第9回アイオワ大学研修報告 井口正樹,松下昌之助 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 要旨:国際交流委員会活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州)での研修が平成26年9月に行われた。今回の研修には理学療法学専攻と鍼灸学専攻からそれぞれ1名の学生が参加し,10日間で行われ,スポーツ医学クリニック見学など新たなイベントが追加された。その他,前回同様に,授業参加,研究活動見学,医療施設見学などの内容であった。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じ,また日本とは異なり,開業権を有し医師の指示なしで理学療法が行えるアイオワ州の理学療法士が勤務する臨床現場を知ることができ,今後の勉学や専門家としての心構えに良い影響を与えたものと思われる。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 理学療法士の養成教育が大学院レベルで行われていることに代表されるように,米国の理学療法は世界的にみてもレベルが高い。その米国の理学療法養成校の中でもトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しているアイオワ大学でほぼ毎年行われている研修が今回9回目となり,10日間で行われ,スポーツ医学クリニック見学等,昨年度の研修1)に新たな取り組みが追加されたので報告する。 2.活動の目的 国際交流委員会のプロジェクトの一つとして,リハビリテーションを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,また向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活,医療人としての将来像を描くことを目的とした。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流委員会が定める学生募集要項に従い,学部生では保健科学部を,院生では保健科学専攻を対象に周知した。その結果,三名の応募があり,成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査が行われ,派遣人員の二名を選定した。うち一名は鍼灸学専攻の理学療法士であった。引率教員に関しては,大学間交流協定の世話人でアイオワ大学を卒業している井口と,理学療法学専攻長で医師の松下が選定された。 4.参加学生 ・ 田場夢乃:保健科学部保健学科理学療法学専攻2年・ 杉 夏彦:保健科学部保健学科鍼灸学専攻2年 5.研修期間・研修先 期間は,平成26年9月13日(土)〜9月23日(火)で,移動日を除いた実際の研修は9月14日(日)〜9月21日(日)であった。主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法・リハビリテーション科学学科(Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science)であった。 6.事前研修・出発 3回にわたり保健科学部キャンパスにて,事前研修が行われた。学生は二人とも海外滞在が初めてだったため,渡米時の注意点やアイオワ州・アイオワ大学の概要も説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,事前に入手した情報・配布資料に基づいた授業の予習,学生への課題である研究室や医療施設での質問の練習などもここで行った。 7.研修内容 7.1 授業見学 今回の研修では理学療法士養成課程の授業である,理学療法学入門(Principles of Physical Therapy),筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics),専門職間教育(Inter - Professional Education),神経・ 筋 骨格系における可塑性(Activity Based Neural and Musculoskeletal Plasticity in Healthcare)の4つの授業に参加した。「理学療法学入門」のみ一年次対象で,残りは二年次対象の授業であった(全課程は二年半)。「理学療法学入門」では,理学療法の基礎を教える授業であり,今回,参加したときは肩,肘,手関節の関節可動域測定の方法について実習で学んでいた。ケリー・サス(Kelly Sass)先生に加え,二年次の学生5,6人が手伝いで参加しており,下級生を教えていた。配布資料はほぼ空欄の表が記載されているのみで,口頭で聞いたことを記入していた。学生同士での実技練習は,授業時間が過ぎても熱心に自主的に残って練習を続けていた。「筋骨格系治療学」では,肘の評価が実技で行われ,触診や靭帯へのストレステスト等を教えていた。検者の立ち位置や手の置く位置など細かで具体的な指導のもと,学生は配布資料とデイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生のデモを参考に,学生同士で練習していた。本学学生の二人も先生の検査を実際に受け,また先生に手を取ってもらい検査の方法を教わった(図1)。