欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2016参加報告 小林 真,福永克己 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 要旨:ドイツ連邦共和国のドレスデンにて開催された欧州の視覚障害学生サマーキャンプ,ICC2016に学生2名を引率して参加した。同キャンプは主に欧州の視覚障害学生たちを対象に,コミュニティおよびネットワークの形成を目的として実施されているもので,ワークショップやイブニングアクティビティで構成されている。本学からの参加学生は英語でのコミュニケーションに苦労しながらも多くの友人や知人を作ることができ,事後もSNSを通して連絡を取り合っているようである。 キーワード:欧州視覚障害学生サマーキャンプICC,英語教育,SNS 1.はじめに 国際交流委員会の主催する海外研修事業の一環として,欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2016(International Camp on Communication and Computers)に学生2名を引率して参加した。開催地はドイツ連邦共和国ザクセン州の州都・ドレスデンにあるドレスデン工科大学で,期間は2016年7月25日から8月4日,参加学生は情報システム学科2年次の中村遼佑君と4年次の森山夏気さんの2名であった。本サマーキャンプは,大学間交流協定の相手先機関であるリンツ大学・統合教育支援センター(IIS)のKlaus Miesenberger准教授と,元カールスルーエ工科大学・視覚障害学生支援センター長のJoachim Klaus氏が始めたもので,2016年で22回目を迎えており,本学からの学生参加も12回目となった[1]-[6]。また,Joachim Klaus氏は ICC2016をもってICCのBoard memberから外れることを表明しており,今回のキャンプを最後に第一線から退くという記念すべき回であった。図1は毎年恒例の集合写真である。 2.キャンプ概要 2.1 現地統括者および参加国・参加者数 現地統括者はドレスデン工科大学のGerhard Weber教授と,ご自身も全盲である奥様のUrsula Weber氏が担った。更にドイツの盲人協会にあたるDVBS (Deutscher Verein der Blinden und Sehbehinderten in Studium und Beruf: ドイツにおける教育と就労を対象とした全盲・視覚障害者協会)も協力しており,ウェルカムパーティでDVBSの会長であるUwe Boysen氏が司会を務めるなどしていた。 図1 ICC2016参加者らの集合写真。 参加国数は15ヵ国で,オーストリア・ベルギー・スイス・チェコ・ドイツ・イギリス・ギリシャ・クロアチア・ハンガリー・イタリア・日本・オランダ・ポーランド・セルビア・スロベニアからの学生が参加していた。昨年オランダ王国で開催されたICC2015と比べると,ラトビアが減ってハンガリーとセルビアが増えた形であるが,各国に学力や年齢が適している視覚障害学生が毎年居るとは限らないため,参加国の構成は毎年変化する。参加学生の登録人数については,障害の程度別に全盲32名,弱視33名,「ボーダーライン」と称される学生4名の合計69名となっていた。ボーダーラインとは墨字も読もうと思えば読めるが点字を主に利用するというような状況の学生を指していると考えられる。ただし当日はハンガリーの全盲学生1名が直前に体調を崩して不参加,イタリアの全盲学生1名も早い段階で体調不良により帰国したことから,全体としては67名が参加したと言える。国別の内訳はオーストリア4名・ベルギー6名・スイス1名・チェコ7名・ドイツ6名・イギリス7名・ギリシャ3名・クロアチア4名・ハンガリー1名・イタリア5名・日本2名・オランダ6名・ポーランド4名・セルビア5名・スロベニア6名であった。スタッフは各国のナショナルコーディネータを中心にリストに上がっているだけで65名であったが,それ以外にも例年のように現地スタッフが参加している。 2.2 実施会場 キャンプの日中のメイン会場はドレスデン工科大学の南側に位置する「Andreas-Pfitzmann Bau(APB)」と呼ばれる建物であり,毎朝のミーティングとワークショップはそこで行われた。APBは同大の情報処理学科(Dept. of Computer Science)に属し,コンピュータ設備の充実した近代的な建物である。図2に建物内部,吹き抜けホールの様子を示す。一方,宿泊はドレスデン工科大学から北に4kmほど離れたホテルcityherbergeとなっており,毎日2台のバスで全員が移動するスタイルで進められた。 2.3 ワークショップ構成 ここ数年,キャンプのワークショップの構成は変化し続けている。2013年にはそれまで中高生と大学就学前~大学生の2グループに分けて2週間のイベントであったものを,年齢をまとめて10日のイベントに変更した。その後2014年には必修ワークショップ(compulsory workshop)として「Presentation」「Networking」の2つが全員参加するものとして設定され,2015年には「CV Writing」「Advanced Document Creation」の2つが必修ワークショップの選択肢として加わり,学生の希望を調査しながらそのうち2つに参加する構成にシフトした。