平成 27年度学生生活研究会実施報告 石原保志1),長岡英司1),加藤伸子2),岡崎彰夫2),大武信之1),谷 貴幸2),佐々木惠美3)筑筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科2)筑波技術大学 保健科学部 保健学科3)要旨:平成 27年度の学生生活研究会では,より幅広く教育活動を網羅することとし「学生の教育・支援に関する課題」というテーマを掲げた。教職員を対象とした事前調査の結果を内容の別に分類し,多数あげられた事項を全体会,分科会のテーマとした。全体会では,「卒業後を見据えた学生の主体的,自律的な学修姿勢の育成」について 3名のパネラーとフロアーとの間でディスカッションを行った。分科会は「複数の障害(視聴覚障害・発達障害)を有する学生への対応」「学生の能力的個人差(学力)への対応」「教育場面における情報保障の在り方」「精神状態に不安のある学生への対応」の 4テーマについて,参加教職員の間で情報の交換,意識の共有が行われた。キーワード:主体的・自律的な学修姿勢,複数の障害,能力的個人差,情報保障,精神状態 1.はじめに 本学における学生生活研究会は,平成7年度から毎年度,実施されてきた。当初は教員と職員との意見交換が主な目的であったが,その後,学生委員会主催の研究会に位置づけられるようになった。現在,学生生活研究会の目的は次のように明文化されている。「学生の教育及び生活への適応,人間形成として行われる課外活動の指導,助言及び学内秩序の維持等の諸問題について,関係教職員間に共通認識を持たせることにより,よりきめ細かい日常業務の推進を図り,学生生活支援体制の円滑な運営に資する。」。 上記の目的に沿って,学生委員会委員から選出された学生生活研究会実施委員が中心となり,講演会や分科会等の企画を実施している。 2.平成 27年度研究会の計画,内容 過年度に倣い,学生委員会において学生生活研究会実施委員会を組織し,日程やプログラムを確定させた。 全体会および分科会のテーマは事前アンケートを基に決定した。昨年度までは,「学生対応における課題」をテーマにアンケートを実施していたが,今年度はより幅広く教育活動を網羅することとし「学生の教育・支援に関する課題」というテーマで教職員を対象とした事前調査を実施した。 2.1 全体会 全体会では,部局間で意見交換や情報共有をするため にパネルディスカッションを行った。事前アンケートで,天久保キャンパスと春日キャンパスの教職員が共通に感じている 課題として,学生の主体性・自律性に関する問題が多数挙げられたため,「卒業後を見据えた学生の主体的,自律的な学修姿勢の育成」をテーマとした。 パネリストは石原保志教授,長岡英司教授,加藤伸子教授であった。 2.2 分科会 分科会では,事前アンケートで多くの教職員が課題として挙げた4点をテーマとし,それぞれの内容に精通した教員に進行役を依頼した。 (1) 複数の障害(視聴覚障害・発達障害)を有する学生への対応(岡崎 彰夫教授) (2) 学生の能力的個人差(学力)への対応(大武信之教授) (3) 教育場面における情報保障の在り方(谷 貴幸教授) (4) 精神状態に不安のある学生への対応(佐々木惠美准教授) また,分科会終了後に報告会を行うことで,互いに情報共有をはかることとした。 3. 実施報告 3.1  全体会(パネルディスカッション) 全体会は「卒業後を見据えた学生の主体的,自律的な学修姿勢の育成」をテーマに50分間行われ,143名の教職員が参加した。3名のパネリストから以下の話題提供があり(図1),それらの話題を中心に参加者との間で質疑応答が行われた。 図1 パネルディスカッションの様子 3.1.1 本学学生の実態からみた発達的課題(石原保志) これまで授業や個別指導(進路相談,就職支援,コミュニケーション)において看取された学生の状況,及び卒業生支援を通して浮き彫りにされた発達的課題を,体験と心理的発達という視点から問題提起した。また大学における体験の重要な場面として「授業」をあげ,学生が能動的 に参加する授業展開について提案した。 まず学生及び卒業生にみられる状況として,学期はじめの授業選択ができない学生,学習などが困難になると「両親や先生に言われて仕方なくこの大学に入った」と発言する(考える)学生,就職活動の時期になっても自ら活動しようとせず「他人頼み」の学生,職場で困難な事態に陥ったとき「先生に言われて仕方なくこの会社に入った」と考えてしまう卒業生等について例示し,これらの学生,卒業生の受動的思考,依存的態度が特殊な生育環境,教育環境に由来していると考えられる。また上記の思考,態度は体験の不足にも起因しており,直接的体験(地域社会での生活体験),間接的体験(周囲の多様な人々の会話等から得られる情報)が量的に少ないことが心理的発達や社会性の発達に影響を及ぼしている可能性がある。大学生活においてこれらの体験を拡充することが,卒業後を見据えた精神的自立,即ち依存的心理状態からの脱却につながる。また精神的自立の源は「自ら考えようとする習慣」を身に付けることである。教育活動の中で考える習慣を育む具体的な場面として,「授業」がある。学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法(発見学習,問題解決学習,体験学習,調査学習,グループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワーク等)が有効であるが,少人数教育が可能な本学においては,授業展開のしかたによって,スモールステップで考え る機会を与えながら「考え方」の手順を導くことも可能である。