医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み─ 音声対応触図教材の作成と試用 ─ 成島朋美,周防佐知江,加藤一夫 筑波技術大学 保健科学部保健学科 鍼灸学専攻 要旨:医療技術を学ぶ視覚障害学生の自主学習教材の一つとして,音声対応触図教材を作成した。 科目は授業で触図を多用している解剖学とした。教材に適した単元を抽出するため,はり師,きゅう師, あん摩・マッサージ・指圧師の国家試験過去出題問題を分析し,学生の正答率を調べた。その結果,学生の正答率が低く国家試験出題頻度の高い単元として「脳から起始する副交感神経」が抽出された。教材にはタッチ式ボイスレコーダータッチメモ Rと視覚障害者用活字文書読み上げ装置スピーチオライフRを利用して,触図や墨字文書に音声情報を付加した。学生によるアンケート評価から,拡大読書器との併用において課題が残ったが,多くの学生が視力障害の程度によらず使用可能であり,活用に意欲的であった。以上のことから,本教材は視覚障害学生の自主学習教材として有用で あることが示唆された。 キーワード:視覚障害学生,音声教材,触図,タッチメモ R,スピーチオライフR 1.はじめに はり師,きゅう師,あん摩・マッサージ・指圧師として患者の体に触れ,施術を行う本専攻学生にとって解剖学は重要な科目である。各国家試験においても解剖学から例年 15問前後の出題がなされている。解剖学は筋骨格や臓器の形態を学習するにあたり視覚による情報が多く,視覚障害を有する本学学生にとって苦手意識を持ちやすい科目の一つといえる。そのため,解剖学の授業内ではシンプルな図で示したレジュメと同様の触図を配布し,必要に応じて模型に触れながら学生の視覚情報を補う工夫がなされている。また,これまでも視覚障害学生に向けた解剖学に関する自主学習教材として音声対応暗記カード[1]や音声対応骨模型[2][3],上肢筋模型 [4]などさまざまな取り組みが行われており,学習効果を示している。しかしながら,触図に関して自主学習教材として取り組んだものはなかった。その理由として自主学習する際に自分の触れている部分がどこを示すか理解するまでに時間がかかるなど学習効率の低さが考えられた。過去にも触図のもつ効率の悪さや読図能力の個人差により,触図を十分に活用しきれていないといった報告がある[5]。骨や筋肉など形態が個々に異なるものは模型に触れることで理解可能であるが,神経や血管など直接触れる形に大差はなくその機能による区別を理解すべき場合などは,簡素に図式化された触図に説明を加えることが自主学習環境での理解に適していると考えられた。また,晴眼 者は模式図を見ながら説明を読むことで理解を深めることが可能であるが,視覚障害学生は全盲であれば触図のみ,または点字のみで学習することとなる。弱視であっても視野の問題などで図と説明分を同時に見ることは難しい場面が多い。そこで,読むという動作を聞くという形にすることで図を理解しながら学習が可能となる音声対応触図教材の作 成を試みた。 2. 方法 2.1  教材に適した単元の抽出 教材の単元としては国家試験への出題回数が多く,学生が苦手とする分野であることが望ましい。また,解剖学の国家試験出題範囲は運動器系からが最多であることからこれまで作成してきた解剖学教材は運動器系を対象としたものばかりであった。そのため今回は運動器系以外を対象とすることとした。 はり師,きゅう師,あん摩・マッサージ・指圧師の第 18〜22回国家試験過去問題の解剖学範囲からの出題 170問のうち運動器系に分類される問題,および不適切問題を除いた 90問を平成 26年度鍼灸学専攻に所属していた 3.4年生のうち任意で協力を得られた 16名(3年生 9名,4年生 7名,墨字使用者 8名,データ・点字使用者 8名)に解答を依頼し,その結果から音声対応触図教材に適した単元の抽出を試みた。2.2 音声対応触図教材の作成 タッチ式ボイスレコーダータッチメモ R(ユーディー・クリエイト梶G以下ボイスペン)と視覚障害者用活字文書読み上げ装置スピーチオライフR(栢A済堂;以下スピーチオ)を活用し,墨字,触図に音声情報を付加した(図 1)。ボイスペンはドットコードが印刷された専用の再生シールに本体のペン先をあてると,対応する音声情報を自動再生するものである。一時停止機能がないため長文の再生には適していないが,筆記具の要領でシール部分を触知しながら簡便に使用できる。スピーチオは音声コードをスキャンすることで文字情報が音声で再生されるものである。音声コードの印刷位置はページの左右下端に固定されるが,一時停止や行送りなどで再生可能であることから長文の再生に適している。また一度スキャンすると音声コードから離しても再生できることから両手を使用することが出来るため,自由に説明対象に触りながら音声を聞くことが可能である。これらの音声情報補償機器を使用することで視力障害の程度によらず使用可能な教材を作成した。 図1 タッチメモR(上)スピーチオライフR(下) 作成した教材は表紙を含め全 7ページで基本的には 18ポイントのゴシック体で記載されている。各ページの右下に音声コードが印刷してあり,専用の台座にページの右端を合わせ(図 2),スピーチオを使用して読み上げる。 図2 専用台座と音声コード 触図ページはスピーチオによる全体の説明を聞いた後,必要に応じた部位にボイスペンを当てることで各部位の説明を触りながら聞くことができるものとした(図3)。 図3 触図とスピーチオ使用図 台座部分にスピーチオを合わせ,黄丸部分を押すと音声コードがスキャンされ,音声が再生される。赤丸部分にボイスペンを当てることで各部位の詳細な説明を聞くことができる。また,各部位の名称は点字テプラにて作成し,点字と墨字で表記されている。 教材は,全てのページにおいて音声コードで活字の読み上げが可能である。構成は,「目次」のページで教材の使用方法についてガイダンスがあり,「1.