理学療法を学ぶ視覚障害学生の臨床現場におけるウエストポーチの携行効果について 薄葉眞理子1),飯塚潤一2),松井 康3) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻1)筑波技術大学 保健科学部 障害者高等教育支援センター 障害者支援研究部2)筑波技術大学 保健科学部 東西医学統合医療センター3) 要旨:理学療法を学ぶ視覚障害学生を対象に,臨床実習に必要な検査器具の携行についてアンケー ト調査と模擬患者に対して検査課題を行い,ウエストポーチに検査器具を携帯することによる効果とウエストポーチの使用についての主観を調査した。殆どの学生は臨床実習中必要な器具がポケットに入らなかった経験があり,入らなかった器具は手に持って対応し,携帯できなかった器具はロッカーに入れていたことが明らかになった。ウエストポーチは検査時間に影響を及ぼさず移乗動作の弊害にもならなかった。大きな角度計が入るように改良し,練習時間を長くすれば,臨床実習にウエストポーチを用いることで検査の時短および安心して実習にとりかかれるというメリットが期待される。キーワード:理学療法,視覚障害,ウエストポーチ,臨床実習 1.はじめに 視覚障害のある学生の中には,臨床現場に応じた様々な検査器具に加え,多くの情報保障機器を携帯する必要がある(図1)。一部の病院において晴眼者のウエストポーチの携帯が行われている。しかしその効果について検証した研究は少なく,看護師を対象にウエストポーチの使用により業務効率が上がったという報告があるだけである[1]。さらに視覚障害のある理学療法実習生を対象にした研究は無い。 臨床現場に応じた様々な器具に加え,情報保障機器を携帯する必要がある視覚障害学生が,器具の携帯についての実態調査をするとともに,ウエストポーチにそれらの器具や機器をまとめることで,より短い時間に検査を行い,より安全に,かつ落ち着いた気持ちで患者の移動や介助動作ができるか検証することを目的とする。 本研究は筑波技術大学『医の倫理審査委員会』による承認を得て行われた。 2. 方法 本研究はアンケート調査と模擬検査実験の 2項目から構成される。 2.1  対象 本学で理学療法学を専攻する学生15名(男性9名,女性6名,21 ‐28歳)を対象とした。学年構成は2年次が6名,3年次が6名,4年次が3名であった。年度末に行ったため,すべての対象は『評価学』の授業を修了済みであった。視力は右 0.01-0.8,左 0-0.18,視野狭窄がある学生4名,中心暗点がある学生5名,羞明がある学生 6名,夜盲がある学生5名であった。 2.2 アンケート調査 模擬検査実験の前後にアンケートを行った。評価実験前のアンケートでは,臨床実習で使う器具の携帯方法や携帯に関する問題点について調査した。模擬検査実験後のアンケート調査では,ウエストポーチの使用について主観的意見を収集した。 図1 理学療法の臨床実習で携帯する器具 2.3 模擬検査実験ウエストポーチ使用有無別に模擬患者(共同研究者のひとり)に対し課題として幾つかの理学療法検査を行った (図 2)。器具の扱いと検査に要した時間,移動介助の動作分析,ウエストポーチ使用後の主観について比較検討し た。模擬検査中の一連の動作は録画・録音した。 対象は臨床実習で用いる器具をすべて(A4版クリップボードを除く)持参し,上下白衣のポケットまたはウエストポーチに入れて模擬検査を遂行するように指示した。 1回あたりの所要時間は一人当たり最大15分程度で2回に分けて行う。ウエストポーチ有り(ウエストポーチに器具を入れる)とウエストポーチ無し(白衣のポケットに器具を入れる)の比較をランダムにクロスオーバーで実施した。 ウエストポーチはキャンバス地に大きさの異なる6つポケットがある市販の介護用の物を使用した。 模擬検査の課題と解答(正解)は以下のとおりである。 左 /右免荷の患者を車椅子から治療台に移乗し,左または右膝関節屈曲可動域(両側とも140度)→左または右股関節外転MMT(5/3)→左または右膝蓋骨から10p近位の周径(53cm/51.5cm)→左または右股関節外旋可動域(45/50度)→左または右膝蓋腱反射。検査中のメモ書きは希望すれば許可した。検査終了後に検査結果を口頭にて報告した。 課題遂行前にウエストポーチから器具を出し入れする練習時間を10分程度与えた。 病棟で検査をする際には掛け布団などがありベッド内に器具を置けないため,模擬検査中も器具はポケットかウエストポーチにしまい治療台には 置かない様指示した。 視野狭窄と中心暗点のあ る群と無い群とで検査時間を 比較した。 3. 結果 3.1  アンケート:模擬検査前 使用している障害保障機器は,ルーペ 8名,拡大読書 器 7名,単眼鏡 5名,眼鏡 1名,白杖 1名,特になし 4 名であった。 臨床実習中で使う器具の管理方法は,『自分のカバンに入れておき,必要に応じて取りに行く』7名,『あてがわれた机から必要に応じて取りに行く』5名,『常時携帯して,取り出して使う』3名であり,その理由(複数回答あり)は 『ポケットに入りきれなかったから』10名,『直ぐに使えるから』図 2 模擬検査中,ウエストポーチを装着した学生が治療台に移乗する模擬患者を介助していると『いつも持っていくのは面倒,重い,かさばるから』各 5名,『机 .やロッカーがあてがわれなかったから』2名,『紛失するのが心配だから』1名であった。入れようとした器具がポケットに入りきれなかった経験があると答えた学生は 14名,無かったと答えた学生は 1名であった。入りきれなかった場合の対処(複数回答あり)としては,『手にもった』11名,かばんに入れた 6名, 『持っていくのをやめた』3名,『二度に分けて運んだ』と『他の人に持ってもらった』各0名であった(図3)。 携帯していない器具を取りに戻ったり,置き忘れたり,探したりする経験があったと答えたのは,図3 器具がポケットに 2年生が2名,3年生が4名,入りきらなかった経験 4年生が 3名であった。携帯し(n=15) ない物の保管場所は『ロッカー』 9名,『実習生用の机』3名,『かばん』2名であった。 携帯できるかどうかに関係なく,各器具について『常に携帯している方が良い』,『常に携帯する必要はない』,『分からない』を記載した結果を表1に示す。殆どの学生はデジタルカメラ・携帯電話・iPad・財布を携帯する必要はなく,打腱器と感覚検査器具については意見が分かれ,それ以 外の器具は常に携帯する方が良いと考えている傾向が認められた。 表1 臨床実習で常に携帯する方が良いと思う器具 もし必要な器具を入れるウエストポーチがあれば臨床実習で使いたいか?』という問いに, 名全員が『はい』と答え, 51 使いたくないと答えた学生はいなかった。使いたい理由(複数回答あり)は, 『物を取りに行く時間が省けるから』12名,『物を置き忘れないで済むから』10名, 『便利だから』10名,『安心して実習に取り組めるから』4名,『その他(検査測定の速度が上がると思うから)』1名, 『スーパーバイザーから不注意だと叱られなくて済むから』0名であった。 3.2  模擬検査 3.2.1  器具の扱いと検査に要した時間 対象全員の平均所要時間はウエストポーチ有り419±128秒,無し414±106秒で有意な差は認められなかった。 視野狭窄と中心暗点の有無別に所要時間を比較したところ,ウエストポーチの有無に関わらず視野狭窄の有無による有意差は認められなかった一方,中心暗点群の所要時間が有意に長くなった(表2,3)。 表2 視野狭窄の有無と検査時間の比較 ウエストポーチ 視野狭窄 平均時間(秒) p値   有り 有り 339± 42 p=.07 無し 447±138   無し 有り 350± 51 p=.08 無し 437±113 表3 中心暗点の有無と検査時間の比較 ウエストポーチ 中心暗点 平均時間(秒) p値   有り 有り 506±174 *p=.02 無し 375± 76   無し 有り 497±145 *p=.01 無し 373± 51 3.2.2 移動介助の動作分析 ウエストポーチ無しで器具をポケットに入れている場合には,器具をポケットから取り出す際に角時計をポケットから 落としたり,落としそうになったりすることが半数の学生に見られた。また移乗介助中,ポケットからはみ出した大きな角度計が模擬患者の身体や治療台にあたる場面も時折見られた。 一方,頻度としては少ないが,ウエストポーチの大きなポケットから器具を出す際,誤って別の器具も一緒に出してしまう(1回)場面やポケットの中で器具を探すのに時間がかかっている場面(1回)が見受けられた。ウエストポーチに器具を戻す際にポケットを外してしまうことが時折見られた。ウエストポーチが移乗動作の邪魔になったり模擬患者にあたるような場面は見受けられなかった。図4 ウエストポーチ使用後の主観(一部) ベルトの位置を最もきつくしても痩せている被験者でウエストポーチがずれ落ちそうになる場面があった。 3.2.3 ウエストポーチ使用後の主観模擬検査終了後のウエストポーチについての各質問へ の意見は以下の様になった( )内は人数(図4)。質問:ウエストポーチは介助動作の邪魔になったか?  いいえ(14),はい(1)質問:ウエストポーチには必要なものが入りましたか ?  はい(14),いいえ(1)質問:ウエストポーチからの器具の出し入れは,   簡単(0)慣れれば使い勝手はよいだろう(13),   練習が必要( , 2),不便(0)質問:今後使ってみたいですか ?  はい(12)どちらでもない(3),いいえ(0)質問:使ってみたい理 ,由は?(任意)   器具をなくさないから。   器具を沢山持ちたいから。   器具を忘れなくて済むから。   慣れれば時短になるから。質問:どちらでもない理由は?(任意)   見学実習しかしていないので,何を持っていけば   よいかわからないから。質問:どのような改善を望みますか?(複数回答あり)   大きな角度計が入るポケットの造設(5)ポケット   の数を増やす(2)ポケットの幅を広げる(2), , 身体に合うようベルト調整, (2),左利き用にポケットの   配置変更(2),特になし(4) 4.考察および今後の課題 殆どの学生が臨床実習に必要な器具をポケットにしまいきれない経験があり,2年より3年,3年より4年と,学年が上になるほど臨床実習での器具を置き忘れや探すという経験が増えた。これは学年が上になる実習程,実習期間が長くなり,使用する器具も増え,忙しくなるためと考えられる。2年の見学実習では必要ないが,3年の評価実習からはウエストポーチに器具を携帯する方が,器具の置き忘れ等を未然に防ぐことができると思われる。 また殆どの学生が臨床実習でウエストポーチの使用を希望しており,その理由は置き忘れ等の物理的な問題を解決するだけでなく,安心して実習に取り組めるという心理的な効果が認められた。 検査時間に有意差が認められなかったことから,ウエストポーチの使用は検査時間に影響を及ぼさず,多くの器具を持ち運べるメリットがあることが明らかになった。 10分間の練習ではウエストポーチからの器具の出し入れに不慣れであり,模擬検査終了後に行った質問への答えに 『慣れれば使い勝手はよい』あるいは『練習が必要』と答えていることから,練習時間をもっと与える,あるいは使い方に慣れてからウエストポーチを使用すれば検査時間の短縮が期待できる。 男子に比べ女子の白衣のポケットは小さい傾向があり,器具が入りきらないため,ウエストポーチを用いた器具の携行は女子に特にメリットがあると考えられる。また男女問わず,大きな角度計が入るようにウエストポーチを改良する希望が多かったので,改良の機会があればまずここを改良したい。 ウエストポーチの有無に関わらず,理学療法の作業遂行において,中心暗点がある場合は中心暗点を除く他の視覚障害がある場合と比較して,検査に時間がかかる可能性が示唆された。 今回の模擬検査の設定は,限られた空間内でウエストポーチから器具の出し入れへの影響を検討したもので,広い病院内でウエストポーチを使用することが直接器具の置き忘れ等に影響するかを検討したものではない。実際の臨床実習では,病棟ベッド周りの作業もあれば,訓練室と病棟を行き来する作業もある。今回の模擬検査の設定は,ベッド周りという限られた空間であり,しかも患者は殆ど静止状態であったため,中心暗点がある群の検査時間が長くかかったと考えられる。今後の課題として,歩行分析など,患者が広い室内を移動する動的状態で器具を出し入れする場面での検討が必要である。 5.結論 多くの理学療法を学ぶ視覚障害生は障害保障機器を含む臨床実習に必要な器具を置き忘れるなどの経験があり,模擬検査を行って検査時間を測り,使用後の意見を調査したところ,ウエストポーチは検査時間に影響を及ぼさず移乗動作の弊害にもならなかった。大きな角度計が入るように改良し,練習時間を長くすれば,臨床実習にウエストポーチを用いることで検査の時短および安心して実習にとりかかれるというメリットが期待される。 参考文献 [1]小暮真理,板倉かおり.自作のウエストポーチの使用について.第 11回日本臨床医療福祉学会抄録集;2013-8-31(松本)2013;p.81. Waist Bag to Improve the Portability of Equipment During Clinical Practice for Visually Impaired Students Majoring in Physical Therapy USUBA Mariko1), IIZUKA Junichi2), MATSUI Yasushi3) 1)Physical Therapy Course, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 3)Center for Integrative Medicine, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: Visually impaired students majoring in physical therapy must carry not only medical tools but also their assistive devices during clinical practice. The effect of wearing a waist bag to improve the portability of these tools and devices while performing transfer tasks and the evaluation of shame patients in simulated settings were investigated. A questionnaire about the minimum equipment necessary for clinical practice and regarding subjective feedback on the waist bag use was conducted. Most students experienced having more equipment than they could carry during clinical practice. Waist bag use did not interrupt the transfer motion, and there was no significant difference in the average time required to finish the tasks between those wearing the waist bag and those who were not. However, the group with central scotoma took a significantly longer time to perform the tasks compared to the group with narrowing of visual field. Adding a pocket that can hold a large goniometer and providing more time to practice could enable visually impaired students majoring in physical therapy to benefit from using a waist bag during clinical practice. Keywords: Physical therapy, Visual impairments, Waist bag, Clinical practice