イギリス,ドイツのスポーツ領域における鍼灸あん摩マッサージ指圧の状況 櫻庭 陽 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター キーワード:スポーツ,鍼灸,あん摩マッサージ指圧,イギリス,ドイツ Ⅰ.はじめに 2020年オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることを受け,全日本鍼灸学会では休止していたスポーツ鍼灸委員会の活動を再開させた。スポーツ鍼灸委員会の責務は,スポーツ鍼灸専門領域の醸成を企図することであり,申請者はその委員に任命され,現在活動を行っている。その具体的な活動の一つにガイドラインの作成があり,国内外のスポーツ鍼灸に関する文献を数多く目にする機会を得た。その中で,スポーツに関連する鍼灸あん摩マッサージ指圧の文献の多くは,健康・運動領域や基礎運動領域,臨床医学における運動器疾患領域の報告であった。また,日本以外のスポーツ鍼灸に関して,利用目的や方法,治療効果や選手からのニーズなど,現状についての情報はほとんど発信されていなかった。唯一,鈴木(2014)が古くからプロスポーツが文化として根付いていて鍼灸が盛んなドイツにおいて,プロサッカーチームのトレーナーである自身の鍼灸経験を報告しているが,その他の報告はほとんど無い[1]。本研究では,海外でも鍼灸とスポーツが盛んであるイギリスおよびドイツのスポーツ領域における鍼灸あん摩マッサージ指圧の実態について現地でヒアリング調査を実施した。 Ⅱ.方法 調査は現地へ赴き,対面によるヒアリング形式で行った。実施時期は2015年10月である。対象はイギリスまたはドイツで,主にスポーツ選手を対象に鍼灸やあん摩マッサージ指圧を行っているセラピストとした。数名ピックアップをしたのち,調査の協力が得られ,日程の調整が可能であった5名が対象となった。 Ⅲ.結果 1.対象者(以下,対象者5名をA~Eで示す。) A:40歳代男性,外国人,フィジオ,イギリスプレミアリーグ1部サッカークラブ,鍼灸はイギリスで修得。 B:30歳代男性,外国人,医師,ドイツ某大学スポーツ医科学系,鍼灸は主にドイツで修得。 C:40歳代男性,外国人,医師,ドイツブンデスリーガ1部サッカークラブ,鍼灸はドイツで修得。 D:30歳代男性,日本人,鍼灸師柔道整復師,ドイツブンデスリーガ1部サッカークラブ,鍼灸は日本で取得。 E:30歳代男性,日本人,鍼灸師,イギリスプレミアリーグ1部サッカークラブ,鍼灸は日本で取得。 2.鍼治療に関する結果 (1)スポーツにおいて必要な場面があるか? A~E:ある。 (2)スポーツにおいて有用か? A~E:有用である。 (3)主な利用目的や対象となる症状等 A:疼痛コントロール,筋緊張緩和。 B:筋骨格系の疼痛コントロール,筋緊張緩和,メンタル。 C:疼痛コントロール,筋緊張緩和,メンタル,リラクゼーション,胃腸症状や吐気。 D:疼痛コントロール,筋緊張緩和,関節可動域拡大,疲労回復,リラクゼーション。 E:疼痛コントロール,関節可動拡大,リラクゼーション。 (4)主な治療方法 A:4または8番鍼,クリーンニードルテクニック,通電や置針。 B:5番の中国鍼や針管付,クリーンニードルテクニック,通電や置針,試合前は弱刺激。 C:4番鍼,クリーンニードルテクニック,通電,伝統的な組合わせ穴や反応点や耳針。 D:1番鍼,クリーンニードルテクニック,置針や通電,弱刺激。  E:1または2番鍼,クリーンニードルテクニック,M-Test とOリングによる選穴や患部への単刺,試合日以外に施術して試合直前はやらない,試合後は弱刺激。 (5)選手からのニーズ A~E:ある。 3.灸治療に関する結果 (1)スポーツにおいて必要な場面があるか? A:わからない。 B,C,E:ない。 D:ある。 (2)スポーツにおいて有用か? A,B,C,E:わからない。 D:有用。 (3)主な利用目的や対象となる症状等 A~E:(あまり)やらない。 (4)主な治療方法 A~E:(あまり)やらない。 (5)選手からのニーズ A,B,D,E:ない。 C:わからない。 4.あん摩マッサージ指圧に関する結果 (1)スポーツにおいて必要な場面があるか? A~E:ある。 (2)スポーツにおいて有用か? A,B,D,E:有用。 C:未回答 (3)主な利用目的や対象となる症状等 A,C:自身でやらない。 B:リラクゼーションと筋疲労の回復。 D,E:筋緊張緩和など。 (4)主な治療方法 A,C:やらない。 B:マッサージが中心。 D:カイロやマニュプレーション,指圧等。 E:マッサージなど。 (5)選手からのニーズ A,B,D,E:ある。 C:未回答 Ⅳ.今後における研究上の活用及び予想される効果 現在までに世界のスポーツ領域における鍼灸あん摩マッサージ指圧について,少なくてもスポーツが盛んで鍼灸が普及している国においてもその実態が明らかになっていない。以上のことから,本研究は世界のスポーツ領域における鍼灸あん摩マッサージ指圧を知る上で非常に有益である。さらに,今後,本研究で得られたイギリスやドイツの実態と日本の状況とを比較,検討することによって,スポーツ領域における鍼灸あん摩マッサージ指圧の有効性やニーズを含めた有用性に関する共通点や相違点を明らかにするとともに,その可能性を検討することができる。また,2020年の東京オリンピック・パラリンピックを契機にして,軽微な刺激を多用することが多い日本鍼灸あん摩マッサージ指圧を世界へ発信する際に,スポーツ領域におけるこれらの独自性や優位性を明らかにすることはとても需要である。今後,日本に限らず世界のアスリートやスポーツ愛好家に寄与する上で,貴重なデータとなるだろう。 Ⅴ.謝辞 本研究に協力をいただいたセイリン株式会社ドイツミュンヘン営業所の蔀耕治氏に感謝申し上げます。 参考文献 [1] 鈴木友規.ドイツブレーメンからの便り1. Training Journal, 2, 35-6, 2014.