高大連携事業に関する現状調査〜その2:米国における高大連携・接続事業の実地調査〜 田中 晃,井上正之 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:現在のろう学校では,生徒の進学を目標とする普通科の設置例が増えてきており,これに対する本学の対応の一つとして,高校生を対象とする出前授業等といった高大連携や,入試制度・新入生への支援といった高大接続事業があげられる。こうした認識にたち,筑波技術大学では2013年度から聾学校との高大連携・接続を主眼とした研究プロジェクトを開始している。2013年度では,アメリカのギャローデット大学・NTIDでの高大連携の実地調査を行っており,この成果を鑑みて,2014年度では,アメリカのオーロニ大学・ギャローデット大学・NTIDのスタッフにインタビューし,高大連携事業の組織・新入生への支援等高大接続事業のへの理解を深めた。 キーワード:高大連携,高大接続,聾教育,新入生へのサポート 1.はじめに 現在のろう学校では,生徒の進学を目標とする普通科の設置校が増えてきており,高校生を対象とする出前授業等といった高大連携だけでなく,入試制度・入学生の大学生活の適応への支援といった高大接続事業が重要なテーマとなっている。こうした認識にたち,筑波技術大学では2013年度から聾学校との高大連携を主眼とした研究プロジェクトを開始している。2013年度[1]では,アメリカのギャローデット大学・NTIDでの高大連携の現状調査を行っており,この成果を鑑みて, 2014年度では,アメリカのオーロニ大学・ギャローデット大学・NTIDへ視察し,高大連携事業の組織・入学後の大学生への支援等高大接続事業の実地調査を行った。 2.2015年3月の実地調査の概要 2013年度の調査によれば,NTID・ギャローデット大学双方ともに,公開講座や支援プログラムそれぞれに専属のスタッフ(大学の教職員)が数名おり,各種プログラムの運営管理を担当する体制となっていることが明らかとなっている。その一方,高大連携事業の運営体制の具体的な内容,例えば,宣伝方法・アルバイト学生の選考基準等を把握する必要があった。さらに,2020年度に開始される新入試制度に備えるべく,教育・入試制度のありかたを検討する「産業技術学部将来構想検討WG」が今年度から開始された。こういった動きにあわせて,入試や入学後の大学生への支援の状況も調査することとした。 本実施調査の概要は以下のとおりである。・日時:2015年3月1日〜12日・訪問先:オーロニ大学,フリーモント聾学校(カリフォルニア州),NTID,ギャローデット大学 (ワシントンDC)以下,実地調査の内容について述べる。 3.オーロニ大学における実地調査 3.1 オーロニ大学の概要[2] オーロニ大学(hlone College)は,カリフォルニア州サンフランシスコ市の近郊町フリーモントにあり,公立のコミュニティーカレッジに位置づけられた2年制大学である。学生人数は毎年19000名の学生が入学している。約500名障害学生が在籍しており,その半分ぐらいが聴覚障害者である。聴覚障害者が多い背景としては,聴覚障害学生支援センターがあることと,歴史的にもカリフォルニア州立フリーモント聾学校との深いつながりが強いことがあげられる。大学と言っても,就職率は極めて低く,卒業後のほとんどの学生は,他の4年制の大学に編入学している。 3.2 聴覚障害学生支援センター オーロニ大学には,一般学生および障害学生が学ぶ多数のアカデミックプログラムと,手話通訳養成講座・アメリカ手話(ASL)講座・聾文化講座が開講されている言語文化センターが設置され,200人ぐらいの聴覚障害学生が在籍している(写真1)。 写真1 オーロニ大学の言語文化センター 写真2 JASSとの協定書 NPO法人日本ASL協会(JASS)と留学派遣の協定が結ばれており,日本からの多数の聴覚障害学生を受け入れている(写真2)。彼らは,オーロニ大学で英語やASLを1年間学んだあと,ギャローデット大学大学院,ボストン大学大学院等に進学している。言語文化センターの出入口に入ると,聴覚障害学生支援センターのカウンセラー室が見える。この聴覚障害学生支援センターの役割は,聴覚障害学生のメンタルヘルス・生活・職域・進学などのライフサポートが中心であり,アカデミックな教育を担当するアカデミックプログラム・言語文化センターとは一線を画する。聴覚障害学生支援センターには,2人のカウンセラーがおり,両者とも聴覚障害者であり,そういった立場や視点を活かして日本人を含めた聴覚障害学生の生活環境を支えている。アメリカの高等機関の学費の傾向として,州内の学生の学費は,州外の学生や留学生より抑えられることが一般 的である。このことにより,オーロニ大学の学生の多くはカリフォルニア州内出身であり,宣伝活動・高大接続活動の範囲は主にカリフォルニア州内の高校に絞られている。宣伝手段は,聾学校や高校の難聴学級での説明会開催,FacebookなどSNSの活用があげられる。 オーロニ大学の聴覚障害学生は就職が極めて困難であり,卒業後の進路先として4年制の大学に進学することがほとんどである。 