東西医学統合医療センター施術(鍼灸)部門2013年度患者動態調査およびインシデント・アクシデント分析 福島正也1),櫻庭 陽1),近藤 宏2),佐久間亨1),松井 康1),平山 暁1),木下裕光1,3) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻2)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻3) 要旨:本研究は,2013年度における筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 施術(鍼灸)部門の患者動態および有害事象を調査・分析し,患者特性および臨床活動の実績や課題について考察することを目的とした。調査の結果,施術(鍼灸)部門の患者総数は8,406人で,内訳は,初診患者420人,初診扱い患者206人,再診患者7,780人だった。初診患者の特性として,性別は女性256人(61.0%),男性164人(39.0%),年代は60歳代(100人,23.8%)が最多,愁訴では腰痛,下肢痛,肩こりが多くみられた。インシデント・アクシデントの報告総数は41件,発生総数は53件だった。患者総数に占める割合(発生総数/患者総数)は0.6%だった。インシデント・アクシデントの内訳は,鍼の抜き忘れ(14件,26.4%)が最多だった。。 キーワード:鍼灸,患者統計,インシデント,アクシデント 1.はじめに 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター(以下,当センター)は,筑波技術短期大学の附属診療所として1992年に開設し,2005年10月からは四年制に移行した筑波技術大学保健科学部附属の医療センターとして臨床・教育・研究活動を行ってきた。2013年度の当センター所属の常勤スタッフは13名で,専任教員5名(医師1名,鍼灸師2名,理学療法士2名),医療スタッフ5名(看護師2名,薬剤師1名,臨床検査技師1名,診療放射線技師1名),事務2名である。その他に非常勤職員が在籍している。当センターは,診療部門と施術(鍼灸)部門から成っている。2013年度の診療部門は,曜日および午前・午後により,循環器内科,精神科,脳神経外科,リハビリテーション科,神経内科,整形外科,漢方内科,腎臓内科,内科を開設した。診療は,当センターおよび本学鍼灸学専攻,理学療法学専攻所属の医師免許を有する教員6名が担当した。また,リハビリテーション科は,当センター所属の理学療法士2名と理学療法学専攻の教員5名,特任研究員1名が担当,曜日ごとに2〜4名体制で運営した。施術(鍼灸)部門は,当センター所属の教員2名と鍼灸学専攻の教員8名,特任研究員2名が担当曜日ごとに2〜4名体制で施術を担当した。施術(鍼灸)部門では, 2013年度に5名の臨床研修生を受け入れており,2年目以降の研修生を合わせた計9名が各指導教員の元で臨床研修に従事した。この研修制度は1993年の発足以来,鍼灸学校養成施設を卒業して国家資格を取得した鍼灸師を対象とする卒後臨床研修として,鍼灸臨床に必要な技能および環境維持業務や受付補助業務を通じた施術所運営に必要な技能の習得を目的として運用されている[1]。当センターは,本学保健科学部の教育・研究に関わる臨床の場として機能するとともに,西洋医学と東洋医学を統合した診療・施術を通じて,地域医療に寄与することを目的としている。また,前述の鍼灸師を対象とした卒後臨床研修や日本東洋医学会の研修施設として,人材育成を通じた社会貢献に取り組んでいる。こういった当センターの活動を維持・向上していくためには,患者動態を調査・分析し,臨床活動実績や課題について考察することは重要な意義をもつ。そこで本研究は,2013年度における当センター施術(鍼灸)部門の患者動態および有害事象を調査・分析し,患者特性および臨床活動実績や課題について考察することを目的とした。 2.方法 2.1 患者動態調査 患者動態の分析は,施術(鍼灸)部門受付が管理す る患者データベースを元に実施した。分析対象期間は,2013年4月1日から2014年3月31日までとした。分析項目は,開設日数,患者総数,初診患者数,初診扱い患者(前回施術後半年以上を経過した患者を指す)数,再診患者数,月および日あたり平均患者数とし,初診患者については,性別,年代,居住地域,主訴についても分析対象とした。主訴の分析は,治療対象とした愁訴を愁訴部位と愁訴(病態)の種類の二要因に分類し,複数の愁訴を有する場合には各々を独立して集計した。なお,割合の算出において端数処理を行ったため,合計が100.0%にならない場合がある。 2.2 インシデント・アクシデント分析 有害事象の分析は,施術(鍼灸)部門のスタッフから提出されたインシデント・アクシデントレポートを元に実施した。