高校駅伝選手を対象としたM-Testと身体不調の関連およびその効果について 櫻庭 陽1),近藤 宏2),泉 重樹3),金子泰久4),森山朝正2)筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻2)法政大学 スポーツ健康学部3)呉竹学園 東洋医学臨床研究所4) 要旨:M-Testがスポーツ選手の全身から自覚していない不調を検出し,それらを改善できるかについて検討した。対象者は高校駅伝選手24名である。方法は自覚している不調とその程度を聴取した後,M-Testで全身の不調動作をチェックして治療点を決定した。治療は円皮鍼(0.6mm)および毫鍼(40mm, 16号)で行った。効果は,治療対象とした最不調動作をVisual Analog Scale で評価した。その結果,M-Testは約8割の対象者から自覚していない不調を検出した。また,全対象者で最不調動作の改善が見られた(平均46.1±18.8から14.1±11.3)。以上の結果より,M-Testがスポーツ選手の自覚していない不調を検出し,それらを改善する手段になると考える。キーワード:M-Test,スポーツ,駅伝,鍼治療,円皮鍼 1.はじめに 図1 M-Testの動作 日本のスポーツ領域において鍼灸治療は広く利用されており,鍼灸学術団体である全日本鍼灸学会でもスポーツ鍼灸委員会を組織して活動を行っている[1-3]。また,スポーツ鍼灸の関連書籍も多数出版され,なかでもM-Testは東洋医学の診断即治療に基づき,画一化した動作を指標として簡便に診断を行い,その結果から治療点を即時に決定できることから一般の臨床のみならずスポーツにおいても有用なツールとされている[4-8]。M-Testは,全身に及ぶ31種類,左右合計58動作(図1)によって対象経絡に伸展負荷をかけて経絡の異常を検査する方法であり,その結果から治療点を選定する治療方法でもある[9-13]。検査動作で誘発される痛みやつっぱり感,違和感やだるさ及び左右差や検者から見た客観的異常を陽性とすることから,スポーツ動作との関連や治療による変化がわかりやすいという特徴がある。また,検査動作は全身に及ぶことから,動作を指標とした全身状態を把握することができる。スポーツにおいて不調動作や自覚していない不調動作は,フォームを崩し,それに伴う障害やパフォーマンス低下を引き起こす可能性が高い。本研究ではスポーツ選手の中でも高校駅伝選手を対象に,M-Testによって全身から自覚していない不調を検出することができるか,そして検出された不調動作を改善できるかについて検討する。 2.方法 研究は高校陸上部に所属する駅伝選手を対象に,愛媛県の西条ひうち陸上競技場で実施した。実施に際してインフォームドコンセントを行い,書面で同意を得た。はじめに予診表で年齢,身長,体重,鍼治療経験の有無,自覚している不調部位とそれらのパフォーマンスへの影響を聴取した。その後,M-Testを実施して全身のチェックと治療部位を選定し,円皮鍼(PYONEX, 0.6mm)と毫鍼(40mm, 16号)(ともにセイリン社製)を用いて治療を行った。ケアワークモデル研究会認定者で臨床経験が10年以上のはり師がM-Testおよび治療を行った。評価について,自覚していない不調とM-Test陽性動作の関係は,予診表と治療前のM-Testの結果を比較した。また,治療効果はM-Testの最不調動作のVisual Analog Scale (以下,VAS)を治療前後で聴取して比較した。集計解析にはMicrosoft社製 Excel 2010を用い,解析はt検定を用いて有意水準をP<0.05とした。 3.結果 3.1 対象者対象者は男性11名,女性13名の計24名であった。男女の年齢,身長,体重,BMIの平均値は,男性が16.4歳,172.8cm,55.7kg,18.7,女性が15.9歳,157.2cm,45.9kg,BMI 18.5であった。鍼治療の経験者は各8名で計16名であった(表1)。 表1 不調部位 人数(名)年齢(歳)身長(cm)体重(kg)BMI鍼治療の経験者(名)女性1315.9157.245.918.58男性1116.4172.855.718.78 3.2 身体の不調部位身体の不調部位は予診票に記載した身体図に各部位名を示し,該当部位を丸で囲むように指示した。その結果 を全体及び男女別に表2に示す。最も多かった不調部位は股関節と膝関節で各7名(29.2%)であった。また男性は大腿部(5名,45.5%),女性は膝関節と腰部(各5名,38.5%)が多かった。さらに,不調部位の程度について,“競技ができない”,“競技はできるが十分なパフォーマンスを発揮できない”,“気にはなるがある程度のパフォーマンスを発揮できる”,“十分なパフォーマンスを発揮できる”という選択肢を設けて聴取した(表3)。その結果,“気にはなるがある程度のパフォーマンスを発揮できる”程度の不調が10名(41.7%)と最も多かった。 表2 不調部位 n=24股関節膝関節腰部大腿部下腿部足関節その他特になし女性(%)3 (23.1)5 (38.5)5 (38.5)0 (0.0)2 (15.4)2 (15.4)1 (7.7)0 (0.0)男性(%)4 (36.4)2 (18.2)1 (9.1)5 (45.5)2 (18.2)0 (0.0)0 (0.0)1 (9.1)計(%)7 (29.2)7 (29.2)6 (25.0)5 (20.8)4 (16.7)2 (8.3)1 (4.2)1 (4.2) 表3 不調部位の程度 n=24競技ができない競技はできるがパフォーマンスを発揮できない気になるがある程度のパフォーマンスは発揮できる十分なパフォーマンスを発揮できる女性(%)2 (15.4)3 (23.1)8 (61.5)0 (0.0)男性(%)0 (0.0)5 (45.5)2 (18.2)4 (36.4) 計(%) 2 (8.3) 8 (33.3)10 (41.7) 4 (16.7) 3.3 M-TestM-Testで検出された不調動作のうち,最も多かったのは股関節の屈曲・外転・外旋および膝関節の屈曲位をとるいわゆるパトリックテストの肢位(以下,パトリックテスト肢位)であった(表4)。