また,ギャローデット大学に行きたいが「,遠すぎる」または「学費が高い」という理由で,学費が安いオーロニ大学で2年間学んでから,ギャローデット大学に編入するケースがある。 3.3 カリフォルニア州フリーモント聾学校との連携 カリフォルニア州フリーモント聾学校とオーロニ大学は,車で10分程の近い立地にあり,この好条件を活かした2校間の交流が盛んである。フリーモント聾学校は高校生200人を含め,小中高あわせて850人と,アメリカ有数のマンモス聾学校でもある。 NTIDおよびギャローデット大学の元学長のロバート・ダビラ氏の母校でもある(写真3)。 写真3 ロバート・ダビラ氏が描かれた壁画 教育方針はバイリンガル教育が基本であるが,これは,第1言語がASL・第2言語が英語というように,覚えるべき言語に明確な優先順位が付けられるわけではない。例えば,聴覚障害の程度が軽くても文字の読み書きが苦手な子供もいるし,そうでもない子供もいる。このように多様性に富む生徒の個性に応じたフレキシブルなバイリンガル教育手法をとっている。将来性が高い職域の変化に応じて専攻科のコースの再編成ができるようになっている。細かく計画を立てて数年間カリキュラムを固定することはなく,問題があれば,科目の設置・廃止を含めたカリキュラムの変更が適宜行われている。現時点での設置専攻は,「自動車整備工」「バイオテクノロジー」「住宅施工」「デジタルメディア」「GC技能」「造園」「ソーシャルメディア」「デジタル画像処理」「コンピュータ技術」「料理」「木工芸」等である。専攻科で基本的な知識を学んだ後,カリフォルニア州 立大学バークレー校やオーロニ大学,ギャローデット大学,NTID/RITに進学している。進学後,専攻科で学んだ科目と大学の科目と重なることがあった場合,学生の学力の状況によって受講免除が受けられることがある。特に,「バイオテクノロジー」は設置2年目であり,バイオテクノロジー関係企業が増えてきたカリフォルニアの現状に鑑み,就職率の増加を見込んで設置されてものである。全く新しい領域の職業教育であるために,カリキュラムの再編成が毎年行われるなどまだ試行錯誤の只中である。聾学校の教諭にとってなじみのない分野であるため人材が不足しており,近隣のオーロニ大学に非常勤講師派遣を依頼している状況である。このようにフリーモント聾学校は,聾学校と大学との壁を取り払い,互いに開かれた高大連携が行われているのみならず,社会情勢に応じて専門領域を開拓しながら新しい職業教育の方針を打ち出し,聾学校の魅力を高める努力をしはらっている。 4.NTIDにおける実地調査 4.1 NTIDの概要[1] NTID(National Technical Institute for the Deaf)は,ニューヨーク州ロチェスターにあり,聴覚障害者の職業訓練を行う大学である(1968年創立)。学生数は約1400人(2013年秋の時点)である。 図1 NTID 4.2 NTIDの入学試験 RIT(ロチェスター工科大学)とNTIDと共通の入学試験が行われ,この試験を受けた聴覚障害学生の60%がRITを志望している。優秀な学生はそのままRITに入学し,そうでない学生はNTIDに振り分けられるが,在籍期間中の成績が優秀であれば,卒業後,RITへの編入学が可能となっている。 4.3 NTIDでの学生生活支援 NTIDでは,精神的な問題を抱える学生,学力が足りな い学生,社会適応能力が劣る学生など,様々な学生がいる。このような学生を支援するための学生支援チームが設置されており,6人の契約スタッフ〈任期なし〉により構成されている。彼らの主な役割は,後述の高大連携関連ワークショップのアルバイトの選考審査,学生間交流の企画,エンパワーメントをテーマとするイベントの企画,スポーツ活動の強化など,学生生活の質の向上に寄与している。なお,プロのカウンセラーは別の部署にあり,16時以降は対応できない場合がある。そんな時に,学生支援チームが代わりに深夜まで学生相談を受けつけている。 4.4 NTIDにおける高大連携・接続の支援 4.4.1 tech girls/tech boyz NTIDの高大連携の概要は,昨年のテクノレポートで報告している[1]。本年度は,下記項目についての詳細な状況を把握し,本学の高大連携事業のあり方を考察していくことを目的として実施した。・高大連携・接続の組織・宣伝手段・期待される効果 4.4.2 tech girls/tech boyz 「techgirls」「techboyz」の目的は,科学に対する中高生の興味を育てNTIDの良さを知ってもらうことである。8年前から続いている事業であり,一般企業から4年間助成を受けたが,その後はNTIDの予算で運営されている。スタッフは,参加者のコミュニケーション手段の割合に応じて,手話使用者・口話使用者,それぞれをすべて合わせて6人が担当し,パソコンの組み立て方,ソフトの使い方,望遠鏡,Web作成方法などを2日間教えている。このワークショップで期待される効果として,中高生がNTIDで学べる内容や必要なスキルを知り,NTID入学後のミスマッチを減らすことがあげられる。