第12回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム実施報告 中島亜紀子 1),萩原彩子 1),白澤麻弓 1),三好茂樹 1),河野純大 2),磯田恭子 1),石野麻衣子 1),平良悟子 1),吉田未来 1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部 1)筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 2) 要旨:筑波技術大学に事務局をおく日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)は,聴覚障害学生支援に積極的に取り組んでいる23の高等教育機関及び関連機関間のネットワークであり,支援に関わる情報発信と議論の場として,年1回のシンポジウムを開催している。第12回目を迎えた2016年度は,障害者差別解消法が施行されて初めての開催であり,10年ぶりに筑波技術大学を会場として開催する企画となった。本稿では,法律を背景とした今後の聴覚障害学生支援の在り方をテーマとした本シンポジウムの企画内容及び成果について報告する。 キーワード:高等教育,聴覚障害学生,障害学生支援 1.はじめに 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下PEPNet-Japan)[1]は,2004年度に本学の呼びかけにより結成され,2016年11月現在,本学を含む23の連携大学・機関によって構成されている。本学に事務局を置き,現在は「聴覚障害学生支援・大学間コラボレーションスキーム構築事業」内で運営している。PEPNet-Japanではこれまで,聴覚障害学生支援に関わる情報・実践の蓄積と発信に取り組んできた。結成以来,年1回開催している日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムはその活動の中心的な存在であり,その時々に求められるテーマや企画を取り込みながら,関係者間の情報交換の場を提供してきた。[2]本稿では,今年度9月に開催された第12回目のシンポジウムについて報告する。 2.開催概要 2.1 開催目的及び参加対象者 本シンポジウムは,聴覚障害学生支援の実践に関する情報交換を目的として開催している。第12回は,障害者差別解消法が施行されてから初めての実施であるため,これまで支援に取り組んできた関係者もこれから携わろうとする関係者も,法律の趣旨に沿う支援の在り方について共に考えられる場になるよう,全プログラムに共通するテーマとして「障害者差別解消法元年を迎えて」との副題を掲げて実施した。参加対象は,高等教育機関において聴覚障害学生支援に携わる教職員のほか,聴覚障害学生,支援に携わる学生,情報保障者,特別支援学校教員,企業関係者など,支援に関わる多様な立場の方々を対象とした。特に今回は10年ぶりに本学天久保キャンパスを会場としたことにより,本学教職員にも広く参加を呼びかけ,参加者として,また実行委員や講師,発表者として,PEPNet-Japanの活動を知り他大学の支援関係者と交流を持つ機会として活用いただくことを考えた。こうした趣旨からFD・SD企画室の協力を得て,一部の企画を本学のFD・SDとして実施することが実現した。 2.2 日程及び企画内容 本シンポジウムは2日間の日程で,2016年9月8日(第1日目)は本学天久保キャンパス,9日(第2日目)はつくば市吾妻のノバホール及びつくばイノベーションプラザを会場として実施した。なお第1日目は台風の接近により,来場する参加者の安全確保のため,急きょ開催時間を短縮する対応を行った。下記には変更後の日程を示す。 表 1 シンポジウム日程 第1日目(会場:筑波技術大学天久保キャンパス) ■聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2016  (15:00~18:00) ■セミナー  (①② 15:00~16:20/③④ 16:30~17:50) ①基礎講座:障害者差別解消法と障害学生支援  ―聴覚障害学生の事例を中心に― ※ ②音声認識技術を活用した情報保障 ―合理的配慮とエンパワメントの視点から―  ③聴覚障害学生の可能性を広げる情報保障支援 ―さまざまな場面での取り組み事例から― ④軽・中等度難聴および中途失聴学生への合理的配慮 ■事例討論会 (Part1:15:15~16:15/Part2:16:45~17:45)  「支援体制に関すること」  「個々の聴覚障害学生への支援に関すること」 ■筑波技術大学見学ツアー(事前申込制・各回定員20名 15:05~16:00 春日キャンパス 16:50~17:50 天久保キャンパス ■展示(15:00~18:00) 