人を探して近づいてくるロボットの検討─ 聴導犬型ロボットの実現を目指して ─ 小島皓治,内藤一郎 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:日本のロボット開発や研究は非常に進んでいる状況にあり,特に障害者や高齢者を支援するロボットの開発が期待されている。一方,聴覚障害者が生活の中で抱える大きな問題として生活音の認知があり,こうした問題を支援技術で解決することが強く望まれている。我々は,こうした問題への対応として生活音などを認知するとともに,状況に応じて様々な情報を聴覚障害者に伝える聴導犬型の支援ロボットの開発を考えている。今回,その第一段階として,人を探し,障害物を回避しながら人に近づいてくるロボットの試作を行った。本稿では,その結果について報告する。 キーワード:聴導犬型ロボット,生活音,聴覚障害者,高齢者 1.はじめに 現代,日本のロボット開発や研究は非常に進んでいる状況にある。製造・組立ロボット,支援用ロボット,家庭用ロボット,ロボットスーツなどが開発されている。このようにロボットは製造分野や生活分野など様々な場所で活躍しており,最近では支援用ロボットが増えてきている。社会の中では高齢者や障害者がおり,その人たちを支援するロボットの開発が期待されている。一方,聴覚障害者が生活の中で抱える大きな問題として生活音の認知がある。例えば,家庭の中で電子レンジの音や玄関のチャイム,FAX着信音,火災警報器の音などが鳴ったとしても,それに気づくことは難しい。こうした問題を支援技術で解決することが強く望まれており[1],スマートフォンなどで生活音を認知するアプリケーションの開発も行われている[2][3]。高齢化が進む現代社会の中では,一般人も高齢者難聴の問題を抱えており,そうした人たちにも役立つ技術として期待されている。我々は,生活音などを認知するとともに,状況に応じて様々な情報を聴覚障害者に伝える聴導犬型支援ロボットの開発を考えている。今回,その第一段階として,人を探し,障害物を回避しながら人に近づいてくるロボットの試作を行った。本稿では,その結果について報告する。 図1 試作したロボットの外観 図2 処理系の概観 2.試作したロボットの概要 試作したロボットは4輪駆動型ロボットである。その外観を図1に示す。今回は,基礎的な研究として平坦な部屋に聴覚障害者が一人だけいるというシンプルな環境を想 定した。ロボットの処理系は計測部,駆動部,表示部で構成される(図2)。計測部と駆動部の処理はArduino MEGA2560により,表示部の処理はRaspberry Pi により 行われる。駆動部では,運動の自由度を高めるため土佐電子製のオム二ホイールを採用し(図3),同社製のモータシールド基盤を用いて4個の直流モータで制御した。ロボットの動作としては,ロボット自身が障害物を回避しながら自由に動き回る自律動作モード,ユーザーがPCから遠隔操作を行う遠隔操作モード,ロボットが周囲にいる人を探し障害物を回避しながら近づいてくる探知動作モードを用意した。また,モードの切り替えは,ユーザーとして聴覚障害者を想定していることから,音センサーによる拍手音の回数の認知により行う方法を採用した。 図3 オムニホイールとその動きの特徴 3.ロボットの動作 3.1 動作モードの切り替え 拍手の回数を読み取るためにPIC12F675を用いた音スイッチ(秋月電子製)を,音を認識すると短いパルスを出力するモードに調整し使用した(図2)。ロボットへの装着に際しては,ロボットの筐体であるアルミケースの内部に防音シートを貼り付けるとともに,モータの周囲も防音シートで覆うことで,モータ音などの周囲からの雑音による誤動作を防 止した。拍手の回数による動作モード の切り替えを表 1に示す。また,液晶モニタの表情を変えることでユーザーに現在の動作モードがすぐにわかるように配慮した(図4)。拍手の検知方法は次の通りである。最初の拍手音による信号が立ち上がってから次の拍手音による信号を受ける範囲を100ms〜400msと設定する。100ms未満に信号がきた場合は,チャッタリング防止を兼ねて拍手以外の音(もしくは信号)とみなす。400msより長い場合は,最初の拍手音による単なる単発音とみなす。単発音の場合には,一回の拍手と拍手以外の雑音による単発音の区別ができないという問題は残るが,一回の拍手については静止モードとすることで,もし雑音による誤動作が生じたとしてもロボットが問題を起こさないよう安全を優先する設計とした。拍手の回数が2回の場合の検知を図5に示す。 表 1 拍手の回数と動作モード 拍手の回数 動作モード 1回 静止(停止) 2回 自律動作 3回 遠隔操作 4回 探知動作 図4 各動作モードでの表示 図5 拍手2回の場合の検知 図6 赤外線距離センサーとその実験結果 図7 前面に2個のセンサーを配置する理由 3.2 自律動作モード 今回試作したロボットはオムニホイールにより自由度の高い運動が可能である。そのため,障害物を検知するための 赤外線距離センサー(シャープ製,GP2Y0A21YK)をロボットの前面に2個,側面に各1個,後面に1個配置し,ロボットから18cmの距離で障害物を検知するよう設定した(図6)。前面に2個配置する理由としては,ロボットの運動の大部分が前進であり,ロボットの前方全体をふさがないような障害物も検出しやすくするためである(図7)。搭載する位置に関しては,センサーより低い障害物への反応が悪いためできるだけ低い位置に取り付けることとした。ロボットの駆動部が実際に障害物を回避している様子を図8に示す。前面のセンサーで障害物を検知すると側面のセンサーで左右どちら側が回避可能か判断し,可能な方向へ横移動し,前面に障害物がなくなったことを確認して前進を再開する。 図8 障害物を回避する様子 3.3 遠隔操作モード 遠隔操作モードでは,モータシールド基盤のBluetooth機能を利用してPCからArduinoとシリアル通信を行い,遠隔操作を行う。