日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム10年の歩み 萩原彩子1),白澤麻弓1),三好茂樹1),河野純大2),磯田恭子1),中島亜紀子1),石野麻衣子1),五十嵐依子1),石原保志1),佐藤正幸1),小林正幸1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1)筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科2) 要旨:筑波技術大学に事務局を置く日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)は,聴覚障害学生支援に積極的に取り組んでいる全国の高等教育機関(以下,大学等)および関係諸機関間のネットワークであり,2015年8月現在23の連携大学・機関で構成されている。筑波技術大学およびPEPNet-Japanは,高等教育機関における聴覚障害学生支援のさらなる発展を目指し,2005年から2014年までに計10回の日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムを開催してきた。本稿ではその10年の歩みを振り返り,シンポジウムの概要とその成果について報告する。 キーワード:高等教育,聴覚障害学生,障害学生支援 1.はじめに 2004年10月に,本学の呼びかけで結成された日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下,PEPNet-Japan:ペップネットジャパン)[1]は,聴覚障害学生支援に積極的に取り組んでいる全国の高等教育機関(以下,大学等)および関係諸機関間のネットワークとして,2015年8月現在,本学を含む23の連携大学・機関によって構成されている。設立当初より本学に事務局が置かれ,現在は本学「聴覚障害学生支援・大学間コラボレーションスキーム構築事業」の一部として運営している。PEPNet-Japanは,大学等で学ぶ聴覚障害学生への支援体制確立を図り,支援にまつわる情報や実践の蓄積と,全国の大学等および機関に向けた発信を目指して活動している。現在は,聴覚障害学生支援に関するマテリアルの開発,遠隔情報保障支援のモデル事例構築,諸地域における聴覚障害学生支援ネットワークの形成支援などの活動を行っている。 筑波技術大学およびPEPNet-Japanは,2005年より日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム(以下,本シンポジウム)を毎年開催し,我が国の聴覚障害学生支援の発展に寄与してきた。本稿では,昨年度で第10回を迎えた本シンポジウムについて,これまでの歩みやその成果を報告する。 2.開催目的および対象者 本シンポジウムは,全国の大学等における聴覚障害学 生支援実践に関する情報交換の場を提供するとともに,PEPNet-Japanの活動成果をより広く大学・機関に対して発信することで,全国の聴覚障害学生支援の向上に寄与することを目的として開催しているものである。全国の大学等で聴覚障害学生支援を担当する教職員および聴覚障害学生,支援者,その他大学等における聴覚障害学生支援に関心のある者を対象として,広く参加を呼びかけている。これまでの参加者としては,大学教職員や聴覚障害学生,支援者をはじめ,特別支援学校教員や聴覚障害のある高校生,保護者,聴覚障害者を雇用している企業等様々な立場の参加者が集まっている。 3.開催日程および会場と参加者数の推移 3.1 開催日程および会場 本シンポジウムは,本学のある茨城県つくば市,およびPEPNet-Japan連携大学・機関のある都道府県を主な開催地として開催している。まず,第1回から第10回までの開催日程及び会場について表 1にまとめた。茨城県つくば市で開催する場合はPEPNet-Japanと本学が中心となり,その他の地方での開催時は,その近隣の連携大学・機関も主催もしくは共催,または協力として参加している。また,本学教職員の他,主催・共催・協力の大学・機関に所属する教職員を中心に実行委員会を立ち上げ,企画・運営を行ってきた。なお,それぞれの回の実行委員会構成員については,PEPNet-Japanホームページに記載している[1]。 表 1 本シンポジウムの開催日程および会場ならびに主催等 3.2 参加数の推移 次に,図1に第1回から第10回までの参加者数の推移をまとめた。なお,参加者数には講師や実行委員等関係者を含んでいる。2005年に実施した第1回シンポジウムの参加者数は164名であったが,回を重ねるごとにその数は増え,2014年に開催した第10回ではついに500名の大台を突破した(図1)。3.1で述べたように本シンポジウムは毎年開催地が変わっているが,開催地に関わらず参加者数が増加しており,年々聴覚障害学生支援への関心が高まっていること がうかがえる。特に第4回および第10回の増加が著しいが,第4回は「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト」(4.3に詳細を記載)が初めて開催された年であり,第10回は「第10回記念式典」が開催された年であった。 図1 シンポジウム参加者数の推移 4.企画内容の歩み 本シンポジウムは主に全体会と分科会とで構成されており,実行委員会を中心にその年のホットトピックや聴覚障害学生支援の発展を見据えたテーマを選定してきた。以下,全体会と分科会,そして第3回から設けたランチ/アフタヌーンセッションについて,その概要をまとめた。 4.1 全体会 全体会では,パネルディスカッションの他,対談や座談会などを設けてきた。特に第7回〜第9回では,特別講演として文部科学省学生留学生課に講師を依頼し,障害学生支援に関する国の施策等に関する講演を実施した。