第11回アイオワ大学研修報告 井口正樹,松井 康 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 要旨:国際交流委員会活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州アイオワシティー)での海外研修が平成28年9月に行われた。今回の研修には理学療法学専攻から2名の学生が参加し,11日間行われた。研修内容は,大学院や学部の授業参加,研究活動見学,医療施設見学などであった。さらに,アイオワ大学の幅広い教育分野を活かし,理学療法学科以外の授業にも参加することができた。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じて,自主的に学ぶことの重要性を認識できた。また,アメリカの理学療法士には開業権があり,制度や実際場面についても学ぶ機会を得た。病院やスポーツクリニックでの理学療法現場の見学を通じ,職業観のさらなる醸成をはかることができ,有意義な研修であった。 キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 理学療法士の養成教育が大学院レベルで行われていることに代表されるように,米国の理学療法教育は世界的にみてもレベルが高い。その米国の理学療法養成校の中でもアイオワ大学はトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しており,また本学卒業生が大学院に留学した実績がある。今回11回目となる本研修は,新たな取り組みも行われたので以下に報告する。 2.活動の目的 国際交流委員会の事業の一つとして,リハビリテーションを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,また向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活,医療人としての将来像を描くことを目的とした。また,本研修は特設科目「異文化コミュニケーションD・I」として1単位が認定される。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流委員会が定める学生募集要項に従い,学部生では保健科学部を,院生では保健科学専攻を対象に周知した。その結果,派遣人員2名に対し3名の応募があり,成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査を行い,全員が基準を満たしていたため,3名を派遣学生と決定した。しかし,うち1名が健康上の理由により,研修を断念した結果,2名の派遣となった。引率教員としては,大学間交流協定の世話人でアイオワ大学を卒業している井口と,専攻教員の松井が派遣された。 4.参加学生 ・ 森田翼:保健科学部保健学科理学療法学専攻2年 ・ 曽田麻由美:保健科学部保健学科理学療法学専攻2年 5.研修期間・主な研修施設とその概要 期間は,平成28年9月11日(日)~9月21日(水)であった。主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法・リハビリテーション科学学科(Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science)であった。本学科にはDPT(Doctor of Physical Therapy)プログラムとPhD(Doctor of Philosophy)プログラムがあり,どちらのプログラムも入学するには学士が必要である。前者は,2年半のプログラムで将来,理学療法士(PT)を目指す学生が入学する。後者は本分野で研究者・教育者を目指す学生が入学する。また特記すべき点は,米国のPT養成課程(DPTプログラム)は大学院レベルであり,アイオワ大学で理学療法を専攻するためには,難易度の高い入試を合格する必要がある点である。 6.事前研修・出発 3回にわたり本学保健科学部キャンパスにて,事前研修が行われた。学生は2名とも海外滞在が初めてであった。事前研修では,渡米時・入国時の注意点やアイオワ州やアイオワ大学の概要を井口が説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,事前に入手した情報・配布資料に基づいた参加予定の授業の予習,学生への課題である現地での英語による発表の練習・指導などもここで行った。また学生の英語力を把握するために,リスニング能力のスクリーニングテストを行い,加えて,学生には,ネイティブスピーカーと会話する機会が定期的に本キャンパスで得られる英語ラウンジ(English Lounge)に積極的に参加するよう,促した。 7.研修内容 7.1 体験授業 今回の研修では理学療法士養成課程(DPTプログラム)から3コマと健康と生理学学科(Department of Health & Human Physiology)から1コマの計4コマの授業に参加した。うち健康と生理学学科の体験授業は,昨年度の研修から追加された。理学療法学科の授業としては,理学療法入門(Principles of Physical Therapy),筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics),活動依存性の神経・筋骨格系可塑性(Activity Based Neural and Musculoskeletal Plasticity in Healthcare)の3コマの授業に参加した。一年次学生対象の「理学療法入門」は,理学療法の基礎を教える授業であり,今回は肩,肘,手関節の関節可動域測定の方法についての講義と実習であった。ケリー・サス(Kelly Sass)先生に加え,二年次の先輩学生5,6人が手伝いで参加しており,下級生を教えていた。実習では,本学学生が現地学生の可動域を測定する,などの交流を持つことが出来た(図1)。同学科の他の授業はどちらも2年次学生が対象であり,「筋骨格系治療学」では,肘の評価が実技で行われ,触診や靭帯へのストレステスト等を教えていた。