以前,10〜11年生を対象にロボットの組み立てを10日間教えたことがあったそうであるが,担当者の退職により一回限りの実施で終わっている。また,博物館見学・遊園地・寄宿舎宿泊などのプログラムもあり,アルバイトとして雇用されたNTIDの学生が引率している。この学生達の仕事が円滑に進められるように,NTIDの教員2名と先述の学生支援センターが支援している。アルバイトの詳細な説明については,「4.4.5」で述べる。 4.4.3 Digital Arts, Film and Animation Competition 「DIGITAL ARTS, FILM AND ANIMATION COMPETITION」は9〜12歳の生徒を対象とするイベントである。背景として,アメリカ政府は数学教育に力を入 れる一方で創造力養成教育をなおざりにする傾向がある。そのため, このワークショップでは,生徒に創造力の大切さを学びモチベーションを高め,創造力に富んだ生徒を発掘することを目的としている。運営スタッフは数人,審査員は3名であり,他のワークショップより動員人数が小規模である。 他に,参加者の怪我・病気に対応するために看護婦も配置されている。内容は作品コンテストであり,対象分野は人気順に,映画・3Dアニメーション・写真などとなる。1等賞には賞金が準備され,入賞した生徒の多くはNTIDに入学することはもちろん,入賞できなかった生徒もNTIDに入学するケースが多い。特別に創造力に優れた生徒にはRITのデザインコースを受けるよう勧めている。RITでなくNTIDに進学した場合でも創造力の高さによっては,NTIDのデザインコースの一部の科目を受講免除している。 4.4.4 宣伝方法 宣伝方法は,聾学校訪問はもちろんそうであるが,他に聴覚障がい児が在籍する一般学校へ1校1校ずつ訪問している。NTIDはSNSの活用がもたらす宣伝効果を期待しておらず,この理由として,親の許可がないと18歳以下の生徒がログインできないSNSが多く,そういった生徒に対してPRできないからである。積極的にSNSを活用しているオーロニ大学と対照的であり,興味深い。また,インテグレーションを選択した生徒の家族の多くは聴覚障害児の親の会の存在を知らないこともあり,聴覚障害児の親の会に対する宣伝効果にも期待していない。また,貧しい家族の生徒・両親に療育放棄された生徒には,無料で参加できるようにしている。所得証明書など提出資料による判断基準はなく,生徒が通学している学校の校長先生の話を聞き,無料で参加できるように配慮している。その結果,その生徒のモチベーションが向上し,貧しい家庭が貧しい次世代の家庭へ,問題のある家庭が問題のある次世代の家庭へといった悪循環を防ぐといった効果が期待されている。 4.4.5 アルバイトの雇用 ワークショップのアルバイトとして雇用される学生は,あらかじめ研修を受けることが義務づけられている。アルバイトとして雇用されるメリットとしては,企業等のインターンシップを受ける前にワークショップで高校生に教えることで,自分の欠点などを見つめなおすことができることなどがある。アルバイトの応募者は150人を超えるが,実際に選ばれるのは30人である。学生を雇用する部署は,先述の学生支援チームである。選考基準は面接〈将来・得意なことなど〉・成績・態度などであるが,必ずしも評価の高い優先 順位で選ぶとは限らない。自信のある人に偏重せず,自信のある人と自信のない人とバランスを考えて選考している。その理由として,自信のない人がアルバイトを経験していくことで自信が身に付き,結果的にNTIDでの学業向上につながる等の教育的な効果への期待がある由である。 5.ギャローデット大学における実地調査 5.1 ギャローデット大学の概要[1] ギャローデット大学の高大連携の概要は,昨年のテクノレポートで報告している[1]。本年度の調査目的は,NTIDの場合と同様であるが,調査当日ワシントンDCで大雪が降ったためにギャローデット大学が休校となったため予定されていた調査を実施できなかった。しかし,ギャローデット大学教員に就任したばかりの日本の聾者に色々と話を聞くことができたので,その結果を中心に報告する。 5.2 ギャローデット大学の入学試験 100年以上の伝統を持つギャローデット大学も,数年前から,入試合格条件を厳しくし,合格に必要な基準点を超えた学生だけ入学資格を与えるようになっている。その結果,一時的に入学者および応募者が減少したが,ここ数年,増加に転じている。これは学力の高い大学生の確保やギャローデット大学のブランド強化を目的とした入試制度改革の一環であるが,就職状況や勉学環境などの改善効果は未知数であり,成否が明らかとなるのは数年後となる。 5.3 入学後の在学生への支援 在学中の学生支援に関しては,学生支援担当と教員との役割が徹底的に分けられている。例えば,前述の日本人教員は専門はが心理カウンセリングであるにも関わらず,在学生へのカウンセリング行為を大学から禁じられている。学生支援担当スタッフは,弁護士・カウンセラーなどで構成されている。例えば,重複障害を持った入学生に何らかの配慮を求められた場合,スタッフ・学生の両者との間でコミュニケーションを深め,配慮項目をリストアップする。