2015年度 大学間協定に基づく国際交流 中国研修報告 近藤 宏1),張 建偉2),周防佐知江1) 筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻1)筑波技術大学産業技術学部産業情報学科2) 要旨:筑波技術大学の国際交流事業の一環として ,中国吉林省長春大学および北京市北京連合大学での研修を2015年 9月20日から6日間行った。今回の研修では鍼灸学専攻から2名の学生が参加した。長春大学と北京連合大学とは大学間協定を締結しており,現地学生および教員との情報交換などを実施した。また,両大学の実習先である吉林省中医科学院第一臨床医院,北京按摩病院,北京中医薬大学附属護国寺中医医院の 3病院で臨床見学実習を行った。学生は,臨床の実際に触れ,日本と中国との鍼灸マッサージや文化の違いについて理解する貴重な機会となった。キーワード:国際交流,研修旅行,中国,長春大学,北京連合大学 1.はじめに 筑波技術大学では国際交流事業の一環として,海外短期訪問プログラムを実施している[1-3]。このプログラムは,産業技術学部・保健科学部の特設科目「異文化コミュニケーション」の単位として認定されている。今回,本学と大学間協定を締結している長春大学と北京連合大学に視覚障害を有する学生が訪問し,訪問した大学の実習施設である中医薬病院において鍼灸推拿の臨床見学実習を行った。本報告では,学生が研修した中国における視覚障害者の教育や補完・代替医療の一つである中医学について情報収集や視覚障害者を含む歴史・文化・生活に関する知識を得るための取り組みについてまとめた。 2.研修の目的 本研修の目的は次の3つである。@本学と大学間協定を結んでいる中国の長春大学および北京連合大学の特殊教育学院で行われている専門教育や施設を見学し,理解を図ること。A海外研修を行うことで中国の大学で学ぶ障害者を理解し,また中国の高等教育や歴史・文化・生活に関する知識を得ること。B実習等への参加や現地学生・研究者・教員との情報交換を行い,見聞を広めることである。これらの目的を達成することにより,社会認識や自己認識を高め,将来,リーダーとして活躍できる資質を育成することを目指している。 3. 参加者 3.1  参加者選定 国際交流委員会が定める学生募集要項に従い,保健科学部学生に対して募集を行った。その結果,鍼灸学専攻の学生二名から応募があった。参加学生の応募動機は,中国と日本の鍼灸マッサージの違いを探求するため,臨床見学や実習を通じて調べてみたいこと,異文化に触れ,見聞を広めたいことなど様々な体験を通じて今後の学習や将来に生かしたいという向上心や探究心があり,今回の研修に対する熱意が強く感じられた。成績,応募動機,クラス担任の推薦状に基づく書類審査が行われ,二名とも選定された。なお,引率教員は,鍼灸学専攻から近藤と周防が担当することとなった。また,国際交流委員会から張が選定された。 3.2 参加者および引率教員 参加者 篠崎 聡美:保健科学部保健学科鍼灸学専攻2年生 水上 次郎:保健科学部保健学科鍼灸学専攻4年生 引率教員:近藤 宏(保健科学部保健学科鍼灸学専攻・助教)張 建偉(産業技術学部産業情報学科・助教)周防 佐知江(保健科学部保健学科鍼灸学専攻・特       任研究員) 4.研修期間および研修日程 研修期間は2015年9月20日(日).2015年9月25日(金),日程は表1の通りである。表1 中国研修の日程 日にち 概 要 9 /20(日) 成田国際空港 発長春龍嘉国際空港 着 9 /21(月) 長春大学 実技交流実習吉林省中医科学院第一臨床医院 臨床見学 9 /22(火) 長春龍嘉国際空港 発北京国際空港 着 9 /23(水) 北京連合大学 見学中国文化体験(故宮博物院) 9 /24(木) 北京按摩病院 実習・臨床見学北京中医薬大学附属護国寺中医医院 臨床見学緑手盲人保健按摩院 施術体験 9 /25(金) 北京国際空港 発成田国際空港 着 5. 研修の概要 5.1  事前研修 事前研修では,各学生の視覚障害状況や必要な支援についての確認を行った。また,研修の目的や日程について説明した後,中国の鍼灸マッサージや文化や研修に期待することについてディスカッションを行った。ディスカッションを通じて目標を明確にすることができた。なお,参加学生の一人は海外が初めてであったため,渡航時の注意点や滞在中の心得などについての説明を行った。 5.2 長春大学での研修 長春大学は,吉林省にある総合大学である。学生数は1万人を超え,吉林省のなかでは,吉林大学に次ぐに大きさである。