2015年度 大学間協定に基づく国際交流 米国東部研修報告 小林洋子,中島幸則,大杉豊筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:筑波技術大学の国際交流事業の一環として,米国東部のロチェスター工科大学およびギャローデット大学での研修を2016年3月15日から25日の期間で実施した。施設見学の他,授業見学・参加,現地学生・教員との交流などで構成するプログラムを通して,参加学生のレポートや発表などから,学生の異文化理解の促進や社会認識・自己認識の深化に大きな成果があったことが見いだされた。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,ロチェスター工科大学/国立聾工科大学,ギャローデット大学 1.はじめに 本学は,ロチェスター工科大学(以下,RIT)及びギャローデット大学と個別に大学間交流協定を結んでおり,教育・学術・文化面において毎年研修を受け入れていただくなど交流活動をしている。平成27年度もこの2大学を主な訪問先とする11日間の研修を,本学産業技術学部及び大学院技術科学研究科の特設科目「異文化コミュニケーション」として実施した。本稿では,研修の到達目標,研修内容,そして研修で得られた成果について報告する。 2.研修の到達目標 本研修の授業としての到達目標は,(1)米国東部のろう者・難聴者を受け入れる高等教育機関に関する知識を得る,(2)米国東部のろう・難聴学生が取るコミュニケーション手段及び言語について初歩的な知識を得る,(3)米国東部のろう者・難聴者を含む歴史・文化に関する知識を得る,(4)社会認識及び自己認識を高める,としており,大学院生に対しては(1)〜(3)を日本の状況と比較して考察することを加えている。以上の到達目標を達成するために,米国東部のRIT及びギャローデット大学の協力を得て,大学教職員による講義や現地学生とのディスカッション形式の授業などを通して,米国東部のろう者・難聴者を受け入れる高等教育機関,学生の取るコミュニケーション手段及び言語,そして米国東部のろう者・難聴者を含む歴史・文化に関する知識を得られるようにした。また,研修を通して,受講生同士の相互協力,チーム内のリーダーシップ,ろう者・難聴者としてのエンパワメントなどと,社会認識・自己認識に関わる課題にも取り組めるようプログラムを組んだ。 3.研修先・研修期間 米国ニューヨーク州ロチェスター市にあるRITおよびワシントンD.C.にあるギャローデット大学を訪問した。これに加えて,ロチェスター市にあるロチェスター聾学校の訪問とワシントンD.C.市内の見学を実施した。また,移動日は空港のアクセシビリティ等をチェックする作業も取り入れた。研修期間は,2016年3月15日(火)から3月25日(金)であった。 4.参加者および引率教員 学部生3名,大学院生1名:・平井見奈(産業技術学部産業情報学科2年)・増田汰地(産業技術学部産業情報学科2年)・滝井怜奈(産業技術学部総合デザイン学科2年)・松原夢伽(大学院技術科学研究科情報アクセシビリ ティ専攻1年生)教員2名:・中島幸則(障害者高等教育研究支援センター・准教 授)・小林洋子(障害者高等教育研究支援センター・助教) 5.研修の概要 5.1 事前授業今回,学部や専攻が異なる学部生3名,大学院生1名が研修に参加した。米国東部研修に先立ち,3回にわたり天久保キャンパスにて事前授業を実施した。学生が主体となってのリサーチやディスカッションの形をとり,ロチェスター工科大学とギャローデット大学の歴史的・地理的背景や教育課程などについて各々テーマを設定し,研修における目標を明確に持てるよう指導した。 また,本学の学長リーダーシップ経費によるグローバル化支援事業の一環として開催された「英語サロン」への参加を促した。ネイティブスピーカーの講師による指導のもと,日常会話や日米の文化の違いなどを,ペアワーク,グループワークなどの方法で会話の練習を繰り返し,現地研修への準備を重ねた。1 1 学部生3名は同年度開講の「アメリカ手話」授業を履修しており,この授業においてRITの学生とビデオ電話で交流をするセッションが設けられていたことも、研修に参加するためのレディネス形成に寄与したものと思われる。 5.2 ロチェスター工科大学での研修ロチェスター工科大学は,ニューヨーク州ロチェスターにある私立の工科系総合大学であり,本学の最も古い学術交流協定校でもある。1,200名以上の聴覚障害学生が在籍し,約半数は聴覚障害学生への教育を目的に1968年にRITの一学部として設立された国立聾工科大学(以下,NTID),残りはRIT内の他の学部で様々な支援を受けながら高等教育を受けている[1]。 研修は施設の見学で始められた。NTIDの玄関とも言える,Lyndon Baines Johnson(以下,LBJ)Hallは,NTID創立の際に署名した第36代米国大統領の名前を冠した建物である。建物内は廊下が広く奥先まで見通しがよく開放感があり,ろう・難聴学生がコミュニケーションを取りやすいレイアウトと思われる。