筑波技術大学活動紹介/企業展示 ■日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークのつどい (19:00~21:00)  会場:オークラフロンティアホテルつくば 対象:PEPNet-Japan連携大学・機関の関係者 ■学生交流会 一期一会(19:30~21:00)  会場:つくばイノベーションプラザ 対象:事前に申し込みのあった学生のみ第2日目(会場:ノバホール/つくばイノベーションプラザ) ■対象別企画 (10:00~11:30,学生対象企画のみ12:00まで)  ①教職員・学生共通企画  ミニ講演会 「聴覚障害学生のキャリアを見据えた教育・支援のあり方 ―障害者雇用促進法の改正とキャリア発達支援―」 ②教職員対象企画 ・教職員による聴覚障害学生支援実践発表2016 ・フリートークコーナー ③学生対象企画 「ろう者学から学びキャンパスライフに活かす」 ■全体会 (12:50~15:00) ・主催者挨拶・来賓挨拶 ・パネルディスカッション「障害者差別解消法で変わるべき 聴覚障害学生支援」 ※ ・聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2016 表彰式 ※印の企画についてはFD・SD企画室の協力により本学のFD・ SD研修として位置付けた 1日目は例年実施しているアフタヌーンセッションとして複数の企画が同時並行で進行し,参加者が好きな企画を選んで参加する形態とした。2日目は,午前中に対象者別企画を行い,午後に全体会を行った。企画構成に当たっては,いくつかの視点に基づき2日間のプログラムを検討した。まず,副題に掲げた「障害者差別解消法元年を迎えて」に沿い,特に2日目全体会で,講師の一人に法律家を招いて行うパネルディスカッションを軸に構成した。パネルディスカッションでは法律の考え方に基づき具体的な事例を題材に議論を深める内容とし,その前提となる知識を得ておきたい参加者に向けて,1日目のプログラムで基礎講座を実施した。また,会場となった本学の特性を最大限に生かす企画として,小教室を活用した少人数での討論企画を取り入れたり,本学教員の専門性を生かしたセミナー,展示等を盛り込んだり,春日キャンパスも含めた学内見学を企画するなどした。さらに2日目は,参加者のニーズに適した企画を提供できるよう,初めての試みとして対象者別企画という形態をとった。 3.実施報告 3.1 参加者および各企画の概況 当日の参加者総数は424 名で,一般参加者 257 名(うち大学職員 52 名,大学教員 35 名,聴覚障害学生 35 名,支援学生 117名,その他 18 名),関係者 167 名(うち来賓 8 名,教員 37 名,職員 50 名,学生 3 名,情報保障者 24 名)であった。全参加者内の割合としては,教職員と学生がそれぞれ40%程度でほぼ同程度であり,その他の属性が約20%で,聴覚障害学生が全体に占める割合は約12%であった。 3.2.1 1日目の実施状況 1日目は,天候の影響で急きょプログラムを短縮したため,企画段階で予定した内容や時間配分が実現できない部分もあったが,各講師の理解と協力により企画の趣旨やねらいを大きく損なうことなく実施することができた。以下,各企画の趣旨および成果について述べる。セミナーは,フロアディスカッションよりも講師によるレクチャーに重点を置いた企画として実施した。テーマとしては,音声認識技術の活用や軽中等度難聴・中途失聴学生への支援など,これからノウハウや実践事例を蓄積していくべき新たな課題について取り上げ,今後の議論の活性化に向けた問題提起や先進事例の紹介を行った。「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2016」は,主に支援活動に携わる学生や聴覚障害学生にとって,取り組みの成果を発表し他大学の関係者と交流を図る貴重な機会として定着しつつある。今年は全国の大学および関連機関より15件の発表があった。本企画は,参加者による投票結果に基づき上位者を表彰することで,個々の大学のユニークな取り組みを奨励することが大きな特色であったが,発表内容だけでなく発表方法のわかりやすさやコミュニケーションの工夫を評価対象に加えたり,新人賞を設けたり,投票の際に参加者がコメントを記入できるようにしたりと,より多角的な視点で各取り組みを評価し,参加者間の交流が促されるよう工夫を重ねてきた。今回もそうした試みが功を奏し,会場内は熱心に説明する学生や積極的に質問する参加者の熱気に溢れていた(図1)。 図1 実践事例コンテスト2016会場の様子展示企画においては,本学の活動紹介の展示にて,各種プロジェクトの紹介や教員及び大学院生による研究発表を拡充し,実際に教員や学生が参加者に対し説明やデモンストレーションを行う機会を多く取り入れた。