東南アジア諸国からの障害のある留学生の受入れに関する調査研究(続報) 石田久之 障害者高等教育研究支援センター 要旨:本研究は,東南アジア諸国の高等教育機関に学ぶ障害学生の日本への留学を促進する方策を検討することを目的とし,続報として,障害学生の(1)留学希望の有無と(2)留学希望国について報告し,留学を考える背景を考察する。 本研究の調査対象者 83名において,海外留学を希望する学生は 53名,希望しない学生 16名,検討中 14名で,63%を超える学生が留学を希望している。留学を考える背景として,日本文化(アニメ,ゲーム,古典)への強い関心,グローバルな視野を持ったコミュニケーション能力(特に英語力)の獲得,障害学生への手厚い学修支援環境,の三点をあげた。キーワード:障害学生,留学,東南アジア 1.はじめに 平成 20年 7月に文部科学省等で策定された「留学生 30万人計画」骨子を踏まえ,各大学では多彩な受入れ環 境の整備が進められている。 他方,平成 28年 4月より「障害を理由とする差別の解 消の推進に関する法律(いわゆる「障害者差別解消法」) が施行されることになっている今日,我が国の大学における 障害学生支援の取り組みは進んでおり,障害のある留学 生の受入れ環境も整ってきている[1]。これらを踏まえ,石田(2015)[2]は,東南アジア諸国に学ぶ障害学生の留学に関する意識調査を行い,以下の第一報を報告した。東南アジア諸国の学生が日本への留学を考えた場合,大きな課題となるのは以下の三点である。 ・ 留学情報を得ることの困難さ ・ 言語(日本語)習得の困難さ ・ キャリア形成における位置づけの難しさ さらに,留学の費用や生活習慣の問題もあげられる。 2.本研究の目的 本研究は石田 [2]の続報として,障害学生(以下,卒業した社会人も含む)における(1)留学希望の有無と(2)留学希望国の二点から,留学を考える背景を検討した。 3.調査方法 調査方法は石田 [2]に詳しく示されているが,以下について再掲する。3.1 調査対象国 ベトナム,マレーシア,シンガポール,インドネシア,タイ,ミャンマーの6カ国と台湾を調査対象とした(以下,これら6カ国と1地域を合わせて,調査対象国という)。 3.2 調査対象者数 調査対象国内の大学および短期大学に在籍する障害学生およびその卒業生,さらに,シンガポールではポリテクニック(三年制の高等技術専門学校でディプロマの取得が可),マレーシアでは視覚障害者訓練センター(ディプロマの取得可)などで学ぶ学生も調査対象者とした(以下,これらの教育機関等を総称し,大学等という)。 本研究で調査対象者としてインタビューを行った障害学生数を表1に示す。 表1 調査対象者数 調査対象国 男性 女性 合計 台湾 6 1 7 ベトナム 3 5 8 マレーシア 20 24 44 シンガポール 7 1 8 インドネシア 6 1 7 タイ 2 3 5 ミャンマー 3 1 4 合計 47 36 83 調査対象国で大学等に学ぶ障害学生数は多くはない。全ての大学を調査したわけではないが,多くの大学で,大学当局が障害学生の数を把握していないため,大学の支援室(支援室がある大学も極めて少ない)などの公的部局を介しての調査には限界があり,障害学生に障害のある友人を紹介してもらうという方法をとった。 そのような中で,マレーシアでは 44名の調査対象者を得たが,これは同国の調査対象機関の一つである視覚障害者訓練センターが,留学を積極的に考えており,そのための協力によるものである。 4.結果  障害学生の留学希望の有無と留学希望先について,調査対象国ごとに述べる。 ・台湾台湾では,2大学で7名の障害学生に調査を行った(表 2 )。留学希望者4名(有),希望しない学生2名(無),検討中1名であった。希望を望まない学生は,重度の障害を理由としてあげた。 なお,「まだ考えていない」などが含まれる。 “検討中”には, 表2 留学希望の有無(台湾) 留学希望 男性 女性 合計 有 3 1 4 無 2 0 2 検討中 1 0 1 合計 6 1 7 留学を希望する国は,3名が日本,1名がアメリカ合衆国であった(表3;希望数の多い順に示す。複数回答有り)。YouTubeで日本のアニメや動画を見て関心を持つようになったなどの回答であった。 アメリカを希望する学生は,国際企業経営を専攻しており,アメリカで企業経営を学びたいとのことであった。 表3 留学希望国(台湾) 留学希望国 男性 女性 合計 日本 3 0 3 アメリカ 0 1 1 合計 3 1 4 ・ベトナムベトナムでは,8名中5名が留学希望の意向を示した(表 4 )。ベトナムでは国からの留学資金の貸与はほとんどなく,日本やオーストラリア・アメリカなどからの奨学金を頼りにしており,経済的な面から留学を積極的に考えにくい面があるとのことであった。 表4 留学希望の有無(ベトナム) 留学希望 男性 女性 合計 有 2 3 5 無 1 0 1 検討中 0 2 2 合計 3 5 8 留学希望国(表5)は,日本が3名,オーストラリアが2名であった。台湾と同様に,YouTubeを見て,日本に関心を持つ学生がいると同時に,オーストラリアなど地理的に比較的近く,英語を話す国への関心を示す学生もいた。これらは,奨学金など経済的支援を行っている国々であり,また障害学支援が進んでいる国々でもある。 表5 留学希望国(ベトナム) 留学希望国 男性 女性 合計 日本 2 1 3 オーストラリア 0 2 2 ヨーロッパ 0 1 1 未定 0 1 1 合計 2 5 7 ・マレーシア マレーシアでは,44名中 26名が留学希望であるが,留学を希望しない学生 10名(23%),決めかねている学生8名(18%)がいる(表6)。マレー語を母国語とする学生が多いことやハラル食品と非ハラル食品を厳密に区別した食生活などにより,外国での生活が困難であることを予想しているようである。 表6 留学希望の有無(マレーシア) 留学希望 男性 女性 合計 有 13 13 26 無 3 7 10 検討中 4 4 8 合計 20 24 44   マレーシアの障害学生の留学希望国を表7に示す。複数回答があるため,希望者数を上回っている。他の調査国に比べ希望者数が多いが,同時に希望国も多くみられ,特定の国に集中しているということではない。 最も多いのは日本で 13名と群を抜いている。特に女性の希望が多い。次いで,イギリス,フランスなどのヨーロッパ諸国やアメリカ・オーストラリアなど,台湾やベトナムでの調査結果に出てきた諸国が続く。また,地理的に近いアジア地域における留学先は,日本の他に韓国や中国などの国々表7 留学希望国(マレーシア) 留学希望国 男性 女性 合計 日本 1 12 13 エジプト 1 2 3 韓国 1 2 3 イギリス 2 1 3 フランス 1 1 2 アメリカ 1 1 2 オーストラリア 1 0 1 中国 0 1 1 香港 0 1 1 台湾 1 0 1 未定 5 2 7 合計 14 23 37 の名前もみられる。エジプトは,他の調査国ではみられない留学先であるが,3名があげている。障害者の学修環境の整っている日本でマッサージの技術向上を回りたいなどの意見があった。未定者数は男性5名,女性2名となっている。 ・シンガポール シンガポールでは,8名中4名が留学希望,3名が希望しない,検討中1名という結果を得た(表8)。希望しない学生に理由を聞くと,自国・自大学で十分な教育を受けられるため,その必要性は感じられないとのことであった。 表8 留学希望の有無(シンガポール) 留学希望 男性 女性 合計 有 4 0 4 無 3 0 3 検討中 0 1 1 合計 7 1 8 表9をみると,シンガポール障害学生の中で希望の多い留学先はアメリカであった。次いで日本となるが,更に,イギ 表9 留学希望国(シンガポール) 留学希望国 男性 女性 合計 アメリカ 4 0 4 日本 2 1 3 イギリス 2 0 2 オーストラリア 1 0 1 ヨーロッパ 1 0 1 マレーシア 1 0 1 合計 11 1 12 リス,オーストラリアと英語圏の国々が続く。シンガポールは 英語が公用語であり,言語に関してストレスのないこれらの 国々への希望は多い。 マレーシアへの留学希望学生は,出身がマレーシアなので,ということであった。 ・インドネシア インドネシアの調査結果は表 10に示す。留学希望者5名,検討中2名である。「可能性としてはあるが(30%程度),今はまだ考えていない」などの回答を得た。 インドネシア障害学生の留学希望先は,日本,オーストラリア,アメリカとなっているが(表 11)オーストラリアとアメリカはある学生が複数回答したもので,英 , 語圏への留学希望を示すものである。未定者は,「希望はあるが,資料の取り寄せなどの具体的な動きはしていない」とのことであった。 表10 留学希望の有無(インドネシア) 留学希望 男性 女性 合計 有 4 1 5 無 0 0 0 検討中 2 0 2 合計 6 1 7 表11 留学希望国(インドネシア) 留学希望国 男性 女性 合計 日本 2 0 2 オーストラリア 1 0 1 アメリカ 1 0 1 未定 1 1 2 合計 5 1 6 ・タイ タイでの調査結果を表 12に示す。5名の障害学生全員が留学を希望している。 表12 留学希望の有無(タイ) 留学希望 男性 女性 合計 有 2 3 5 無 0 0 0 検討中 0 0 0 合計 2 3 5 タイの学生の希望地域は,日本と,アメリカ・イギリスなどの英語圏との二地域にみえるが(表13),詳細に検証するとそうではない。 ある学生は,日本とアメリカへの留学を希望している。日本に来たことがあり日本文化を学びたいという気持ちと,グローバルな視野に立ったコミュニケーション力として英語を学修したいとの思いがあるという。 またカナダ留学を希望する学生は,現地でフランス語を学修したいとのことであった。 表13 留学希望国(タイ) 留学希望国 男性 女性 合計 日本 1 1 2 アメリカ 0 2 2 イギリス 1 0 1 カナダ 0 1 1 合計 2 4 6 ・ミャンマー ミャンマーで調査した障害学生4名も,タイ学生と同様に,全員が留学を希望している(表 14)。ミャンマーもベトナムなどと同じように,他国の奨学金への依存度がかなり高いようであり,このことはインタビュー中に繰り返し述べられた。 表14 留学希望の有無(ミャンマー) 留学希望 男性 女性 合計 有 3 1 4 無 0 0 0 検討中 0 0 0 合計 3 1 4 留学を希望する国は日本が3名,フランスが1名であった (表 15)。フランス留学希望者は,大学で絵の勉強をしており,このため,芸術の国であり,障害学生への配慮もあるフランスで学びたいとの回答であった。 表14 留学希望の有無(ミャンマー) 留学希望 男性 女性 合計 有 3 1 4 無 0 0 0 検討中 0 0 0 合計 3 1 4 5.考察 本研究の調査対象者 83名において,留学を希望する学生は 53名,希望しない学生 16名,検討中 14名という結果を得た。63%を超える学生が留学を希望している。言葉の違いや生活習慣の違いに加え,障害という学修・生活両面に大きな影響を及ぼす身体・精神状況にある学生で,このような値が得られたことは予想外のことである。