ユニット型居住空間の医療型障害児入所施設における建築計画的検証研究─ 計画段階に参画した障害児・者利用施設のPOE(入居後施設評価)による利用者の使いこなし過程の研究(その1) ─ 山脇博紀 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 キーワード:重度障がい児,医療型障害児入所施設,ケアスタッフ,姿勢 1.背景 障がいのある児童が入所しながら療育を受ける事ができる施設体系は,2012年,医療型障害児入所施設と福祉型障害児入所施設の2区分に制度再編された。医療的ケアが必要な重度の障がい児の療育の場である医療型障害児入所施設は長期に渡る入所生活を送る施設であるにも拘らず,その設備基準は「医療法に規定する病院として必要とされる設備」とされ,「生活の場」としての視点が希薄である。そのような中,小規模生活単位で入居者の主体性を尊重するユニットケアを取り入れようとする医療型障害児入所施設が出始めており,新しい療養空間の在り方が求められている。 2.目的 筆者は,全国で初めてのユニット型居住空間の医療型障害児入所施設(竣工当時の2004年は肢体不自由児施設)の基本設計の監修をした経緯から,2016年に建替え移転する医療型障害児入所施設の建設プロジェクトに参画し,ユニット型居住空間とユニットケアの導入に向けて監修を行う機会を得た。そこで本研究では,ユニット型居住空間へと建替えられる医療型障害児入所施設を対象に,ユニット型居住空間に適したケアを模索する過程を空間利用の様態変化から考察し,今後想定されるユニット型居住空間の医療型障害児入所施設建設に有用な建築計画的知見を得る事を目的としている。 図1 調査対象施設の平面図と概要 3.調査および調査対象の概要 (1)調査対象施設調査対象施設の平面図と概要は前頁下図の通りである。デイルームとナースステーションを中心に居室が周囲に配されるホール型病棟空間である。居室は多床室と一人就寝室とがある。その他に,1日三度の食事をとる食堂,未就学児の日中の居場所となる保育室,児童図書等が置かれる指導室が,児童の利用する主な空間である。デイルーム内にマットとクッションで設えられたプレイコーナーがあったが,2014年11月の小規模改修で小上がりとなった。(2)調査対象施設の職員および入所児童の概要職員の勤務体制は図2の通りである。看護職員,指導員(早出・日勤で3名),保育士(日勤1名)で構成される。入所児童は未就学児童から高等部学生までの児童であり,図3の主な日課で示すように,日中,多くの入所児童は隣接する特別支援学校(分校)または特別支援学校高等部(本校)に行っており,居住部門に残る児童は未就学児や体調管理上の都合による1部の児童のみである。学校から帰るとおやつや入浴をしながら自由時間を過ごし,夕食を取った後に就床している。本研究での分析にあたっては,児童のADL をⅠ(障害程度重度)~Ⅲ(障害程度軽度)の3段階に分類し,更に年齢を加味して4つにグルーピングした。各調査時の児童数は表1に示した通りである。 図2 職員の勤務体制 図3 児童の主な日課 表1 児童のグルーピングと該当児童数 (3) 調査方法本研究では,ユニット型施設への移行を想定し,段階的にユニットケアをシミュレーションしていく過程でのスタッフの行動変化を調査する為,ユニットケアシミュレーション導入初 期(2014年7月)と児童の居場所変更を目的としたデイルーム内プレイコーナーの小規模改修直後(2014年12月)とユニットケアシミュレーション導入1 年経過後(2015年11月)の3回(表2)の職員行動観察調査および児童の行動観察調査を行った。尚,記録は全職員,全児童の姿勢と行動内容を5分おきに平面図にプロットするタイムスタディ調査により行った。 表2 調査対象施設のユニットケア導入と調査暦 4.調査結果の分析 4.1 ユニットケア導入直後の職員業務(1)職員の滞在場所2014 年7月調査時点の職員の滞在場所割合を図4に示した。最も滞在が多かったのはナースステーションで23.9%,次いで食堂の21.3%となっており,空間の中心であるデイルームの滞在率は僅か8.9%であった。職種を「看護職員」と「指導員(保育士も含む)」に分け滞在場所を見ると,大きく異なる事が分かる。すなわち,看護職員はナースステーションに30.6%,指導員(・保育士)は指導室(24.6%),保育室(12.1%)に滞在が多くなっている。この他の空間では,食堂は共に20%前後とほぼ同等の滞在割合が見られたが,一方で居室は看護職員の17.2%に対して指導員は6.6%のみで差がある。このように職種による滞在場所傾向に違いが表れる要因には,看護職員はナースステーション,指導員は指導室,保育士は保育室と,業務拠点空間が職種別に異なる場所に設定されている事が挙げられる。共に滞在する場所は食堂やトイレ・浴室などの限られた空間であり,一体となってケアをしているというよりは,業務空間を分担している事が伺える。 (2)職員の業務次に職員の業務を図5に示す。業務は動作的な業務に会話が伴っている場合は同時に2業務を行っているとし て重複記録をしている。全職員の業務で最も多いのは約1/4を占める生活行動介助業務である。