事例討論会は本シンポジウムで初めて取り入れた企画の一つで,参加者同士でより具体的な意見交換を深めたいとのニーズを受けて取り入れることとなった。企画段階においては,PEPNet-Japan連携大学・機関関係者の中でも特に聴覚障害学生支援について幅広い実践経験を有し,少人数討論のファシリテート経験が豊富な方々に講師を依頼し,また取り扱う事例については,参加申込者に対し事前に事例提供を募り,寄せられた事例をもとに具体的課題についての討論が行えるようにした。当日は,参加した人数や属性に応じ各ファシリテーターが柔軟に討論を誘導し,後述する通り参加者の満足度は非常に高い結果となった。特に,教職員・学生の枠を超えてともに議論ができる点や,聴覚障害学生の支援に造詣の深いファシリテーターの存在等,PEPNet-Japanの特長を活かせる企画として今後発展させられる手応えが得られた(図2)。 図2 事例討論会の様子 3.2.2 2日目の実施状況 午前中の対象者別企画では,学生対象企画,教職員対象企画と,立場を問わず参加できる教職員・学生共通企画を用意し,会場を分けて実施した。学生対象企画では,本学にて研究開発を進めるろう者学教育コンテンツの映像教材を活用し,グループディスカッションを中心としたワークショップ形式の企画を行った。様々な大学から参加した聴覚障害学生や情報保障支援に携わる学生が,手話や筆談等コミュニケーション手段を駆使してディスカッションに取り組み,意見交換の手段を講じることも含め,多くの学びや交流の機会を提供する企画となった。教職員対象企画では,「教職員による聴覚障害学生支援実践発表2016」として,事前に募集した聴覚障害学生支援に関わる実践や課題についてのポスター発表12件,及び熊本地震後の障害学生支援の取り組みとして3件のポスター発表が行われた。支援実践の発表の場としては,1日目に実施した「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト」が従来より行われてきたが,支援を担当する教職員からは,幅広い参加者に向けて発表して評価や激励を受けるのではなく,課題や悩みも含めじっくり意見交換をする場を要望する声がかねてから寄せられていた。そうしたニーズを受け,本シンポジウムで初めて教職員限定の発表の場を設ける運びとなった。当日は,どの発表ブースの前にも参加者が集まり,お互いの日々の業務について情報交換しあうなどやり取りの絶えない様子が各所で見られた。教職員・学生共通企画では,障害者雇用の専門家及び企業で活躍する聴覚障害当事者を講師に招き,障害者雇用促進法改正の趣旨について学ぶとともに,就労に向けたキャリア発達支援のあり方や学生が身に付けておくべき力についての講演を行った。法改正という時宜にかなったテーマであったと同時に,支援方法のみに限定せず聴覚障害学生本人が何をすべきかという点も一つのテーマに掲げたレクチャーで,教職員も学生もそれぞれの立場で学びの多い講演会となった。 図3 パネルディスカッションに登壇した講師の様子 午後の全体会パネルディスカッションは「障害者差別解消法で変わるべき聴覚障害学生支援」をテーマに,弁護士,障害学生支援の担当教員および職員の三者を講師に迎えて,具体的な事例を掲げながら法の趣旨に沿った支援のあり方についてディスカッションを行った(図3)。本シンポジウムではこれまでも様々な企画で聴覚障害学生支援の方法や情報保障に対する考え方について議論を重ねてきたが,今回法律の専門家の視点が加わることでさらに議論が深まり,今後目指すべき支援のあり方について多くの示唆を与えるディスカッションが展開された。 3.3 参加者の声 本シンポジウムの参加者に対し,アンケート用紙を配布し任意提出の形式で評価・意見を収集した。回答数は129通,回収率は50.2%(一般参加者257名を分母として算出)で, 回答者の属性は大学教員・職員が39%で学生が約60%,その他の属性が約1%であった。各企画に対する評価を図4,5に示す。 図4 1日目の各企画への評価 図5 2日目の各企画への評価 各企画に対し,「1.大変良くない」から「5.大変良い」の5段階で評価を収集した結果,いずれの企画も平均で4ポイント以上の評価が得られた。特に,実践事例コンテストや事例討論会,グループディスカッションを行った学生対象企画,ポスターセッションを行った教職員対象企画など,参加者同士の情報交換を取り入れた企画では,いずれも4.5ポイント以上の高評価を得ていた。自由記述の中でも,「(セミナーで)学生当事者の話を聞くことができ大変参考になった」,「教職員の実践発表で,全国の方々とのディスカッションから大いに得るものがあった」等の声が挙げられた。また,多様な参加者を対象とした全体会においても4.4ポイントの評価を得られたことから,学生・教職員の立場を超え支援に携わる関係者に対し,一定のニーズを満たす企画を提供できたと捉えている。