「専門職間教育」では,学生が一人の模擬患者(今回は膝に痛みのある患者)に対し,問診,検査,動作観察等をして,限られた時間内でどれだけ効率よく情報収集できるかを練習していた。リチャード・シールズ(Richard Shields )先生の「時は金なり」という言葉が印象的であった。学生が検査をする時に他の学生から検査方法の間違いに対する指摘があったり,先生から注意があったりと,時折の注意,指摘が入る以外は,全て学生が主体となり進める授業であった。最後の「神経・筋骨格系における可塑性」は反転授業(flip class)であり,学生は事前にオンラインで講義の動画を見て,指定された数多くの論文を読んだ後に授業に来ている。シールズ先生は,彼が医学部で初めて反転授 業を取り入れたことを後に話してくれた。授業の内容は,脊髄損傷による麻痺で骨格筋の使用頻度減少や,その麻痺筋に対する電気刺激による使用頻度増加で起こる遺伝子レベルの変化など,最先端の文献やシールズ先生自らの実験結果等であった。実際の授業では,シールズ先生の質問に対して学生が活発に意見を出し合い,よく理解しよく考えていることが明白で,まさにアクティブラーニングであった。また,本授業の中で,井口が本学の紹介や視覚障害がどのように理学療法士として,博士課程の学生として,また教員として影響するか,をプレゼンテーションした。アイオワ大学の医学部長であるデブラ・シュウィン(Debra Schwinn)先生も聞きに来ており,プレゼンテーションの後には,デブラ先生と他の学生から多くの質問が寄せられ,本学への関心の高さも確認できた。 図1 筋骨格系治療学での体験授業で本学の学生同士が実技練習をして,デイビッド先生が指導している様子 7.2 研究室訪問 本研修では理学療法学科内の5つの研究室に加え,同じ医学部にあるビジョンリサーチ(The Stephen A. Wynn Institute for Vision Research)も訪問した。学科内の研究室は,運動制御,心血管機能,痛み,スポーツ医学など多岐にわたる分野での研究が活発に行われていた。各研究室のディレクター(教員)か所属する大学院生によるわかりやすい説明を受けた。ビジョンリサーチは,遺伝性全盲の根絶を加速させるために設立された研究所で,遺伝子レベルでの最先端の研究が行われていた。iPS細胞など,この分野で世界をリードする日本人の研究者の名前を多く聞き,親しみを覚えた。どの研究室でも,派遣学生は学部生であったため日本語に訳してもかなり難しい内容ではあったが,わかりやすい説明や実際に研究機器に触れることで,理解が多少容易となった。 7.3 医療施設見学 本研修では,前回まで訪問していた3施設(大学附属病院(University of Iowa Hospitals and Clinics),理学療法士による個人経営のクリニックであるパフォーマンスセラピーズ(Performance Therapies),リハビリテーション病棟を有する一般病院であるセントルークス(St. Luke’s)病院に加え,新たに大学附属のスポーツ医学クリニック(University of Iowa Sports Medicine Clinic)(図2)を訪れた。これらの施設は,どれも病期(急性期,回復期など)や疾患(整形外科疾患や神経疾患など)が異なり,その多様性が学べた。多くの施設で,実際に理学療法士が患者に接している場面やアイオワ大学の理学療法学科の実習生が勉強している場面が見学できた。また,見学にとどまらず,治療機器を実際に使用したり,説明してくれた現地の理学療法士が 派遣学生に簡単な質問をしたり,様々な体験が出来た。 7.4 その他 アイオワ大学の法学部に通う全盲のタイ・ブラス(Tai Blas)さんと夕食を共にし,視覚障害に関する様々な情報を得ることができた。彼女は昨年12月に盲導犬を得ており,それに至るまでのプロセスも聞くことができた。iPhoneを含めた様々な情報保障のツールを活用しており,具体的な使用方法なども聞くことができた。障害学生支援センター(Student Disability Service)では,どのように障害へ対する特別配慮がされているのかを聞くことができた。視覚障害者のために墨字を電子データ(PDF)にする作業で,本の背表紙裁断,スキャン,OCR,形式統一のための作業を見ることができた。語学学校では,5レベルあるうちのちょうど中間レベルの授業に参加したが,本学学生にとっては,それでも難しかったようで,理解に苦しんでいた。授業の他に,語学学校のディレクターであるモーリン・バーク(Maureen Burke)先生とも話す機会があり,語学学校の目的や現状について情報を得た。大学附属病院にある視覚リハビリテーション(Vision Rehabilitation Science)では,現在の視力を最大限に活かす目的で,眼鏡,ルーペ,拡大読書器,パソコン,タブレットPCなどの紹介やトレーニングを行うという話を聞けた。 図2 アイオワ大学附属のスポーツ医学クリニック(治療用(運動用)プールの説明を受けている様子。プールの床が上下に移動するため,足が不自由でも簡単にプールへの出入りができ,また床がトレッドミルのように動く。カメラも設置されており,水中の足の動きがモニタで簡単に把握できる。) 8.今後の課題 英会話の能力が高ければ高いほど,得るものは多い。