美術館における聴覚障害者を対象とした鑑賞支援と情報アクセシビリティ 管野奈津美,大杉 豊,小林洋子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:2013年に全国的な聴覚障害当事者団体が「情報アクセシビリティ・フォーラム」を開催し,本学でも翌年大学院技術科学研究科に「情報アクセシビリティ専攻」が設立されるなど,情報アクセスなどを包含する概念として「情報アクセシビリティ」という用語が使われ始めている一方,美術館において,情報アクセスの整備が進んでおらず,聴覚障害者が文化芸術を享受する機会が妨げられている現状がある。本稿では,まず米国における美術館の取組み事例を紹介し,日本における美術館のこれまでのバリアフリー関連の取組みが遅れている事実を指摘する。日本の美術館において情報アクセスの整備がなかなか進まない,その主な要因として文化政策や障害者芸術振興政策の問題点を前景化させる。そして文化施設に求められる情報アクセスのあり方,聴覚障害者の鑑賞を支援する方法・内容を検討し,聴覚障害者の文化芸術活動,ひいては社会参加に必要な「情報アクセシビリティ」とは何か探究していきたい。 キーワード:アクセシビリティ,情報アクセス,芸術,鑑賞支援,聴覚障害 1.はじめに 障害者権利条約の第9条「アクセシビリティ」では,障害者が自立して生活すること及び生活のあらゆる側面に完全に参加することを目的として,公衆施設やサービス,輸送機関,情報通信などにアクセスできるよう必要な措置を取ることを締約国に義務づけている[1]。国立研究開発法人情報通信研究機構は「障がいのある人や高齢者など,情報収集に困難がある人たちに,どのように情報アクセスを確保するかが求められている」とし,バリアフリー,ユニバーサルデザインといった共生社会の概念の中に情報アクセシビリティを位置づけた[2]。近年,聴覚障害者の大学への進学増加に伴い,大学において情報保障の整備が進んでいるが,聴覚障害者の就労現場や地域社会での行事など情報保障が用意されないことも多く,全ての情報に容易にアクセスできているとは言い難い。美術館で開催される展覧会や提供される鑑賞プログラムにおいても,情報アクセスの整備が進んでおらず,一般の人々と同様の文化芸術を享受する機会が保障されていない現状がある。まず米国における美術館の聴覚障害者に対する取組み事例を紹介し,どのような情報アクセシビリティが展開されているのか整理していく。 2.米国の美術館における取組み事例 まず,米国の美術館のマイノリティに対する取組みの変 遷について述べる。1960年代当時,美術館や博物館の運営に携わっていた人々はエリート層,いわば大半は白人で構成されていたため,美術館や博物館で展示される内容やサービス提供は米国文化の多様性を公平に反映しているのかと抗議活動が起こった。1960年から1976年の来館者調査では,来館者の多くは学歴・収入も高く,職業上高い地位についている人々であり,低所得者,低学歴,人種的マイノリティの来館者が少なかったことが示された。そのことから「多文化主義」を掲げ,アフリカ系米国人のための分館や新館を建立する動きが起こった。特に1967年,ワシントンD.C.のアフリカ系米国人の居住区域に建てられたアナコスチア博物館は,開館前に居住者との話し合いを重ね,運営や展示内容に意見を取り込み,新しい博物館の姿を提示した[3]。その後,国立アメリカ・インディアン博物館や国立女性美術館なども建立された。このように多文化を尊重してきた文化的背景もあり,人種的・民族的マイノリティ,女性,聴覚障害者,学習障害者,視覚障害者などのマイノリティに対する様々な取組みがこれまで実施されてきた。今回は聴覚障害者を対象とした取組みを一部紹介する。 ■事例①スミソニアン・アメリカ美術館(ワシントンD.C.)ワシントンD.C.にあるろう・難聴学生のための総合大学・ギャロデット大学のアート学科と連携し,学芸員が事前に講座を開講し,その講座を受講したろう教員・ろう学生がギャ ラリートークでガイドを務める鑑賞プログラム「Art Signs: Gallery Talks in American Sign Language」を提供している(図1)。第一言語であるアメリカ手話を通して,ガイドと参加者との間で鑑賞において積極的な意見交換や会話のやり取りが可能となっている。同時にろう者ガイドの手話による案内・作品解説のもとで,音声通訳をつけることにより,ろう者・聴者ともに楽しめる場も提供している。また,スミソニアン・アメリカ美術館の公式HPやYouTubeに「Art Signs Online Video Series」といった手話によるスミソニアン・アメリカ美術館収蔵作品の解説映像が複数制作・掲載されている(図2)。ろう者が自ら手話で解説し、また英語の字幕も付与されているため,手話使用者や手話を理解しない人も容易にアクセスできるよう配慮されている[4]。 