聴覚特別支援学校中学部の数学授業における手話の使用状況の調査 また視覚言語としての手話の有用性に関する考察 令和4年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻 下森 めぐみ 目次 【第1章 序論】 1.1 本研究の背景  1 1.2 本研究の目的と方法  4 1.3 本論文の構成  4 【第2章 質問紙調査】 2.1 質問紙調査の目的  6 2.2 質問紙調査の方法  6 2.3 質問紙調査の質問項目  7 2.4 質問紙調査の結果  9 2.5 質問紙調査の考察  23 【第3章 個別調査】 3.1 個別調査の対象  26 3.2 個別調査の方法  26 3.3 面接調査  28 3.3.1 面接調査の目的  28 3.3.2 面接調査の方法  28 3.3.3 面接調査の結果  29 3.3.4 面接調査の考察  36 3.4 模擬授業  39 3.4.1 模擬授業の目的  39 3.4.2 模擬授業の方法  39 3.4.3 模擬授業の結果  45 3.4.4 模擬授業の考察  64 【第4章 まとめ】 4.1 総合考察  74 4.2 本研究の限界  75 謝辞  76 参考文献  77 巻末資料  78 筑波技術大学 修士(情報保障学)学位論文 【第1章序論】 1.1 本研究の背景  「聴覚障害教育の手引~言語に関する指導の充実を目指して~」では、日本語の言語指導の重要性を論じつつ、聴覚特別支援学校在籍者の重度化、重複化、多様化を踏まえて、個々の教育的ニーズに応じて多様なコミュニケーション手段を適切に活用する必要があるとしている[1]。第1章第4節【聴覚障害児とのコミュニケーションにおける多様な方法の機能と特徴】では、「聴覚障害児のコミュニケーションにおいては、以下に述べる様々な方法の特徴を理解した上で、児童生徒の実態やコミュニケーション場面、そこで求められる課題や内容に応じて、適切なコミュニケーション方法を選択し、使用することが重要である。」と述べている。様々な方法には、聴覚活用、読話、発音・発語、キューサイン、文字、指文字、手話が挙げられている。また同節では手話の特徴について解説する項目が設けられ、「独自の文法を持った手話と日本語の語順に合わせた手話は明らかに異なり、区別することができる」と述べた上で、「学校教育において手話の活用を考える場合、幼児児童生徒の障害の状態や特性及び心身の発達の程度や段階等を十分に考慮して教育の目標が達成されるようにしなければならない。」としている。また、同書で「独自の文法と語彙を有した手話を「日本手話」、日本語の語順に配列して表現する手話を「日本語対応手話」」と定義しているため、本論文でも同様に定義し、区別することにする。また、同書の第2節【聴覚障害児に対する言語指導上の配慮】では「日本語へのアクセスを容易にする手話」、「意味を効率的に伝える手話」という記述があるように、それぞれの手話について、担う教育的な役割が異なることを示唆している。  現在の聴覚特別支援学校では、手話を使用している学校の割合が増加しており、2017年の時点でほとんどの学校(高校、専攻科以外の学校種別)で手話が使用されている[2]。手話の内訳として、「音声と手話の併用」が約5割と最も多く、次いで「聴覚口話法が基本で手話は補助的に使用する」が約3割である。また、手話を使用している学校における手話導入のメリットとして、手話を導入してまだ日が浅い学校からの回答が多い平成14年の調査結果では、「コミュニケーションの円滑化」が圧倒的に多く挙げられ、その他もコミュニケーションの改善から派生したものが多いとのことであった[2]。手話を導入して5年以上経過した学校からの回答が多く含まれている平成19年の調査結果では、「コミュニケーション相手の広がり(聴力や年齢に依存しなくなった)」「コミュニケーション内容の高度化」が在籍児側から挙げられ、教師側からは「授業の円滑化(在籍児が言葉のイメージを理解しやすくなったことや、在籍児の理解度合を把握しやすくなったことによる)」「在籍児の障害認識や自己肯定感につながる」などが挙げられた[2]。  