聴覚障害児の算数学習における困難点とその指導方法の検討―数字の相対的な量関係に焦点を当てて― 令和4年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻 江原 汐音 目次 第1章 序論  1 第1節 研究の背景  1 第1項 一般的な数概念の発達  1 第2項 算数障害の分類  3 第3項 卒業研究の概要  5 第4項 聴覚障害児の数概念の発達に関する研究  10 第2節 本研究の主要目的と3つの調査  10 第2章 横断的調査  11 第1節 調査の背景と目的  11 第2節 方法  13 第3節 結果  18 第4節 考察  44 第3章 縦断的調査  49 第1節 調査の背景  49 第2節 対象  49 第3節 目的  50 第4節 方法  50 第5節 結果  50 第6節 考察  56 第4章 面接調査  60 第1節 目的  60 第2節 方法  60 第3節 結果  62 第4節 考察  95 第5章 総合考察  103 第1節 「9歳の壁」との関連について  103 第2節 数字の相対的な量関係の獲得のために  104 第3節 認知特性との関連  108 第4節 生活経験の重要性  110 第5節 算数指導における手話と日本語の関係  110 第6章 結論  112 第1節 本研究で明らかになったこと  112 第2節 今後の課題  113 謝辞  117 文献  118 筑波技術大学 修士(情報保障学)学位論文 第1章 序論 第1節 研究の背景  第1項 一般的な数概念の発達  数概念の発達の段階には様々な見解があるが、馬場・岩崎(2013)や平井・青山・曽布川(2007)、藤村(2011)、黄(2019)らの指摘をもとに、【ア】~【ク】に分けてまとめた(表1-1参照)。 表1-1 数概念の発達の段階 【ア】数唱 【イ】計数 【ウ】連続量の理解 【エ】離散量の理解 【オ】順序数の理解 【カ】基数の理解 【キ】量としての見方 【ク】内包量概念の理解 【ア】数唱と【イ】計数  山内・松本・安齋(1997,pp.199-200)は、幼稚園または保育所に通う4歳児562名と5歳児550名に数唱と計数を含む数字の理解の調査を行った。数唱とは「ひとつ、ふたつ、みっつ…」あるいは「いち、に、さん、…」のように数詞を唱えることと定義している。数唱は「いくつまで数が言えるかな.ひとつ,ふたつと言えるだけ言ってごらんなさい.」と伝え、数詞を唱えさせ、間違いなく唱えることができた最大数を記録した。計数はものを指さして数えることと定義しており、碁石50個を用いて、「この石を1つずつ声を出して数えてみて下さい.」と伝え、間違いなく数えた最大数を記録した。その結果、数唱は4歳児の平均は45.1、5歳児の平均は78.4であった。また、計数は、碁石の数の上限が50だったためそれ以上数えられるのかを明らかにできなかったとあるが、4歳児の平均は29.7、5歳児の平均は42.0であった。ここで言う計数は単に「ひとつ、ふたつ、…」と数えながら言うのみであり、最後の数字がその物の個数を表していることを理解しているとは限らないことに留意する必要がある。 【ウ】連続量の理解と【エ】離散量の理解  聴覚に障害のない聴児の数概念発達について、馬場ら(2007)は、幼児から小学3年生の各学年20名に対して、1つ2つと数えることができる離散量であるおはじきと、1つ2つと数えることができず値と値の間に取り得る数値が無限にある連続量である粘土を等分する課題を行った。年齢別におはじきと粘土の等分ができた子どもの割合を見ると、粘土の等分の理解は4歳から年齢とともに直線的に伸びていくのに対して、おはじきの等分の理解は遅れて伸びていっていた。連続量である粘土の等分では、5歳から6歳にかけて有意差のある伸びがみられたが、離散量であるおはじきの等分では、7歳から8歳にかけてかなりの伸びがみられた。そして、8歳になると、連続量と離散量の等分割ができる子どもの割合がほぼ同じとなった。そのため、概念の発達では、連続量の理解が先行し、小学校3年生程度で離散量の理解も追いつくと考えられる。 【オ】順序数の理解と【カ】基数の理解  順序数は物の順序を表す機能を持った数のことであり、基数は集合数とも呼ばれ、物の個数を表す機能を持った数のことである。  平井ら(2013,p.86)によると、「順序としての見方(順序数)」は、「自然数列の最初から順に1対1対応を付けていくとき,数える対象がどの自然数に対応するかによって,その対象が『○番目』であるという見方」のこととし、「個数としての見方(基数)」は、「自然数列を有限項で打ち切ったものと対象となるものの集合に全単射対応が付けられたとき,数列の最終項の数をその対象の個数とみる」こととしている。これは【イ】計数を行ったのちに、その最後の数が物の全体の数を表していることを理解することと言い換えることができる。  伊崎(1989,p.12-13)は、幼稚園での幼児(4歳児・5歳児)の数量感覚に関する活動を日常生活の中で記録・分析している。その中で、順序数に関して、4歳児の2学期あたりである「運動会のころ、友だちと走ったり、並びっこをしたり競争したりすることが大きなきっかけとなって数量を理解していく」様子を報告している。また、基数に関しては、おやつを食べる活動等から「4歳児1学期で、すでに『2』『3』をほとんどの幼児が理解している」と述べ、「5歳児2学期ごろには10以内の範囲では、数の合成分解ができる幼児も数名いる」ことを報告している。このことから、日常生活で使用する大きさの数字については、順序数・基数ともに幼児期に獲得されることが分かる。 【キ】量としての見方  平井ら(2013,p.87)は、小学校低学年までの数概念発達に関して、順序としての見方(順序数)、個数としての見方(基数)、量としての見方の3つが並列して重要だと述べている。3つ目の「量としての見方ができている」状態というのは「何らかの測定単位を以て,そのいくつ分という対応を付けている」こととしている。これは、連続量に単位を付けて表現をしたり、適切な助数詞を使用したりすることができている状態のことである。  これらについて筆者は、連続量に単位を付けるというのは、「水がコップ3杯分ある」という表現ができることや「1m=100cm」を理解し、ものによって適切な単位を選んで表現できると考える。一方、適切な助数詞を使用するというのは、鉛筆を数える際に「1ダース=12本」と覚えるだけでなく、場合に応じて「10本」や「2ダース」と使い分けられることと言える。 【ク】内包量概念の理解  以上【ア】~【キ】で述べた内容は外延量についてであった。外延量とは、加法性が成り立つものであり、内包量とは加法性が成り立たないもののこととされる。  藤村(2011)は、「たし算やひき算が,5個+2個=7個のように同種の量に対する演算であるのに対して,かけ算やわり算,それと同じ構造をもつ比例や単位あたり量(内包量)は,一般に異種の量にかかわる演算や概念である。たとえば,18個÷3袋=1袋6個,150km÷3時間=50km/時のように,異なった2量が関係づけられて第3の量が導かれる。ここで内包量(intensive quantity)とは,速度,密度,濃度のように,対象の質を表す量であり,数学的には,速度=距離/時間のように2量のわり算で表現される。このように,現実世界の量との対応という点では,加減法と,乗除法,比例,内包量などとは異なった数学的構造(加法的構造と乗法的構造)をもち,求められる概念的理解の質は,後者の方がより高次になる」(pp.298-299)と述べている。速度や密度、濃度は、いわゆる単位量あたり、または単位あたり量に関する概念であり、小学校高学年から指導されるものである。  平井ら(2013)は、「基本的な数の概念についての教育がある程度成功していると見られる我が国の算数教育においても、量の概念から派生する多くの新しい概念は,その教育に困難さがあることが数多く知られている」と述べており、3つの見方の中でも【キ】量としての見方の獲得に困難を示す子どもが多いことが分かる。ここで言われている「量の概念から派生する多くの新しい概念」というのは、単位量あたりと言われる概念であり、「速さ」「密度・比重」「濃度」「燃費」などが挙げられている。したがって、平井ら(2013)は、量としての見方ができていないと内包量の理解が難しいと述べていることになる。  以上で述べた【ア】~【ク】については、この順序で習得されていくとは限らない。特に、【ウ】【エ】と【オ】【カ】に関しては並列して発達する場合もあると考えられよう。 第2項 算数障害の分類  学習障害の中に算数障害があり、これは、知的な遅れや読み書き能力の問題はないが算数の領域において問題がみられる障害のことである。  熊谷・山本(2018)は、「算数障害は、①数処理、②数概念、③計算、④数的推論(文章題)、という4つの領域に整理することができる」(p.16)と述べており、①~④の発達については「まず、数詞・数字・具体物の対応関係(①数処理)が習得され、これらの対応関係が成立して、序数性と基数性という数概念(②)が習得される。そして、数というものの理解があってこそ、数と数との操作という計算(③)が習得される。そして、計算ができると、さまざまな数の変化や操作を推論すること(④文章題)ができるようになってくる」(p.17)とされている。以下、各領域について、熊谷ら(2018)を引用する。 ①数処理  「数処理」は、数詞、数字、具体物の対応関係の問題である。数詞は聴覚的シンボルであり、数字は視覚的シンボルであり、具体物は視覚的で操作可能なものである。主に使う感覚様式が異なるために、能力のアンバランスがどのようにあるのか、これらの対応関係がどこまでどのように成立しているのかを精査する必要がある。この段階はほかのすべてのものに先立って形成されなければいけないものである(熊谷ら,2018,p.20)。 ②数概念  「数概念」は数処理の段階とは異なり、単なる対応関係ではなく、数における性質を理解することである。数には序数性(順番を表す)と基数性(量を表す)という2つの側面があることを理解できる段階である。能力のアンバランスがある子どもは、いずれかがうまく習得されない場合がある。数処理という数詞、数字、具体物の対応関係ができれば、「数概念」は、自ずと習得されるものでもない。また、ドットなどの「分離量」を計数できること(継次処理能力と関連)と量的な「連続量」を理解できること(同時処理能力と関連)とは異なる(熊谷ら,2018,p.20)。 ③計算  「計算」については、暗算と筆算に分けて考える。「暗算」とは、加減算で和が20までの計算、乗除算で九九までの範囲の計算、「筆算」とは、それ以上の数の計算となる。暗算ができるようになるためには、5や10の合成分解ができるようにならなければならない。そのときに、具体物から、半具体物、半具体物から数(シンボル)という過程をたどって数というものを発達させているかどうかを考える必要がある。筆算には、くり上がりくり下がりの手続きの問題(継次処理能力と関連)と多数桁の数字の空間的な配置とその意味が理解される(同時処理能力と関連)必要がある(熊谷ら,2018,p.21)。 ④数的推論  数的推論(文章題)では、統合過程(言語から視覚的イメージへの変換)とプランニング過程(立式)という2つの過程が非常に重要になる。前提として、文章題を読めるかどうか、文章として理解できるかどうか(読み書き障害ではないことを)確認しなければならない(熊谷ら,2018,p.21)。  第1項で述べた「離散量」と「順序数」について、熊谷ら(2018)は、「分離量」と「序数性」を備えた数と表している。また、熊谷ら(2018)における「基数性」を備えた数には、第1項で述べた【カ】基数の理解と【キ】量としての見方を包含していると考えられる。本稿では、熊谷ら(2018)の「基数性」を備えた数を「広義の基数」、第1項で述べた「【カ】基数」を「狭義の基数」、とし、本稿で「基数」というときには狭義の【カ】基数とする。そして、第1項で述べた「数概念」は日本数学教育学会(2010,p.64)による「幼児や低学年児童の数感覚に始まり、整数とその表記、概数の見積もり、少数と分数、正の数と負の数、無理数(平方根)、複素数など」のことと考えられ、熊谷ら(2018)の言う「数概念」よりも広義の概念と考えられる。  なお、「継時処理」や「同時処理」という用語は認知特性を表すものであり、熊谷ら(2018)はこれらの認知特性に配慮した指導が求められると述べているが、ここでは深く取り扱うことはしない。  上述の①~④のように分類されているものの、実際に学校で算数が苦手な子どもを見て、算数障害ゆえの困難であるのか、単なる学習不足やその他の要因による困難であるのかを判断することは難しい。  第1項で述べた数概念の発達と第2項で述べた熊谷ら(2018)の分類を照らし合わせると、表1-2のように表せると考えられる。  黄(2019,p.5)は、「このような算数の困難は数処理、数概念を基礎とし、計算、数的推理の順に発達していくのが一般的である。しかし、学校の算数におけるつまずきは領域独立的に生じることも多く、下位段階で困難があれば、次に段階に進むことができないなど必ずしも順序性を示すものではない」と述べ、算数障害のある子どもの特徴として困難が独立して表れることがあるとしているが、算数障害のない子どもは一般的に算数の数概念の発達に順序性があるとされている。