入ってすぐのところにDyer Art Centerがあり,ろう・難聴者をはじめ,聴者が作った芸術作品が常時展示されており,日本のろう陶芸家で知られる三ツ井詠一氏の寄贈作品も数点永続的に展示されている。また,廊下にはろう・難聴者の作品が多く飾られており,参加学生も興味津々に作品に見入っていた。特に日本のろう陶芸家の作品が海外の大学に飾られていることは,彼らにとって驚きであると同時に同じ日本人として誇り高く感じられたようである。RBJ Hallの2階には,聴覚障害学生のためのラーニングセンターがあり,聴覚障害学生や手話のできる教員による学習支援サービスが整っており,様々な分野の教科を指導しているとのことである。また,学生が個人で使用できるパソコンスペース,学習室が設置されており,授業外の学習時を充実させる工夫がなされていた。本学にもこのようなラーニングセンターがあれば,学生の学習意欲を高めることにつながるのではないかという意見が参加学生から聞かれた。LBJ Hallを突き進むと,Communication Service(以下,CSD)for the Deaf Students Development Centerがあり,1階には広々とした開放感のあるラウンジ,カンファレンス室,学生会室,サークル室,コーヒーショップ,2 階には学習室,多目的会議室,カフェテリアなどがあり,学生が学業に専念でき,かつ学生や教員が情報交換や憩いの場として活用されているとのことであった(図1)。また,電話リレーサービススペースがRBJ HallやCSD for the Deaf Students Development Center内の各地に設置されていたが,現在は私用のパソコンかスマートフォンからサービスを利用できるため,このスペースを利用している学生は殆どいないとのことである。日本では電話リレーサービスがまだ普及しておらず,参加学生も使用した経験がない人が殆どで,ぜひ今度利用してみたい,学内に設置したら利用する学生も増えて社会参加の機会の拡大につながるのではないかという意見も見られた。 図1 CSD for the Deaf Students Development Center授業においては,まず米国におけるろう文化について学ぶ「Deaf Culture in America(米国におけるろう文化)」を見学した。聴覚障害学生ときこえる学生が一緒に授業を受けており,聴覚障害教員が手話のみで指導していた。見学したときは学生によるプレゼンテーションで,聴覚障害に関する様々なトピックを学生の視点で発表するという内容であった。手話通訳者が2名中央に座り,教員や学生のコミュニケーション状況に応じて情報保障を実施していた。「American Sign Language(アメリカ手話:以下,ASL)」の授業では,RITに在籍するきこえる学生が20名程受講しており,聴覚障害教員が手話で指導しており,季節や食べ物など日常生活に関するものをテーマにASLの表現を教えていた。学生は,手話通訳士の資格や聴覚障害に関する分野に関心があるということではなく,第二言語としてASLを学ぶという学生が殆どのようであった。この授業では本学の学生も現地学生に交じってASLを学んだ。逆に,現地学生から日本手話や日本のろう文化について聞かれ,ASLで紹介する場面も見られた。次に見学した「Business(ビジネス)」の授業はRIT学生向けに開講されている授業であったが,教員は聴覚障害者であり聴覚障害学生も多く受講していた。その日は0〜20ドルの範囲で商品開発やサービス業の開業をどう行うかというテーマを 元に学生が自ら内容を考え,プレゼンテーションするというものであった(図2)。手話通訳者2名が待機し,状況に応じて通訳をしていた。 図2 授業「Business」の様子「Visual Expression of Deafhood(ろうであることの視覚的表現)」の授業では,聴覚障害学生が障害者としてのライフヒストリーを作品製作で表現するというもので,米国らしい内容であった。授業担当教員の計らいにより,本学の学生も現地学生に混じって,教員や現地学生とコミュニケーションを取りながら作品制作に真剣に取り組んだ。また,RIT内に設置されている,手話通訳や文字通訳などの支援を提供するアクセスサービス部門(Department of Access Services)を見学し,部門の概要や情報保障の内容について説明を受けた。 図3 学生同士の交流の様子聴覚障害のあるなしに関わらず全員が音声を使わないで交流することを目的とした「No Voice Zone」という学生が主体的に実施しているイベントやRITに在籍するアジア系の学生の団体である「Deaf Asia Club」の活動にも参加した。本学の学生は,自ら積極的にASLや英語で相手 に伝えるなど,事前授業の成果を活かせていた。他にも学内見学や授業参加の合間にカフェで現地学生に話しかけるなど,積極的なコミュニケーションが見られた(図3)。5.3 ギャローデット大学での研修ギャローデット大学は,米国の首都ワシントンD.C.にある世界で唯一の聴覚障害学生のための私立の人文科学系の大学である。