重度脳性麻痺者のボッチャ競技用具の開発に向けた調査及び作成方法に関する研究 石塚和重筑波技術大学 保健科学部 保健学科キーワード:脳性麻痺,ボッチャ,ボッチャ用具の開発 1.本研究の背景 障害者スポーツはリハビリテーションとして開始されたが,近年のパラリンピックを代表とする障害者スポーツの高まりの中で競技スポーツとして認識されるようになった。一方,スポーツ活動に参加できるのは軽度の障害を持つ人達で,重度障害者は置き去りにされている。特に重度脳性麻痺者はその複雑で多様な障害特性により,他の障害者に比べてスポーツが取り組みにくい状況にある。藤田らは(1996)らの調査では全国障害者スポーツ大会参加者の中で脳性麻痺による肢体不自由者の占める割合は全体の12.5%で他の障害に比べて少ないことを報告している。また陳(1996)は脳性麻痺でも重度脳性麻痺者のスポーツ参加が少ないとし,その原因として重度脳性麻痺者が参加できるスポーツ種目が国内大会,国際大会において少ないことをあげている。その中でボッチャは,重度脳性麻痺者のために考案されたスポーツで,パラリンピックの正式種目である。日本では,1997年11月に全国普及と,パラリンピックを目指す選手育成をするために日本ボッチャ協会が設立された。2008年北京パラリンピックで10年目にして初めて日本は出場することができた。ロンドンパラリンピックではBC1BC2混合の団体戦で7位という結果を収めることができた。日本は1997年以降着実に力を身につけてきた。しかし,ボッチャ人口はあまり増えていない。この原因としてはボッチャボールが高価で購入できない脳性麻痺児(者)が多いと考えられる。日本のボッチャ競技における競技力について,北京パラリンピック,ロンドンパラリンピックにおいてボッチャ競技日本選手団監督の古賀捻啓やヘッドコーチである渡辺美佐子らは,今後日本の選手がパラリンピック,とくに2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックでメダルを獲得するためには障害の特性に応じた正確でかつ確実な投球が出来るボッチャボールと勾配具(ランプ)の開発及びボッチャにおける個々の選手の特性に応じたコーチング技術とメディカルサポートが重要であるといっている。 2.ボッチャとは ボッチャとはヨーロッパが発祥とされ,重度障害者のためのパラリンピック競技である。ジャックボールという白いボールに赤・青のそれぞれ6球ずつのボールを投げたり,転がしたり,他のボールに当てたりして,いかに近づけるかを競う。ボッチャは個人,ペアないしは3人1組のチームで行うのが基本であるが,さらにパラリンピックでは,男女の区別はなく,BC1~BC4のクラスに別れて行われている。BC3クラスは手では投げられないクラスで障害によりボールを直接投げることができなくても,ランプス(勾配具) やヘッドポインタ などの補助具を用いての競技参加も可能である。 3.クラス分け ボッチャ競技は障害に応じてBC1(介助者を必要または脚でけるクラス),BC2(上肢で投球するクラス),BC3(投球できず投球補助器具であるランプスを使用するクラス),BC4(脳性まひ以外の重度障害者のクラス)に分かれている。障害の程度を以下に示す。(資料として日本ボッチャ協会より引用)BC1クラス車椅子操作が可能で,四肢・体幹に麻痺がある脳性麻痺者か,下肢で車いす操作が可能な脳性麻痺者(足蹴りで競技)BC2クラス(図 1)上肢で車いす操作可能な脳性麻痺者BC3クラス(図 1)投球負荷のため,介助者によりランプスを使用し競技を行うもの。(脳性麻痺以外の障害も含む)BC4クラスBC1,BC2と同等の機能障害がある脳性麻痺医学の重度四肢麻痺者(頸髄損傷,筋ジストロフィーなど) 図1 BC2クラス(左)とBC3クラス(右) 4.学術的意義 2014年韓国で開催されたアジアパラリンピック大会ではBC3クラスペアー戦で銀メダルを獲得したが,世界に対抗していくためにはまだまだ日本のレベルは不十分で,さらに上のレベルを目指す必要がある。そのためにはひとりひとりの選手とコーチがボッチャにおける投球モーションや用具(ボール及びランプ)について分析・解析し,選手ひとりひとりの修正ポイントを見つけていくことが大切である。2年前,ボッチャ競技を中心とする脳性麻痺者の動作解析と指導法に着目し,脳性麻痺者の動作解析からみた新たなトレーニングやコーチング方法を開発するための基礎資料の収集をした。基礎資料からわかってきたことは投球動作がボール(固いボール,柔らかいボール,形,素材)などの用具によって大きく影響を受けることが示唆された。2020年の東京パラリンピックに向けた準備を進めるうえで用具の開発は重要である。今回は東京パラリンピックに向けてボッチャ競技の支援するにあたって,ボッチャ用具(ボール及びランプス)の開発のための基礎調査をする必要があると考える。