頚部装着型嚥下機能計測機器を用いた高齢者の嚥下機能に対する鍼治療の効果に関する研究 鮎澤 聡1),知久すみれ2.3)筑波技術大学 保健科学部 保健学科鍼灸学専攻1)附属東西医学統合医療センター2)筑波大学 大学院 人間総合科学研究科3) キーワード:嚥下障害,鍼治療,嚥下音,頸部装着型嚥下機能計測機器 1.背景 高齢化社会の進行の進行に伴い,誤嚥による肺炎の増加が予想される。嚥下障害を呈する疾患は脳血管障害などの中枢性疾患が多くを占めているが,そのような疾患の既往がなく嚥下障害を呈さないいわゆる一般高齢者においても潜在的に嚥下機能の低下があることが示唆されており[1,2],嚥下機能低下の早期発見と機能改善のための予防的介入が望まれる。鍼治療は,脳血管障害後の患者の嚥下障害に対して一定の治療効果が報告されているが[3-5],これまで一般高齢者に対する報告はなかった。これには,嚥下の評価においてエックス線透視を用いた嚥下造影などの侵襲的な検査が必要であることがその一因にあると考えられる。我々は,嚥下音を用いて自宅や施術所などにおいても非侵襲的に嚥下機能を計測できる頸部装着型嚥下機能計測機器の開発研究を行ってきた[6](図1)。これを用いて,65歳以上の一般高齢者20名を対象に鍼治療を行い,反復唾液嚥下テストで評価を行ったところ,一般高齢者においても潜在的に嚥下機能低下があり,それが鍼治療直後に改善する結果が得られた[7]。しかしながら,嚥下音の成分が明瞭に弁別できず,その質的特徴の変化は解析出来なかった。嚥下運動はⅠ音(舌骨が挙上し喉頭蓋が閉鎖するときの音),Ⅱ音(食塊が通過する音),Ⅲ音(喉頭蓋が開放する音)で構成されているが[3],それらが不明瞭であった原因の一つつとして,反復唾液嚥下テストでは空嚥下を嚥下音として取得していたため,音そのものが小さく詳細な検討が出来なかった可能性が挙げられた。そこで今回,水飲みテストによる鍼治療前後での嚥下音の変化を検討した。 2.方法 対象は脳血管障害の既往がなく,食形態が正常である65歳以上の高齢者(以下高齢者群)10名と20歳代の健康成人(以下若年者群)9名である。高齢者については認知機能が正常であることを確認するため,改訂長谷川式簡易知能評価を行った。座位の状態で実験開始時,安静15分時,置鍼15分後に頸部装着型嚥下機能計測機器を装着し,「いつも飲んでいるように飲んで下さい。」の指示の後に30mlの飲水を行った。飲水のタイミング,回数は任意とした。鍼治療は座位にて両側の足三里と太渓に40 mm 16号鍼セイリン社製ディスポーザブル鍼を用いて皮膚に対し垂直に10 mm刺入し,15分置鍼を行った。取得された嚥下音を抽出し,鍼治療前2回の平均値と鍼治療後の数値について検討を行った(筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター医の倫理審査委員会・通知番号平成26年度第5号 に追加申請して実施)。 3.結果 正しく嚥下音が取得できた高齢者群9名と若年者群8名の合計17名について解析を行った。3回の水飲みテスト全てで嚥下音のⅠ〜Ⅲ音まで同定できた例は高齢者群では1例,若年者群では4例であった(図2,3)。30 mlの飲水を終えるまでの嚥下回数は高齢者群で鍼治療前平均2.3回,鍼治療後が平均2.4回,若年者群では鍼治療前平均2.4回,鍼治療後が平均2.8回であった。嚥下の開始からⅡ音の開始までの時間は,高齢者では鍼治療前平均0.16秒,鍼治療後では平均0.21秒だった。若年者では鍼治療前平均0.14秒,鍼治療後では平均0.14秒であった。 4.考察 健常者における嚥下開始からⅡ音の開始までは平均214 msであることが報告されており[8],今回の研究では,嚥下開始からⅡ音の始まりまでは平均0.14〜0.21秒と先行研究とほぼ同様の結果が得られた。佐藤らは,水・ゼリーを用いた嚥下音の研究で,Ⅱ音の位置が20歳代に比べ50歳代のほうが遅延傾向にあり,すなわちⅡ音がまだ終了していないうちにⅢ音が発生してしまい,食物が通過中に喉頭蓋が開放することで誤嚥のリスクが高まるとしている[9]。今回の我々の65歳以上と20歳代との比較では,年齢別での特徴や鍼治療前後での変化は得られなかった。しかし,3回の水飲みテストでⅠ〜Ⅲ音をすべて同定・弁別できた症例は高齢者群では1例のみと少なく,この所見は高齢者の特徴を表している可能性もあり,今後の検討が必要である。 図1 頸部装着型嚥下機能計測機器  上:本体写真。先端にコンデンサーマイクがあり嚥下音が取得される。 下:頸部装着時。 図2 I音~Ⅲ音が弁別可能な若年者例(25才,男性) 図3 I音~Ⅲ音が弁別不可能な高齢者例(72才,男性) 参考文献 [1] 小口和代,才藤栄一,馬場尊,楠戸正子,他.機能的嚥下障害スクリーニングテスト「反復唾液嚥下テスト」(the Repetitive Saliva Swallowing Test: RSST)の検討(2)妥当性の検討.2000; 37(6): 383-388. [2] 池野雅裕,熊倉勇美.RSSTにおける舌骨上筋群触診の有用性−健常高齢者,嚥下障害者の検討.日摂食嚥下リハ会誌.2012; 16(2): 148-154. [3] Seki T, Kurusu M, Tanji H, Arai H, et.al. Acupuncture and swallowing reflex in poststroke patients. J Am Geriatr Soc. 2003; 51(5): 726-727. [4] Seki T, Iwasaki K, Arai H, Sasaki H, et al. Acupuncture for dysphagia in poststroke patients: A videofluoscopic study. J Am Geriatr Soc. 2005; 53(6): 1083-1084. [5] Kikuchi A, Seki T, Takayama S, Ishizuka S, et.al. Effect of press needles on swallowing reflex in older adults with cerebrovascular disease: A randomized double-blind controlled trial. J Am Geriatr Soc. 2014; 62(12): 2438-2440. [6] 頚部装着型機器による嚥下機能評価と食事介助支援装置の実用化に関する研究.厚生労働省科学研究費補助金長寿科学総合研究事業平成24年度〜平成26年度報告書.2015. [7] 知久すみれ,鮎澤聡,櫻庭陽,Dushyantha Jayatilake,他.高齢者の嚥下機能に対する鍼治療の効果-頸部装着型嚥下機能計測機器を用いた検討-. 全日本鍼灸学会誌(投稿準備中) [8] Morini'ere S, Boiron M, Alison D, Makris P, et.al. Origin of the sound components during pharyngeal swallowing in normal subjects. Dysphagia. 2008; 23(3): 267-273. [9] 佐藤敏夫,駒居鑑,辻穀一,川島徳道,他.ウェーブレット変換を用いた嚥下音の時間−周波数解析による嚥下機能評価の試み.医工学治療.2005; 17(4): 181-187.