はない。支援率については,21年度以降90%以上の聾学生が何らかの支援を受けている。難聴学生は,学生数の増減に明確な傾向はなく800〜1000名で推移しているが,17年度からの9年間の変化を見ると,1.2倍になっている。聾学生に比べると,支援を受けている割合は少ない(48.8〜57.3%)。言語障害学生は,数自体が少ないが,25年,26年度はそれぞれ61名,41名となっており,それまでの年度と比べると(最少21年度5名〜最大17・18年度26名),かなり増えている。 図9 聾,難聴及び言語障害学生数と支援を受けている学生数 聴覚障害学生においても,26年度の支援内容を実施校が多い順に5項目挙げると,(1)ノートテイク,(2)教室内座席配慮,(3) 注意事項等文書伝達(4),パソコンテイク(5),FM補聴器・マイク使用である。これらについて,18年度からの変化をみたものが図9である。 図9 聴覚障害学生への支援 最も多い情報保障は,18年度より一貫してノートテイクである。ピーク時の19年度には,196校で行われていた。これ以降,減少傾向が見られるが,これを補うかのように,パ ソコンテイクの実施校数が漸増傾向であり,25・26年度は106校となっている。ノートテイクからパソコンテイクへの転換は,情報量の多さなどから今後も進むものと思われるが,タッチタイピングなど支援者の高い技術が求められること,また絵や図などで提示する場合の問題などから,当面は併存状態が続くと思われる。なお,教室内でスマートフォンを利用した講義内容提示などの方法も開発されており,この分野における技術革新は目覚ましいものがある[13]。 7.発達障害学生への支援内容 近年,多くの大学で発達障害学生への対応が課題となっている[12]。障害学生への対応は個別性が高いことを指摘してきた(例えば,前述「5.視覚障害学生への支援内容」)が,とりわけこのことが強いのが,発達障害学生への対応である。以下に,実態調査報告書にある発達障害学生への支援についてみることとする。発達障害学生について,26年度実施校数の多い順に支援項目を挙げると,(1)注意事項等文書連絡,(2)実技・実習配慮,(3)休憩室の確保,(4)教室内座席配慮,(5)試験時間延長・別室受験,(6)講義内容録音許可,(7)チューター又はティーチング・アシスタントの活用,(8)解答方法配慮,(9)使用教室配慮,(10)パソコンの持込使用許可が上位10項目である。これらの中から,(1)〜(5)の5項目の実施校数の変化を図10に示した。 上記各項目をみると,座席配慮や試験時間延長はコンスタントに増加しており,他の三項目も20年度と比較すると26年度はどれも増加している。盲学生へのテキストデータ化,聾学生へのノートテイク・手話通訳という支援学生や教員・事務職員が何か具体的な作業をするという支援方法ではなく,当該学生が動きやすいように側面から支援を行うという形がとられている。身体 障害学生の支援のように身体機能の消失や低下を補うということではなく,主に,コミュニケーションや生活全般のすごし易さや対応し易さへの支援,いわば“社会活動へ,の参加”支援を基本としていることがうかがえる。他方,実態調査報告書では,発達障害学生の支援について“授業以外,の支援”も記されている。それらを挙げると,(1)保護者との連携,(2)学習指導(履修方法,学習方法等),(3)専門家(臨床心理士等)による心理療法としてのカウンセリング,(4)社会的スキル指導(対人関係,自己管理等)(5),進路・就職指導(6),発達障害支援センターとの連携,(7)生活指導(食事,洗濯等),(8)出身校との連携,(9)特別支援学校との連携となっている。図11は,これらの中で実施校数の多い5項目について,20年度からの数値を示している。授業外の支援では,保護者との連携が最も多く437校で実施されている。発達障害学生への支援が,保護者や家庭を巻き込みながら,様々な場で行われるべきことを示している。キャンパス内だけで何とかしようという考え方ではなく,発達障害支援センターや出身校などを含めた様々な機関と連携しながら進めたい,あるいは進めざるを得ないということである。 ところで,図10と11の縦軸をみると“授業支援”,と“授業外支援”の実地校数の違いがかなり大きいことがわかる。発達障害学生への支援は,当面,社会的スキル指導(26年度335校実施)などを中心とした社会性向上支援や社会活動参加支援が中心になると思われる。 図10 発達障害学生への支援(授業) 図11 発達障害学生への支援(授業以外) 7.終わりに 障害学生在籍校数833という数(図2)は,国内の全学校数1,185校に対し70.3%である。この7割を超える値は,障害学生が我が国の高等教育機関で特別な存在ではないことを示している。また,平成25年6月,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)が制定され,平成28年4月施行の運 びとなる。これらのことから,高等教育機関においても,障害学生支援の要項・ガイドラインの策定が現在急ピッチで進められていると思われるが,一方で,他大学等の様子を見ているという状況もあろう。とりわけ,発達障害学生への社会性向上支援というある意味漠然とした支援の場合,“どこまで”という線引きが大学等間で大きく異なることが予想されるが,これなどは正に周りの大学の出方待ちではないであろうか。どこまで具体的な内容を要項・ガイドラインに盛り込むかは各大学等の考え方次第であるが,本論文でも何回か述べた障害学生の個別性に目を向けた内容であると同時に,それぞれの大学等の規模や“事情”を勘案した大学等の個別性をも考慮した無理のない策定が必要である。障害学生の学修環境が少しでも向上することを期待しつつ,「高等教育機関における障害学生支援の動向」を終了する。 参考文献 [1] 独立行政法人日本学生支援機構.大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書.2006. [2] 独立行政法人日本学生支援機構.平成18年度(2006年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2007. [3] 独立行政法人日本学生支援機構.平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2008. [4] 独立行政法人日本学生支援機構.平成20年度(2008年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書. 2009. [5] 独立行政法人日本学生支援機構.平成21年度(2009年度)大学,短期大学,高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書. 2010. [6] 独立行政法人日本学生支援機構.平成22年度(2010年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2011. [7] 独立行政法人日本学生支援機構.平成23年度(2011年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2012. [8] 独立行政法人日本学生支援機構.平成24年度(2012年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2013. [9] 独立行政法人日本学生支援機構.平成25年度(2013年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2014. [10] 独立行政法人日本学生支援機構.平成26年度(2014年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2015. [11] 石田久之.高等教育機関における障害学生支援の動向.筑波技術大学テクノレポート.2009;16: p. 130-134. [12] 石田久之,天野和彦.高等教育機関における障害学生支援の動向(Z).筑波技術大学テクノレポート.2014;22(1):p. 21-26. [13] 小林正幸,三好茂樹,石原保志.聴覚障害者のための携帯電話を用いた逐次文字提示システムによる情報支援.教育システム情報学会誌,2009; 26(4): p. 349-356. Trends in the Provision of Support for Students with Disabilities in Higher Education (VIII): Changes in Nine Years ISHIDA Hisayuki1), AMANO Kazuhiko1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: This article aimed to clarify the nine-year trend from the onset of the surveys published by the Japan Student Services Organization on the provision of support for disabled students based on the number of students, the rate of support for students who request support, and the menus of support contents. Keywords: Support for students with disabilities, Visual impairments, Hearing impairments, Developmental disorders