欧州の視覚障害学生サマーキャンプ ICC2015参加報告 小林 真,福永克己 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 要旨:オランダ共和国にて開催された欧州の視覚障害学生サマーキャンプ,ICC2015に学生 2名を引率して参加した。今回は必修ワークショップの枠組みが変更され,4種類から2つ選択してそれぞれ 2コマずつ実施するという形式になった。また放課後実施されるアクティビティのうち,スポーツ系に参加させることで,英語でのコミュニケーションに不慣れな学生にも言葉を用いないコミュニケーションを体験させることができた。キーワード:欧州視覚障害学生サマーキャンプ ICC,英語教育 1.はじめに 著者らは国際交流委員会の主催する海外研修事業の一環として,オランダ共和国ザイスト市にあるバーティミアス盲学校で開催された ICC2015に,学生 2名を引率して参加した。期間は2015年 7月27日から8月5日,参加学生は情報システム学科 3年次の小宮尚貴君と森山夏気さんである。 ICCとは,International Camp on Communication and Computersの略称であり,欧州の視覚障害学生が集うサマーキャンプである。1993年から続けられているが,未実施の年もあったため 2015年は 21回目となる。大学間交流協定の相手先機関であるリンツ大学の統合教育支援センターが運営に関わっていることから,これまで学生を引率して参加してきた。学生参加は 11回目となる。本学とICCの関わりについては参考文献 [1]-[5]をご参照いただきたい。 本事業は「異文化コミュニケーションC」の科目としても実施しており,事前研修と報告会もその内容に含まれる。事前研修は例年,ICC自体のレクチャーと基礎的な語学学習がメインであるが,今年は週 1回ネイティブスピーカーと会話する機会を設けた本学の「英会話サロン」が利用可能であったため,これに積極的に参加することを指導した。また,Podcastや Youtubeの英語コンテンツの有効利用も適宜促した。 2. キャンプの内容 2.1  参加国・参加者数と実施場所 ICC2015の参加国は,オーストリア・ベルギー・クロアチア・チェコ・ドイツ・ギリシャ・イタリア・ラトビア・オランダ・ポーランド・スロベニア・スイス・イギリス,そして日本の 14ヵ国で,参加学生は 58名であった。開催場所は Bartimaeusと呼ばれる私立の視覚障害者支援機関である。Bartimaeusには学校としての設備も整っており,長期宿泊施設も用意されている。キャンプが行われた主な建物が学校設備であったことから便宜上,日本語では開催場所を「バーティミアス盲学校」と呼ぶことにしたが,実際のところは「公的資金で運用しているリハビリテーションセンターと盲学校を一緒にした私立の施設」といえる。 表1 ICC2015のスケジュール(WS:ワークショップ)  日付 午後午前 夕方 7/27(月) 到着・受付・オリエンテーション ウェルカムパーティ 7/28(火) スターター・ WS 必修 WS1 アクティビティ 7/29(水) 必修 WS1 必修 WS2 アクティビティ 7/30(木) 必修 WS2 選択 WS1 アクティビティ 7/31(金) エクスカーション 8/1(土) 選択 WS2 選択 WS3 アクティビティ 8/2(日) 教会礼拝 選択 WS4 アクティビティ 8/3(月) 選択 WS5 選択 WS6 アクティビティ 8/4(火) 選択 WS7 パーティの準備 フェアウェルパーティ 8/5(水) 各国それぞれに帰国 2.2 スケジュールの概要とワークショップ構成の変化キャンプの全体スケジュールは,表 1に示すように到着日のウェルカムパーティに始まり,半日単位のワークショップとイブニングアクティビティを連日行ない,フェアウェルパーティで終わるというものである。また,途中 1日だけエクスカーションディが設けられている。全体構成は毎年ほぼ同じだが, 2014年から全員が受けるCompulsory Workshop/必修ワークショップという枠組みが加わった。(昨年度の報告では「義務的ワークショップ」としていたが,本稿では「必修ワークショップ」と記述する。) 2014年の必修ワークショップは「Presentation」と 「Networking」の 2種類であった。前者はいわゆるプレゼンテーションスキルを磨くもので,スライド作成や構成の仕方,話し方などを学ぶ内容である。後者は「人とのネットワーク構築」を意味しており,異なる国の状況を理解したり,グループワークを通じて参加者の絆を強くしたりといった内容である。2014年においてこれらは3コマ分,すなわち1日半ずつ合計 3日間実施された。しかしそのため,通常のワークショップの時間が圧縮されてしまった。通常のワークショップというのは,開催国のスタッフや引率者のスタッフらがワークショップリーダーとなって実施するものである。