文部科学省から直接国の施策を聞ける機会ということもあり,多くの関心を集めていた。 図2 全体会の様子(第10回) 次に, 表 2に全体会でこれまで企画してきたパネルディスカッション等の企画テーマおよび形式をまとめた。 表 2 本シンポジウムの開催日程および会場ならびに主催等 4.2 分科会 分科会では,主に対象者(教職員,聴覚障害学生,情報保障者)ごとにテーマを絞り,それぞれの対象に合わせて企画してきた(表 3)。例えば大学教職員を対象とした分科会としては「教職員に対する理解向上のために」(第5回),聴覚障害学生を対象とした「実践!職場でのエンパワメント」(第8回),支援者を対象とした「一緒にスキルアップ!―ノートテイク・パソコンノートテイク・手話通訳―」(第6回)などがある。また,第1回から第4回までは3分科会だったが,参加人数の増加に対応するため,第5回からは4分科会に増やした。さらに第2回からは「基礎講座」を設け,これから聴覚障害学生支援を始める,もしくは始めたばかりの大学教職員等を対象に支援体制構築や支援業務に関 する基礎的な内容の分科会を設けるのが恒例となっている(「基礎講座 ゼロから始める聴覚障害学生支援体制作り」(第2回)他)。その他,開催地の特徴を活かし,「詳解!宮城教育大学―理念から日々の取り組みまで―」(第6回),「基礎講座 愛媛大学 障がい学支援体制構築のあゆみ―学生たちはどう行動してきたのか!?―」(第8回)などの分科会も企画してきた。さらに茨城県つくば市開催の場合は,本学の取り組みを紹介する分科会を毎回企画し,本学の教育活動に関する情報発信にも努めてきた(「基礎講座 4年間を通して学生を支えるために―筑波技術大学の実践から―」(第7回)他)。 図3 分科会の様子(第6回) 表3 分科会のテーマ 4.3 ランチ/アフタヌーンセッション 全体会や分科会での議論だけでは物足りないという参加者の声を受け,第3回よりランチ/アフタヌーンセッションを設け,参加者同士が自由に情報交換できる場を提供している。特に大きな目玉となっている「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト」(以下,コンテスト)は,設立時より PEPNet-Japan運営委員を務める松ア丈准教授(宮城教育大学)の発案がきっかけとなり,各大学等の聴覚障害学生支援に関するさまざまな取り組みをポスター等で発表する場として設けられた。開催当初は学内に障害学生支援室(以下,支援室)のような支援組織を持つ大学等が少なく,支援室を持つ大学が日々の取り組みやアイディアなどを発表し合うことでお互いの実践のアイディアを交換してもらうねらいから生まれた企画であった。しかし,支援室をはじめとする支援組織を整える大学等が増えるにしたがって,支援室そのものの取り組みを発表するエントリーは減り,代わって,当事者である聴覚障害学生や日々の情報保障の多くを担っている支援学生が彼らの活動を他大学にアピールする場と変化してきている。3.2でも述べたように,コンテストの開催をきっかけに本シンポジウムに参加する参加者も多いと考えられる。なおコンテストでは参加者による投票が行われており(参加者に2票ずつの投票権を配布),得票数の多い取り組み上位5〜6校に賞を授与している(賞は年により異なる。PEPNet-Japan賞,準PEPNet-Japan賞,グッドプラクティス賞,審査員特別賞他)。ここ数年コンテストの認知度は高まっており,受賞を大学公式ウェブサイトで報告したり,学長表敬を行って学内に報告したりといった学内外への啓発にも活用されているケースが見受けられる[2] [3]。 図4 聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテストの様子(第5回) 4.4 企画の特徴 まずはじめに,特徴の1つとして,ほぼすべての企画において聴覚障害当事者を講師として迎えてきたことが挙げられる。これまで,現役大学生・大学院生をはじめ,大学教職員,特別支援学校教員,会社員,映像作家などさまざま な立場の聴覚障害当事者に講師を依頼してきた。また,障害学生支援に関する研修会は全国で数多く企画されるようになってきたが,教職員のみを対象とするものが多い。しかしながら本シンポジウムでは学生も参加対象としている。このことは,大学教職員が他大学の聴覚障害学生や卒業生を通じて聴覚障害学生の多様性に触れ,より知識を深めるきっかけともなっている。また当事者である聴覚障害学生にとっては,他大学の聴覚障害学生と出会うことで多くの刺激を得,自分自身や所属する大学等の支援体制を考え直す機会となっていることだろう。さらに,現在の日本の聴覚障害学生支援を支えているとも言える支援学生にとっても,多くの参加者との交流によって支援へのモチベーションを高める効果があると考える。このように,本シンポジウムは単なる研修会ではなく,より生きた交流の場として機能しており,講師のみならずお互いの取り組みから学ぶことができる相互学習の場にもなっているといえよう。 5.今後の課題 2016年度4月に障害者差別解消法が施行されることとなり,すべての大学等において,障害のある学生への不当な差別的取り扱いが禁止となる。さらに,障害のある学生に対する合理的配慮の提供については,国公立大学は法的義務,私立大学は努力義務が課せられることとなる。このことにより,現在我が国の聴覚障害学生支援は大きな転機を迎えている。これまで10回を重ねてきたシンポジウムでは,先駆的な取り組みを行ってきた大学等の事例から学ぶことで先進的な事例の普及に一役買っていた。しかしながら,今後はこれまで各自が行ってきた聴覚障害学生支援を法に照らし合わせて見直さなければならない。今後積み重ねられるであろう聴覚障害学生支援に関する判例や事例等からなにを学び,それをどのようにシェアしていくか,また弁護士等の法律の専門家や障害当事者団体等とどのように協働していくかが重要なポイントになるだろう。PEPNet-Japanおよび本学としても,聴覚障害学生支援の最新情報およびさまざまな事例を収集していくことが重要であり,引き続き連携大学・機関とともに取り組んでいきたいと思っている。今後も本シンポジウムの開催を通じて,聴覚障害学生支援の最新情報や,聴覚障害学生支援に取り組む人々の知見を交換する場所を提供し続けていけるよう,10年の歩みに安堵することなく,さらに継続した取り組みを行っていきたい。最後に,本シンポジウムを10年もの長い間開催し続けてこられたのは,ひとえに歴代のPEPNet-Japan運営委員お よび連携大学・機関教職員の方々,実行委員や講師をお引き受けくださった方々のお力添えのおかげであり厚く感謝申し上げたい。さらには長きにわたりシンポジウムの情報保障を支えて下さっている文字通訳,手話通訳の方々にも厚く御礼申し上げる。 参考文献 [1] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークホームページ.( cited 2015-8-10) ,http://www.pepnet-j.org/ [2] 東京新聞(群馬県版).群大学生5人に最優秀賞 聴覚障害学生コンテスト.2013.12.22. [3] 立教大学.立教大学しょうがい学生支援室ニュース「第9回PEPNet-Japanシンポジウムでグッドプラクティス賞を受賞しました!」. ( cited 2015-8-10),http://www.rikkyo.ac.jp/support/campuslife/backup/barrier_free/news/2013/12/13885/ [4] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第4回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2009. [5] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第5回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2010. [6] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第6回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2011. [7] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第7回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2012. [8] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第8回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2013. [9] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第9回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2014. [10] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.第10回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム報告書.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク事務局,2015. Report on Annual Symposiums of PEPNet-Japan over 10 Years HAGIWARA Ayako1), SHIRASAWA Mayumi1), MIYOSHI Shigeki1), KAWANO Sumihiro2), ISODA Kyoko1), NAKAJIMA Akiko1), ISHINO Maiko1), IKARASHI Yoriko1), ISHIHARA Yasushi1), SATO Masayuki1), KOBAYASHI Masayuki1) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology2) Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: The Postsecondary Education Programs Network of Japan (PEPNet-Japan) is a collaborative network comprising 23 pioneer universities and support groups that provide effective services for Deaf and hard-of-hearing individuals (2015/08). Tsukuba University of Technology and PEPNet-Japan have held an annual symposium every year since 2005. In this report, we describe the outcomes of these symposiums. Keywords: Postsecondary education, Deaf and hard-of-hearing students, Disability support services