今回,訪問した特殊教育学院鍼灸推拿科は,430人程度の学生が在籍している。専門基礎科目や鍼灸推拿の実習などについて学習するところは同様であった。しかし,5年課程であることや,最終学年に学外で長期間の病院実習が実施されることは日本と異なるところであった。卒業後は,視覚障害鍼灸推拿師として活躍できる。また,中医薬医師試験に受験することも可能であるが,合格率は1.2%で狭き門となっている。 本研修では,学生同士の実技交流を通じてマッサージの実習を行った。実技交流では,学生同士の積極的なコミュニケーションがみられた。日本の按摩や指圧を披露する一方,推拿を受療し,推拿の実際を学ぶ貴重な機会となった(図 1)。病院臨床見学実習では,吉林省中医科学院第一臨床医院を訪問した。鍼灸推拿科では,1日200人程度の患者が受療している。ほとんどは外来患者であるが,一部入院患者が含まれている。患者の主訴の上位は,腰痛,頚肩痛であった。施術室数は 10室で,各部屋にベッド3.4台が設置されていた。中医師は脈診をしながら問診をし, 患者に病態を丁寧に説明していた。施術では鍼灸推拿や 吸角施術を用いていた。 施術には中医鍼が使用されていた。日本と同じ形をした鍼管が用意されていたが,使用方法が異なっていた。日本では,切皮時に使用するが,雀啄する際に鍼体を指で触れるのを避けるために鍼管を用いていた。また,抜鍼時は押手が手指でなく,綿棒であったのは,非常に印象的であった。学生にとっては,日本で行われている鍼灸マッサージとの違いについて学ぶことができた。また,研修を行っていた医学生にインタビューをすることができ,臨床実習の状況などを理解する貴重な機会となった(図2)。 図1 長春大学特殊教育学院鍼灸推拿科との学生実技交流 図2 第一臨床医院での医学生インタビュー 5.3 北京連合大学での研修 北京連合大学特殊教育学院は,北京市内で唯一,視覚障害者と聴覚障害者を受け入れている大学である。学院には,聴覚障害者を対象とした応用技術学部,視覚障害者を対象とした中医学系と音楽系の学部,健常者と障害者を対象とした特殊教育学部の3つの学部がある。学生数は1,060人で,そのうち障害者が 55%,健常者が45%である。なお,視覚障害者は障害者のうち1/4を占めている。中国全土で視覚障害者を対象とした学部を有する大学は3つしかないため,入学のための倍率は高い。5年課程で,最終学年で長期の病院実習が実施されることは長春大学と同じであった。 本研修では,学内の施設見学及び2施設の中医薬病院の臨床見学実習を行った。学内施設見学では,実習センターを訪問した。5階建てのセンターには各階ごとにそれぞれの学部の実習室があった。最上階のフロアには,ピアノが備え付けられている個室が 10室程あり,練習が行われていた。音楽系の学生は,卒業後ピアノ調律師として就職する機会が得られる。応用技術学部のフロアには撮影スタジオや作品を作製するための機材が設置され,学生同士でデザインについて話し合っていた。また廊下には,学生が作製したポスターや写真が多く飾られていた。中医学系の実習室には,解剖実習室や鍼灸や推拿の実技実習室の他,漢方薬の実習室があり,100種類以上の漢方薬が,専用庫に保管されていたのは,印象的であった(図3)。 図3 北京連合大学特殊教育学院 漢方薬の実習室中医薬病院の臨床見学実習は,北京按摩病院と北京中医薬大学附属護国寺中医医院で行った。北京按摩病院は,特殊教育学院の実習先の中で最も規模が大きく,卒業生の就職先でもある。180人の中医師がおり,そのうち 89人は視覚障害者である。「按摩病院」という名称だが,推拿だけでなく鍼灸も行っている。初診時の診察は,晴眼の中医師が担当し,画像所見の説明などを行い,施術は,視覚障害を有する中医師が主に担当し,中医学的,現代医学的な病態の説明や推拿や鍼灸を行う。診療科目は整形外科,婦人科,内科など多岐にわたる。1日の患者数は 2,000人程度である。整形外科では,腰痛患者に対して手指部や肘部打だけでなく,足部を活用して推拿施術を行っていた(図4)。小児科では1日200人の患者が訪れ,小児麻痺 や上肢に運動障害のある幼児に中国鍼を置鍼しながら通電を行っていたのは印象的であった。学生は,中医師の推拿を受療し,貴重な体験をすることができた。北京中医薬大学附属護国寺中医医院は,鍼灸専門の病院である。外来棟と入院棟に分かれており,外来棟では主に整形外科的な疾患,入院棟では内科的疾患や脳中枢神経系疾患を取り扱っている。ここでは,日本に滞在経験のある中医師と会談する機会が得られた(図 5)。