医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み ─ 病理学,替え歌自主学習用教材の試作 ─ 周防佐知江,成島朋美,白岩伸子,大越教夫 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:視覚に障害を有する鍼灸学生に対し,病理学の重要単語で構成された替え歌をパソコン上の Waveデータで再生する替え歌自主学習用教材を利用した取り組みを行った。単語は,あん摩・マッ サージ・指圧師,はり師,きゅう師の国家試験において過去に出題された問題の出題頻度の分析から 抽出し,合成音声ソフトを用いて4拍子の童謡である「あめふり」(中山晋平作曲)および「アマリリス」 (仏 /ルイ13世 /ヘンリー・ギース作曲)上に歌詞として挿入後,Waveデータに加工した。作成した教材を使用し自主学習を行った6名の学生についての評価では,自主学習後の過去問試験における得点の上昇が確認された。またアンケートにおける前向きな回答や他の単元・教科への試作要望もあったことから,自主学習を意欲的かつ効果的に進めるための一方法として,替え歌自主学習用教材の有用性が示唆された。 キーワード:視覚障害学生,病理学,替え歌自主学習用教材,VOCALOIDO .,Waveデータ 1.はじめに 病理学は,あん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師(以下あはき師)の国家試験において,出題数はそれ程多くはないものの,解剖学や生理学などの基礎科目と臨床医学系の専門科目との橋渡しの役割を担う重要な科目である。内容的に関連する科目も多数あり,国家試験では基礎知識だけでなく応用力も問われ,また臨床上においても必要な知識となる。 国家試験に向けた学習としては他の科目同様,教科書と過去に出題された問題(以下過去問)の反復学習を中心に進める必要があるが [1],自主学習においては学習意欲の持続や効果的な知識の定着方法が課題となり,対策として様々な形式で知識の入力が可能な教材の使用が有効であると思われる。これまでも我々は視覚障害のある本学学生に対し,解剖学や経絡経穴学の暗記カード [2][3]や骨模型 [4],上肢筋模型[5]などを用いた学習の取り組みを行い,音声対応自主学習教材の有用性を示してきた。一方で,視覚障害学生支援の現状と課題についての報告では,多数の視覚障害学生から支持されている支援内容として,教材のテキストデータ化や配布資料・プレゼンテーション資料などの電子データ提供が挙げられており[6],学習を進める上でパソコンを使用した電子データが活用されていることが窺える。 Waveデータは,出力にあたり再生するパソコンの音源ボー ド(音声入出力機能を拡張するボード)やスピーカーの性能の影響が少ないため,いかなる状況においても基本的にほとんど同じ音質で聴くことが可能なファイルである。今回我々は,これまでと異なる形式の音声対応教材として,病理学の頻出単語で構成された替え歌をパソコン上の Waveデータで再生する替え歌自主学習用教材の試作を行い,試験とアンケートにより有用性を検討したので報告する。 2. 方法 2.1  対象 平成 27年度鍼灸学専攻に在籍する3年生に協力を依頼し,本研究にて用いる自主学習用教材の内容について説明を十分に行った後,同意を得られた6名(データ使用者1名,データ・墨字使用者1名,墨字使用者4名)を対象とした。 2.2  教材作成 2.2.1  歌詞を構成する単語の抽出 第1-23回「あはき師国家試験」において病理学から出題された合計 321問の各問題(あん摩・マッサージ・指圧師(以下あマ指師)161問およびはり師,きゅう師(以下はき師)160問)について,出題頻度の分析を行った。本学使用の教科書「病理学概論」((公社)東洋療法学校協会)において,最も出題頻度の高かった単元である第3章.病因3.外因(あマ指師20問,はき師24問,合計 44問:14%)をさらに分析すると,問題および選択肢に 「日和見感染症の各疾患名」を単語として含む問題が 8問(18%)と最も多かった。同様に,2番目に出題頻度の高かった第8章.腫瘍1.腫瘍の一般(あマ指師13問,はき師20問,計33問:10%)をさらに分析すると,問題および選択肢に「癌ウイルスと引き起こされる疾患名」を単語として含む問題が 5問(15%)と最も多いことが分かったため,これらを替え歌の歌詞を構成する単語として抽出した。 2.2.2 Waveデータ 使用する曲については学生の趣味に関わりなく親近感が高い [7]と考えられる4拍子の童謡から,「日和見感染症疾患名」については「あめふり」(中山晋平作曲)を,「癌ウイルスと引き起こされる疾患名」については「アマリリス」 (仏 /ルイ13世 /ヘンリー・ギース作曲)をそれぞれ選曲した。 さらに VOCALOIDO4 Editorおよび VOCALOIDO4 Library VY1V4(ヤマハ株式会社)を使用し,それぞれの曲の1小節ごとに,抽出した単語を4〜8文字の歌詞として挿入し,「アマリリス」 「あめふり」は6小節 24拍(12秒)は9小節 36拍(15秒)で歌い切りの楽曲として編,集を行い,Waveデータに加工した。 2.2.3 歌詞 2種類の替え歌の歌詞をWordデータ化し,墨字資料については拡大文字にて印刷した。作成した歌詞を以下に示す。( )内単語は,楽曲上は発音しないものとした。No.1「日和見感染症疾患名」 MRSA(感染症) 緑膿菌(感染症) サイトメガロ感染症 クリプトコッカス髄膜炎 No.2「癌ウイルスと引き起こされる疾患名」 EBウイルス:バーキット(リンパ腫) HTLV−1:成人T(細胞白血病) B・C肝炎(ウイルス):肝(細胞)癌 ヒトパピローマ(ウイルス):子宮頚癌 2.3 評価方法 学生に対し,まず 20問の過去問試験を行った。試験は,第 10-20回「あはき師国家試験」の病理学過去問からランダムに抽出した 30問(15問×2種類)に,歌詞として使用した単語を含む替え歌単語関連問題 10問(5問×2種類)を加えた合計 40問の総合問題のうち,20問について解答させた。 その後,教材の使用方法についての説明を行い,全員に替え歌の Waveデータと歌詞,および自主学習の参考資料として病理学資料の配布を行った。資料は対象学生が病理学履修時(平成 26年度)に配布されたパワーポイントデータ(内容は教科書に準ずる)を使用し,替え歌を作成した単語についての記述箇所に,替え歌を聴くよう注釈を加えたうえで再編集を行い,テキストデータおよび拡大文字にてカラー印刷を行った墨字資料を準備した。過去問試験や資料配布は個々の学生の視力に応じて実施し,データ・墨字使用者はデータと墨字両方の資料にて対応した。1週間後に再度 20問の過去問試験を行い,自主学習に よる知識の定着を評価した。また,アンケートより教材につ いての検討を行った。 3. 結果 3.1  過去問試験 対象学生6名の過去問総合問題 20問の試験結果を比較すると,平均得点率は自主学習前 55.8%(11.2点)であったが,自主学習後に72.5%(14.5点)と16.7%(3.3点)増加した(図1)。 図1 自主学習前後の過去問総合問題得点率の変化 過去問試験のうち替え歌単語関連問題5問の平均得点率の比較では,自主学習前 63.3%(3.2点)であったが,自主学習後に83.3%(4.2点)と20%(1点)増加した(図2)。 図2 自主学習前後の替え歌単語関連問題得点率の変化 3.2 アンケート 試験後に行ったアンケートの結果,替え歌教材の1週間の使用についての質問では,全6名の平均使用日数は 1.2日,合計使用時間は約 30分間であった。替え歌2曲の合計時間は約 30秒であるため,換算するとそれぞれの曲が約30回ずつ再生されたことになる。病理学資料については,平均使用日数は5日,およその合計使用時間は 6.5時間であった。 Waveデータ(替え歌データ)の使用感についての質問では,「まあ使いやすい」と答えた学生は3名(データ使用者1名,墨字使用者2名)であった。「どちらとも言えない」と答えた学生も3名(データ・墨字使用者1名,墨字使用者2名)であったが,その理由として墨字使用者2名は「音声教材に不慣れなため」と答えた(図3)。 図3 Waveデータ(替え歌データ)の使用感 歌詞の聞き取りやすさについての質問では,「まあ聞き取りやすい」と答えた学生は1名(墨字使用者),「どちらとも言えない」と答えた学生は4名(データ使用者1名,墨字使用者3名)であったが,「聞き取りにくい」と答えた学生も1名(データ・墨字使用者)おり,その理由として「機械が歌っているため分かりづらかった」と答えた(図 4)。 図4 歌詞の聞き取りやすさ 答え,理由として「リズム感があっていると思う」「慣れれば良い」「人によっては覚えやすいと思う」「特に差支えなく,学生によっては学びやすいかもしれないと思う」「歌に合わせて覚えた方が頭に残って定着しやすいと思ったから」「暗記項目が多いため,替え歌で聴いて音で覚えるのは良いと思う」などという答えが得られた。 替え歌は病理学の学習に役立つと思うかを問う質問では, 「思う」「まあ思う」と答えた学生はそれぞれ2名(墨字使用者),「どちらとも言えない」と答えた学生は2名(データ使用者,データ・墨字使用者)であった(図5) 図5 替え歌は病理学の学習に役立つと思うか 替え歌形式で学習したい科目や単元などを問う質問で は,病理学の「循環障害」「アレルギーの分類」などの 単元を挙げた学生が2名(データ使用者,墨字使用者), 経絡経穴学,解剖学,生理学など他の科目を挙げた学生 が1名(データ・墨字使用者)であり,また「全教科」と の回答も1名(墨字使用者)であった。 今回の教材を今後自主学習に活用したいと思うかを問う 質問では,「思う」と答えた学生は2名(データ使用者,墨字使用者)「 , まあ思う」と答えた学生は3名(墨字使用者),「どちらとも言え ない」と答えた学生は1名(データ・墨字 使用者)であった(図6)。 図6 今回の教材を今後自主学習に活用したいと思うか しかしながら,「内容は替え歌形式で学習するにあたり適切だと思いましたか?」という質問では,全員が「思う」と 4.考察 教材配布1週間後に行った過去問試験の結果では,総合問題および替え歌単語関連問題において,視力障害の程度に関わりなく全員に得点率の増加がみられ,得点の伸び率はわずかではあるが替え歌単語関連問題の方が高かった。1週間に平均 6.5時間の自主学習が行われ,替え歌データも平均 30回ずつ再生された上で得点率の上昇がみられたことを考慮すると,替え歌教材が学習意欲の持続や知識の定着に関与した可能性がある。 アンケートの結果では,Waveデータの使用に関してはデータおよび墨字使用者を含め「まあ使いやすい」と「どちらとも言えない」が半数ずつであったが,「音声教材に不慣れなため」という意見から,データ再生操作については慣熟可能であると思われた。歌詞の聞き取りやすさについては曖昧な回答が多かったが,内容は替え歌形式で学習するにあたり適切かを問う質問では,全員から前向きな回答が得られ,理由からも替え歌学習について基本的に肯定していることが推察された。また,替え歌は病理学の学習に役立つかの質問では半数以上からほぼ前向きな回答が得られ,替え歌形式で学習したい科目や単元などの複数の回答から,曲調や音域など音声分野に関しての改良は必要であるが,様々な分野での替え歌教材の学生側からの要望が確認された。今回の病理学教材を今後自主学習に活用したいと思うかを問う質問では,5名からほぼ前向きな回答が得られ,自主学習教材としての有用性が示唆された。しかしながらデータ・墨字使用者からは肯定的な回答が少なかったため,課題収集の際の個別的な対応の必要性も感じられた。 替え歌記憶法の有効性について杉野らは,大学生 15名ずつを音楽(「春が来た」(岡野貞一作曲))に合わせて学習刺激を呈示する音楽あり条件と,音楽なしで音楽に合わせた場合と同じペースで呈示する音楽なし条件にランダムに割り当て,学習直後に自由再生を行う直後テストと,別の課題を10分間行った後に実施する遅延テストにて評価している。結果として,直後テストの方が遅延テストよりも再生数は多いものの,音楽あり条件において有意に再生数が多いことが確認されたため,替え歌を学習時に用いることは有効であると報告している[8]。 本研究に用いた病理学の分野は,対象とした学生は既に履修済ではあったが,単元の異なる分野の替え歌データ2種類および全単元の参考資料を配布したため,視覚障害学生が1週間で確認する教材量としては負担が大きかったと思われる。しかしながら自主学習後に行った過去問試験における得点の上昇やアンケートにおける前向きな回答や他の単元・教科についての要望から,自主学習を意欲的かつ効果的に進めるための一方法として,替え歌自主学習用教材の有用性が示唆された。 5.結語 視覚障害学生に対し,病理学の頻出単語で構成された替え歌をパソコン上の Waveデータで再生する替え歌自主学習用教材を利用した取り組みを行い,結果から,学習意欲の持続や効果的な知識の定着方法としての有用性が示唆された。今後,替え歌の音声分野などの課題に対し改良を重ねることで,有用性はさらに高まると思われる。 謝辞 本研究は,JSPS科研費 25381297「医療を学ぶ視覚障害学生のための携帯タブレット端末新教材の開発と有用性の検討」の助成を受けたものです。また,平成 27年度文部科学省特別教育経費「視覚障害学生に特化した大学改革実行プラン実践による医療教育の高度化事業」の一部として実施した。 参考文献 [1]池宗佐知子,成島朋美,東條正典,他.過去問反復学習を取り入れた国家試験への取組とその効果の検証.筑波技術大学テクノレポート.2012; 20(1): p.57-60. [2]舩山庸子,池宗佐知子,成島朋美,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み -ペン型タッチ式レコーダーを利用した骨格筋の暗記用カード-.筑波技術大学テクノレポート.2013;21(1): p.43-47. [3]周防佐知江,成島朋美,舩山庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み -音声による視覚情報保障機能を有する経穴暗記カード-.筑波技術大学テクノレポート.2013; 21(1): p.48-52. [4]池宗佐知子,成島朋美,東條正典,他.視覚情報補償機能を有する人体模型教材の作成 -骨模型へボイスペンを利用した試み-.筑波技術大学テクノレポート.2011; 18(2): p.7-10. [5]成島朋美,周防佐知江,舩山庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み -音声による視覚障害補償機能を有した上肢筋模型の試作 -.筑波技術大学テクノレポート. 2014;21(2): p.40-44. [6]青柳まゆみ.視覚障害学生支援の現状と課題 -筑波大学における支援事例を中心に-.発達障害研究. 2011;33(4): p.367-373. [7]齊藤陽子,佐久間尚子,石井賢二,他.歌の認知における詞とメロディの役割 -歌の認知はなぜ速いのか?-.心理学研究.2009; 80(5): p.405-413. [8]杉野かよ子,清河幸子.替え歌記憶法は有効か? 第30回日本認知科学会発表論文集;2013-9-12(東京). 2013; p.455-457. An Approach to Making Self-Directed Learning Materials for Students with Vision Impairment in Medical and Health Technology: Self-Directed Learning Material of Pathological Filksongs SUOH Sachie, NARUSHIMA Tomomi, SHIRAIWA Nobuko, OHKOSHI Norio Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: We applied the wave data of filksongs, constructed according to the pathologically important words, as a self-learning aid for acupuncture and moxibustion students with vision impairment. The words were extracted by frequency analysis of previous questions in the national examination for acupuncturists and Anma massage therapists. The text contents were processed for the wave data. Subsequently, four beats of the nursery rhymes “Amefuri” (Composer: Shinpei Nakayama) and “Amaryllis” (Composer: Louis XIII de France/Henry Ghys) were inserted via sound-composition software. In the evaluation of six students who learned with the teaching materials, we confirmed the rise in score for previous questions in the national examination. Further, the participants reported a positive acknowledgment of the questionnaire and requests for materials in different courses. Thus, as a method for encouraging effective voluntary learning, the use of filksongs has potential for practical use in self-directed learning materials. Keywords: Students with vision impairment, Pathology, Self-directed learning material using filksongs, VOCALOIDOR, Wave data