今年はさらに整理され,必修ワークショップは「Networking」「Presentation skills」「Effective Web Browsing and Information Retrieval」「Effective Braille and Braille Displays Usage」「Effective Screen Magnifier Usage」「CV Writing and Job Interview Skills」の合計6種類となり,学生は事前に優先順位を登録しておいてその中から2つに参加することになった。必修ワークショップの実施日についても今年は変化し,昨年はキャンプ前半に2コマずつ連続して行っていたものが,前半と後半に分かれている。図3はPresentation skillsの様子である。 図2 ワークショップ会場APBの吹き抜けホール。昼食場所として利用されることも多かった。 図3 Presentation skills の様子。ワークショップリーダーであるMiesenberger准教授が参加者に説明している。 一方,選択ワークショップも少しずつその枠組みと構成が変化している。基本的にワークショップは各国から学生を引率してくるナショナルコーディネータや補助スタッフが実施するわけだが,2014年から明確に「Basic Technical WS」「Advanced Technical WS」「Social WS」というカテゴリに分けてバランスよく実施する努力がなされている。しかし実際には,引率スタッフが必ずしも技術系であるわけではないため,最終的にSocial WSの数が多くなる傾向にある。ちなみに我々は後述するようにハードウェア系のワークショップを「Advanced Technical WS」として,書道のものを「Social WS」として登録し実施した。参加学生が選択ワークショップを選ぶ方法も,昨年とは変わった。これまで参加者は事前にWebサイトにログインし,リストの中から優先順位をつけて10個程度選択する手法をとってきたが,今年は優先度をつけずに12個を選択するやり方に変更され,さらに選べるリストも参加者自身の目の状態によって変化するようになった。これまでは全盲向けのワークショップか弱視向けのワークショップか,提示されている概要に記されている条件などを自分で読む必要があったが,それらの条件が自動的に判断され,学生に適さないワークショップは選択候補に表示されない仕組みになった。(ただし今年度は試行錯誤の年であり,データべースとうまく連携がとれていない面もあった。) 2.4 全体スケジュール ICC2016の全体スケジュールを表1に示す。例年通り,到着日のウェルカムパーティに始まり,半日単位での実質3時間のワークショップと夕方に行うアクティビティを連日こなし,最終日はフェアウェルパーティで終わるという形式である。必修ワークショップについては前述のようにエクスカーションディを挟んで前後半に分かれている。また,日曜の午前には昨年同様教会礼拝のために自由時間が設けられていた。一方今回複雑であったのは夕食場所で,日によってホテルやメンザ(大学の学食)など違う場所・異なるスタイルで食べる形式であったため,事前周知やバスでの移動などに神経を使った。 2.5 学生たちの選択したワークショップ 前半の必修ワークショップについては,中村君は「Effective Screen Magnifier Usage」,森山さんは「Presentation Skills」にアサインされた。後半は二人とも「Networking」であった。「Effective Screen Magnifier Usage」はZoom TextやDolphinといった欧州でよく用いられる拡大ソフトウェアの細かいテクニックについて学んでいたようである。「Presentation Skills」は,様々な発表技術を学んだ後に,4人ずつのグループに分かれてそれぞれ独自のテーマについて発表するという形態であった。毎年のことながらコミュニケーション系のワークショップでは,英語でディスカッション出来る能力が求められる。昨年と異なりグループ発表であったため,事前の話し合いなどが活発に行われていた。 選択ワークショップについては,中村君は以下の7つを体験した。 ・Creating an ICC Promotional film ・Touch the Universe (Astronomy) ・Physical computing for beginners ・Tourist or Traveling abroad as VIP ・Chess for all ・ABC Music: a free, Text Based Music Notation System ・Introduction to NVDA, the free and open source screen reader 表 1 ICC2016のスケジュール 図4 学生たちの参加したワークショップ例。上:中村君のChess for all下:森山さんのBalance/Slackline 森山さんは以下の7つを体験した。 ・Communication tool for the whole ICC comunity ・Touch the Universe (Astronomy) ・First Aid ・Studying in Europe ? Studying abroad ・Lifehacking ・Balance/Slackline ・Tourist or Traveling abroad as VIP 図4はこれらのうちChess for all とBalans/Slacklineの様子である。 2.6 イブニングアクティビティ 例年通り,図5に示すタンデム(二人乗り自転車),水泳,乗馬などが用意されていたが,現地スタッフの少なさや集合時間・場所の変更などで今回は多少混乱していた印象である。