事前により多くの英語に触れてもらうことで,研修の内容もより充実したものになると思われる。しかし,派遣が決まってから短期間で英語を勉強しても限界があり,日本の英語教 育の改善に期待するところが大きい。また,学生に対する課題が今回は少々少なかった。その原因として,具体的な研修内容が直前まで決まらず,ゆえに課題を何にするかが決められなかった。今後はより密にアイオワ大学と連絡を取り,可能な限り早期に計画を立て,学生へ課題を出したい。今後は多種多様な授業が行われているアイオワ大学の利点を活かすために,理学療法学科以外の学科で行われている授業(例えば生理学など)にも体験授業として参加したい。 9.参加学生(代表)の感想   (「基金への感謝のことば」より抜粋,原文のまま)杉 夏彦国際交流委員会活動の一環として,平成26年9月に10日間の日程で実施された米国アイオワ大学での充実の研修に参加しましたので,その要旨と収穫について,以下に述べて,感謝の言葉といたします。私が本研修に参加した目的は,理学療法士の可能性にリハビリテーション先進国のアメリカで触れてみたかったこと,そこから日本の価値を再発見してみたかったことに由来します。この研修を通して,米国の理学療法教育・臨床・研究のバランスが高い水準でホリスティックに築かれていること,斬新な発見や最新のテクノロジーの裏打ちとなるアイデアや地道で丁寧な”当たり前”の作業の積み重ねの大切さの一端を垣間見ることができました。また,日本とアメリカの違いの中から学びながら,日本社会に沿った理学療法士の役割,強みというものを探していく必要性とともに,他国から見習うべき点は多いとも感じました。上記は,他では得難いものであり,筑波技術大学基金のご支援のもと,実現できた貴重な経験であるとあつくお礼申し上げます。これらの経験を今後の学業や卒後の進路での成功に向けての研鑽に役立てますことをお約束して感謝の言葉といたします。 10.得られた成果・まとめ 本研修では,学生にとって良い刺激となったと思われる。日本の大学教育は他動的となりやすく,教えてもらう構えを学生は取りがちだが,米国の学生は積極的に自ら学ぼうという姿勢が強い。そのような態度を実際に肌で感じることができたのは良かった。日本の授業や教科書からは得られない最先端の情報を体験授業や研究室訪問で得ることが出来た。アイオワ州の理学療法士は,日本の理学療法士とは異なり,医師の指示なしで理学療法が行える。ゆえに,日本の理学療法士よりも責任が重い。体験授業で目の当たりにした高い教育レベルの必要性と授業中の緊張感はその ためであろう。本学教員がアイオワ大学の学生に対してプレゼンテーションを行い,またアイオワ大学医学部部長がそれを聞きに来る,など大学間交流協定を活かして両大学の学生・教員にとって有意義な研修となった。今後はアイオワ大学の学生を本学に受け入れる,共同研究を更に進める,など更なる発展に努めたい。 参照文献 [1] 井口正樹・佐久間亨.第8回アイオワ大学研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2014; 22(1):p.74-77 The Ninth Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki1), MATSUSHITA Shonosuke1) 1)Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: In September 2014, a group of four people (two students from the Department of Health and two faculty members) visited the University of Iowa for an eight-day study tour. The tour included participation in physical therapy classes, hospital and clinic visits, research laboratory visits, and meetings and exchange of information with students of the University of Iowa. For the first time, the tour also included a visit to the campus Sports Medicine Clinic. Although the study tour was short, the students from Tsukuba University of Technology were able to meet hardworking, dedicated Iowa students, and had the opportunity to observe advanced rehabilitation approaches. These experiences encourage the participants of the tour in many aspects. Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation