視覚障害者の静的立位姿勢制御における前庭迷路系と足部固有感覚系の貢献に関する研究 井口正樹 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:視覚障害,頭部安定性, 姿勢制御 【目的】立位保時に影響する感覚入力には,視覚情報の他,前庭迷路系と固有感覚系があり,この感覚入力の実験的な遮断,或いは減弱が立位の安定性に及ぼす影響を調べる研究は数多く行われている。例えば,閉眼,発泡素材の柔らかい床上での立位,そして頭部伸展が,それぞれ視覚,足部の固有感覚,前庭迷路からの感覚入力を遮断,或いは減弱し,いずれの場合でも立位安定性が低下する。視覚障害者,特に先天的全盲者では,立位保持時の安定性が(閉眼時の)晴眼者と比較して同等,或いは優れているという報告もあり[1],これは前庭迷路系や固有感覚の鋭敏化により視覚を代償しているためと考えられている。しかしながら,残された二つの感覚系(前庭迷路系と固有感覚系)のそれぞれが,晴眼者と比較して,どれだけ視覚障害者の立位姿勢制御に貢献しているかは,明らかとなっていない。また,静止立位時に全盲者の頭部は晴眼者のそれよりも,より動揺しているという報告があり[2],頭部安定性に関するメカニズムが全盲者と晴眼者で異なることを示唆している。本研究の目的は,床の種類と頭部傾きが静止立位時の身体動揺と頭部動揺に及ぼす影響を,視覚障害者と閉眼の晴眼者で比較することである。 【方法】先天性全盲者2名,晴眼者2名の計4名が参加した。各被験者は,裸足・閉眼で30秒間/トライアル,3トライアル/条件,以下の4条件で静止立位を取った。固い床で頚部中間位(HN),固い床で頚部伸展位(HE),バランスパッド上で頚部中間位(SN),最後にバランスパッド上で頚部伸展位(SE)。頭部動揺(Acc)と足圧中心(COP)はそれぞれ,頭部に貼付した加速度センサーと床反力計を用い,前後(AP)・側方(ML)で計測し,二乗平方根(RMS)振幅を算出した。なお本研究は倫理審員会の承認を得た上で,被験者に同意署名を得た。 【結果】ベースライン(HN)では,ほとんどの信号が群間に著明な相違は見られなかったが,Acc-APは全盲者で晴眼者より小さかった(全盲者平均(2名) = 0.057(0.040,0.074) m/secc²と晴眼者 = 0.107(0.106,0.107)m/secc²)。各条件の値をHNの値で除算した場合,Acc-APに群間で著明な差が見られた。晴眼者は最も不安定なSEで,COP-APが2倍以上に増加したにもかかわらず(2.47(2.42,2.53),頭部を安定させることが出来たのに対し(Acc-AP = 1.01(0.79,1.24)),全盲者では,頭部動揺と足圧中心の両方が増加した(Acc-AP = 2.47(2.44,2.50), COP-AP = 4.26(3.75,4.76))。 【考察】これらの結果は,全盲者は,残された2つの感覚情報を頼りに,閉眼の晴眼者と同等のバランスを保持でき,また頭部安定性の優先度が晴眼者と全盲者では異なることを示唆している。 引用文献[1] Schwesig R1, Goldich Y, Hahn A, Müller A, Kohen-Raz R, Kluttig A, Morad Y. Postural control in subjects with visual impairment. Eur J Ophthalmol. 2011 May-Jun;21(3):303-9. [2] Jeka JJ1, Easton RD, Bentzen BL, Lackner JR. Haptic cues for orientation and postural control in sighted and blind individuals. Percept Psychophys. 1996 Apr;58(3):409-23