このことから、算数につまずきのある子どもはこの分類のどこかに困難があり、次の段階に進むことが難しくなっていると考えられる。 表1-2 数概念分類 第3項 卒業研究の概要  筆者はこれまで聴覚障害児と関わる機会をもってきている。今回の縦断的調査の対象児となるA児とは、筆者がアルバイトをしていた聴覚障害児が集まる放課後等デイサービスで出会い、その後卒業研究の中で算数の支援を行った。  A児は出会った当初、7歳の聴覚特別支援学校小学部2年生の準ずる教育課程に在籍する女児である。先天性感音難聴(聴力:裸耳両耳110dBHL程度)で、両耳人工内耳を装用している。しかし、人工内耳は、学校外では使用していないことが多く、周囲の人との主なコミュニケーション方法は手話である。家庭では身振りやホームサインが主に使用されている。  コミュニケーションにおいて音声よりも手話が分かりやすいため、数唱について、本人の音声を通しての確認が難しいが、数字の手話表現を順番に表出することはできている。また、算用数字と手話の表現は一致しており、「1」「2」という数字を見てその数字に一致した手話を表出することはできていた。これらのことから表1-1の【ア】数唱は可能と判断した。また、具体物を数えるときには具体物を1つずつ指さしながら数えていた。そのときの指さしは一般的に聴児が人差し指で行う方法(人差し指でそれぞれを指しながら口で数唱する方法)ではなく、1つ目の具体物を「1」の手話表現をしながら指さし、2つ目の具体物を「2」の手話表現をしながら指さすというように手話の数字表現を用いながら行っていた。そのため【イ】計数も可能と判断した。計算問題では、手話の数字表現をしながら処理をしており、「5+4=?」であれば、右手で5の表現、左手で4の表現をしたところから計算を始め、右手の5の表現を6に変えながら左手の4の表現を3に変える。その後、右手の6の表現を7に変えながら左手の3の表現を2に変える。これを繰り返し、左手の表現が0になるまで続け、最終的に右手で表現されている数字を答えとして解答していた(図1-1参照)。また、A児が具体物を数える際に具体物をまとまりごとに分けたり動かしたりする様子はなく、全て一列に並べて端から順に数えており、少し時間を置いてからもう一度その具体物の数を尋ねると改めて1から数えている様子があった。このことから、A児は【オ】順序数の理解、【カ】基数の 理解はできているものの【キ】量としての見方の段階には到達していないと判断した。  このようなA児に対して、筆者は具体物であり、離散量であるマグネット、またそのマグネットを入れるケースを使用することで【キ】量としての見方を加える支援を行った。中野(2015)の方法を参考に、繰り上がり繰り下がりを含む足し算と引き算の計算指導を行った。筆算の枠のように2行・3列に区切ったホワイトボードとマグネット、マグネットがちょうど10個入るケースを使用した。「18+3」の場合には上段左にケースに入った状態で10個、上段右に8個、中段右に3個マグネットを置き、全てのマグネットを列を変えずに下段まで下ろす(図1-2)。そして、下段右の枠のマグネットをケースに入れていき、ケースが満杯になったら左に移して繰り上がる(図1-3)、という流れである。ここまで述べた内容は、江原(2021)で報告した。 図1-1 A児の計算方法  このマグネットに対して、A児は初めはケースにマグネットが満杯になっていてもその状態が10だとすぐに認識できずに1つずつ数えて、10ということを確認していたが、繰り返し行うことで、10の塊や5の塊ということが意識され、ケースという具体物を使用すれば【キ】量としての見方ができるようになった。その後、10のケースを⑩という小さなマグネットに置換することを試みたが、A児に受け入れてもらうことは卒業研究の段階ではできなかった。これらの状態から、A児は、頭の中の操作での【キ】量としての見方をすることにはまだ困難があると考えられる。  第1項で紹介した研究は、実物を前にした子どもの様子から数概念の発達の状況を分析しているものが多いが、中野(2015,pp.6-7)は「ブロックを操作して足し算を実行していたこどもが、だんだんにブロックの操作を省略しはじめるということがある」と述べており、これはブロック等の具体物を使用する段階から、具体物をイメージ図に落としこんで解ける段階、イメージ図のイメージ(表象)だけで解ける段階とされている。A児に関して言えば、出会った当初は順序数の考え方のみを使用して数を把握できる状態であったが、支援終了時には具体物を伴えば基数の考え方を使用して数を把握できる状態になった。そして、基数の考え方を利用してイメージ図やイメージで正答できる段階へ移行させることが今後の課題であると言えよう。 図1-2 卒業研究での教材の使用例(前半) 図1-3 卒業研究での教材の使用例(後半) 第4項 聴覚障害児の数概念の発達に関する研究  筆者は、ろう教育科学会誌、聴覚言語障害学会誌、聴覚障害誌を2022年8月から過去10年間分さかのぼり、聴覚障害児の小学生を対象とする算数に関する論文や実践報告を調べたが、熊谷ら(2018)の表1-2(第2項参照)の①数処理・②数概念・③計算の部分について聴覚障害児と聴児の比較を行っている研究論文は見当たらず、本稿が焦点を当てている領域とは異なる、④数的推論に含まれる【ク】内包量概念や比例概念の理解に当てはまる3つの論文が見つかった(大西・都築,2017、大西・都築・村松,2015,2016)。  また、上記3つの雑誌以外の文献を探したところ、大西・都築(2015,p.64)は、内包量概念形成は「聴児に匹敵する言語力がある聴障児を対象に検討すれば,必ずしも聴障児と聴児との間に課題遂行に差が認められないことが推察される」としており、「聴障児の低学力・成績不振の原因が,『本当に日本語の理解ができない,分からない』からなのか,それとも,『適切な指導や教材を与え,広義の意味で教育環境を整えれば理解できるようになる』のかを見極めていくこと必要なことである」と述べている。そして、「言語に関する力(言語力、読解力、語彙力、文法力)が思考に影響し、内包量概念そして数概念に影響すると考えるならば、現行の算数教育の在り方を再検討する必要があろう」とも述べており、日本語の理解の不十分さが数概念の理解不振に影響している可能性を指摘している。このように聴覚障害児の数概念発達の状況をつかむためには、言語に関する力との関連についても考える必要があり、このことが聴覚障害児の数概念発達の把握と指導の問題を複雑にしている要因の一つと考えられる。 第2節 本研究の主要目的と3つの調査  本研究の主要目的は、数概念のうち、数字の相対的な量関係である【キ】量としての見方の獲得について聴覚障害児と聴児との比較調査を行い、聴覚障害児における獲得の際の困難点を明らかにするとともに、聴覚障害児が【キ】量としての見方を獲得するための指導方法を検討することである。本研究では、「【キ】量としての見方」と「数字の相対的な量関係」を同義として扱い、「数字の相対的な量関係」という語を使用する。  そのために、横断的調査と縦断的調査、面接調査を行う。そこで、相対的な量関係の獲得状況を調べる問題として、「数直線問題」「いくつ文問題」「単位選択問題」を作成し、使用した。これらの問題については第2章で後述する。 第2章 横断的調査 第1節 調査の背景と目的  Booth & Siegler(2006)は、幼児20人、小学校1年生25人、2年生23人、3年生22人を対象にナンバーラインテストを行った。ナンバーラインテストとは、25㎝の線の左端のすぐ下に0、右端のすぐ下に100と書かれた紙を対象者に提示し、「3、4、6、(中略)90、96」の数字をランダムに伝え、その数字が線上のどこに位置するかをマークしてもらうものである。その結果、加齢とともに回答の位置と正答の位置の間の距離が小さくなり、精度が上がったこと、さらに、このナンバーラインテストの成績と算数の学力テストの成績に正の相関がみられたことを述べている。  浦上(2012)は、幼児期におけるナンバーラインテストと数概念の発達の関連を調べるために、年中児26人、年長児27人を対象にいろいろな課題を提示した。浦上(2012)の課題で使用されたナンバーラインテストは、Booth & Siegler(2006)と異なり、数直線上に目盛と該当の数字が記された問題が混じっている。また、数概念の発達を測る課題として、碁石の数を数えさせる「計数・集合数課題」、色違いの玉の多少を判断させる「多少判断課題」、「キャンディーが7個と1個が描かれている絵」と「キャンディーが5個と2個が描かれている絵」を提示し、合計個数が多いほうの絵を選ばせる「数の加法合成課題」、数の違う黒い碁石と白い碁石の数を示してそれぞれを指さしながら数えさせ、「全部丸い」ことを確認した後、「丸い碁石と黒い碁石とでは、どちらの方が多いか、それとも同じか」と尋ねる「クラスの包摂課題」、色違いの玉を示してどちらも同じ数であることを確認したのち、玉を動かして数に変化があるかを尋ねる「数の保存課題」の5つが実施された。これら5つの課題のうち、「多少判断課題」では天井効果が、「クラスの包摂課題」では床効果が表れ、対象児にとって適切な課題ではなかったこと、およびナンバーラインテストと他の課題の間に関連を見出すことができなかったことを述べている。  黄(2019)は、算数障害のある小学校2年生の児童に数概念の指導を行なう前に、アセスメントとしてナンバーラインテストを行った。対象児は、「ほとんどの数字の相対的大きさを考慮せず、似ている場所に印を付けて」(p.8)おり、出題されている数字や数直線の端の数字に関わらず、左端の数字に近い場所に印を付けていたという。黄(2019,p.8)は、「0-10で5を表した解答や0-100の場合の50を表した解答から、5や50が10や100の真ん中に位置しているという認識が得られてないことが推測され」、「ナンバーラインテストの結果は数概念の獲得ができていない」状態を示したと報告している。さらに、対象児との日常のやりとりの中で、「『教室の端から端まで何歩くらいで行けるかな』という質間に対して10歩くらいの距離を『100歩』と答えたり、人差し指の長さが5センチであることを確認した後、『下敷きの長さは何センチかな』という質問に対して『1センチ』と答えたりする」(pp.8-9)様子から、数概念の乏しさを指摘している。  Marschark & Hauser(2008)は、成人の聴覚障害者50人と聴者36人にナンバーラインテストを行った。ここで使用されたナンバーラインテストは、図2-1のようにBooth & Siegler(2006)で使用されたものに加えて、右端が1000、10000のものも含まれている。この結果、聴覚障害者は聴者と比べて回答の位置と正答の位置の間の距離が⼤きいことが示された。また、入試の数学の成績とナンバーラインテストの成績には正の相関があり、これは、聴児を対象とした研究の知見とも一致していることを述べている。  上述したように、ナンバーラインテストは国内外でさまざまな属性の対象者に対して行われてきたが、聴覚障害児を対象とした研究を探し当てることはできなかった。  Booth & Siegler(2006)、浦上(2012)、黄(2019)は、幼児や小学生と1対1の状況で調査を行っているが、本調査では、新型コロナウイルス感染拡大の状況の中、対象児と対面することを避ける必要があった。そのためナンバーラインテストなどの問題を書面で行えるように改変したが、このナンバーラインテストを以下「数直線問題」と称する。また、黄(2019)が対象児とのやりとりの中で確認した数概念の乏しさを書面で捉えられるようにするため、脇中(2005,p.280)が聴覚特別支援学校高等部で出題した「『倍感覚』を調べるための問題」を参考にして、「いくつ分問題」と「単位選択問題」を作成した。脇中(2005,p.282)が使用した問題は、「20は、5がいくつぶんあるか?」「243は、80が(だいたい)いくつぶんあるか?」「100円玉の重さは、1円玉何個分か?」「新しいエンピツの長さは、グリーンピース何個ぶんか?」などであり、結果として、生活経験のない事象を取り上げた問題や桁数の大きい数字を取り扱う問題では正答率が低く表れたと述べている。また、概数の難しさとして「差がともに『5』である『45』と『50』の違いが『5』と『10』の違いと同じように見える生徒」(p.285)が存在することも述べている。中でも参考にした問題例としては「20は、5がいくつ分あるか?」や「100円玉の重さは、1円玉何個分か?」が挙げられる。脇中(2005)はこれらの問題を聴覚特別支援学校の高等部生に出題し、「100円玉の重さは、1円玉何個分か?」については24%の正答率であったと報告している。  これらの「数直線問題」「いくつ分問題」「単位選択問題」は、数字の相対的な量関係が獲得されているかを調べる問題であると言えよう。  さらに、学年相応の足し算と引き算の「計算問題」も使用する。これは、黄(2019,p.5)が「計算は、その手続きさえ踏まえれば、概念的に理解できなくても答えを導くことができる」と述べていることから、学年相応の計算力を有しているかどうかを確認したうえで、「数直線問題」や「いくつ分問題」、「単位選択問題」の結果を考察するためである。  このようにして作成した「数直線問題」、「いくつ分問題」、「単位選択問題」について、「数直線問題」の正答状況と「いくつ分問題」や「単位選択問題」の正答状況の間に関連があるかを検討する。聴児と聴覚障害児の双方において、「数直線問題」と「いくつ分問題・単位選択問題」の両方とも解けないグループ、「いくつ分問題・単位選択問題」はできるが「数直線問題」が難しいグループ、「数直線問題」はできるが「いくつ分問題・単位選択問題」が難しいグループ、「数直線問題」と「いくつ分問題・単位選択問題」の両方とも解けるグループに分けるとき、「数直線問題」はできるが「いくつ分問題・単位選択問題」が難しいグループは聴児と比べて聴覚障害児に多くみられるという仮説が考えられる。  このように、横断的調査では、「計算問題」「数直線問題」「いくつ分問題」「単位選択問題」を聴覚障害児と聴児に実施し、数字の相対的な量関係の理解の発達状況と、聴覚障害児における困難点を明らかにすることを目的とする。 図2-1 ナンバーラインテスト出題例 第2節 方法 ●対象児  本横断的調査の対象児は、表2-1に示したように、公立小学校に通う聴児(小学校1~3年生)204人と公立聴覚特別支援学校小学部に通う聴覚障害児(1~3年生)66人である。対象児のうち、聴児をH群、聴覚障害児をD群とする。  協力を得ることができた公立小学校1校、公立聴覚特別支援学校4校それぞれに対象児の保護者あての説明文書を送付し、承諾書の署名によって保護者の同意が得られた児童のみ調査の対象とした。  人数の内訳は、H群は1年生が75人、2年生が62人、3年生が67人であり、該当学年の問題を実施した(表2-1参照)。  公立聴覚特別支援学校の中には重複障害学級が設置されている学校もあるが、重複障害児の定義が学校によって異なる。そのため、本調査では、在籍学級や学年に関わらず、担当教員が何年生用の問題が適切か否かの判断の上、実施した。その結果、D群は、1年生用問題を実施したのが8人、2年生用問題を実施したのが16人、3年生用問題を実施したのが42人であった(表2-1参照)。 表2-1 対象児の人数  したがって、D群の場合は1年生用問題を実施した児童の中に上学年の児童が含まれていることがある。このことは、2年生用問題についても同様である。特に3年生用問題を実施したD群の中には4~6年生が多く含まれていることに注意されたい。問題に回答した児童の学年を記入する表を各学校に送付したが、白紙回答が多かったため、実際の学年との関連は分析しないこととした。本稿では、D群の3年生用問題を解いた児童の中に4~6年生の児童が多く含まれていることを考慮して、「⼩3↑D」と表記することとする。 ●データ収集方法  本調査は、紙媒体の調査問題を各学校に必要分送付し、担当教員から対象児へ配布し、その後返送という形で行った。各学校では、学習時間への影響を最小限にするため、授業時間内ではなく、朝学習や自習活動時間等で実施していだだくよう依頼した。  また、問題内容について担当教員へ対象児から質問があった場合には、問題をよく読むよう伝えるにとどめ、問題を解くための助言は控えるようお願いした。 ●調査期間  調査期間は、20XX年度夏休み終了後から年度末にかけてであった。新型コロナウイルス感染拡大による休校などの状況がみられたため、「夏休み明けから12月末まで」ではなく「夏休み明けから年度末まで」として依頼した。 ●調査で使用した問題  a計算問題  各学年の指導内容に配慮して、足し算と引き算の問題の数が同数になるよう作成した(表2-2参照)。  したがって、1年生用問題は4問、2年生用問題と3年生用問題はそれぞれ8問となる。 表2-2 a計算問題内容 b数直線問題  Booth & Siegler(2006)のナンバーラインテストでは、目盛は振られていないが、浦上(2012)では、一部目盛とその目盛に該当する数字を提示した問題が混じっており、この問題ではその目盛の数字が対象児が問題を解くときの手がかりとなっていたと報告されている(図2-2参照)。 図2-2 ナンバーラインテスト  本調査では、図2-3に示したように目盛のみ追記することとした。10問中8問は数直線を10等分する目盛を振った。残りの2問は、目盛の大きさによる成績の違いが出ることを想定し、5等分と20等分のように目盛の大きさを変更した。このb数直線問題は、全学年共通の問題とした。また、選択肢として、7つの矢印を準備した。7つの矢印のうち、3つは目盛をさし、残りの4つは目盛と目盛の真ん中をさしている。 図2-3 b数直線問題の内容  cいくつ分問題  cいくつ分問題は、各学年の指導内容を考慮して、問題に含まれる数字の大きさや単位の種類によって問題数や内容を調整した(表2-3参照)。  したがって、1年生用問題は3問、2年生用問題は5問、3年生用問題は8問となる。 表2-3 cいくつ分問題の内容  d単位選択問題  d単位選択問題は、脇中(2005)を参考に小学校3年生までに習う単位のみで構成し、3年生用問題の中でのみ出題した(表2-4参照)。 表2-4 d単位選択問題の内容 (1)サッカーボールの重さは、300{ L, kg, cm, g, t, m,分からない}です。 (2)東京と大阪の間の距離は、556{ km, kg, m, cm, L, mm,分からない}です。 (3)アフリカゾウの重さは、6{ kg, m, t, km, g, cm,分からない}です。 (4)ボールペンの長さは、13{ mm, g, mL, km, kg, cm,分からない}です。 (5)休職の牛乳は、200{ mm, mL, cm, L, km, kg,分からない}です。  予備調査として、これらのa~dの問題を、20XX年6月に小学校3年生の聴児1名に対して出題したところ、31問中30問正答していた。本人は、問題に対して「簡単」という感想を述べていたため、3年生用問題として妥当であると考えた。 第3節 結果 (1)全問の合計点  H群とD群のそれぞれで、各学年の全問題種の合計平均点と平均正答率を算出して、表2-5に示した。 表2-5 全問の合計平均点と検定結果  各学年で問題数が異なるため、学年ごとにマン=ホイットニーのU検定を行ったところ、いずれの学年でもH群とD群の間に有意差は認めることはできなかった(小1;p=.102,小2;p=.235,小3;p=.741,いずれもn.s.)。  a計算問題について、どの学年のH群、D群も満点の割合が最も高くなっていたため、念の為にa~dの4種類の問題が全て揃っている小3以上において、aを除いたbcdの合計点を算出し、マン=ホイットニーのU検定を行ったが、ここでもH群とD群の間に有意差を認めることはできなかった(p=0.642,n.s.)。 (2)a計算問題における結果  H群の各学年におけるa計算問題の正答率を、図2-4に示した。また、D群の各学年におけるa計算問題の正答率を、図2-5に示した。いずれの図も、折れ線グラフの横軸は問題番号を示し、縦軸は正答率を示す。また、棒グラフは、各学年の平均正答率を表す(以下同様)。 図2-4 a計算問題の正答率(H群) 図2-5 a計算問題の正答率(D群)  H群、D群ともに、どの学年においても、正答率は全ての問題で60%を超えていた。H群の問1を除けば、H群、D群ともに学年が上がるごとに問題の正答率も上がっていた。  次に、H群とD群を比較しやすいよう、図2-4と図2-5を重ねたグラフを作成したが、それを図2-6に示す。  図2-6を見ると、小1では、H群とD群のどちらも、全ての問題において正答率は70%を超えていた。小2では、H群とD群のどちらも問8の正答率が一番低く表れた。小3では、どの問題も正答率が85%を超えていた。 図2-6 a計算問題における正答率の比較 次に、図2-7にH群とD群の各学年の得点分布を示した。各群で満点の割合が最も高くなっていた。 図2-7 a計算問題における得点分布 (3)b数直線問題における結果  H群の各学年におけるb数直線問題の正答率を、図2-8に示した。また、D群の各学年におけるb数直線問題の正答率を、図2-9に示した。  H群、D群ともに、学年が上がるごとに10問の平均正答率が上昇している。 図2-8 b数直線問題の正答率(H群) 図2-9 b数直線問題の正答率(D群)  次に、b数直線問題について、学年ごとにH群とD群を比較した。  1年生用問題では、図2-10に示したように、どの問題も正答率は40%未満であった。また、10問の平均点はH群とD群のいずれも16~17%であった。 図2-10 1年生におけるb数直線問題の正答率  2年生用問題では、図2-11に示したように、H群とD群で問題の難易の傾向は似ていた。また、平均点を見るとD群とH群は約37~38%であり、D群がH群を1.9ポイント上回っていた。 図2-11 2年生におけるb数直線問題の正答率  3年生用問題では、問題ごとの難易はH群とD群で同様の傾向が見られた。10問の平均点は、D群がH群よりも7.5ポイント高く表れていた(図2-12参照)。 図2-12 3年生以上におけるb数直線問題の正答率  次に、図2-13に各群の得点分布を示した。1年生はH群、D群ともに、0点~3点の児童が大半を占めているが、学年が上がるごとに、高得点を取った人数の割合が増えている。3年生以上では、H群、D群ともに、二峰性を示しているが、H群は左半分の分布が多く、D群は右半分の分布が多いと言えよう。 図2-13 b数直線問題における得点分布  b数直線問題は、問題内容が全学年共通であることから、二元配置分散分析を実施する前に、等分散性を検定したところ、有意差が認められた(p<.001)ため、二元配置分散分析を行うことはできなかった。そこで、学年ごとにマン=ホイットニーのU検定を⾏ったところ、各学年で有意差を認めることはできなかった(小1;p=.836,小2;p=.995,小3;p=.165,いずれもn.s.)。 (4)cいくつ分問題における結果  H群の各学年におけるcいくつ分問題の正答率を、図2-14に示した。また、D群の各学年におけるcいくつ分問題の正答率を、図2-15に示した。  H群、D群ともに、学年が上がるにつれて正答率が上がっていた。 図2-14 cいくつ分問題の正答率(H群) 図2-15 cいくつ分問題の正答率(D群)  小1~小3のどの学年でも実施された問1~3を見ると、例えば、問1において、H群は小1から小2にかけて26.7ポイント、小2から小3にかけて17.2ポイント上昇しているのに対し、D群は小1から小2にかけて18.8ポイント、小2から小3にかけて57.4ポイント上昇していたことから、問1~3のそれぞれで、3年生以上の正答率を100%としたときの1年生と2年生の割合を表2-6と表2-7に示した。 表2-6 c問123の正答率の推移(H群) 表2-7 c問123の正答率の推移(D群)  表2-6と表2-7に示したように、小3を100%としたとき、H群の小2は65~81%であるのに対し、D群の小2は15~25%であり、D群はH群に比して2年生から3年生以上にかけての伸びが大きいと言えよう。ただし、D群の小3↑群の中に小4~6が含まれていることが原因の一つである可能性が考えられる。  次に、学年ごとにH群とD群を比較する。  1年生用問題では、図2-16に示したように、H群であっても正答率は50%を超えておらず、D群では全ての問題において1問でも正答した児童は皆無であった。 図2-16 1年生におけるcいくつ分問題の正答率  2年生用問題では、D群は5問の全てが正答率20%以下であったが、H群は問1と問2は50%を超えていた(図2-17参照)。 図2-17 2年生におけるcいくつ分問題の正答率  3年生用問題では、H群とD群の問題の難易の傾向は似ていたが、H群とD群の間の差が最も大きかったのは問5であり、D群がH群を上回ったのは問7のみであった(図2-18参照)。 図2-18 3年生以上におけるcいくつ分問題の正答率  次に、図2-19に各群の得点分布を示した。学年によって問題数が異なるが、H群とD群を比較すると、特に3年生用問題においてH群とD群は等分散ではないことがうかがえる。 図2-19 cいくつ分問題における得点分布  学年によって問題数が異なるため、学年ごとにマン=ホイットニーのU検定を行ったところ、全学年で有意差が認められた(小1;p=.008,p<.01、小2;p=.003,p<.01、小3;p=.022,.05>p>.01)。 (5)d単位選択問題における結果(小3のみ)  3年生以上に実施したd単位選択問題について、H群とD群を比較した(図2-20参照)。5問の平均正答率の差は、H群がD群を7.8ポイント上回っていた。5問のうち、D群がH群を上回ったのは問4の1問のみであった。 図2-20 d単位選択問題の正答率 図2-21にH群とD群の得点分布を示した。どちらの群も満点の割合が最も高くなっていた。 図2-21 d単位選択問題における得点分布  マン=ホイットニーのU検定を行ったところ、有意差は認められなかった(p=.304,n.s.)。 (6)小3↑におけるa計算問題~d単位選択問題の関連  H群では、1年生用問題、2年生用問題、3年生用問題に取り組んだ児童はそれぞれ67名以上であるのに対し、D群では、それぞれ8名、16名、43名であるため、以下、取り組んだ人数がそれぞれ40人以上である3年生用問題に焦点を当てて分析する。  a計算問題、b数直線問題、cいくつ分問題、d単位選択問題のそれぞれで、H群とD群の平均点をまとめて図2-22に示す。 図2-22 3年生以上における問題種ごとの平均点  H群とD群の差は、a計算問題では、D群がH群を1.2ポイント上回り、b数直線問題では、D群がH群を7.5ポイント上回り、cいくつ分問題では、H群がD群を13.0ポイント上回り、d単位選択問題ではH群がD群を7.8ポイント上回っていた。a~dの合計点については、(1)で述べたように、マン=ホイットニーのU検定を行ったところ、H群とD群の間に有意差を認めることはできなかった。また、各問題で、マン=ホイットニーのU検定を行ったところ、cいくつ分問題では有意差が認められた(p=.022, .05>p>.01)が、他の問題では有意差を認めることはできなかった(a;p=.092,b;p =.165,d;p=.304,いずれもn.s.)  次に、正規分布に従わないデータがあったため、スピアマンの順位相関行列の検定を行った結果を、表2-8と表2-9に示す。 表2-8 H群における相関係数 表2-9 D群における相関係数  表2-8と表2-9より、H群とD群の両方で、bとc、bとd、cとdの間に有意な正の相関が認められた。そのため、以下、b数直線問題、cいくつ分問題、d単位選択問題の関連について述べていく。 ①bとcの関連  b数直線問題の正答数において、H群67人とD群42人を合わせた109人をできるだけ人数を三等分して「下位、中位、上位」に分けたところ、「下位」は0~3点、「中位」は4~7点、「上位」は8~10点となった。そして、H群は、「下位」が27人(40.3%)、「中位」が25人(37.3%)、「上位」が15人(22.4%)であり、D群は「下位」が11人(26.2%)、「中位」が16人(38.1%)、「上位」が15人(35.7%)であった。同様にして、cいくつ分問題において分けたところ、「下位」は0~2点、「中位」は3~5点、「上位」は6~8点であった。H群は、「下位」が15人(22.4%)、「中位」が32人(47.8%)、「上位」が20人(29.9%)であり、D群は、「下位」が23人(54.8%)、「中位」が7人(16.7%)、「上位」が12人(28.6%)であった。さらに、b数直線問題における「下位、中位、上位」とcいくつ分問題における「下位、中位、上位」の関連を表2-10と表2-11に示し、その数字をもとに図2-23の3次元の棒グラフを作成し、さらに見やすいように同じ数字で2次元の棒グラフを作成した。 表2-10 bc得点数分布(H群) 表2-11 bc得点数分布(D群) 図2-23 3年生以上のH群とD群におけるbcの関連  例えばbで上位、cで下位の場合、「上位−下位」で表すとする。そして、「下位―下位」「中位―中位」「上位―上位」を「b≑c」グループ、「上位―中位」「上位―下位」「中位―下位」を「b>c」グループ、「下位−中位」「下位―上位」「中位―上位」を「b<c」グループと称することにする。「b>c」グループと「b≑c」グループ、「b<c」グループの人数は、H群はそれぞれ11人(16.4%)、31人(46.3%)、25人(37.3%)、D群はそれぞれ17人(40.5%)、19人(45.2%)、6人(14.3%)であった(表2-12参照)。M行N列分割表の検定の結果、1%水準で有意差が認められた(x2(2)=.0049,p<.01)。よって、H群とD群の間には違いがあると言えよう(表2-12参照)。 表2-12 bとcの関連によるグループ分けの結果と検定結果  「(1)全問の合計点」のところで述べたように、3年生用問題において、H群とD群の間に有意差を認めることはできなかったにもかかわらず、bとcの関係において違いがみられたことになる。具体的に言うと、「b<c」グループの比率は、H群が37.3%であったのに対し、D群は14.3%に過ぎなかった。逆に、「b>c」グループの比率は、H群が16.4%であったのに対し、D群は40.5%であった。したがって、「b<c」グループはいくつ分問題からできるようになるグループで、「b>c」グループは数直線問題からできるようになるグループ、「b≑c」グループはどちらも徐々にできるようになるグループとするならば、D群はH群と比べて、数直線問題から解けるようになる児童が多いことになる。 ②bとdの関連  b数直線問題の正答数は、表2-10、表2-11と同様に3等分した。d単位選択問題は満点を取った児童が多かったため、満点でない者を2等分に近くなるよう分けたところ、「下位」は0~3点、「中位」は4点、「満点」に分けることができた。d単位選択問題において、H群は「下位」が12人(17.9%)、「中位」が21人(31.3%)、「満点」が34人(50.7%)であった。D群は「下位」が14人(33.3%)、「中位」が8人(19.0%)、「満点」が20人(47.6%)であった。bとdの関係がわかるよう、表2-13、表2-14を作成した。また、その数字をもとに図2-23と同様に図2-24を作成した。 表2-13 bd得点数分布(H群) 表2-14 bd得点数分布(D群) 図2-24 3年生以上のH群とD群におけるbdの関連  ①bとcの関連と同様にb>d、b≒d、b<dに分類するとH群はそれぞれ5人(7.5%)、33人(49.3%)、29人(43.3%)、D群はそれぞれ10人(23.8%)、19人(45.2%)、13人(31.0%)であった。M行N列分割表の検定の結果、bとdの間には5%の水準で有意差が認められた (x2(2)=.0469, p<.05)(表2-15参照)。 表2-15 bとdの関連によるグループ分けの結果と検定結果  「b>d」グループの割合をみると、D群はH群より16.3ポイント高くなっていたが、「b≒d」グループと「b<d」グループの割合をみると、それぞれH群はD群より4.1ポイント、12.3ポイント高くなっていた。このことから、H群はd単位選択問題がb数直線問題より先にできるようになる児童が多く、D群はH群と比べて数直線問題からできるようになる児童が多いということが言えよう。 ③cとdの関連  cいくつ分問題の正答数は、表2-10、表2-11と同様に3等分した。d単位選択問題は表2-13、表2-14と同様に3つに分けた。cとdの関係がわかるよう、表2-16、表2-17を作成した。また、その数字をもとに図2-23と同様に図2-25を作成した。 表2-16 cd得点数分布(H群) 表2-17 cd得点数分布(D群) 図2-25 3年生以上のH群とD群におけるcdの関連  ①で述べたbとcの関連と同様にc<d、c≒d、c>dの3グループに分類すると、H群はそれぞれ25人(37.3%)、32人(47.8%)、10人(14.9%)、D群はそれぞれ15人(35.7%)、24人(57.1%)、3人(7.1%)であった。  表2-18に示したように、M行N列分割表の検定の結果、有意差を認めることはできなかった(x2(2) =.4124,p>.05,n.s.)。 表2-18 cとdの関連によるグループ分けの結果と検定結果  H群、D群ともに、cいくつ分問題とd単位選択問題の間に有意な正の相関があり、M行N列分割表の検定の結果、有意差を認めることができなかったことから、cいくつ分問題とd単位選択問題は、数概念理解に関して共通する力を測る問題であった可能性を示唆すると考えられる。 (7)b数直線問題における難易の分析  3年生以上のb数直線問題において、各問題の正答率を、H群の正答率が高かった問題の順に図2-26に示した。  横軸は「問題番号:左端の数値―右端の数値,問題となっている数値(等分数)」という表記になっている。( )が付いていない問題は、10等分の問題である。H群、D群ともに正答率上位4問は、問1、2、8、10であり、これらの4問は左端の数値が0の問題であった。 図2-26 3年生以上におけるb数直線問題の問題ごとの正答率  次に、b数直線問題を「目盛の大きさ違い3問」「5の位置を問う問題4問」「95の位置を問う問題4問」の3つの属性に分類した。  「目盛の大きさ違い」(図2-27参照)では、H群とD群の差は、3問とも5ポイント以内に収まっており、正答率の高低の傾向も似ていた。H群、D群ともに、数直線が20等分されていて1目盛の数字が0.5となる問4の正答率が最も低くなっていた。 図2-27 目盛の大きさ違い3問の正答率  「5の位置を問う問題」(図2-28参照)では、H群、D群ともに問1(1目盛が1で、0-10の数直線上で5の位置を問う問題)が最も正答率が高く、問3(1目盛が2で、0-20の数直線上で5の位置を問う問題)が最も正答率が低かった。 図2-28 5の位置を問う問題4問の正答率  「95の位置を問う問題」(図2-29参照)では、H群、D群ともに、問2(1目盛が10で、0-100の数直線上で95の位置を問う問題)が最も正答率が高かった。そして、H群では、問9(1目盛が5で、50-100の数直線上で95の位置を問う問題)が最も正答率が低く、D群では問7(1目盛が2で、80-100の数直線上で95の位置を問う問題)が最も正答率が低かった。 図2-29 95の位置を問う問題4問の正答率 (8)cいくつ分問題における難易の分析  cいくつ分問題において、問題に単位や助数詞が含まれておらず、計算で解ける問題を「数字のみ」問題(ただし、問6は「見当をつける問題」とした)、問題に助数詞や単位が含まれており、計算で解ける問題を「助数詞、単位あり」問題、見当をつけて解く問題を「見当をつける」問題とし、これら3つにおける3年生以上の結果を図2-30に示した。  H群、D群ともに、正答率が最も高かった3問は、問1、2、6であり、これらは単位や助数詞を使用していない問題であった。 図2-30 3年生以上におけるcいくつ分問題の問題ごとの正答率  「数字のみ」問題では、H群D群ともに、「あといくつ」という表現が含まれている問2(「90を100にするためには、5があといくつ必要ですか?」)の方が、問1(「20は5がいくつ分ですか?」)よりも正答率が低かった。  「助数詞、単位あり」問題におけるH群の正答率は、最も正答率が高かった問5と最も正答率が低かった問題3の差は25.3ポイントであった。それに対し、D群は、3問のいずれも正答率は26.2%~33.3%であった。そこで、「助数詞、単位あり」問題において、正答数ごとの人数の割合を図2-31に示した。H群は正答数0問が34.3%、1問が22.4%、2問が20.9%、3問が22.4%であり、D群は正答数0問が66.6%、1問が2.4%、2問が7.1%、3問が23.8%であった。したがって、正答数が1問か2問であった者は、H群が43.3%、D群が9.5%であり、D群は、H群と比べて、「全く解けない者」と「全部解ける者」に分かれていると言えよう。すなわち、D群で3問の正答率の差が小さかったのは、ある特定の児童が3問とも同じような構造であると見抜き、計算によって解けていたのに対し、H群では、問題の状況を思い描いて解いた児童が多かったため、部分的に正答した児童が多く現れた可能性が考えられる。  さらに、H群で最も正答率が高かった問5は、3問のうち答えの数字が最も小さかった問題であり、小さじをボールに入れていく状況を思い描いて解く児童が多かったと思われる。その一方で、正答率が最も低かった問題は、答えが最も大きい問4ではなく、問3であった。これは、「束」という助数詞の使用経験が少ない児童が多かったことが一因である可能性が考えられる。問3は高さが5cmの積み⽊、問4は一束が5枚の色紙、問5は小さじ一杯が5gを題材としており、親近性のある題材であるか否かが正答率に影響を及ぼすと思われる。このように、H群では、問題文中の題材の親近性や答えの数の大きさ、問題に関する経験が正答率の高低に影響を及ぼした可能性がある。 図2-31 「助数詞、単位あり」問題における得点分布  「見当をつける」問題では、問7(「100円玉の重さは、1円玉いくつ分ですか?」)が全8問のうち最も正答率が低い問題となっており、正答したのはH群2人(3.0%)、D群6人(14.3%)であった。この問題において、「100」という選択肢を選んだ児童は、H群が46人(65.7%)、D群が23人(54.8%)であった。それ以外の「見当をつける」問題では、助数詞や単位のない問6(「82は9が、だいたいいくつ分ですか?」)は、H群がD群を10.6ポイント上回り、助数詞が含まれている問8(「野球ボールをいくつ並べたら、新しい鉛筆1本の長さになりますか?」)はH群がD群を24.0ポイント上回っていた。 (9)b数直線問題とcいくつ分問題での質が似ている問題の比較  b数直線問題の問5は、90から100までの数直線を見て、95の位置を答える問題であり、cいくつ分問題の問2は、「90を100にするためには、5があといくつ分必要か」という問題である。  どちらも90から100までの間の5の意味と関連する問題であるため、2つの問題の正答率を各学年で比較した(図2-32参照)。H群の正答率は、全学年において、b数直線問題とcいくつ分問題が同じ、もしくは、cいくつ分問題がb数直線問題を上回っていたが、D群は、全学年において、b数直線問題がcいくつ分問題を上回っていた。 図2-32 b問5とc問2の比較 第4節 考察 ●結果の概要  問題種ごとにH群とD群の平均正答率、およびU検定の結果を、表2-19にまとめた。 表2-19 平均正答率と検定結果のまとめ  また、第3節で述べた結果を以下に簡単にまとめる。 (1)全問の合計点  全問の合計点について、U検定の結果、いずれの学年でもH群とD群の間に有意差を認めることはできなかった。本調査で用いた問題は小学校1年生~3年生の教科書を参考にして作成した問題であるため、小学校3年生までの範囲であれば、聴児と聴覚障害児の間に大きな差はないと思われた。 (2)a計算問題における結果  a計算問題の合計得点について、U検定の結果、H群とD群の間に小1では有意差が認められ、小2、小3以上では有意差を認めることができなかった。小1で有意差が認められた一因として、D群の小1が8人と少なく、個人差が強く影響したことが考えられる。また、H群とD群のすべての学年で満点の割合が最も高くなっていることからも、小学校3年生までの範囲であれば、足し算と引き算の計算問題について、聴児と聴覚障害児に大きな差はないことが考えられる。 (3)b数直線問題における結果  b数直線問題の合計得点について、小1から小3まで共通する問題であったが、等分散などの条件を満たさなかったため、各学年でU検定を⾏った結果、いずれの学年でもH群とD群の間に有意差を認めることはできなかった。平均正答率を見ると、小1段階ではH群がD群を上回ったが、小2からD群がH群を上回り、小3では7.5ポイントの差がみられた。この差が表れた理由については、D群のみ小3以上に4年生~6年生が含まれていることなどが考えられよう。 (4)cいくつ分問題における結果  cいくつ分問題の合計得点について、U検定の結果、すべての学年でH群がD群を上回っており、H群とD群の間に有意差が認められた。いくつ分問題は、その他の3種類の問題と比べて、日本語での出題部分が多く、日本語力に課題があると言われている聴覚障害児にとっては難しい問題であったと考えられる。 (5)d単位選択問題における結果(小3のみ)  d単位選択問題の合計得点について、U検定の結果、H群とD群の間に有意差を認めることはできなかった。また、どちらの群も満点の割合が最も多くなっていた。 (6)小3↑におけるa計算問題~d単位選択問題の関連  問題種間の相関について、a計算問題と他の問題(b、c、d)の間に相関関係はみられなかったことから、計算力と数概念の発達は別物であることがうかがえる。すなわち、計算問題が解けるからといってその他の数概念に関する問題が解けるわけではないことを示す。つまり、計算問題は手続きを習得すれば解けるようになるものであり、児童のその他の数概念に関する問題が解けるかどうかを計算問題の出来によって推し測ることはできないことが考えられる。  b数直線問題とcいくつ分問題の間に正の相関が見出された。また、b>cグループの割合がH群よりもD群の方が高かった結果から、D群は、b数直線問題が先行して解けるようになる児童がH群よりも多いと考えられる。このことから、聴児は、問題文の意味を捉えて問題を解くことが先行する児童、数直線のように数字を機械的にとらえて問題を解くことが先行する児童、どちらも同程度にできる児童がそれぞれみられるが、聴覚障害児の場合は、いくつ分問題が解けなくても、数直線問題のように数字を機械的に捉えて問題を解くことが先行する児童の割合が多いことになる。  b数直線問題とd単位選択問題の間に正の相関が見出され、b>dグループの割合はH群よりもD群の方が高く、b<dグループの割合はH群よりもD群が低かったという結果から、D群は、b数直線問題が先行して解けるようになる児童がH群よりも多いという結果になった。このことから、聴児は、文脈に合わせて単位を使い分けることが先行する児童、数直線のように数字を機械的に捉えて問題を解くことが先行する児童、どちらも同程度にできる児童がそれぞれみられるが、聴覚障害児の場合は、文脈に合わせて単位を使い分けることができなくても、数直線問題のように数字を機械的に捉えて問題を解くことが先行する児童の割合が多いと言えよう。  小3以上において、cいくつ分問題とd単位選択問題の間に正の相関が見出されたが、c>d、c≑d、c<dに分けたところ、H群とD群の間に有意差を見出すことはできなかった。このことは、cとdが共通する力を調べる問題である可能性を示唆する。  本調査では、先行研究からも、数直線問題といくつ分問題、単位選択問題は数概念獲得を調べる問題としたが、数直線問題は日本語での出題部分が少なく、いくつ分問題と単位選択問題は日本語での出題部分が多い問題であった。そして、聴覚障害児は日本語が少ない数直線問題から先に解けるようになる児童の割合が多いと考えられる。 (7)b数直線問題における難易の分析  同じ「0-10」の数直線であっても、1目盛の数の大きさが「2」や「0.5」の問題が、1目盛の数の大きさが「1」の問題よりも、正答率が低く表れたことから、児童にとっては1目盛の数が「1」の数直線が考える際の基本になっていると考えられる。  また、左端が「0」で「5」の位置を問う問題では、H群とD群ともに、「0-10」の問題の次に「0-100」の正答率が高く現れた。このことから、1目盛の数の大きさが「1」の数直線に次いで、1目盛の数が「10」の数直線が児童にとって考えやすい可能性が考えられる。  「95」の位置を問う問題において、H群とD群のどちらも1目盛の数が「10」である「0-100」の数直線の正答率が最も高かった。H群では、次いで、「90-100」「80-100」「50-100」の順で正答率が高く現れていた。このことから、聴児は数直線での両端の数が離れているほど、数直線上の数の位置を正確に把握することが難しいと考えられる。しかし、D群は「90-100」「50-100」「80-100」の順で正答率が高く現れていた。これらの問題の1目盛の数は、それぞれ「1」「5」「2」であった。つまり、聴覚障害児は、数直線での両端の数がいくつかという要因よりは、1目盛の数が捉えやすいものかどうかという要因による影響のほうが大きい可能性が考えられる。 (8)cいくつ分問題における難易の分析  「助数詞・単位あり」問題の3問で、最も正答率が高かった問題の正答率と最も正答率が低かった問題の正答率の差は、H群では29.9ポイント、D群では7.1ポイントであったことから、H群では、問題を読んでその問題の情景を思い描くため、問題文に出てくる題材の親近性や答えの大きさによって難易に差が生じた児童がいる可能性が考えられる。D群の場合は、3問間の正答率の差が小さく、正答した児童も特定の児童に集中していたことから、日本語の文章問題の中の数字を見て計算によって解いていた可能性が考えられる。  また、「見当をつける」問題の中で、問7(「100円玉の重さは、1円玉いくつ分ですか?」)はH群とD群いずれでも、cいくつ分問題の全8問のうち最も正答率が低い問題であったが、唯一D群がH群の正答率を上回った問題である。D群がH群を上回った理由として、硬貨が持つ量の概念の捉え方が関連していると考えられる。問7は選択肢のうち、「5」が正答であったが、H群は、D群に比べて「100」を選んだ児童が多かった。この「100」は硬貨を見て金額」としての「100」を最も先に強く思い浮かべる児童が選ぶことになると思われる。逆に、「金額」を思い描くことができない児童の中には、それ以外の数字を当てずっぽうに選ぶ例が含まれると思われる。そのため、この問題は、生活経験として買い物等によって硬貨を使用して金額の意味を理解し始めた児童ほど、間違える可能性があるかもしれない。しかし、その後、金額と重さの違いを十分に理解すると、上述の問題に正答する者の比率が高まると思われる。 ●教育方法への示唆  従来から、聴覚障害児の日本語獲得の難しさが指摘されているが、本調査においても、日本語での出題部分がほとんどないb数直線問題の正答率が、D群はH群に比べて高いという結果になった。そこで、数直線問題のようにいくつかの数字の相対的な関係を考えて処理する力の育成、すなわち数字と数字の相対的な関係の理解が、その後日本語で書かれた文章問題を処理する力の育成につながる可能性が考えられる。例えば、cいくつ分問題で出題した「90を100にするためには、5があといくつ必要ですか?」の場合には、「90-100」の数直線に1目盛が「1」になるような目盛を振り、それを提示しながら、文章問題を読ませる。そして、90から5進んで、さらに5進むと100になることをつかませ、答えは「2」であることを理解させる方法が考えられる。数直線問題から先に解けるように仕向け、その後、いくつ分問題において数字と数字の関係を考えさせることが文章問題読解の参考となると考えられる。  その一方で、H群において、数直線問題は解けなくてもいくつ分問題が解ける児童がみられたことから、文章によって問題の状況を理解することが問題解決につながる児童がいると推測される。したがって、本調査で出した数直線問題で「左端が90で、右端が100の数直線があります。95はどこに位置しますか?」のように日本語による説明文を加えたりして数直線問題が解けるように導く方法が、聴児への教育方法の一つとして考えられる。  教育現場においては、それぞれの児童の実態に応じて、指導の過程や順番を理解しやすい方法や流れにすることで、数概念に関わる理解の向上につなげることが大切であろう。 第3章 縦断的調査 第1節 調査の背景  筆者は、第1章第1節第3項で述べたように卒業研究にて、音声よりも手話を好む聴覚障害児A児を対象に家庭での計算学習支援を行い、その学習の進め方を検討した。  卒業研究当時のA児は、聴覚特別支援学校小学部2年生であった。支援開始当初のA児は、具体物を数える際に1つずつ指差しながら数を確認しており、そのときの指は人差し指でさしながらではなく、手話の数字表現を伴いながらの指差しであった。また、具体物を動かして、5や10の塊にしてから数えるという様子はなく、全て1つずつ数えていた。このことから、筆者はA児の持つ数概念が【カ】基数の理解にとどまり、数字の相対的な量関係である【キ】量としての見方の段階には到達していないと考えた。  その後、第1章で述べた支援を行った結果、A児は具体物がある状況に限り【キ】量としての見方ができるようになった。しかし、10個のマグネットという具体物を⑩という半具体物に置換することは難しく、具体物を使用せずに【キ】量としての見方ができるようになることが課題だと考えられた。 第2節 対象  対象児A児は、本研究の縦断的調査における関わり合い開始当時、8歳の聴覚障害特別支援学校小学部3年生の準ずる教育課程に在籍する女児である。先天性感音難聴(聴力:裸耳両耳約110dBHLで、両耳人工内耳を装用している。しかし、人工内耳は、現在は常時活用しているものの、学校外で活用しない期間が長かったこともあり、周囲の人との主なコミュニケーション方法は手話である。家庭では身振りやホームサイン、音声が主に使用されている。A児は具体物の数を数える際に、5や10をまとまりごとに数えられるようになったが、10個の具体物を⑩というラベルを貼ったマグネットへ置換することには抵抗があり、「頭の中での具体物操作」や「半具体物操作」が困難な段階と思われた。 第3節 目的  横断的調査において、a計算問題、b数直線問題、いくつ分問題、d単位選択問題を実施したが、このbcdは数字の相対的な量関係を調べる問題である。  A児は、支援開始時点で学校の夏休み期間であり、夏休みの宿題として出された繰り上がりも含めた2桁+2桁の筆算問題はできていたことから、実際に応用できるかは別として、計算する力を有していると思われた。そのため、a計算問題は実施しないこととした。  また、A児は、準ずる教育課程に在籍しているが、「写真」のことを伝えたいときに「絵」という単語を使用したり、「今日、私の家に来るって聞いた?」と伝えたいときに「今日は家聞いた?」という文を書いたりしており、日本語の力に困難を抱えていると思われた。聴覚障害児の場合、一般的に、cいくつ分問題のように日本語の文章を読む力が必要な問題より日本語が入っていないb数直線問題のほうが指導しやすいと思われることから、A児に対しても、b数直線問題の指導から始めることとした。A児に対して行った家庭学習支援の経過とそこで有効と思われた手立てをまとめることにより、数字の相対的な量関係の理解のための方法を考察する。 第4節 方法  関わりは各1時間程度で、全13回行い(内4回はビデオ会議システムを利用しての実施)、関わり合い終了後に筆記記録として学習内容やA児の様子等を書き留めた。 第5節 結果  第1回から第13回までの関わり合いにおける取り組み状況を簡単にまとめて、表3-1に示す。第1回はA児が小3の7月31日、第13回はA児が小4の10月10日であった。この結果のうち、第8回までの内容は江原・脇中(2022)で報告した。 表3-1 各回のA児との活動内容  A児に対して横断的調査で使用した問題bcdの正答数の推移を、表3-2に示す(「第1期」~「第3期」については、考察のところで述べる)。 表3-2 A児の正答数の推移  表3-1に記したように、第1回の支援では、横断的調査で用いた問題(a計算問題を除く)を実施したが、b数直線問題は10問中1問正答、cいくつ分問題は8問中0問正答、d単位選択問題では5問中1問正答という状況であった(表3-2参照)。それに対する解説は行わず、次に、1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉を用いて、筆者が「20円出して」のように問題を出すと、A児は硬貨の種類を問わず、20枚出してきており、数字を金額ではなく枚数でとらえていることがうかがえた。そこで、各硬貨を指さして「これは1円、これは5円」などと伝えた。その後は、1円玉、10円玉、100円玉の範囲では、指示された金額を取り出すことができていたが、5円玉、50円玉、500円玉の硬貨が混ざると、混乱していた。  第2回では、筆者が例えば124円分の硬貨をA児の前に示し、「これいくら?」と聞いて、金額をA児に答えてもらうという活動を行った。このとき、卒業研究で使用したホワイトボードを使用し、硬貨を位ごとに分けるよう促すと、A児自ら硬貨を位ごとに分け、正しい金額を答えることができるようになった。  第3回では、第2回で行った内容を復習した後に、数直線上に硬貨を並べる様子をA児に見せた。ここでは、0-100の数直線に10円玉が10個並ぶ様子を提示し、その後、0-100の数直線に50円玉が2個並ぶ様子を提示し、10円玉10枚と50円玉2枚が等価であることを説明した。このときは、オンラインでの実施だったため、A児に実際に硬貨を操作してもらうことはできなかった。  第4回では、0-100の数直線を見せ、「ここには10円玉がいくつ並ぶ?」と聞いたが、A児は、8や9などの数字を当てずっぽうに答えていた。そのため、筆者が10円玉が10個並ぶことを示した後に、0-50の数直線を見せ、「ここには10円玉がいくつ並ぶ?」と聞くと、「5」と正答することができており、基準となる量が頭の中に確立されることで、応用して考えることができるのではないかと考えた。  第5回では、時間の都合上、横断的調査の問題実施のみとなった。b数直線問題は10問中2問、cいくつ分問題は8問中1問、d単位選択問題は5問中1問正答していた。(表3-2参照)。第1回では23問中2問正答であったのが、今回は23問中4問正答であり、微増したことになる。  第6回では、b数直線問題を使用し、各問題において「この数直線の目盛に合う硬貨はどれだと思う?」と聞いて、答えてもらう活動を行った。問1の「0-10,5(10)」の数直線では、すぐに1円玉を選ぶことができていたが、問2以降の問題ではA児の興味を引くことができず、それ以上進めることが難しかった。オンラインでの実施だったため、実際にA児が硬貨を操作することができなかったことも一因と考えられる。  第7回では、b数直線問題を1問ずつA4サイズに印刷して問題を解く活動を行った。このとき、硬貨は使用せずに、まず数直線の両端の数字を確認し、「この1目盛はいくつだと思う?」と尋ねた。問1の「0-10,5(10)」の数直線ではすぐに1目盛が1と答えることができていた。問6の「0-50,5」の数直線では、A児は1目盛が10と考えて進めていたが、目盛の数だけ10を足していくと、右端のところで「100」となって「50」という数字と合わなくなっていた。そこで、1目盛の数を減らして調整し、1目盛の数が5ということにたどり着いていた。問8の「0-100,5」の数直線では、最初は、A児が1目盛を50や70などの数字で答えていた。このときも問6のときと同様に目盛の数だけ足すよう促すと、A児は足した結果と右端の数字が合わないことは分かったようだったが、10という数にはたどり着く様子がみられなかった。そこで、筆者から「10はどう?」と提案してみると、A児は少し笑い「信じられない」といった様子で、1目盛10で足し算を行った結果、右端の数字と合致したのを見て、驚いていた。  第8回では、まず第7回と同様にb数直線問題を解く活動を行った。問7の「80-100,95」の数直線では、これまで解いてきた左端が0の数直線とは違い、左端が80から始まっていることを確認してから1目盛の数の見当をさせた。しかし、1目盛の見当をつけて足し算をするとき、左端の数字(ここでは「80」)を考慮に入れることなく、進めていっていたため、左端の数字が0ではないということが、どういう意味なのかを理解できていない可能性が考えられた。次に、cいくつ分問題に近い問題として、「6は2がいくつ分ですか」という形式の問題を出題した。最初に文章を見せたときには、その文章の意味がわからないと言ったため、手話で問題を伝えた。その後、図3-1のように、図を書いて解く様子を見せると、同じ方法で全ての問題を解くことができるようになっていた。問題文の意味が理解できていなくても、見本を見せることで、問題に出てくる数字の操作ができるようになったと考えられる。 図3-1 A児の文章問題の解き方  第9回では、まずb数直線問題を解く活動を行った。問3の「0-20,5」の数直線はこれまでと同様に1目盛の数の見当をつけて円滑に解くことができていた。問5や問9のような左端が0ではない問題の場合には、最初に左端の数字に目盛ごとの数字を足していくことを伝えると、間違えることなく問題を解くことができていた。その後、単位を並べ替える問題として、{1m、1cm、1km、1mm}、{1kg、1t、1g}、{1mL、1dL、1L}それぞれを長い、重い、多い順に並び替えるよう伝えた。その結果、どの種類の単位も「1km、1m、1cm、1mm」のように適切に並び替えることはできず、単位に関して思い描くことがA児の中でできていないことがうかがえた。そこで、長さに関しては、メジャーを使用して、1mm、1cm、1mの実際の長さを見せた。重さについては、硬貨の1円玉を出して「これの重さが1g」と伝えた。容積については、大きい牛乳パックが1Lであることを伝えた。その後、文脈に合う単位を選ぶ問題として、「私の身長は156{cm/m}です。」「パソコンの重さは1{g/kg}です」「X県からY県までは150{cm/km}です」「ペットボトルの水は500{mL/L}です。」の4問を出題した。身長の問題では、「学校でこの書き方を見たことある」と言って正答していた。距離を問う問題は、以前から筆者とA児との間で、「つくばからここまで○kmあるんだよ」のように2人が住んでいる場所の距離が離れていることが話題になっていたためか、迷うことなく正答していた。それ以外の2問は、迷っている様子もあったが、単位の並び替えの際に使った例を改めて伝えると、その例を基に考えて正答することができていた。  第10回では、まず第9回で行った単位を並べ替える問題を行った。k(キロ)が付くと大きい単位になるという想像はできるようで、k(キロ)が付くものが一番大きい単位としていたが、その他の単位の大きさの想像はまだできておらず、適切に並び替えることは難しかった。次に、横断的調査の問題を実施した。b数直線問題は1回目に解いたときには10問中4問、見直しを促した後には10問中6問正答していた。cいくつ分問題は正答した問題はなく、d単位選択問題は5問中1問正答していた。cdの問題においても見直しを促したが、回答を変更する様子はみられなかった(表3-2参照)。b数直線問題の正答数は、第1回で1問、第5回で2問、今回は4問正答であり、少しずつ増えたことになる。  第11回では、第10回で行ったb数直線問題のうち問1~問5の振り返りを行った。全ての問題を、1目盛の数の見当をつける方法で解いていた。また、問5の「90-100,95」の数直線については、見当をつける前にすぐ正答の場所を指しており、なぜその場所を選んだのかを尋ねたところ、「真ん中だから」と答えていた。  第12回では、第10回で行ったb数直線問題のうち問6~問10の振り返りを行った。問6の「0-50,5」は問題に何かを書き込むことなく、正答することができていた。問7の「80-100,95」では、1目盛の数を問うと、44や55など正しい数値とはかけ離れた数字を答えていた。これは、両端の数が大きいことから、その数の大きさに引きずられた可能性が考えられる。そこで、目盛の数が10であることと、80から100までで20が必要ということを一緒に確認した後に、1目盛の数を改めて問うたところ、2と答えることができていた。問8の「0-100,5」の問題は、問7と同様の流れで解くことができていた。問10は、1目盛の数の見当を付ける方法で解くことができていた。問9では、A児の集中力が切れてしまい、1目盛の数の見当をつけようとするが、書くことが面倒くさくなってしまったようであった。そこで、書くことを筆者が代行し、A児が言った内容を書いていくことで、正答することができていた。  第13回では、横断的調査の問題を実施した。b数直線問題は1回目に解いたときには10問中6問、見直しを促した後には10問中10問正答していた。cいくつ分問題は8問中1問、d単位選択問題は5問中1問正答していた(表3-2参照)。b数直線問題の正答数は、第1回で1問、第5回で2問、第10回で4問、今回は6問正答であり、少しずつ増えていた。b数直線問題について、見直しを促すと、説明を加えなくても、10問中10問正答していた。その際には、問6の「0-50,5」の問題を解く場面で、問1の「0-10,5(10)」の問題を見返している様子がうかがえた。  以上で述べた横断的調査の問題の結果を概観すると(表3-2参照)、b数直線問題は回を重ねるごとに正答数が上がったが、cいくつ分問題とd単位選択問題は正答数が、0問か1問であり、回を重ねての正答数の上昇はみられなかったことになる。 第6節 考察 ●結果の概観  第5節で述べた13回分の関わりについて、筆者の関わり方の変化に応じて3期に分類してまとめる。 第1期:硬貨の金額の理解の支援(1~2回目)  A児に対して数直線問題の指導を行うにあたって、おもちゃの硬貨を使用した。その理由は、視覚的に分かる物を使用することと、半具体物として身近であると予想されることが有効ではないかと考えたためである。そこで、まずは硬貨の金額をA児が理解しているのかを確認するために、おもちゃの硬貨をランダムに机の上に広げ、筆者が金額を伝えて、その金額をA児からもらうという活動を行った。このとき、筆者からA児への事前説明をせずに、この活動を行うと、金額ではなく筆者が伝えた数字の分の枚数の硬貨を渡そうとしていた。その後、硬貨の種類ごとに手話表現と照らし合わせ、説明を行ったところ、1円玉・10円玉・100円玉の範囲では、言われた金額を取り出せるようになった。さらに、位ごとに硬貨を分けて考えるよう促すと、より円滑に正確な金額の硬貨を渡すことができるようになった。しかし、5円玉・50円玉・500円玉を使用しなければならない状況を作り出すと、どの硬貨を選ぶべきなのかが分からなくなっている様子があった。 第2期:硬貨を利用した数直線の理解の支援(3~6回目)  第1期にて、1円玉・10円玉・100円玉の金額をA児は理解できたと判断したため、第2期ではその3種類の硬貨を使用して、数直線問題の指導を開始した。  まず、A児が第1期で理解が難しかった50円玉の金額を理解してもらうために、図3-2のように左端が0、右端が100の数直線を利用し、その数直線上に10円玉が10個並ぶことを示した。その後並んでいる10円玉のうち左から5つを線で囲み、50円玉と等価であることを示した。その場ではA児は頷いていたが、時間の都合上理解しているかの確認はできなかった。  この指導の翌月に、で左端が0、右端が100の数直線を書いて、「ここに10円玉いくつ並ぶ?」と聞くと、A児から8や9などの当てずっぽうの答えが返ってきた。そこで全部足して確認するよう促すと、100に満たないことは分かるが修正方法が分からなかったため、筆者が「10個並べてみて」と伝えた。その後、図3-2の数直線の下に0から50の数直線を提示し、その数直線に10円玉がいくつ並ぶかを尋ねるとすぐに5と答えられていた。  そのため、「0から100の間に10円玉が10個並ぶ」ということが本人の頭の中に確立されればそれをもとに数直線問題が解けるようになるのではと考えた。  しかし、端の数や目盛が様々な数直線を示すと、A児の意欲が減衰していることがうかがえた。この様子から、A児にとって硬貨はその金額としての量ではなく、枚数としての量に重きがまだ置かれている可能性があると考えた。 図3-2 硬貨を使用した際の指導方法 第3期:目盛を利用した数直線の理解(7~13回目)  硬貨の使用を止め、数直線の目盛に着目させる支援を行った。具体的にはまず左端の数字に着目させ、その次に右端の数字、その後問題で問われている数字を確認するという流れである。その後、左端の数字が0の問題を使用して、数直線上の1目盛を筆者が指差し、その目盛には何の数字が当てはまるかを尋ねた。すると、A児は最初は間違った数字を言っていたが、筆者はそのときには訂正せずに、A児が言った数字を目盛の数の分だけ次々に足していくよう促した。その後、A児が計算すると、図3-3のように右端の数字と合わないことに直面し、1目盛の数を自ら修正し、再施行するようになった。 図3-3 A児の施行方法  また、左端の数字が0ではない問題では、A児は左端の数字を考慮に入れて考えることが難しく、左端の数字が0のときと同じ方法で考えていた。そこで、左端の数字に目盛の数を足して考える必要があることを伝えると、A児はその通り計算して、右端の数字と合致することが分かり、その後はこの方法を使用し続けていた。  さらに、第3期の終わりには、数直線問題を解く際に、前に解いた問題と今解いている問題を見比べるという様子が多くみられるようになった。 全体を通して  鳥越(2010)も指摘するように、聴覚障害児は認知特性として同時処理型が多く、「全体から部分へ」の方法で視覚的情報を得ることが多いと言われているため、当初は、視覚的にとらえやすい硬貨の使用が有効ではないかと考えた。しかし、実際に支援を行ったところ、A児にとっては、数直線に硬貨を並べる方法ではなく、目盛に着目し、1目盛の数を予想する方法のほうが有効であった。  硬貨の使用が有効でなかった原因として、硬貨は金額と枚数という2つの面を持ち合わせており、A児は硬貨における金額としての量の理解が十分でなかった可能性がある。理解が十分でないツールを数直線という場に応用させようとしたために混乱が生じたと考えられる。すなわち、硬貨の金額自体が量としての数であり、量としての数の理解が不十分な子どもには硬貨の使用は効果的ではなく、計算の力を利用して目盛の意味を考えさせる方法のほうが有効であったと考えられる。  また、b数直線問題の正答数が上昇してもcいくつ分問題とd単位選択問題の正答数は上昇しなかったことから、第2章で述べた「cいくつ分問題より先にb数直線問題が解けるようになる例」にA児は含まれると考えられる。 ●教育方法への示唆  本調査では、対象児1名のみに対しての縦断的な調査であり、一般化することは難しいが、A児に対して理解が十分でない硬貨というツールを使用しても数概念の理解が進まなかったことについて、このような例は他の教育現場でもみられる可能性があると考えられる。大人にとっては、概念が形成・確立されており、子どもたちに用いると数概念の理解を促すだろうと考えたツールや指導方法が、実は子どもたちにとっては未習得の概念である場合がある。そのため、数概念に関わる指導を行う際には、その指導に使用しようとしているツールや指導方法が、子どもたちにとって既習であるか、理解が十分であるか、また、身近なものであるか等を確認してから導入することが必要であろう。 第4章 面接調査 第1節 目的  教員や教員を目指す学生に対して、横断的調査で正答率が低く現れた問題について、その理由や自分の理解を促した経験、その指導方法をどう考えるかなどを面接で尋ね、聴覚障害児が数字の相対的な量関係を獲得するときの困難点とその指導方法を検討することを本面接調査の目的とする。 第2節 方法 ●対象者  対象者は、小学校勤務の経験がある聴者教員、教員免許状を取得予定の聴者学生、算数・数学を教えた経験のある聴覚障害教員、教員免許状を取得予定の聴覚障害学生である。それぞれの属性に当てはまる対象者に呼びかける形で、協力を依頼した。面接調査の対象者の人数は、表4-1の通りである。  「HT、HS、DT、DS」について、Hは聴者、Dは聴覚障害者を意味し、Tは教員、Sは学生を意味する。以下対象者について言及する際には、この記号を使用する。また、HTとHSをまとめた群をHTS群と称し、DTとDSをまとめた群をDTS群と称する。教員(T)の割合は、HTS群は12人中6人、DTS群は8人中4人であり、同じ50%である。 表4-1 対象者の種別と人数 ●データ収集方法  横断的調査で用いた小3対象の問題のうち、b数直線問題とcいくつ分問題、d単位選択問題をMicrosoft formsで回答してもらい、それをもとに指導方法に関する半構造化面接を行った。  ビデオ会議システムを使用し、1名ずつの面接を基本としたが、聴者教員から対面での面接の希望があったため、聴者教員6名については対面での面接を行った。その際、対象者1名ずつではなく2名ずつで行った。ビデオ会議システムの場合も対面の場合も、対象者の許可を得て、面接の様子を画面録画もしくはビデオカメラによる録画を行なった。 ●半構造化面接での質問項目 (1)属性に関して ・聴覚障害の有無 ・学生か教員か ・教員の場合には簡単な職歴 ・学生の場合には取得予定の教員免許状の種類、教育に関わるアルバイトやボランティア経験の有無とその内容 (2)b 数直線問題の指導方法に関して ・b数直線問題の中で対象者が難しいと感じた問題、もしくは、小学生にとって難しいと予想する問題の選択 ・正答率が低かった問題について、対象者が小学生(聴児/手話に慣れていない聴覚障害児/手話に慣れている聴覚障害児)に教えるとしたら、どのような指導方法を取るか ・筆者が考えた指導方法の中から選ぶとしたらどの方法を取るか、およびその理由 (3)cいくつ分問題の指導方法に関して ・cいくつ分問題の中で対象者が難しいと感じた問題、もしくは、小学生にとって難しいと予想する問題の選択 ・正答率が低かった問題を手話で表現するとしたらどのような表現になるか(手話を使用する対象者にのみ尋ねる) ・正答率が低かった問題について、対象者が小学生(聴児/手話に慣れていない聴覚障害児/手話に慣れている聴覚障害児)に教えるとしたら、どのような指導方法を取るか ・cいくつ分問題の問5について筆者が考えた3つの異なる構成の文章の中から選ぶとしたら、どの文章を選ぶか、およびその理由 (4)d 単位選択問題の指導方法に関して ・d単位選択問題の中で対象者が難しいと感じた問題、もしくは、小学生にとって難しいと予想する問題の選択 (5)数量を相対的に捉える力を育てるためには、どのような教育的活動が必要と考えるか 第3節 結果 (1)属性に関して  属性について、教員には職歴、学生には取得予定の教諭免許状の種類と教育に関わるアルバイトやボランティア経験の有無を尋ねたが、それを表4-2、表4-3に示す。 表4-2 教員の属性 表4-3 学生の属性 (2)b数直線問題に関する回答  ①b数直線問題の中で対象者が難しいと感じた問題、もしくは、小学生にとって難しいと予想する問題の選択とその理由  事前に回答してもらったb数直線問題のうち、解く中で対象者自身が難しいと感じた問題や、小学生が解いた場合難しいと予想する問題を選んでもらい、その理由を尋ねた。選ぶ問題数に制限はなく、複数回答可とした(表4-4参照)。 表4-4 b数直線問題について対象者が難しいと感じた問題とその理由  例えば問2(0-100,95)では、目盛の数字は「0,10,20,…90,100」であることと「95は90と100の真ん中にある」ことを利用して解く必要がある。表4-4の「目盛がないところを考える必要がある」というのは、「95は90の目盛と100の目盛の真ん中にある」ことを考える必要があるという意味である。すなわち、この問題では、「正答の位置に目盛がない」ことになる。  面接調査の結果、問7(80-100,95)が難しいという回答が多かった。全体を通して難易度が上がる要因として、1目盛の大きさ、問題となっている数字の大きさ、正答の位置での目盛の有無、両端の数字への意識、経験のない出題方法への対応の難しさが挙げられており、問7(80-100,95)は上に挙げた要因を複合的に含んでいるため、難易度が高いと判断されたと言えよう。  また、図4-1に横断的調査におけるb数直線問題のH群とD群(いずれも小3)の誤答率(100%から正答率を引いたもの)と、難しいと感じた面接対象者の人数の割合(HT、HS、DT、DSを合わせた20名に対する割合)を示した。 図4-1 bにおける児童の誤答率と面接対象者が難しいと選んだ割合  「この問題は難しい」と回答した割合が20%以下であった3問(問1,6,8)のうち2問(問1,8)は、H群とD群において正答率が最も高かった4問のうちの2問であった。逆に、面接対象者で「難しい」と回答した者の割合が40%以上であった4問(問4,7,9,10)のうち2問は、H群において正答率が最も低かった3問(問3,7,9)の2問であり、D群において正答率が最も低かった3問(問3,4,7)のうちの2問であった。逆に、実際のH群やD群の誤答率とのずれが最も大きかった問題は、問3と問6であり、いずれも数直線の左端の数字が0で、「5」の位置を問う問題であった。  これらの結果から、児童の実態と指導者の認識の一部に相違があることがうかがえる。  ②正答率が低かった問題に対して、対象者が小学生(聴児/手話に慣れていない聴覚障害児/手話に慣れている聴覚障害児)に教えるとしたらどのような指導方法を取るか  b数直線問題の中で正答率が低かった問題を小学生に教える場合、どのような方法を使用するかを尋ね、類似した回答をまとめて分類した(表4-5参照)。 表4-5 b数直線問題において考えられる指導方法  得られた回答を見ると、「考え方の誘導」、「計算式への変換」、「操作的活動」、「数直線に手がかりを加味する工夫」、「教える流れの工夫」の5つに分類することができた。そのうち、「考え方の誘導」として、問題を解説して、考え方を誘導する方法をとる対象者が多くみられた。中でも、「1目盛の数の大きさを考えさせ、1目盛ごとに足していかせ、最後の数字が数直線の右端の数字と合わなければ、違う数字に設定してやり直す」方法を利用する対象者が多かった。  ③筆者が考えた指導方法の中から選ぶとしたら、どの方法を取るかとその理由  筆者が考えた3つの指導方法であるA、B、Cの中からどの方法を取るかとその理由を尋ねた(表4-6参照)。Aは「数直線の上にその目盛の大きさに合う硬貨を並べていく」、Bは「目盛を左から進めながら読んでいく時に、『0、5、10、15…』とリズミカルに言う」、Cは「0から100までの数直線を示して、各目盛の数字を細かく書かせ、それをもとに、問題となっている部分の数直線を切り取って考えさせる」である。AとCについては、指導のイメージ図を対象者に提示した(図4-2参照)。 図4-2 数直線問題の指導方法のAとCのイメージ図  選択する方法の数については、特に制限をしなかったため、複数選択した対象者もいた。その人数の割合を図4-3に示し、選択理由を表4-6に示した。 図4-3 b数直線問題指導方法の選択結果 表4-6 b数直線問題について対象者が選んだ指導方法とその理由  図4-3と表4-6に示したように、指導方法のうちCを選んだ対象者がHTS群、DTS群ともに最も多く、Aを選んだ対象者が最も少なかった。AとCのどちらも視覚的に分かる方法であるものの、硬貨を使用する方法ではなく、数直線を切り取る方法の方が分かりやすいと答えた者が多かったことになる。また、Bの方法は一般校ではよく使用される方法であるということであった。 (3)cいくつ分問題に関する回答  ①cいくつ分問題の中で対象者が難しいと感じた問題、もしくは、小学生にとって難しいと予想する問題とその理由  事前に回答してもらったcいくつ分問題のうち、解く中で対象者自身が難しいと感じた問題や、小学生が解いた場合難しいと予想する問題を選んでもらい、その理由を尋ねた。選ぶ問題数に制限はなく、複数回答可とした(表4-7参照)。 表4-7 cいくつ分問題について対象者が難しいと感じた問題とその理由  表4-7に示したように、問8(野球ボールをいくつ並べたら、新しい鉛筆1本の長さになりますか?)が難しいと予想する対象者が多くみられた。次いで、問7(100円玉の重さは、1円玉いくつ分ですか?)が難しいと予想する人が多かった。この2問はどちらも見当をつける問題であり、選んだ理由として、「野球ボールの大きさを知らない子どももいる」「野球の経験や鉛筆を持つ経験が少ない子どもは難しいのではないか」のように、生活経験への言及が目立った。 また、図4-4に横断的調査におけるcいくつ分問題の誤答率と、難しいと感じた面接対象者の人数の割合を示した。 図4-4 cにおける児童の誤答率と面接対象者が難しいと選んだ割合  図4-4に示したように、8問中7問において児童の誤答率を面接対象者が難しいと選んだ割合が下回っており、児童の実態と指導者の認識の相違がうかがえる。問8のみ横断的調査のH群3年生の誤答率を、面接対象者が難しいと選んだ割合が上回っていた。この問8(野球ボールをいくつ並べたら、新しい鉛筆1本の長さになりますか?)は、「難しい」と予想する人が最も多かった問題である。  ②正答率が低かった問題を手話で出題する場合はどのように手話表現を行うか  対象者のうち、DTS群8名全員と手話の表出が可能なHS群の2名に、cいくつ分問題の中で正答率が低かった問5の数字を変更した問題(塩が小さじ一杯で5gです。今、10gあります。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?)と、問6(82は9が、だいたいいくつ分ですか?)を手話で出題するとしたら、どのように手話表現を行うか尋ねた。  語彙の表記については、財団法人全日本聾唖連盟(2011)発行の『新日本語-手話辞典』のイラスト名を用いた。該当する手話表現にあたる記載がない場合は、筆者が翻訳した語彙とし、それに下線を引いて示した。また、表出された手話表現は、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)情報保障評価事業(手話通訳)ワーキンググループ(2012)の方法を参考にして記述した。表4-8に使用した記載のルールを示す。 表4-8 本稿での手話表現記載のルール  表4-8中の「語彙ラベル」とは、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)情報保障評価事業(手話通訳)ワーキンググループ(2012)によると、「手話単語の日本語訳のうち代表的なものの1つをこの手話単語の見出し(ラベル)として、便宜的に記述したもの」とされている。本稿では、この語彙ラベルを財団法人全日本聾唖連盟(2011)発行の『新日本語-手話辞典』のイラスト名から引用している。  表4-9に、「82は9が、だいたいいくつ分ですか?」の手話表現を示した。 表4-9 「82は9が、だいたいいくつ分ですか?」の手話表現の一覧  HTS群の対象者が少ないため一概に比較することは難しいが、DTS群の手話表現では同じ表現を繰り返すことで、9がいくつかを予想させる方法を取っていた例が多くみられた。この繰り返しを意味する「++」があった例は、HTS群は皆無であり、DTS群は6名(75%、DT1,DT2,DT3,DT4,DS2,DS3)であった。また、82と9の表現する位置を「右と左」あるいは「上と下」のように使い分けて対比させるような例は、HTS群は皆無であり、DTS群は6名(75%、DT1,DT2,DT4,DS1,DS3,DS4)であった。  次に、表4-10に、「塩が小さじ一杯で5gです。今、10gあります。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?」の手話表現を示した。 表4-10 「塩が小さじ一杯で5gです。今、10gあります。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?」の手話表現の一覧  「小さじ」という決まった手話表現のない単語に対しては、指文字で表出したのちに実際の小さじの様子を表している人が多くみられた。また、小さじの様子を表す際に口形を利用して、「小さじ」という単語を伝える人がみられた。これはHTS群、DTS群の両方に認められた傾向であった。  位置を使い分ける手話表現を用いた者は、HTS群は皆無であり、DTS群は8名全員(100%)であった。特に、DTS群8人中7人が「小さじ5g」の位置を、中央からずらして表現していた。繰り返しを意味する「++」があった例は、HTS群は皆無であり、DTS群は4名(38%、DT1,DT3,DT4,DS3)であった。さらに、問題文には提示されていないにも関わらず、「~したい」という意味を表現するための/好き①/という語彙(手話)を使用していた者は、HTS群は1名(50%)、DTS群は5名(63%、DT1,DT3,DS1,DS3,DS4)であった。  また、手話表現を行うにあたって、「基本は対応手話で表出する」と答えた聴覚障害教員や、「手話表現では文章の情景をイメージさせるにとどめ、児童に身につけさせたい算数的思考の部分は表現しないようにと考えている」と答えた聴覚障害教員もみられた。  ③正答率が低かった問題に対して、対象者が小学生(聴児/手話に慣れていない聴覚障害児/手話に慣れている聴覚障害児)に教えるとしたらどのような指導方法を取るか  ここで対象とした問題は(3)の②と同様であり、指導方法を尋ねた。表4-11に類似した回答をまとめて、分類を行なったが、それを表4-11に示す。 表4-11 cいくつ分問題において考えられる指導方法  「82は9が、だいたいいくつ分ですか?」では、「計算の利用」、「文章の意味の解説」、「視覚的教材」、「操作的活動」、「教える流れの工夫」の5つに分類することができた。同じ人が複数の指導方法を述べているケースがあるため一概に比較はできないが、「9,18,27…」のように9を積み上げて考えさせる趣旨のことを1つでも述べた者は、HTS群とDTS群の両方に相当数みられたのに対し、「分ける」趣旨のことを述べた者は、DTS群は皆無であり、HTS群は4名(33%、HT5,HT6,HS4,HS6)であった。  「塩が小さじ一杯で5gです。今、10gあります。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?」では、「視覚的教材」、「操作的活動」、「考え方の誘導」の3つに分類することができた。  上述の2つの問題で、「視覚的教材」、「操作的活動」の2つの方法が共通していることになる。  ④筆者が考えた3つの異なる構成の文章の中から選ぶとしたら、どの文章を選ぶかとその理由  筆者が考えた「塩が小さじ一杯で5gです。今、10gあります。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?」におけるA、B、Cの3つの文章のどれが良いかとその理由を尋ねた。Aは「塩が小さじ一杯で5gです。今、10gあります。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?」であり、Bは「今、塩が10gあります。塩は小さじ一杯で5gです。30gにするには、小さじがあと何杯必要ですか?」であり、Cは「今、塩が10gあります。 これを30gにしたいです。塩は小さじ一杯で5gとすると、小さじがあと何杯必要ですか?」である。これらの文において、「10g」を「本筋(最初の状態)」、「30g」を「本筋(最後の状態)」、「5g」を「条件」と称すると、Aは「条件→本筋(最初の状態→最後の状態)」の順に数字が提示される問題文、Bは「本筋(最初の状態)→条件→本筋(最後の状態)」の順に数字が提示される問題文であり、Cは「本筋(最初の状態→最後の状態)→条件」の順に数字が提示される問題文であると言えよう。  選んだ人数の割合を図4-5に示し、選択理由を表4-12に示した。 図4-5 cいくつ分問題の文章の選択結果 表4-12 cいくつ分問題について対象者が選んだ文章とその理由  図4-6と表4-12に示したように、HTS群、DTS群ともにCを選んだ対象者が最も多く、HTS群とDTS群の両方とも75%であった。Cを選んだ理由として多かったものが、問題の中で「30gにしたい」という語があるため目的が分かりやすいというものであった。「『したい』という語があるから」と述べた者は、HS5、DT3、DS2、DS2、DS3の5名であり、HTS群が1名(8%)、DTS群が4名(50%)であった。「目的がはっきりしている」あるいは「わかりやすい」と述べた者(HS6,DS4)を加えると、HTS群が2名(17%)、DTS群が5名(63%)であった。それに対して、「立式の流れに近い」「式や考えるときの順番に近い」のような理由を述べた者は、HTS群は7名(58%、HT1,HT2,HT3,HS1,HS3, HS4, HS6)であり、DTS群は皆無であった。これは先に何g増やしたいかを考えてからそれを5gで割る意味である「20÷5=」という式が考えやすいという意味であろう。  一方、AとBは「~にしたい」という語ではなく、「~にするには」という語が使われており、Cが「したい」という語を使わない文章であった場合、AやBを選んだ人数が変わる可能性があるが、本調査では、Cを選ばなかった者は、HTS群とDTS群のいずれも25%であった。その中で、Aを選んだ対象者は、HTS群は2名(17%)のみであり、DTS群は皆無であった。一方、Bを選んだ対象者は、HTS群は1名(8%)、DTS群は2名(25%)であった。したがって、AとBを比べると、HTS群はAを、DTS群はBを選ぶ傾向がみられる可能性がある。このAとBの違いは何かと言うと、Aは、前提や思考に進むための条件を重視する言い方であり、HT5の「Aは、1あたりの量がわかって思考に進むことができる」という回答がそのことを示していると言えよう。そして、Bは「初めの状態が10gで、5gずつ足して、30gにする」という言わば「時系列に沿った言い方」であり、DT2の「Bは、自分の現在地が最初に分かり、その後に何をするか、最終目的は何かがわかる流れになっている。」という回答がそれを示していると言えよう。 (3)d単位選択問題に関する回答  d単位選択問題の中で対象者が難しいと感じた問題、もしくは、小学生が難しいと予想する問題とその理由  事前に回答してもらったd単位選択問題のうち、解いている中で対象者自身が難しいと感じた問題や、小学生が解いた場合難しいと予想する問題を選んでもらい、その理由を尋ねた。選ぶ問題数に制限はなく、複数回答可とした(表4-13参照)。 表4-13 d単位選択問題について対象者が難しいと感じた問題とその理由  表4-13に示したように、「東京−大阪間の距離のイメージができないと難しい」や、「アフリカゾウの重さはイメージしにくい」のように、問題に出てくる題材の親近性がポイントだと考えている対象者が多かった。このことから、イメージしにくい題材を扱った問題ほど、子どもにとっては難しいと考えていることになる。また、問3(「アフリカゾウの重さは、6{kg,m,t,km,g,cm,分からない}です。」)では、「問題に出てくる数字が6000等の大きな数字になってもt(トン)を選びそう」という意見もあり、問題の題材と単位の結びつきが強く、数字の大きさを考慮できない児童がいることを示唆する。次に、図4-6に横断的調査におけるd単位選択問題の誤答率と、難しいと感じた面接対象者の人数の割合を示した。  図4-6に示したように、問3(アフリカゾウの重さは、6{kg,m,t,km,g,cm,分からない}です)が最も難しいと感じる人が多く、次いで、問2(東京と大阪の間の距離は、556{km,kg,m,cm,L,mm,分からない}です)を難しいと感じる人が多いという結果になった。この問3と問2は、H群(3年生)の誤答率を、面接対象者が難しいと感じた比率が上回っていた。どちらも身近でないものを対象物としており、日常生活と結びついていないと想像しにくいという意見があった。また、問3に関しては、そもそも重さという概念が子どもにとっては難しいという意見もあった。その他、単位選択問題に関わって寄せられたコメントを以下に記しておく。 ・問題文の内容とかかわらず、mmとmLは字面が似ていて間違えそう。(DS1) ・自分が小学生の頃、今回の問題で言うと、サッカーボールとは何か、東京と大阪がどこにあるのか、アフリカゾウが何なのかが分からなかった。また、単位と意味の結びつけができなかった。「メートルは長さ、リットルは容積」等の理解があいまいだった。このことを理解した後に、キロやミリが付くと、経験がなかったため、それぞれがどのくらいの物を表す単位なのかが分からなかった。これらは生活経験によって分かるようになってきた。分かるかどうかは経験の差によると思う。(DS3) ・問4と問5は子どもたちにとっても身近であるため、問1、2、3と比べたら解きやすいと思うが、単位の意味が分かっていないと解けない。(DS3) ・聴児は音声情報を自然に聞いていたり経験もしていたりすると思うが、ろう児は音声が入らず、経験という面でも、言葉や発音指導に時間が割かれてしまい、幅広い経験が難しい。(DS3) (5)児童の相対的な数量を捉える力を育てるためには、どのような教育的活動が考えられるか  面接対象者に対して、児童の相対的な数量を捉える力を育てるために、どのような教育的活動が考えられるかを、授業中・授業外・学校外の3つの場面に分けて尋ねた。その結果を表4-14に示した。 図4-6 dにおける児童の誤答率と面接対象者が難しいと選んだ割合 表4-14 考えられる教育的活動  回答より得られた意見を見ると、授業中に関する意見が多かったものの、それらは相対的な数量を捉える力を育てるために新たに授業を行うのではなく、すでにある授業の中で、児童が数量に関する経験を積めるような工夫を取り入れるというものが多かった。ただ、DTS群の回答には、文章問題の意味を掴むための支援が必要という意見もあり、経験だけでは難しいと考えている人もみられた。授業外においても、児童が学校での生活の中で出会う数量を意識できるように、指導者が誘導するような会話を増やしたり、児童の目に付くところに相対的な数量に関する教材や玩具を置いたりするというように、あくまでも生活の中の一部としてできることを挙げていた。学校外については、買い物に関する意見が多くみられた。買い物の中でも、キャッシュレスではなく現金でお金のやり取りをする経験や割引に注目させるような経験が重要という意見がみられた。  その他に、計算問題をたくさん解いたことが自らの数量感覚に繋がったと述べた聴覚障害学生もみられた。 第4節 考察 ●結果の概要 (1)属性に関して  面接対象者は、HT6名、HS6名、DT4名、DS4名であった。 (2)b数直線問題の指導方法に関して  対象者に、児童にとって難しい問題はどれだと思うかを尋ねたところ、問1(0-10,5(10))を選んだ人は皆無で、問7(80-100,95)を選んだ人が14人と最も多かった。また、難しい問題を選んだ理由をみると、1目盛の大きさ、問題となっている数字の大きさ、正答の位置での目盛の有無、両端の数字への意識、これまで解いてきた問題の経験とのずれが難易度を左右していると考えていることがうかがえた。  対象者が選んだ難しい問題と、横断的調査での児童の誤答の様相を見比べると、問3(0-20,5)、問5(90-100,95)、問6(0-50,5)、問9(50-100,95)ではH群3年生の誤答率を、面接対象者が難しいと選んだ割合が25ポイント以上下回っていた。つまり、指導者が「この問題は児童が自力で解けるだろう」と思っていても、実際には難しい場合があるということが言えよう。  指導方法については、「考え方の誘導」、「計算式への変換」、「操作的活動」、「数直線に手がかりを加味する工夫」、「教える流れの工夫」の5つに分類することができ、中でも「考え方の誘導」に関する指導方法が多く挙げられた。これについて、1目盛の数の大きさを予想させ、目盛の数の分だけ足していき、右端の数字と合うかどうかを確認するという方法を挙げた人が9人いた。この方法は、縦断的調査においてA児にとって有効であった方法でもある。面接調査でHTS群とDTS群ともに、この方法が多く挙げられたということは、広く有効な方法である可能性が考えられる。  また、筆者が考えた指導方法を選択してもらった結果、HTS群とDTS群ともに選択した人数は「A