PBLを通じた聴覚障害学生の課題探究と解決力,対話力を向上させる試み 鈴木拓弥 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 キーワード:聴覚障害学生,企画,開発,対話力,課題発見 事業の背景 筑波技術大学(以下,本学)は聴覚や視覚に障害をもつ学生に対する高等教育機関であり,障害の理解と克服が重要な教育目標である。今まで障害学生参加の取組は本学でも多く実施されているが,障害学生同士の協業として設定されることが多く,障害を持たない人との接点を持つものは少ない.健聴者との協業の中で高度な専門性を発揮するためには,従来の系統的教育による知識や技術の積み上げだけでなく,知識や技術を応用した課題解決能力や実践力が必要である。こうした社会的要望に対する取り組みとして,本事業では本学産業技術学部総合デザイン学科の三年生に対し,PBL(プロジェクトベースドラーニング)を実施した。本事業は学生の探究力や解決力,対話力やプレゼンテーション力の育成,また,通常の講義・実験科目では得られない実践的な力(課題発見能力,プレゼンテーション能力,論理的思考力,モデリング能力,デザイン力など)の獲得を目的とした。 具体的には本学のオリジナルギフト用菓子開発を課題として設定し,13名の聴覚障害学生が参加した。本学は大学の規模の問題や生協が存在しないことから,他大学が持つようなギフトとして活用可能な大学オリジナル菓子製品を持っていない。そのため,教職員が菓子折りなどのギフトを必要とする場合には,外部の一般の販売店でギフト品を購入している。ギフト品購入にあたり,つくば市に由来する特産品が少ないため,大学所在地であるつくば市や本学をアピールしにくいという問題がある。そこで本事業では,本学の教職員が公務として企業や他大学,高等学校等を訪問する際に持参する差上物を企画,開発することとした。 活動の概要 活動の初めに,参加13名の聴覚障害学生を以下の3つの班に分けた。 1.市場調査班(4人) 2.商品開発班(5人) 3.パッケージデザイン班(4人) 各班のミッションとしてそれぞれ以下を課した。 1.市場調査班:ギフト品のニーズ,価格適性,開発・量産コスト(時間・費用),品質保持期限に関する調査,及び調査結果から導きだされるギフト品の開発自由度の決定 2.商品開発チーム:市場調査班の調査結果に基づく商品の企画・開発 3.パッケージデザインチーム:市場調査班の調査結果に基づく商品パッケージのデザイン市場調査班は本学の教職員に対し,質問紙調査を実施した。質問紙調査では以下の項目を中心に調査した。 1.企業や学校,研究機関を訪問する際のギフトに掛ける予算2.購入頻度3.種類4.求める品質保持期限質問紙調査と並行し,製菓店や製菓企業へ調査を実施した。和菓子専門店,洋菓子専門店,チョコレート製造の大手企業などを選定した。内,和菓子専門店美奈川製菓にヒアリング調査を依頼し,本学の演習室と店舗間にてインターネット経由での映像と音声,テキスト情報共有によるヒアリング調査を実施した。 成果の概要 質問紙調査は天久保キャンパス・春日キャンパスの両キャンパスの教職員8名に対して実施した。調査の結果,両キャンパスでの年間必要数は100個程度と推定でき,適正価格帯は2,000~3,000円に設定した。本学の規模の問題もあり,アンケート結果から想定されるロット数が少ないため,一からの商品開発は困難と判断,製菓店が既に商品ラインナップとして持っている既製品を元にパッケージデザインを中心に進めることとした。商品開発 を取りやめたため,商品開発班は目的を変更し,パッケージデザインを行うこととした。ロット数から大規模な開発が難しいため,大手製菓会社ではなく,小規模経営の製菓店に商品開発協力を打診した。結果,つくば市の洋菓子専門店マグノリアの協力を得られ,パッケージデザインを中心とした商品開発を進めることとした。洋菓子専門店マグノリアは既製品として1000~3000円内外の焼菓子の詰め合わせ商品を持っていたことから,2000円強のセットを選定し,以下についてそれぞれ担当を分けてデザインした。1.包装紙2.掛け紙3.シール(商品貼付,掛け紙の固定などに利用)4.リーフレット5.リーフレットに用いる焼菓子のイラスト上記それぞれのデザインについて,最終的に採用された学生作品を図1~5で示す。また,図1~5の各成果物を組み合わせ,最終的に商品として完成した時の状態を,図6~8で示す。 図1 包装紙(A1) 図2 掛け紙(164mm×257mm) 図3 シール(6種17枚) 図4 リーフレット(295mm×99mm,巻三つ折り) 図5 リーフレットに用いた焼菓子のイラスト 図6 包装状態 図7 包装紙をといた状態 図8 化粧箱の上蓋を外した状態 まとめ 本事業を通じて,専門家へのヒアリング調査やアンケート,商品化を目的とした開発を行うことで,聴覚障害学生の課題探究と解決力,対話力の向上を試みた。本事業は本学初の試みであり,限られた予算や時間の問題から,当初の計画通り進んだとは言い難い。しかしながら健聴者とのやりとりを通じて実際の活用を見込んだ開発を行うことで,通常の演習課題では得られないような企画や運用に関する諸問題について考える機会を設定することができたと考えている。また,本事業の成果物は商品化されており,ギフトとして本学の教職員が実際に活用できる。既に学校訪問時のギフトとして活用いただくなど,本学のブランディングにも寄与できた。