このように手話が聴覚特別支援学校の⼀般的なコミュニケーション方法としての立場を確固たるものにしている一方で、「音声と手話の併用」「聴覚口話法が基本で手話は補助的に使用する」が大半を占めていることから、聴覚特別支援学校で多く用いられているのは日本語対応手話であるということが推察される。日本手話は前述の通り、日本語とは異なる独自の文法を有することから、日本語の音声と同時に表出するのは困難なためである。どちらの手話表現を用いるかどうかの判断は教員に委ねられ、多くの教員が日本語対応手話を用いている中で、雁丸と鄭は手話の活用に関する研究について、学部が上がるにつれて少なくなること、国語科以外の教科に関するものが少ないことを指摘し、「中学部以降のより多くの教科における手話の活用による効果や課題についての研究の蓄積の必要性が示唆された」[3]と述べている。  下森は数学授業における、学習言語の使用に耐えうる手話表現の検討を目的とした研究を行った[4]。具体的には、「実際のろう教員が用いている手話表現、日本手話、図的・空間的な手話表現」を組み合わせた、視覚情報優位的手話表現と、「「学校の手話」記載の手話表現、日本語対応手話、指文字、日本語の口形」を組み合わせた日本語優位的手話表現の2種類の手話表現に関して、それぞれ生徒の理解にどのような効果をもたらすか明らかにした。その方法として、数学に関する文章について2種類の手話表現を用いて下森が説明する動画をそれぞれ作成し、それを現役の大学生である対象者数人に視聴してもらい、試験とインタビューを通して理解の度合いの評価を行った。実験1では、「回転体」について説明する動画をもとに実験を行った結果、対象者8人全員が日本語対応手話使用者であるのにも関わらず、視覚情報優位的手話表現の方がより理解度合いが高い傾向にあった。これは視覚情報優位的手話の利点が活かしやすい「回転体」という単元を採用したためと考えられる。実験2では、対象者12人(うち日本語対応手話話者9人、中間手話話者7人、日本手話話者2人、重複あり)に対して「集合と要素」について説明する動画をもとに実験を行い、動画の内容について問う試験を追加し、対象者の理解度合いを測った結果、日本語優位的手話の方がより正答率が高い傾向にあった。これは実験1とは異なり、実験2では説明の中で用いる数学的用語に対してのみ「図的・空間的な手話表現」を適応し、その他の説明では日本手話を用いたため、日本手話に慣れていないほとんどの対象者は日本語優位的手話表現の方が理解しやすかったためと考えられる。また、対象者の中に読み取れた日本語によって既習の内容と結びつける姿勢が見られたため、実験3では未習の内容である「実数の稠密性」について説明する動画をもとに実験を行った。さらに、視覚情報優位的手話表現を用語レベルではなく文章レベルで適用した。その結果、対象者8人(日本語対応手話6人、中間手話話者3人、日本手話話者2人、重複あり)について、理解度合いも正答率も視覚情報優位的手話表現の方が高い傾向にあった。さらに、日本手話に慣れていない者や、日本語を重視するという者でも、初見であるのにも関わらず、最終的にほとんどの者が視覚情報優位的手話表現の意味を正しく理解することができたという結果が出た。このような結果から、「児童生徒の特性に合わせて話す速度や日本語の必要性などについて考慮する必要はあるものの、図的・空間的手話表現においては、空間図形のような有形の数学的事象だけでなく、抽象的な数学的事象のイメージも伝わりやすい。(略)算数・数学の学習においては、図的・空間的な表現が生活言語として日本手話を習得していない者も含め、算数・数学の学習をする上で、学習言語として効果であるという可能性があると言えよう」[4]と結論づけた。加えて「算数・数学の授業で図的・空間的な手話表現を効果的に用いるためには数学の教科用語に注目するのではなく、文章レベルで数学的事象の意味を捉え、図的・空間的な手話表現を対応させなければいけない」としている。しかし、下森の研究の課題点として、実験の対象者数が少ないこと、用いられた図的・空間的手話表現の一部は授業経験を十分に積んでいない筆者の手話表現であり、十分に検討を重ねたものではないことが挙げられる。