教職課程での特別支援教科の必修化の意味するもの 加藤 宏 障害者高等教育研究支援センター 要旨:次期教育職員免許法には,「特別の支援を必要とする幼児,児童及び生徒に対する理解」に関する科目を1単位以上必修とする改正案が提出されている。これは,「教育の基礎理論」の科目の中で「障害のある幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」の学修を必ず「含む」という従来の規定よりも,特別支援教育時代における教員養成の在り方としては,一歩踏み込んだものといえる。「含む」規定の形骸化が指摘されてきたが,ここにきて実効化に踏み込んだ形となった。 本稿ではこの施行規則改正の意義と今後予想される影響にについて考察する。キーワード:教職課程,免許法施行規則,特別支援教育必修化,含む規定 1.はじめに 特別支援教育の実質的スタートは平成 19年度だが,これに先立つ平成 10年の免許法改正では,教職課程を履修するすべての学生が教職科目の中で「障害のある幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」を「含む」科目を必ず学ぶことが教育職員免許法施行規則に明記された。にもかかわらず,各課程認定大学等では課程のカリキュラムにおいて,この「含む」事項の学修は保証されてこなかった [1]。多くの大学で教職課程設置基準が満されないまま放置されてきたこの状況は,現在準備さてれている法令改正により新局面を迎えると予想される。本論文では,この「含む規定」の履修の「非」保証問題の構造と今回の制度改正の意義について考察する。 2.今回の改正免許法案のポイント概略と特別支援 中央教育審議会は,平成 26年 7月26日の文部科学大臣からの諮問「これからの学校教育を担う教職員やチームとしての学校の在り方について」を受けて,教員養成部会において審議に入った。検討事項は,教員の養成・採用・研修の全般におよび,それぞれの過程の論点整理が先に発表され [2],その後平成 27年 10月には,各段階の接続を重視した教員の資質形成制度全体に渡る再構築に向けての答申案が発表された[3]。 答申案は「これからの学校教育を担う教員の資質向上について−学び合い,高め合う教員養成コミュニティの構築に向けて−」と題して,教員養成にとどまらず,改正教委委員会制度やチーム学校という,いわば互いに専門性の異なるプロ集団による集団指導体制で教育にあたる姿勢が示されたものとなった。 数々の提言の中で,教職課程及び特別支援教育の保証という観点から注目しなければならないのは,教育職員免許法及び教育職員免許法施行規則の抜本的改正が盛り込まれたことである。提言に付記された改正後の免許法施行規則で見直される教員免許取得に必要な科目と単位のイメージには,教育の基礎的理解に関する科目群の一部として「特別の支援を必要とする幼児,児童及び生徒に対する理解(1単位以上修得)」が明記された [4]。これは答申の 1年前に出されていた「論点整理」[2]で,免許取得に必要な教職科目の総単位数を現状の 59単位以上に増やさない条件での特別支援教育に関する学修の必修化の内容が具体的単位数としてはじめて明示されたものである。図 1は,案ではあるが,その予定されている科目区分と単位数を高等学校教員免許に関して示したものである。 3.特別支援教育必修化の必要性 教職課程での特別支援教育に関する事項の全履修生への必修化については,特別支援学校の制度が開始する前から法令で定められていた。しかし,実態は教職課程のある大学から30校程度が抽出されて受ける実地視察では,毎年約 8割以上もの大学で,この特別支援教育に係る事項の学修が確認できない問題が指摘されてきた[1]。 現法令において特別支援教育の学修を規定するものは,免許法施行規則の教職に関する科目の区分の説明として,第 6条第 1項の付表の最低修得単位数の説明の中の「教育の基礎理論に関する科目」欄の「幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」の科目の「障害のある幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程を含む」だけである。これは,実態として「教育心理学」や「学習発達心理学」という名称で教職課程科目として講義されている科目の内容の一部として上記の特別支援教育に関する事項が教育されているはずであるということを意味する。しかるにシラバスからも,実地視察の調査からも学生の学修の実態が確認できないことが問題となっている。また,このことは,特別な支援を必要とする児童生徒たちと日々接している現場の教員からの実感としても,養成課程における 特別支援教育の必修化の必要が指摘されている[5]。 3.1 審議会等の論議の推移 中央教育審議会の教員養成部会では特別支援教育の独立科目による必修化が長く論議されてきた。その論点を審議会議事録および審議会参考資料 [6,7]からまとめると以下のようになる。これは,今回の改正案が提出される1年前の審議段階で「論点整理」として提案されていたものである。 ○ インクルーシブ教育システム構築のため,すべての教員は,特別支援教育に関する一定の知識・技能を有していることが求められる。特に発達障害に関する一定の知識・技能は,発達障害の可能性のある児童生徒の多くが通常の学級に在籍していることから必須である。これについては,教員養成段階で身に付けることが適当であるが,現職教員については,研修の受講等により基礎的な知識・技能の向上を図る必要がある。 ○ 特別支援教育の更なる推進のためには,すべての教員が特別支援教育についての基礎的な知識及び技能を有する必要がある。現在は,教員養成段階において,特別支援教育に関する内容を含む科目を単位修得することになっているが,特別支援教育に特化した科目は必修となっていない。現行制度下でも,特別支援教育についての科目の履修を推奨するとともに,将来的には,必要な単位数を決めて,必修とすることも考えられる。 また,免許更新の機会の積極的活用や特別支援学校のセンター機能の充実と養成・採用・研修の過程を通しての活用も論議された。さらにOJT(On the Job Training:職場内研修)や研修だけでは身に付きにくい体系的知識習得のための仕組みが必要であること等が論議された。 なお,これらの校内における研修は重要であるものの,OJTだけでは,体系的な知識が身に付かないことから,人事交流等何らかの形で特別支援教育に携わる機会を設けるなど研修と実践を効果的に組み合わせることが適当である。 さらには,学生段階からの継続的経験の重要性が指摘された。これは,例えば養成段階から大学で視覚や聴覚に障害のある学生がいっしょに学んでいると,点字や手話を覚えたり,支援を通じて周囲の学生の理解も深まるといった効果が期待できるとも指摘された。 図1 教職に関する科目改正案 4.具体的な単位数の見直し等 特別支援教育の必修単位化には, (1)必要な最低単位数は増加させない。 (2)特別な支援を必要とする幼児・児童・生徒に関する理論及びその指導法については,独立して位置付ける。という方針が確認されていた[8]。今回の改正案もこの方針に沿った案となっている。それ 以上に,養成課程での学生の負担の荷重を今以上に過度にしないためには,免許取得に必要な 59単位分の学修もなるべく卒業のための単位数に組み込めるような配慮も各大学に求められると言った発言も検討部会では見られた。 今回の免許法改正には,特別支援教育の必修単位化以外の改正も含まれている。次にその他の改正について述べる。 4.1 教科及び教科の指導法に関する科目の大くくり化 改正案では,従来の「教科の科目」と「教科の指導法」の科目単位を一体化してカウントする案が出されている。このことの意味は,目的養成制をとる教員養成学部や教員養成大学以外の開放制養成大学ではより大きい。そして,日本全体では養成課程の設置件数では開放制養成の方が多数派を占めており,その意味でも実効的意味の大きな改革案である。 開放制養成大学にとっては,「教科の科目」は学部の卒業単位であることはもとより授業担当者も学部の専門教育担当者であるという実情に即した改革と言える。すなわち,学科と教職課程はより協働的に教科の内容の高度化と同時に教科指導法教育の実質化に責任をもつということである。 「教科の指導法」という必修単位の枠組みがなくなることは,「教科専門」と「教科指導法(一定の単位以上習得すること)」の間で弾力的な単位振り分けが可能となり,教科の高度化・専門化が可能となる。これは,指導の自由度が上がるというメリットと学部の専門教育重視に引きずられかねないというリスクも持っている。一方,「各教科の指導法」には「アクティブ・ラーニングの視点に立った授業改善並びに情報機器及び教材の活用を含む。」という新たな「含む規程」が付け加えられた。ただし,これも他の「含む」規定と同様に,教科指導法の単位数の確保はもとよりアクティブ・ラーニングなどの実質化のチェックをどのように行うかという課題を残した案である。 その他のポイントは,従来の「教職に関する科目」の 23単位と総単位数は変更されなかった点である。 4.2 総合的な学習の時間の指導法ほか「教職実践演習」が必修科目となった平成 20年の免許法施行規則の改正に際しては,「総合演習」が教職課程の必修科目から消えていた [9]。今回の改正案では,「総合的な学習の時間の指導法」の必修単位化が計画されている。 「総合演習」に関しては,導入当初から「総合的学習の時間」のための「指導法」ではないとされていた。しかし,「人類に共通する課題,または我が国社会全体にかかわる課題のうち,1つ以上のものに関する分析および検討,ならびにその課題について生徒を指導するための方法,および技術を学ぶ。」という科目の趣旨説明からして,教員養成の現場では,実質的に,両者の関係性を前提とした指導が行われケースも多かった[10]。一方,学習指導要領に定める「総合的学習の時間」の目標は,「横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにする。」とされ,両者性の対応性は明確とはいいがたい。 この度の改正案は,「総合演習」の復活ではなくて,あえて「総合的な学習時間の指導法」に特化した指導法科目を必修化したことになる。しかし,そのくくりは「教科の指導法」とは異なり,「道徳,総合的な時間等の指導法及び生徒指導,教育相談等に関する科目」の中の必修事項とされ, 「道徳」必修化に伴う養成課程における「指導法」カリキュラムの見直しという位置づけでの改正と解釈する方が妥当であろう。 4.3 その他の注目すべき改正点 いまや大学教育はアクティブ・ラーニングの掛け声一色である[11]。今回の改正案では,教職免許の取得を目指す学生は「教科及び教科の指導法に関する科目」,「教育の方法及び技術」の項のいずれにおいても「アクティブ・ラーニングの視点に立った授業改善」について必ず学修することになっている。これには,教職課程に限らず,大学での通常の授業運営がいかにアクティブ・ラーニングの視点を導入したものに変革していけるかが問われているともいえる。 その他,校長・教員・事務だけに頼らない様々な専門家集団と地域社会・行政に支えられた「チーム学校」理念の理解や初等教育段階からの発達段階に応じたキャリア教育ができる教員の養成システムへの変換という全体像が浮かび上がってくる。 4.4 特別支援学校の免許保有率との関係免許法の改正だけではなく,特別支援教育を推し進める ためには特別支援学校に勤務する教諭の特別支援学校教諭免許の保有率の 100%達成が必至である。その達成時期も「当分の間」ではなく,平成 26年現在,72.7%の特別支援学校の免許保有率を平成 32年までに100%にするという具体的目標が示された[12]。このことは本学には現在特別支援学校教員の課程がない一方で,卒業生の免許状取得者が教員として採用された場合,特別支援学校に就職する可能性が高いことを考えると,本学でも早急に特別支援学校教員免許の養成課程設置の検討に入る必要があることを意味する。 4.4 免許法改正の今後のスケジュール等について 今回の改正については,平成 27年 11月24日の教員養成部会(第 91回)にて配布資料としてはじめて免許法改正の国会等審議等スケジュール案が示された[13]。 それによれば,法改正のための今回審議等を含め平成27・28年度中に必要な制度改正の準備が行われ,29年度からは各大学への事前説明段階へと進む。養成課程を有する大学および設置を計画する大学は 30年度中に新制度に対応した課程の再課程申請を行い,改正免許法に基づく大学での養成教育が開始されるのが,31年度の新入生からというスケジュールになっている。 国会審議のための最終答申は 27年 12月末公表が予定されているが,10月発表案の内容が基本となることはほぼ間違いない。 5.改正の意義と本学への意味 今回の改正案が次期国会を通過した場合は,先述のように本学の教職課程も再課程申請の審査を受けることになる。教職課程を有する全国 800の大学はもちろん,本学として早急に対応を迫られることは多い。 特別支援教育の必修化に対応するためには,当該科目を大学で担当できる教員が必要である。教員の量的供給はもちろんのことながら,教員の質の担保も課題である。これらは,大学教員を供給する大学院大学の課題となろう。本学の教育としては,視覚聴覚以外の発達障害等の他の障害内容をいかにカリキュラムに取り入れていくかという問題がある。教職科目を含む全ての科目にアクティブ・ラーニングの手法を取り入れてことも求められであろう。さらには,チーム学校への対応という視点からは,教育委員会や地域の学校との連携をさらに深めていく必要もあろう。保健科学部では 27年度に,はじめてつくば市内の学校に教育実習生を送り出すという実績を作ることができた。今後はさらにスクール・インターンシップ等への参加も積極的に取り組んで地域との連携もさらに深めていく必要があろう。 参考文献 [1]加藤宏.開放制を原則とした特別支援教育時代の教員養成:実地視察 10年間の報告に見る必修要件未達成問題と質保証への課題,筑波技術大学テクノレポート.2014; 21 (2):pp.29-35. [2]文部科学省教員養成部会教員の養成・採用・研修の改善に関するワーキンググループ:「教員の養成・採用・研修の改善について−論点整理−」,(cited 2014-07-24),http://www.mext.go.jp/component/ b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfi le/2014/10/09/1352439_01.pdf[3]文部科学省教員養成部会:「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について」(教員養成部会答申素案)(cited2015-10-01),http://www.mext. shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/ __icsFiles/afieldfile/2015/10/28/1363052_02.pdf go.jp/b_menu/, [4]文部科学省教員養成部会:教職課程単位表,(cited2015-11-01),http://www.mext.go.jp/b_menu/ shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/__icsFiles/afie ldfile/2015/10/28/1363052_03.pdf [5] Hoshika, Mami: Instruction of Special Needs Education to Japanese Undergraduate Students in English Teacher Training Course, Proceedings of the 10th East Asia International Sympoium on Teacher Education “Development of Teacher Education in the Global Era”, (Nagoya International Center), 2015;pp.116-117.