H27部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション「聴覚・視覚障害学生のための安全管理と環境整備」の開催報告 若月大輔1),新井達也2),宮城愛美3)筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部2)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部3) 要旨:筑波技術大学で行われた「部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション」について報告する。3回目の開催となる平成27年度のテーマは「聴覚・視覚障害学生のための安全管理と環境整備」である。本学の教職員5名からテーマに関する話題提供をいただき,その後,話題提供者をパネリストとしてディスカッションを行った。本稿では,今回のディスカッションの内容について報告する。 キーワード:聴覚障害,視覚障害,安全管理,環境整備,開催報告 1.はじめに 筑波技術大学の学術・社会貢献推進委員会では「部局を越えたテーマ別教育研究推進のためのディスカッション」を毎年開催している。これは,筑波技術大学における部局やキャンパスの枠を越えた全学的な共同研究,教育研究活動の高度化の推進を目的としており,学内の教職員からの話題提供をもとに,パネルディスカッションを行う形式の会である。平成25年度から数えて3回目の開催となる今回は,「聴覚・視覚障害学生のための安全管理と環境整備」というテーマで,2016年3月10日(木)に,春日キャンパス講堂で開催された。聴覚や視覚に障害がある学生がバリアのない教育環境で存分に学び,学生生活を送るために要求される理想的な安全管理と環境整備とはどのようなものか,また,本学の現在の状況を確認した上で課題となることはなにか,という観点にもとづいたディスカッションの場を設け,学術ならびに社会貢献に資することを趣旨とした会である。本稿では,今回のディスカッション(以下では,本ディスカッションという)の内容について報告する。 2.本ディスカッションの概略 表1に本ディスカッションの概要を示す。本ディスカッションでは,まず,学術・社会貢献委員会の三浦委員長より開会挨拶と趣旨説明,新井委員からテーマとプログラムの説明があった。次に,5名の話題提供者から各15分間の持ち時間で話題提供があり,その後,話題提供者をパネリスト として約30分間のディスカッションが行われた。そして最後に,大越学長からの講評,三浦委員長の閉会挨拶という流れで進行した。第3章で話題提供の内容,第4章でパネルディスカッションの内容を紹介する。参加対象者は,本学の教職員であり,当日は約30名が参加した。また,聴覚や視覚に障害がある教職員の参加に備え,手話通訳と文字通訳が実施され,点字資料も配布された。 表1 本ディスカッションの概要 テーマ 聴覚・視覚障害学生のための安全管理と環境整備 開催日時 2016年3月10日14時00分~16時00分 開催場所 筑波技術大学 春日キャンパス講堂 話題提供者(所属等)話題提供 (1)山脇博紀(産業技術学部総合デザイン学科・准教授) 「キャンパス整備の指針について~ユニバーサルデザインと安全・安心デザインの観点から~」 (2)伊藤三千代(産業技術学部総合デザイン学科・准教授) 「聴覚障害学生のための安全管理と環境整備~音と光の警報設備に関する調査から~」 (3)天野和彦(障害者高等教育研究支援センター障害者基礎教育研究部・准教授) 「聴覚・視覚障害学生のための 安全管理と環境整備 ~春日キャンパス体育館~」 (4)関田巌(保健科学部情報システム学科・教授) 「施設環境防災委員会の施設整備と安全管理に関する実際の取り組み」 (5)板谷聡(財務課・専門員) 「みんなのみらいづくり-キャンパスマスタープラン2015-」 参加対象者 筑波技術大学教職員 情報保障 手話通訳,文字通訳,点字資料配布 実施担当 学術・社会貢献推進委員会新井達也(司会担当),宮城愛美,若月大輔,三浦寿幸(委員長) 3.話題提供の内容 話題提供は,まず,テーマ全体を俯瞰した内容,次に,聴覚・視覚障害者に対する具体的な配慮や取り組みに関する内容,さらに,本学の施設防災委員会における活動内容,そして最後に,本学のキャンパスマスタープランに関する内容の順序で行われた。これらの内容について3.1節から3.5節にまとめる。 3.1 キャンパス整備の指針について(山脇准教授)1番目の山脇准教授からは,テーマに全体を俯瞰した内容について話題提供があった(図1参照)。建築が守る安全に関する最低限の指針が建築基準法に定められているが,これらを補完する法律としてバリアフリー新法[1],茨城県ひとにやさしいまちづくり条例[2]の内容について解説がなされた。これらの法律や条例では,建築物の規模や利用目的の分類ごとに施設整備のガイドラインが示されており,本学の位置づけについても説明があった。これらの法には,学びやすさや大学生活の快適さなどについては,ほとんど基準が示されていないのが現状で,キャンパスのバリアフリーは各組織で自助努力を重ねる必要があるとのことであった。このような状況を受けて,日本建築学会などで大学特有の建築配慮についてリスト化,ガイドライン作成の動きがあることも紹介があった。また,文科省の国立大学等キャンパス計画指針[3]に示されている内容について外観した上で,建築の視点からそれらを補完する安全デザインと安心デザインについて解説がなされた。安全デザインについては,アフォーダンスの考慮,性能設計およびヒヤリハット収集の必要性について実例をまじえた説明があった。安心デザインについては,環境デザインとそのコントロールで犯罪を抑止する手法のCPTED,環境管理が犯罪抑止につながるという考え方の割れ窓理論について説明があった。現状ではキャンパスの安全管理や環境整備に対する法による強制力はないため,本学のこれまでの蓄積を活かした安全デザインと安心デザインの実践を提案するかたちで発表がしめくくられた。 