臨床実績からみた鍼灸卒後臨床研修制度の評価 福島正也1),櫻庭 陽1),近藤 宏2),佐久間亨1),松井 康1),平山 暁1),木下裕光1,3) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻2)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻3) 要旨:近年の鍼灸師を取り巻く社会情勢の変化から,質の高い卒後臨床研修への要望が高まっている。そこで本研究は,近年の東西医学統合医療センター施術部門における研修生の臨床実績を分析し,当センターにおける卒後臨床研修制度の評価の一端とすることを目的に実施した。2012年度および2013年度にレジデントコースへ入所した研修生7名を対象として,臨床実績の分析を行った。その結果,研修生1人あたりの24ヶ月間の総施術数の平均は865±190人,初診および初診扱い患者数の平均は81±28人,初診患者の愁訴は,腰痛,下肢痛,肩こり,頚部痛,肩関節痛が多かった。本研究の結果から,当センター施術部門における卒後臨床研修は,研修生の臨床能力向上に必要な一定の水準以上の臨床実績を満たして実施されているものと考えられた。同時に,今後の社会変容を見据えた,より一層の研修制度の充実が必要と考えられた。 キーワード:鍼灸,卒後教育,卒後研修,臨床研修 1.はじめに 近年,鍼灸師を取り巻く社会状況は大きく変化している。第2回(1993年度)国家試験合格者数は,はり師2,141名,きゅう師2,153名であったが,第23回(2014年度)国家試験においては,はり師3,808名(1993年度比+177.9%),きゅう師は3,773名(1993年度比+175.2%)となっており[1],新たに国家資格を取得する鍼灸師の数が大幅に増加している。これは1998年8月の柔道整復師養成施設不指定処分取消請求事件の原告勝訴判決を受け[2],当時の厚生省が認定規則の条件を満たせば養成学校の設置を認める方針に転換し,その影響から鍼灸師養成学校においても新設校が激増したためである。一方で,鍼灸を学ぶ学生を対象としたアンケート調査[3]では,独立開業や施術所勤務が困難と考える理由として,“自分の技術に自信がないこと”が多く挙げられており,学校教育段階では十分な臨床能力が身に付けられていない現状が示されている。また,同調査では,約80%の学生が“卒後の臨床技術や医学知識の習得を目的とした研修”を希望していた。鍼灸師の卒後臨床研修は必修化されていないが,2014年には業界4団体(公益社団法人 日本鍼灸師会,公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会,公益社団法人 全日本鍼灸学会,公益社団法人 東洋療法学校協会)が設立した “国民のための鍼灸医療推進機構(AcuPOPJ)”による鍼灸師を対象とした卒後臨床研修制度が発足している[4]。このように,近年,鍼灸師を対象とした質の高い卒後臨床研修制度への要望が高まっている。筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター(以下,当センター)施術部門では,1993年から鍼灸師を対象とした卒後臨床研修制度を導入し[5],これまでに多くの人材を輩出してきた。そこで本研究は,近年の東西医学統合医療センター施術部門における研修生の臨床実績を分析し,当センターにおける卒後臨床研修制度の評価の一端とすることを目的に実施した。 2.方法 調査対象は,当センター施術部門において,2012年度および2013年度にレジデントコースへ入所した研修生7名(研修生A〜Gとする。2012年度:中途終了者1名を除く3名,2013年度:4名)とし,研修1ヶ月目から24ヶ月目までの臨床実績を集計・分析した。なお,分析対象を2012年度および2013年度の入所生のみとしたのは,研修制度の改定による研修日数の大幅な変更等の理由により,それ以前の在籍者との臨床実績の正確な比較が困難なためである。 臨床実績は,施術部門受付が管理する患者データベースを元に集計した。集計項目は,総施術数,担当した初診・初診扱い患者数,治療対象とした初診患者の愁訴(病態)とした。なお,初診扱い患者とは,前回施術から半年以上が経過した患者のことで,医師の診察が必要となる等の初診患者に準ずる対応となる。なお,集計対象は施術を行った患者のみとし,受診はしたが施術を行わなかったものは除外した。また,初診患者の愁訴分類では,1人の患者が複数の愁訴をもつ場合は各々の愁訴を独立に集計した。なお,施術部門全体の患者動態に関する集計・分析は別に譲る。 3.結果 3.1 研修状況 7名の研修生の内,研修1年目(研修1ヶ月〜12ヶ月)に週5日の臨床研修に従事したものが5名(内1名は下半期から週4日に移行),週4日だったものが2名,研修2年目(研修13ヶ月〜24ヶ月)は全員が週3日の臨床研修に従事した。また,研修期間を25ヶ月以上に延長した研修生が2名いたが,延長期間分の施術については集計対象外とした。 3.2 総施術数の推移 研修生1人あたりの24ヶ月間の総施術数は865±190人(平均±標準偏差,以下同様)で,最小値は622人,最大値は1,132人だった。総施術数は,研修3ヶ月目から明確な増加を示し,5ヶ月目から22ヶ月目にかけてほぼ一定の傾きで増加,23ヶ月目以降は増加が鈍化していた(図1)。 