瘀血病態と駆瘀血剤薬理効果の画像化と酸化ストレス機構の解明─ 先端スピン応用医学の東西医学への展開4 ─ 平山 暁1),富田 勉2),青柳一正1),藤森 憲1),片山幸一1)筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)株式会社タイムラプスビジョン2) キーワード:瘀血,一酸化窒素,酸化ストレス,微小生体撮影 1.研究背景 2009年2月,米国バラク・オバマ大統領は「アメリカの回復と再投資法(Recovery and Reinvestment Act)」を調印し,この中で補完・代替医療を大きな研究対象と位置づけた[1]。これにより米国では補完医療が推進されNational Center for Complementary and Integrative Healthに年間5億ドル程度の規模で研究が推進するなど東西医学の統合医療に対し期待が高まっている。漢方治療と最先端の西洋医学治療を両立させる本学東西医学統合医療センターはこのようなニーズに応えうる能力を有しており,不断なく患者数の増加が続くなか,本学の重要な使命となっている。 西洋医学にはない東洋医学の特徴的病態として瘀血がある。瘀血とは血(けつ)の流通に障害を来した病態であり西洋医学用語に直訳すれば血行障害であるが,病態としてはこれに留まらず,腹痛,腰痛,顔面紅潮,冷え,月経異常,痔疾,打撲,不眠など幅広い。西洋医学的な血行障害は大血管から細小動脈にいたる動脈系の血流不全もしくは静脈還流異常を指すが,瘀血ではこれに加え毛細血管レベルでの組織還流不全が含まれる。東洋医学特有の病態である瘀血に対する漢方治療の需要は必然的に高く,駆瘀血作用を有する和漢薬(桂枝茯苓丸など)の処方頻度は本学医療センターにおいても高い。一方で,瘀血病態の病理学的解明や駆瘀血剤効果の薬理学的解析などは依然未知の部分が多い。動脈系の血行障害は細小動脈レベルまで詳細に解析されており,また静脈系に関してもドップラー超音波法や磁気共鳴画像法(MRI/MRA)の進歩により解明されつつある。対して瘀血病態の中心である毛細血管レベルでの血行動態の描出には技術的困難が伴う。また,この微小循環動態には一酸化窒素(NO)や活性酸素種(ROS)が大きく関与し,酸化ストレス病態との関連が指摘されているが[2], 微小循環レベルでの酸化ストレス描出もまた大きな困難を伴うため,全容の解明には未だほど遠い。これまで申請者は本競争的教育研究プロジェクト事業や科研費研究を通じ,臨床応用に通じる酸化ストレス研究を「先端スピン応用医学の東西医学への展開」と題し病態解析と治療応用という両面から進めてきた[3]。本研究では,申請者のこれまで培った酸化ストレス研究と生体撮影技術の癒合により,瘀血病態および駆瘀血剤薬理効果を微小循環レベルの生体撮影により画像化し,これにおける酸化ストレス機構を解明することを目指した。 2. 研究方法 瘀血病態の生体顕微鏡撮影による微小循環イメージングはラットモデルを用い,皮下および腸間膜血管の顕微鏡下撮影を行った。撮影後駆瘀血作用を有する和漢薬をラットに投与し,投与前後における体表微小血管を顕微鏡下微速度撮影し,血管系測定による血管拡張効果および血流速測定による微小循環動態を評価した。和漢薬としては桂枝茯苓丸(300mg/kg)を用い,経食道的にゾンデを用いて胃内に投与した。対照群に於いては生理食塩水を投与した。NOの微小循環におけるライブイメージングはマウス腸間膜においてNO反応性の蛍光試薬DAF2-DAを用い,共晶点レーザー顕微鏡による撮影を行った。NO産生の確認はNO合成酵素阻害薬L-NMMA投与による蛍光変化により行った。NO産生量は蛍光発光を用い評価し,Image J ソフトウエアで,細動脈の領域に関心領域を設け,その範囲の蛍光強度平均を求めた。生体顕微鏡微小撮影は株式会社タイムラプスビジョンにおいて行った。 3. 結果 ラット腸間膜血管の微小撮影では,赤血球の流速低下, および毛細血管内での赤血球のうっ滞が認められ,瘀血病態のライブイメージングに成功した。桂枝茯苓丸の経口投与は,投与30分後より120分後までつづく瘀血の改善をもたらした。ラット腸間膜の細動脈で,桂枝茯苓丸の投与により,血管内皮細胞の領域でNO産生を示すDAF-2の蛍光強度が約1.6倍上昇した(n=6)。一方無処置のラットではDAF-2蛍光強度は変化しなかった(n=4)。NOの供与源となるアルギニンが基質としてNO合成酵素(eNOS)に結合することを拮抗するL-NMMAの投与下では,DAF-2の蛍光強度が低下することから,DAF-2の蛍光強度の変化はNO産生の変化を反映していると考えられる。 図 桂枝茯苓丸投与によるラット腸間膜のDAF2-DA蛍光強度変化。桂枝茯苓丸投与30分後よりDAF2-DA蛍光強度が上昇し,NOが産生されていることがわかる。 4. 考察 瘀血病態に関しては,西洋医学における循環不全との類似性によるアプローチにより,レムナントリポ蛋白や自律神経系における報告がある[4]が,依然未知の部分が大きく,東洋医学における概念の域に留まっている。瘀血病態微小循環については,赤血球変形能や血管内皮機能に関する報告がある(Phytotherapy Res. 16:524:2002,日本東洋医学会誌61:847:2010)が,詳細なイメージング例はない。瘀血病態とともに漢方製剤の薬理効果を示す例は少なく,貴重な成果といえる。NOは内皮由来血管拡張因子として同定されて以来,血流調節に極めて重要な生理活性物質とされている。瘀血病態における血漿NO代謝物測定(和漢医薬学雑誌14:444, 1998),桂枝茯苓丸や治打撲一方などの駆瘀血剤につき血管内皮機能の評価や簡易的な抗酸化能評価の報告(日本東洋医学雑誌18:113:2010)があるが,詳細な検討はない。本研究では,東洋医学における重要な疾患概念である瘀血病態および駆瘀血剤である桂枝茯苓丸の薬理効果に於いて,NOが深く関与することを明らかにしたものである。 5. 謝辞 本研究の遂行に関し,伊藤紘氏・松井裕史博士(筑波大学大学院人間総合科学研究科)の協力に深謝致します。本稿は研究成果報告書であり,詳細は今後論文発表予定である。 6.参考文献 [1] The American Recovery and Reinvestment Act of 2009. 2009.2.17 USA.[2] Kasahara Y, Yasukawa K, Kitanaka S, et al. Effect of methanol extract from flower petals of Tagetes patula L. on acute and chronic inflammation model. Phytotherapy Research 2002:16(3):p217–222[3] Hirayama A, Okamoto T, Kimura S, et al Kangen-karyu raises surface body temperature through oxidative stress modification. Journal of Clinical Biochemistry and Nutrition, in press. doi:org/10.3164/jcbn.15-135[4] Takuya Y, Shintani T, Tahara E et al. Association of remnant-like lipoprotein particles cholesterol with "oketsu" syndrome J Trad Med, 2006:23(6):p147-150.[5] 中永 士師明.治打撲一方服用による酸化度・抗酸化力の変化について。日本東洋医学雑誌2010:61(6):847-852. 7.関連発表等 [1] 富田 勉,平山 暁,松井裕史,他.冠元顆粒の血管内皮細胞のNO産生促進による血流改善作用 第68回日本酸化ストレス学会学術集会 2015.6 (鹿児島市,鹿児島県)