その他,股関節の内転や屈曲など,股関節に関わる動作の不調が多く検出された。また,不調部位の中の最不調動作もパトリックテスト肢位であった。体幹,股関節,膝関節,足関節(左右計28動作)からなる下半身の動作では全ての動作で陽性がみられた。しかし,頚部から肩関節,肘関節,手関節の動きからなる上半身の動作(左右計30動作)では肩関節と肘関節のみで不調が検出され,全対象者から算出した陽性の割合は各々0.1%,1.5%と非常に少なかった。 自覚している不調部位とM-Testの陽性動作との関係を示した結果を図2に示す。棒グラフの淡色で示した部分は,自覚している不調部位と一致しているM-Testの陽性動作数(以下,自覚あり)である。濃色で示した部分は,不調を自覚していない部位に関連するM-Testの陽性動作数であり(以下,自覚なし),それらは全24名中20名(83.3%)で検出された。また,自覚している不調部位に関連するM-Test動作で検出できなかった動作数は横軸 の対象者を示したアルファベットの下に記入しており,5名で不一致が見られた。M-Testによる治療の変化は,M-Testの治療対象となる最不調動作のVAS値を治療前とその直後に聴取し,その変化を図3に示した。治療によるVAS値は,全ての対象者で改善し,その平均値は治療前が46.1±18.8から治療後に14.1±11.3と統計学的に有意に減少した(P<0.05)。 表4 M-Testで検出された不調動作 女性53.842.315.430.830.815.4男性77.350.036.49.19.136.4全体64.645.825.021.720.820.8     動作パトリックテスト肢位股関節内転股関節屈曲体幹前屈股関節伸展膝関節屈曲 ※数字は割合(%)を示す。体幹前屈など一側の動作は合計を,  両側の動作は左右合算の割合を算出した。※2割以上を越えた動作を記載した。 図2 M-Testによって検出した不調動作数と検出できなかった不調部位数  縦軸は検出した不調動作数,横軸のアルファベットは対象者を示す。棒グラフの淡色は自覚している不調部位と一致するM-Test動作の陽性数を,濃色は不調を自覚していない部位のM-Testの陽性動作数を表す。アルファベットの下の数字は,自覚している不調部位に関するM-Test動作で陰性となった部位の数を示す。 図3 治療による最不調動作の変化※介入前後の個別のデータを灰色で示し,平均値を黒色で示した。 数字は平均値±標準偏差を示す。 4.考察 本研究ではM-Testによって高校駅伝選手の全身から自覚していない不調を検出し,それらを改善できるかどうかを検討した。対象選手のほとんどが身体の不調を抱え,その部位は股関節,膝関節,腰部など体幹から下半身に見られた。M-Testの陽性動作も同様に,股関節,腰部,膝関節に関係していた。このように,動作を指標としたM-Testで検出される不調は,自覚している不調を反映した結果となった。しかし,一方では図2で示したように,自覚している部位の不調がM-Test関連動作で検出できないこともあった。通常,自覚している不調は選手自身から術者へ訴えると思われる。故に,M-Testで検出できなかったとしても,選手の訴えに耳を傾けていれば不調を取りこぼすことはないと考える。自覚していない不調については,M-Testを用いることで約8割以上の選手から検出された。この結果はM-Testがスポーツ選手の自覚していない不調を検出する方法として優れていることを示していると考える。M-Testは動作を指標としていることから,主に全身及び多数の関節を動かすことで競技動作を行うスポーツ選手にとって,各関節に分解した動作で行うチェックは連動動作では感じ得ない不調を感じやすいのかもしれない。各関節の連動によって生じる運動動作において,ある一部の制限や不調によってそのパフォーマンスに影響を及ぼすことが報告されている[14]。さらに,それらはフォームを崩す原因となって傷害を生じる契機となる可能性もある。M-Testに限らず,全身から自覚していない不調を一部であっても検出する方法は,特にスポーツ選手にとっては重要である。今後,M-Testがそれらのツールとして有用であることが示されれば,スポーツに福音をもたらすだろう。 M-Testによる治療の効果について,本研究ではM-Testの治療原則である最不調動作の改善を目的に治療を行い,その動作を対象に治療前と介入直後で評価した[5,8-13]。その結果,全ての選手で改善が見られ,その平均値も有意に減少した。この結果から,M-Testは動作に伴う異常を可及的速やかに改善できる治療手段の一つであると考える。M-Testでは,最不調動作の改善によって主訴が改善するとされているため,本研究では選手の主訴の改善を評価していない。さらに,競技のパフォーマンスがどのように変化したかについても評価していない。これら2点については,今後検討が必要である。しかし,最も不調である動作が改善することは,痛みやハリ感などの異常を抱えながら競技を行うよりは遥かに良いということは誰にでも想像がつく。そういう意味では,少なからずM-Testによる治療の効果はパフォーマンスへ良い影響を与えているだろう。 