またその一部を抜きにしても、用いられた図的・空間的手話表現の大半は1人の教員の手話表現を参考にしたものであり、同単元でより多くの教員の手話表現の収集を行っていないことが挙げられる。  以上のことを踏まえて本研究では、聴覚特別支援学校の一般的なコミュニケーション手段となりつつあるにも関わらず、未だ中学部以降の研究が数少ない手話について、手話が有する図的・空間的な特性が数学授業において有用ではないかという視点から、聴覚特別支援学校中学部数学科に焦点を当て、授業の中で手話の活用がどのような形で行われているかを明らかにし、その手話がどのような知見を持って活用されているかを言語学的な視点で分析し、まとめる。中学部に焦点を当てる理由は前述したように雁丸、鄭が中学部以降のより多くの教科における手話の活用による効果や課題についての研究の蓄積の必要性を述べていることに加え、高校数学は中学数学を発展させたものであるため、基礎となる中学数学から研究を始めた方が良いという筆者の判断によるものである。 1.2 本研究の目的と方法  本研究では、現在の聴覚障害教育において中学部の数学授業で用いられる手話の実態、また聴覚障害者教員の母語である手話を用いてどのように数学的な概念を表現しているかを明らかにするという目的のもと、次のように研究を進めることとする。 (1) 全国の聴覚特別支援学校の中学部数学科の聴者教員、聴覚障害者教員を対象にGoogleフォームを⽤いて質問紙調査を実施し、教員が使用する数学概念を伝える手話表現の実態や課題を把握する。 (2) 関東地方の聴覚特別支援学校中学部数学科の聴者教員3人、聴覚障害者教員4人を対象に面接調査を実施し、(1)の質問紙調査の結果について、考察する助けを得る。 (3) 模擬授業を(2)の面接調査と同対象・同時期に実施し、教員が使用する数学概念を伝える手話表現の具体的な例を得る。  (1)について、全国の聴覚特別支援学校中学部数学科の教員全員を対象とした調査であるため、全数調査に該当する。全数調査により聴覚特別支援学校中学部数学科教員の傾向について正確な結果が得られる利点を有する反面、膨大な手間がかかるという不利点がある。(2)(3)は関東地方の聴覚特別支援学校中学部数学科教員の中から抽出した7人を対象とした調査であるため、標本調査に該当する。標本調査により標本誤差が生じる恐れ、また標本の傾向を全数の傾向として捉えることができないという不利点を有する反面で、より仔細に標本について調査することが可能になる。 1.3 本論文の構成  本論文は第1章「序論」、第2章「質問紙調査」、第3章「個別調査」、第4章「まとめ」、構成する。第1章では本研究の背景と目的について述べ、第2章・第3章では実施した質問紙調査と面接調査と模擬授業の概要を示し、結果と考察を述べる。第4章では、総合考察と本研究の限界を述べる。本論文の構成を次項に示す。 図1.3-1本論文の構成 【第2章 質問紙調査】 2.1 質問紙調査の目的  特別支援学校中学部数学科においてGoogleフォームによる質問紙調査を通して、教員が使用する数学概念を伝える手話表現の実態や課題の把握を目的とする。  質問項目については2章3節で後述するが、設問5)~8)の「手話表現が容易あるいは困難だと思う単元1」について、質問紙調査実施前に次の仮説を立てた。なおこの時は聴覚障害による差異について考慮に入れていなかったため、聴覚障害の有無に関わらず回答者全員に対する仮説である。 仮説:単元「数と式」と単元「図形」では手話表現が容易と考える教員が多く、単元「関数」と単元「データの活用」では手話表現が困難と考える教員が多い。  単元「数と式」は正の数・負の数、文字を用いた式、平方根、因数分解など、記号や数の操作や計算問題が中心である。また単元「図形」では平面図形や立体図形など図を操作する内容が中心である。記号や数、図の操作という特性から、空間を立体的に活用できる手話は表現が容易と考える教員が多いのではないかと考えた。また、単元「関数」や単元「データの活用」では、「xの値が決まると、yの値もただ一つ決まる」や、「同時に確からしい」など日常生活ではあまり用いられない数学的な言い回しが多く、それらを手話に訳するために高度な手話言語能力が必要になることが予想されることから、手話表現が困難と感じる教員が多いのではないかと考えたため、このような仮説を立てた。 