図1 総施術数の推移 3.3 月間施術数の推移 月間施術数は,研修2ヶ月目から漸増し,4ヶ月目からは月平均30人を超え,この水準が22ヶ月目まで維持されていた(4ヶ月目〜22ヶ月目の月平均43人)。13ヶ月目に月平均58人となり,ピークを示した。23ヶ月目,24ヶ月目は施術数が急減し,月平均20人を下回った(図2)。なお,研 修生Eの16ヶ月目にみられる患者数減少は,事情により約1ヶ月間研修を休んだことによるものである。 図2 月間施術数の推移 3.4 初診および初診扱い患者数の推移 研修生1人あたりの初診および初診扱い患者数は81±28人(最小値56,最大値136,初診患者数56±18人,初診扱い患者数25±10人),月平均3人だった。初診および初診扱い患者数は, 2ヶ月目から漸増し,3ヶ月目から12ヶ月目の10ヶ月間は月平均6名の水準で推移していた。13ヶ月目から15ヶ月目にかけて急減し,15ヶ月目以降の10ヶ月間は月平均2名で推移していた(図3)。 図3 初診および初診扱い患者数の推移 3.5 初診患者の愁訴(病態) 研修生は24ヶ月間に計391人の初診患者を担当していた。初診患者の愁訴(病態)は,症例数が多いものから順に,腰痛,下肢痛,肩こり,頚部痛,肩関節痛,下肢のしびれ,背部痛,殿部痛,頚肩部痛,骨盤位(逆子)だった(表 1)。また,症例数が1〜2例の愁訴が50以上みられた。 4.考察 4.1 総施術数および月間施術数の推移 月間施術数は,2ヶ月目から漸増していた。これは例年,保健所への登録や賠償保険への加入手続きを完了し,担 当患者への施術を開始する時期が5月中旬頃となるためである。その間,研修生は施術部門および診療部門でのローテーションやナイトセミナー形式の講習,実技試験等の研修プログラムを受ける。2ヶ月目以降は施術数を徐々に増加させながら,13ヶ月目に月間施術数のピークを迎える。この13ヶ月目は研修2年目の4月にあたり,年度替わりのため,研修終了者からの引き継ぎ患者が増加することや,施術者数が減少することが要因と考えられる。23ヶ月目,24ヶ月目には,研修終了を控えて引き継ぎを開始するため,施術数が急減していた。24ヶ月全体を通じて,なだらかなカーブを描いて推移しており,安定的な施術数を維持して,臨床研修を実施できているものと考えられた。総施術数は月間施術数とリンクして推移し,24ヶ月間で平均900人弱への施術を行っていた。医療機関での鍼灸施術においては,一人あたり20分程度の時間で多数の患者を並行して施術する場合も見受けられ,十分な問診,検査,身体所見の確認等を行えない場合も少なくないが,当センター施術部門では患者一人あたり1時間の施術時間を基本としており,十分な施術時間を確保しながら臨床研修が行えるよう配慮している。また,研修生に担当患者がいない場合には,指導教員の施術補助や見学にあたり,臨床技能の向上を図っている。 表 1 初診患者の愁訴(病態) 4.2 初診および初診扱い患者数の推移 初診および初診扱い患者数は,総施術数と同様に2ヶ月目から漸増し,3ヶ月目以降は安定した水準で推移していた。その後,13ヶ月目から15ヶ月目にかけて,初診および初診扱い患者数は急減する。これは総施術数のピーク時期と重なっていることから,研修生が担当する再診患者数が増加することや,新年度に入所した研修生が施術を開始する時期にあたることが要因と考えられる。このことから,当センターでの臨床研修においては,研修1年目は初診および初診扱い患者を多く担当し,研修2年目は再診患者の継続的な治療が中心になっていることが示された。超高齢社会における鍼灸施術では,慢性的な愁訴を有する患者への継続的なケアが必要とされる場合が多いと考えられる。また,継続的な受療が見込まれるクライアントは,経営上の観点からも重要である。初診および初診扱い患者数の推移で示された研修1年目,2年目における患者動向の変化は,研修終了後に必要とされる臨床能力の習得に有用に作用するものと考えられる。 4.3 初診患者の愁訴 初診患者の愁訴分類では,症例数上位の多くを腰痛,下肢痛,肩こりといった,整形外科関連と考えられる症状が占めていた。平成25年度 国民生活基礎調査の有訴者率[6]は,男性では腰痛が最多,次いで肩こり,女性では肩こりが最多,次いで腰痛となっており,本研究での初診患者の愁訴との一致がみられた。また,鍼灸師を対象としたアンケート調査[7]の主な治療対象とも同様の傾向だった。臨床研修において,鍼灸治療の対象となりやすいこれらの愁訴に対する豊富な経験を積み,その施術に関する技能を向上させることは重要と考えられる。その一方で,症例数が1〜2例の愁訴に対する治療も50例以上行われており,レアケースへの遭遇も少なくないことがうかがわれた。当センター施術部門においては,診療部門と連携を図りながら統合医療を実践しており,一般の施術所に比べ,より重度の症例や稀な症例に施術を行うことも多い。当センターでの臨床研修においては,臨床経験の豊富な教員による指導と共に,将来を見据えた自主学習能力の向上を重視している。これらの貴重な症例経験は,技能の向上のみならず,論文や専門書による情報収集を通じた自己学習能力の向上に有効に作用しているものと考えられる。 4.4 まとめ 当センターの鍼灸卒後臨床研修システムは,各指導教員の元での臨床(実地)研修に加え,導入プログラム(研修開始約1ヶ月間に行われる研修プログラム),月例勉強会, 合同カンファレンス,文献調査(英文抄読),つくば鍼灸研究会,問診・検査ファイル作成,環境業務,受付補助業務などから構成され,鍼灸臨床に必要な技能および環境維持業務や受付補助業務を通じた施術所運営に必要な技能の習得を目的としている。