参考文献 [1] Sakuraba H, Ikemune S, et al. Rate of use of acupuncture and moxibustion by marathon runners. 7th European Congress for Integrative Medicine. 10th World Federation of Acupuncture-Moxibustion Societies Toronto 2015; 2015.9.25-27(Toronto, Canada). [2] 花岡裕吉,清水和弘,他.三重県高校水泳選手を対象とした鍼灸に関する実態調査.東方医学.2013; 29(2): p.29-36. [3] 近藤宏,池宗佐知子,他.スポーツ鍼灸委員会の取り組み 東京オリンピック・パラリンピックを通過点にして. 全日鍼灸会誌.2014; 64(3): p.171-3. [4] 福林徹,宮本俊和.スポーツ傷害のハリ療法―検査・鑑別・治療とそのポイント,医道の日本(東京),1996. [5] 向野義人.スポーツ鍼灸ハンドブック―経絡テストの実際とその応用,第1版.文光堂(東京),2003. [6] 松本勅.図解スポーツ鍼灸臨床マニュアル,普及版.医歯薬出版(東京),2008. [7] 福林徹,宮本俊和.スポーツ鍼灸の実際―最新の理論と実践,医道の日本(東京),2009. [8] 向野義人,松本美由季.スポーツ鍼灸ハンドブック―経絡テストの実際とその応用.第2版.文光堂(東京), 2012. [9] 櫻庭陽,沢崎健太 他.経絡テストの有用性についてのアンケート調査.全日本鍼灸学会雑誌.2006; 56(4): p.66-73. [10] 向野義人,Gerald K¨olblinger 他.経絡テスト,第1版.医歯薬出版(東京),1999. [11] 向野義人.経絡テストによる診断と鍼治療,第1版. 医歯薬出版(東京),2002. [12] 向野義人.図解MーTest,第1版.医歯薬出版 (東京),2012. [13] 向野義人,松本美由季 他.M-Test 経絡と動きでつかむ症候へのアプローチ,第1版.医学書院(東京) , 2012. [14] 西中直也,筒井廣明,他.機能障害によるゴルフスイングへの影響 三次元動作解析装置を用いて.日本整形外科スポーツ医学会雑誌.2002; 22(1): p.84. Effects of M-test on High-school Ekiden Runners and Its Relationship with Physical Disorders SAKURABA Hinata1), KONDO Hiroshi2), IZUMI Shigeki3), KANEKO Yasuhisa4), MORIYAMA Tomomasa2),1)Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology2)Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology3)Faculty of Sports and Health Studies, Housei University4)Oriental Medicine Clinical Laboratory, Kuretake College Abstract: We examined whether the M-test could detect movement disorders in the whole body of athletes that they are unaware of and whether it could improve the disorders. The subjects were 24 runners in the high-school Ekiden race. The method was as follows: First, we have acquired about physical conditions and disorders by a questionnaire of and their severities and evaluated the movement disorders to decide the treatment points. The treatment was performed by using a 0.6-mm press tack needle and 1/0.16-mm needle. The outcomes of the treatment of the movement disorders were evaluated by using the visual analog scale. As a result, the M-Test detected disorders from 80% of the subjects. All of the subjects experienced improvements even in their worst movement disorders (mean: from 46.1±18.8 to 14.1±11.3). Based on the results, the M-test is useful for detecting movement disorders in athletes that they are unaware of and to improve these disorders.Keywords: M-Test, Sports, Ekiden (a long-distance relay road race), Acupuncture, Press tack needle