くぼみ入りはがき  ─ 視覚障害者に配慮した官製はがき ─ 大沢秀雄 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:くぼみ入りはがきは官製はがきの左下に半円形のくぼみが入ったものである.これによって視覚障害者は,はがきの上下,表裏を識別でき,プリンターなどで印刷する際や印刷されたはがきに点字を添え書きすることが容易になった。このはがきは1990年 11月1日の日本点字制定 100年の記念切手発行に合わせて発行された。本年度はくぼみ入りはがきが発行されて 25周年に当たるため,くぼみ入りはがき発行 25周年記念展を開催した。キーワード:くぼみ入りはがき,郵便はがき,視覚障害者,ユニバーサルデザイン,点字 1.はじめに1840年,イギリスから最初の郵便切手が発行され,我が国では1871年に発行された。切手の本来の目的は郵便料金の前納の証紙であるが,国家が発行していることから,発行する国や地域の歴史・地理・自然・文化,そしてその時々の政策や経済情勢が強く反映されることが報告されている[1]。また,医学の進歩や医療制度の変化なども切手に強く影響を与えることが古川 [2],安室 [3]によって報告されている。そこで,筆者はこれまで,史料としての郵便切手(その他の郵便物を含む)を分析し,視覚障害者及び聴覚障害者教育の歴史や現状について調査研究を行い,その成果を障害者教育の専門雑誌 [4],郵便関係の専門雑誌 [5,6]に報告すると共に,単行本 [7],国内外の切手展 [8,9],科学技術週間における大学公開,オープンキャンパス,学園祭などの機会を通して広く公表してきた。また,我が国の点字郵便制度の歴史について調査し,その概要を本誌に報告した[10]。本年度は視覚障害者に配慮した官製はがきである,くぼみ入りはがきが発行されて 25周年に当たる。そこで,この機会にくぼみ入りはがきの歴史を概説すると共に,その記念切手展を開催したので,その概要を報告する。 2.くぼみ入りはがき2.1 くぼみ入りはがきとはくぼみ入りはがきは官製はがきの左下に半円形のくぼみが入ったものである。これによって視覚障害者は,はがきの上下,表裏を識別でき,プリンターなどで印刷する際や印刷されたはがきに点字を添え書きすることが容易になった。 点字のみ書かれたはがきは点字郵便制度によって,昭和36年6月1日以降,無料で送ることができるが[10],視覚障害者が墨字を印刷して送る場合や墨字が書かれたはがきに点字を添え書きする場合,点字郵便制度は適用されないため,官製はがきを使用する必要がある。くぼみ入りはがきは視覚障害者の利便性を図った画期的な郵便はがきであり,日本以外の他国に殆どその例を見ない。 2.2 くぼみの位置と大きさ(図1)官製はがきの左下角より右側 10mm〜 15mmの位置に幅5mm,高さ2mmの半円状の切り込みがある。これは差出人の郵便番号の 7桁の枠のうち,2つ目の枠の下に当 たる。指先の2点弁別閾は 2mmであるため,このくぼみの大きさは十分に触知可能な大きさである。 図 1 くぼみ入りはがき 左:現行のヤマユリはがきの初日印(東京中央局) 右:くぼみ部分の拡大図 2.3  くぼみ入りはがき発行の経緯 くぼみ入りはがきが発行されたきっかけは,1990年 4月20日のラジオ番組で,「官製葉書を使う場合に向きがわからずに困る」という,視覚障害者からの投書が紹介されたのを聞いた当時の深谷隆司郵政大臣が早速改善を指示し発行に至った[11]。 発行日は同年 11月1日で日本の点字制定100年(注)の記念切手(図 2)の発行と合わせて,官製はがき(旧おしどりはがき)と平成 3年度用年賀はがきの2種のくぼみ入りはがきが発行された。図 3は最初のくぼみ入りはがきで,発行日の東京中央局の初日印を押印したものである。 図2 日本の点字制定100周年記念切手と初日特印切手には点字と点字を読む手が描かれる。「てんじ」がエンボス加工による点字によって記載。 図3 最初のくぼみ入りはがき 発行日(平成2.11.1)の東京中央局の初日印 (注)点字はフランスのルイ・ブライユ(1809〜 52年)によって,1825年に創案された(6点式点字)。日本では1890(明治 23)年 11月1日,東京盲唖学校教員・石川倉次が,日本語の点字を考案し東京盲唖学校内の点字選定会で採用されたのが始まりで,11月1日を「日本点字制定の日」としている。1990年 11月1日に「日本の点字制定 100年」の記念切手が発行された[7]。 2.4 くぼみ入りはがきの呼称の変遷 発売当初は現在の「くぼみ入りはがき」の呼称は使われておらず,官封には「通常はがき(目の不自由な方用)」と記載されており[12],また「郵趣ウィークリー」(日本郵趣出版)[12]及び「切手」(全日本郵便切手普及協会)[13]の郵趣関係の週刊誌の報道記事では「目の不自由な方用郵便葉書」の呼称で報道された。その後,「切れ込み入り」はがきと呼称され [14],2003年より現在のくぼみ入りはがきと呼称され,現在に至る[15]。 2.5  これまで発行されたくぼみ入りはがき[16]以下の種類のはがきでくぼみ入りはがきが発行されている。 2.5.1  通常はがき以下の5種が発行されている。 @旧おしどりはがき:1990.11.1発行(図3)。 A新おしどりはがき(郵便番号 5ケタ):1994.1.13発行。1.24からの郵便料金値上げに備え,発行された。 