この配慮項目を教員側に示し,配慮項目に従って対応させていくという流れ。個人情報保護関係法への対策として,教員にさえアスペルガー症候群といった障害名を教えてはいけないことになっている。教員が学生支援担当に障害名を問い合わせたり配慮項目に異議を唱えたりすることも厳禁されている。 5.4 ギャローデット大学のRegional Center[3] 1972年にギャローデット大学の最初のRegional Centerが設立された。現在は6カ所に設置されており(図1), 担当地区内でのろう者および難聴者の能力開発,特殊教育施設への支援などの業務を行っている。 6.むすび オーロニ大学・NTID・ギャローデット大学は,高大連携・高大接続の専属のスタッフ(大学の教職員)がおり,各種プログラムの運営体制の充実が図られており,高等教育入学前のろう児をサポートする地域ネットワークを構築している。その一方,筑波技術大学は,人員的・予算的な制約が大きく,米国での例をそのまま本学に適用することは難しく,現実に沿った新しい工夫や提案が必要となる。本学における高大連携では,本学で長年培ってきた遠隔通信システムの活用や,NTIDとの国際的な協力(「DIGITAL ARTS, FILM AND ANIMATION COMPETITION」の共同実施の検討等)など,国際的な視野をもった聴覚障害技術者育成を目的とする高大連携の検討が課題となる。また,将来,本学への受験生人数の伸び悩みや入学生 の社会適応能力の格差拡大への備えとして,高大連携・接続事業の活動を生かしながら,学力やコミュニケーション能力をも含めた総合的な能力を問う入試への工夫を高め,さらに,社会適応能力が低い学生へのカウンセリング体制の充実を図ることが一層必要となる。実施したものであることを付記し,ご理解をいただいた関係各位に心から感謝する次第で ある。 参考文献 [1] 高大連携事業に関する現状調査〜その1:米国における高大連携事業の実地調査〜/井上正之,田中晃/筑波技術大学テクノレポートVol.22 No.1 P35-39 [2] 独立行政法人日本学生支援機構の調査研究,資料1階外の事例http://www.jasso.go.jp/tokubetsu_shien/koudairenkei/documents/miyakyo2_2104.pdf [3] ギャローデット大学Regional Centerホームページ,http://www.gallaudet.edu/outreach_programs/regional_centers_.html 図1 ギャローデット大学のRegional Center Survey on the Current Status of University-High School Collaboration,Part 2: Field Research on the current status of University-High School Collaboration and Connection in the U.S. TANAKA Akira1), INOUE Masayuki1) 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: The number of deaf schools with general courses for entering universities is on the rise. Therefore, Tsukuba University of Technology (NTUT) is now attaching much importance to the following activities: University-High School collaboration, such as special lessons for high-school students, and forming University-High School connections, such as support programs for freshman students and entrance examination systems. NTUT has also begun a research project concerning the above activities from April 2014 onward. In this paper, we report in detail on field research, conducted in March 2015, into the current status of university-high school collaboration in the U.S. Keywords: University-High School Collaboration, Connection between high School and university, Deaf education, Support programs for first-year students