図1 話題提供1の様子「キャンパス整備の指針について~ユニバーサルデザインと安全・安心デザインの観点から~」 3.2 音と光の警報設備について(伊藤准教授)2番目の伊藤准教授からは,聴覚障害者のための安全管理と環境整備として,音と光による警報設備について話題提供があった(図2参照)。音と光の警報設備については,日本の消防法では定められていないが,米国や英国などでは設置が義務付けられており,光度や色,回転灯の回転数なども決められているとのことであった。各国の基準化の動向も示され,日本でも2015年にガイドライン案が作成されたとのことであった。聴覚障害者用のシステムとしては,火災報知機と連動して,フラッシュ等で知らせるシステム,携帯メールを送るシステムなど,その効果を検証した他の研究事例とともに解説があった。また,本学天久保キャンパスの寄宿舎E棟に,自動火災報知機システムと連動する光警報装置を設置しており,これらは本学で実施した実験を元にしたとのことであった。同実験は,その当時海外で使用されていた光警報装置5機種について,光警報に気がつくか評価したもので,就寝時間以外において15カンデラ以上とのことであった。最後に,本学における聴覚障害者に対する防災管理や災害対策として,災害別・発生時別の避難方法,避難経路,避難用具・防災設備の見直しが課題であること,聴覚障害者が自らの防災行動力の向上を図ることも大切であることが述べられた。 図2 話題提供2の様子「聴覚障害学生のための安全管理と環境整備~音と光の警報設備に関する調査から~」 3.3 春日キャンパス体育館について(天野准教授)3番目の天野准教授からは,春日キャンパス体育館を中心に,視覚障害者に配慮された施設と体育教員として実践されてきた工夫についての話題提供があった(図3参照)。最初に,各学生の見え方にはさまざまな状態があり,全く見えない人,見えにくい人,それぞれに対する工夫が必要であることが強調して述べられた。スポーツを行う際の危険防止,位置の認識,明るさの調節,誤認防止のために,触覚,聴覚,視覚を活用した設備の紹介があった。例として,衝撃を和らげるため体育館の壁のクッション,全盲の学生でも自分の位置が判断できるように壁に向かってゆるい傾斜があるフロア,音でコーナーがわかるように設置された四隅のスピーカ等について解説があった。また,視認性のためフロアにはその時に行なう競技のラインだけをひく,ラインテープと重ねてひもを床に敷く等,授業での細やかな配慮についても述べられた。プールやシャワーの動線には点字ブロックが敷設できないため,工事現場で使用される滑り止めテープを使用した例や,ランニングマシンの手すりにはひもを付けたことで,手を自由に振りながらも踏み外すことなく走ることができる例をあげ,一般的な用具でも工夫ができるとのことであった。 最後に,それらの工夫の実践方法について述べられた。学生からの要望があると,まずは身の回りのものを使って試行するが,うまくいかない場合は他の方法を考える,というように,大がかりな方法ではなく身近なもので実践することが大事であるとのことであった。また,専門家ゆえの思い込みがあることもあり,何がよいのかは常に当事者に確認することが大事であることが強調されて発表がしめくくられた。 図3 話題提供3の様子「聴覚・視覚障害学生のための 安全管理と環境整備 ~春日キャンパス体育館~」 3.4 施設環境防災委員会の活動について(関田教授)4番目の関田教授からは,施設環境防災委員会委員長として,同委員会の活動報告とその他関連する話題提供があった(図4参照)。初めに学内の安全管理と環境整備に関係すると考えられる委員会・室について解説があった。 図4 話題提供4の様子「施設環境防災委員会の施設整備と安全管理に関する実際の取り組み」 施設環境防災委員会の活動については,大きく安全管理と環境整備に分けて紹介があった。安全管理の部分では特に耐震対策について検討していること,具体的には,防災トイレ・蓄電施設等の施設整備,食料等の備蓄,防災訓練の実施,安否確認システムの導入,防災マニュアルの策定について述べられた。既に整備されている内容でも,避難訓練のマンネリ化を避けるため煙ハウス体験を導入したり,レポートを調査して防災食料を増やしたりするなど,最新の対策にするための活動について紹介があった。また,安否確認システムを導入したが,まだ全体の4割の方が登録していないことに触れ,参加者への登録を促した。次に環境整備については,「キャンパスマスタープラン2015」策定までの経緯を話された。続けて,施設環境防災委員会のバリアフリー実施WGの活動について,安全対策・ユニバーサルデザインの視点で,特に春日キャンパスの各設備の解説が行なわれた。最後に,近隣のコンビニエンスストアへアクセスするための,点字ブロックの敷設について働きかけたトピックが紹介され,発表がしめくくられた。 3.5 キャンパスマスタープランについて(板谷専門員)5番目の板谷専門員からは,キャンパスマスタープラン[4]に基づいて,本学の設備整備の状況や今後の計画について話題提供があった(図5参照)。天久保キャンパスについては,西側入り口付近の点字ブロック設置,構内各所の階段滑り止め塗装,特殊実験棟のスロープ設置,大学会館自販機コーナーの桝蓋改修,学生寄宿舎の改修,共用棟北側の道路補修などの説明があった。春日キャンパスについては,校舎棟エントランスの案内板前点字シート,学生寄宿舎D棟の車椅子対応ユーティリティー,学生寄宿舎歩道の段差解消工事,電子マネー対応自動販売機の導入,大学会館北側渡り廊下の柱の移設と入口スロープの設置,東西医学統合医療センターの自動扉設置,構内各所の車椅子対応トイレの設置などが説明された。また,今後の計画と課題として,春日キャンパス校舎棟に人感センサーを設置すること,いつ予算化されても対応できるように緊急性や予算規模を想定し準備すること,教員側の考えが施設係に伝わるように連携することなどが挙げられた。 図5 話題提供5の様子「みんなのみらいづくり-キャンパスマスタープラン2015-」 4.