図1 ろう者ガイドの手話による作品解説 図2 「Art Signs Online Video Series」の画面 ■事例②ボストン美術館(マサチューセッツ州)ろう者を対象としたプログラム「A Hand’s Reach to Art」を提供しており,1年を通じてギャラリーツアー,パフォーマンス,デモンストレーションなどがアメリカ手話によって実施されている。また,毎月第2水曜日の夜6時からろう者ガイドによるアメリカ手話ツアーが行われている。「Artful Adventures」といった聴覚障害や学習障害を持つ児童を対象としたプログラムもあり,米国,ヨーロッパ,アジア,アフリカの豊富なコレクションを通して絵画の人物になりきったり,異なる国の作品を比較したり,多様な文化や芸術に触れられる内容となっている。ネックループやテレコイル対応の補聴器の貸し出しも行っている[5]。 ■事例③メトロポリタン美術館(ニューヨーク)定期的にアメリカ手話によるギャラリーツアーを開催している。2週間前に予約すれば,手話付きの鑑賞プログラムやギャラリーツアーなど手話によるアクセス提供が可能であり,手話付きの中でも「音声通訳なしのアメリカ手話のみ」「アメリカ手話・音声英語の通訳付き」と,利用者側がろう者のみで構成されているグループ,もしくは聴者も含むグループなど,参加するメンバーの状況に合わせ,柔軟に選択できるよう配慮されている。また,美術館内で催される講演も3週間前に依頼すれば,リアルキャプション(パソコン筆記)を用意すると公式HPに明記されている[6]。寺島(2002)によると,当時オークランド美術館(カリフォルニア州)やキンベル美術館(テキサス州)でも地域のコミュニティと連携しろう者や手話のできるドーセント(解説ボランティア)の育成に力を注いでいたが、現在は休止しているのか行われていない模様である。オークランド美術館は1986年,ろう者アーティストの展覧会でカリフォルニア州立聾学校の生徒に手伝ってもらったのを契機にろう者をドーセントとして採用する取組みを始めた。キンベル美術館(テキサス州)では近郊のカレッジの手話講座の受講生に対して美術館のプログラムを通訳の実地演習の場として提供していた[7]。米国以外の国でも,フランスのルーブル美術館では,事前予約すれば,フランス手話によるギャラリーガイドを受けることができる。オーストリアのウィーン博物館でも手話による作品解説のアプリを入れた機器を希望者に貸し出し・配布していた(図3)。オーストリア手話と国際手話どちらかを選択でき,外国から訪れたろう者にも対応している。絵画もしくは重要な展示物のところに番号が振っており,アプリ内にある番号を選択するとそれに関する手話による解説映像が視聴できるようになっている。 図3 手話による作品解説のアプリ このように,手話通訳付きの鑑賞プログラムを提供するのみならず,地域コミュニティと連携し,ろう者や手話のできる聴者をガイド・解説ボランティアとして採用するなど人材的資源を上手く活用している例も見られる。特に事例として紹介した美術館においては、ろう者ガイドを積極的に採用し,ろう者主導の作品解説や音声通訳なしのアメリカ手話のみによるギャラリーツアーも提供するなど,手話による言語的アクセスを保障しているのが印象的であった。アメリカ障害者法(ADA)では「第Ⅲ節 民間機関が運営する公共施設及びサービス」において,美術館や博物館なども含め,不特定多数が集まる公共的な施設における建築物やサービス上での障害者差別を禁じており,補助支援又はサービスが欠けているがために障害のある個人が排除されたり,サービスを拒否されたり,隔離されたりなどの扱いを受けることがないよう必要な措置をとらなければならないとしている[8]。その必要な措置として手話などの言語的アクセスを用意することにより,文化芸術を享受する機会を保障していると考えられる。 3.日本の美術館における取組み 日本においては1988年,東京で開催されたリハビリテーション世界会議の会期中,フランスの国立ポンピドー芸術文化センター「子どものアトリエ」と東京の「手で見るギャラリーTOM」共同企画「瞑想のための球体」が開催され,誰でも球体の作品に触れることができるという内容の展覧会であった。視覚障害者の鑑賞支援はこれを機に大きく飛躍し,各地で触覚による鑑賞支援や展覧会が開催されるようになった。1998年に日本障害者芸術文化協会が美術館など文化施設のバリアフリー化に関する調査研究の報告フォーラム「アクセシブル・ミュージアムを考える」が開催され,制度,物理,文化・情報面,意識という4つのバリアから様々な議論が行われた[9]。視覚障害者の鑑賞支援の例としていくつか紹介する。宮崎県立西都原考古博物館ではなるべく多くの展示物を触って鑑賞できるよう配慮されている。また,音声ガイドはジャケット型で,ジャケットのように羽織って展示物に近づくと天井のセンサーが感知して,肩口のスピーカーから音声ガイドの声が流れる仕組みになっている。耳も手もふさがず,白杖の使用者にとっても便利とされている。