不快指数に合わせて色彩を変えるろうそく型LED照明の基礎的検討 西 佑樹,内藤一郎 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:我々は生活の多くの時間を照明の下で過ごし,そうした環境下で文化的,文明的な活動を行ってきた。また,ろうそくや暖炉の炎には,人に心地よさや癒しを感じさせる効果があることも指摘されている。一方,LED照明の技術やフィジカル・コンピューティングの進展は,我々の生活を潤し,豊かなものにするような,より効果的な照明の開発が容易に行える環境を提供していると考えられる。今回,我々はこうした照明の開発の基礎となる知見を得るために照明の揺らぎや色彩に関する官能評価の実験を行った。本稿では,その評価実験の結果について報告する。 キーワード:LED照明,ろうそく,色彩,不快指数 1.はじめに 一日の半分は夜間であり,夜間は屋内で過ごす時間が長く,洞窟に残る太古の動物などの絵画などを見るまでもなく,多くの文化的,文明的な活動が炎・照明の下でなされてきた。こうしたことから,我々の生活における炎・照明の影響,効果には大きなものがあると想像される。また,ろうそくや暖炉などの燃焼炎の照明は,古くから家庭や仲間の団欒の象徴とも考えられ,様々な絵画のモチーフにも用いられてきた。このように,ろうそくや暖炉の燃焼炎が人の心に心地よさや癒しを感じさせることから,燃焼炎には「1/fゆらぎ」があると考えられて,これまでも多くの研究がなされてきた[1][2]。一方,青色LEDの開発以降,LEDでフルカラーを実 現することが可能になった。さらに,近年のフィジカル・コンピューティングの進展もあり,こうした技術を用いることで,我々の生活を潤し豊かなものにするような,より効果的な照明の開発が容易になってきている。夏・冬の気候変化が大きな日本に暮らす我々の生活において,温度や湿度の状況に合わせた不快指数などで色彩を変化させ,ろうそくの様に点滅する照明は,より豊かで潤いのある生活の実現に寄与する可能性が高いと思われる。実際に予備実験として様々な色のLEDでろうそくのような点滅を試みたところ,色による違和感はなかった。今回,我々はこうした照明の開発の基礎となる知見を得るために照明の揺らぎや色彩に関する官能評価の実験を行った。本稿では,その評価実験の結果について報告する。 図1 評価実験に使用したLED照明の例( この照明の色は,ろうそく色) 2.評価実験 2.1 評価実験の概要 今回,LED照明の点滅パターンならびに点灯色に関する官能評価の実験を行った。被験者は本学産業技術学部の学生16名である。使用したLED照明は,3個の同色の5mm砲丸型LEDで構成し,LEDの発光部に拡散キャップを被せ,さらに全体を半透明のペーパーシェイド(deco_ni_boco,有限会社コア)で覆い(図1),一定距離に置いた照度計で各照明の強度が一定になるよう調整して評価した。 2.2 点滅パターンに関する評価実験 ろうそくや暖炉などの燃焼炎の揺らぎには,人に心地よさや癒しを感じさせる効果があると考えられている。 一方,こうした効果を簡単に演出する目的で,キャンドルIC(または,ろうそくIC)と呼ばれるLED点滅駆動用ICが市販されている。このICは不規則に点滅を行うことでろうそくのような点灯を実現するためのものである,しかし,実際のろうそくの炎には,完全に消灯している瞬間がある訳ではないので,このICによるデジタル的な点滅には不自然さが伴っている。 我々は,このICで点滅するLEDと常に点灯しているLEDを組み合わせる方法で,よりろうそくの炎の揺らぎに近い点滅を実現できるのではないかと考えた。表 1のような点滅パターンを用意し,比較評価した。評価実験に用いた回路の例を図2に示す。点滅パターンの評価実験では,ろうそく色(商品名)のLEDを使用し,可変DC-DCコンバータモジュールを用いて照度が一定になるように調整して比較評価した。 表 1 評価した点滅パターン 点滅パターンの内容 A 3個が常に点灯(点滅なし) B 2個が常に点灯+1個が不規則に点滅 C 1個が常に点灯+2個が独立に不規則に点滅 D 3個が同じタイミングで不規則に点滅 E 3個が独立に不規則に点滅 図2 評価実験に用いた回路の例(表 1のB) 図3 色彩の評価実験に使用した照明の例 評価方法は,5種類の点滅パターンに対する一対比較法で,比較する照明を左右に並べて次の内容を7段階で評価した(表 2)。 (1)どちらの照明の方がろうそくの様に見えるか? (2)どちらの照明の方が心を和ませると思うか? (3)どちらの照明の方を買いたいと思うか? 表 2 点滅パターンの評価実験の評価値 評価内容評価値 +3 右の照明の方が非常に良い +2 右の照明の方がかなり良い +1 右の照明の方がやや良い 0 どちらとも言えない −1 左の照明の方がやや良い −2 左の照明の方がかなり良い −3 左の照明の方が非常に良い 2.3 色彩に関する評価実験 次の12色のLEDと基準色とした電燈色(または電球色とも言う)を用意し,点滅パターンで使用したAの回路(点滅しないパターン)を用いて比較評価した。使用した照明の例を図3に示す。 暖色系:赤,オレンジ,黄,ろうそく 中間色:ライム,緑,すみれ,ピンク,さくら,白 寒色系:青,アイスブルー 基準色:電燈色(または電球色)  ※色の表記は商品名を使用 一対比較を行うには組合せがあまりに多くなってしまうため,電燈色を基準色としてその照明を左側に,比較する色の照明を右側に配置し,次の内容を7段階で評価した(表 2)。(1)夏などの蒸し暑い夜にはどちらの照明が良いと思うか?(2)冬などの肌寒い夜にはどちらの照明が良いと思うか?(3)春や秋などの過ごしやすい夜にはどちらの照明が良いと思うか? 2.4 その他の機能に関する評価 今回,点滅パターンと色彩以外に,次の機能についても7段階で評価した(表 3)。(1)暗くなると自動的に点灯し,明るくなると自動的に消灯する機能(2)拍手などで点灯・消灯や明るさの調整が行える機能(拍手スイッチ)(3)蒸し暑さや肌寒さで色を自動的に変化させる照明(インテリア)(4)音楽に合わせて点滅する照明(インテリア) 表 3 その他の機能に関する評価値 評価値 評価内容 +3 この機能が非常に欲しい +2 この機能がかなり欲しい +1 この機能がやや欲しい 0 どちらとも言えない −1 この機能はあまり欲しくない −2 この機能はかなり欲しくない −3 この機能はまったく欲しくない 3.評価結果 3.1 点滅パターンに関する評価結果 点滅パターンに関する評価実験の結果を図4に示す。分散分析の結果では,どの質問項目についても刺激間には有意水準1%で強い有意差が存在することが分かったが,被験者間ならびに比較の組合せに関して有意差は得られなかった。このことから,被験者による特徴的な好みの違いなどはない評価結果となっていることがわかる。 3.2 色彩に関する評価結果 色彩に関する評価実験では,電燈色を基準色として各色を比較しているため,各色の平均評価値で比較した。評価結果を図5に示す。夏などの蒸し暑い夜には「アイスブルー」「青」の寒色系が,冬などの肌寒い夜には「黄」「オレンジ」の暖色系が, 春・秋などの過ごしやすい夜には中間色の「ライム」の評価が高かった。 図4 点滅パターンの評価結果(心理尺度) 3.3 その他の項目の評価結果 その他の項目に関する評価実験については,各項目の平均評価値を図6に示す。「拍手スイッチ」の平均評価値はほぼ「どちらでもない」という結果となったが,他の3つの項目の平均評価値は「やや欲しい」という結果となった。 4.考察 点滅パターンに関する評価では,3項目とも不規則に点滅するLEDと常に点灯するLEDを組み合わせた照明(BとC)の評価が高かった。3個のLEDが独立して点滅する照明の評価が低いことから,短くても完全に消灯する瞬間が存在するような照明は,「ろうそくの様」には見えず,当初予想したように違和感があるものと思われる。一方,常に点灯する(点滅しない)照明は,「ろうそくの様」には見えないが,「心が和む」「買いたい」の項目では高い評価となっている。このことは,普段使い慣れた照明への安心感が存在するのではないかと予想される。なお,2個が常に点灯するLEDと1個が不規則に点滅するLEDを組み 合わせた照明(C)は,3項目とも1位の評価となった。ただし,1個が常に点灯するLEDと2個が独立して不規則に点滅するLEDを組み合わせた照明(B)との間には有意差がなかった。また,今回の評価実験は,事前に準備した照明の間での相対的な比較であり,本物のろうそくを用いた照明との比較を行っていない。そのため,本当に「ろうそくの様」に見えるのかは不明である。そのため,よりろうそくに近い点滅を実現するためにはさらなる検討が必要であると考えられる。色彩に関する評価では,夏のような蒸し暑い夜では寒色系が好まれており,やや薄い青の「アイスブルー」(図3(1))の評価が高かった。薄めの青には清涼感を感じさせる効果があることがうかがわれる。一方,冬などの肌寒い夜には, 暖色系の「黄」「オレンジ」の評価が高かった。普段,我々は絵を描く際に炎や太陽を赤く塗る傾向にあるが,「赤」の平均評価値は0であることから,実際に照明として暖かく感じるのは「赤」ではなく,「黄」「オレンジ」であることがわかる。また,春・秋のような過ごしやすい夜では中間色の「ライム」(図3(2))の評価が高かったが,同系色の「緑」の評価は低く,全体に好まれる傾向が掴みにくい結果となった。同じように過ごしやすい状況でも,これから暖かくなっていく春と寒くなっていく秋では感じ方が異なることも考えられ,春と秋を一緒にしてしまったことが,今回の結果に影響している可能性が残る。その他の項目の評価では,「明るさで自動点灯・消灯する機能」や「状況に合わせた色彩変更の機能」は平均として,「やや欲しい」という評価となった。今回想定している照明は,心を落ち着かせるようなインテリアであり,生活に必需なものではないことを考えるとプラス評価が得られたことは十分に意味があると考えられる。今回の評価結果をもとに,明るさの計測で自動点灯・消灯する機能を持ち,温度や湿度を測定し不快指数に対して次のように色彩を連続的に変えるろうそく型のLED照明が望ましいのではないかと考えている(表 4)。 図5 色彩の評価結果(平均評価値) 図6 その他の項目の評価結果(平均評価値 表 4 不快指数と照明の色彩 今後は,さらなる評価実験を実施し,その結果も加えながら望ましいと考えられる照明を試作し,本物のろうそくを用い た照明との比較実験や,長時間使用した後の疲労度や脳波(α波など)の計測実験などを通して,人の心に安らぎや癒しを与えることができるような照明を実現していきたいと考えている。 参考文献 [1] 丸山和夫 他.色情報による光源特徴の一解析.可視化情報学会誌.Suppl. 24(1), pp.223-226,2004.[2] 藤原 修,柘植洋人.1/f ゆらぎパワをもつ生体刺激量の統計測定.名古屋工業大学紀要,Vol.48, pp.189-194 , 1996. Basic Study of Candle-Type LED Lighting to Change the Color to Match the Discomfort Index NISHI Yuuki1), NAITO Ichiro1) 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: We spent a lot of time of life under the lighting, has been conducting cultural activities under such an environment. In addition, the flame of a candle has been known to arouse an effect of healing comfort in people. Developments in technology and physical computing LED lighting have been made to enable lighting for different purposes, such as healing the mind. We conducted experiments on the sensory evaluation of fluctuation and colors of light to obtain information that becomes the basis for the development of such lighting. In this paper, we report the results of the evaluation of a lighting system, and discuss future potential applications based on the results. Keywords: LED lighting, Candle, Color, Discomfort index