その中でも研修の中心となるのが,各指導教員の元での臨床(実地)研修である。本研究での分析結果から,当センター施術部門における卒後臨床研修は,研修生の臨床能力向上に必要な一定の水準以上の臨床実績を満たして実施されているものと考えられた。一方で,今後の鍼灸師の業種形態としては,地域包括ケアシステム[8]に基づいた,脳血管障害後遺症等を有する高齢者への訪問施術の需要が高まることが予測され,従来の施術所内での鍼灸治療とは異なった知識や技術が求められる可能性がある。今後の社会変容を見据えた,より一層の臨床研修制度充実のための方策が必要と考えられる。 本研究は,筑波技術大学 平成26年度 教育研究等高度化推進事業 A競争的教育研究プロジェクト事業の助成を受け実施された。 参照文献 [1] 公益財団法人 東洋療法研修試験財団.過去の受験者数.(2015年4月17日取得)http://www.ahaki.or.jp/examination/examinees.html[2] 最高裁判所事務総局.裁判所ウェブサイト.(2015年8月8日取得)http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail5?id=16172[3] 矢野 忠,石崎 直人,藤井 亮輔,他.鍼灸師養成教育機関に在籍する学生の鍼灸医療に対する意識と要望等に関する調査研究 卒業学年の学生を対象とした調査(1).医道の日本.2010;69(3): p.96-102.[4] 国民のための鍼灸医療推進機構.鍼灸net.(2015年8月8日取得) http://shinkyu-net.jp/[5] 山下 仁,津嘉山 洋,丹野 恭夫,他.鍼灸師の卒後研修.筑波技術短期大学テクノレポート.1998; 5: p.211-216.[6] 厚生労働省.平成25年 国民生活基礎調査の概況.(2015年8月4日取得)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/[7] 小川 卓良,形井 秀一,箕輪 政博,他.第5回現代鍼灸業態アンケート集計結果【詳報】.医道の日本.2011;70 (12): p201-244.[8] 厚生労働省.地域包括ケアシステム.(2015年8月8日取得) http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/ Assessment of the Clinical Training System for Acupuncturists, Based on the Results of Clinical Practices FUKUSHIMA Masaya1), SAKURABA Hinata1), KONDO Hiroshi2), SAKUMA Tohru1), MATSUI Yasushi1), HIRAYAMA Aki1), KINOSHITA Hiroaki1,3), 1)Center for Integrative Medicine, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology2)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology3)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: The demand for a clinical training system for acupuncturists has recently increased. In this study, we assessed the clinical training system for acupuncturists at the Department of Acupuncture and Moxibustion in the Center for Integrative Medicine (CIM). The clinical practices of the interns who enrolled in the 2012 or 2013 fiscal years were analyzed. During the 24-month period, the average number of total patients was 865 ± 190 and that of new patients was 81 ± 28. Common complaints were low back pain, leg pain, shoulder stiffness, neck pain, and shoulder pain. The clinical training system for acupuncturist at CIM involves a certain level of clinical practice. However, it is necessary to improve the system to adapt it to social trends. Keywords: Acupuncture, Moxibustion, Clinical training, Intern