復習問題」「2.復習問題解答例」で教材理解に必要な知識について確認する。 「3.触図」(図3)にて説明を聞きながら触図や点字を触った後,ボイスペンにて各部位について学習する。「4.まとめ」で本単元の国家試験に出題されやすいポイントを学ぶ。その後,「5.国家試験過去問」で理解度をはかり,「6.国家試験解答と補足,発展」で,解答を確認した後,補足,発展として今回の単元に関連する解剖学の単元,生理学の自律神経の単元を紹介するものとした(表1)。 表1 教材の構成 目次 1. 復習問題 2. 復習問題解答例 3. 触図 4. まとめ 5. 国家試験過去問 6. 国家試験解答と補足,発展 2.3 評価方法平成 27年度鍼灸学専攻 4年生のうち,任意で教材の評価に協力を得られた8名(墨字使用者 5名,データ・点字使用者 3名)を対象とした。評価方法は対面式のアンケート形式とし,教材試用後に聴取した。 3. 結果 3.1  教材に適した単元の抽出結果 国家試験過去出題問題 90問の内訳は表 2のとおりで,第8章.神経系が約3割を占めた。 表2 国家試験過去出題問題の内訳 問題数 割合 第 1章.人体の構成 11 12.2% 第 2章.循環器系 17 18.9% 第 3章.呼吸器系 5 5.6% 第 4章.消化器系 13 14.4% 第 5章.泌尿器系 2 2.2% 第 6章.生殖器系 3 3.3% 第 7章.内分泌系 4 4.4% 第 8章.神経系 26 28.9% 第 9章.感覚器系 9 10.0% 合計 90 100.0% 正答率は8名の平均が47.4(±16.8)%であり,視力による差は見られなかった。正答率の分布は,6.3〜 93.8%で全員が正解または不正解だった問題は無かった(図4)。 図4 国家試験過去出題問題90問の正答率の分布 正答率が 6.3%と最も悪かった2問は,どちらも8章.神経系からの出題であった。各問題の内容は「問題 脊髄について正しい記述はどれか。1.灰白質には神経線維束が多い,2.後角には運動神経細胞が集まっている。3.脊髄円錐は仙骨の高さにある,4.自律神経線維は前根を通る」 と「問題 舌咽神経と関連するのはどれか。1.毛様体神経節,2.翼口蓋神経節,3.顎下神経節,4.耳神経節」いう問題であった。後者の問題は同様の内容を問われているものが他に 2問あり,それぞれの正答率は 31.3%,50.0%で半数以下であった。これらの結果から教材を作成する単元は「脳から起始する副交感神経」とした。 3.2 アンケート結果 教材の使用感を「使いにくい」を「1」,「使いやすい」を「5」とした 5段階評価で教材全体,スピーチオ,ボイスペンの3項目について聴取した。いずれも1,2を選択したものはなく,4,5と回答したものが多かった(図 5)。「教材全体」を4,5と回答したものの理由として「簡潔にまとめられているし,見えている人にも分かりやすい」「見ていると疲れるので音声があるのはありがたい」「読むことと聴くことが同時にできるから効率がよい」「見て理解できて音声もつくので分かりやすい」「少しずつ再生できるので確認しながらすすめる。音声もききやすく説明もわかりやすい」などがあった。「教材全体」を3と評価したもの2名の理由はスピーチオを使用する際に音声コード部分にスピーチオをセットする手間を指摘するものであった。「ボイスペン」を3と評価したものは拡大読書器使用者で,「(触図を)触ってボイスペンを当てる位置を探すより拡大読書器で見たほうが早い」という意見であった。 図5 各項目の使用感の評価 視力別にみた使用感の平均値はやや点字・データ使用者で低かったが,いずれも4以上の評価であった(表3)。 表3 各項目の使用感の平均値(視力別) 点字・データ使用者n= 3 墨字使用者n= 5 全体n= 8 教材全体 4 4.6 4.4 スピーチオ 4.3 4.4 4.4 ボイスペン 4.3 4.6 4.5 教材使用時の困難の有無については点字・データ使用者 3名全員があったと回答し,その内容は音声コードの読み取りに関するものであったが,全員が慣れれば使用可能と回答した。墨字使用者で使用に困難を感じたものはいなかった。また,本教材を自主学習に活用する意欲および,関連項目の復習への意欲については全員が「ある」と回答した。 4.考察 今回,国家試験過去問題を分析した結果,出題範囲として運動器系の次に神経系からの出題が多いことがわかった。しかしながら運動器系の模型に比較して神経系の模型は少ない。また,神経系の模型の多くは脳や脊髄断面などで,神経系の学習範囲のごく一部である。理由として,運動器系のように形態を触れて理解するよりも,自律神経や伝導路など触れて理解できるレベルでは形態に違いのないものを機能で区別して学習する必要があるため単純な模型化が学習に適していない可能性が考えられた。また,本学学生の国家試験過去出題問題の正答率の低さ,同様の内容を問う設問が他に 2問あったことから本学学生が苦手とし,国家試験の出題頻度が高い単元として,教材作成単元を「脳から起始する副交感神経」としたことは妥当であると考えられた。 試用後のアンケート結果からは,教材全体の使用感は 8名の平均で 4.4であり自主学習教材として使用可能であると考えられた。視力別にみた際に,データ・点字使用者 3名は使用の困難があったとしたが,いずれも音声コードの読み取りに関するもので慣れれば使用可能と回答したことからも視力に関係なく本教材は活用可能と考えられた。拡大読書器を使用する学生 1名は,「(触図を)触ってボイスペンを当てる位置を探すより拡大読書器で見たほうが早い」と回答していた。拡大読書器を使用する学生については教材の工夫が必要である。 本教材の自主学習に活用する意欲および,関連項目の復習への意欲は全員が「ある」と回答したことから,本教材を活用することで学生の発展的な自主学習を促す可能性がある。今回のアンケートは対面式で聴取しているため匿名性がなく,バイアスがかかっていることは考慮しなくてはならないが,音声対応触図教材は視覚障害学生の自主学習教材として有用であることが示唆された。 5.結語 視覚障害学生の解剖学の自主学習教材として,スピーチオおよびボイスペンを利用した音声対応触図教材を作成し,学生によるアンケート評価を行った。その結果,本教材は拡大読書器を使用する学生にとっては改善が必要だが,それ以外の墨字使用者および点字・データ使用者にとって視力障害の程度によらず,有用であることが示唆された。 謝辞 本研究は平成 26年度および平成 27年度文部科学省特別教育経費「視覚障害学生に特化した大学改革実行プラン実践による医療教育の高度化事業」の一部として実施した。 参考文献 [1]舩山庸子,池宗佐知子,成島朋美,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み -ペン型タッチ式レコーダーを利用した骨格筋の暗記用カード-.筑波技術大学テクノレポート.2013;21(1): p.43-47. [2]池宗佐知子,成島朋美,東條正典,他.骨模型へボイスペンを利用した解剖学自主学習の試み.筑波技術大学テクノレポート.2011; 18(2): p.7-10. [3] Ikemune S,NarushimaT,Tojo M,et al. Development of a Teaching Material for the Human Skeleton using a Visual InformationCompensation Function. NTUT Education of Disabilities. 2013; 11: p.1-5. [4]成島朋美,周防佐知江,舩山庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み-音声による視覚障害補償機能を有した上肢筋模型の試作 -.筑波技術大学テクノレポート.2014; 21(2): p.40-44. [5]加藤 宏.視覚障害学生の触図使用.筑波技術短期大学テクノレポート.1998; 5: p.153-159. An Approach to Making Self-Directed Learning Materials for Students with Vision Impairment in Medical and Health Technology: Tactile Graphics Teaching Materials with Human Voice Sound Information NARUSHIMA Tomomi, SUOH Sachie, KATO Kazuo Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: This study produced sound-aided tactile graphics teaching materials to serve as self-learning aids for medical technology students with vision impairment. The teaching materials are particularly designed for anatomy subjects who use many tactile graphics in class. To select the unit suitable for the teaching materials, previous questions in the national examination were analyzed, and the correct answer rate of students was checked. The unit “the parasympathetic nerve in the brain” was chosen based on the low correct answer rate of students; questions that frequently appear in the national examination were used. In the teaching materials, sound information was added to the tactile graphics and document using the touch system voice recorder Touch MemoR and printing type documentary finishing equipment for people with vision impairment Speechio LifeR. The questionnaire evaluation by students revealed a problem in the combination of the materials with closed circuit television. Nonetheless, many students with varying degrees of vision impairment considered the materials practicable and ambitious in its utilization objective. Thus, the created teaching materials are useful as self-learning aid for students with vision impairment. Keywords: Students with vision impairment, Sound-aided teaching materials, Tactile graphics, Touch MemoR, Speechio LifeR