本学の学生たちは,国内ではあまり体験する機会のないタンデム,楽器演奏を楽しむJam session, インラインスケートなどを楽しんでいた。イブニングアクティビティ担当のスタッフが不足していたこともあり,我々引率教員は別のアクティビティのスタッフとして駆り出されることも多かった。 2.7 エクスカーション エクスカーションは,チェコとの国境近くの国立公園Saxon Switzerlandへバスで移動し,簡単な昼食を取ってから岩山散策を行う形でスタートした。岩山はアスレチックコースのような作りになっており,参加者たちはそれぞれの体力や視力に合わせて楽しめる。その後はエルベ川に移動し,18人で漕ぐ「ドラゴンボート」を体験したり川辺でのバーベキューを楽しんだりという内容であった。図6にその様子を示す。 図5 引率教員らがパイロット役として手伝ったTandem ridingのひとコマ。エルベ川岸や街中を走るルートが設定されていた。 図6 エクスカーションの様子。上:Saxon Switzerland中:エルベ川でのドラゴンボート下:川岸でのバーベキュー 2.8 フェアウェルパーティでのプレゼンテーション 最終日のパーティは図7のような会場で行われた。ここでは毎年参加国ごとに10分程度のプレゼンテーションを行う。ここ数年は複数の国でグループを組んでいるが,今年はセルビア・クロアチア・スロベニアがグループを組んで大人数で歌を披露するなど盛り上がった。本学の2名は,ハンガリーからの学生1名と一緒に寸劇をこなした。準備時間が少なく,効果音などの準備が間に合わなかった様子だったがスピーチを主体にすることで乗り切っていた。このような経験もまた,本学学生にとっては非常に有益であると思われる。 図7 フェアウェルパーティの様子。 3.引率教員の仕事 ICC引率教員の仕事として特徴的なもののひとつは,ワークショップの実施である。今回は引率者人数分のワークショップ種別を求められたこともあり,昨年と一昨年のものを組み合わせて2種類実施した。ワンボードマイコンのArduinoを用いたフィジカルコンピューティングワークショップと書道のワークショップである。Arduinoワークショップの方は比較的人気があったのか, 3回実施することになった。それらワークショップに加えて,毎日昼食後に引率者のミーティングがあり,様々な事務連絡や情報の確認が行われる。今回は特に夕食の場所やイブニングアクティビティの実施・集合場所が複雑で直前に変更になることも多くあったため,それら情報確認に労力が必要であった。また前述のように本学の学生が参加するものとは別のアクティビティの補助を依頼されることも多かったので,学生の世話の依頼や事前事後の確認など,例年より神経を使う場面が多かったように思う。しかし連続して参加させていただいていることから,我々引率教員の名前や英語の癖なども周囲に理解してもらってきており,引率者側も良い人的ネットワークが構築できていると感じている。 図8 引率教員らによるワークショップの様子。 4.学生たちの感想 最後に参加学生たちから寄せられた感想を記す。共に帰国後もSNSを通じてやりとりを続けている様子が伺える。 4.1 中村遼佑君より 「初日のWelcome Partyでは,いくつかのグループに分かれて自己紹介やちょっとしたゲームをしました。ICCは本当に多くの人と友人になれる絶好のチャンスだと,最初のイベントから感じましたし,自分の今の英語能力を実際に試せる機会だと感じました。ワークショップでは,様々なアクセシビリティーソフトを実際に使うことで,自分に合ったソフトウェアは何か,またその設定はどうしたらよいか理解することができました。実際に目の負担を減らし作業効率が上がるので,今後の学習環境にも役立つと思いました。アクティビティでは,タンデムという2人乗り自転車に初めて乗り,ドレスデンの街中を走るというそこでしか味わえない体験ができました。ドイツの文化や習慣などを実際に体感して学習することも非常に楽しかったです。夜の「ICC Cafe」では,自分の興味のある洋楽の話題を通して他国からの参加者らと一緒に歌ったり踊ったりなどして楽しい時間を過ごすことができました。今回のICCに参加することによって,多くの参加者と知り合えたことは,私にとってとても価値があります。今でもSNS を通してコミュニケーションのやり取りをしています。他にも参加者が自分と同じ世代の人だったため,自分と比較し自分の改善すべき社会的マナーやコミュニケーション能力の問題を見つけることができたことも大きな成果です。この機会に改めて自分自身をもう一度見つめなおし,自分を磨いていくよう努めていきたいと思います。」 4.2 森山夏気さんより 「私にとって本キャンプへの参加は3度目でしたが,以前受講したことのあるワークショップ(WS)でも,担当するスタッフによって内容が異なるので,常に新しい情報を共有したり得られたりすることが本キャンプの良い点であると思います。私はCompulsory WSとして,Presentation SkillとNetworkingの2つを3度とも受講しました。Presentationに関しては前回までと異なり4人ごとのグループでの発表でした。グループ発表では内容を自身で決められないため,内容や発表スタイルを全員で話し合う必要があり,個人でプレゼンテーションを行なうことと比較して大変だったように思います。Networkingに関しては前回同様,視覚障害者が留学するにあたっての情報共有もされましたが,加えて自分たちのバックグラウンドを一通り話した上で視覚障害を持つ学生に対する各国の教育や支援体制についても情報共有を行ないました。欧州における支援体制を聞くことは新鮮かつ有意義だったと同時に,本学での教育から卒業後の進路(就職)までにおいて自分がどれだけ恵まれた環境で支援を受けているかということについて再認識できました。