国立大学理学療法士・作業療法士養成施設における総合臨床実習に関するアンケート調査 松井 康1,2),高橋 洋3),石塚和重4) 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター1)筑波大学大学院人間総合科学研究科2)新潟リハビリテーション大学医療学部リハビリテーション学科理学療法学専攻3)筑波技術大学保健科学部保健学科理学療法学専攻4) 要旨:本研究の目的は,臨床実習指導者(Super visor; 以下SV)及び実習学生の総合臨床実習中の困難点や,学生の実習中の相談相手,問題の解決の有無,実習に対する満足度を調査することである。「国立大学理学療法士(以下 PT)・作業療法士(以下 OT)教育施設協議会」参加の全国13大学25専攻で,平成23年4月から7月までに行われた臨床実習に関するアンケートをSV及び実習学生に対して行った。PTは 13施設中 11施設,(回収率 85%),OTは 12施設中 11施設(回収率 92%)から回答を得た。回答数は SVからが PT218人,OT199人,計 417人,学生からの回答は PT254人,OT233人,計 487人,総計 904人であった。臨床実習上の主な困難点について,SVは学生の意欲・動機の問題を挙げていた。一方学生は学力・経験不足を挙げていた。SVと学生では臨床実習において問題であると考えている内容が異なっていた。この考え方の相違が,円滑な実習が行われる阻害になっている可能性があると考えられた。キーワード:国立大学,総合臨床実習,理学療法士,作業療法士,アンケート調査 1.はじめに理学療法士(physical therapist;以下PT)・作業療法士(occupational therapist;以下OT)教育の根幹をなす臨床実習は学内教育で習得した知識・技術を対象者に実践する教育場面として重要な位置を占めている[1]。  国立大学法人の PT・OT養成施設は全国に 13あり(PT13施設,OT12施設),学力の比較的高い学生が入学していることが推定される。しかしながら,昭和 57年医療技術短大時代に発足した「国立大学理学療法士・作業療法士養成施設協議会」の年1回の総会においても,臨床実習は恒例のように問題点として議論の場にあがっている。特に近年,臨床実習において,学生数と指導者数の不均衡,実習施設の現状変化,学生の変化,学生―指導者間の関係,指導者の問題など多くの課題を抱えてきている。そこで今回,全国の国立大学法人 PT・OT養成施設の総合臨床実習を指導した臨床実習指導者 (Super visor;以下 SV)及び実習学生に対しアンケート調査を行い,臨床実習における困難点,学生の実習に対する満足度,及び SVの実習到達目標についての考え方を調査し,臨床実習の問題点に関して考えることを目的とした。 2.対象ならびに方法 対象は平成23年4月から7月までに総合臨床実習を行った 13の国立大学法人 PT・OT養成施設(PT13施設,OT12施設)の実習地の SVおよび実習学生である。なお,本研究は個人を特定できないようにして,個人の不利益とな らないことを説明し,同意を得て実施した。各大学に臨床実習に関するアンケート表を送付し,責任者が自校の臨床実習地の SV及び学生(以下 PTS, OTS)に対し実習終了近くになったら記入してもらうように依頼した。集まった資料は各大学で集計され,集計されたデータは当大学で集計した。SVへのアンケートでは対象領域,実習指導で最も困難に感じたことを調査し,学生へのアンケートでは実習領域,今回の実習で最も困ったこと,困ったときの相談相手,相談により問題の解決の有無,実習に対する満足度を調査した。3.結果各養成施設の回収率は,PTは85%(11/13施設),OTは92%(11/12施設)であった。SVからの回収数は PTでは 218名,OTでは 199名であった。また学生からの回収数は PTでは 254名,OTでは 233名であった。 3.1  SVに対するアンケート 3.1.1  対象領域(表1) 対象領域の回答は複数回答を可とした。PTの対象領域は多い領域から順に整形外科80.3%(175名),中枢神経 65.6%(143名)呼吸・循環器 34.4%(75名)であった(表1)。OTの対象 , 領域は身体領域45.2%(94名),精神領域 34.1%(71名),発達領域 11.5%(24名)であった。 3.1.2 実習指導で最も困難に感じたこと(表2)PTでは多いことから順に,意欲・動機面33.9%(74名),患者とのコミュニケーション面14.7%(32名)知識面 9.6% (21名)であった。OTでは意欲・動機面,26.1%(52名),患者とのコミュニケーション面19.6%(39名),知識面16.6%(33名)であった。 3.2  学生に対するアンケート 3.2.1  実習領域(表1) 実習領域の回答は複数回答を可とした。PTSの対象領域は多い領域から順に整形外科58.3%(148名),中枢神経 42.1%(107名)呼吸・循環器 10.2%(26名)であった(表 1)。OTSの実習は身体領域51.1%(119名),精神領域 46.4%(108名),発達領域 13.3%(31名)であった。領域 , 3.2.2  今回の実習で困難に感じたこと(表2) 複数回答を可とした。PTSでは多いことから順に,学力・経験不足57.5%(146名 %),特になし13.0%(33名),自分の健康状態11.8%(30名)であった。OTSでは学力・経験不足 60.9%(142名),実習指導者との関係 14.2%(33名),自分の健康状態13.3(31名)であった。 3.2.3  困った時の相談相手,また解決の有無(図1) 複数回答を可とした。PTSでは多い相手から順に,友人40.9%(104名),実習指導者38.6%(98名),相談しなかった18.9%(48名)であった。OTSでは実習指導者53.6%(125名),友人34.3%(80名),大学教員 27.9%(65名)であった。 また解決の有無に関して,PTSでは 224名中,解決したと回答した学生は77.7%(174名)であり,解決しなかったと回答した学生は22.3%(50名)であった。一方 OTSでは 208名中,解決したと回答した学生は79.8%(166名)であり,解決しなかったと回答した学生は20.2%(42名)であった。 3.2.4 実習に対する満足度(図2)  PTSでは 242名中,実習に満足したと回答した学生は88.0%(213名)であり,満足しなかったと回答した学生は12.0%(29名)であった。一方 OTSでは 232名中,満足したと回答した学生は91.8%(213名)であり,満足しなかったと回答した学生は8.2%(19名)であった。 表1 SVの対象領域および実習学生の実習領域 PT-SV(218名)人数175名 143名 29名 75名 36名 割合80.3%65.6%13.3%34.4%16.5%OT-SV(199名)身体領域精神領域発達領域地域・老年領域その他人数割合PTS(254名)人数148名 107名 7名 26名 24名 割合58.3%42.1%2.8%10.2%9.4%OTS(233名)身体領域精神領域発達領域地域・老年領域その他人数割合整形外科中枢神経スポーツ分野呼吸・循環器小児その他94名 71名 24名 18名 1名 47.2%35.7%12.1%9.0%0.5%整形外科中枢神経スポーツ分野呼吸・循環器小児119名 108名 31名 27名 1名 51.1% 46.4%13.3%11.6%0.4%25名 11.5%その他8名 3.1% 表2 SVが実習指導で最も困難に感じたことおよび実習学生が実習で困難に感じたこと PT-SV 知識面 技術面 意欲・動機面 コミュニケーション面(指導者)コミュニケーション面(患者) 指導者側の問題 リスク管理 その他 特になし 人数割合 21名 9.6% 17名 7.8% 74名 33.9% 32名 14.7% 19名 8.7% 16名 7.3% 17名 7.8% 8名 3.7% 16名 7.3% OT-SV 知識面 技術面 意欲・動機面 コミュニケーション面(指導者)コミュニケーション面(患者) 指導者側の問題 リスク管理 その他 特になし 集計割合 33名 16.6% 13名 6.5% 52名 26.1% 39名 19.6% 15名 7.5% 10名 5.0% 12名 6.0% 4名 2.0% 10名 5.0% PTS 自分の健康状態 患者との関係実習指導者との関係 学力・経験不足 指導者の実習方法 生活全般 その他 特になし 集計割合 30名 11.8% 20名 7.9% 16名 6.3% 146名 57.5% 12名 4.7% 15名 5.9% 22名 8.7% 33名 13.0% OTS 自分の健康状態 患者との関係実習指導者との関係 学力・経験不足 指導者の実習方法 生活全般 その他 特になし 集計割合 31名 13.3% 33名 14.2% 24名 10.3% 142名 60.9% 7名 3.0% 5名 2.1% 9名 3.9% 20名 8.6% 図1 学生が実習中に困った時の相談相手および問題解決の有無 図2 学生の実習に対する満足度 4.考察 SVの対象領域や学生の実習領域の結果から,PTでは整形外科や中枢神経,OTでは身体や精神の領域が多く,領域による偏りがみられた。PT分野において,日本においては配属される臨床実習施設次第で経験できる症例の年齢層,専門領域,発症からの時期などに偏りがあるという現状がある[2]と報告されている。一方,海外においてはオーストラリアや台湾においては,筋骨格系疾患,神経疾患,心肺系疾患,小児の 4領域の実習を行う必要がある[3]。日本や海外における臨床実習での経験領域の違いに関して,メリット,デメリットを考慮しながら今後議論が必要であると思われる。 SVは実習指導で最も困難に感じたことに,PT・OTともに,学生の意欲・動機面,患者とのコミュニケーション面を挙げている。一方,学生は実習中に困難に感じたことに学力・経験不足を挙げており,他の項目と比較して高い。このことからSVと学生では実習中に困難に感じたことの解離がみられていることがわかる。これは,SVが実習中に学生に求めていることと,学生が SVから求められていると思っていることに相違があると推測される。 理学療法士に求められる専門性として,Davis[4]の調査では,クリニカル・リーズニング(臨床推論),誠実さ,コミュニケーション,責任感,正直さ,説明責任,思いやりと心づかいなどが挙げられており,本研究における結果は,SVは学生に対して,これらのセラピストの資質を実習中に身につけることを重視していることが要因ではないかと考えられる。 一方,学生に関しては,先行研究では学生の臨床実習中の不安要因として,知識や技術力不足,臨床実習指導者との関係である[5]ことが報告されている。本研究では,学力・経験不足を困難に感じている実習生が多かったことより,先行研究で報告されている不安要因として挙げられている知識や技術力不足に関して一致していた。 また,小池ら[6]の報告では,評価および治療介入を行う臨床実習で普段の学生生活とは違った生活を過ごすことや,臨床実習指導者や患者との人間関係の構築などが,学生にとって精神的ストレスになっているとしている。さらに学生の知識不足に関して,北野ら[7]の報告では,総合臨床実習 1か月前の時点で既に学生は精神的に不安定な状況にあり,このことは総合臨床実習に向けての準備作業を困難とさせるだけでなく,総合臨床実習そのものに影響を及ぼす可能性が高いとしている。また学生の実習前の緊張・不安や混乱の要因としては,これから始まる実習展開が予測できないことや,自分自身がどこまで遂行できるのかといった自己の能力に対する自信のなさを挙げている。これらのことより,実習生が精神的に安定しながら実習を行うには,1か月前時点よりさらに前から,知識や技術を定着させるよう準備を進める必要があると思われる。 また,先行研究で挙げられている実習生の不安要因である臨床実習指導者との関係に関しては,本研究では実習指導者との関係に困難に感じていたことを挙げている割合は,学力や経験不足と比較すると少なかった。実習生が実習中に中止する理由の多くは臨床実習指導者との人間関係のトラブルである[8]と報告されており,本調査では実習を中止した学生がどの程度含まれているか不明であるため,今後その点も含め,実習指導者との関係が困難であった学生と実習を中止してしまった学生との関連を明確にできるよう調査する必要が考えられる。 参考文献 [1]小林賢:臨床実習の課題解決に向けた教育学アプローチの重要性.理学療法学 2011; 38p211-218 [2]石田瞳:臨床実習への期待と要望−理学療法士養成課程卒業後に医学科に在籍している立場から. PTジャーナル 2013; 47: p401-402 [3]国際検証特別委員会:各委員調査結果(cited 2014-7-7)http://www.japanpt.or.jp/members/ international/01_international_verification/ [4] Davis DS : Teaching professionalism : a survey of physical therapy eduators. J Allied Health 2009; 38: p74-80 [5]高橋幸加,渡邉清美,澁井実:臨床実習における不安および安心要因−実習生へのアンケート調査より.リハビリテーション教育研究 2010; 15: p102-104 [6]小池伸一,山口隆司,村井弘育,島田公雄:臨床実習における燃えつき度・ストレス・コーピング.リハビリテーション教育研究 2005; 10: p52-55 [7]北野知地地,古口高志:臨床実習における学生の気分状態に関する縦断調査.リハビリテーション教育研究 2009; 14: p119-122 [8]奈良勲:理学療法学教育における臨床実習のあり方を問う.広大保健学ジャーナル 2004; 4: p1-5 A Questionnaire Survey Regarding Clinical Internships in Physical Therapy and Occupational Therapy Courses at National Universities MATSUI Yasushi1,2), TAKAHASHI Hiroshi3), ISHIZUKA Kazushige4) 1)Center for Integrative Medicine, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba 3)Physical Therapy Course, Department of Rehabilitation, Faculty of Allied Health Sciences, Niigata University of Rehabilitation 4)Physical Therapy Course, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: This study was designed to investigate the perspectives of clinical internships by supervisors and students who belonged to 25 majors across 13 universities participating in the National University Physical Therapy and Occupational Therapy Education Facility Council. We received responses from 11 out of 13 physical therapy majors and 11 out of 12 occupational therapy majors. Supervisors thought that student motivation was the main difficulty in clinical internships; however, students thought that academic achievement and a lack of experience were problematic. Therefore, supervisors and students had different perspectives on the difficulties in clinical internships, which may negatively affect the success of the internships. Keywords: National University, Clinical internship, Physical therapy, Occupational therapy, Questionnaire survey