例えば,教師の発問に対して反応がない場合の対応として,直ぐに回答を提示するのではなく,回答を待つ,伝達手段の変更や言語表現を修正して同じ内容を発問する,ヒント(追刺激)の提供,別の発問(異なる視点から),難 易度を下げた発問等が考えられる。 一方,社会活動参加における障害に起因した様々な困難に対処するための知識,能力についても,本学在学中に学生自身が意識すべき課題である。情報の授受,コミュニケーションに障壁がある環境の中での社会的文脈(context)の把握,自己の障害やコミュニケーション特性の客観的認識,周囲に対する障害理解啓発能力(エンパワーメント,セルフアドボカシー)といったことがらについて体験を通して学ぶことが,就職後の能力発揮につながる。 3.1.2 聴覚障害学生に対する取組(加藤 伸子) 卒業後を見据えた学生の育成を考えるため,まず社会で求められている人材像について知る必要がある。経済産業省が 2006年に社会が求める「学んだ知識を実践に活用するために必要な力を「社会人基礎力」と名付けた。その中には3つの能力 12の要素について述べられており,前に踏み出す力として主体性,物事に進んで取り組む力,があげられている[1].ここでは,具体的な活用シーンとして,自ら周囲の状況を把握し,自分から提案し行動する例を示している。 このような学生を育てるために,産業情報学科情報科学系では,以下の取り組みを行っている。 ・ あらかじめ決められた科目を履修するのではなく,ハードからソフトまでの様々な領域の専門科目を主体的に選択していくことで,卒業までに自らの専門領域を確定する。学生は毎年,自らの状況を把握し,選択する科目を決断し,自らの目標を達成するために行動すること,を繰り返すことになる。 ・ 3年生までに受講する専門科目の半数近くが演習,実習,実験,講義・演習科目となっており,学生がより能動的な学修へ移行することを目指している。 ・ 他の学生と議論し協力しながらプロジェクトを進められる力を身に着けることを目標にしたプロジェクト型授業を複数用意している。各学生が学んでいる専門性をいかして,実際に行う項目を自ら提案,協議,決断,実行することが求められる。また,学生に対してはより具体的に,以下のような主体的な学修姿勢を求めている。 ・ 自ら質問に来る,授業中だけでなく授業時間外にアポイントをとって質問に来る。 ・ 与えられた課題だけでなく,発展的問題,自ら設定した先の課題に取り組み,レポートとして報告する。 ・ プロジェクト型授業へ積極的に参加し,協働を通して目標を達成する。 ・ 自らシステムを構築しコンテストへ応募するなど,授業外の取り組みに挑戦する。すなわち,授業という与えられた課題に対してより能動的 に取り組むことからスタートし,プロジェクト型授業という自由度の高い授業への取り組みをへて,授業外のより自律的な 課題への取り組みに至ることを期待している。 実際には,学生の主体的な取り組みには個人差が大きく,現在のような環境を準備するだけでは不十分な場合があると考えられる。さらに,授業以外のアルバイトやボランティア等の社会的経験を通して得られるものも非常に大きい。今後,そのような学生個々の状況を把握し,それぞれの学生に合わせて,学生が主体的に行動できる状況や経験できる場を準備し,より主体的な取り組みに進めるように支援していくことが必要と考えている。 3.1.3 視覚障害学生に対する取組(長岡 英司)本学で学ぶ視覚障害学生たちの現状として,以下の4点を挙げる。 1点目に,視覚障害に起因して学習経験が不足している事である。参考書や問題集を自由に利用できない,図書館が利用しにくいといった学習環境の不備から,晴眼者に比べて学習経験が乏しい。結果として,学習習慣が十分に身についていないという問題がある。 2点目に,将来の見通しがなく,卒業後の目標を描けていない学生が多い事である。視覚障害者の職業事情の厳しさが,不安や逃避,無気力といった傾向をもたらしている。 3点目に,自信が欠如している学生が多いことである。達成経験の不足から,自分に自信が持てない学生が多くおり,学習場面でも,将来に向けても,積極的な取り組みができない場合が多い。 4点目に,学業に対する意識で教員と差があることである。総じて消極的,否定的であり,現実感に欠けるという傾向がある。 こうした現状において,在学中に確実な学習を行わせ,その姿勢が卒業後も続くようにするために,以下の4点の対応が考えられる。 1点目に,学習の方法を習得させることである。まずは,教科書や参考書といった基本的な学習資料の使い方を身につけさせる必要がある。また,図書館やインターネット上 での情報検索の方法などの情報アクセスに関する指導や,図書館の視覚障害者向けサービス(対面朗読,点訳,音 訳)などの社会的資源の利用についての情報提供が重要である。 2点目に,進路に関する情報提供をし,目標を持たせる必要がある。厳しい現実の中で可能性を実現するためにどのような努力をするべきかを,事例を紹介して多面的に伝えることが必要である。そして,学習場面で具体的・現実的な目標を設定させ,それを基盤にして,将来に向けた系統的な目標設定を自律的に行う力を身につけさせる。 3点目に,達成感を味わう機会をつくることである。ほめる機会を恣意的に作ること,達成する喜びを経験させるため の目標設定をすることが有効と考えられる。