留学生30万人計画を掲げる我が国が,率先して障害学生の受入れを進めるべきであろう。 さて,本研究ではこれら55名の留学希望者が示した留学希望国の検討から,障害学生が留学を考える背景を明らかにする。 ・日本への留学希望について 55名の留学希望者は,12の国とヨーロッパという地域をあげたが(複数回答有り),その中で 38.2%の回答が留学希望先を日本としている。 台湾では障害学生の周りに日本語を話せたり,日本との関わりが深い知人が少なくないなどの理由で,また,マレーシアでは JICAの活動で,視覚障害者のマッサージ指導が行われているなどから,比較的強い親日感が調査結果に影響していると思われる。 更に,結果でも示したが,日本のアニメや古い日本文化の紹介をYouTubeで見て,日本に関心を持つようになったとの回答もあり,同じアジア地域という近さや先進国の一員という日本の位置・立場に加え,日本文化へのあこがれのようなものが,日本への留学を促している側面もあると思われる。アニメやゲームなどへの関心から日本語学科に入学し,日本への留学を希望しているという回答もあった。 一方,日本企業のアジア諸国への進出にともない,日系企業への就職は,障害の有無に限らず各国大学生の大きな希望の一つであり,これを意識した日本留学も少なくないようである [2]。 ・英語圏への留学希望について 日本に続いて希望の多い国はアメリカ(10名)イギリス(6名),オーストラリア(5名)である。いずれも英語を , 話す国である。 ベトナムやタイなどでは,英語学科に在籍している障害学生がいる。卒業後は通訳の職を得たいとしているが,そのためには海外,特に英語圏への留学は極めて有効である。自己のキャリアアップを目指し [3],具体的な目的を持った留学希望となっている。 これは英語学修に限らない。国際企業経営を専攻する台湾学生のアメリカ留学希望は,まさにウォール街を目指した留学であろう。 ・学修支援を求めて 東南アジア諸国の高等教育機関における障害学生支援は,欧米諸国や日本などと比較すると,未整備と言わざるを得ない。例えば,盲学生が使う資料の点訳は,自身が個人的に知人に,あるいは出身盲学校に,依頼しており,好意あるいは限られた予算の中で行われている。 自らの障害を克服しつつ,障害のある児童・生徒を教育したいという障害学生の何人かにインタビューを行ったが,充実した支援環境の中で教育を受けるために,我が国やアメリカ,オーストラリアへの留学を希望するとの回答であった。以上,障害学生が留学を考える背景について考察してきたが,次の三点に集約されるであろう。 ・ 日本文化(アニメ,ゲーム,古典)への強い関心。 ・ グローバルな視野を持ったコミュニケーション能力(特に英語力)の獲得。 ・ 障害学生への手厚い学修支援環境。 参照文献 [1]石田久之,天野和彦.高等教育機関における障害学生支援の動向([).筑波技術大学テクノレポート, 2015; 23(1), pp.101-106.[2]石田久之.東南アジア諸国からの障害のある留学生の受入れに関する調査研究(第一報).筑波技術大学テクノレポート,2015; 22(2), pp. 19-23..[3]石田久之.高等教育機関における障害学生のキャリア形成支援.職業リハビリテーション,2010: 24(1), pp.11 - 22. Study on Accepting Foreign Students with Disabilities from Southeast Asian Countries (Second Report) ISHIDA Hisayuki Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: As the second report, this study discusses ways to facilitate studying in Japan for students with disabilities who have been educated in universities in Southeast Asian countries by surveying whether the students wished to study abroad or not and the countries where they wished to study. A total of 53 out of the 83 study participants indicated a desire to study abroad, 16 indicated that they had no desire to, and 14 were undecided; hence, over 63% of the students with disabilities wished to study overseas. Japanese culture, inclusive of animated cartoons, games, and traditions; the acquisition of communicative ability, especially English ability in view of globalization; and circumstances that could support disabled students studying at universities were discussed as the background to considerations regarding overseas study.