基礎医学ウェブ教材共有ネットワークシステムの必要性─視覚障害者のための医療系職業教育機関の教員を対象とした調査─ 志村 まゆら1),工藤 滋2),田中 秀樹3),半田 こづえ4),福島 正也1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科1) 筑波大学 理療科教員養成施設2) 東京都立文京盲学校 高等部 専攻科3) 明治学院大学 社会学部4) 要旨:全国の視覚障害者のための医療系職業教育機関67校で解剖学と生理学を担当する専任教員を対象に,利用してきた教材,教材情報収集の苦慮,教材共有化への興味と利用希望,自身の教材公開の許諾等についてアンケート調査を2020年度に行った。61校の機関から回答が得られた。回答者312名のうち39%が点字または音声を主な使用文字としていた。57%がこれまで教材収集に苦労したと回答した。80%がウェブ教材共有ネットワークの利用を希望し,そのうち回答者の6割以上が,画像・動画・音声教材データの利用を望んだ。これまでの教材情報収集の苦労と,年齢,経験年数,ウェブへの興味や利用希望との間には相関関係は認められなかった(r<0.5)。これまで教材収集に苦労してきたからネットワークの利用を望むというより,近年の視覚障害者の教育現場を取り巻くICTの推進や遠隔授業の導入などの環境変化が, 新たな教材の必要性を教員に感じさせている可能性がある。 キーワード:視覚障害生徒,教員,ウェブ教材ネットワーク,基礎医学,質問紙法 1.背景  2012年から筑波大学は附属特別支援学校で実践している教材をデータベース化し,最近では国外への公開も始めた[1]。これらの教材データベースの多くは小学部から高等部普通科までのものである。さらに国立特別支援教育総合研究所より,視覚特別支援教育における教材情報の共有化に関するInformation and Communication Technology(ICT)の役割について,教具・機器,および教材情報の共有の現状と教材情報の共有化の必要性が数年にわたり報告されている[2]。  一方視覚障害者の医療従事者を養成する職業教育機関では,インターネットを通じて教育コンテンツを共有する仕組みがほとんどない。日本理療科教員連盟に所属する会員間では文字データ,点字データを用いた教材・副教材(以下,教材)の情報交換がときどき行われているが,利用は会員間に限られている[3]。ICTの活用により,学習用コンピュータやインターネットを使う機会が増えるなか,新しい教材・教育コンテンツの利用と,その情報の共有化を目指すウェブ・ネットワークシステムの構築が求められる。 2.目的  本調査の目的は,全国の視覚障害者のための医療系職業教育機関に所属する教員の,ウェブ教材ネットワークシステムへの興味・利用希望,求める教材の種類を分析することである。 3.調査方法 3.1 対象  視覚障害者の医療系職業教育課程を有する学校および施設(視覚特別支援学校,国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局視覚障害支援センター,社会福祉法人,大学など)67校に所属し,専門基礎科目「人体の構造と機能(解剖学または生理学)」を10年以内に担当した専任教員を対象とした。回収校数は67校中61校で,332名の回答が得られた。このうち統計処理に有効な312名を分析対象とした。  なお,「人体の構造と機能」はいずれの教育機関でも共通する必修科目である。 3.2 手続きおよび期間  手続きは,各学校・施設へ,電子媒体(Excelファイル),点字紙媒体,拡大文字紙媒体を郵送し,無記名自記式質問紙法により回答を求めた。調査期間は2020年12月1日~2021年1月22日とした。 3.3 調査項目の概要  質問紙は大きく分けて,3つのパートからなり,それぞれのパートは複数の質問項目から構成されている(表1)。 3.4 統計処理  %は回答者312名に対する割合を示す。相関係数はSpearman相関係数の有意確率5%水準,係数rは0.5以上を有意と判断した。統計解析ソフトIBM SPSS Ver29にて解析した。 3.5 倫理的配慮  この研究調査は,筑波技術大学研究倫理委員会の承認(2020-27)を得て実施した。 表1 質問票の構成 表2 解剖学で利用している教材 表3 生理学で利用している教材 4.結果 4.1 回答者プロフィール  回答者312名中,20歳代3%,30歳代21%,40歳代37%,50歳代32%,60歳以上は7%であった。経験年数10年以上が72%であった。主な使用文字は,墨字61%,点字27%,音声12%であった。  過去10年以内の専門基礎科目で担当した科目は,解剖学222名,臨床医学総論・各論214名, 生理学207名,病理学概論149名,リハビリテーション医学113名,衛生学・公衆衛生学108名,運動学87名の順であった(複数回答)。 4.2 利用している教材の種類  解剖学担当者と生理学担当者の利用教材で最も多いのは「市販の立体模型」であった(複数回答,表2・3)。次いで解剖学では「市販の立体コピー」,生理学では「自作の立体模型」と「市販の画像教材」であった。 4.3 教材情報の入手先  入手先は, 「同じ専攻の同僚」30%,「インターネット」28%,「書籍・雑誌・資料等」24%,「他校の同じ専攻の教員」13%,「学会・研究会・研修会」12%,「普通科の教員」6%,「在籍していた大学・大学院」4%,その他1%であった(複数回答)。 4.4 情報収集の苦労  「大いに苦労した」13%,「ある程度苦労した」44%,「どちらとも言えない」27%,「あまり苦労しなかった」14%,「ほとんど苦労しなかった」3%であった。