公立高等学校入学試験における英語および国語の聴覚障害者に対する措置 松藤みどり 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎研究部 要旨:音声が聞き取れないことは,語学の学習に不利な要因となる。聴覚障害者がそのハンディを克服して学力をつけたとしても,試験問題に聴解問題が含まれている場合は,そのハンディは決定的なものになる。平成10年,18年に続いて27年に都道府県が行う公立の高等学校入試における英語の聴解問題で聴覚に障害を持つ受験生に対する措置がどのようにとられているか,各都道府県に質問紙を送付して調査した。国語に聴解問題を課すところがあることを知り,国語についても改めて調査した。 キーワード:英語,国語,高校入試,リスニング,聴解 1.はじめに 音声を聞き取ることができないことは語学の学習を困難にするばかりでなく,聴解力によって英語力を測定される試験においては非常に不利な要因になる。資格試験の中で,実用英語技能検定試験(英検)のリスニングは字幕(テロップ)提示による受験,二次面接は文字による質問の提示と筆記による解答が認められている。TOEICテストではリスニングセクションを受験せず,リーディングセクションのみの受験が認められている。大学入試センター試験の英語のリスニングの受験は,重度難聴者については免除され,その他の場合は音声聴取の具体的な方法を申請することができることになっている。筆者は平成10年1月に第1回目の「聴覚障害者の高校入試における英語聴解問題受験に関する調査」を行った[1]。また,大学入試センター試験にリスニングが導入された平成18年に,同様の内容で2回目の調査をした[2]。文部科学省の(答申)「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育,大学教育,大学入学者選抜の一体的改革について(中教審第177号)」では高等学校基礎学力テスト(仮称)の導入も提案されている。この答申が出され,一方で「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の施行を目前にした平成27年,3回目の調査を実施した。また,国語の入試にも聴解問題を課す県があることを知り,聴覚障害者への対応について初めて調査した。 2.目的 公立の高等学校の入学試験において,難聴者が聴解 問題を受験するさいの措置を調査する。前回(平成18年)と前々回(平成10年)に実施した調査の結果と比較し,どのように改善されたか,更にどのように改善することが望ましいかを考察する。国語の試験においても聴解問題が実施されている県がいくつかあることがわかったので,実施について調査するとともに,英語の調査で判明しなかった「入学者数」に代えて聴覚に障害を持つ「受験者数」を調査した。 3.方法 3.1 英語についての調査3.1.1 調査方法平成27年5月に,各都道府県教育委員会の公立高等学校入学試験担当者に質問紙を送付し,6月末までに回答を郵送するよう依頼した。そのさい,第1回目の調査結果のURLを通知し,第2回目の論文(特殊教育学会の発表原稿とポスター)のコピーを添付した。期日までに回答のなかった場合は電話等で催促した。3.1.2 調査内容紙面の都合で簡略化しているが,前に実施した2回の調査とほぼ同じ内容で出実施した。 (1)平成27年度に入学した聴覚障害者の数(  )人 (2)聴覚障害者が,聴解問題を含んだ英語の入学試験を受験するさいの配慮の種類 ア.別室で受験させている イ.受験者が読話できるよう,試験官が問題を読み上げている ウ.聴解問題と同一の内容の問題を,筆記形式で出題している エ.聴解問題の代わりになる別の筆記形式の問題を出題している オ.聴解問題の部分は得点の対象とせず,見込み点を与えている カ.その他 (3)平成27年度の入学試験問題の英語のうち,聴解問題の占める配点の割合(  )% (4)入学試験問題の英語の聴解問題に対する聴覚障害者に対する措置に関する文書の名称 3.2 国語についての調査3.2.1 調査方法平成27年11月に,各都道府県教育委員会の公立高等学校入学試験担当者に質問紙を送付し,12月末までに回答を郵送するよう依頼した。英語の調査過程で,国語にも聴解問題を課す県が複数あることがわかったので,調査することにした。また英語についての調査で「入学者数」を不明とする回答が多かったので「受験者数」の回答を求めた。3.2.2 調査内容(紙面の都合で簡略化した)(1)平成27年度に受験した聴覚障害者の数(  )人(2)国語の入学試験に,聴解問題が含まれているか。 含まれている場合,含まれるようになった年度(  年度入試から) 含まれていない場合,以前含まれていたがとりやめた,ということがあれば,その年度と,理由,(3)聴覚障害者が,聴解問題を含んだ国語の入学試験を受験するさいの配慮(4)その他: 英語の調査と同様の項目 4.結果 4.1 入学者数および受験者数について英語の調査では「入学者数」を尋ねてきた。「不」は不明,「秘」は「公表せず」である。3回目の調査で「受験者数」,ならば教育委員会が把握しているが,実際に入学したかどうかはわからないために「不明」と回答しているところがいくつかあることが分かった。11月に実施した国語の調査の時には「受験者数」についての回答を求めた。この中には千葉のように試験を二回実施しており,受験者の合計数を延べ人数として示しているところがある。京都も同様と考えられる。回答がなかった県は空欄としている。英語の調査で回答のあった入学者数と,平成27年度の国語の調査で回答のあった数を表1に示す。 表1 入学者数と受験者数 4.2 英語の聞き取りテストに対する配慮について配慮事項の結果を表2に示す。カ(その他)として記述された内容を分類して表3に示す。4.3 聴解問題の占める割合H9年 21.2%H17年 24.4%H27年 25.3% 表2 配慮事項 表3 カその他の内訳(自由記述)の分類結果 4.4 措置文書措置文書が有と回答した都道府県数,および「入学者選抜実施要綱」などの一般の受験者が目にする文書名の記載数を( )内に示す。H9年 20(9)H17年 17(8)H27年 24(20) 4.5 国語の聴解問題の実施平成27年に国語の聴解問題を実施していると回答のあったのは,青森,千葉,島根,佐賀の4県であった。聴解問題の配点の割合は以下の通りである。青森 15%千葉 10%島根 8%佐賀 14%ただし受験情報のwebページの以下の記述[3]等から,回答のなかった県のうち,秋田は実施していると推測できる。「近年,公立高校の入学試験で「国語,の聞き取りテスト(リスニング問題)」を出題する都道府県があります。2015年には,青森県,秋田県,千葉県,島根県,佐賀県の5つの県にて出題されています。また,過去には岡山県,鹿児島県,沖縄県でも出題されたことがあります。配点は,5点~10点程度となります。(過去に20点という配点もありました)」岡山と鹿児島は,実施していたが取りやめた。理由は「検査結果等から『聞く力』の定着の成果が見られることまた『話すこと・聞くこと』の双方向の力については面接でも見ることができるため」(岡山)「読解した内容を自分の言葉で適切に表現する問題の充実を図るため」(鹿児島) である。回答はなかったが沖縄も過去に実施したが取りやめたと思われる。 5.考察 5.1 全体的な経年変化3回の調査で入学者数,3回目と同年に実施した国語の調査では受験者数を調べた。非公開であったり,不明という都道府県もあったが,受験者数および入学者は,全体的に増える傾向があり,とりわけ北海道,静岡,福岡等が顕著である。配慮のア~オの項目は平成10年第1回の調査のときのものをそのまま使用している。別室受験,聴解問題と同一の筆記問題,聴解問題とは別の筆記問題,その他が増え,読話して回答する,見込み点を与えるが減った。その他の項目は自由記述であったが,補聴器の使用,座席の配慮,個別プレイヤーの使用,音量調節,個別対応が経年的に増えているが,字幕は0から4になったあと,3に減っている。 読話,座席の配慮,個別プレイヤー,音量調節で対応できる受験者は,耳を使って英語を聞き取ることのできる軽度の受験者であろうと思われる。英検の二次試験でも身体障害者手帳を保有しない聴覚障害受験者に対しては「大声」で面接が行われる。個別対応の数が増えて,きめ細かい対応が増えたことが伺える。措置文書については,17年度に減少しているが27年度には増加しており,「入学試験実施要項」等の一般受験生も目にする書類に記載される場合が増えてきた。9年度の調査では「難聴者等の取り扱いについて」「聴覚障害者の取り扱い及び状況調査」「リスニングテスト実施上の留意・特別措置」「入学者選抜実施細目」などが見られた。17年度にはこの他に「障害のある生徒への配慮等について,状況報告書」「英語ヒアリングテスト受検査について」27年度には「平成27年度高等学校入学者選抜における特別な配慮を必要とする者に対する受検上の配慮について(通知)」「県公立高等学校入学者選抜事務の手引」「県立高等学校入学者選抜に係る障害のある生徒への配慮について」「別表(別表1の筆答代替,別表3の座席の変更,補聴器等の使用)」があるものの,文書があると回答した都道府県のほとんどが入試要項の中に記載するようになった。回答のあった都道府県の英語のリスニング問題の配点は,平成9年の平均がほぼ5分の1であったのに対し,平成27年には4分の1を超えた。聞き取りの能力が重く評価されるようになってきていることがわかる。 5.2 国語の聴解問題について高校入試における国語の聴解問題受験における聴覚障害者に対する措置についての先行研究は見当たらなかった。聴覚障害教育に携わる教員の間でも話題になることもほとんどない。これは聾学校中学部から公立の高等学校に進学する事例が少ない為に関心をもたれなかったためであることが伺える。英語の聴解問題を昭和30年代にすでに取り入れていた青森は,聴覚障害者に対する措置文書も早く「昭和54年度公立高校受検者中 難聴者等の取扱いについて(通知)」が平成7年の調査に添付されてきていた。実施を取りやめた県の理由を見れば,英語においても同じ理屈があるのではないかと思う。 6.結論 公立の高等学校入学試験の英語において聴解問題の占める割合が高まってきている。聴覚に障害をもつ受験者にとって不利にならないような,公正な措置を取ることが望まれる。先に2回実施した調査結果を,聴覚障害をもつ生徒の保護者が都道府県教育委員会や受験希望校に提示したりして措置を求めた事例を,以下のようにいくつか確認している。2002年12月,香川県の保護者からの私信。2005年6月17日,熊本県の保護者から全国難聴児をもつ親の会のブログにて報告[4]。これは2004年7月25日の問い合わせに埼玉県の教員が資料を紹介したことによるもの。2013年,千葉県の教員からの資料の求めに応じて提供し,保護者が教育委員会に掛け合って特別措置を受けることができたとの口頭による報告。今回の調査においても,結果の開示を早急に求める回答者もあった。筆者は、英検を実施している公益財団法人 日本英語検定協会やTOEICを実施している財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会に対しても,これまで聴覚障害者に対する試験のありかたを提言し,改善がなされるのを見てきた。都道府県の学力検査がすべてにおいて足並みを揃える必要はないが,障害をもつ受験者が不利にならないような措置を全国的に求めたい。高等学校基礎学力テスト(仮称)の導入のさいにも,きちんとした措置が取られること,そして,そのことが周知されることを願う。 参照文献 [1] 英語聴解問題における聴覚障害者に対する措置 その1:公立高等学校入学試験の場合.松藤みどり.筑波技術短期大学テクノレポート.1999; 6: p.125-129. [2] 公立高等学校入試における聴覚障害者の英語聴解問題への対応(その2)日本特殊教育学会大44回大会発表論文集.2006 [3] 高校入試 国語のリスニング(聞き取り)対策はこれでOK.家庭学習コンサルタント坂本七郎のブログ.(cited 2016-11-25) http://plaza.rakuten.co.jp/kikuji/diary/ 201511210000/ [4] 全国難聴児を持つ親の会ブログ(cited 2016-11-25) http://www.zennancho.com/yybbs/yybbs.log Survey of Accommodation for Deaf Students in Public High Schools’ Entrance Examinations MATSUFUJI, Midori Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center for Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: High-school students with hearing impairments can study in regular high schools as well as in special support schools. To enter regular schools, they must pass the entrance examinations conducted by the local government; in most cases by the prefectural government. The subjects are the Japanese language, mathematics, social studies, natural science, and English. As the English examination includes a listening test, this poses problems for examinees with hearing impairments. The author of this paper conducted surveys in every prefecture in Japan to determine if amendments have been made to accommodate such students. From the results of the survey, it was found that several prefectures give listening tests on the Japanese language, too. An additional survey on the Japanese listening test was then conducted after the survey on the English test. Keywords: English, Entrance examination, High school, Listening comprehension