ジェンダーの視点によるろう・難聴女子学生へのエンパワメント指導教材の開発研究 小林洋子,大杉 豊 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター キーワード:ジェンダー,ろう・難聴女性,エンパワメント 1.背景と目的 近年における女性の社会進出に伴い,ジェンダーに関する議論や「女性学」に関する研究が活発に行われるようになってきているものの [1,2],その多くは障害のない人を対象とした議論であり,障害のある女性を対象にした議論はSeyama et al.やKatsumata [3,4]などわずかにあるのみである。聴覚障害のある女性を対象として,ジェンダーの視点,とくに家庭・教育・雇用・地域などの問題を整理した論文は皆無に等しく,学校教育で活用できる啓発教材の研究も行われていない現状にある。本研究では,「ろう者学」,「ろう女性学」に関する国際的動向を把握した上で,日本において聴覚障害のある女性のエンパワメント推進に取り組む個人・団体と連携して研究協議会を開催し,教材開発の検討を行うことを目的とした。 2.研究の成果 2.1 ジェンダー論,海外にみる「ろう女性学」に関する   動向の把握一般社会におけるジェンダー論の動向及び,米国の高等教育機関で開講されている授業「ろう女性学」に関する文献収集を行った。「ろう女性学」が誕生した背景に女性の参政権の歴史や1950年代~1960年代の黒人(アフリカ系アメリカ人)に対する偏見や差別が著しかった頃に起きた公民権運動をきっかけに誕生した「黒人学」が深く関わっていることがわかった [5,6]。この動きは後に「女性学」「メキシコ系アメリカ人学」「同性愛学」など,学問として各地の大学で教育指導や研究の発展につながっている。これを背景に,米国カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で1983年にろう者学科が開設された。1993年には国立聾工科大学において世界で初めて「ろう女性学」が開講され,後にカリフォルニア州立大学ノースリッジ校やギャローデット大学でも開講していることを把握することができた。 2.2 有識者による研究協議会2016年10月6日に実施した有識者による研究協議会では,様々な分野で活躍する聴覚障害のある女性5名(聾学校教員,手話講師,研究者,聴覚障害女性当事者団体スタッフ等)に出席を依頼した。まず,ジェンダー論や「ろう女性学」に関する国際的動向を全員で共有した上で,聴覚障害のある女性としての一般的な経験やこれからの課題を集約した。聴覚障害のある女性は,特に子育て,仕事,人間関係,地域との交流,健康,教育,結婚,介護など様々な課題を抱えていることを把握した。指導教材とリソース開発に関しては,上述した聴覚障害のある女性に共通する経験とこれからの課題を,「ろう女性学」の定義,ろう女性の歴史,ろう女性とキャリア,ろう女性と地域・家庭のトピックに整理して,映像を主体とする教材を開発することがベストであると,研究協議会は結論した。 2.3 教材,リソース開発次に掲げるテーマに沿って映像教材の開発を進めた。① 日本におけるよう女性の歴史② ろう者学,女性学,ジェンダー論③ ろう女性と家庭・地域社会④ ろう女性とキャリア各テーマについて研究協議会出席者およびそれぞれのテーマに該当する聴覚障害のある女性が手話で解説したり,先行取組みで作られた既存映像の提供を受けたりして,映像教材の製作を終えた。映像時間は各テーマ約10分程度,はじめと終わりの紹介の映像時間も含めて約50分程度である。 3.まとめ ジェンダー論や「ろう女性学」の国際的動向の把握および聴覚障害のある女性に共通する経験をもとに,映像を主体とする教材の開発を行った。この映像教材を,今後まず は本学の授業で活用した上で,インターネットへの掲載およびDVD配布を行い一般公開することを考えている。本研究のような,ろう者学ならびにジェンダーの視点から聴覚障害者の男性女性それぞれの違いに着目した研究開発自体は極めて少なく,とりわけろう女性当時者の視点からみた研究開発はまだ少ない状況にある。今回は,書籍や文献ならびに限られた人数の聴覚障害のある女性からの情報を頼りに教材の開発を進めてきた。しかしながら,実際は聴覚障害のある女性の実態は多様であると考える。今後は年代別や経験別などにインタビュー調査をするなどより多くの声を集めて,教材を増やす,教材の内容をより深いものにしていきたいと考えている。 参考文献[1] 鳥居千代香. 日本におけるジェンダー研究の重要性. 提供大学短期大学「紀要」. 2004; 24: 17-51. [2] 井上輝子. 女性学と私:40年の歩みから. 和光大学現代人間学部紀要. 2012; 5: 117-135. [3] Seyama, N. et al. Poverty and Women with Disabilities: Women’s Poverty in Japan. Asia-Japan Women’s Resource Center. 2009; 23: 28-30. [4] Katsumata, Y. Amendment of the Basic Act for the Disabled Persons and women with disabilities. Normalization. 2012; 2: 18-21. [5] Bauman, L. Open Your Eyes: Deaf Studies Talking. Univ. of Minnesota Press. 2008. [6] Gertz, G., Boudrealt P. The SAGE Deaf Studies Encyclopedia. SAGE Publications, Inc. 2016.