パネルディスカッション 5名の方々からの話題提供の後,パネルディスカッションの時間が設けられた。プラン実行のための予算,本学におけるヒヤリハットの事例,両キャンパスで横断的に取り組めるプロジェクト,情報共有や知の蓄積の方法などについて会場から質問があり,これらを中心にディスカッションが行われた(図6参照)。プランの実行のための予算については,平成29年度以降,激変緩和措置は減ることが予測され,引き続き概算要求していくと大越学長より回答があった。本学におけるヒヤリハットの事例については,春日キャンパスの西側と東側のらせん階段の巻き方が逆になっており,上り下りを間違えて足を踏み外す危険がある旨,関田教授より学生の体験に基づいた事例の紹介があった。 また,山脇准教授より,UDの確認作業をする授業の紹介がなされた。両キャンパスで横断的に取り組めるプロジェクトについては,山脇准教授より,バリアフリーチェック,安全安心のデザインチェックなどで,当事者の目線を念頭に環境作りをすることの重要性が指摘された。CPの子どもを診ることのある理学療法や環境デザインの先生方を中心に,UDの更なる向上にむけての検討が可能であるのではないかとの提案があった。関係する委員会の統合等により,情報共有や知の蓄積を容易にすることで効率化をはかる提案が会場からなされ,それに対して,大越学長より,委員会を統合することで,その委員会の業務が過重になったり,担当する事務局の違いがあったりなど課題があるとの回答があった。 図6 パネルディスカッションの様子 5.おわりに 本学は聴覚障害や視覚障害がある学生のみを受け入れている大学であるため,一般的な安全管理と環境整備から一歩進んだ対策が必要となる。本ディスカッションでは,聴覚・視覚障害に配慮したガイドラインの整備,ノウハウの蓄積と共有とその活用が重要であることが話題提供者らによって示唆された。また,安全管理と環境整備に関する社会的,法的な動向,および学内における実践的な取り組みについて情報交換がなされた。これらの成果が,今後の学内外における横断的な共同研究や事業などへの発展に資することができれば幸いである。 参照文献[1] 国土交通省,高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新法)(cited 2016-8-9),http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.files/01houritu.pdf[2] 茨城県,茨城県ひとにやさしいまちづくり条例(cited 2016-8-9),http://www.pref.ibaraki.jp/somu/somu/hosei/cont/reiki_int/reiki_honbun/o4000513001.html [3] 文部科学省,国立大学等キャンパス計画指針(cited 2016-8-9),http://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/kokuritu/__icsFiles/afieldfile/2013/09/20/1339802_2_2.pdf[4] 筑波技術大学,みんなのみらいづくり-キャンパスマスタープラン2015-(cited 2016-8-24),http://www.tsukuba-tech.ac.jp/assets/files/zaimu/sisetsu/CMP2016(1).pdf Report of Thematic Dsicussion for the Promotion of Education and Research Across Departments 2015“Safety Management and Environmental Improvement for Hearing and Visually Impaired Students” WAKATSUKI Daisuke1), ARAI Tatsuya2), MIYAGI Manabi3) 1)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology2)Division for General Education for the Hearing Impaired and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology3)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: This is a report on a panel discussion titled, The Thematic Discussion for the Promotion of Education and Research Across Departments, at Tsukuba University of Technology. The theme of this third panel discussion was Safety Management and Environmental Improvement for Hearing and Visually Impaired Students. After each panelist of five staff in our university presented on the topic, a panel discussion on the topics was held. In this paper, we describe event outline, the panelist’s presentation topics and the contents of the panel discussion. Keywords: Hearing impaired person, Visually impaired person, Safety management, Environmental improvement, report