自律動作モード中に複雑な障害物に遭遇した場合や特別な目的でロボットを操作したい場合などに,遠隔操作モードに切り替えてその目的を達成することができると考えている。遠隔操作モードの概要を図9に示す。 図9 遠隔操作モードの概要 3.4 探知動作モード 探知動作モードでは,最初にロボットが回転し人がいる方向を検知,検知した方向へ移動することで人に近づいて行く。移動途中に障害物がある場合には障害物を回避し,再び人を検知して移動を行う。人の検知にはモーションセンサー(パナソニック製,焦電型赤外線センサー AMN23111)を使用した。このセンサーは,周囲に比べ温度が高く変化するものを検知する。この機能を活かして動きを伴う人間を検知することとした(図10)。ただし,そのままでは視野角が広く人のいる方向を正確に確定することができないため,センサーに筒を被せ視野角を狭くすることで対応した。実際に人を探して近づく動作の様子を図11に示す。なお,障害物回避を行う際,左方向に移動して回避した場合にはロボットから見て人が相対的に右方向に移動したことになるので回避後右回転(時計回り)して人の検知を,右方向に移動して回避した場合には逆に左方向に移動したことになるので回避後左回転(反時計回り)して人を検知することで,再検知のための回転を小さくし効率的に人を探すことができるようにプログラムを工夫した。 4.考察 今回,実際にロボットを試作し次の機能を実現することが出来た。・障害物を自ら判断し回避する自律動作モード・PCからの遠隔操作モード・人を探し近づいてくる探知動作モード・拍手の回数によるモードの切り替え機能 一般に家庭用のロボットへの指示は音声認識で行われることが想定されるが,この方法は聴覚障害者にとっては逆に不便となる。そうした点からも拍手の回数によるモードの切り替え機能は有効性が高いと思われる。また,液晶モニタには表情以外にも様々な情報の提示が可能であり,生活音の識別以外にもスケジュールの管理やネットワーク上の検索結果(天気や交通情報など)などユーザーにとって重要な様々な情報を提示し生活を支援する機能の付加もこうした支援ロボットには有効であると考えられる。一方,今回のロボットでは次の課題も残った。・人間以外であっても温度の高い物体に反応する。・防音シートだけでは完全に誤動作を防げなかった。・複数の人がいる場合への対応ができていない。こうした課題への対策としては,次のような方法が考えられる。・画像認識の機能を加え人と物の区別を図る。・画像認識による顔認証等でユーザーの識別を図る。・ステレオマイクにより,拍手音の方向を識別し,向かうべき方向の推定を行う。・入力音の周波数解析などを行い,拍手音と環境音の識別を図る。今後,今回得られた知見をもとにさらなる改良を加えながら,多くの人に役立てられる聴導犬型の支援ロボットを実現していきたいと考えている。 図10 探知動作モードの原理 図11 探知動作の様子 参照文献 [1] 井上正之.欲しいシステム〜聴覚障害者の立場から,FIT2013情報科学技術フォーラム論文集,https://www.ipsj.or.jp/10jigyo/fit/fit2003/fit2003program/html/event/pdf/inoue.pdf,2013. [2] 具 本榮,伊藤憲三.聴覚障害者支援を目的とした生活音識別の検討.電子情報通信学会技術研究報告. WIT. pp.46-50, 2002. [3] 猿渡 朝,伊藤憲三.事前登録型生活音自動識別システム.電子情報通信学会技術研究報告.EA. pp.13-18, 2008. [4] 田原淳一郎.Arduino UNO/Leonardo で始める電子工作−8bitマイコンを活用するオープンプロジェクトArduinoの世界−.株式会社カットシステム.2012. [5] 山田 斉.手を振ると寄ってくる「エイリアン・ロボット」の製作,電脳Arduinoでちょっと未来を作る.CQ出版. pp.66-77, .2011. Study on a Robot Approaching a Person KOJIMA Kouji1), NAITO Ichiro1) 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: Since the research and development on robots is very advanced in Japan, there are high expectations that support robots for assisting people with disabilities and elderly will be developed. On a separate note, hearing-impaired people face the severe problem of the inability to recognize living sounds, and there is a great demand to solve these problems by using supporting technology. As a solution, we consider the development of a support robot similar to a hearing dog that alerts a hearing-impaired person to sounds. As the first step, we considered a robot approaching a person. In this paper, we report the results and discuss future potential based on the results. Keywords: Hearing-dog-type robot, Living sound, Hearing-impaired person, The aged