国内における手話評価法の動向 宮町悦信1),繁益陽介1),坂井 肇1),大杉 豊2) 筑波技術大学 大学院技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部2) 要旨:手話を使用する教員が増加している聾学校や手話通訳者養成の場において,手話評価のニーズが高まってきている。欧米ではすでに様々な観点から手話評価法が開発されており,それらをまとめたレビューも存在する。しかし国内においては,それぞれの研究者が独自の視点で手話評価に取り組んでいるものの,これら評価法をまとめた文献は管見の限りではない。そこで,本稿では国内でこれまでに取り組まれてきた手話評価法を調査し,整理を試みた。手話評価法の中には,(1)日本語の影響を受けないことや(2)客観的な評価であることという評価条件に課題が見られるものもあるが,特に聾学校で使用する評価法は,高い信頼性をもって開発されていることが確認できた。また,かつては量的指標に置かれていた評価者の視点は,近年は質的指標へ向けられる傾向が見られた。 キーワード:手話評価法,手話言語,手話教育,聾学校(聴覚特別支援学校) 1.背景と目的 聴覚特別支援学校(以下,聾学校)において手話の教育的活用に対するニーズは高まっており[1],我妻 [2]が示す通り,多くの聾学校で手話を取り入れた授業が展開されている。しかし,手話の導入を進めるにあたって,幼児児童生徒の手話を評価する必要があるにも関わらず,手話能力の総体を測定するためのテストバッテリーがないため,それぞれの聾学校で独自の尺度を用いて評価を試みざるを得ない状況がある[3, 4]。教員の手話についても同様であり,教員を対象とする手話研修が各校で実施されている中で,独自の指標により自己評価を試みる学校あるいは教育委員会はあるものの,手話能力を総合的に評価するシステムは存在しない[1]。 一方,手話教育及び手話通訳教育においては,厚生労働省が定めた「手話奉仕員及び手話通訳者の養成カリキュラム等について」[5]に沿って国内における手話普及の取組が地域や一部の高等教育機関などで実施されている。手話指導現場では,手話検定のように理解力や会話力を評価するための共通の基準は存在するが,進級の判定や個人指導を行うに当たって文法項目などを含んだ,より具体的な手話評価法の導入が求められている。 以上が,手話評価のニーズを作り出す主な背景的要因である。手話評価を導入する際には,これまでの取組について把握する必要があるが,国内における手話評価に関する取組をまとめた文献は存在しないため,これらを網羅し,整理することを本稿の目的とする。 2.用語の取扱い 一般に「日本で用いられる手話はすべて一様ではなく,使用する人や場面によっていくつかのバリエーションがある」[6]ことが知られている。そこで,本稿では社会及びろう教育の現場において,「現実に使用されている手話の総体」[1]を「手話」と定義する。ただし,参照・引用文内の「日本手話」や「ろう者」などの表記は,参照・引用元に従うものとする。 3.海外における手話評価法 手話の言語学研究においては,特に欧米が先行しており,様々な手話評価法が開発されている。代表的な評価法としては,American Sign Language(以下ASL)-SRT (Sentence Reproduction Test)[7]がある。これは米国の教育や臨床的な場において,個人の手話能力(ネイティブか否か)を判定するために作成されたテストで,短時間で終えられることと短期間のトレーニングを受けた者が採点できることを条件にデザインされている 。 また Test Battery for ASL Morphology and Syntax [8]は,12の下位テスト(手話の音韻,物語の表出,手話の語順理解など)を実施することで,主に児童の手話文法能力の発達を包括的に評価し,他の心理的能力との係わりを検討するために開発されたテストである。 他にも,ASL-PI(-Proficiency Interview)はジェニーら[9]によると,Mel Carterが 1980年代に開発したものであるが,Carterは現在までにこのテストに関する開発情報や心理測定に関する資料を公刊していないとのことである。ただしジェニーら[9]や小田 [10]がこのテストの使用場面について報告しており,成人のための ASL能力評価システムとして米国の手話通訳養成コースを持ついくつかの大学等で用いられていることがわかる。このテストにより手話の発音(表出),文法的正確さ,流暢さなどを評価することができ,最終的には 11段階のレベルのどれかに被験者を振り分けることができる。 