その他,声掛け,遊び支援,医療的ケアと合わせた,児童と直接関わりのある介助行為が合計で52.7%であった。約47%を占める間接介助業務では,記録・申送り,業務会話等の連絡に費やされる割合が多く,計33.5%に及ぶ。職種別にみると大きな違いが見られるのは「遊び支援」と「医療的ケア」で,看護職員が6.1%行う医療的ケアは指導員にはほとんど見られず,指導員に17.5% 見られる遊び支援は看護職員には5.9%しか見られない。一方で,生活行動介助,声掛けはほとんど変わらず,間接介助業務もほぼ同割合である事が分かる。吸引や吸入,点滴や経管栄養,また浣腸等の医療的ケア行為は,特定の研修を受けた一部の指導員・保育士にのみ許可される業務である事が医療的ケア行為量の違いの要因であるが,一方で,遊び支援には制度的制約がないにも拘らず,看護職員ではもっとも少ない業務であり,指導員との業務分担をしている事も含めて,看護職員の業務の中では優先順位が低くなっている事が伺える。 4.2 職員の空間利用様態の変化次に,ユニットケアの研修を進めつつユニット型施設でのケアを模索する過程に沿って,職員の滞在場所と業務がどのように変化したかを示す。 (1)職員の滞在場所の変化図6に職種別に滞在場所の変化を示した。これを見ると,看護職員,指導員等共にデイルーム滞在率が大きく増加している事が分かる。2014.11の小規模改修でデイルームの一角に児童の居場所となりえる小上がりスペースを作る事で,直後の2014.12時点でもデイルーム滞在率が増加した事が見て取れる。特に指導員等は,指導室での滞在がほぼ無くなり,代わりにデールームに滞在するように変化している。小規模改修後1 年の2015.11では,2職種共にデイルームが最大の滞在比率となり,ケアの拠点空間がデイルームに変わったと言える。また,この変化により,それぞれの職種で異なっていた業務拠点空間が一致し,一体となってケアができる体制になった事が伺える。 (2)職員の業務の変化次に業務の変化を図7に示す。これを見ると,看護職員に業務の割合に大きな変化が見られない事が分かる。滞在場所が変化しても,行っている業務に大きな変化はなく,それぞれの業務の行う場所が変化した事が伺える。一方で指導員等では,生活行動介助の上昇とそれに伴う直接介助の合計比率の上昇が見られる。指導員室,保育室等からデイルームに業務拠点が変わる事で児童との直接的な関わりが増加した事を示す結果となった。 (3)デイルームにおける業務変化滞在場所と業務の関係がどのように変化したのか,デイルームを例にすると,図8になる。これを見ると,2014.11時点では,介助準備や記録・申送りの業務は減少した他は,全ての業務が増加してる。特に,遊び支援は約3倍,声かけは約2倍へと大きく増加し,生活行動介助よりも児童の遊びを促したり支援したり,コミュニケーションを取ったりといった子どもの自由な行動に寄り添う 図4 職員の滞在場所比率(2014.9) 図5 職員の業務別比率(2014.9) 図6 職員の対場所比率の変化 ケア業務が増加した事が分かる。2015.11では,記録・申送りや業務会話が大幅に増加し,これまでナースステーションを中心に行われた業務がデイルーム内で行われている事が見て取れる。また,生活行動介助,声かけも大幅に増大し,児童とのコミュニケーションを多く取りながら介助をしている事が伺える。 図7 職員の業務別比率の変化 図8 デイルームにおける業務量変化 5.考察 生活単位を小規模化し家庭的でコンパクトな空間での療育生活を支えるケア環境構築を目指し,空間の小規模改修を行い,ケアの研修を行った結果,職員の空間利用様態に明らかな変化が見られた。 児童の居場所としてデイルーム内に作られた小上がりスペースは,職員の滞在場所変化をもたらし,これまで別々の業務拠点となっていた看護職員と指導員等とが同じ空間でケア業務を行うように変化した。これは,「児童に寄り添い,児童の生活行動や遊び行動を促し支えよう」とするユニットケアのケア理念を実践しようとする業務改善の成果でもある。児童の居場所という空間的操作とケア改善というソフトの操作とが,児童の関わりを大幅に増加する結果をもたらしたと言え,大きな成果を得る事ができた。特に,ユニット型生活空間ではナースステーションのような職員占有の空間を極力減らして,コンパクトながら児童の多様な居場所を作る平面計画となる為,ナースステーション内での業務を極力減らす必要がある。今回のユニットケアシミュレーションでは,デイルームで児童と共に過ごしながら記録や申送り等の業務を行うようになり,児童との関わり易さを向上させつつ本来業務を行える事が確認できた事に大きな意義が見出せる。 6.今後の研究の展開 今後は2016.3 に移転した新たな療育センターの生活空間における職員の空間利用様態を継続的に調査し,計画コンセプトとケア理念がなじんでいく過程を捉え,POEの視点から新たな生活空間の評価をしてゆく。これにより,今後同種の医療型障害児入所施設が計画される際に,生活の場としての建築計画的知見を得る事ができると考える。 謝辞調査に協力していただいた対象施設職員及び,京都府立大学の鈴木健二准教授と研究室の皆様に謝意を表します。