国立民族学博物館においても展示物を触れる「世界をさわる」コーナーを設けており,また盲学校の生徒を招待して手で触って鑑賞するプログラムも提供している[10]。兵庫県立美術館では1989年から毎年,手で触れる作品を展示することにより,美術鑑賞の機会を視覚障害者に提供するのと同時に,一般の方にも視覚以外の感覚器官を通した美術鑑賞のあり方を探ってもらう試みとした「美術の中のかたち-手で見る造形」の展覧会も行われている。広瀬(2016)は “さわる”を「目に見えない世界を身体で探る手法」と定義しており,単に形を認知する手段としてだけではなく,触文化を通して目に見えない物語を共有し,質が異なる情報の価値を認め,異文化の対等な交流を育む手 段として啓発することで「ユニバーサル・ミュージアム」の新たな可能性を示した[11]。触覚による鑑賞支援だけではなく,視覚障害者と見える人が対話を通して共に鑑賞する新たな取組み「セッション」「ソーシャルビュー」なども行われている。また,東京都美術館でも休館日に車椅子使用の障害者がゆっくり絵を鑑賞できるよう障害者のための特別鑑賞会を定期的に開催している。聴覚障害の範囲においては,過去,世田谷美術館,森美術館などで手話関連の取組みが行われた。世田谷美術館の場合,講演会には原則手話通訳を受けると明記している。森美術館ではギャラリーツアーに手話通訳者を配置する手話ツアーを定期的に開催している。NPO法人エイブル・アート・ジャパンも2012年に聴覚障害者が美術館で鑑賞する際に必要な鑑賞プログラムを検討したり,美術用語の手話表現を試作したりなど「美術と手話によるプロジェクト」を実施している[12]。このように近年,聴覚障害者を対象とした試みが増えており,喜ばしいことだが,平成27年度の調査によると日本における美術館の数は624とされており[13],全体的に鑑みても圧倒的に少ないといえよう。聴覚障害者が美術館で鑑賞する際,よく挙げられる問題点として,音声によるイヤフォンガイドが用意されていながらそれに代わる機器や文章の用意がなされていない,展覧会でよく上映されるアーティストの紹介映像や作品制作風景を撮影した映像などに字幕がついていない,ギャラリーツアーに手話通訳がついたとしても手話通訳者の技術の問題により内容が理解できない,関係者の間で手話による通訳は困難という誤解が広まっているなどがある。また,美術に造詣が深い手話通訳者の数がかなり限られているのも美術館において情報アクセスがなかなか進まない要因の1つであろう。音声ガイドについては,日本語の文章を用意すれば良いのでないかという意見もあるが,日本手話を第一言語とするろう者もいるため,手話による解説も求められる。このように手話による言語的アクセスの重要性についても美術館側に啓発していくことも必要であろう。 4.文化政策と情報アクセス 文化政策を担う文化庁の対象領域は「芸術文化の振興と普及」「文化財の保護」「著作権の保護」「国語の改善」及び「宗教行政の運営」の5領域となっており,美術館の運営費交付など美術館運営・管理と深い関わりがある。文化政策は,国・地方公共団体と一定範囲の責任を持つ社会の合法的な代表者による文化に関わる施策の総体として捉えられている[14]。日本において国による文化政策が強く行われたのは,明治時代で,西洋諸国に追いつくため,西洋文明の導入が進められ,この動きの中で西洋美術も積極的に取り入れられた。第二次世界大戦後は,戦前の国家検閲の反省もあり,文化に関わる政策に関して極めて控えめな時期が続いていた。その影響もあってか,文化庁の文化芸術関連データによると「諸外国と比して,我が国の文化予算と民間の寄附はいずれも低い水準にある」[15]とあり,国家予算を占める文化庁の予算の割合は極めて低い(図4)。米国の場合においては国家予算を占める文化予算の割合は日本より低いが,多数のNPO法人の活動や寄附に対する税制優遇措置があるため,民間による寄附が積極的で,美術館にとっては貴重な財源となっている。 図4 国家予算を占める文化予算の割合1980年代以降,全国各地で美術館や劇場などの文化施設が地方自治体によって建設され,ある程度のインフラは整っているといえよう。しかし,インフラの整備などのハード面を重視したあまり,ソフト面の予算が充分確保できず,美術館における人材的サービスの確保・育成に関する課題も多く出た。「指定者管理制度」の導入もあり,例えば土地と建物は自治体が提供し,経営はNPOや民間企業が担うなど,実体的な運営を別の団体が担っているケースも多い[16]。近年は企業・財団による芸術文化支援も幅広く行われ,文化・芸術関連のNPO法人も増加傾向にある。これらをどのように活用して,サービスや地域の活性化につなげていくのかが課題であろう。2001年に文化芸術基本法が制定されたが,どちらかといえば文化振興の重要性を社会的に認知した内容となっており,法的拘束は弱い。これが美術館におけるバリアフリー関連の取組みにも影響を与えているのではないかと考える。