マイクロパターン接着面上で培養した線維芽細胞の細胞軸決定機構 加藤一夫 筑波技術大学 保健科学部 鍼灸学科 要旨:線維芽細胞の基底部に局在する接着斑(focal adhesion)は細胞の接着,移動,創傷の治癒に重要な役割を演じている構造である。Focal adhesionは細胞膜と細胞外基質の状態を認識し,極性を決定する機能を持っていると考えられる。しかしながら,線維芽細胞が基底面に接着する初期段階における細胞外基質と細胞内の認識メカニズムと極性の形成機構についてはほとんど明らかになっていない。今回,著者はごく狭い幅で細胞接着を制御できるマイクロパターン培養ガラス(Cytograph; 10, 15, 30, 60 μm幅)を用い,接着初期とその後の細胞軸形成時のfocal adhesion の変化を,チロシンリン酸化タンパク質とfocal adhesion kinase (FAK)との関わりを中心に観察を進めた。線維芽細胞をマイクロパターン上に培養すると,まず接着面において小さいfocal adhesion様構造が形成され,やがて細胞は接着面と非接着領域の境界部に沿って紡錘状に伸長を始めた。伸長しつつある細胞の先端部位では多数の小さい focal adhesion 様構造が,また,境界部では良く成熟したfocal adhesionが形成された。さらに,境界部では細胞の長軸方向に沿ってFAKの集積が観察され,FAKが細胞軸の決定に重要であることが示唆された。 キーワード:細胞接着,接着斑,Focal adhesion kinase,マイクロパターン培養ガラス 1.はじめに 生体内および培養系細胞の収縮力を発生している部位や,移動中の細胞の先端部位に多く観察されるstress fiberは,アクトミオシン系から構成される収縮機能を持つ細胞骨格構造である。また,focal adhesion は細胞の基底面において細胞膜と細胞外基質間を連結させる接着構造である。Stress fiber 末端とfocal adhesionは結合し細胞外へと連続しており,これらは細胞の接着・移動・創傷の治癒に重要な役割を演じている構造である。特に, focal adhesionは細胞外基質と細胞膜の間に細胞膜貫通型のタンパク質を構成タンパクとしてパッチ(斑)上の構造となり存在するため,細胞と外界との状態を認識し,その情報をもとに細胞の形態や極性を決定する機能を持っていると考えられる [1]。しかしながら,線維芽細胞が基底面に接着する初期段階における細胞外基質の認識メカニズム,および細胞の極性の形成機構については現在までほとんど明らかになっていない。細胞の極性の調節機構を明らかにすることにより,我々の生体内に存在する様々な細胞の接着・移動・創傷の治癒のメカニズムが明らかになる可能性がある。本研究では,接着斑のマーカーになるGFP-Paxillinを細胞内に導入し,生きた状態での線維芽細胞を用いて,focal adhesion の接着斑形成過程とその消長を解析した。また, ごく狭い範囲で細胞の接着を制御できるマイクロパターン培養ガラス(Cytograph, 大日本印刷・松浪硝子; 10, 15, 30, 60 μm幅)を用い,接着の初期とその後の極性形成時の focal adhesion および stress fiber の変化を,チロシンリン酸化関連タンパク質の活性との関わりを中心に観察を進めた。Stress fiber や focal adhesion を構成するタンパク質のチロシンリン酸化は,その構成タンパク質の活性化を調節するために重要である。本研究では,stress fiber や focal adhesion を構成するタンパク質のチロシンリン酸化の調節メカニズムをマイクロパターン培養ガラスを用いて明らかにすることにより,細胞の接着・移動時の細胞の極性形成メカニズムを明らかにすることを目標としている。 2.方法 今回,著者はごく狭い範囲で細胞の接着を制御できるマイクロパターン培養ガラス(Cytograph, 大日本印刷・松浪硝子; 10, 15, 30, 60 μm幅)を用い,接着の初期とその後の極性形成時の focal adhesion および stress fiber の変化を focal adhesion kinase (FAK)との関わりを中心に観察を進めた。Focal adhesion のマーカーとしてGFP-paxillin を導入した線維芽細胞(mouse 3T3)をマイクロパターン培 養ガラス上に生育させ,接着のごく初期から3時間程度までの形態変化と接着構造(focal adhesion)の形成過程を詳細観察した。さらに,マイクロパターン培養ガラスに生育させた細胞を抗FAK抗体(Takara, Tokyo, Japan)および抗チロシンリン酸化タンパク質抗体(PY-20; BD Transduction Laboratories, NJ)で蛍光抗体法により染色し,細胞の初期の伸展,極性形成時のタンパク質のリン酸化およびFAK(focal adhesion kinase)タンパク質の局在を観察した。 Stress fiber の可視化にはRhodamine-labeled phalloidin(Molecular probes, Eugene, OR)を用いた。