実際に本学学生の二人も,科目担当のデイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生の徒手療法を受け,また先生に手を取ってもらうことで,徒手療法の方法を学んだ。「活動依存性の神経・筋骨格系可塑性」では,完全な反転授業で,学生は動画配信されている講義の受講と多くの関係論文を読むことが授業時間前に要求されている。そのため,実際の講義時間内では,学生に問いかけ回答を得ることで学生の理解の確認を行っていた。根拠に基づく理学療法を行うためには科学論文を読むことは不可欠だが,実際には,特に日本では,時間的制約や学生の能力不足のため,そこまで到達しないことも少なくない。現地学生の活発な発言から学生たちが高度な論文も詳細なレベルまで理解していることがわかり,アイオワ大学のレベルの高さが確認できた。次に,学部生対象の「運動生理学(Exercise Physiology)」の授業では,将来PTを目指す学生が主に受講していた。受講内容は筋肥大に関することであり,かなり詳細なメカニズムなどについての講義であった。理学療法士は動きの専門家であり,その動きの原動力となる筋(肉)については,本来であれば詳細な知識を持っていなければいけないのだが,日本のPT養成校では高卒から3~4年で国家試験を受験するという時間的制約から,この分野を学生が十分に理解しているとは限らない。米国では,このような科目を学部生で受講した場合,養成校入学時には,かなりの知識を既に持っていることとなり,日本との差は大きい。 図1 理学療法入門の授業で,本学の学生(森田)が現地学生の関節の動きを検査している様子。 7.2 研究室訪問 本研修では理学療法学科内の4つの研究室を訪問した。これらの研究室では,運動制御,心血管機能,痛み脳卒中後の神経系可塑性など,多岐にわたる分野で,研究が活発に行われていた。各研究室のディレクター(教員または所属する大学院生によって,口頭による説明のみならず,実際に研究機器を使用する機会も得たので,理解がしやすかった。派遣学生は学部生であったため,どの研究室でも日本語に訳してもかなり難しい内容ではあったが,わかりやすい説明や実際に研究機器に触れることで,理解が容易となるよう,配慮をいただいた。 7.3 医療施設見学 本研修では,前回同様の4施設(大学附属病院(University of Iowa Hospitals and Clinics),理学療法士による個人経営のクリニックであるパフォーマンスセラ ピーズ(Performance Therapies),リハビリテーション回復期病棟を有する一般病院のセントルークス(St. Luke’s)病院,そして大学附属のスポーツ医学クリニック(University of Iowa Sports Medicine Clinic)を訪れた。これらの施設は,どれも病期(急性期,回復期など)や疾患(整形外科疾患や神経疾患など)が異なり,その多様性が学べた。多くの施設で見学にとどまらず,治療機器に触れたり,実際に使用する機会があったり,様々な体験をすることが出来た。また見学を通して,日本とは異なる理学療法士の役割についての説明も受けることができた。例えば,アイオワ州ではダイレクトアクセス(医師の処方箋なしで理学療法士が理学療法を行う)が存在するが,日本では現在のところ医師の指示なしでは,,理学療法士は理学療法という治療行為を行えない。また,整形外科やめまい等の特定分野では,医師による診察の必要性を理学療法士が判断するという話も聞いた。こうすることで,医師の負担を軽減し,また医療費の高騰も抑えられるのは事実だが,理学療法士の責任は非常に重い。 7.4 その他 今回,学生たちは課題の一つとして,英語での発表を「活動依存性の神経・筋骨格系可塑性」の授業の後半1時間ほどを,科目担当で学科長でもあるリチャード・シールズ(Richard Shields)先生から頂き,行った。発表に先立ち,シールズ先生から,本学の紹介や交流の経緯等の簡単な説明があった。その後,井口が本学の紹介や理学療法士や研究者として働く上での視覚障害の影響を説明した。続いて,学生は,おのおの選んだトピックについて英語で発表した(図2)。発表後には多くの質問があり,我々に対する,現地学生の関心の高さが確認できた。最後にはクラス全体での記念撮影を行った(図3)。また数名の学生がシールズ先生に「非常に興味深い発表でした」とわざわざ伝えに来た,ということを後日,シールズ先生からうかがった。 図2 本学の学生(曾田)が,現地の学生の前で発表している様子。 図3 「活動依存性の神経・筋骨格系可塑性」を履修しているDPT(理学療法養成課程)2年次と科目担当教員のシールズ先生との記念撮影。 障害学生支援センター(Student Disability Service)では,どのように障害に対する特別配慮がされているのかを聞くことができた。具体的には,視覚障害者のために,墨字の教科書を電子データ(PDF)にする作業で,本の背表紙裁断,スキャン,OCR,形式統一のための作業の説明を聞けた。また規模の大きい出版社では,購入した教科書をePubフォーマットの電子媒体で提供してもらえる可能性がかなり高いので,まずは交渉するとも聞いた。大学付属の語学学校では,リスニングとリーディングの2クラスに体験授業として参加した。英語を母国語としない外国人がアイオワ大学に入学するには,TOEFL(Test of English as a Foreign Language,英語を母国語としない 外国人に対する英語テスト)で100点以上(120点満点)が要求される。しかし80点以上が取れれば,学部の授業に加え語学学校の授業も取るという条件下で入学が許可される。本研修では,そのTOEFLで80~100点の学生が履修する語学学校のクラスに参加した。既に学部の授業も同時に取っているため,英語のレベルそのものは高かった。また,興味深かったのは,教える内容が,アメリカ文化やアメリカの大学で勉強するために知っておくと良いアドバイス等,英語に特化していなかった点である。我々が参加した授業は1クラス16人で,うち15人は中国人であった。残念ながら,最近は日本人留学生の数が減っていることを目の当たりにした。大学附属病院にある視覚リハビリテーション(Vision Rehabilitation Science)では,現在の視力を最大限に活かす目的で,眼鏡,ルーペ,拡大読書器,パソコン,タブレットPC,スマートフォンなどの紹介やトレーニングを行うという話,視覚障害者の移動手段,法制度などについて聞くことができた。日本には,鍼灸・按摩・マッサージという視覚障害者にとって伝統的な職業があり,アメリカでも東洋医学そのものは,最近,人気が出てきており現地の人々に広く受け入れられている。しかし,アメリカでは視覚障害者に,鍼灸などの目的で体を触られることに,まだまだ抵抗があるようであった。さらに今回,特別に京都大学名誉教授でアイオワ大学神経内科教授の,木村淳先生にお会いする機会を得た。先生の半世紀以上に及ぶ,長い滞米経験のお話などが大変興味深かった。また気さくな人柄で,学生にも多くの質問をしてくださり,「日本人,中でも若くて医学を勉強している日本人は,英語が出来なければダメだ」と,学生の勉強意欲を上げていただいた。先生はご自身が卒業した京都大学と現在,働いているアイオワ大学の2つの大学しか知らないが,アイオワ大学は京都大学と変わらないほど,優秀な大学であるともお話ししてくださった。短い時間ではあったが,大変楽しく,有意義な時間が過ごせたのを幸運に思う。同年9月30日開催の第16回国際シンポジウムに,入試担当事務局長であるカーク・クルーバー氏を招聘者の一人として迎えるにあたり,本研修中に井口が事前打ち合わせを行った。来日前に事前に情報交換することで,当日のシンポジウムがよりスムーズに行え,意義のあるミーティングとなった。今年度の新しい取り組みとして,研修最終日にシールズ学科長に署名していただいた修了証書を各学生に授与した(図4)。決して買うことのできない貴重な体験を学生2人はしたということの記念になれば,幸いである。 8.今後の課題 英会話の能力が高ければ高いほど,得るものは多い。事前により多くの英語に触れてもらうことで,研修の内容もより充実したものになると思われる。英語ラウンジの活用や無料のネットラジオ・ポッドキャストの活用,そして医学英語の履修など,できる限りのことは派遣が決まった学生に勧めてきた。しかし,派遣が決まってから渡米までの短期間で英語を勉強しても限界があり,日本の英語教育の改善に期待するところが大きい。 9.参加学生(代表)の感想(「基金への感謝のことば」  より抜粋,原文のまま) 今回のアメリカ合衆国アイオワ大学での研修にあたってのご支援,誠にありがとうございました。助成金を受けさせていただいたことにより,金銭的な負担が軽減され,有意義な研修を実施することができました。最先端の研究結果に基づいた,高い水準で行われている授業や,最先端の研究を行っている研究室,多くのアイオワ大学の職員の方の話など,実際に現地を訪れないと学べない,多くのことを学ぶことができ,今後の学習に対するモチベーションの向上や,卒業後の進路の見直しに.がり,非常に良い経験となりました。今回の研修で得られた貴重な経験を,今後の学生生活や,進路選択に活かしていきたいと考えます。 10.得られた成果・まとめ 本研修では,学生にとって良い刺激となったと思われる。日本の大学教育は受動的となりやすく,教えてもらう構えを学生は取りがちだが,米国の学生は積極的に自ら学ぼうという姿勢が強い。そのような姿勢を,実際に肌で感じることができたのは良かった。日本の授業や教科書からは得られない知見を,体験授業参加や研究室訪問を通じた国際交流で得ることが出来た。 図4 研修修了書を受け取った学生(左:曽田,右:森田)とシールズ学科長(中央)。 The Eleventh Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki, MATSUI Yasushi Department of Health, Faculty of Health SciencesTsukuba University of Technology Abstract: For eight days in September 2016, a group of four people (two students and two faculty members from the Department of Health) visited the University of Iowa in order to participate in a study tour. The tour included participation in physical therapy classes, visits to hospitals, clinics, and research laboratories, and meeting and exchanging information with students at the University of Iowa. The tour also included, for the first time, the awarding of certificates for the completion of the study tour. Although the study tour was short, the students from Tsukuba University of Technology were able to meet very hard-working Iowa students and to observe advanced approaches to rehabilitation. These experiences gave great encouragement to those who participated in the tour. Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation