第10回アイオワ大学研修報告 井口正樹,三浦美佐 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 要旨:国際交流委員会活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州アイオワシティー)での海外研修が平成27年9月に行われた。アイオワ大学は,世界大学ランキングでも,200位以内にも入る世界有数の名門大学である。今回の研修には理学療法学専攻から2名の学生が参加し,11日間行われた。研修内容は,大学院や学部の授業参加,研究活動見学,医療施設見学などであった。さらに,アイオワ大学の幅広い教育分野を活かし,理学療法学科以外の授業にも参加することができた。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じて,自主的に学ぶことの重要性を認識できた。また,アメリカの理学療法士には開業権があり,制度や実際場面についても学ぶ機会を得た。一方で,病院やスポーツクリニックでの理学療法現場の見学を通じ,職業観のさらなる醸成をはかることができ,有意義な研修であった。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 理学療法士の養成教育が大学院レベルで行われていることに代表されるように,米国の理学療法教育は世界的にみてもレベルが高い。その米国の理学療法養成校の中でもアイオワ大学はトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しており,また本学卒業生が大学院に留学した実績がある。今回10回目となる本研修は,新たな取り組みも行われたので以下に報告する。 2.活動の目的 国際交流委員会の事業の一つとして,リハビリテーショを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,ま向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活医療人としての将来像を描くことを目的とした。また,本研修は特設科目「異文化コミュニケーションD・I」として単位認定される。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流委員会が定める学生募集要項に従い,学部生では保健科学部を,院生では保健科学専攻を対象に周知した。その結果,派遣人員2名に対し2名の応募があり,成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査を行い,2名とも基準を満たしており,派遣学生と決定した。 引率教員としては,大学間交流協定の世話人でアイオワ大学を卒業している井口と,専攻教員三浦が派遣された。 4.参加学生 ・酒井駿輔:保健科学部保健学科理学療法学専攻3年・守田実希:保健科学部保健学科理学療法学専攻3年 5.研修期間・主な研修施設とその概要 期間は,平成27年9月16日(水)~9月26日(土)であった。主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法・リハビリテーション科学学科Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science)であった。本学科にはDPT(Doctor of Physical Therapy)プログラムとPhD(Doctor of Philosophy)プログラムがあり,前者は,学士取得後に2年半のプログラムで将来,理学療法士(PT)を目指す学生が入学する。後者は本分野で研究者・教育者を目指す学生が入学する。また特記すべきは,米国のPT養成課程DPTプログラム)は大学院レベルであり,アイオワ大学で理学療法を専攻するためには,通常よりも好成績でなければ入学許可されないことである。 6.事前研修・出発 3回にわたり本学保健科学部キャンパスにて,事前研修 が行われた。学生のうち,一人は海外滞在が初めてで,もう一人は米国ハワイ州での観光経験はあったが本土は初めてであった。事前研修では,渡米時・入国時の注意点やアイオワ州やアイオワ大学の概要を井口が説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,事前に入手した情報・配布資料に基づいた参加予定の授業の予習,学生への課題である現地での英語による発表の練習・指導などもここで行った。 7.研修内容 7.1.体験授業今回の研修では理学療法士養成課程(DPTプログラム)のから3コマと健康と生理学学科(Department of Health & Human Physiology)から1コマの計4コマの授業に参加した。うち健康と生理学学科の授業は,本研修では初めて参加した。井口は留学中に,本学科の生体力学や骨格筋生理学など素晴らしい授業を受講した経験があり,学生にも受講してもらいたいと考えたため,障害学入門(Introductions to Disability Studies)の参加に至った。 理学療法学科の授業としては,前回同様,理学療法学入門(Principles of Physical Therapy),筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics),専門職間教育(Inter - Professional Education)の3コマの授業に参加した。一年次学生対象の「理学療法学入門」は,理学療法の基礎を教える授業であり,今回は肩,肘,手関節の関節可動域測定の方法について実習で学んでいた。ケリー・サス(Kelly Sass)先生に加え,二年次の先輩学生5,6人が手伝いで参加しており,下級生を教えていた。配布資料はほぼ空欄の表が記載されているのみで,書かれた資料をただ読むのではなく,口頭で聞いた情報をアクティブに記入し,本学学生が現地学生の可動域を測定する,などの交流を持つことが出来た(図1)。他の授業は全て2年次学生が対象であり,「筋骨格系治療学」では,肘の評価が実技で行われ,触診や靭帯へのストレステスト等を教えていた。検者の立ち位置や手の置く位置など,デイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生の細かで具体的な指導を受けた。実際に本学学生の二人も,先生の徒手療法を受け,また先生に手を取ってもらうことで,徒手療法の方法を実践できた(図2)。授業の最後では,クラスの半数(18人)が手技を受けるため,ベッドで横になり,残りの半数の学生が1分毎に人を変えて手技を与える,という練習をしており,本学学生の二人も参加できた。こうすることで,様々な関節の動きやすさや体の大きさが体験でき,反復練習が行えるため,知識と技術の定着をはかることができる。「専門職間教育」では,次週,同大学の医学生一年次に対して主に膝の解剖学を,PT学生がゲストとして教え るための準備をしていた。具体的にどれだけの情報を,どのような順序で教えるか等は,全て学生に任されており,トピックは解剖学にとどまらず,膝の靱帯や筋力の検査方法もカバーしているため,少人数のグループワークで準備させていた。本授業は,早い時期に医学生がPTについての知識を深めることができ,またPT学生は臨床に出ると毎日のように患者に対して説明をしなければいけないので,双方にとって有益と考えられた。 図1 理学療法学入門の体験授業で,現地学生の関節可動域を測定している酒井君の様子。 図2 筋骨格系治療学での体験授業で本学の学生に対して,デイビッド先生が指導している様子。 次に,学部生対象の「障害学入門」の授業では,将来理学療法士や作業療法士を目指す学生が受講していた。講師はレクリエーション療法を専門とする先生で,授業内容は自閉症や聴覚障害のクラス内シミュレーションであった。例えば,聴覚障害のシミュレーションでは,学生がペアとなり,一人は声を出さずにある文章を読み,もう一方の学生は読唇でその文章を当てる,という課題であった。課題として前もって多くの論文を読むことが前提となっており,それらに基づいて授業が進められた。 7.2.研究室訪問本研修では理学療法学科内の6つの研究室に加え,同じ医学部にあるビジョンリサーチ(The Stephen A. Wynn Institute for Vision Research)を訪問した。学科内の研究室は,運動制御,心血管機能,痛み,スポーツ医学など,多岐にわたる分野での研究が活発に行われていた。各研究室のディレクター(教員)または所属する大学院生によって,口頭による説明のみならず,実際に研究機器を使用する機会も得た(図3)ので,理解がしやすかった。ビジョンリサーチは,遺伝性全盲の根絶を加速させるために設立された研究所で,ips細胞を使用した再生医療の研究や遺伝子レベルでの病因解析など,最先端の研究が行われていた。派遣学生は学部生であったため,どの研究室でも日本語に訳してもかなり難しい内容ではあったが,わかりやすい説明や実際に研究機器に触れることで,理解が容易となるよう,配慮をいただいた。 図3 大学附属病院内の「神経可塑性研究室」を訪問し,筋肉の活動を計測する筋電図の説明を受けている様子。 7.3.医療施設見学本研修では,前回同様の4施設(大学附属病院(University of Iowa Hospitals and Clinics),理学療法士による個人経営のクリニックであるパフォーマンスセラピーズ(Performance Therapies),リハビリテーション回復期病棟を有する一般病院のセントルークス(St. Luke’s)病院,そして大学附属のスポーツ医学クリニック(University of Iowa Sports Medicine Clinic)(図4)を訪れた。これらの施設は,どれも病期(急性期,回復期など)や疾患(整形外科疾患や神経疾患など)が異なり,その多様性が学べた。多くの施設で見学にとどまらず,治療機器を実際に使用し,説明してくれた現地の理学療法士が派遣学生に対して簡単な質疑応答も設けていただき,様々な体験をすることが出来た。 7.4.その他今回,学生たちは課題の一つとして,英語での発表を現地の授業の中で行った。概要は,リチャード・シールズ(Richard Shields)先生のDPT二年次学生の授業の時間を1時間ほど頂き,はじめにシールズ先生による本学の紹介や交流の経緯等の簡単な説明をしていただいた。その後,井口が理学療法士や教員,研究者として働く上での視覚障害の影響を説明し,また学生たちも学生の目線で見た,本学やその学習環境,学生生活などの内容で,教員の指導の下に事前準備をしっかり行ない発表した。発表後には多くの質問があり,現地学生の我々に対しての,関心の高さがうかがえた。 障害学生支援センター(Student Disability Service)では,どのように障害に対する特別配慮がされているのかを聞くことができた。具体的には,視覚障害者のために墨字を電子データ(PDF)にする作業で,本の背表紙裁断,スキャン,OCR,形式統一のための作業を見ることができた。語学学校では,英語力に応じて5レベルあるうちの最も上の授業に参加した。リーディングの授業であり,事前に小説を課題として読んでおり,その理解を深め,内容を確認するための授業が行われていた。体験授業とは別に,語学学校のディレクターであるモーリン・バーク(Maureen Burke)先生とも話す機会があり,語学学校の目的や現状について情報を得た。 大学附属病院にある視覚リハビリテーション(Vision Rehabilitation Science)では,現在の視力を最大限に活かす目的で,眼鏡,ルーペ,拡大読書器,パソコン,タブレットPCなどの紹介やトレーニングを行うという話,視覚障害者の移動手段,法制度などについて聞くことができた。