日本語を交えながら学生の質問に丁寧に回答いただき,学生にとって日本と中国の鍼灸の違いについてより理解が深化したものと思われる。 図4 北京按摩病院 足力による施術 図5 北京中医薬大学附属護国寺中医医院 日本に滞在経験のある中医師との会談 なお,中国文化体験では天安門広場や故宮博物院を見学し,中国の歴史や文化に触れることができた。 6.学生の感想(基金への感謝の言葉より) 本事業は,筑波技術大学基金からの支援をいただき実施した。参加学生が筑波技術大学基金へ宛てたレポートを原文のまま紹介する。 ・篠崎 聡美 鍼灸学専攻 2年生 このたびは,中国への海外研修にあたり,筑波技術大学基金から助成をいただきありがとうございました。私にとっては,初めての海外だったので不安もありましたが,大変良い経験となりました。 長春で訪問した吉林省中医科学院第一臨床医院では,多くの患者さんが鍼や推拿の治療を受けている所を見学することができました。臨床現場で中国鍼を触らせていただいたことが特に印象に残っています。講義で学習してはいましたが,実際に触ってみると,中国の鍼は日本の鍼と比べ非常に太く固く感じました。その鍼が手背部にある八邪穴に深く刺入されている患者さんを拝見し,非常に印象的でした。長春大学では,学生との交流でお互いに推拿や按摩をしました。中国の学生は圧が強く,動きがなめらかでした。私も今まで以上に練習をし,さらに技術を磨かなければと思いました。 北京連合大学では,按摩の圧の強さや早さを計測し,数値化する器械や学生が自習をする時に教室を予約する機械などが設置されていました。もし日本にもあれば,按摩の練習や学習の役に立つと考えました。実習先の北京按摩病院では,足で施術をしていたことに感心しました。また,小児病棟があり,多くの子供が鍼や推拿の治療を受けており,日本との違いを強く感じました。ここでは,経穴部位を圧迫しながら運動法を行うような推拿の施術方法を学びました(図 6)。大変気持ちよく,自分でも推拿の技術を習得し,将来患者さんを治療する際に活用でできればと思いました。 中国の学生や中医師とお話ができる多くの機会に恵まれました。言語は異なりますが,積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿や学習に対する意欲的な姿が非常に印象に残りました。その様子を見て,私はこれまでよりコミュニケーションを取れるようになりたいと強く思いました。また,今回の研修で学んだことを今後の学習に活かしていきたいと思っております。 最後に,筑波技術大学基金から助成をいただいたおかげで,海外研修に行くことができたことに心より感謝申し上げます。 ・水上 次郎 鍼灸学専攻 4年生 中国における障害者教育の現場,視覚障害を持つ方々が働かれている現場を肌で感じ,体験するという得難い経験をする機会を与えていただき,また資金面での助成を筑波技術大学基金より,いただいたことに心より感謝申し上げます。大学間国際交流として中国の長春大学特殊教育学院および北京連合大学を訪問させていただきました。長春大学特殊教育学院は中国における中心的な障害者教育機関です。また北京連合大学は北京における障害者教育機関です。 このような中国における障害者教育の現場を見学,直接体験させていただき,中国の視覚障害学生と技術交流するというとても素晴らしい経験ができたのも,筑波技術大学基金のおかげと感謝しても感謝しきれません。また,中国における教育関係の先生方と話をさせていただく機会もあり,中国における最新の教育現場の現状を知ることもできました。 そして市中に出ることにより,視覚障害を持つ方々が働かれている仕事現場である病院や按摩院を見学させていただきました。皆さんは視覚障害を持ちながらも身に着けた技術を駆使し働かれていました。就職前である私にとって,とても励みになります。また勉学面のみならず,文化探求として天安門を見学し,食堂で食事をすることにより,一般の方々の生活ぶりを知り,実際の中国を知ることができました。こうした機会を得ることができたのも,筑波技術大学基金のおかげと感謝しております。 これらの経験は,私に多くの気づきを与えてくれました。日本にいてはわからないこと,理解できないことも,海外からの立場で見てみれば,なんとなく見えてくることもありました。こうした違った角度からの視野の広さ,受け入れる心の広さを理解し,時には自己主張する,発言する必要性などに気づき,新たな知識や素晴らしい経験を得て,さらに成長できたと感じております。こうした得難い経験,知識を多くの方と共有し,将来に生かし,さらに私も成長できればと考えます。そうすることが筑波技術大学基金から助成を受けたことへの恩返しであると思います。重ねて筑波技術大学基金と関係者の皆様に感謝申し上げます。本当に有難う御座いました。 図6 北京按摩病院 素問閣 7.今後の課題 本学学生は,日頃の講義や実技実習においてやや受け身なところがある。しかし,本研修における実技交流実習では,非常に積極的に学生間で交流を行っていた。また病院での臨床見学実習では,中医師に対して多くの質問をしていた。研修を通して中国の鍼灸マッサージに関する知識,異文化に対する探究心,コミュニケーション力が向上し,充実した研修であったと思われる。しかし,今回の研修では,臨床に特化した内容としたため,両大学の教員による講義の聴講や実技実習の時間を十分に設けることができなかった。より充実した研修の内容や日程にするため,今後の課題として検討したい。 8.まとめ 今年度の大学間協定締結に基づく国際交流の中国研修は,保健科学部(視覚障害系)学生を対象に募集を行った。そのため,視覚障害教育に特化した研修の実施プログラムを作成することができた。中国では,視覚障害教育が行われている高等教育機関が3大学あり,そのうちの2大学を訪問することができた。学生らは,中国の高等教育機関で行われている最新の視覚障害教育について理解を深めることができた。 また,中医学は,中国の伝統医療として長い歴史があり,世界的にも補完・代替医療として広く行われている。中医薬病院での臨床見学実習を通じて,中国での医療の現状を知り,鍼灸推拿についての知識を習得することができたと思われる。 謝辞 中国研修に際して,施設訪問先との交渉や連絡,宿泊先の手配,施設間の送迎までご協力いただいた長春大学および北京連合大学の関係者に心から感謝の意を表したい。また,筑波技術大学基金から,参加学生への助成をいただいたことに深く感謝します。 参照文献 [1] 宋宇,殿山希,形井秀一,諸黎..中国における針灸・推拿の現状.筑波技術大学テクノレポート.2008; 15(1): p.177-179. [2]殿山希,形井秀一,柴崎正修,一幡良利 .中国長春大学特殊教育学院針灸推拿科からの教員と学生の研修受け入れについて.筑波技術大学テクノレポート.2008; 15(1): p.171-175. [3]福島正也,岡本健,荒木勉.中国研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.29-34. International Exchange Based on Inter-University Agreements in 2015: A Report on a Study Tour to China KONDO Hiroshi1), ZHANG Jianwei2), SUOH Sachie1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: From September 20 to 25, 2015, our group of two undergraduate students and three faculty members embarked on a study tour to China as part of an international exchange project. We visited the Special Education Colleges of Changchun University and Beijing Union University. According to the students’ major, this study tour involved visiting the clinical Chinese Medicine Hospital, experiencing Anma therapy, and exchanging information with Chinese university students and instructors, among others. The students obtained a valuable opportunity to understand Chinese medicine through the tour. Keywords: International exchange, Study tour, China, Changchun University, Beijing Union University