目標の設定にあたっては,学内検定の導入や,ITパスポート試験・英検・ TOEICなど社会的評価を受けられる公的試験の活用が考 えられる。 4点目に,信頼関係を構築することである。十分に相談に応じ,助言することを基本とし,厳しい指導をする場合も 学業や職業についての困難をある程度教員が理解している姿勢を示す必要がある。場合によっては,学生本人の将来を考えて進路の変更を助言する勇気も必要である。 3.1.4 質疑応答 パネリストの提言を踏まえて,全体会に参加した教職員により,学生を主体的・自律的な学修へ動機づけする方法,学科間の状況の違い,主体性の捉え方,課外活動における主体性・自律性の育成等について,現状報告や意見交換が行われた。 3.2 分科会分科会は75分間行われ,それぞれの進行役を中心に,以下のとおり活発な話し合いが行われた。 3.2.1 分科会1(岡崎 彰夫)「複数の障害(視聴覚障害・発達障害)を有する学生への対応」をテーマとし,26名が参加した(図2)。時間的制約と参加人数が多いことから,話題を三つに限定し,天久保キャンパスと春日キャンパスにおける最近の事例などを紹介し合い,全学での情報の共有をはかった。 (1) 視覚と聴覚の障害を併せ有する学生の対応について:天久保キャンパスに現在,在学している3名の学生に対する支援事例を中心に話し合った。 (2) 車椅子(肢体不自由)の学生の対応について:春日キャンパスに今年度入学した学生に対する支援事例を中心に話し合った。 (3) 発達障害を併せ有する学生の対応について:発達障 害の捉え方について佐藤 正幸教授より説明があり,現状について横田 千津子医師より紹介があった。 本分科会への参加人数の多さから,学内での本テーマへの関心の高さがうかがわれた。発達障害については途中で時間が無くなってしまったが,全体のまとめとして,今後も保健管理センターとの連携や両キャンパス間の継続的な情報交流が不可欠であることが確認された。 図2 分科会1の様子 3.2.2 分科会2(大武 信之) 「学生の能力的個人差学力への対応」をテーマとし,19名が参加した(図3)。学力をテーマとした分科会であったが,内容は多肢に渡るものとなった。 本学に留まらず他大学においても,高等教育において学習(学修)を進め専門教育へ進むには,高等学校までの学習が礎となるが,一般入試を受けることなく,推薦入試あるいは AO入試等により入学してくる学生が,全入学者の半数を占める現状では,十分に高等学校における学習がなされていないまま各大学に入学し,本学のみならず他大学においても学生の能力的個人差の問題は起きている。 本学特有の問題として,本人の進学希望先が他大学であったにも関わらず,親および教師側の意向により,他大学への進学を断念し本学へ入学してきた学生にとっては,学修以前の意欲の面で,基礎教育および専門教育への取り組みそのものに熱が入らないまま学年が進んでしまっている現状があり,ただ単なる学力差・基礎学力不足だけの問題だけではないという指摘がなされた。 十分な受験勉強をしてこなかった学生に対しては,産業技術学部・保健科学部ともにリメディアル教育を正規の授業外に行っているが,単位に結びつかない授業への参加・取り組みに苦慮している。 一方,勉学への意欲とは別に,持病との関係で障害の程度の悪化がもたらす問題は,一教員だけでは解決できない問題として報告された。 個人差の問題は,学力の低い学生に向けられがちだが,高い学生の対応も十分に行う必要があり,忘れられている面がある。学生の満足度を上げ,入学させる以上は卒業させる責任があり,科目間のつながり,教員間のつながりを密にする必要がある。 図3 分科会2の様子 3.2.3 分科会3(谷 貴幸) 「教育場面における情報保障の在り方」をテーマとし,13名が参加した(図4)。以下のような情報交換と議論が行われた。 まず,天久保キャンパスにおいては,新任,非常勤講師に対して字幕を中心とした情報保障を行っている。春日キャンパスでは,パワーポイント,配布資料などの教材の点訳を事前に学生に配布するなどの情報保障を行っている。両キャンパスともに,これで十分という認識では無く,情報保障の最初の一歩として考えている。 当然ながら,それぞれの障害において情報保障の形が異なるが,専門性が高くなるにつれて,その対応が困難になる現実がある。これからの情報保障にはインテリジェンスが求められており,更なる試行錯誤が必要である。その一方で,古き良き時代の教室での一体感も達成することも同時に求められている。 図4 分科会3の様子 本分科会では,これらの共通課題を認識した上で,お互いの障害を理解し,それぞれの障害に必要な情報保障の 再認識する方法として,聴覚・視覚障害者のデイズカッションを積極的に行うなどの提案がなされた。 また,一歩進んだ情報保障のあり方として,情報保障者と教員とが一緒に講義を作り上げるという認識を持つことが重要であるとの議論がなされた。 3.2.4 分科会4(佐々木 惠美) 「精神状態に不安のある学生への対応」をテーマとし,13名が参加した(図5)。参加者は事前アンケートに回答しており,その結果をもとに話し合いが進められた。 まず,進行役が「精神状態に不安のある学生への対応の基本」「本学での現状」「精神障害・発達障害とその対応」についてミニレクチャーを行った。日本では大学生の死因のトップが自殺であり,本学でも引き続き注意を要することが確認された。 次に,教員から対応事例について紹介された。