当センター施術(鍼灸)部門のインシデント・アクシデントレポートは,特定のフォーマットに基づき,発生した全事例の報告を義務付けている事象(鍼の抜き忘れ,熱傷,患者の放置,重要所見の見落とし,感染,一過性の気分不良,血腫,主訴の悪化,刺鍼部の皮膚炎等,施術者自身の傷害)と,著明な事例のみを報告する事象(内出血,出血,疲労感または倦怠感,眠気,刺鍼中の刺鍼部の疼痛,刺鍼後の刺鍼部の疼痛,その他)からなっている。分析対象は,2013年4月1日から2014年3月31日までに発生した事象とした。分析項目は,報告総数,発生率(患者総数に対する割合),発生事象の分類,発見方法および情報源,対処時の鍼灸師以外の関与,医療費負担とした。また,鍼の抜き忘れについては発生状況も分析の対象とした。なお,割合の算出において端数処理を行ったため,合計が100.0%にならない場合がある。 3.結果 3.1 施術(鍼灸)部門の患者動態 2013年度の開設日数は253日だった。患者総数は8,406人で,内訳は,初診患者420人,初診扱い患者206人,再診患者7,780人だった。一月あたりの平均患者数は701±70人(平均値±標準偏差,以下同様),一日あたりの平均患者数は33±15人だった。月別の再診患者数は10月(854人)が最多で,次いで1月(783人),12月(735人)であり,最少は5月(582人),次いで6月(636人),9月(658人)だった(図1)。 図1 患者総数と初診患者数の推移 3.2 初診患者動態・特性分析 一月あたりの平均初診患者数は35±9人だった。 月別の初診患者数は11月(48人)が最多で,次いで7月(44人),8月(42人)であり,最少は2月(12人),次いで10月と3月(共に25人)だった(図1)。性別は女性256人(61.0%),男性164人(39.0%)だった。年代別では60歳代(100人,23.8%)が最も多く,次いで40歳代(78人,18.6%),50歳代(73人,17.4%)だった(表 1)。 表 1 初診患者の年代 居住地域別にみると,つくば市内49.3%,つくば市外の茨城県内46.9%,茨城県外の関東3.1%,関東以外0.7%だった。初診時に治療対象とした愁訴の数は,1つが260例61.9%),2つが134例(31.9%),3つが23例(5.5%),4つが3例(0.7%),平均は1.5だった。主な愁訴部位は腰部(131例,23.8%)が最多,次いで下肢(109例,19.8%),頚肩部(69例,12.5%),殿部(40例,7.3%),肩関節(35例,6.4%)だった。主な愁訴(病態)の種類は,痛み(397例,65.2%),こり・ 張り(61例,10.0%),しびれ(45例,7.4%),骨盤位(21例,3.4%),運動麻痺(12例,2.0%)だった(表 2)。 表 2 初診患者の愁訴(病態)の種類 各部位における愁訴の種類は,腰部は痛み(128例,97.7%)が最多,次いでこり・張り(2例,1.5%),違和感(1例,0.8%),下肢は痛み(56例,51.4%)が最多,次いで痺れ(30例,27.5%),冷え(7例,6.4%),頚肩部はこり・張り(47例,68.1%)が最多,次いで痛み(22例,31.9%),殿部は痛み(34例,85.0%)が最多,次いでしびれ,こり・張り(共に2例,5.0%),肩関節は痛み(35例,100.0%)だった。 3.3 インシデント・アクシデント事例 インシデント・アクシデントの報告総数は41件,発生総数は53件だった。患者総数に占める割合(発生総数/患者総数)は0.6%だった。インシデント・アクシデントの内訳は,鍼の抜き忘れ(14件,26.4%)が最多で,次いで主訴の悪化(8件,15.1%),一過性の気分不良(7件,13.2%),刺鍼後の刺鍼部の疼痛(6件,11.3%),内出血(3件,5.7%),熱傷,出血(各2件,各3.8%),患者の放置,血腫,皮膚炎等,刺鍼中の刺鍼部の疼痛(各1件,各1.9%)だった。インシデント・アクシデントの発見方法は,直接(37件,90.2%)が最多,次いで電話(3件,7.3%),その他(1件, 2.4%)だった。情報源は,患者から(25件,61.0%)が最多,次いで施術者本人(7件,17.1%),家族(5件,12.2%),当センタースタッフ(3件,7.3%),その他(1件,2.4%)だった。対処時に鍼灸師以外の関与を必要とした事例は1件で,センター内の医師・看護師による対処だった。医療費負担が生じた事例の報告はなかった。鍼の抜き忘れの発生状況では,抜き忘れた本数は1本(10件,71.4%)が最多で,次いで2本(3件,21.4%),3本(1件,7.1%)だった。抜き忘れが発生した部位は,頭部(5件,35.7%)が最多,次いで大腿部,下腿部(各2件,各14.3%),頚部,背部,腹部,肩関節,前腕部,手部(各1件,各7.1%)だった。鍼の抜き忘れの発見場所は,施術ブース内(12件,85.7%)が最多,次いで施設内,施設外(各1件,7.1%)だった。施術者と抜鍼者が同一だったのは9件(64.3%),別だったのは4件(28.6%),記入なし1件(7.1%)だった。考えられる抜き忘れの発生理由としては,タオルで隠れていた(5件,35.7%)で最多,次いで髪の毛で隠れていた(3件,21.4%),衣服で隠れていた,抜鍼者の不注意,その他(各2件,各14.3%)だった。 