観察には,通常の位相差顕微鏡法(Phase contrast microscopy; IX-70 Inverted epi-fluorescent microscopy; Olympus, Tokyo)に加えて,全反射顕微鏡法(TIRFM, Total internal reflection fluorescent microscopy; Olympus) を用いて細胞基底面からの画像のみを抽出し,細胞基質間の接着構造および細胞の形態変化の詳細を解析した。また,共焦点レーザー走査顕微鏡(Radiance 2100,Zeiss, Oberkochen, Germany)を用いて細胞基底面からの光学的切片像を抽出し,細胞基質間の接着構造および細胞の形態変化の詳細を解析した。 3.結果および考察 通常のガラス面では,細胞はガラス面上にまばらに分散して進展するが,マイクロパターン培養ガラス上では,細胞はマイクロパターン接着面上にのみ接着した。60μm程度の幅を持ったマイクロパターン培養ガラスに線維芽細胞を伸展させると,細胞は接着面に沿って伸展し,特に,マイクロパターン培養ガラスの接着面と非接着面の境界部位で紡錘状に細長く伸展することが分かった(図1)。マイクロパターン接着面中央部の細胞の伸展は通常のガラス面に伸展させた場合と同様であった(図1)。10μmと15μmの幅を持つマイクロパターン培養ガラス上に伸展させた細胞は,マイクロパターン接着面の長軸に沿って1列か,多くても2列に整列した。特に,10μm幅のマイクロパターン培養ガラス上に線維芽細胞を接着させた場合,細胞はほぼ1列にマイクロパターン接着面の長軸に沿って配列した(図2)。また,細胞内に観察される収縮構造であるストレスファイバーは,伸展した細胞の長軸方向に沿って局在することがわかった(図3 c)。通常のガラス面に線維芽細胞を接着させた場合,細胞はまず,パンケーキ状に丸く広がり,1.2時間程度の時間を経て,扇状,あるいは進行方向に向かって逆三角形に伸展することが分かっている。このことは,マイクロパターン培養ガラスを用いることにより,人為的に細胞を長軸方向に伸展させる事ができることを示している。また,その際,細胞内の核は伸展した細胞の中央 部に位置していた。このことは,長軸方向に細胞を伸展するために,細胞の両極で均等の力で引き伸ばされたことを意味している。すなわち,細胞の両端部で細胞の伸展力が左右均等に掛かったことが考えられる。次に,線維芽細胞(mouse 3T3)に focal adhesion のマーカーとしてGFP-paxillin を導入した線維芽細胞をマイクロパターン培養ガラス上に生育させ,接着のごく初期から3時間程度までの形態変化と focal adhesion の形成過程を観察した。Paxillinはfocal adhesion 中に安定的かつ普遍的に存在するfocal adhesion 構成タンパク質で細胞内でのfocal adhesion の良いマーカーになる。本研究では,生きたままの状態でfocal adhesionの形成と消長を観察するため,GFPラベルしたPaxillinを細胞内に発現させ,focal adhesion の消長をリアルタイムに観察した(図4)。GFP-paxillin を発現させた線維芽細胞をマイクロパターン培養ガラス上に培養すると,まず接着面において小さいfocal adhesion様構造が形成され,やがて細胞は接着面と非接着領域の境界部に沿って伸長を始めた。10μmあるいは15μm の細いマイクロパターン接着面上に伸展させた細胞は,パターンに沿ってほぼ1列か2列に整列し,パターンの長軸方向に伸長しながら接着する事が分かった(図4)。また,伸長しつつある細胞の先端部位では小さい focal adhesion様構造が形成され,接着面と非接着面の境界部では多くの focal adhesion 様構造が形成されるのが観察された。その際,stress fiber は細胞の長軸方向に沿って良く発達しているのが観察された(図3 a-c)。マイクロパターン培養ガラスに生育させた細胞を抗FAK抗体および抗チロシンリン酸化タンパク質抗体 PY-20で染色し,極性形成時のFAKの局在を詳細に観察した(図5)。マイクロパターン培養ガラス上に伸長させた線維芽細胞を抗FAK抗体で染色すると,FAK はマイクロパターン接着面と非接着面との境界部に強く集積していることが明らかになった(図5)。FAKはチロシンリン酸化酵素であり,focal adhesion を構成するタンパク質の1つである。FAK は膜貫通型の接着タンパク質であるインテグリンやSrcファミリーを調節し,focal adhesion の形成と消長を調節するキナーゼであると考えられている[2,3]。インテグリンから受け取られた細胞膜外の情報は,FAKへと伝達され,その際,FAKのリン酸化が起こる事が知られている。FAKのリン酸化は,細胞接着の調節,細胞の移動能の調節や創傷の治癒に重要な枠割を演じていると考えられている。FAKは focal adhesion 中において,その形成の調節タンパク質として働いており,マイクロパターン接着面と非接着面にFAKが集積することは,線維芽細胞が接着部位と非接着部位の認識にFAKが重要な役割を演じている可能性が強く示唆された。また,その際,FAKの局在は抗チロシン リン酸化タンパク質抗体(PY-20)の染色性と良く一致した。この事は,細胞の接着面と非接着面の境界部においてFAK自身がチロシンリン酸化を受けており,境界部の認識にFAKのチロシンリン酸化が影響している事を示唆している。現在,細胞の接着面と非接着面の境界部におけるFAKのチロシンリン酸化の詳細を研究中である。 4.まとめ マイクロパターン培養ガラスの接着面,非接着面の領域は,細胞自身が細胞の浸潤,伸展を認識する領域と考えられる。細胞は,様々な接着様式,運動能を備えているが,そのメカニズムに関しては不明な点が多い。特に,細胞の接着可能部位と非接着部位の認識は,細胞の移動,伸展能を明らかにする上で非常に重要である。また,10μm程度の幅を持ったマイクロパターン培養ガラス上に線維芽細胞を伸展させると,紡錘形に両極方向に伸展する事が明らかになった。これは,人為的に極性を持った細胞を作り出す事が可能であり,細胞の極性メカニズムを明らかにする上で非常に有用であると考えられる。FAKはインテグリンやc-Srcのリン酸化を調節する事が知られている。我々の現在までの研究により,c-Srcのチロシンリン酸化が血管内皮細胞の伸長に重要な役割を演じている事を明らかにしてきた [4]。また,Rho-kinase が細胞の張力の発生および細胞の伸展に重要な役割を演じている事も明らかにしてきた[5, 6]。今後は,マイクロパターン培養ガラスを用いてc-SrcおよびRho-kinase等の情報関連タンパク質による,細胞接着制御機構の解明を予定している。 本研究の一部は,平成26年度 筑波技術大学 教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクトA)研究費により行われた。 参考文献 [1] Katoh K, et al. Focal adhesion proteins associated with apical stress fibers of human fibroblasts. Cell Motil Cytoskeleton. 1995; 31(3): p177-195.[2] Schaller M . et al. pp125FAK a structurally distinctive protein-tyrosine kinase associated with focal adhesions. Proc Natl Acad Sci U S A. 1992; 89(11): pp5192-5196.[3] Schlaepfer D D, Hauck C R and Sieg D J. Signaling through focal adhesion kinase. Progress in Biophysics & Molecular Biology.1999; 71(3-4): pp435-478.[4] Kano Y, Katoh K, Fujiwara K. Lateral zone of cell-cell adhesion as the major fluid shear stress-related signal transduction site. Circulation Research. 2000; 86(4): 425-433. [5] Katoh K., et al. (2001). Rho-kinase--mediated contraction of isolated stress fibers. J Cell Biol 153(3): 569-584.[6] Katoh K, Kano Y, Noda Y. Rho-associated kinase-dependent contraction of stress fibres and the organization of focal adhesions. J R Soc Interface. 2011; 56: 305-3011. 図1 60μm幅のマイクロパターン培養ガラス上に培養した線維芽細胞 60μm 幅のマイクロパターン上に生育させた線維芽細胞はマイクロパターンの接着面と非接着面の境界部では細胞は境界面に沿って伸長する。マイクロパターンの中央部の接着面における細胞の形態と接着様式には規則性はなかった。位相差顕微鏡法によるタイムラプス画像。 .は接着面と非接着面の伸長した細胞を示す。スケール; 20μm 図2 10μm幅のマイクロパターン培養ガラス上で培養した線維芽細胞 10μm幅のマイクロパターン上に通常の培養液で培養した線維芽細胞像を示す。10μm幅の接着面では線維芽細胞はほぼ1列に接着面上に伸展する。非接着面への細胞の移動,剥離はみられない。位相差顕微鏡法によるタイムラプス画像。スケール; 20μm 図3 マイクロパターンガラス上に生育させた線維芽細胞に分布するfocal adhesionとstress fiber の分布 15μm幅(a-c)のマイクロパターン上に生育させた線維芽細胞はマイクロパターンの長軸方向に沿って伸長し,良く発達した focal adhesion と stress fiber が形成された(a; merge b; GFP-paxillin, c: rhodamine-labeled phalloidin 染色,)。30μm 幅(d-f) と60μm 幅(g-i)のパターン上に生育させた線維芽細胞は接着面と非接着面の境界部ではfocal adhesion は境界面に沿ってドット状に発達していた(e と h)が,それ以外の接着面でのstress fiber と focal adhesionの分布は不規則であった(d と g; merge, e と h; GFP-paxillin, f と i; rhodamine-labeled phalloidin 染色)。→はマイクロパターンの接着面と非接着面の境界部を示す。スケール;20μm 図4 TIRFMによる10μm幅のマイクロパターン接着面上に培養した線維芽細胞 10μm 幅のパターン上に線維芽細胞を培養すると,接着部位に小さい focal adhesion 様構造が形成され,やがて接着面と非接着面の境界部に focal adhesion 様構造が形成される。境界部では比較的良く発達した focal adhesion様構造が集積するようになる。全反射顕微鏡像によるタイムラプス画像 スケール;20μm 図5 マイクロパターン接着面上に培養した線維芽細胞のチロシンリン酸化タンパク質とFAKの分布 15μm(a-c)および60μm幅(d-f)の接着面に培養した線維芽細胞を抗チロシンリン酸化抗体(PY-20; b と e)とFAK抗体(c と f)で2重染色した。チロシンリン酸化タンパク質(b and e)と FAK(c と f)は接着面と非接着面の境界部付近で観察され(c と f; .),両タンパク質の分布は良く一致した(Merge; a, d と g)。共焦点レーザー走査顕微鏡像。スケール;20μm Regulation of Polarity in Fibroblasts Cultured on Glass-bottom Culture Dishes with Adhesive Micropatterns KATOH Kazuo1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: Focal adhesions and associated stress fibers are specialized components contributing to cellular events such as migration, wound healing, and adhesion of cells. Focal adhesions recognize the boundary between the plasma membrane and specific extracellular matrix proteins and are involved in cell orientation and polarity. Although fibroblastic cells select specific substrates for typical cell-substrate adhesion, the mechanisms that regulate their orientation and polarity are not clear. In this study, we used glass-bottom culture dishes with adhesive micropatterns (width; 10, 15, 30 or 60 μm) (Matsunami, Tokyo, Japan) to regulate polarized cell spreading in order to analyze the behavior of the cultured fibroblasts during the organization of cell polarity on the adhesive micropatterns. In fibroblasts attached to the micropatterns, both tyrosine-phosphorylated proteins and focal adhesion kinases were intensely detected along the inner border between the adhesive micropatterns and non-adhesive glass surface, which suggests that the confinement of the cells by the adhesive micropatterns affected the polarity of the fibroblasts. The localization of focal adhesion kinases therefore seems to play a key role in the recognition of the border between the adhesive micropattern and the non-adhesive glass surface. Keywords: Adhesive micropattern glass, Focal adhesion kinase, Focal adhesion, Stress fiber, Cell adhesion