ボッチャ競技における重度脳性麻痺の科学的トレーニングについては未開の領域が多く,エビデンス(科学的根拠)に基づくトレーニング方法についての開発はまだ不十分である。今回の研究はパラリンピック競技である重度脳性麻痺者のボッチャ競技に着目して,ボッチャ競技支援用具の開発のための調査と,東京オリンピック・パラリンピックに向けた準備をしていく。今回の研究の学術的意義については次のように考えている。1.重度脳性麻痺者のボッチャ競技を支援する。2.ボッチャ競技に必要な支援機器を調査する。3.東京パラリンピックの脳性麻痺選手の育成に役立てる。4.ボッチャなどの重度脳性麻痺者の障害者スポーツ支援の研究としても意義のある研究となる。 5.本研究の目的 本研究は競技力向上と普及を目的として重度脳性麻痺者のスポーツ活動を支援し,行動障害を来している重度脳性麻痺(児)者の社会参加を促し,目標のある人生の支援をする。また,5年後の東京オリンピック・パラリンピックを夢見る重度脳性麻痺の子供達の支援をしていくことが目的である。重度脳性麻痺者は脳障害を原因として運動パフォーマンスを発揮させることが困難な状況になっていることが大きな特徴となっている。その原因として筋力,異常筋緊張,関節可動域障害,姿勢・動作の異常,心理的影響がある。とくに重度脳性麻痺は脳障害によって筋の緊張が高まりが強く,その結果ボッチャ競技での動作に大きく影響している。今回の研究は投球動作に最も大きな影響を与えるボッチャ競技の用具であるボール及びBC3クラスで使用されている投球補助器具であるランプに着目し,選手に聞き取り調査に基づいて理想的なボッチャボールとランプの開発を主なる目的としている。 6.研究の成果 1)ボールについて ボールの規格は重さが275±12g,周囲270±8㎜と定められていて,素材の多くは皮革又は合成皮革が大半であるが定められていない。ボールはポルトガル製,デンマーク製,韓国製など様々あり,国ごとに工夫されて作成されている。日本にもメイトというメーカーなどがある。図2はボールを示しているが皮革の特性がそれぞれ異なっている。ボールの中には直径1.5~3㎜プラスチック製のペレットが使用されていることが多いがボールの中身についても特に定められていない。図3では4つのペレットを示しているが,国によって異なっている。 図2 ボール 韓国製(左) デンマーク製(右) 図3 ペレット 調査によって,ボールは選手の機能によって投げやすいボールと投げにくいボールがあり,その選手に合った素材と重さと手の運動機能などが重要であるということが再認識された。 2)ランプについて BC3は投球ができない投球補助器具であるランプスを使用するクラスである。ボールが正確に転がり,操作方法が簡単で,様々な方向にボールを転がす機能を有したランプが非常に重要である。筆者は内山農機具店(浜松市北区三方原)と静岡ボッチャ協会の北澤氏の協力を得て,ランプスの開発を試みた。本来,ランプは木材を素材として作成することが多い(図4)が,試作品はボールを転がすスロープ部位はアクリール製素材を用い,周辺部位は木材を使用している。ランプの土台は鉄でできている。(図5) 図4 現在よく使用されているランプ(木製) 図5 新たに試作したランプ 試作品の工夫点はアクリール製のスロープで目標物を見やすくした点,ランプの高さを変えられる点,スロープ自体が前方に移動できる点,土台部分で回転できる点などである。課題点として回転部分についてはもう少し回転角度を広げ,広域に目標物を射程内に収めることがあげられたらさらにレベルの高いランプが期待できる。 実際に重度の障害のある子に試作品であるランプを使用したところ,非常に安定している上にスロープ部分がアクリール製になっているため非常に見やすく,目標物を設定しやすいという好評価を得ることができた。 図6 ランプスのスロープ部分(アクリル製:左図)と土台の部分(鉄製:右図) 6.予想される効果 障害者スポーツの始まりは,リハビリテーションから始まり,日常生活の中で楽しむスポーツ,そして競技スポーツへと発展してきた。しかし,重度脳性麻痺者はその複雑で多様な障害特性により,他の障害者に比べてスポーツに取り組みにくい状況にあるのが現状である。その中で重度脳性麻痺児(者)のボッチャは次のような効果が期待される。① 重度脳性麻痺児(者)のための障害者スポーツの発展と普及が期待できる。② ボッチャの競技力向上が期待される。③ 重度脳性麻痺者の場合,身体的側面,精神的側面,特に社会的側面の効果が期待できる。④ 友人との出会い等,対社会との関係に広がりができる。⑤ 積極的にスポーツに取り組むことにより社会参加しやすい状況を作る効果が期待できる。⑥ 東京オリンピック・パラリンピックでの好成績を期待できる。 7.成果の発表 本研究は日本障害者スポーツ学会や実際の試合の中で使用し,より精度の高いボッチャ用具の開発をしていく。