学生および有資格者を対象とした鍼灸・あん摩マッサージ指圧師の卒後研修に関するアンケート調査 櫻庭 陽1),福島正也1),近藤 宏2),平山 暁1),木下裕光1,2), 筑波技術大学 保健科学部附属 東西医学統合医療センター 1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科2) 要旨:筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター研修制度説明会の参加者を対象に,鍼灸・あん摩マッサージ指圧師の卒後研修に関するアンケート調査を実施した。その結果,技術に対して強い不安を持っている者が多かった(50.8%)。また,具体的な研修形態は,2年程度の期間(平均年数2.4±1.4年)で,有償(92.5%)でも良いと考えているようであった。場所については,病院や医院の施設,教育・研究機関の施設が多かった(各47.2%,41.5%)。 キーワード:はり師,きゅう師,あん摩・マッサージ・指圧師,卒後教育 1.はじめに はり師,きゅう師,あん摩マッサージ指圧師(以下,鍼灸・あマ指師)は,医師や歯科医師,助産師,柔道整復師と同様に,資格を取得することで開業できる限られた医療系国家資格の一つである。資格取得には,認可を受けた養成教育機関において3または4年の専門教育を受けた後,国家試験に合格することが必要である。国家試験は筆記試験のみであり,他の医療系国家資格と同様に実技試験は免除されている。しかし,医師のような資格取得後の臨床における教育は義務化されておらず,極端に言えば,資格取得後すぐに開業することもできる。近年の養成教育機関の急増によって有資格者が増加していることもあり,資格取得後の教育,いわゆる卒後教育が注目されている[1,2]。筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター(以下,当センター)の施術(鍼灸)部門では,長年にわたって鍼灸師の資格取得後の教育の場として卒後研修制度を設けている[3,4]。当センターは,医師を中心とした西洋医学と漢方や鍼灸・あん摩マッサージ指圧による東洋医学を統合して,最善の医療を提供する統合医療施設である。施術(鍼灸)部門では,これらの当センターの特長を生かした独自の研修プログラムを作成し,臨床現場における鍼灸・あマ指師の卒後研修を実践している。本邦では,当センター以外にも鍼灸・あマ指師の卒後研修を行っている施設は複数あるが,卒後研修に関する取り決めがないことから,内容はもとより,期間や研修費の有無等の形態は様々である[5]。少数ではあるが卒後研修施設が 存在する一方で,現行では任意となっている卒後研修について,それを希望する者がどのような考えやニーズを持っているかについては不明である。本研究では,鍼灸・あマ指師の卒後研修について,卒後研修に興味をもつ者の現状やニーズ等についてアンケート調査を行った。 2.方法 当センター施術(鍼灸)部門が毎年2回開催している「研修制度説明会」(以下,説明会)の参加者を対象にアンケートを実施した。平成23(2011)年を除く,平成21(2009)年〜平成24(2014)年の5年間で計10回,アンケートを実施した。アンケートは無記名式で選択または記述式とし,事前にアンケート用紙を配布して,説明会終了時に記入してもらい,その場で回収した。アンケートの主な内容は,年齢,性別,学生または既卒,養成校の種別,将来の希望する進路や資格利用の有無,知識や技術に対する不安,卒後研修について,その場所や期間,研修費の有無等である。 3.結果 3.1 対象者の属性 対象者は,60名から回収したうち養成校未就学で無資格であった1名を除外した59名とした。性別は男性が28名(47.5%),女性が31名(52.5%)で,平均年齢は31±11歳であった。現在の身分は学生が46名(78.0%),既卒者が13名(22.0%)で,養成校の種別は専門学校が48名(81.3%),大学が7名(11.9%),視覚支援学校が4名(6.8%)であった。 3.2 対象者の現状 希望する進路について選択式で聴取した結果,”決めている”は35名(59.3%),”決めていない”は24名(40.7%)であった。また,”決めている”と回答した35名に対して,具体的な進路内容を選択式複数回答で聴取した結果,”開業”が18 名(51.4%),”病院・医院に就職”が13名(37.1%),”治療院に就職”が12名(34.3%),”進学”が2名(5.7%),”その他”が1名(1.9%)であった。