[6]文部科学省初等中等教育分科会(第 80回)配布資料 1 特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告1,共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(cited 2012 -07-13),http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/ chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325892.htm[7]文部科学省共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)参考資料 26:特別支援教育に係る教育職員免許状について,(cited 2012-07-01),http://www. mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/ attach/1323331.htm[8]中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会(第 73回)議事録,(cited 2014-07-30), / ch http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyoukyo3/002/gijiroku/1352270.htm[9]小野勝士・村瀬隆彦・上西浩司・中井俊樹編,大学の教員免許業務 Q&A,玉川大学出版部(東京), 2014. [10]坂井 旭,「総合的な学習の時間」と「総合演習」の動向−パート2.「総合演習」ノート,愛知江南短期大学紀要. 2003;32:pp.69-91.[11]文部科学省 大学における教育内容等の改革状況について(平成25年度)(cited 2015-09 - 01),http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ daigaku/04052801/1361916.htm [12]文部科学省 特別支援教育課,「特別支援学校教諭免許状の保有率の向上・特別支援教育の概要について.(cited 2015-05-01),http://www. u-gakugei.ac.jp/~soumuren/27.6.11/monka/ t01menkyohoyuritu.pdf [13]文部科学省教員養成部会 ,「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について(工程表のイメージ),(cited 教員養成部会(第 91回)資料 2-4の一部, 2015-11-24),http://www.mext.go.jp/b_menu/ shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/1364869.htm Implications of Making the Subject of Special Needs Education Compulsory in the Teacher Preparation Curriculum KATOH Hiroshi Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: The next Act for Enforcement of the Educational Personnel Certification Act includes a reform bill that will require that more than one credit subject be taken on understanding infants, children, and students needing special support. This may definitively be called a step forward for teacher training in the era of special needs education, beyond the conventional stipulation to learn about mental and physical development processes and learning among impaired infants, children, and students as part of the subject of basic educational theory. It has been pointed out that such imperative regulation is ineffective in practice, but the effectiveness of enforcement is being enhanced. In this paper, we discuss the significance and the expected future impact of the enforcement of the amended regulation. Keywords: Teacher training, Act for Enforcement of the Educational Personnel Certification Act, Compulsory credits for special needs education, Imperative regulation