2.2 質問紙調査の方法  Googleフォームで作成した質問紙のURLを記載した依頼状を全国の聴覚特別支援学校に郵送し、中学部数学科を担当する教員からの回答を依頼した。実施期間は2021年12月末~2022年2月中旬である。なお、そのうち手話による教育を行っていないため、日本聾話学校は除外している。  紙媒体の質問紙ではなくGoogleフォームを採用した理由として、印刷や集計の手間がかからないこと、得られた回答のデータをExcelに入れるのが容易なこと、個人情報が守られることが挙げられる。個人情報が守られるという点については、学校名が印刷された封筒から回答がどの学校からのものか把握できること、封筒内の回答の数から同校に在籍している教員の人数が把握できることなど、人為的なミスによる個人情報の漏れがGoogleフォームでは起きる恐れがないことである。その反面、Googleフォームで得られたデータは手書きではなくフォントのデータのため、改竄するのが容易であるというデメリットがある。  得られた回答について、設問に応じて単純集計、アフターコーディング、カイ二乗検定を使った分析を行い、その結果を考察した。  なお、本調査は国立大学法人筑波技術大学研究倫理委員会の承認を得たものである(承認番号2021-24)。 1 本論文では「数と式」「図形」「関数」「データの活用」という中学数学の分類に対し、「単元」という書き方をしているが、学習指導要領より正しくは「領域」である。質問紙調査の中で「単元」という書き方を採用したため、本論文で修正は行わない。 2.3 質問紙調査の質問項目  Googleフォームの設問は計19問あり、3つのセクションに大別される。 I. 回答者について II. 中学部の数学の単元における手話表現について III. 中学部の数学の授業における手話表現の意識・工夫や課題について  セクションⅠでは回答者の属性を把握するための質問項目で構成した。セクションⅡでは、教員が授業で用いる手話表現の種類や困難さが単元によって左右されるかどうかを把握するための質問項目で構成した。セクションⅢでは、教員が授業で用いる手話表現の学習方法、また自身の手話表現について何らかの意識や工夫をしているかどうか、またしている場合はどのようなものがあるか、さらに一般的に教員が手話表現を身につけるにあたってどのような課題があるか把握するための質問項目で構成した。設問に応じて選択肢方式(単一及び複数回答)と自由記述方式により回答を求めた。設問をまとめたものを図2.3-1に示す。実際のGoogleフォーム上の質問紙は巻末資料の資料1にて記載している。  また1章1節でも述べたように質問紙調査では手話を「日本手話」と「日本語対応手話」に区別して書くこととする。手指で言語を表出するという面では同じだが、日本手話は伝統的手話とも呼ばれるように、聴覚障害者のコミュニティ内で発展した言語であり、日本語とは異なる文法、語彙を持つ。一方で、日本語対応手話は日本語の語順に沿って対応する手話単語を表出するものであり、この二つは根本的に違うものであるため、質問紙調査の質問項目だけではなく本論文では通して区別して書く。  セクションⅡの質問9)の選択肢③について、「単元に関わる図やグラフ等の視覚情報(形状・配置等)に関してはその形状や配置等を手指の手型や動きで表現している」とある。これはCL述語2を意味している。対象者によっては自身の手話表現をCL述語と認識しないまま用いている者もいることを想定し、このような言い換えを行った。加えて、CL述語は「日本手話」の文法の一つであり、本来は「日本手話」と区別することはないが、日本語対応手話を使う教員の中にCL述語を用いている者がいることも想定し、今回は「日本手話」「日本語対応手話」と同様に、独立した選択肢として設けた。なお本論文では以降「視覚情報を手指で表現」と表記することにする。 2 本論文のP46を参照 図2.3-1質問紙調査の質問(黒字は設問、灰色字は選択肢) 2.4 質問紙調査の結果  76名の教員より回答が得られた。