4.考察 4.1 施術部門における患者動態分析 2013年度の施術(鍼灸)部門における患者総数はほぼ例年並みであったが,初診患者数は昨年度比+57名の増加を示した。明確な要因は不明だが,当センターでの統合医療の取り組みの推進や地域における施術(鍼灸)部門の認知向上などが影響していると推測される。1日あたりの平均患者数は大きな標準偏差の値を示した。これは,曜日により施術者数が変動することや年度替わりの時期に研修生の入れ替わりがあるという当センターの特性が影響しているものと考えられる。月別の患者動態では,再診患者は5〜6月に低値を示し,初診患者は2〜3月に低値を示した。これは開設日数や気候の影響も考えられるが,当センターでの近年の動態[3-7]においても変動が大きく,一定の傾向は見られなかった。初診患者の特性では,男女比が約4:6となっており,他大学附属施術所からの近年の報告[8]とほぼ一致した。年代別では,県内の人口構成に比して30〜70代で高く,特に40〜60代での利用率が高かった。これは当センター施術(鍼灸)部門の利用者には,退行変性を背景とした愁訴を有し,かつ社会活動が比較的活発な年齢層の受診が多いためと考えられる。居住地域については,前述の他大学付属施術所の報告[8]では所在地の同一区内(江東区)が68%を占めているのに対し,当センターではつくば市内に加え,つくば市 以外の県内からの患者も多くみられた。このことは,来所時の交通手段における自動車利用率の高さ[9]が影響しているものと考えられる。初診時に治療対象とした愁訴の数は,1つないし2つの症例が9割以上を占めた。これは当センター施術(鍼灸)部門では,正確な病態の把握とそれに基づく治療を重視しており,愁訴に優先順位を付けることで,治療対象や目的を絞った施術を推奨しているためと考えられる。治療対象とした愁訴は,腰部の痛み(腰痛)が最多で,次いで下肢の痛み(下肢痛),頚肩部のこり・張り(いわゆる肩こり)だった。平成25年度 国民生活基礎調査の有訴者率[10]は,男性では腰痛が最多,次いで肩こり,女性では肩こりが最多,次いで腰痛となっており,当センターで鍼灸施術の対象となっている愁訴との一致がみられた。また,鍼灸師を対象としたアンケート調査[11]の主な治療対象ともほぼ一致がみられた。一方で,本学教員が臨床研究に渡り取り組んでいる骨盤位(逆子)やレアケースに対する鍼灸治療も行われていた。当センターでは,研修生らによる学術活動を推奨しており,学会発表等を通じた,これらの臨床成果の社会還元を図っている。 4.2 インシデント・アクシデント事例 当センターのインシデント・アクシデントレポートは,特定のフォーマットに基づくレポートの提出と共に,当日のスタッフミーティングおよび月例ミーティングでの報告を行い,有害事象やその対策に関する情報の共有化を図っている。インシデント・アクシデント事例の発生率は,近年の当センターでの報告[4]や他大学附属施術所からの報告[12]とほぼ同等の水準だった。インシデント・アクシデント事例の内訳は,鍼の抜き忘れが最多であり,当センターにおける近年の報告[3-7]と同様の結果だった。なお,2013年度は例年に比べ内出血の報告が減少しているが,明確な要因は不明である。鍼の抜き忘れの理由としては,タオルや髪の毛で鍼が隠れていたことが多く挙げられていたが,これらは周知の事実であり,施術者の留意により十分に対処可能なものと考えられる。身体に鍼を刺入する施術の特性上不可避な事例も存在するが,多くのインシデント・アクシデントは施術スタッフの留意や施術方法の改善により予防が可能である。これらの事象はスタッフの過誤であることが明白なため,施術への不信や不満に直結する可能性が高いといえる。特に,インシデント・アクシデントの四分の一を占める鍼の抜き忘れの発生防止への取り組みが課題である。 参照文献 [1] 山下 仁,津嘉山 洋,丹野 恭夫,他.鍼灸師の卒後研修.筑波技術短期大学テクノレポート.1998; 5: p.211-216. [2] 茨城県.茨城県の年齢別人口(茨城県常住人口調査結果)四半期報(平成27年8月4日取得)http://www.pref.ibaraki.jp/kikaku/tokei/fukyu/tokei/betsu/jinko/nenrei/index.html [3] 近藤 宏,櫻庭 陽,佐久間 亨,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2012 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2013;21 (1): p103-107. [4] 近藤 宏,櫻庭 陽,萩野谷 泰朗,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2011 年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2012;20 (1): p99-103. [5] 近藤 宏,櫻庭 陽,平山 暁,他.地域医療における統合医療を目指して 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2010年度 鍼灸部門 外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2012; 19 (2): p73-77. [6] 近藤 宏,櫻庭 陽,堀 紀子,他.鍼灸臨床における統合医療を模索して 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 2009年度鍼灸部門外来報告.筑波技術大学テクノレポート.2010; 18 (1): p111-115. [7] 近藤 宏,津嘉山 洋,堀 紀子,他.質の高い鍼灸医療を目指して筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター鍼灸部門 外来報告2008. 筑波技術大学テクノレポート.2009; 17 (1): p73-77.[8] 木村 友昭,水出 靖,菅原 正秋,他.東京有明医療大学附属鍼灸センター報告(第1報).東京有明医療大学雑誌.2012; 4: p.39-43. [9] 櫻庭 陽,武笠瑞枝,水木知恵,他.筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター 患者の利用状況やサービスに関するアンケート調査2.筑波技術大学テクノレポート.2014; 21(2): p73-77. [10] 厚生労働省.平成25年 国民生活基礎調査の概況.(平成27年8月4日取得)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/ [11] 小川 卓良,形井 秀一,箕輪 政博,他.第5回現代鍼灸業態アンケート集計結果【詳報】.医道の日本.2011;70 (12): p201-244.[12] 菅原 正秋,高梨 知揚,高山 美歩,他.東京有明医療大学附属鍼灸センターにおけるインシデントレポートの集計と考察. Journal of Tokyo Ariake University of Medical and Health Sciences. 2014; 6: p.21-23. The Statistical Report of Outpatients and Adverse Events at the Department of Acupuncture and Moxibustion in 2013 FUKUSHIMA Masaya1), SAKURABA Hinata1), KONDO Hiroshi2), SAKUMA Tohru1), MATSUI Yasushi1), HIRAYAMA Aki1), KINOSHITA Hiroaki1,3), 1)Center for Integrative Medicine, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology2)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology3)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: This study aimed to analyze the dynamic statistics of outpatients and adverse events at the Department of Acupuncture and Moxibustion in the 2013 fiscal year (April 1, 2013, to March 31, 2014). The total number of outpatients was 8406 (420 first-time patients, 206 semi-first time patients, 7780 revisits). The first-time outpatient trends were as follows: 256 women patients and 164 men patients; 60.69-year-old patients constituted the largest age group; and common complaints were low back pain, leg pain, and stiff shoulder. Fifty-three adverse events were reported and the incidence rate was 0.6%. The most reported adverse event was forgotten needles (n = 14). Keywords: Acupuncture, Moxibustion, Integrative medicine, Outpatient, Adverse event