補視器の実現を目標とした弱視支援 巽 久行 1),村井保之 2) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 1)日本薬科大学 薬学部 医療ビジネス薬科学科 2) キーワード:弱視,視認支援,補視器,網膜走査型HMD,行動認識 1.目的  著者等は,弱視者の視認を支援する補視器(聴力を補う補聴器に対して視力を補う機器)の実現を目標としている。これまでの研究[1]より,現状では,レーザを使用した網膜走査型HMD(ヘッドマウントディスプレイ)[2]が,補視器の基本的な要件を満たしている。このレーザ網膜走査型によるHMDは,既存のHMD(例えばLEDを使用したもの)と比べて,輝度,色の再現性,視野角などが優れており,像の大きさと位置を自在に設定することができる。また,網膜に直接,像を投映できるので,近眼や老眼などの視力に関係しないフォーカスフリーという特徴を持つ。本報告では,網膜走査型HMDを使用した補視器の条件,特に弱視の程度に適した対処や調整(フィッティング)手法の提案と,補視器による弱視者の行動認識を述べる。 2.成果の概要  著者等が定めた補視器の要件は次の3点,(1) 視力の補償,(2) 視野の補償,(3) 視認の補償,である。要件(1)は補視器で表示された対象の像(以下,簡単に像と呼ぶ)がおぼろげながらも1人称矯正視力(弱視者自身の矯正された視力もしくは視界)で見つけられること,要件(2)は視野に狭窄や欠損がある場合は像が視認可能な視野内で見れること,要件(3)は像が視認しやすいように拡大提示(像を拡大)・誘導提示(像を可視点へ誘導)・調整提示(像の白黒反転や輝度・コントラストの調整)などが可能なこと,である。図1に,網膜上にレーザ光を直接照射できる網膜走査型HMDの原理図を示す。 図1 レーザ網膜走査型HMD  本報告で使用しているHMDは,(株)QDレーザ社と東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構が開発した量子ドットレーザによる網膜走査型HMDで,網膜の感度に適した強度(RGBの各波長は概ね数μWで,人は光として感じる)を持つレーザ光を,直接,網膜上に照射できるものである。このHMDの長所は,瞳孔近傍で照射光が収束し,網膜にRGBの照射光が投映されるので,高輝度で色の再現性が高い。また,照射光は眼球の状態に関係なく網膜に描画するので,視力に依存しない像が得られ(おおよそ,0.5~0.6の視力に相当する像となる),網膜が機能している位置にピンポイントに投影できるので視野にも依存しない。著者等は,科学研究費補助金(“ヘッドマウントディスプレイを用いた弱視支援の補視器の開発”,代表者:村井保之,平成25年度~27年度,課題番号:25350292)の研究で,商品化されたレーザ網膜走査型HMD[2]のプロトタイプ版である,図2に示す実験用機器を所有しており,それはPCやタブレットに接続できる。  このレーザ網膜走査型HMDにより,要件(1)は概ね満足できる(網膜上で視力に依存しない像が得られる)。ただし,照射光が水晶体を通過する途中で影響がでる病気(例えば,水晶体が濁る白内障等)は,照射光が網膜に到達しづらいので見えにくいが,その際は視認が弱視者の負担にならないように,像の強調(対象のエッジ処理などによる輪郭強調)や,像の検出を代行する視知補償プログラム等での対処法を考察している。また,要件(3)はPC上での単純な画像処理で対応可能である。一般に弱視の視覚要素として,明るさ(天候や環境などの時間帯で見えやすさが違い,暗いと見えにくいことも,明るいと眩しくて見えづらいこともある),コントラスト(似たような色や濃淡の区別がつきにくい),大きさ(対象が小さかったり遠かったり,逆に大きかったり近かったりすると見えづらい),変化(対象が動いていると見えづらい)などがある。これらに対しては,HMDに各種センサ(フォトセンサ,画像センサ,距離センサ,加速度センサ等)を付けてソフトウェア処理(ニューラルネットやディープラーニングによる機械学習)を行い,環境や弱視の状況に合った照射光に制御して網膜上の像を生成することで,ある程度は解決が可能であると考えている。  最後に要件(2)であるが,これは主にフィッティングで視認可網膜領域(visibility-functioning retinal area)を検出して,視知可能な網膜の推定箇所に照射光を投影する(この際もソフトコンピューティング手法で対処)を考察している。例えば,図3に示すような視野狭窄に対する推定である(同図左は狭窄状況を,同図右は視認可領域を,それぞれ示している)。  弱視者に対する行動認識のアプローチは,ユビキタスセンシングとウェアラブルセンシングに大別される。前者は環境にセンサを配置して行動認識を行う(原則はセンサを付加した対象と利用者の行動を互いに関連させるという考えである)。後者はウェアラブル機器を身につけて,利用者の視点映像から行動認識を行う。例えば“料理をする”という行動認識において,鍋にセンサをつけて利用を検知するのがユビキタスセンシングであり,身につけたカメラが鍋を探すという動作を検知するのがウェアラブルセンシングの仕方である。ウェアラブルセンシングは1人称視点映像が必要であるが,それを網膜走査型HMDで行う予定である(即ち,補視器を行動認識器に拡張する)。将来,グーグルグラスのようなウェアラブル機器の発達に伴って,晴眼者と弱視者との情報獲得格差は圧倒的になると予想されるが,補視器の利用によって対象を画像認識した結果,リモコンと判定した場合は“テレビを見る”という行動を推定し,インターネットからテレビ操作の説明を受けるといった障害補償支援技術も可能となる。  最後にまとめとして,通常のHMDは結像光学系(水晶体による凸レンズ機能で網膜上に結像する)を採用しているが,本研究で使用したレーザ網膜走査型HMDはマクスウェル光学系を採用している。これは,瞳孔近傍でレーザ光を収束させて(即ち,RGBの光軸を揃えて一本の光束として)網膜に照射するので,水晶体の焦点調節は必要としない(即ち,フォーカスフリーとなる)。このマクスウェル視は,弱視の要因の一つである水晶体のレンズ機能不全を解消できるので,角膜や水晶体の透明性を保つ疾患であれば,基本的に網膜に像を作成できる(即ち,前眼部疾患が原因の弱視に対して視認支援が可能となる)。さらに,レーザ照射する映像はPCで生成した情報なので,明るさ・コントラスト・大きさ・変化などを自由に制御できる。 図2 実験用網膜走査型HMD 図3 視野推定(左:狭窄状況,右:視認可領域) 謝辞 本研究は,平成27年度筑波技術大学教育研究等高度化推進事業(補視器の実現を目標とした弱視支援)の助成を受けて行われた。ここに深く謝意を表する。 参照文献 [1] Murai Y., Suzuki M., Sugawara M., Tatsumi H., Miyakawa M.; “Low Vision Aid through Laser Retina Imaging --- Toward Building Eyesight-Aid ---”, IEEE Proc. 2016 Int. Conf. on Systems, Man and Cybernetics, DOI 10.1109/SMC.2016.1093, pp.361-366, Oct. 2016. [2] http://www.qdlaser.com/lew/(cited 2017-1-18).