B新おしどりはがき(郵便番号 7ケタ):1998.1.5発行。2.2からの郵便番号 7桁化に備え発行された。 Cトキはがき:2000.8.1発行。2007.10.1の郵政民営化に伴い発行されたスズメはがきではくぼみ入りはがきは発行されなかったため,2014.3.31まで使用された。 Dヤマユリはがき:2014.3.3発行。2014.4.1の消費税値上げに伴う郵便料金値上げに備え発行された。現行使用の通常はがきである。 2.5.2 年賀はがき 1990.11.1に平成 3(1991)年度年賀はがきが発行され,毎年,前年の 11月に発行され,現在まで,26種が発行されている。くぼみ入りはがきは無地はがきで発行されているが,インクジェットはがき,寄付金付きはがきやキャラクターはがきでは発行されていない。 2.5.3 かもめ〜る(暑中見舞いはがき) 1995(平成7)年より毎年発行され,現在まで,21種が発行された。かもめ〜るは毎年 6月1日前後に発行されている。年賀はがきと同様に,くぼみ入りはがきは無地はがきで発行されている。2.5.4 青い鳥はがき 青い鳥はがき(身体障害者福祉強調はがき)は 1976(昭和51)年より毎年 4月に発行された。1991(平成3)年よりくぼみ入りはがきも発行され,1998(平成10)年以降は全部がくぼみ入りとなった。2001(平成13)年を最後に発行が中止され,11種が発行された。青い鳥はがき発行中止以降は代わりにくぼみ入りの普通はがきが,オリジナルの青い封筒に入れられ,「青い鳥はがき」として無償配布されている。 2.6 くぼみ入りはがき発行数の推移−年賀はがき くぼみ入りはがきのうち,当初より発行されている年賀はがきについて分析した(表 1)。くぼみ入りはがきの発行枚数に加え,年賀はがき全体の発行枚数も併記した[17]。 くぼみ入りはがきの発行当初は 1000万枚が発行されたが,その後,徐々に減少し,1999年度に再び 1000万枚の発行があったが,2002年以降,急激に減少し,2007・2008年度は僅かに 40万枚の発行であった。その後,微増し,2009年以降は 100万枚前後を推移している。 表1 年賀はがきの発行枚数推移[17] 年度 くぼみ入りはがき 年賀はがき総数 1991 10,000 3,800,000 1992 8,000 3,800,000 1993 8,000 3,850,000 1994 8,000 3,910,000 1995 7,000 3,796,000 1996 7,000 3,925,000 1997 7,000 4,087,420 1998 6,510 4,176,800 1999 10,000 4,235,000 2000 8,400 4,250,000 2001 6,764 4,225,000 2002 3,700 4,021,748 2003 2,844 3,902,360 2004 2,800 4,459,360 2005 1,000 4,367,740 2006 600 4,085,000 2007 400 3,799,787 2008 400 4,021,050 2009 1,076 4,136,844 2010 2,000 3,897,769 2011 1,300 3,820,245 2012 1,200 3,665,776 2013 1,200 3,587,303 2014 900 3,415,960 (単位 千枚) 年賀はがきの発行総数は 2004年度をピークに減少しており,この要因として,電子メールによる年賀状の増加が考えられている。 くぼみ入りはがきの発行枚数は発行当初の 1000万枚から,現在はその 10%前後の 100万枚前後に減少している。近年の視覚障害者によるパソコンや携帯電話の利便性の向上により,電子メールが容易に送ることが可能になったことも発行枚数減少の要因の一つと考えられるが,今後,調査が必要と考える。 3.くぼみ入りはがき発行 25周年記念展の開催 本年は,くぼみ入りはがきが発行されて 25周年であり,さらに日本の点字制定 125周年の記念年にも当たる。そこで,中島郵便局(石川県七尾市中島町中島甲 103-1,大杉輝男局長)の多大のご協力を頂き,「くぼみ入りはがき発行 25周年記念展」を開催した。会期はくぼみ入りはがき発行 25周年の11月1日が日曜で休業日であることから,翌日の 11月2日(月)より11月13日(金)までとした。 図 4は展示風景で,中島郵便局のロビー内に展示された。同局利用者が見学するとともに,北陸近県からの多数の参観者があった。 図4 くぼみ入りはがき発行 25周年記念展の展示風景 図5 くぼみ入りはがき発行25周年記念展の小型印 今回の展示会に合わせて,小型印が使用された(図5)。小型印はイベントなどで使用される直径 32mmの絵入りの日付印で,日本郵便の公式の消印である。くぼみ入りはがき発行 25周年に合わせてこのような小型印の使用ができた意義は極めて大きい。 意匠はくぼみ入りはがきに「くぼみ」の文字を点字で記載し,点字の筆記具 (点筆 )を配した。小型印左下に半円形のくぼみを入れた変型印である(意匠デザイン:大沢知子)[18]。 本展示会では,これまで発行された主なくぼみ入りはがきを通常はがき,年賀はがき,かもめ〜る,青い鳥はがきに分類して 14リーフに展示するとともに,点字や視覚障害に関する切手も4リーフ展示した。 くぼみ入りはがきの切手展作品の画像は紙数制限の関係から,本学機関リポジトリー  http:// hdl.handle.net/10460/1475[19]を参照されたい。 