Herman, Holmes, and Woll[11]が開発したAssessing British Sign Language Development : Receptive Skills Test(イギリス手話理解技能テスト)は,3歳から11歳までの幼児児童を対象として,英国手話の受容能力を評価することができる。語彙チェックテストとビデオを用いた手話文法理解テストで構成されており,後述する「日本手話文法理解テスト」の元になったテストである。以上を見ると,学術研究対象を選定するための手話言語評価ツール,聴こえない子どもの言語発達を研究するための評価ツール,聴こえる学校教員や手話学習者の手話コミュニケーション力を計るための評価ツールといった,それぞれの目的に合わせた手話評価法が欧米で開発されていることが分かる[3,4,9,10,12,13]。 一方で,国内の手話評価法に関する文献を渉猟すると,学校現場で聴覚障害児の手話コミュニケーション力を評価する目的で作られた手話評価法が大半を占め,聴こえる手話学習者の手話コミュニケーション力を評価するものがいくつか見られる。ここで欧米と日本で状況が異なる理由を検討することは有益であるかも知れないが,手話評価法の動向を整理する本稿の目的から,この議論は別項に譲ることとする。以下,日本における手話評価法の整理を試みる。 4.手話を評価する際の論点 これまで聾学校では,児童生徒の手話力を把握しようと,様々な視点から研究が行われてきた。例えば坂田 [14]は,聾学校高等部生徒の基本的な単語の手話表現の違いを把握するために,日本語(単語)による提示に対して,手話で表現させる方法を用いた。一方,石原 [15]は短期大学生(聴覚障害)の手話力を把握するために,手話による短文・長文を提示し,それぞれ日本語で記述させる方法を用いた。ただし,これらの方法では,被験者の日本語力が得点に影響を及ぼす可能性を否定できない。 後に石原ら[16]は過去の研究に対して問題点を自ら「純粋に手話の技能を評価しようとするならば,読み取れた内容に対する応答,あるいは解答も手話で表現させ,これを評価するという方法が望ましい。しかし,この方法をとった場合,検査は個別に行う必要があり学生全員を対象とした場合に時間を要する。また,評価の方法も,検査者の主観に頼らねばならない部分があり,その客観性に疑問が残る」と指摘している。 他方,国内の手話通訳試験には,厚生労働大臣公認の手話通訳技能認定試験 [17]と全国手話研修センター主催の手話通訳者全国統一試験 [18]の 2種類が存在する。全国手話研修センター [19]によると,いずれも筆記試験の他に,「読取り通訳」と「聞取り通訳」が,試験実技に関わるものとして位置付けられている。「読取り通訳」とは,手話による出題を音声で解答するもので,出題内容が正確に通訳されているかと,音声語の表現能力(表現力,速さ,明瞭性)により評価を行う。「聞取り通訳」は音声による出題を手話で解答するもので,出題内容が正確に通訳されているかと技能(表現力,円滑性・速さ,態度)を評価するものである。 これら手話通訳試験の評価基準に対して武居 [4, 20]は,「手話の評価基準として使用するには慎重にならざるを得ない」という立場を示したうえで,手話の評価をする際には「第一に日本語から手話,あるいは手話から日本語への変換作業に対する評価となると,手話能力そのものを評価するにはふさわしくないと思われること。第二に,評価項目が抽象的で,評価項目が挙がっていても,最終的には手話熟達者の主観的な評価に頼らざるを得ない」と問題点を指摘している。 石原ら[16],武居 [4, 20]両者の指摘をふまえると,手話を評価する際には,①日本語の影響を受けないこと②客観的な評価であることの 2点が重要であることが分かる。武居 [20]はさらに,聾学校で手話評価を実施する場合には,②に加えて③評価者を限定しない(誰でも実施できる)こと④短時間で実施可能であること⑤教育実践につながる評価法であることが求められると述べている。 5.国内における手話評価法について 武居 [4]は,国内外で用いられている手話評価法を3つに分類している。第一に,SCPI(Sign Communication Proficiency Interview)[21]や手話習得チェックリスト(A Signed Language Acquisition Checklist)[22,23]のように,手話言語に堪能な検査者が,被験者と会話したあと,検査者がチェックリストの項目に応えていくという形で評価を行う「チェックリスト形式の評価法」である。第二に,手話言語の心理言語学的研究で用いられている即時模倣の結果を分析して評価する「即時模倣形式の評価法」である。第三に,テストバッテリーの下位検査のような,各文法事項を一つ一つ検査する形の「文法事項評価法」である。 