発達障害を持つ視覚障害学生への精神医学的支援 佐々木恵美 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:発達障害,視覚障害,支援,臨床実習 1.はじめに 平成17年度に発達障害者支援法が施行され,さらに平成28年4月に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」いわゆる合理的配慮の立場からも,発達障害を持つ学生への支援が急速に求められている。全国の大学で発達障害学生支援のための体制作りが進んでいる一方,本学での支援体制は未だ十分に構築されていない。過去5年間,障害学生の精神医学的支援に携わった結果,受診統計から視覚障害学生の約20%が何らかの精神的問題を抱えていることが判明した。疾患別では統合失調症や気分障害等,この年代に多い精神障害の他,適応障害の割合も多かった。うつ病や適応障害の背景には,自閉症スペクトラム(以下AS),注意欠如・多動性障害(以下ADHD),学習障害(以下LD)が疑われるケースも少なからず存在していた。視覚障害者にどの程度発達障害が合併するかの報告はなく,本学でも正確に把握されていない。しかし,発達障害の特性を持つ学生は決して少なくない。特に本学の保健学科では学外での臨床実習やグループワークが必修であり,臨機応変な対応が苦手,不器用,コミュニケーションの問題,注意の障害等を持つ発達障害学生にとっては困難を感じる場面が急速に増加する。このため,それまで特性が目立たなかった学生にも支援が必要となるケースが存在している。 また,実習先との連携の必要性,進路の問題等も生じている。今回,発達障害のために支援を要した本学の視覚障害学生を対象に,相談経緯,入学前診断の有無,本人や周囲の困りごと,併存する精神症状,休学や留年,退学の有無,転帰等について調査し,支援について検討を行った。 2.対象と方法  平成22年4月から平成27年7月までの間,本学の保健管理センターおよび保健科学部附属東西医学統合医療 センター精神科で相談を受けた事例のうち,自閉症スペクトラム障害(ASD),注意欠如・多動性障害(ADHD),学習障害(LD)と診断された者,または疑われた者について調査した。各事例において,相談経緯,入学前診断の有無,本人の困りごと,周囲の困りごと,診断(疑いを含む),併存する精神症状,休学・留年・退学の有無,支援内容,転帰等について検討した。また,学外での臨床実習を行う学生に対し,本人や保護者,担当教員の了解を得て,実習先に文書で本人の特性や対応について配慮を依頼し,連携を図る試みを行った。 3.結果 調査期間中,支援を要した視覚障害学生は13例で,各年度において学生の約5%に該当した。支援を要した例は医療系学生が85%を占めた。これは情報系よりも医療系で困りごとを抱える学生が多かったためと思われる。   診断(疑いを含む)はASD 6例,ADHD 3例,LD 1例,ASD+ADHD 2例,ASD+LD 1例であり,13例中10例が未診断のまま入学していた。留年・休学9例(69%),退学4例(31%)と,多くの例で学業や学生生活で支障をきたしていた。また,8割近くの学生に抑うつ,意欲の減退,不眠,強迫症状,被害妄想,希死念慮等の精神症状を認めた。本人の困りごとは「期限までに提出物が出せない」「人間関係のトラブル」「注意力散漫」「周囲が自分のことを理解してくれない」等であった。周囲の困りごとは成績不振,引きこもり,留年を繰り返す,学内や実習先でのトラブルであった。しかし,教職員は学生の意欲や性格の問題ととらえていることが多かった。支援は学内関係者ミーティング,本人や保護者の了解を得て周囲(学生・教職員,学外臨床実習先の指導者)への特性の説明および配慮依頼,本人との面談,薬物療 法等であった。転帰は卒業・就職1例,卒業・未就職2例,進路変更のため退学2例,進路未定で退学2例,継続中6例であった。 【事例紹介】教員から当該学生が提出期限を守らない,時間に対する意識が低い,意欲が感じられない,等の相談があり,介入を開始した。本人の困りごとは「計画,を立てられない」「約束や用事を忘れる」等であった。各種検査から睡眠覚醒リズム障害や精神疾患は否定的で,両親からの情報,生育歴,ASRS-v1.1,CAARS,CAADIDより,ADHD不注意優勢型と診断,アトモキセチン投与による薬物療法を開始した。同時に時間管理や生活上の工夫について本人と相談を繰り返した。また,臨床実習先に本人の了解を得て,下記文書で配慮を依頼し,連携を試み,実習は終了することができた。文書例(一部改訂)○○さんは小さい頃から「物事,を計画的にできない」「先延ばしにする」「忘れっぽい」等,「不注意」の傾向がありました。こうした特性は怠けではなく,本人が注意を心がけているにもかかわらず,注意力をコントロールできない生まれつきの脳機能の偏りによると考えられます。○○さんは「やる気がない」と叱られることが多く,自信を失くしたり落ち込んだりすることもありましたが,決して意欲がないわけではありません。最近では治療や本人の努力により上記の特性も改善しつつあります。 対応についてお願いです。 1. 時間の管理が苦手なため,「午後3時までに終わらせるように」など具体的に指示をお願いします。可能であれば1日のスケジュール表を手渡していただけると助かります。 2. 一度にたくさんの指示を出されると忘れることも多いので,1つずつ小分けに出していただければと存じます。 3. 先延ばしを避けるため,できるだけその場で課題をやらせてください。 4. 大事なことはメモをとるように指導をお願いします。 5. 自信を失くしている面もありますので,ミスや失敗を強く責めるのではなく,できたところは評価しながら指導していただくなど,自信を持たせるよう対応をお願いできればと存じます。 4.考察 視覚障害学生にも一定の割合で発達障害学生が存在していたが,本学では未診断のまま入学している例が多かった。視覚障害のための独特のコミュニケーションと判断されるなど,医療者側が正確に診断していない可能性もあると考えられる。聴覚障害学生でも同様の傾向はあるのかもしれない。視覚障害や聴覚障害があることで,発達障害の存在を医療現場が見逃している可能性があり,診断における問題点と思われた。発達障害学生では,休学や留年など学業上の問題,教員や友人とのトラブル,引きこもり,リストカット,学外臨床実習における困難,適応障害,うつ状態,一過性の被害妄想等の精神症状が多くの例で認められた。周囲ができるだけ早期に気づき,的確な支援を行うことも必要と思われた。医療系の臨床実習に際しては,本人の了解を得た上で実習先に本人の特性や具体的な対応について文書で依頼を行った。また,実習先と密に連絡を取り連携を図る試みを行い,一定の効果を得た。今後も問題点を改善し継続して行う予定である。個別の支援については,関係教職員や保護者と話し合う機会を設けているが,修学支援について,ノートテイカー等の導入,授業や試験の配慮等,大学として支援体制を検討していく必要があると思われた。また,晴眼者の発達障害と異なり視覚化による支援が困難な例もあるため,代わりとなる支援手段を検討することは今後の課題と思われた。