視覚に障害のある学生のグローバル化教育を目指した英国Royal National College for the Blindの視察報告 殿山 希，佐々木健，笹岡知子，近藤 宏，大越教夫 筑波技術大学　保健科学部　保健学科鍼灸学専攻 要旨：平成27年３月に，英国の16歳以上の視覚に障害のある人が対象の継続教育の専門学校であるRoyal National College for the Blind（RNC）の視察を行った。RNCでは，はじめにアセスメントを行い，視覚に障害のある個人のニーズや希望に応じて個人プログラムを作成する。職業コースには，マッサージなど補完代替医療のセラピー資格（英国ITEC level 3）の受験資格が得られる補完代替医療コースと，BTEC Level 2, BTEC level 3（英国の職業的技術の認定）の受験資格や関連学科の大学入学資格試験の受験資格が得られる芸術・メディアコースがある。また，英国の視覚障害者スポーツの中心であるスポーツアカデミーがある。広いキャンパス内にある施設の一部は地域にも開かれている。本学学生の研修の場に適していると思われた。 キーワード：Royal National College for the Blind，ITEC，国際交流，視覚障害教育 １．はじめに 本研究の目的は，英国の視覚に障害のある人の社会的自立を促す教育施設として歴史のあるRoyal National College for the Blind（RNC）で行われている職業教育を視察・調査すること，特に，Complementary therapyコース（補完代替医療コース）とそこで採用している資格試験ITEC level 3 の内容を検証し，本学の鍼灸学専攻のカリキュラムと比較検討することである。そこで，本稿では，RNCの視察の概要を述べる。補完代替医療コースやITEC試験などマッサージ教育に関係する内容については，本学鍼灸学専攻における今後の教育構想と絡むところが多いので，稿を改めて詳細に執筆する[1]。 ２．RNC視察の概要 ２．１　方法 インターネットでの検索にて情報を収集し[2]，現地視察受入の打診を行い，2015年3月18日に実施した。 ２．２　沿革 RNCは16歳以上の視覚に障害のある人のための全寮制のfurther education college（専門学校。"further education"は，通常「継続教育」と訳される。図1参照）で，120人が在籍しており，犬舎には12頭の盲導犬がいる。 図1　英国の学校組織（田中農夫夫の論文[3]より転載） RNCは，1871年にロンドンにRoyal Normal College and Academy for the Blindとして設立された。名称に"Normal"という言葉が入れられたのには理由があるという。「視覚に障害があっても『普通の人』であるということを強調したネーミングであり，当時としては少し強い表現であったが時代を見越しての試みだった」とRNCの案内をして下さった補完代替医療コースのJane Crabtree先生が熱く語った。RNCはビクトリア朝時代から英国の視覚障害者 教育のパイオニアであり，その後1970年代後半に現在の名前に変更された。現在は，EnglandのWest Midlands地方最大の町（とは言え，人口は6万に満たないが）Herefordにある（図2）。 図2　RNCの外観 ２．３　教育の内容 RNCでは，はじめにアセスメントを行い，視覚に障害のある個人の現時点でのニーズと希望に応じて，将来設計，職業や社会的自立を考慮して個人個人のプログラムを設定している。大学入学資格を得たい人，職業に就くための資格を得たい人，ある仕事の資格を取得して社会に出た後，再び他の資格を取得する目的で再入学する人など様々である。よって，学校に在籍する期間も，そこで学ぶ内容も，その後取得する資格も個人によって異なる。以下に，職業コースを紹介する。 ２．３．１　補完代替医療コース 全身マッサージ，局所マッサージ，リフレクソロジー，アロマセラピー，インディアンヘッドマッサージ，スポーツマッサージなどの補完代替医療のITEC Level3受験資格取得に対応したコースである。本学鍼灸学専攻の教育と類似するコースであり，その調査と検討が本研究の主な目的であるため，別稿[1]に詳細を執筆するので参照していただきたい。 ２．３．２　芸術・メディアコース このコースでは，Community arts, Performing arts practice, Audio media production, Art & design, Ceramics, Media studiesを選択できる（図3, 図4）。これらの専門を選択することにより，英国の職業的技術の認定であるBTEC Level 2, BTEC level 3の受験資格や関連学科の大学入学資格試験受験資格を得ることができる。これらの資格を得て就職を果たす人がいる一方，芸術関係では趣味として人生の質の向上を目的に学ぶ人も多いという。 図3　芸術クラスの作品 図4　メディアクラスの授業（舞台プロデュース） ２．４　スポーツアカデミー RNCには，英国の視覚障害者スポーツの中心であるスポーツアカデミーがある。そこであらゆる視覚障害者スポーツ（サッカー，ゴールボール，ゴルフ，クリケット，テニス，アーチェリー，柔道，馬術など）が行われている。パラリンピック選手やイングランドの視覚障害者サッカーチームなどもそこで練習を行っている。視覚障害者スポーツの世界大会の会場としても使用されている（図5）。また，水治療用プールやスポーツジムが隣接されており，それらは地域にも開放されている。 ２．５　ガードナーホール 広いキャンパス内に，RNCの創設者であるHenry Gardner（1796-1879 醸造家，慈善家）の名を残すガードナーホールという建物がある（図6）。生徒が入学前のアセスメントに訪れるアセスメントセンターとしても使用されており，また，地域の集会所的な使用も可能のようである。中には，会議室，マッサージ施術所，宿泊施設も完備されている。マッサージ施術所は，補完代替医療コースの生徒が授業と して地域住民にマッサージを有料で行う場である。宿泊施設は来訪者が利用でき，アセスメントに訪れた入学前の生徒や家族，障害者スポーツチームも利用している。 図5　スポーツアカデミーの体育館 図6　ガードナーホール ３．