高速応答・高検出効率・高位置分解能ビームポジションモニターとその信号読み出し電子回路の開発 稲葉 基 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 キーワード:高エネルギー物理学実験,検出器,マルチアノード光電子増倍管,信号読み出し電子回路 高エネルギー物理学実験のための検出器を開発し,その性能をテストビームライン等で評価する際に,データ収集効率を上げ,測定精度を高める手法の1つが,検出器の仕様に合ったビームポジションモニター(BPM)の併用である。本研究では,現在開発中の前方光子検出器(FoCal)の仕様に合わせて,平成27 年度学長のリーダーシップによる教育研究等高度化推進事業に,縦横それぞれ128 本の棒状シンチレータと256もの出力信号チャンネルを持つ新たなマルチアノード光電子増倍管(MA-PMT)等で構成する高速応答・高検出効率・高位置分解能ビームポジションモニター本体およびその信号読み出し電子回路の開発予算を申請し,その一部を認めていただいたので,信号チャンネル数を1 / 4 に縮小し,位置分解能を1 / 7.5 に下げたBPMの製作をおこなった。 FoCal の開発は,欧州原子核研究機構(CERN)の世界最大の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いたアリス実験(ALICE:A Large Ion Collider Experiment)の検出器アップグレード計画に向けて進んでおり,電磁カロリーメータ(FoCal-E)とハドロンカロリーメータ(FoCal-H)によって構成される予定である。さらに,FoCal-E は,シリコンPIN フォトダイオード(Si-PIN-PD)アレイとタングステン板を交互に重ねたLGL (Low-Granularity Layers)セグメントとCMOS ピクセルセンサー(MAPS)を用いたHGL(High-Granularity Layers)セグメントが組み合わされる。Si-PIN-PD アレイは,11.3 mm 間隔の8×8 のマトリックス状になっており,本研究のBPM は,このサイズに合わせて設計した。 まず,図1は,縦11.0 mm×横11.0 mm×高さ10.0 mmのプラスチックシンチレータの中央に非貫通の穴を掘り,波長変換(WLS)ファイバーを取り付けた状態である。これにアルミホイルを巻いたものを計64 個作り,図2の遮光容器の中に縦横8列ずつ並べていく。遮光容器は,縦110.0 mm ×横110.0 mm×厚さ8.8 mm の黒色の難燃性プラスチック板を2枚張り合わせた構造をしており,2枚とも片面からそれぞれ深さ5.1 mm まで削ることで,遮光容器内部に計64 個のシンチレータを納めるための空間を作っている。片方の板には,11.3 mm 間隔で計64 箇所にWLS ファイバーを通す穴を開けてあり,FoCal-E のSi-PIN-PD アレイと全く同じ位置関係で,BPM のシンチレータが配置されている。遮光容器の片面から出てきた計64 本のWLS ファイバーは遮光チューブを被せて,MA-PMT の光電面へと導く。 図1 波長変換ファイバーを取り付けたシンチレータ 図2 シンチレータを入れる遮光容器(片側) 図3は,-1kV の直流高電圧を発生させる回路基板に取り付けた高速応答のMA-PMT(H12428-200)である。その上部に見えているのが光電面で,遮光容器からのWLS ファイバーを2.88 mm 間隔で8×8 の状態に束ねて接続する。MA-PMT の出力信号は,図4のような増幅回路で増幅し,変換基板で4つに分岐して,しきい値電圧が異なる3つの波高弁別回路と25 マイクロ秒ごとにサンプリングをおこなって波形情報を読み出す電子回路(APV25 Hybrid)に入力する。波高弁別回路は,入力電圧がしきい値電圧を超えると,幅の短いパルス信号を出すので,その回数をパルスカウンタで数えて,FPGA でディジタル信号処理することにより,どの位置のシンチレータにどれだけの高速荷電粒子が通過したのかをリアルタイムで把握できるようにしている。APV25 Hybrid は,現在,FoCal-E のSi-PIN-PD アレイの波形情報読み出しにも使っている電子回路で,BPMの波形情報を一緒に収集しておくことにより,後から詳しくデータを解析することが可能になる。 図3 MA-PMT と直流高電圧発生回路 最終的に,図6のBPM システムを構築した。APV25 Hybrid は,シングルエンドでアナログ信号の波形情報を読み出していることから,グラウンド(GND)ラインに混入する電気的ノイズにとても敏感で,図5の絶縁型電源供給回路を追加製作して,APV25 Hybrid のGND を図3や図4の回路のGND から切り離す必要があった。さらに,変換基板上に信号チャンネル数と同数のバランを追加し,差動信号をAPV25 Hybrid のGND を基準とするシングルエンドに変換することで,信号対ノイズ比(S/N)の改善を図った。平成28 年の9 月中旬に,CERN のSPS テストビームでFoCal-E のビームテストが予約されており,本研究で開発したBPM を活用する予定である。 図4 増幅回路 図5 絶縁型電源供給回路 図6 ビームポジションモニターとその信号読み出し電子回路のブロック図