楽器音の重畳と聴覚障害者の拍認識の関係についての研究 平賀瑠美1),中原夕夏2),加藤伸子1) 筑波技術大学 産業技術学部産業情報学科1),技術科学研究科産業技術学専攻2) キーワード:聴覚障害,楽器音,音響,聴取 1概要:音楽が好きな聴覚障害者が,世界中の音楽から聴いて楽しめる音楽を見つけられるようなシステムの提供を最終目標とし,本研究では,そのための基礎的情報の収集を行った.聴覚障害者が音楽を楽しむ時,リズムを手掛かりにすることが多いことから,聴こえる音楽の音響調査のために拍認識実験を行った。また,楽器音が重畳する実際の音楽の聴きやすさを調べるための楽曲を作成し,予備実験に着手した。 1.はじめに 聴覚障害者の音楽聴取訓練は行われていないにも関わらず,音楽が好きであるという聴覚障害者は多い。本研究の目的は,聴覚に障害を持つ者が聴いて楽しめる音楽を現存する音楽の中から見つけ,増やすことである。そのために,聴覚障害者にとってどのような音響特徴を持つ音色の音楽が聴きやすいのかを調べる必要がある。聴こえる音楽を聴くことにより,音楽聴取の一層の楽しさを享受できるようになることは想像に難くない。聴きやすい音色を明らかに出来た場合,聴覚障害を持つ児童生徒に対する音楽教育に活かすことで,幼い頃から聴くことへの興味を喚起できると考える。 2.方法 本研究の目的の為に,まず,単一楽器音の聴こえやすさについて,単純な楽譜で音響データを作成したものを用いて調べた(実験 1)。これにより,聴こえやすい楽器音を明らかにしたうえで,実在する音楽に近づくように楽曲を作成し,各パートに楽器を割り当てて作った音響データを用いて聴こえやすさを調べる(実験2)。 聴覚障害者にとって聴きやすい音色を調べるために,ビートタッピングテストを用いた実験を行った。ビートとは音楽の速さを決める拍のことである。例えば 1分間に 60拍ある音楽を 30秒聴いて,1秒ごとに音響データに合わせてタップをできるかどうかを調べるテストである。実験では参加者に音響データの聴き取りやすさについての主観評価をお願いした。主観評価は,拍認識がしやすい,音を聴き取りやすい,高く聴こえる,好ましさについて 5段階評価とした。 ビートタッピングテストは,Iversenが開発したシステムBAT[1]を本研究目的のために,タップを行う音響データを差し替えて用いた。音響データは,楽譜を記譜ソフトウェアSibeliusで作成し Sibeliusのサウンドライブラリを用いて音響データを作成したものを使用した。 2.1 実験 1 聴覚障害者にとって,聴き取りやすい楽器音を調べることを目的とし,楽譜は同じ音高の 4分音符が続く単純なもの(図 1),8分音符が続くもので作成し,それぞれ 20種類の楽器音で音響データを作成した。 図1 実験1で用いた楽譜 2.2 実験 2 実験 1で用いた音響データは,日常的な音楽とは異なるため,専門家に作曲を依頼した。研究の意図を作曲者に説明し,図 2のような曲を作成した。Sibeliusで作成した 3ないし 4パートの楽譜に対し,実験 1の結果から明らかになった聴き取りやすい楽器音と聴き取りにくい楽器音を用いて音響データを作成した。 図1 実験2で用いる楽譜 3.結果 実験 1で 4分音符の音響データを用い,19名参加してもらった主観評価の結果,複数の項目において,リコーダー,三味線,筝,クラシックギターが他楽器と有意差があった。これら4種類の楽器のうち,リコーダー以外は他の楽器よりも高い評価であった[2][3][4]。 8分音符の音響データを用いた実験には,先の 19名のうち 14名が参加した。主観評価では,同じ楽器を用いた音響データでも,高く聴こえ,聴こえにくいとする回答となったものもあった。また,4分音符では評価が悪かったリコーダーの聴こえやすさについては評価が上がった。 4.考察 リコーダーと三味線・筝・クラシックギターが音響的に大きく異なるのは,そのエンベロープである。図 3と図 4にリコーダーとクラシックギターのエンベロープを示す。 リコーダーの主観評価が 4分音符で悪かった理由は音が持続するためと考えられる。しかし,似たエンベロープを持つ楽器でも評価が分かれたため,4分音符の音響データについて識別課題を行った。その結果,エンベロープ以外の音響特徴の影響があることが明らかになった。 図3 リコーダーのエンベロープ 図4 クラシックギターのエンベロープ 5.今後の展望 実験 2については,予備実験に着手したところである。実験 2の結果に基づき,音色が重畳した実際の音楽において聴こえやすい音色を明らかにし,世界中の音楽から聴こえやすいものを見つける予定である。 拍認識に影響を与える音響を明らかにすることで,音楽の授業を受講するのにふさわしい楽器の選別や,ダンスや音楽鑑賞で使用者が心地よくリズムに乗れるシステム開発や,音楽教育の質の向上を期待できる。 参照文献 [1] Iversen, J. R. and Patel, A. D.: The Beat Alignment Test (BAT): Surveying beat processing abilities in the general population. Proc. ICMPC 10, 465-468 (2008) [2] Nakahara, Y., Hiraga, R., and Kato, N.: A Subjective Evaluation of Music Beat Recognition with Different Timbres by Hearing-Impaired People. ICCHP 2018 , LNCS vol. 10896, Computers Helping People with Special Needs, pp. 207-210 (2018). [3]中原夕夏,平賀瑠美,加藤伸子:聴覚障害者の拍理解に有効な楽器音−主観評価の分析−,日本音響学会講演論文集,2018年春季研究発表会 [4]中原夕夏,平賀瑠美,加藤伸子:聴覚障害者の楽器音による拍理解について−楽器音分析の試み−,2018AAC-6(3), 1-5