演劇においてはNPO法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」が設立され,演劇・舞台における手話通訳の養成や字幕制作など観劇支援の研究や演劇関係者への啓発などを行っている。演劇においても美術館同様,公的な観劇支援のシステムがなく,課題として,障害当事者,演劇関係者,支援者を観劇支援に繋ぐ仕組みがまだないことが課題とされており,そのネットワーク強化を行っている[17]。2015年(平成27年)に策定された「文化芸術の振興に関する基本的な方針-文化芸術資源で未来をつくる-(第4次基本方針)」においても「文化芸術活動の公演・展示等において,高齢者,障害者,子育て中の保護者,外国人等が文化芸術を享受しやすいよう,施設のバリアフリー化,字幕や音声案内サービス,託児サービス,利用料や入館料の軽減など対象者のニーズに応じた様々な工夫や配慮等を促進する」[18]とあるが,「手話」が含まれておらず,言語的アクセスに対する意識が欠けているともいえよう。このように文化政策においても、鑑賞支援のサポートを義務づける内容など,法的な整備も求められるだろう。 5.障害者文化芸術振興 1970年代,身体障害を持つ人々,特に重複障害者によるカルチャースクールでの制作活動,わたぼうしコンサートへの出演など,少しずつ障害者が表に出て文化芸術活動に参加するようになった。1980年代,国際障害者年にあたり,国際障害者年中央記念事業芸術祭(ひろがる希望の芸術展)が障害者による作品を展示・公開することにより,国民の障害者問題に関する理解を深め,障害者の自立促進・社会への完全参加を目指すことを目的に開催された。1988年に開催された第16回リハビリテーション世界会議では,日本における障害者の文化芸術の取組みとして触覚による鑑賞支援,重度障害者に対する音楽療法,知的障害者による織物やファッションショー,聴覚障害者による身体表現や手話を用いたショー,精神薄弱者施設の入所者による作品展示などが紹介された。その流れで先述した通り,リハビリテーション世界会議が開かれたのを機に,1988年頃から各地で触覚による鑑賞支援が行われるようになった。1992年財団法人日本障害者リハビリテーション協会主催で「とっておきの芸術祭」が企画・開催され,一般市民との交流を通じて障害者が文化芸術活動に参加できる可能性の認識を深めるため,障害者の音楽,パフォーマンス,美術などの総合的な芸術祭であった[19]。徐々に障害者による作品が注目されるようになった中で,「エイブルアート」「アウトサイダー・アート」「アール・ブリュット」など様々な概念が発表された。「アウトサイダー・アート」は社会の周縁にいる人々,いわば所属する文化に社会的・心理的・芸術的に適応することが難しい人々の手による特異な作品を指す[20]。それに反して「アール・ブリュット」のブリュットは「生」もしくは「未加工」を意味しており,直接的・無垢・生硬な芸術であると位置づけ,伝統的な文化の影響を受けていない,例えばまだ学校教育を受けていない子供によるチャイルドアート,ヨーロッパ美術の伝統を知らない部族社会によるプリミティヴ・アート,あるいは精神的疾患や狂気によって常識の枠組みを超えて表現されている精神病者の作品などを指している[21]。聴覚障害者の芸術活動については,1949年,戦後間もない頃に日本初のろう芸術家の当事者団体である日本ろうあ美術家協会が設立され,ろう芸術家の展覧会「第1回全国聾啞美術展」が開催されている。1953年に第2回も開催されたが,その後は資金などの問題で開催されなかった[22]。また全日本ろうあ連盟によって全国聴覚障害者美術展が度々開催されていたが,近年は資金難で休止されている。共同研究「国内における障害者による芸術活動の概要」報告書においても「各団体が個別に活動し、横の連携が十分でない」と報告されており,聴覚障害者を対象とした芸術活動団体もごくわずかで、特に美術の分野においては皆無であった[23]。このことから,聴覚障害者の芸術活動において十分な支援が行われていないことを示している。 ここで特筆すべきは,障害者文化芸術振興は文化政策分野ではなく,福祉分野で興ったことにある。障害者芸術活動の振興に伴い,視覚障害者の鑑賞支援が展開されるようになったのも興味深い事実である。しかし,文化政策分野と福祉分野の接点があまりなく,障害当事者,福祉関係者,文化政策に関わる人々が集結し,課題を共有するとともに,鑑賞支援について協議する仕組みが存在していないことも課題の1つであろう。また,障害別に活動しており,横の連携が十分でない中,特に聴覚障害者の場合,世間のろう芸術やろう文化に対する認知も低く,助成金も得にくい状況にある。また障害者アートの中でも微妙な立ち位置に置かれている。その影響もあってか,美術館におけるニーズが把握しにくい,そして当事者からの発信も少ないという難点もあるかもしれない。これも美術館において情報アクセスの整備が進まなかった要因の1つではないかと考える。 6.まとめ 米国の美術館では多文化主義を掲げてきた文化的背景,そしてアメリカ障害者法(ADA)との関連もあり,ろう者ガイドを積極的に採用し,アメリカ手話によるギャラリーツアーの提供など手話による言語的アクセスを保障している。日本においても近年手話通訳付きのギャラリーツアーを開催する試みも行われているが,全体的に鑑みて聴覚障害者を対象とした鑑賞プログラムは充実しているとは言い難く,そして手話による言語的アクセスを含め,情報アクセスはまだ十分に整備されていないといえよう。 障害者文化芸術振興に伴って障害者の文化芸術活動への参加が注目されるようになったが,文化政策分野ではなく,福祉分野からの輩出であった。そこから視覚障害者の鑑賞支援やそれに関する研究が展開されるようになった。このように「芸術文化支援」と「福祉」の狭間で,障害者の文化芸術活動への参加や美術館への参加・アクセスが取り上げられるようになったが,明確な境界線を引くのは難しい。先述の文化政策や障害者文化芸術振興などの歴史的な背景もあり,文化政策や美術館の運営に関わる方々,障害者の支援に携わる方々,そして障害当事者をつなぐ接点やシステムがなく,十分に連携できていない現状は,美術館の情報アクセスの整備において大きな弊害となっている。そのことから,美術館側にとって聴覚障害者の美術館におけるニーズを把握しにくく,情報アクセスに対する意識がまだ十分でないことがうかがえる。聴覚障害当事者からの発信を積極的に進めるとともに,聴覚障害に関する知識や手話による言語的アクセスなどを含めた情報アクセスの重要性について啓発を進めていく必要があると考える。今後,全国の美術館を対象とした実態調査,また聴覚障害当事者を対象とした調査も行い,聴覚障害者の美術館におけるニーズを把握・明確化することも必要となってくるだろう。美術館において求められる情報アクセスや鑑賞支援の在り方とは何か,そして聴覚障害者が聴者とともに鑑賞を楽しみ文化芸術を享受する機会を得られるためにはどのような「情報アクセシビリティ」が必要なのか,これからも探求し続けていきたい。 参考文献 [1] 外務省.障害者の権利に関する条約.(cited 2016-11-24)http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html[2] 国立研究開発法人情報通信研究機構.情報アクセシビリティとは何か.情報バリアフリーのための情報提供サイト.(cited 2016-11-24)http://www2.nict.go.jp/barrierfree/103/topic/general/20060201/index.html [3] 山本珠美.コミュニティ・ミュージアム-博物館と参加型文化活動- In:日本社会教育学会.日本社会教育学学会紀.1997;33: p.83-87 [4] Smithsonian American Art Museum. Art Signs: Programs in American Sign Language.(cited 2016-11-18) http://americanart.si.edu/education/asl/ [5] Museum of Fine Arts Boston, Accessibility. (cited 2016-11-18)http://www.mfa.org/visit/ accessibility [6] Metropolitan Museum of Art. For Visitors Who Are Deaf. (cited 2016-11-18)http://www.metmuseum.org/events/programs/access/visitors-who-are-deaf [7] 寺島洋子.アメリカの美術館における聴覚障害者に対する取り組み.In: 欧米の美術館でのマイノリティへの対応[2]美術館教育研究会.http://www.dnp.co.jp/artscape/knowledge/education/0208/index.html [8] 内閣府.第1章1990年障害のあるアメリカ人法(2008年改正)第Ⅲ節 民間機関が運営する公共施設及びサービス In: 平成23年度内閣府委託報告書 障害者差別禁止制度に関する国際調査(cited 2016-11-20)http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h23kokusai/04-usa3.html [9] 山本哲也.博物館学におけるバリアフリー研究の現状について.(cited 2016-11-25)http://nirr.lib.niigata-u.ac.jp/bitstream/10623/41962/1/9_63-82.pdf [10] 東京大学先端科学技術研究センターバリアフリープロジェクト監修,中和正彦文.ユニバーサルデザイン3まちのユニバーサルデザイン.あかね書房(東京), 2006; p.26-27. [11] 広瀬浩二郎 編.ひとが優しい博物館 ユニバーサル・ミュージアムの新展開.青弓社(東京), 2016. [12] NPO法人エイブル・アート・ジャパン.美術と手話プロジェクト.(cited 2016-11-20)http://www.ableart.org/org/art_syuwa/syuwa01.html [13] 文部科学省.II調査結果の概要.In: 社会教育調査—平成27年度(中間報告)結果の概要.(cited 2016-11-24)http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2016/10/28/1378656_03.pdf [14] 根木昭.文化政策学入門.水曜社(東京), 2010; p.36. [15] 文化庁.文化芸術関連データ集.(cited 2016-11-25)http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/seisaku/11/03/pdf/kijyo_2.pdf [16] 上山信一,稲葉郁子.ミュージアムが都市を再生する経営と評価の実践.日本経済新聞社(東京), 2003; p.161. [17] NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク.「舞台・演劇の創作における手話通訳について考える」第2回シンポジウム報告集.2016. [18] 文化庁.(2)高齢者,障害者等の文化芸術活動の充実.In: 文化芸術の振興に関する基本的な方針-文化芸術資源で未来をつくる-(第4次基本方針)(平成27年5月22日閣議決定)(cited 2016-11-18)http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/hoshin/kihon_hoshin_4ji/03-8-2.html [19] 公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会.平成6年度障害者文化芸術振興に関する実証的研究事業報告書.(cited 2016-11-18)http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/other/z00017/z0001702.html#1s_1 [20] デイヴィド・マクラガン,松田和也訳.アウトサイダー・アート 芸術のはじまる場所.青土社(東京), 2011; p.39.[21] [20]; p.41 [22] 日本聾啞ニュース.昭和25年4月号; p.3. [23] 日本財団パラリンピック研究会,東京藝術大学COI「障がいと表現研究」グループ.共同研究「国内における障害者による芸術活動の概要」報告書.2016. Information Accessibility for Deaf and Hard-of-Hearing Visitors in Museums KANNO Natsumi, OSUGI Yutaka, KOBAYASHI Yoko Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: “Information accessibility” is becoming an important concept in relation to information access for people who are Deaf and hard-of-hearing. However, there is a status quo that Deaf and hard-of-hearing visitors encounter obstacles to their enjoyment of art and culture because of the lack of suitable information access in museums. This paper introduces some cases concerning museums in the US, where information access for Deaf and hard-of-hearing visitors is provided through sign language, and explores why information access at museums in Japan has not developed despite cultural policies and the artistic activities of people with disabilities. Keywords: Accessibility, Information accessibility, Art, Museum, Disability, Deaf and hard-of-hearing