本稿では表1にあるように,これら通常ワークショップを「選択ワークショップ」と呼ぶことにする。 さて,そのような背景のもと,2015年は前回の反省を踏まえて必修ワークショップの時間を短くしつつバリエーションを増やす方向となった。2コマ構成の4種類の必修ワークショップに希望優先順位をつけさせ,そのうち2つに参加させるという形式である。必修ワークショップに加えられたのは「CV Writing」と「Advanced Document Creation」。前者は文字通り履歴書の書き方を含む就職活動のためのワークショップで,Job interview(就職面接 )の練習なども行われたようだ。後者は高度な書式指定などを含む Wordの応用演習ワークショップであり,ソフトウェア演習色の強いものであった。ICC2015では,これらと前述の Presentation, Networkingを合わせた4種類が必修ワークショップとして用意された。 図1 ウェルカムパーティの様子 2.3 アイスブレイクイベントの工夫スケジュール最初のウェルカムパーティとスターター・ワークショップは,現地で初めて出会う参加学生たちを打ち解けさせるアイスブレイクイベントとして重要であり,毎年様々な趣向が凝らされた企画が盛り込まれている。ウェルカムパーティでは,参加学生たちがシャッフルされ「Herring」「Tulip」などオランダと関係のある名前を付けたグループに分けられ,ゲームをする形式で進められた。図 1にその様子を示す。重度の視覚障害学生でも楽しめるように,「それぞれのグループを表すサウンドを(声で)作る」「匂いあてクイズ」など,視覚を使わず楽しめる余興が多数用意されていた。ただし,当然ながらそれらの案内や進行はすべて英語で進められるため,本学の学生にとっては英語とコミュニケーション力が求められる最初の難関でもある。翌日のスターター・ワークショップは,例年と同じくコンピュータネットワークにログインしてパスワードを変更することから始められたが,その後は「施設内各所に用意された QRコードを読み取りながら記された謎解きを進めつつ,施設内をくまなく練り歩く」というオリエンテーリング風の企画が行われた。この時,日本はチェコと同じグループであった。QRコードを使ったオリエンテーリングは今回独特のものであり,参加学生たちは楽しんでいたようである。 2.4 学生たちの選択したワークショップ必修ワークショップについては,小宮君は「CV Writing」 「Advanced Document Creation」,森山さんは昨年に引き続き「Presentation」「Networking」を希望し,それぞれ希望通りに配置された。 選択ワークショップについては事前に Web経由で優先順位を登録しておいた結果,表 2のように配置された。二度目の参加で留学経験もある森山さんは積極的にディスカッションできるワークショップを選んだようであった。ちなみに,Webに登録されていたワークショップは全部で 39種類であった。 表2 学生の選択ワークショップタイトル 小宮君のワークショップ 森山さんのワークショップ Google Advanced Power Searching Make-up workshop Littlebits Creative Drawing with light Laboratory Physical computing for beginners Send better emails, become legal spammer Drama in the Dark ICC newspaper How to make a pizza How to make a pizza Communication tool for the I just see black and white whole ICC community Felting Balls All about YOU 図2 タンデムで目的地に着いた2人(上)ショーダウンを楽しむ小宮君とラトビア人の参加者(下) 2.5 イブニングアクティビティ イブニングアクティビティは例年掲示板に紙が貼り出され,そこに引率者であるナショナルコーディネータ(NC)が学生の希望を聞いておいて書き込むという方法をとってきた。しかし先着順であるため,毎回空席を巡って激しい争奪戦や交渉劇が繰り広げられていた。そこで今年は日によって異なる国別の優先順位が決められた表を用意し,昼の NCミーティングの時にその順番に沿って希望を聞いていくというスタイルで行われた。これは予想以上にうまく機能し,各国の満足度も高かったようである。アクティビティの数と回数のバランスがよかったことも理由のひとつであろう。 本学の学生たちは,一緒に近隣散策,タンデム(二人乗り自転車),個別に森山さんはウォールクライミングとジムでの運動,小宮君はスイミングとショーダウンに参加させた。特に小宮君は卓球サークルの経験を活かしてショーダウンのトーナメントで優勝するなど言葉の壁を超えたコミュニケーションを楽しんでいたようである。図 2はタンデムの目的地での写真とラトビアの参加者と対戦する小宮君である。 2.6 エクスカーション 今回のエクスカーションはバスでユトレヒトに移動し,3グループに分かれて指定された 3か所のツアーを順に巡った後に合流して全盲のピアニストBert vanden brink氏の演 奏を聴き,ボートで川を下りブニクまで移動し,食事をしてバスで戻るといったものであった。ユトレヒトで巡った 3か所は ・ドム・ファン・ユトレヒト(シンボルタワー) ・オルゴール博物館 (Speelklok Museum) ・街並み散策である。シンボルタワーは狭い階段を登り切ると巨大なオルゴールの音を聞けたり釣り鐘に触れたりすることができ,オルゴール博物館でも普段は触れることのできない機器に触れさせてもらえたりと,配慮の行き届いたエクスカーションであった。また,Bert vanden brink氏は日本からの参加者への心遣いからか,瀧廉太郎の「荒城の月」を演奏してくださり,我々にとって非常に楽しめる内容であった。 3.我々の実施したワークショップ 引率スタッフとして我々も毎年,参加学生たちを相手に選択ワークショップを実施しなくてはならない。ここ数年は書道ワークショップを行ってきたが,今回は小さなワンボードマイコンであるArduinoを使いフィジカルコンピューティングを楽しむものを企画した。 開発環境の音声化に多少問題があるため基本的に弱視向けのワークショップとし,視力に頼らず部品を差し込める拡張ブレッドボードを作成して持ち込んだ。内容は,ブザー,可変抵抗,サーボモータ,超音波距離計といった部品を順番につなげつつ,サンプルプログラムをもとに動作を理解し,最終的に距離によってサーボモータの角度を変化させる距離計を制作するものである。図3にワークショップの様子を示す。 図3 我々の実施したワークショップの様子 4.学生たちの感想最後に参加学生たちの感想を記す。4.1 小宮尚貴君より「必修ワークショップの Advanced Document Creationではワードを使った文章作成を行いました。特に印象に残ったことは,表の作成です。今まで知っていたやり方と異なり,項目を列挙してから枠を作るやり方でした。私は物のとらえ方が文化によって違うのかもしれないと感じ興味を持ちました。CV writingでは,面接の練習の際に仮想の設定がとても細かく苦労しました。選択ワークショップで印象深かったのは「I just see black and white」です。このワークショップではチェスをしました。チェスは以前から興味があったことと駒を動かしながらの説明があったのでとても楽しむことができました。相手の駒をとるときに”eating”という表現をしていたのが面白く感じました。また,休憩時間にワークショップリーダーに自分の iPadアプリの囲碁での対戦を持ちかけたのですが,上手にルールを説明できずもどかしく感じました。アクティビティのショーダウンは,参加前からとても楽しみにしていました。実際に見るのもプレーするのも初めてでしたがSTT(Sound Table Tennis)に似た部分が多かったり,STTより失点しにくい要素があったりしたので,想像以上に楽しむことができました。またショーダウンがきっかけになり,他の参加者と交流しやすくなったと感じました。 全体を通して,自分から英語を話したいという気持ちになることが多くありました。今後は自分から発言できる英語力を身につけたいと思います。またリスニングについては,チェスやピザ作りのワークショップなど動きのあるものを通した英語はある程度理解することができたので,映画などを積極的に利用して学習していこうと思います。 反省点としては,頑張ってはいたのですが事前の英語学習について完全に習慣づけることができなかった点が挙げられます。 これからは ICCでできた友人が日本に来た時に備えて英語力を磨き,是非 STTで対戦したいと考えています。」 4.2 森山夏気さんより 「昨年は,欧州の人たちばかりの環境に戸惑いもあり,疎外感を持っていたせいか,他の参加者と打ち解けるまでに時間がかかってしまいました。今回は 2度目の参加ということもあり,打ち解けるのが早かったように思います。また,SNSを通して事前に連絡を取り合っていたこともあり会話がより弾みました。さらにウェルカムパーティの時に参加者同士の交流の場を設けて下さっていたこともあり初対面の参加者とも交流がしやすかったです。必修ワークショップも昨年より1グループあたりの人数が少なく,誰が受講しているのかのリストもあったので,参加者の名前を確認することが出来て良かったです。 必修ワークショップの Presentationでは,前回は事実を単に説明するようなプレゼンテーションしかできませんでしたが,今回はスライドに図や絵を入れつつ全盲の参加者に対しても言葉で説明したり,自分の意見を交えたりすることで,どのように相手に伝えるか,ということに焦点をあてて行なうことができたと思います。 フェアウェルパーティでは,昨年と異なり自分たちでグループのメンバーを決めたり,寸劇の案を出したりしなければいけませんでした。結局なかなか案をまとめることができず,先生やスタッフの方に助けて頂きました。本番でも上手く演技できず正直なところ後悔しています。しかしパーティの後に他の参加者らと一緒に写真を撮ってもらうお願いをした際,彼らから「日本人は写真撮影が好きだからね!」と私たちの寸劇の内容に絡めて笑いながら返答してもらえました。そんな何気ないことでも,自分たちの寸劇を通して日本を伝えられたこと,そして会話が少しでも広げられたことが嬉しかったです。 今回「ゼロから伝えること」と「話し方・表現方法」の難しさを強く感じました。本キャンプにおいて,日本はminorityな存在です。そのおかげで興味を持ってもらいやすい反面,言語も文化も全く異なるので,何かを正確に伝えるということが難しいとも言えます。昨年は単純に楽しかった ICCですが,今回は相手の全く知らないこと,相手の知識がゼロのものをどのように伝えれば良いのか,ということを考えさせられました。相手が既に持っている知識に頼らず,自らの言葉のみで話を理解してもらうこと,そして,どんな内容であれ人を引き付ける話し方や言葉を選ぶことが何より重要で,自分の今後の課題であると感じています。」 5.謝辞 学生の旅費に関して筑波技術大学基金および日本学生支援機構より多大な支援を頂きました。記して深く感謝します。 参照文献 [1]小林真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプ ICCの変遷 ―本学からの 10回の参加を振り返って―.筑波技術大学テクノレポート,2014; 22(2), p.24-28. [2]小林真,川村祥子,東川恭子 . International Camp on Communication and Computers 06 参加報告.平成 18年度国際交流活動成果報告書,国立大学法人筑波技術大学国際交流委員会,2007; p.29-34. [3]永井伸幸,吉田有希,吉永円. International Camp on Communication and Computers 参加報告.筑波技術大学テクノレポート,2006; 13,p.95-99. [4]加藤宏,小林真,原俊介,塩谷純.ヨーロッパの視覚障害者コンピュータ・キャンプに参加して.筑波技術短期大学テクノレポート,2004; 11,p.85-91. [5]渡辺哲也,小林真.オーストリアの大学における視覚障害者の支援.世界の特殊教育,2002; 16, p.47-53. Report of Participation in the International Camp on Communication and Computers 2015 FKOBAYASHI Makoto, FUKUNAGA Yoshiki Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: Two students participated in the International Camp on Communication and Computers 2015 (ICC2015), which was held in Zeist, the Netherlands. ICC is a European summer camp for students with vision impairment. The main contents of the camp were workshops, evening activities, and one-day excursion. In 2015, the framework for compulsory workshops was slightly changed; students were assigned from four to two courses of compulsory workshops. During the camp, the students were encouraged to apply for a sports-based evening activity. One student who does not speak English fluently had a positive experience while communicating without the use of language. Keywords: International Camp on Communication and Computers, English education