さらに今回,特別に京都大学名誉教授でアイオワ大学神経内科教授の,木村淳先生にお会いする機会を得た。先生の半世紀以上に及ぶ,長い滞米経験のお話などが大変興味深かった。また気さくな人柄で,学生にも多くの質問をしてくださり,また「日本人,中でも若くて医学を勉強している日本人は,英語が出来なければダメだ」と,学生の勉強意欲を上げていただいた。短い時間ではあったが,大変楽しく,有意義な時間が過ごせたのを幸運に思う。 8.今後の課題 英会話の能力が高ければ高いほど,得るものは多い。事前により多くの英語に触れてもらうことで,研修の内容もより充実したものになると思われる。しかし,派遣が決まってから渡米までの短期間で英語を勉強しても限界があり,日本の英語教育の改善に期待するところが大きい。 図4 アイオワ大学附属のスポーツ医学クリニックで治療用(運動用)プールの説明を受けている様子。プールの床が上下に移動するため,足が不自由でも簡単にプールへの出入りができ,また床がトレッドミルのように動く。カメラも設置されており,水中の足の動きがモニタで簡単に把握できる。 9.参加学生(代表)の感想   (「基金への感謝のことば」より抜粋,原文のまま)今回のアメリカ合衆国アイオワ大学での研修にあたっての支援,誠にありがとうございました。当初は研修に興味を持ちつつも経済的負担を考え,決断しかねていましたが,助成金を受けさせていただいたために有意義な研修を受けることが出来ました。アメリカの意欲的な学生たち,写真でしか見たことのない設備,想像していたよりも大きなアメリカ人,といったすべてが良い刺激となりその度に自分のこれからしたいことやしなければならないことを考えるきっかけとなり,今後の学業へのモチベーションの向上に繋がりました。この貴重な経験を通して感じたことをこれからの学生生活や進路選択に活かしていきたいと考えます。 10.得られた成果・まとめ 本研修では,学生にとって良い刺激となったと思われる。日本の大学教育は受動的となりやすく,教えてもらう構えを学生は取りがちだが,米国の学生は積極的に自ら学ぼうという姿勢が強い。そのような姿勢を,実際に肌で感じることができたのは良かった。日本の授業や教科書からは得られない知見を,体験授業参加や研究室訪問を通じた国際交流で得ることが出来た。アイオワ州の理学療法士は,アメリカの保険制度の下で開業権を持ち,それぞれが責任を持って,レベルの高い理学療法治療を実施できている。体験授業で目の当たりにした高い教育レベルの必要性と授業中の緊張感はそのためであろう。本学教員と学生がアイオワ大学の学生に対してプレゼンテーションを行い,また現地の学生から活発な質問がある,など大学間交流協定を活かして両大学の学生・教員にとって有意義な研修となった。昨年度の研修が体験授業などでやや消極的であったという印象から,今年度は,講義を聴講させてもらうゲストではなく,現地学生の関節可動域を測定する,徒手療法を現地学生に対して行う等,どのような形でも構わないのでコミュニケーションが取れるよう,研修の準備段階から,アイオワ大学の教職員や本学学生に対して働きかけた。その結果,目で見る,耳で聞く,のみではなく,触れる,体を動かす,話す等,アクティブな要素を含んだ研修が行えた。今後はアイオワ大学の学生を本学に受け入れる,共同研究を更に進める,など更なる発展に努めたい。 The Tenth Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki, MIURA Misa Department of Health, Faculty of Health SciencesTsukuba University of Technology Abstract: For 8 days in September 2015, a group of 4 persons (2 students from the Department of Health and 2 faculty members) visited the University of Iowa for a study tour. The tour included physical therapy class participation; hospital, clinic, and research laboratory visits; and the meeting and exchange of information with students of the University of Iowa. The tour also included, for the first time, participation in a class outside of the physical therapy department, which was Introduction to Disability Studies. Although the study tour was short, the students from Tsukuba University of Technology were able to meet very hard-working University of Iowa students and observe advanced rehabilitation approaches. These experiences will likely encourage those who participated in the tour in many aspects.Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation