天変地異に県を越えて協同学習に対応する,超省電力型電子黒板システム 村上 佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:昨今,地震や津波だけでなく風水害などの天変地異による被害が増加している。そこで,天変地異の緊急事態時にも県を越えて協同学習を行えるような,超省電力型電子黒板システムを試作し,その性能を精査した。バッテリー動作で7時間程度の運用が可能となり,「寺子屋カー」の実現に向けて,様々な検証を行った。 キーワード:天変地異,視覚障害,超省電力,電子黒板,寺子屋カー 1.はじめに  県を越えて協同学習対応の学習支援システム[1]を構築して,実験協力校と共に実験を行ってきたが,昨今,天変地異による影響が多くなってきた。地震や津波などだけでなく,線状降水帯による長時間の風水害により,運動場が冠水し,玄関上がりまで,浸水することが珍しい事象ではなくなって来たことが,実験協力校からも聞かれるようになってきた。  実験協力校には,デスクトップ型PCとタブレット型PCを貸出し,実験を行っているが,もしも,天変地異が起これば,商用電源が消失し,デスクトップ型PCは運用できなくなる可能性が極めて高い。そこで,デスクトップ型PCを超省電力で動作するようなシステムを構築し,バッテリー電源で,運用することを検討した。その過程で,比較的大型のディスプレイで,避難している場所で運用する超省電力型電子黒板システムを利用できれば,天変地異でも教育を確保できる可能性がある。  そこで,本研究では,天変地異でも運用可能な超省電力型の電子黒板システムを試作し,その可能性を精査することを目的とした。 2.電子黒板システム  従来のシステムは,「生徒と教員の双方向の視覚障害に対応した,電子黒板と電子教科書の活用に関する研究」として,弱視向けに無線LANを利用して,手元型電子黒板に画面を転送し,電子黒板転送画面の拡大縮小が自由に行えるシステムであった。その後,「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発」として電子黒板が試作・改善され,画面拡大・点字・音声の三つのメディアをリアルタイムに同時に出力して,20人程度の授業で運用することを前提にしたシステムであった。[2-5]  このシステムは,以下のような特徴がある。 1)大型の電子黒板:Sharp BigPad 70" 2)制御用PC:Windows 10 Pro 3)無線LAN:Buffalo AirStation Pro 4)手元型電子黒板:iPad,Android,ノートPC等  最大の特徴は,視覚障害者の教育利用を前提に,全盲・弱視に対して画面拡大・音声出力・点字出力の3つのメディア出力を同時に行うことであった。 弱視:電子黒板表示,手元型電子黒板(iPad, Android Tablet) 全盲:音声出力・点字ディスプレイ出力  特に弱視にとっては,電子黒板の表示内容を手元のiPadなどで大きさを自由に変更して,自分の視認性のよい状態で利用できるため,利便性が高いものなった。このシステムを図1に示す。  このシステムは,1)~ 4)の項目全てに重要性があり,1)の電子黒板では,これ自身がタッチパネルであり,教員が自由にタッチペンや指で,情報を書き込むことが可能である。2)の制御用PCが本システムのコアであり,普通文字をPC内部で合成音声と点字変換を行い出力する。さらに画面出力を無線LAN装置を通じて無線で発信する。3)の無線LANの性能とPCの性能で,接続できる手元型電子黒板の台数が変化する。4)の手元型電子黒板は,旧式のものでも対応可能で,安価に構築可能,などである。 図1 70インチ電子黒板 2.1 最新の電子黒板と制御システム  現在最新の,電子黒板システムは,以下のようである。 1)電子黒板:Sharp BigPad PN-L702B 2)制御用PC:Intel Core i3, i5, i7, i9 65W CPU   Shuttle DH310, DH310V2 3)無線LAN:Buffalo AirStation Pro   (WAPS-APG600H, WAPM-1266R) 4)手元型電子黒板:iPad第一世代~第三世代15台 制御用PC共通仕様:  GPU:CPU内蔵(Intel UHD Graphics 630)  M2:SSD 256GB, 16GB RAM, Wi-Fi  H310 Chipset 小型ベアボーン(Shuttle DH310)  CPU:Intel Core i シリーズ, 65W  制御用パソコンの差異は,CPUの違いでCoreシリーズのCPUの4種である。これらのPCを図2に示す。  これらのCPUの性能を比較する指標として,Cinebench R23を利用し,表1に示す。 図2 電子黒板用制御PC4種 表1 電子黒板用CPU比較果  拡大文字・点字出力・音声出力の3つのメディアを同時に出力できる状態で,CPUの種類と無線LANの機器で,接続できるiPadの台数が制限される。 Core i3:24台(WAPS-APG600H),30台(WAPM-1266R) Core i5-i9:40台以上  つまり,初期想定の20台程度であれば,Core i3程度で十分に利用可能である。 2.2 電子黒板の消費電力  現在利用している電子黒板は, Sharp BigPad PN-L702B 70 インチ 240W Sharp BigPad PN-L401C 40 インチ 90W の2種である。 制御用PCは,CPUの種類に関係なく,80Wである。 さらに,無線LANは, Buffalo AirStation Pro WAPS-APG600H 7.2W Buffalo AirStation Pro WAPM-1266R 18W  これ以外に,HUBやWi-Fiルータなどがあるが,2W程度である。  点字ディスプレイやiPadなどは,消費電力に含めないとすると,システムとしての消費電力は,70インチを利用した場合,  240W+80W+7.2W+2W=329.2W≒330Wとなる。  実際の運用状況で,ワットチェッカーで消費電力を測定すると,起動時最大310Wで,定常状態では,280W程度となった。 3.超省電力電子黒板システム  緊急災害時に利用される電子黒板システムに必要な諸元はどのようなものであろうか?  70インチ電子黒板は,脚台を含めて150kg程度の重量があり,上下階へは,エレベーターなどで移動するのが精一杯である。従って,緊急災害時には利用できないことが想定される。  40インチの方は,17.5kg程度などで,大人二人で移動可能である。  省電力とは言え,視覚障害者向けのシステムであるので,従来の拡大文字・点字出力・音声出力の3つのメディアの同時出力と,無線LANを通じたiPadへの出力は確保したい。 3.1 省電力制御PC  科学研究費で,盲学校などの実験協力校に貸出し中のPCのCPUは,Pentium G5400であり,タブレットPCのCPUは,Celeron N4100である。[6-9]  そこで,より省電力で小型PCを探したところ,Celeron N5095搭載のPCが見つかったため,このPCを利用して,システムを構築することとした。  Beelink U59 : Celeron N5095(4/4)  8GB RAM, 256GB SSD, 15W  このPCを元にシステムを試作したが,いくつかの問題点が判明した。この電子黒板には3つの機能がある。 1)電子黒板機能:画面表示やタッチディスプレイ機能,タッチペン機能等は,問題なく動作した。 2)画面・点字・音声同時出力:CPUの能力が低いためか,点字出力と音声出力に遅延が発生し,音声が途切れることが多々あった。 3)画面無線LAN転送能力:無線LANを利用した手元型電子黒板のiPadが3台程度しか接続できなかった。  そこで,メモリを16GBに容量を倍増して対応したところ,合成音声の遅延は少し改善したが,点字出力の遅延は,改善しなかった。また,無線LANを利用した出力は,5台程度にしか対応できなかった。  CPUの基本性能が低いため,リアルタイムの点字変換機能や無線LANを利用して端末に画面転送することが厳しい事が判明した。 3.2 省電力制御PCの再試作  電子黒板の性能が担保できなかったため,同じメーカーのCoreシリーズのCPUで省電力タイプのものを用意し,システムを再試作した。  Beelink SEi8 8279U : Core i5-8279U(4/8)  16GB RAM, 512GB SSD, 23W  こちらの方は,電子黒板機能は全て安定に動作し,点字出力や合成音声出力も遅延がなく安定的に動作した。  また,無線LAN出力機能では,8台以上のiPadに画面転送を行うことが出来た。実際に,15台程度まで安定的に動作する事が確認された。  手元型電子黒板に無線LANで転送するような,サーバー的能力を求められるものは,CPUの能力に依存する。両者の性能比較を表2に示す。  表1,2を比較すると,シングルコアの性能だけでなく,マルチコアの性能に大きな差があり,この部分が電子黒板機能には影響していることが示唆される。  これは,通常のBigPad 70インチ用のシステムでは,Core i3,i5,i7,i9の順番でベンチマークが優勢となるが,特にCore i3とi9では3倍以上の差となるため,接続できるiPad端末数が圧倒的に多くなる事からも推察される。Core i3-8100とCore i5-8279Uを比較すると同一世代でも,Core i5の方がノートPC用のCPUでも性能が高いことが理解される。 表2 超消費電力CPU 3.3 省電力電子黒板のシステム化  制御用PCが,決定したのでシステム化を進める。電子黒板には,Sharp BigPad PN-L401C(40インチ)90Wを利用し,無線LANには,野外でも利用可能なようにSIMを内蔵したWi-Fiルータ兼用の無線LANを使用することとした。IO-DATA社,WN-CS300FRで,消費電力は,6Wである。HUBが1W程度なので,設計上の消費電力は,  90W+23W+6W+1W=110Wとなった。  実際の運用で,消費電力を測定すると,起動時最大111Wで,定常状態では,72W程度となった。  この状態は,合成音声や点字ディスプレイへの出力,iPad4台への画面出力を行った実験でのデータである。  280Wから72Wへ大幅な省電力化を実現できた。 4.バッテリー運用での検証  天変地異による緊急事態時には,商用電源が消失していることが想定されるため,本システムをバッテリーで運用して,実用化できるかどうかを検証した。 4.1 バッテリー電源の選択  超省電力型電子黒板では,72W程度で動作するので,7時間程度の運用を想定すると,  72W×7=504W≒500W  となるので,500W出力が可能なバッテリー電源を選択する。  実際のキャンプ用バッテリー電源の場合,Li-ion電池とインバーターが組み合わされ,実際の出力500Wとなるためには,700WhクラスのLi-ion電源を選択する。  今回は,Jackery PTB071を選択した。 4.2 実際の運用  このバッテリーで,実際に以下の構成で運用し,ワットチェッカーで消費電力を測定した。  電子黒板:Sharp BigPad PN-L401C(40インチ)  無線LAN, Wi-Fiルータ:IO-DATA WN-CS300FR  手元型電子黒板:iPad 4台  点字ディスプレイ:Seika V5  消費電力は,定常時72W(起動時:127W)であった。  この状態で,5時間半ほど運用したバッテリーの残量が,図3である。予定通りの性能が出ており,7時間程度は利用可能となった。 図3 バッテリーの消費電力 4.3 ZOOM テレビ会議運用  県を越えて他県から授業支援を受ける場合,ZOOM等による遠隔授業形態が一般的である。そこで,実際に,ZOOM会議を利用して,遠隔授業の運用に耐えられるかどうかの試験を実施した。  試作したシステムにカメラを取り付け,ZOOM会議で,手元型電子黒板4台に無線LANで飛ばして,その消費電力と,安定度を検証した。運用中の様子を図5に示す。  消費電力は,定常時73W(起動時:128W)で,電子黒板の定常的な利用と消費電力はあまり変化がないことが確認された。その様子を図4に示す。 図4 Zoomでの運用 5.プリンターのバッテリー駆動  天変地異による県を越えた学習が行われる環境では,既に電源が消失している事が想定されることは,既に述べた。しかし,そのような環境下でも,学習を行うためには,電子化メディアだけでなく,印刷物も必要不可欠である。  特にドリルなどの演習によって,学習進行度の把握は,重要である。そこで,プリンターや点字プリンターも運用できる事が望ましい。  墨字用のプリンターでは,白色文字印刷のような黒色用紙に白色文字の印刷も可能なシステムを長年,開発・改良を重ねてきたが,最新版では,トナーカートリッジを交換するだけで,黒色文字と白色文字の印刷が可能となった。また,通常のカラー印刷も可能である。[10]  また,点字プリンターも視覚障害者の教育では必要不可欠である。そこで,墨字プリンターや点字プリンターが,バッテリー駆動が可能かどうかを検証した。  利用するプリンターは以下の通りである。 ・墨字用プリンター(カラー・黒色・白色印刷) RICOH SP C260L A4専用機 最大:1,300W以下, 予熱モード時:60W以下, 省エネモード時:2.0W以下 起動ピーク時:1,500W ・点字プリンター(点字印刷) 日本テレソフト:TP-32 消費電力:80VA  点字プリンターは,消費電力については問題ないが,墨字用プリンターは,最大:1,300Wで,起動時には瞬間的に1,500Wに達する。  電子黒板用の700WのLi-ionバッテリー電源で検証したところ,電源起動時に過負荷ランプが点灯し,最大負荷が1,000Wを越えたことを示し,バッテリー電源が正常に利用できなかった。  そこで,1,000W用のLi-ionバッテリー電源に変更して検証したところ,起動時に一瞬過負荷ランプが点灯するが,正常に運用できることが確認できた。  実際に利用している様子を図5に示す。  これにより,電子黒板と連携して,墨字印刷(カラー・黒色・白色印刷),点字印刷がバッテリー電源でも利用できることが確認された。 図5 墨字・点字プリンターとバッテリー電源 6.寺子屋カー  天変地異による緊急事態時は,学校現場は大変な状況である。小・中学校は,避難所として機能するよう地域の自治体が設定しているが,盲学校などの特別支援学校では,視覚障害故に対応が大変なため,自己完結する必要がある。支援を行うにも,様々な状況が想定されるため,どのような支援が必要か,判断できない。  そこで,軽自動車バンに,キャンプ用の机や椅子,テントと共に,超省電力電子黒板システムやバッテリー電源,墨字や点字用プリンターを積み込み,緊急事態時に必要とする場所に移動して展開すると,緊急事態用の「寺子屋カー」が運用できないかと検討している。 寺子屋カーの予想される構成: 1)超省電力型電子黒板(40インチ)+制御PC+SIM付き無線LAN 2)手元型電子黒板(iPadなど:4台,点字ディスプレイ:2台) 3)タッチパネル式超省電力型デスクトップPC(2台) 4)墨字用・点字用プリンター(各1台) 5)Li-ionバッテリー電源(1000W:1台,700W:3台) 6)カセットボンベ型発電機(900VA:1台) 7)キャンプ用テーブル3台+椅子5台 8)タープテント(車に取り付け:カーサイド型1台,自立式1台) 9)カセットコンロ:2台 10)カセットボンベ: 多数,飲料水: 適宜,食料:2~3日分 11)バッテリー型冷蔵庫:1台  少なくとも,これだけあれば,2~3日の昼間の運用は可能である。この車の運転手ともう一名が,就寝できるベッド(車中泊も検討)とテントを用意すると,緊急事態時に教育を行うことが可能となり,場合によっては,他の県からの遠隔授業も可能である。一般校と異なり,視覚障害者のための様々な機器類が必要ではあるが,一般校でも利用可能なように設計されており,対応可能である。  新型コロナウィルスによる遠隔授業の普及により,緊急事態時にも県を越えて他県から授業支援が可能となるような,プラットフォームとして,検討したいと思う。 7.おわりに  天変地異に対応し,県を越えて他県との協同学習に対応する超省電力電子黒板システムを試作し,さらに停電時に対応可能なように,バッテリー電源による運用と,その性能を検証した。さらに,このシステムと共に利用する墨字・点字プリンターのバッテリー電源による運用も検証した。さらに天変地異に対応した「寺子屋カー」の構想についても将来的な展開を検討した。このシステムについては,盲学校や視力障害センターなどで実証実験を実施する予定である。  天変地異による緊急災害時に教育をいかに維持するかについて,このようなシステムだけでなく,学校現場の体制作りや訓練などの普段の備えが,今後は重要になると思われる。 8.備考  本研究は,R3~R6年度科学研究費「県を越えた協同学習を実現する全盲・弱視を同一教材で対応する学習支援システム」研究代表者:村上佳久(21K02825)によるものである。 参照文献 [1] 村上 佳久.県を越えた協同学習を実現するための視覚障害者のための学習支援システム.教育システム情報学会 第46回全国大会講演論文集.2021; p.25-26. [2] 村上 佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システム2.筑波技術大学テクノレポート.2019;(27)1: p.21-25. [3] 村上 佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2019; (26)2: p.6-10. [4] 村上 佳久.電子黒板と手元型電子黒板の活用.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.1-6. [5] 村上 佳久.視覚障害者のための電子黒板.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.29-33. [6] 村上 佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善.筑波技術大学テクノレポート.2020; 27(2): p.12-16. [7] 村上 佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.47-50. [8] 村上 佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2018; 25(2): p.12-16. [9] 村上 佳久.電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4. [10] 村上 佳久.白色文字印刷 その3.筑波技術大学テクノレポート.2014;21(2):p.7-11. An Ultra-power-saving Digital Media Board System that Supports Collaborative Learning across Prefectures in the Event of a Natural Disaster MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Recently, not only earthquakes and tsunamis, but other natural disasters such as wind and flood damage are increasing in frequency. Therefore, a prototype of an ultra-power-saving digital media board system was developed to enable collaborative learning across prefectures even in emergency situations such as natural disasters, and its performance was scrutinized. Its battery life allowed it to be operated for about 7 hours, and various verifications were conducted toward the realization of the “Terakoya car.” Keywords: Natural disaster, Visually impaired, Ultra-power-saving, Digital media board, Terakoya car