今後の展望 RNCのSheila Tallon校長の言葉，「他とは違うRNCにようこそ。私達の目的はシンプルです。あなた方の潜在能力を開花させて，将来に向かって新たな一歩を踏むために必要な力と自信と自立を授けて，あなた方を強めることです」[4]。単純に見えるこの言葉には，視覚に障害があってもnormalなひとりの人としての可能性を信じ，支え，育てようという教育者としての強い意志が感じられる。将来の道を模索する学生が研修や短期留学の機会を持てたら，障害とともに生きる人生に精神的に大きな支えを得ることと想像する。鍼灸学専攻にとっては，本視察の今後の展開の可能性については，RNCで行われている補完代替医療コースの内容と関わるため，稿[1]を改めて述べる。 謝辞 私達の視察のお願いを快く受けてくださり，渡英前から細やかな配慮をいただき，当日はわかりやすく説明をしてくださったRoyal National College for the Blindの先生方，Ms. Jane Crabtree（Teacher in charge of massage and complementary ther apies）, Mr. Tim Morton （Enquiries & Entry Officer）, Mr. James Wallis（Teacher Anatomy & Physiology & Sports Massage）, Ms. Nicola Smith（Director of learning & curriculum）に感謝を捧ぐ。本研究は，筑波技術大学平成26年度競争的教育研究プロジェクト事業「医療教育グローバル化を目指した英国視覚障害者対象大学, 資格試験調査（研究代表者：大越教夫）」の助成により実施した。また，特別経費「視覚障害学生に特化した大学改革実行プラン実践による医療教育の高度化事業 −職域拡大を目指した新たな教育モデルの確立−」の事業の一部として実施した。 参照文献 [1] 殿山希，佐々木健，笹岡知子他．医療教育グローバル化を目指した視覚に障害のある人に対する英国のマッサージ教育視察と資格試験調査．筑波技術大学テクノレポート．2016;23(1):投稿中. [2] The Royal National College for the Blind. Homepage(cited 2015-3-5), http://www.rnc.ac.uk/ [3] 田中農夫男．英国における視覚障害児の学校-視覚障害児の実態とその学校の現状と構造-．宮城教育大学紀要第2分冊自然科学・教育科学．1984;19:115-142. [4] Prospectus: A guide to specialist residential education for students aged 16+. The Royal National College for the Blind Education, employment and empowerment. RNC leaflet. Visit to the United Kingdom’s Royal National College for the Blind for the Purpose of Globalizing Japanese Education for Students with Visual Impairments DONOYAMA Nozomi, SASAKI Ken, SASAOKA Tomoko, KONDO Hiroshi, OHKOSHI Norio Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: In March 2015, we visited the Royal National College for the Blind (RNC), an institution of further education for students with visual impairments over age 16, located in the United Kingdom. Upon enrollment, students complete an assessment and individual programs are designed to meet their individual requirements and needs. Students can study a wide range of courses at the RNC, including various courses in vocational training that prepare students for required occupational qualifications. For instance, after completion of courses in Complementary Therapies, students are eligible to test for a Level 3 ITEC in massage, reflexology, or other complementary therapies, and after completion of courses in Art and Media, students are eligible to test for a Level 2 or 3 BTEC. The RNC also contains a Sports Academy, a sports center for people with visual impairments. The campus is large, and some of the facilities are open to the public. We believe that the RNC is an appropriate institution for an international exchange program for our students. Keywords: Royal National College for the Blind, ITEC, International exchange, Education for students with visual impairment