高大連携プロジェクト「聴覚障害者のための社会連携・協調型教育拠点の構築事業」 塩野目剛亮1),黒木速人1),井上正之1),田中 晃1),谷 貴幸1),西岡仁也2),櫻庭晶子2),本間 巌2) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1) 総合デザイン学科2) 要旨:本学では,平成26年度から「聴覚障害者のための社会連携・協調型教育拠点の構築事業(高大連携プロジェクト)」を開始した。本プロジェクトでは,全国各地に散在する特別支援学校に対して大学の教育資源(人的,物的,コンテンツなど)を提供し,聴覚障害者への教育における社会貢献を果たすとともに,特別支援学校の生徒と本学学生とが協調型の学びを通してリーダーシップを醸成し,協調性,自主性を向上させることを目的としている。 本稿では,平成26年度から平成27年度にかけての活動報告として,プロジェクト概要,教育設備の導入,高大連携事業の一環として実施した体験授業等の取り組みについて述べる。 キーワード:高大連携,多地点共有通信システム,テレビ会議システム,遠隔情報保障 1.はじめに 筑波技術大学は,視覚・聴覚障害者を対象とした日本で唯一の大学であり,それぞれの障害者の学習・教育環境の構築を重大な責務としている。建学以来,全国の特別支援学校学校との連携活動を継続してきたが,平成26年度より本格的にプロジェクトを始動し,産業技術学部をあげた取り組みをすることとなった。本稿では「聴覚障害者のための社会連携・協調型教育拠点の構築事業(高大連携プロジェクト)」の概要を述べるとともに,平成26年度から27年度にかけての活動報告として,教育設備の導入,体験授業および遠隔情報保障デモの実施,遠隔協調学習の取り組みについて述べる。 2.高大連携プロジェクトの概要 2.1 事業の概要 本プロジェクトは,産業技術学部のプロジェクト「聴覚障害者の専門性・協調性向上を目的とした教育資産環境構築事業」の終了を受けて,検討が開始された。本学では,高等教育,および工学教育に興味を持ってもらうために,全国各地のろう学校において,大学説明会,体験授業などを積極的に開催しており,都内のろう学校との遠隔通信を用いた研究発表会も実施してきている。以上の取り組みを踏まえて,本事業ではこれまでに培ってきた教育資産を活かして,特別支援学校との協調型教育プログラムを実践するための教育拠点の構築を行うことを目的としている。この拠点を通じた各支援学校との教育プログラムを実践するとともに,本学が聴覚障害者にとって生涯 を通じた教育拠点を担うことを目指している。これを核として,大学の役割である教育・研究・社会貢献を聴覚障害者コミュニティの中で確立させ,次世代の聴覚障害者のリーダー 図1 プロジェクト概要 として社会貢献できる人材の育成を図り,社会での聴覚障害者への理解を深め社会貢献に資することを目的としている(図1参照)。現在はプロジェクトのコアメンバーとして産業情報学科の情報科学系,システム工学系,および総合デザイン学科から各2名の教員が参加しており,プロジェクト専属の特任教員1名を加えた7名で構成されている。 2.2 実施計画 本事業は,平成26年度から29年度までの4年計画で実施する予定であったが,第2期中期目標・中期計画の期間に合わせて平成27年度(平成28年3月末)で事業に区切りを付けることとなった。平成27年度現在は2年目であり,次期中期目標・中期計画につながるよう,今後の醸成を目指している段階である。以下の当初計画にしたがって,平成27年度現在は全国各地の特別支援学校との連携事業の実施・準備を進めている。 平成26年度:協調型教育プログラム向けの多地点通信共有システムおよび高大連携に関わるシステムの導入,特別支援学校との共同での連携事業実施のための調査・準備平成27年度:多地点通信共有システムの運用,各専門領域での教育コンテンツの高度化,特別支援学校との連携教育プログラムの開始平成28年度:特別支援学校との連携教育プログラムの改善,ワークショップの開催平成29年度:構築した協調型連携教育環境の運用・評価と将来的な発展性についての評価 2.3 教育環境の整備 本事業に関連した「三次元造形による教育システムの整備」において,3Dプリンタをはじめとして,3次元形状計測・データ編集のためのシステムや,多地点共有通信システム,およびその運用に必要な通信ネットワーク環境の整備を行なった。主な整備項目を以下に示す。 ・3Dプリンタ:造形試作のための3Dプリンタを高精細の機種と比較的短時間で造形が可能な機種を複数台導入 ・3Dレーザースキャナー,3次元形状データ編集システム:建築領域やプロダクトデザイン領域で活用するため,現実にある物体を3Dデータとして取り込み・編集するシステムを導入 ・物理量測定システム:建築構造設計等に関わるひずみの計測を行うシステムを導入 ・ヘッドマウントディスプレイ:手話通訳や字幕などの情報保障共有用デバイスとして導入 ・多地点共有通信システムの構築:本学と特別支援学校とをテレビ会議システムで接続し,手話・字幕といった情報保障とコンテンツを統合的に配信するシステムを導入 ・高速ネットワーク環境の整備:上記の多地点共有通信システムで十分な品質の映像通信を可能とするため,連携事業を実施予定の教室に情報コンセントを設置 2.4 高大連携プロジェクトチームの活動経過 高大連携プロジェクトチームは平成25年度に立ち上がり,平成26年度より本格的な活動のためのミーティングを重ねている(表 1)。これらのコアメンバーによるミーティングに加えて,予算の執行や連携に関わる手続きに関しては事務部のスタッフともミーティングを行っている。その他,連携相手となる聾学校の教員とのやりとりや学内でプロジェクトに協力いただく教員とのやりとりも含めて,様々な関係者との連携によって高大連携プロジェクトの活動を進めることで,生徒・学生にとって本当に有用な活動について検討できる体制づくりに努めている。 表 1 高大連携プロジェクトチーム・会議開催状況 表 2 体験授業の実施状況 図2 模擬授業における情報保障提示 3.実践事例 3.1 体験授業の実施 本事業の一環として,見学に訪れたろう学校の生徒に対して,体験授業,および遠隔情報保障のデモを提供している(表 2)。遠隔情報保障としては,手話通訳(スライドと専門用語等のキーワードの合成映像[1])と文字通訳[2]を教室の設備に合わせて提示している(図2)。体験授業の参加者に対して行なったアンケート調査の結果を以下に示す(多肢選択式,自由記述あり,n=66,教員回答含む,一部ろう学校は調査実施対象外)。(1)体験授業の内容について (1-1)授業内容は面白かったですか? ・ とても面白かった 33人(50%) ・ 面白かった 28人(42%) ・ あまり面白くなかった 3人(5%) ・ その他(難しい,とても難しかったけど楽しかった) 2人(3%) (1-2)説明はわかりやすかったですか? ・ とてもわかりやすかった 41人(71%) ・ わかりやすかった 14人(21%) ・ わかりにくかった 1人(2%) ・その他(何となくわかる,知らない言葉があり勉強になった,口話が読み取りづらかった) 4人(6%) (1-3)大学での勉強が楽しみになりましたか? ・ とても楽しみになった 22人(36%) ・ 楽しみになった 33人(54%) ・ 楽しみにはならなかった 1人(2%) ・その他(わからない,希望はしないとしても様々なことがわかってよかった) 5人(8%) (2)遠隔情報保障のデモについて (2-1)手話通訳について ・ 問題なく見られた 48人(80%) ・ 画像が悪く見づらかった 3人(5%) ・ 知らない手話があった 7人(12%) ・その他(たまに画像がかぶって見づらいところもあった,画像がきれい,知らない手話も勉強になった) 2人(3%) (2-2)文字通訳について ・わかりやすかった 62人(95%) ・あまり役に立たなかった 1人(2%) ・わからない言葉があった 1人(2%) ・その他(文字を画面の下に表示すると視線の移動が少なくていいのでは,新しい技術にすごいと思った) 1人(2%) 講師担当の教員にテーマの選定や説明の仕方について充分に検討していただいたおかげで,受講生に楽しみながら学んでもらうことができた(設問1-1,1-2)。本来の目的である大学での学びへの接続という面では,わかりやすさと難しさのバランスから授業内容の構成に悩む教員も見られた(設問1-3)。遠隔情報保障については特に文字通訳に対して高い評価が得られ,専門的な授業内容に対する字幕のニーズの高さがうかがえた(設問2-2)。 3.2 都立ろう学校の研究発表会の中継 都立立川ろう学校,葛飾ろう学校とは平成22年ごろから遠隔協調事業の取り組みを行なっている。平成26年度は,両ろう学校の修了研究発表会の様子を中継した。各ろう学校の発表の後,質疑応答の時間をとり,本学学生の研究発表も行なった。両ろう学校とも,特定のグローバルIPアドレスに対してのみテレビ会議システムの接続を許可するネットワーク設定となっていたため,本学側で2つの異なるグローバルIPアドレスを持つテレビ会議システムを用意し,それに接続してもらう方法をとった。両校から伝送された映像と,本学側の映像,文字通訳画面を合成し,それぞれの拠点に配信した。このような遠隔地の聞こえない学生・生徒とのやりとりには,手話通訳者・文字通訳者の配置や機器設置など,情報保障の適切な運用が必要であり,今後のさらなる実践・評価を通してマニュアル化を進めていきたい。また,他のろう学校でもネットワーク環境に制約があることが想定されることから[3],回線種別や通信速度に応じた配信の方法を検討していく。 3.3 北海道高等聾学校との遠隔協調学習 北海道高等聾学校専攻科で行なわれているCAD学習の一環として,「20年後の私の家」というコンセプトで建築設計のディスカッションを行なった。専攻科の生徒が描いた住宅設計の図面をもとに設計のコンセプトやデータの特徴を伝え,同年代の本学デザイン系の学生と議論をしながら,ハル建築研究所で実際の設計を行なっている設計士が図面の修正を行なった。完成した図面から3Dデータを生成し,本学で住宅の模型を3Dプリントして贈呈した。実施準備として,本学より教員を派遣し,WiMAXルータを通して本学とろう学校側とのSkype,Appear.in の映像通信,およびGoogleリモートデスクトップの動作を確認した。また,図面の作成には本学教員らも支援にあたり,本学学生も事前に図面を観察して疑問点や改善点などを検討し た。実際にテレビ会議システムを接続してディスカッションを行える時間は限られているため,大学側・ろう学校側ともに事前に準備をしておくことが重要である。 4.今後のプロジェクトの展望 2.2で述べたように,本プロジェクトは計画を若干修正して高大接続を大きな柱としたプロジェクトとして継続を予定している。これは特別支援学校を中心とした高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的な改革の実現にもつながり,学部にとっても重要なプロジェクトとなる。今後も引き続き全国の特別支援学校を対象とした教育ネットワークを構築していくことを目指すためには,多大なマンパワーを必要とする。さらに教育プログラムや連携事業のためのコンテンツの充実のためにも,プロジェクトのコアメンバーだけでなく,より多くの教員の参加協力が必要となる。学内外での広報活動など,大学全体の動きとしていきたい。 5.おわりに 本稿では,高大連携プロジェクトの平成26年度の活動について,実践のための準備,実施,アンケートによる評価を含めて報告した。今後の課題としては,学外に提供できるコンテンツの充実化・ライブラリ化があげられる。多くの教員が様々な現場で取り組んでいる高大連携にかかるコンテンツやノウハウの共有化によって,より効果的に高大連携の取り組みを行えるよう,環境整備を続けていく予定である。なお,現在は文部科学省が打ち出している「大学入学者選抜の一体的改革(入試改革)[4][5]」に合わせた高大接続型の教育プログラムの構築に向けて,プロジェクトの方針転換を検討しているところである。今後も聴覚障害者の生涯にわたった学びについて,幅広く対応できる体制づくりを推進していく。 謝辞 本プロジェクトの活動には,プロジェクトコアメンバーの教員だけでなく,多くの教員,事務職員の方々に携わっていただいております。関係各位のご理解とご協力に深く感謝の意を表します。 1 Telenor Digitalにおいて開発されたビデオチャット。各種ウェブブラウザやスマートフォンで利用可能である。 参照文献 [1] 塩野目剛亮.ICTを活用した聴覚障害学生の教育支援.In:渡部信一監修.高度情報化時代の「学び」と教育,東北大学大学院教育情報学研究部編,東北大学出版会(仙台),2011; p.205-223. [2] 若月大輔,加藤伸子,塩野目剛亮,他.聴覚障害者のためのウェブベース遠隔文字通訳システムの開発,信学 技報.2014; vol. 114, no. 217, WIT2014-32, p. 69-74. [3] 大塚 和彦,新井 孝昭,山脇 博紀,他.ろう学校におけるWeb会議システムを利用した協調授業の実験(障害者教育・特別支援教育/一般),電子情報通信学会技術研究報告.ET,教育工学.2010; 110(209), p.79-83. [4] 文部科学省.新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革について(案),retrieved July 31, 2015; http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo12/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/11/11/1353318_02_1.pdf. [5] 文部科学省.今後の中央教育審議会の主な審議事項について(イメージ),retrieved July 31, 2015; http://www. mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/attach/__icsFiles/afieldfile/2014/03/31/1346147-4.pdf. A High School.University Cooperation Project “Construction of a Social Network and Collaborative Learning Hub for Deaf and Hard of Hearing People” SHIONOME Takeaki1), KUROKI Hayato1), INOUE Masayuki1), TANAKA Akira1), TANI Takayuki1), NISHIOKA Yoshiya2), SAKURABA Shoko2), HONMA Iwao2), 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology2)Department of Synthetic Design, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: We began the project “Construction of a Social Network and Collaborative Learning Hub for Deaf and Hard of Hearing People” in 2014. In this project, we provide educational resources to deaf schools in Japan to promote social action. We expect both students of deaf schools and Tsukuba University of Technology to cultivate their leadership skills, learn cooperation, and develop autonomy.In this activity report for 2014.2015, we show an outline of the project, the educational facilities, and the collaborative learning activities with deaf school students. Keywords: High school-university cooperation, Multipoint communication system, Video conference system, Remote communication support system for the deaf and hard of hearing