担任,AA,保護者,学部長,保健管理センター,精神科医,医療機関等との連携が重要であること,連絡・調整役を担任1人が抱え負担が大きかったこと等が報告された。 さらに,学生対応で困ったこと・悩んだことについて全員で共有し検討した。特定のスタッフに負担が集中する,病識がないケースへの対応,保護者との連携の問題,大学として入学させた責任,対応は業績にならない,プライバシー保護・情報共有の問題,学生に振り回されない程よい距離感が大切,天久保キャンパスにもカウンセラーや精神科医を常駐させて欲しい,等の意見が出された。 最後に,本学学生の精神科受診率は少なくないが,うつや成績不振の背景に自閉症スペクトラム,ADHD,学習障害が存在するケースもあることが確認された。合理的配慮の観点からも,精神障害や発達障害を持つ学生に対し,今後は医療的観点のみならず,学習や試験手段の配慮,生活支援等の「修学のための支援体制作り」が必要と考えられた。 図5 分科会4の様子 参照文献 [1]経済産業省「社会人基礎力」.今,社会で求められる力.,http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/ shiryou3.pdf The report of the activity in the 2015 fiscal year of a student life study meeting ISHIHARA Yasushi1), NAGAOKA Hideji 1), KATO Nobuko2), OKAZAKI Akio1), OHTAKE Nobuyuki1), SASAKI Megumi3) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing Impaired and Visually Impaired 2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology 3)Department of Health, Faculty of Health Sciences Tsukuba University of Technology Abstract: The student committee determined to cover an educational activity broadly at the student life study session for fiscal year 2015. The theme of the study session was “the present subject on the education and support of a student.” The committee carried out a preliminary survey for the school staff to examine the theme of the subcommittee. I classified the results according to content, and determined the theme of the whole meeting and the subcommittee for the matter of interest. During the meeting, a four-person panel led the discussion on “cultivation of an active and autonomous study posture of students who gazed at the graduation back.” The subcommittees identified the four themes of “correspondence to the student who has two or more obstacles (visual or hearing impairment and developmental disorder),” “correspondence to individual differences in capability (academic ability) among students,” “state of information accessibility in an educational environment,” and “correspondence to existing feelings of uneasiness toward mental conditions among students.” Each subcommittee proceeded to hold opinion and information exchange with participating school staff members, and consciousness was shared on the abovementioned themes. Keywords: Active and autonomous study posture, two or more disorders, individual difference in capability, information accessibility, mental condition