約2,000人の聴覚障害学生が在籍しており,学生のニーズに配慮したプログラムとサービスが提供されている。また,各国から聴覚障害学生が学び,帰国後はそれぞれの母国で活躍する人材を輩出しており,世界のろう運動をリードする存在としても知られている。まず初めに,Office Research Support and International Affairs(研究支援・国際協力室)で,大学の概要について説明を受けた。その後に,大学図書館を見学した。大学図書館は世界屈指の聴覚障害関連のコレクションを誇っており,書籍からVHS・DVD映像資料,オンラインデータベースなどを保管している。地下1階資料室には世界中の聴覚障害における歴史や文化に関係する未公開資料が保管されており,今回特別に室内を見学することができた。図書館の施設内は全体が見渡せることができ,視覚的にアクセシブルな構造になっている。また,デフ・スペースの概念を取り入れた特徴的な建築パターンが学内のあちこちで見られた(図4)。 図4 Language and Communication Center「デフ・スペース・プロジェクト」メンバーの話によれば,聴覚障害者の独特の感覚に対応した空間と環境作りを目的としており,部屋の寸法や色,窓のブラインドや柔らかい間接照明など,空間や環境を調節することで手話を明確に見せ,目の疲れを軽減する工夫などがなされているとのことである。参加学生も「デフ・スペース」について事前授業で情報を収集するなりある程度知識を有していたものの,実際に自分の目で見ることでより深く理解できたようである。ギャローデット大学は1864年に創立,150年以上の歴史を誇っており,創立当時の面影を残す歴史的建造物が残っている。学長室の前をはじめ,ビジターセンターや学生アカデミックセンターなどに,今までに起きた出来事や聴覚障害に関する歴史について,イラストや写真を取り入れたパネルや歴史年表,そして実際に使用されていた物品などが展示されており,視覚的に見やすく英語が苦手な人でも内容を理解でき,楽しめる工夫がなされていた(図5)。また,スポーツなどで受賞したトロフィーや賞状をはじめ,学生や卒業生が作製した作品などが自然と目に入るような場所に飾られていた。本学学生も興味津々に学内の各地に展示されていたパネルや歴史年表等に見入っていた。 図5 ビジターセンターでの展示授業においては,言語学教育の第一人者で通訳学科の教員であるKeith Cagle博士より,特別授業「ASL,フランス手話,教会手話との関係」を受ける機会を得た。ASLはフランス手話から枝分かれしてきた手話として知られているが,元々フランス手話は教会手話から発展していったものである。これは,聴覚障害教育の背景と関連しており,それぞれの手話の表現からその歴史を紐解くことができるという興味深い内容であった。「Dynamics of Oppression(抑圧の仕組み)」の授業は,聴覚に障害があることで抑圧されてきた経験について,学生同士でディスカッションしながら様々な抑圧のパターンについて学ぶというものであった。日本ではどんな障害者に対して抑圧があるのか,学生はどんな抑圧を経験したことがあるか,現地学生と本学学生が積極的に意見交換をしながら日米の相違についてディスカッションする有意義な時間となった(図6)。大学進学前の学生,特に外国の留学生に対して,第二言語としての英語による教育を提供している英語学院では,「英語1」から「英語5」までそれぞれの授業を見学した。 学生の英語力に応じてクラス分けをしており,1クラス3〜10人ほどであった。アジア系をはじめアラブ系の留学生が多く,殆どの受講生が英語学院のプログラムを良好な成績で修了した後に大学に進学しているとのことであった。他にASLと文化研究コースも提供しており,文化研究コースのうち「Cross Cultural Communication,(異文化コミュニケーション)」に特別参加させていただくことができた。積極的,消極的など感性をテーマに,講師が例を出しながら受講生が内容を理解できているか,学生の経験や意見を引き出しながら授業を進められていた。 図6 現地学生と本学学生同士で議論している様子また,学生の団体であるStudent Body Association(学部生による学生会),Graduate Student Association(大学院生による学生会),Asian Pacific Islander Association(アジア系学生による学生会)と意見交換する機会を得た(図7)。 図7 学生団体代表との交流学生の団体は,常日頃からアンケート等で学生の意見を聞くとともに,サークル代表同士の意見交換も行っているとのことであった。また,時には学長をはじめ学内の幹部と大学 におけるポリシーなどについて積極的な意見交換を行う機会もあるとのことであった。他に,毎年秋頃に開催されるイベント「Homecoming(ホームカミング)」や様々なイベントの企画も担当しているとのことであった。「Homecoming」は,在校生や教職員を始め,卒業生や家族などが集い,ネットワークを広げたり情報交換したりする機会の場としても知られており,学内見学,演劇,スポーツ,大学の歴史を紹介したエキシビション,食事の提供など様々な企画が盛り込まれており,特に人気があるイベントとのことであった。それぞれの団体が活動するための部屋が設置されており,学内でも重要な存在として一目置かれているようである。米国の歴史と政治を知る活動として,ワシントンD.C.にある国会議事堂やリンカーン記念館等を見学した。国会議事堂では,事前に予約していなかったにも関わらず,常勤のASL通訳者が議事堂内ツアーをASLで案内してくださった。リンカーン記念館では,ボランティアのガイドさんから,ギャローデット大学は当時のエイブラハム・リンカーン大統領が署名して設立されたという説明を聞く機会があった。米国文化等の説明に真剣に聞き入る本学学生の姿が見られ,充実した体験となった。 5.4 事後授業研修期間中,学生には毎日研修で学んだことと考察を日報にまとめさせ,教員がフィードバックする方法を取り入れた。帰国後に事後授業を実施し,日報の内容をもとに今回の研修成果をレポートにまとめさせた。また,研修報告会で,参加学生が1人ずつ研修先の様子や研修を通して得た経験について紹介した。 6.まとめ 各大学では教職員のご協力を得て,施設見学,授業参加のみならず,学生同士の交流企画や教員による特別授業なども組まれたため,本研修の目的を達成するに十分な活動内容となった。 学生から,本学の既設授業で学んだ内容をASLで再び学ぶような部分もあり,ASL力の向上にもつながった自覚があるという感想があった。学生に共通する感想として,各大学の授業で学生一人ひとりが積極的に発問したり意見を述べたりしている様子を見て,日本人の自分たちもこういう積極性を身につけることが大事であるという点があげられる。また,各大学の施設で教職員と学生が交流しやすい場が作られていることが大きく印象に残ったようである。 これら学生の所感は,毎朝提出させた日報でも高等教育機関,コミュニケーション,情報保障,ろう者社会,手話言語などをトピックに詳しく書かれ,その所感をもとに日米の違いを考察する記述も見られた。また,自己のASL能力,コミュニケーション能力,アイデンティティなどに関する自己分析にも学生一人ひとりが真摯に取組めており,将来的な目標の発見にも繋がったものと考えられる。この様子から,学生の異文化理解の促進や社会認識・自己認識の深化に大きな成果が得られたであろうことを確認した。謝辞本研修の実施に際し,訪問先との交渉や連絡などにご協力いただいたロチェスター工科大学およびギャローデット大学の関係者に心から感謝の意を表したい。また,日本学生支援機構および筑波技術大学基金から,参加学生への助成をいただきましたことに深く感謝いたします。参照文献[1] ロチェスター工科大学/国立聾工科大学ホームページ.http://www.ntid.rit.edu International Exchange Based on 2016 Inter-University Agreement:A Report on a Study Tour to the United States of America KOBAYASHI Yoko, NAKAJIMA Yukinori, OSUGI Yutaka Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: In March 2016, a group of six people (three undergraduate students, one graduate student, and two faculty members) embarked on a study tour of the United States of America as part of an international exchange project. We visited the Rochester Institute of Technology and Gallaudet University. In this tour, we participated in several classes, exchanged information with university students and teachers, and more. Based on the students’ final reports and presentations following this study tour, we determined that this tour succeeded in promoting the students’ cross-cultural understandings, as well as deepening their social recognition and self-recognition. Keywords: International exchange, Cross-cultural communication, Rochester Institute of Technology, Gallaudet University