参加者の自由記述では,「本学で課題となっている点について,解決の足がかりやヒントになる情報もあり,ありがたかった」,「支援に携わり始めたばかりなので,講演等を見て勉強になった」「全国の関係者(学生も含めて)と親しくなれることもシンポジウムの魅力」等の意見が多数挙げられ,本シンポジウムの参加者像の多様さと寄せられる期待感の多様さが示された。 3.4 今後の課題 障害者差別解消法が施行されて以降初めて,という節目の開催で,時宜にかなった多様な企画を盛り込んだシンポジウムとなった。今後も各大学等で支援に携わる教職員や聴覚障害学生,関係者の方々が必要とする情報提供ができるような企画構成を検討していくとともに,幅広い分野から講師を招いたり先進的な支援技術や支援事例を紹介したりするなど,新たな視点を提示するような取り組みを目指したい。特に,法律の施行に伴って多くの大学等で支援体制の構築や発展が検討されつつある中,大学間,関係者間の交流や情報交換の機会がこれまでに以上により一層求められていることが,本シンポジウム内の参加者の様子からも実感された。本シンポジウムで試みた少人数での事例討論や参加者による実践発表,学生同士のディスカッション,テーマを絞ったセミナー等,企画の形態についても検討・改善を重ねる必要性がある。 今後も聴覚障害学生支援に携わる多くの方にとって有効な情報と意見交換の場を提供できるよう,継続した取り組みを行っていきたい。最後に,本シンポジウムの企画開催にあたっては,PEPNet-Japan連携大学・機関の関係者の方々及び本学教職員の方々,実行委員や講師をお引き受けくださった方々より多大なるご理解とご協力を賜った。また,当日の運営には,多くの教職員,学生,手話通訳者,文字通訳者の方々のお力添えをいただいた。厚く御礼申し上げる。 参照文献 [1] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークホームページ.(cited 2016-11-20),http://www.pepnet-j.org/ [2] 萩原彩子,白澤麻弓,三好茂樹他.日本聴覚障害学生支援シンポジウム10年の歩み.筑波技術大学テクノレポート.2015; 23(1): p.95-100. Report on the Twelfth Symposium of PEPNet-Japan NAKAJIMA AKIKO1), HAGIWARA Ayako1), SHIRASAWA Mayumi1), MIYOSHI Shigeki1), KAWANO Sumihiro2), ISODA Kyoko1), YOSHIDA Miku1), TAIRA Satoko1)1) Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: The Postsecondary Education Programs Network of Japan (PEPNet-Japan), which holds the secretariat at Tsukuba University of Technology, is a network of 23 higher education institutions and related organizations that actively works to support students with hearing impairments, and it also holds an annual symposium as a forum for discussion. The year 2016 marked the twelfth symposium and the first since the enactment of the Disability Discrimination Law; it was also the first time in ten years for this event to be held at Tsukuba University of Technology. In this paper, we report on the planning, content, and results of this symposium, which had the theme of providing future support for hearing-impaired students that conforms with legal obligations. Keywords: Postsecondary education, Deaf and hard-of-hearing students, Disability support services