なお,本展示会に関する記事が北國新聞 [20],北陸中日新聞 [21]の地元紙及び点字毎日[22]に掲載された。 4.おわりに くぼみ入りはがきは官製はがきの左下に半円形のくぼみが入ったもので,これによって視覚障害者は,はがきの上下,表裏を識別でき,プリンターなどで印刷する際や印刷されたはがきに点字を添え書きすることが容易になった。このような官製はがきは,筆者の収集・調査活動の範囲では,日本以外の他国の郵政当局からは発行が確認されておらず,日本郵便の視覚障害者に対する支援事業として,高く評価したい。近年,くぼみ入りはがきの発行枚数が減少しているが,このはがきを利用する視覚障害者のためにも,引き続き,発行の継続をお願いする次第である。 また,現在,日本郵便が実施している「手紙の書き方体験授業」では教材として,くぼみ入りはがきが使用されている。これはくぼみ入りはがきを通して,小学校・中学校・高等学校の児童・生徒に点字や視覚障害者に対する啓発活動に役立つと考える[23]。 以上,くぼみ入りはがきについて概説し,中島郵便局で開催したくぼみ入りはがき発行 25周年記念展の概要を報告した。 謝辞  くぼみ入りはがき発行 25周年記念展の開催並び小型印の使用に当たり,中島郵便局(石川県七尾市)・大杉輝男局長に多大のご支援を頂きました。謹んで御礼を申し上げます。 引用・参考文献(切手展作品を含む) [1]内藤陽介.切手と戦争 もうひとつの昭和戦史.新潮社, 2004. [2]古川明.切手が語る医学のあゆみ.医歯薬出版,1986. [3]安室芳樹,切手で綴る医学の歴史,出版文化社,2008. [4]大沢秀雄.視覚・聴覚障害に関連した切手.筑波技術大学テクノレポート.2007;14(2):p.281-287. [5]大沢秀雄.視覚障害に関連する切手.切手の博物館研究紀要.2007;4:p.3-25. [6]大沢秀雄.聴覚障害に関連した切手.切手の博物館研究紀要.2009;6:p.12-41. [7]大沢秀雄.切手が伝える視覚障害−点字・白杖・盲導犬−.彩流社,2009. [8]大沢秀雄.視覚障害(切手展作品).全日本切手展2015,金賞,東京,2015年 7月. [9] Hideo Ohsawa. The Blind(切手展作品).マレーシア国際切手展,大金銀賞,クアラルンプール,2014年 12月. [10]大沢秀雄.我が国の点字郵便制度の歴史−点字郵便無料化 50年−.筑波技術大学テクノレポート.2012;19(2): p.78-93. [11]郵趣ウィークリー.1990;21:p.1. [12]郵趣ウィークリー.1990;39:p.1. [13]切手.1990;1963:p.428. [14]日本切手専門カタログ 2003.日本郵趣出版,2002. [15]日本切手専門カタログ 2004.日本郵趣出版,2003. [16]日本切手専門カタログ Vol.2,戦後編 2010-11.日本郵趣出版,2009. [17]ビジュアル日本切手カタログ Vol.3 年賀・グリーティング切手編.日本郵趣出版,2014. [18]日本郵便,小型印公示のホームページ (cited2015-10-26)http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/kogata/.  [19] くぼみ入りはがき(切手展作品).筑波技術大学機関リポジトリーhttp://hdl.handle.net/10460/1475[20] はがき発行 25 周年記念展.北国新聞,2015.11.3.[21] くぼみ入りはがき 触れて障害者理解 中島局で記念展.北陸中日新聞,2015.11.4.[22] くぼみ入りはがき展示会 発行 25年を記念 石川・七尾の郵便局で.点字毎日活字版,2015.12.3.[23] 日本郵便 手紙の書き方体験授業のホームページ .(cited2015-11-27)http://www.schoolpost.jp/  Postal Card with Hollow for the Visually Impaired OHSAWA Hideo Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: On November 1, 1990, the Ministry of Posts and Telecommunications issued a new postal card for the visually impaired. There is a semicircular hollow in the lower left portion of the postal card. By this hollow, the visually impaired can distinguish top from bottom, and front from back of the postal card. As a result, it becomes easy for a visually impaired person to print the card using a printer. Keywords: Postal Card with Hollow, Postal Card, Visually Impaired, Universal Design, Braille