表1 国内における手話評価法の動向 表2 国内の資格試験(手話評価および手話通訳技能評価) 3種の評価法においては,それぞれの適性があり,評価したい目的によって,手法を選択あるいは調整する必要がある。以下,この分類に基づき,国内の手話評価の取組について分類する。評価法を一覧にし,表にまとめてあるが(表 1, 2),各研究の詳細及び結果については,それぞれの原文を参照されたい。 5.1 チェックリスト形式の評価法 武居 [4]によれば,チェックリスト形式の方法は,検査時間が短く,被験者や検査者の負担も少ないため,数多くの被験者を検査する際には有効である。一方で,検査者の主観に頼らざるを得ないこと,検査者間の評価が異なる可能性があることから,検査の方法や評価の観点を検査者に徹底したり,検査者を複数にしたりする配慮も必要だという。 5.1.1 手話表現評価尺度による評価 長南 [24]は,これまで主観的に述べられてきた手話表現力を一定の水準をもって評価するため,手話表現評価尺度を作成した。本尺度を用いて,聾学校高等部生徒を対象に「Frog, Where Are You? [25]」という図版のみで物語が構成されている絵本を用いた手話評価を実施している[26]。絵本のページを順不同にし,絵本の内容を知らない手話受信者(友人)に対して,ストーリーの順番通りに並び直させるように説明するという方法を用いた。具体的な尺度としては「手話表現の始め,間,終りに適切なポーズが見られるか」や「手話表現における位置の利用は適切か(※適切とは,①人物や物の位置関係が,はっきりと示されていること②手の動きの方向により,正しく動作主,対象者(物)などが表現できていることをいう)」などの 17項目に 対し,5件法で評価するものである。因子分析の結果,本尺度の1次元性が示されたとし,等質性や内的整合性の高い項目から構成された,信頼性の高い尺度であることが検証されている[27]。 5.1.2 手話言語能力インタビューテストによる評価 阿部 [28, 29]は,児童の手話言語能力がどのような状況にあるのかを明らかにするため,会話テストOBC(Oral Proficiency Assessment for Bilingual Children)の枠組みを援用し,手話言語能力インタビューテスト(SignLanguage Proficiency Interview Test)を開発している。これは,「導入会話」課題で手話レベルを見極め,その後被験者に合わせて課題(「語彙タスク・基礎タスク」課題か,「基礎タスク・対話タスク・認知タスク」課題)を選択できるよう構成された「手話による会話力」を測定するテストである。発達過程にあり,かつ多様な手話言語環境におかれている幼児児童の実態を考慮してある点も,このテストの特長といえる。聾学校児童を対象に信頼性を検証した結果,一定の信頼性は確保できたが,低学年までを主な対象とし,評価の際には「手話に精通した聾学校教員による評価が必要」とされている。 5.1.3 手話語彙評価法による評価 鳥越 [12]によると,語彙のアセスメントには 3つの方法があり,1つ目が自発的あるいは誘発的な言語サンプルによる評価で,2つ目に親や教師などによる報告がある。そして 3つ目は,標準化されたテストを用いるという方法があるという。 最近では,武居 [30]が日本手話文法理解テストに続いて,手話語彙評価法を開発中である。この手話語彙評価法は,ASL-CDI(-Communicative Developmental Inventory)というろう児のコミュニケーションや手話力を評価するために開発されたチェックリストを元にしており,手話言語獲得の状況を評価することができる。チェックリストは理解度を得点化したうえで,難易度順の振り分けや図像性の評価を行い,基準をクリアしたものを 178語まで絞り込むなど,信頼性及び妥当性を担保すべく,様々な検証が進められている。この先の進展及び完成を待ちたい。 これまでも理解語彙を測定することは,手話独自の特徴により,その難しさが課題として指摘されてきた。たとえば,CPVT(Crolina Picture Vocabulary Test)の手話翻訳版を用いて,手話を知らない生徒に対して手話語彙の測定を行った結果,手話による問題提示に対して 73%もの生徒が正しい絵を選択することができたという報告もある[12]。このことから鳥越 [12]は,「言語の知識がなくても正答が選ばれる可能性が十分にある。ディストラクターをどのように作り,配置するか,言語以外の知識による正答をできる限り排除する工夫が求められる」と述べている。 5.2 即時模倣形式の評価法 先行研究より,複雑で長い手話文の模倣を求めた際の正確さは,被験者の手話能力を反映していることがわかっている。そこで武居 [4]は,即時模倣の結果を細かく分析することによって,手型や運動などの音韻的側面から,類辞や動詞の屈折などの形態的側面,表情や視線などの非手指動作や語順のような統語的側面のように,多面的に手話言語の評価ができると述べている。ただし,提示する刺激文には種々の文法事項がバランスよく含まれることが求められ,刺激文を選定する際には綿密な注意を払う必要がある。また,被験者の反応を形態素レベルで細かく記述する必要があり,手話の記述に膨大な時間がかかるため,教育現場での活用には課題が残るとの見方もある[31]。 5.2.1 手話文の即時模倣による評価 手話表現力の評価には,2タイプの評価法が存在する。イラストや絵本などを用いて自由発話を促し,その表現力を問う「自由発話タイプ」と,手話表現を提示し即時模倣を求める「即時模倣タイプ」である。以下の研究では,後者の即時模倣タイプが採用されている。 赤堀ら[32]や福田 [33]は,主に成人ろう者を対象に,手話習得の環境の違いが手話能力に影響を与えているかを検討するためのテストを実施した。これは個人の手話言語能力が,両親が聾か,あるいは聾学校在籍年数によって,影響を受けるのかを検討した研究である。提示する文の種類によって手話言語の様々な評価項目を計画的に織り込めると考え,かなり複雑な文法構造をもち・やや長い手話文をビデオ提示し,それを記憶・再生した手話表現を評価する方法をとった。対象者の手話表現は「①手指動作によって表される単語表現②非手指表現に分けて記述し……評価は乳幼児期から聾社会に接し,乳幼児期から多量な様々な手話表現に囲まれて育ったろう者が実施した」[34]とのことから,ネイティブサイナーの直観が必要とされていることが分かる。 5.3 文法事項評価法 武居 [4]によると,この評価法の特徴は文法事項を一つ一つ検査しているため,より正確で細かな評価が可能であること,さらに即時模倣タイプの評価法では不可能だった手話理解の評価が可能であることが挙げられる。 5.3.1 内容伝達課題による評価 長南 [27]は聾学校高等部生徒を対象に,4コマ漫画の内容伝達課題を用いて,手話表現力の評価を行った。これは,生徒の手話力を把握することが目的ではなく,「聾学校高等部に在籍する聴覚障害者が聴覚障害者に対して手話を表現する際に,日本手話を用いるのか日本語対応手話を用いるのかを検討すること」[27]を目的とした研究である。手話表現者が,漫画の内容を知らない手話受信者に対して説明を行い,正しい順番に並び直してもらうという方法で実施された。評価する際には,手話熟達者 2名が収録映像を見て,日本手話文法項目(文末指さし,分類辞,ロールシフト,単数と複数の表現,屈折表現)と日本語文法項目(格助詞の使用頻度,係助詞,接続助詞,終助詞)の出現頻度をそれぞれ集計・分析した。以前に聾学校高等部に在籍した生徒(93年度)群と研究実施時の在籍生徒(03年度)群の日本手話と日本語の文法項目使用頻度を比較することで,手話表現の変化について検討している。 5.3.2 日本手話文法理解テストによる評価 国内の聾学校において導入が進んでいるものに,イギリス手話理解技能テストの日本手話版,「日本手話文法理解テスト」がある[20]。ろう児の手話力について誰でも客観的に評価することが可能であり,「手話によるコミュニケーションを深める段階なのか,その力を使って日本語の指導に移行していく段階なのかを判断する材料とする」[20]ことを目的に開発された,国内初めての手話評価テストバッテリーである。これは 6歳未満の幼児に行う語彙チェックと,4歳から10歳程度までを対象に,屈折やロールシフト,NMSなどの11項目におよぶ手話文法理解力を評価することができる。手話による問題提示に対して,4つのイラストから1つを選択する解答方法である。事前に試作テストも実施しており [34],信頼性及び妥当性について検証されている。手話を日常的に使用している子どもたちの教育関係者内で使用が広まるよう,「①評価者に高い手話力や手話言語学の知識を求めず,② 30分程度で簡潔に評価でき,③評価者の主観ではなく客観的に評価が可能である」[20]という点が最大の特長といえる。さらに,問題文 DVDや図版,解答用紙や分析シートなどの一式が揃っていることにより,教育現場においても導入が容易であることも大きな利点である。 5.3.3 日本手話実力判定ゲームによる評価 赤堀 [35]や森田ら[36]は,国内で唯一バイリンガルろう教育を実践する私立聾学校である明晴学園に在籍するろう児の手話検定ソフトとして,パソコンを利用して,児童生徒が一人で取り組むことのできる評価法に関わる研究を行った。問題は全部で 50問あり,語彙,CL(名詞および動詞),人称を表す指さし,NMS(副詞,従属節を導くうなずき),手話語彙につく独特の口型を選ばせるなどの課題が含まれている。これらは 2009年の試作版 [37]で実施した結果をまとめたものであり,現在ではゲーム感覚で日本手 話の奥深い構造を学ぶことができる「日本手話実力判定テスト サイナーズ」として一般販売されている[38]。市販化されるにあたって,5つのジャンル(音韻,文法,語彙,CL,会話)に分類され,内容も大幅に増加し,150個の質問から構成されている。日本手話による質問文を理解し, 適切な手話文を3つの選択肢の中から一つ選ぶという形式である。全ての回答を終えると,回答者の日本手話力が得点とグラフによって評価される。児童生徒が一人で,好きなときに学習から評価までを実施し,自らの課題を把握することができるという点も大きな特長だろう。 5.3.4 手話文の自由発話による評価 手話表現能力(自由発話タイプ)では,書記言語の影響を受けないよう,書記言語の無い絵本を題材にする研究が多い。阿部 [39]は日本手話を第一言語とする小学部児童を対象に,4つの観点から評価を行った。方法は,長南[26]と同じ絵本 [25]を題材にし,ストーリーを対象児に記憶させたうえで,内容について語らせる方法で実施した。評価する際は,それぞれの語りを収録したビデオデータからトランスクリプトを作成し,平均発話長(文レベルの発達の指標),TTR(Type-Token Ratio;値が高いほど,多様な語彙が用いられていることを示す),エピソードスコア(談話の焦点となっている登場人物が対象児の手話の語りの中で現れ,その登場人物が何をしたのかが語られていた場合に 1点を付与),結束性(文によって構成された談話の意味内容の分かりやすさとまとまり)について,それぞれ評価をした。4つの指標結果を比較検討することで,表出言語の量的な拡大から,質的な高まりを明らかにし,生活言語から学習言語への発達過程をまとめている。   5.4 手話検定による評価国内には,手話技能検定協会主催の「手話技能検定」 [40]と全国手話研修センター主催の「全国手話検定試験」 [41]の 2つの検定試験が存在する。上級試験を受験する場合には,実技試験も伴い,読取能力及び表現能力も評価の対象となる。しかし,常に筆記試験は必要とされ,日本語能力の高低で,試験結果が左右される可能性は否定できない。 手話技能検定を開発するにあたって神田 [42,43]は,開発に至るまでの経緯と合わせて,いくつかの問題点を指摘している。大きな問題としては,手話表現の地域性や個人差を挙げ,手話表現の地域・年代・個人に及ぶ方言の影響をなくし,標準手話が望ましいとしている。また,問題提示する手話者個人の変異性は避けられないが,手話アニメーションでは表情など細かな表現ができないため,このディレンマが当面の課題としている。 他にも,インターネットを利用した学習や受検も始まっている。今年から,パソコンやスマートフォンを利用し,ゲーム感覚で取り組むことができる「Useful Signs検定」[44]の運用も開始され,現時点では Level1のみが公開されている。これは,テキストにより自学自習に取り組み,合否判定はせずに点数を通して到達度を知ることができる検定である。手話講座がない地域の人や,手話検定が地元で受けられないような人でも,インターネットを通しての学習及び受検が可能であり,子どもから高齢者を含む幅広い年齢層へ,手話学習機会の拡大を目的としている。 6.考察 これまで,国内における聾学校を主とした教育現場や,社会での手話の教育現場で活用されている手話評価法について調査・分類してきた。現状の評価法を概観すると,研究者や教員,事業者が研究あるいは事業目的に応じて,独自に手話評価に取り組んでいる実情が明らかとなった。ただし,本稿ではあくまでも調査・分類し,各種評価法を紹介することを目的としているため,それぞれの評価法に対するコメントは差し控える。 石原ら[16]や武居 [4,20]の指摘から得られた,手話評価の際の「①日本語の影響を受けないこと②客観的評価が可能であること」という必要条件に対して,検証の余地を残している研究も一部あったが,これまで主観でしか語られることのなかった手話力について,多くの研究者がそれぞれの視点で,信頼性及び妥当性をもって評価する研究を進めていることを把握できたことは大きな収穫といえる。ただし,本稿で取り上げた大部分は,評価の対象とする手話の定義が明確に示されていないものが多かった。 また,これまでの聾学校では,学部単独で評価法を開発することが多く,何らかの定義も持たないまま手話の語彙理解と表現をチェックするタイプの評価が主流だった[45]。しかし,近年では手話評価の視点が,単純に習得した語彙(単語)数を把握するといった量的指標から,下位検査のような文法事項や談話の豊かさなどの質的指標に重点を置く傾向が見られることが分かった。これは,国内における手話言語学研究の発展や社会における手話言語の認知向上などの影響が考えられ,今後ますますの発展を見せることが期待できるだろう。 7.まとめ 国内におけるろう教育及び手話教育を対象とした手話評価法について調査した結果,20本の研究論文及び 3件の事業が存在する事が分かった。さらに,収集した研究論文を「チェックリスト形式の評価法」,「即時模倣形式の評価を試み,た結果,①日本語の影響を受けないことや②客観的な評価であることという評価条件の一部に課題が見られたものの,ろう教育を対象にした研究論文では高い信頼性をもって開発されていることが確認された。また,評価者の視点を時系列に俯瞰してみると,量的指標から質的指標へ向けられる傾向が見られた。 謝辞 東北福祉大学の大西孝志教授,別府短期大学の阿部敬信教授,明晴学園の赤堀仁美先生,北海道釧路鶴野支援学校の大塚雅彦教頭ほか筑波技術大学の長南浩人教授,河野純大准教授,白澤麻弓准教授,小林洋子助教には,資料収集及び情報提供において,大変お世話になりました。ご協力いただいた皆様へ心から感謝の気持ちと御礼を申し上げ,謝辞にかえさせていただきます。 参照文献 [1]小田侯朗.聾学校におけるコミュニケーション手段に関する研究 .国立特別支援教育総合研究所課題別研究報告書.2006;B-203:p.1-13. 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Status of Sign Language Assessments in Japan MIYAMACHI Yoshinobu1), SHIGEMASU Yousuke1), SAKAI Hajime1), OSUGI Yutaka2) 1)Course of Information Accessibility, Graduate School of Technology and Science, Tsukuba University of Technology 2)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Because the use of sign language is increasing at schools for the deaf, there is a growing need for assessments of sign language proficiency, particularly at training schools or institutions for sign language interpreters. Several proficiency tests of sign language use have been developed and some reviews of those tests have been published in the West. Although some researchers have developed proficiency tests for sign language used in Japan, a comprehensive review of those proficiency tests is not yet available. This study presents a general survey of proficiency tests of sign language usage conducted in Japan to date. Some of them (1) are under the influence of the Japanese language and (2) do not fully meet the conditions of objectivity, but we confirm that the proficiency tests employed at schools for the deaf have high reliability. Furthermore, we detect a shift from quantitative to qualitative indicators in the methods used to assess sign language abilities. Keywords: Sign language, Assessment methods for sign language proficiency, Sign language education, School for the deaf (special needs education school for the deaf)