全体の57%の教員が情報収集に苦労していた。 4.5 ウェブ教材情報への興味  「大いに興味ある」42%,「ある程度興味がある」41%,「どちらとも言えない」12%,「あまり興味ない」3%,「ほとんど興味ない」2%であった。全体の83%が興味を示した。 4.6 ウェブ教材情報の利用希望  大いに利用したい」38%,「ある程度利用したい」42%,「どちらとも言えない」17%,「あまり利用したくない」2%,「ほとんど利用したくない」1%であった。80%の回答者が利用を希望していた。 4.7 情報収集の苦労と各因子との相関  「情報収集の苦労」と「年齢」,「経験年数」,「主な使用文字」,「ウェブ教材情報への興味」,「ウェブ教材情報の利用希望」との間には相関関係はほとんどなかった(r<0.5,表4)。「興味」と「利用希望」の間では高い相関が認められた(r=0.732)。 4.8 利用したいウェブ教材情報の種類  画像データ・動画データ・音声データが回答者249名の6割以上を占めた(複数回答,表5)。 4.9 解剖学で利用したいウェブ教材情報の単元  上位5位までを記す。単元の後の数値は希望者の人数を表す。 4.9.1 画像教材データ:循環器系80,神経系80,筋系77,感覚器系74,人体の構造73。 4.9.2 動画教材データ:筋系75,循環器系65,消化器系61,感覚器系58,呼吸器系58,神経系58。 4.9.3 音声教材データ:循環器系49,呼吸器系46,消化器系42,神経系42,感覚器系41,筋系40。 4.9.4 データ提供可能な副教材実践例:神経系51,感覚器系46,筋系46,消化器系46,循環器系44。 4.9.5 点図教材データ:神経系65,感覚器系57,循環器系57,消化器系51,骨格系50。 4.9.6 3Dプリンタ教材データ:骨格系56,神経系56,感覚器系53,呼吸器系53,筋系52。 4.10 生理学で利用したいウェブ教材情報の単元  表記は4.9と同じである。 4.10.1 画像教材データ:神経62,筋61,血液56,循環56,消化と吸収54。 4.10.2 動画教材データ:循環78,筋77,神経74,排泄70,呼吸68。 4.10.3 音声教材データ:循環66,呼吸61,神経41,発声と言語40,筋39。 4.10.4 データ提供可能な副教材実践例:神経47,身体の運動44,消化と吸収41,筋41,感覚41。 4.10.5 点図教材データ:神経55,循環49,筋46,感覚46,生理学の基礎43,血液43,排泄43。 4.10.6 3Dプリンタ教材データ:筋36,感覚36,神経35,呼吸28,血液26,消化と吸収26。 4.11 自作教材の公開への協力と課題  ウェブ教材共有への自作教材の公開については,312名のうち,130名(39%)が可能,32名(10%)が条件付きで可能と回答した。課題に関する自由記述では,キーワード検索で「著作権」という記載が32名中4件あった。 表4 情報収集の苦労と,各因子との相関関係 表5 利用したいウェブ教材情報の種類 5.考察  本調査では,これまで利用してきた教材の種類を基本調査としてまとめた。その上でウェブ教材ネットワークシステムへの興味・利用希望,求める教材の種類を分析した。これまで利用してきた教材で最も多かったのは「市販の立体模型」や「画像教材」であったが(表2・3), ウェブ・ネットワークで利用したい教材の上位3位には,あまり利用されて来なかった動画教材や音声教材が含まれていた(表5)。工藤ら[3]が2009年に実施した調査によると, 教材の中では立体教材に関する苦慮事項が多く,市販教材では対応できない実情があるため,視覚障害者に理解しやすい教材情報や,自作教材の開発が求められると考察している。これに対して本研究ではデータで提供可能な教材のニーズが高くなっていた。本研究ではウェブ教材共有という観点から調査を行っているため,自作の立体教材よりもウェブの利点を最大限活用した情報が求められている可能性が高い。本調査の結果,多くの教員がウェブ教材情報の利用を希望しており,視覚障害者の医療系職業教育課程の教員にとってウェブ教材情報共有システムは必要なものであると言える。  情報収集の苦労と,年齢,経験年数,ウェブ教材への興味,ウェブ教材情報の利用希望との間には相関関係は認められなかった。これまで教材収集に苦労してきたことが,ウェブ教材を利用したいという動機に繋がった可能性は低いと推測する。一方でウェブ教材情報への興味とウェブ教材情報の利用希望の間に高い相関が認められた。ウェブ情報への関心が高まってきた要因の一つとして,本調査を行った2020年度は新型コロナウイルス感染症対策としてオンライン授業を開始した学校が増え,画像や動画教材の作成が必要になってきたことが影響していると考えられる。  2021年度には,「感染症や災害等の非常時にやむを得ず学校に登校できない児童生徒に対する学習指導について(文部科学省初等中等教育局令和3年2月)」[4]に関する通知が発出され,非常時にやむを得ず学校に登校できない児童生徒に対する学習指導として,オンライン授業を認めることができるようになった。感染症の問題が落ち着いたとしても,オンライン授業の活用は続くだろう。  また全国の視覚特別支援学校専攻科に在籍する生徒の使用文字のうち,点字使用者は十数パーセントまで減少し,普通文字,音声と録音教材を併用する生徒が増加傾向にあるようだ[5]。こうした流れをみると,画像教材や動画教材のデータを教員が求める傾向は継続すると推測される。 6.展望  今後は視覚に障害のある教員が使いやすいウェブ教材情報ネットワークの構築に向けて,ウェブ・ネットワークへのアクセスに必要な視覚アクセシビリティ,各教育機関のインターネット環境等について調査結果を分析する。 7.結論  本調査研究で,ウェブ教材情報の利用を希望する教員が非常に多く,求める教材の種類はこれまで利用頻度が高かった教材・副教材とは異なる種類のものが含まれることが明らかになってきた。  本研究は,2020年度 筑波技術大学 教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクトA)の助成を受けて実施した。 参照文献 [1] 筑波大学特別支援教育教材・指導法データベース,筑波大学特別支援教育連携推進グループ.(cited2021-8-20),http://www.huan.tsukuba.ac.jp/snerc/kdb/index.html [2] 金子 健.特別支援学校(視覚障害)における教材・教具の活用及び情報の共有化に関する研究-ICTの役割を重視しながら-. 国立特別支援教育総合研究所.(cited 2021-3-22), http://www.nise.go.jp/cms/7,9720,32,142.hml [3] 工藤 滋,渡辺 雅彦,栗原 勝美,他.盲学校理療科教員の授業における苦慮事項の実態に関する研究-回答者の状況と苦慮事項の概要を中心に-. 理療教育研究.2015; 37: p.27-34. [4] 文部科学省初等中等教育局通知(令和3年2月19日)感染症や災害等の非常時にやむを得ず学校に登校できない児童生徒に対する学習指導について.(cited2021-3-19), https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/mext_00015.html [5] 柿澤 敏文:2020年度全国視覚障害幼児児童生徒の視覚障害原因等実態調査(報告書),2022年3月. Need for a Web-based Teaching Material Sharing Network: Focusing on Teachers at Vocational Training Courses in Schools for Students with Visual Disability SHIMURA Mayura1), KUDO Shigeru2), TANAKA Hideki3), HANDA Kozue4), FUKUSHIMA Masaya1) 1)Department of Health Science, Faculty of Health Science, Tsukuba University of Technology 2)Faculty of Human Sciences, University of Tsukuba 3)Vocational Training Course, Tokyo Metropolitan Bunkyo School for the Blind 4)Faculty of Sociology and Social Work, Meiji Gakuin University Abstract: This study aimed to examine the need for basic medical teaching materials (TM) that can be shared online among teachers working at schools or national rehabilitation centers for students with visual disability in Japan. In 2020, the survey was conducted to gain insight into the TM currently being used or desired for acupuncturist, physical therapist, and judo therapist vocational training courses. A total of 312 teachers from 61 of 67 surveyed schools completed the questionnaire. Of these, 39% relied on Braille or audio for communication; 57% reported difficulty collecting TM until now; 80% wished to use online TM, of whom more than half wished to use images, videos, and audio files. We observed no correlation between teachers’ difficulty of collecting TM and their age, years of experience, and interest in and desire to use online TM (r<0.5). The Ministry of Education has recently been promoting information and communication technology, which could explain why teachers want new types of TM. Keywords: Students with visual disability, Teachers, Web-based teaching material network, Basic medicine, Questionnaire survey