また,聴覚障害及び視覚障害を持つ学生のみを受け入れている本学の存在は欧州の参加者にとって興味深いものであり,支援体制に関する質問もされました。自分にとって「当然のこと」が彼らにとっては「特別な存在・支援」なのだと感じました。そしてFarewell partyでは,今年はハンガリーの参加者1名と計3名で寸劇を行ないました。出し物のアイディアを出すことは勿論,内容を詰めるためにハンガリーの参加者とコミュニケーションすることも大変でしたが,何よりオーディエンスを笑わせることはとても難しいと感じました。英語で正確に伝えることだけでも心配なのに,笑いをとるということは困難とプレッシャーでしかありません。そんな状態でもやり遂げられ,やって良かった,と思えるのは,アイディアを出して下さった先生,やりたいこと・伝えたいことを理解してくれた同じグループの参加者,そして何より,笑ってくれパーティ後に私たちの寸劇に対して反応してくれたり日本の文化に興味を持ってくれたりする周囲の存在があったからだと思います。全体を通しての反省点としては,回数を重ねたことでSNSの繋がりのある友人とさらに親睦が深められた一方で,新しい人たちとの交流が充分に出来なかったことが挙げられます。また,ICCへ参加する度に自身の英語では伝えたいことが伝わっていないのではないか,自分の話に興味を持ってもらえていないのではないか,と考えてしまう場面も多かったです。これは就職活動中にも感じたことですが,人を引き付け,興味を持ってもらう話し方をすることは日本語でも簡単なことではありません。しかし一方で,このような拙い語学と表現力であったにも関わらず,帰国後,SNSに送られてくる参加者やスタッフからのメッセージは温かかったです。それは自身の励みとなると同時に英語・コミュニケーション・プレゼンテーションスキル向上へのモチベーションを上げてくれました。このICCでの経験を活かし反省点を忘れることなく,日々の語学勉強や今後のプレゼンテーションへ活きるよう「人を引き付けられる力」を身に着けたい,と強く感じました。」 5.謝辞 学生の旅費に関して筑波技術大学基金および日本学生支援機構より多大な支援を頂きました。記して深く感謝します。 参照文献 [1] 小林真,福永克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2015参加報告.筑波技術大学テクノレポート. 2016; 23(2): p.60-64. [2] 小林真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICCの変遷 ―本学からの10回の参加を振り返って―.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.24-28. [3] 小林真,川村祥子,東川恭子.International Camp on Communication and Computers 06 参加報告. 平成18年度国際交流活動成果報告書,国立大学法人筑波技術大学国際交流委員会,2007; p.29-34. [4] 永井伸幸,吉田有希,吉永円.International Camp on Communication and Computers 参加報告.筑波技術大学テクノレポート.2006; 13: p.95-99. [5] 加藤宏,小林真,原俊介,塩谷純.ヨーロッパの視覚障害者コンピュータ・キャンプに参加して.筑波技術短期大学テクノレポート. 2004; 11: p.85-91. [6] 渡辺哲也,小林真.オーストリアの大学における視覚障害者の支援.世界の特殊教育.2002; 16: p.47-53. Report on Participation in the International Camp on Communication and Computers 2016 KOBAYASHI Makoto, FUKUNAGA Yoshiki Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: Two students from our university participated in the International Camp on Communication and Computers 2016 (ICC2016), which was held in Dresden, Germany. The camp was primarily designed for visually impaired European youngsters and it aimed to help them create communities and networks with each other. The content of the camp included workshops, evening activities, and a one-day excursion. Although our students experienced difficulty communicating in English, they were able to make friends and have remained in contact with them using SNS tools. Keywords: International Camp on Communication and Computers, English education, Social networking services