次に「今後,,資格を生かして生計を立てたいと思うか?」という設問に対して選択式で回答を得た結果,”強くそう思っている”が46名(78.0%),”思っている”が12(20.3%),”検討中である”が1名(1.7%)で思っていない者はいなかった。最後に,「実際に現場で治療を行うにあたり,養成校で習得している(した)知識や技術で不安はありませんか?」という質問をしたところ,知識について23名(39.0%)が,技術については半数を超える30名(50.8%)が”大いに不安である”と回答した(図1)。 図1 臨床における知識(上),技術(下)に対する不安※名(%)で示す。 3.3 卒後研修について 資格取得後の研修の必要性について,全員の対象者が”必要”と回答しており(59名(100.0%)),事由記載で得た理由について表 1に示す。 表 1 資格取得後の研修が必要な理由 ※一部改編。 教科書的な知識だけでは不十分で現場に対応できない。鍼灸師として現場を見ることは行うべき。 専門学校では技術的なことはあまり身についていない為,実際に患者様に治療を行うのは無理がある。 資格取得前に臨床研修が十分行えていないため,独力で問診,治療を行える力がついていない。 養成学校では臨床と接する機会が少ないため,技術や知識を深めるために研修は必要だと思う。 資格を取得しただけであって,知識技術が十分ではないため。 学生における経験は限られているため,経験と視野を広げるために必要である。 専門学校での臨床での問題点や知識に対して不十分だと感じるから。 養成学校を卒業しただけでは臨床で使える知識・技術はほとんど習得していないため。 学校の臨床実習では十分ではない。 卒業時は独立するだけの実力が無く,独学では知識技術に偏りが出る。 養成校では臨床経験が積めない。 学校で学んだ知識だけでは不安。多くの先生が臨床が一番大事だと言っていた。 基礎的な診断や治療の技術を身につける必要がある。 臨床は教科書で学んだ通りにはいかないから。 基礎的知識・技術に乏しい。 学校で学べることだけでは足りない部分があるため。 実技が少ない。 専門学校での臨床では不十分だと思う。 教科書の知識では圧倒的に不足。医学であるのに学校の実技,実習では不十分。医師のようにある期間,現場に出た方が良い。 実技の時間が不足している。 就職先によって学べることが偏るので,自分の望むことと異なる場合が生じる。研修は幅広く学べると思う。 就職すると経営面が重視され時間をかけて治療の勉強をするのが難しいと考えている。 現場の経験と様々な先生方の考え方などを吸収できると思う。 就職先によって身につけられる知識や技術に偏りがあるのではないかと思う 。就職すると臨床がメインになるため知識や技術を身につけるための時間がかなり限られてしまうため。 技術が就職先や学校の偏りがあると思う。 一般的な就職をしても得られるものはリラクゼーションに近いものがほとんどであるように思う。 就職先の得意とする技術や考え方が学べるメリットがあるが,偏りかねない。幅広く技術や考え方を短期間で習得するため。医師とのやりとりなどを通じて科学的な鍼灸を学びたい。 専門学校によって色が異なるため。ごく一般的なことを学ぶことが必要。 就職よりも知識や技術の取得ができる。様々な医療関係者との意見交換ができる。 就職した場合,どれだけ技術や知識を身につけていくことができるか不安がある。 西洋医学の知識も含めた広い視野が鍼灸師には必要だから。 多くの鍼灸師や他職種と交流により他分野の知識を取り入れ,様々な症状を持つ患者さんへ対応できるようになれる。 知識・経験の不足。医療従事者と同じ立場で会話をして,患者に説明できる幅広い知識や視野が必要だと考える。 広い視野を持って臨床に生かすため。 独学にならずに多職種や先輩とのやりとりが必要だと思う。 西洋医学の一連の治療のながれ,検査等を含めて。文献,環境業務,勉強会など様々な経験をするべき。 開業権を持つ資格であるから。 医学部でも卒後教育は必須であるのに人の身体に触れて治療をする鍼灸に卒後教育がないのは不十分である。 知識や技術の乏しさによる死亡事故が起きるのだから,医者と同様の研修は必要だと思う。免許を得ただけでは患者に何をしたらよいのか何もわからないという不安がある。 医師のような卒後制度が無いので先生につくことができない。付けても先生の気分で伝えられる技術が異なる。 一定期間,学ぶことだけに集中する方がより深く広く知識技術を吸収できると思う。 日々の業務に追われその場しのぎの技術を習得するのではいずれ限界が来ると思う。卒後研修で臨床での技術や知識をしっかり身につけることが必要だと思う。 深い知識や理解,技術を身につけられるという期待と,それらを身につけるのが就職する前のほうが望ましい。 就職にくらべ研修に集中して勉強できる。考えて勉強,教わる時間が必要。 安全で効果のある鍼治療を行うために施術者が知識・技術を磨く必要があると思う。 多くの患者様に接する機会が必要である。鍼灸師として学ぶことが大切である。資格取得後も生涯学習するべきである。技術を確立して,治療の方針を学べる。 お金をいただく以上,多くの経験が必要だと思う。授業では得られない,現実的な治療を学びたい。 高度な技術を取得したいから。 鍼灸師の質が低下していると思う。 次に対象者が考える卒後研修の形態を知るために,研修の場所,期間,研修費の有無について質問した。はじめに場所について,最善と思うもの一つを選択式で聴取した。有効回答数は53名で,”病院・医院内の施設”と”教育・ 研究機関の施設”が各々25名(47.2%),22名(41.5%)と多かった(図2)。 図2 最良と思う卒後研修施設(n=53)※名(%)で示す。 研修の期間について年数を数字で聴取した。未回答1名を除く58名の有効回答を得て,その平均年数は2.4±1.4年であった(表2)。次に,研修費の有無については未回答6名を除く53名の有効回答を得た。その結果,”有償”が49名(92.5%),”無償”が4名(7.5%)であった。”有償”と回答した49名のうち39名から具体的な金額を聴取した。その平均研修費は16,462円/月であった(表 2)。 表 2 卒後研修の期間 3.4 研修形態と対象者の属性等について 研修の形態として聴取した期間,費用,場所の結果について,対象者の「性別」,「年齢」,「身分」,「資格を生かして生計を立てたいか? 」,「知識や技術に対する不安」の項目ごとに集計を行った(表 3-1, -2, -3)。このとき,一つでも回答が得られていない項目がある場合は欠損データとしたため,対象者数は43名となった。また,年齢は”20歳代”と”30歳代以上”に,「資格を生かして生計を立てたいか?」 については”強く思う”とそれ以外の回答に,知識や技術に対する不安については”大いに不安である”とそれ以外の回答に大別した。研修期間について,既卒者で“2年以下”が81.8%となり,“3年以下”(18.2%)との差が最も大きかった(表 3-1)。 表 3-1 希望する研修期間と対象者の属性等 研修費用については,女性では無償と回答した者がいなかった。また,30歳代以上においては有償95.8%に対し無償4.2%と差が大きかった。 表 3-2 希望する研修費用と対象者の属性等 表 3-3 希望する研修場所と対象者の属性等 研修場所については”治療院”と”どこでもよい”の回答が少なかった。”病院”と”教育・研究機関”を比較すると,教育・研究機関が多かったのは女性,20歳,学生,資格を利用して生計を立てようと) 強く思う,知識について”大いに不安である”であった。 4.考察 鍼灸・あマ指師の卒後教育については様々な意見があるが,開業権を持つ医療系の国家資格であり,医療が多様化,複雑化している現況を考えると何らかの対策を講じ る必要があると考える[6,7,8]。しかし,制度化されていないこともあり,現在実施している施設は独自の基準や形態で行っており,制度化するにしてもその形態や費用など制度を整備する側の問題のほか,対象者の時間的,金銭的負担など対象者側の問題も解決しなければならない。故に,対象となる者の卒後研修に対する考えや意見を聴取することは,制度化を検討する際の貴重な資料となるほか,制度化までに至らなくても,現在,卒後研修を実施している施設や実施を検討している施設にとって参考となるだろう。本調査のすべての対象者は研修を必要としたことは,調査が卒後研修の説明会で実施されたことが大きな原因だと考える。卒後研修そのもののニーズを把握するためには,養成校に在学する学生を対象にした調査結果が待たれるところである。しかし,研修を必要と考える者がどのような形態の卒後研修を望んでいるかを知る上では十分である。結果から,2年程度の期間で,有償でも良いと考えているようである。研修場所については,病院や医院,教育・研究機関に偏っていた。この結果もまた,前述した説明会での調査であることが影響しているかもしれない。また,研修を必要とする者の現状として,知識よりも技術に不安を持っていることが明らかとなった。その理由からもわかるように,臨床の場面において資格を有していない養成校の教育では限界があると考えているようであった。卒後研修に限らず,鍼灸・あマ指師の資格取得後の教育によるスキルの向上・維持という目的であれば,小川が述べている免許更新制度も一つの手段として有効かもしれない[8]。その場合,卒後研修や免許更新の目的や対象,内容等を検討して研修と更新の目的や位置づけを明確にして同時に検討していくことが必要だろう。業界の新たな動きとして,最近,鍼灸に関連する教育団体である東洋療法 学校協会と,学会の全日本鍼灸学会,そして職能団体である全日本鍼灸マッサージ師会と日本鍼灸師会の4団体によって構成する「国民のための鍼灸医療推進機構」(以下,AcuPOP J)が,鍼灸師卒後臨床研修を開始した。業界内である程度統一された卒後研修の取り組みは初めてである。今後,この取り組みが契機となって業界内の気運の高まりにつながり,鍼灸・あマ指師の卒後研修の普及・拡大につながるかもしれない。 参照文献 [1] 後藤修司,山田勝弘,他 : 卒後教育を考えよう.全日本鍼灸学会誌.55(5); 684-96, 2005. [2] 後藤修司,杉田久雄,他 : 鍼灸の問題解決に向けた「6つの論点」を討議する!.医道の日本.71(1); 12-26, 2012. [3] 山下仁,津嘉山洋,他 : 鍼灸師の卒後研修.筑波技術短期大学テクノレポート.5 March; 211-16, 1998. [4] 山下仁,津嘉山洋,他 : 鍼灸師の卒後研修(2).筑波技術短期大学テクノレポート.8 March; 237-241, 2001. [5] 櫻庭 陽,近藤 宏,他 : はり師,きゅう師,あん摩マッサージ指圧師の卒後研修に関する調査.筑波技術大学テクノレポート.22(2); 69-71, 2015. [6] 野口栄太郎 : 鍼灸教育への提言 体験学習のすすめ.鍼灸Osaka. 26(2); 201-3, 2010. [7] 小松秀人 : 学校教育,臨床の現場における鍼灸の現在と未来.社会鍼灸学研究,4; 82-9, 2010. [8] 小川卓良 : 鍼灸師の将来 卒後教育と免許更新制で全体のレベルアップを図る.医道の日本.69(5); 30-1, 2010. A Questionnaire Survey on the Clinical Training System of Acupuncture and Moxibustion and Anma Massage Therapy for a Student and a Qualified Person SAKURABA Hinata11), FUKUSHIMA Masaya1), KONDO Hiroshi2), HIRAYAMA Aki1), KINOSHITA Hiroaki1,2) 1)Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology2)Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: We administered a questionnaire on the clinical training system of acupuncture and moxibustion and Anma massage therapy at the Center of Integrative Medicine explanatory meetings in Tsukuba University of Technology. The results showed that many (50.8%) people felt very uneasy about the technique. The training period was approximately 2 years (an average of 2.4 ± 1.4 years) and the cost was paid by oneself (92.5%). The common training places were treatment rooms at a hospital (47.2%) or at an education and research institution (41.5%). Keywords: Acupuncturist, Moxibutionist, Anma massage therapist, Clinical training system