回収率については母数である「聴覚特別支援学校中学部数学科を担当する教師」の数についてデータが示されていないため不明である。筆者調べによると中学部のある聴覚特別支援学校は全国に89校所在しているため、中学部に1名ずつ数学科教員が在籍しているとすると、85%の回収率、2名在籍しているとすると43%の回収率となる。加えてセクションⅠでは回答者の氏名や年齢、性別、学校名、勤務先などの特定につながる個人情報については回答を得ていないため、それらについても不明である。また当初は聴覚障害の有無で区別しない方針であったが、分析を進める中で、聴覚障害の有無による回答の差異があることが明らかになったため、以降、データを聴者教員と聴覚障害者教員の両者について比較しながら分析を進めることにする。 Ⅰ.回答者の属性  設問1)の結果より、回答者76名の内訳は聴者63名、聴覚障害者13名である。ただし、コーダ1名、片耳のみ難聴が1名である。本研究の目的を鑑みるとネイティブレベルの手話言語能力を持つ者と手話学習者に分けて分析を行うのが望ましいと思われるが、本研究では手話言語能力を測ることは行っていないため、便宜上、聴覚障害の有無で分けられた班で分析を行う。従ってコーダの回答者は聴者、片耳難聴の回答者は聴覚障害者として扱うものとする。ただし後の設問よりコーダの回答者について手話言語能力は不明であるものの日本手話を習得しており、片耳のみ難聴の回答者は手話学習中であることが示されている。  設問2)~4)の回答者の一般校・聴覚特別支援学校の勤務歴や日本手話の学習経験の有無については図2.4-1,図2.4-2,図2.4-3のような結果となった。 図2.4-1一般校の勤務歴(人) 図2.4-2聴覚特別支援学校の勤務歴(人)  一般校の勤務歴については両者ともに「なし」が最も多かったが、少なくとも一般校の経験を有している聴者は43人(68%)、聴覚障害者では7人(54%)と、両者ともに半数以上が一般校の勤務歴を有しているということが明らかになった。聴覚特別支援学校の勤務歴については7年目未満が聴者では57%、聴覚障害者では54%と、半数以上が7年目未満であることが明らかになった。 図2.4-3日本手話について学習経験の有無(人)  日本手話の学習経験の有無については聴者の方が「いいえ」の割合が多く、聴覚障害者教員は「はい」の割合が大きい結果となった。 Ⅱ.中学部の数学の単元における手話表現について  設問5)~8)の手話表現が容易あるいは困難だと思う単元について、図2.4-4,2.4-5の結果を得た。 図2.4-4聴者教員の手話表現が容易あるいは困難な単元(%) 図2.4-5聴覚障害者教員教員の手話表現が容易あるいは困難な単元(%)  聴者教員の結果を見ると、全学年の単元「数の式」については「容易」の割合の法が大きく、第1学年では、「容易」の割合が71%、第2・3学年では67%に減少している。その一方で全学年の単元「図形」「関数」「データの活用」では、「困難」の割合の方が「容易」より大きい。「図形」について、「困難」の割合は学年が上がるごとに58%、64%、73%と増加している。「関数」についても61%、60%、70%と増加傾向にある。「データの活用」では特に「困難」の割合が大きく、90%以上が「困難」と回答している。学年が上がるにつれ、90%、93%、97%と増加している。  聴覚障害者の結果を見ると、全学年のほとんどの単元で「容易」の割合が50%を超えている。ただし第3学年の単元「図形」「関数」のみ約40%となっている。単元「数の式」については、「容易」の割合が73%、80%、64%である。単元「図形」については、58%、64%、40%である。単元「関数」については、67%、67%、42%である。単元「データの活用」については、71%、83%、71%である。  また図2.4-4、図2.4-5について聴覚障害の有無は手話表現の難易度の判断に関連があるかどうかを調べるために、表2.4-1のようなクロス表を作成し、カイ二乗検定を行った。  その結果、全学年の単元「データの活用」において聴覚障害の有無は手話表現の難易度の判断に関連がある(第1学年:x²(1)= 12.638, p***<.01、第2学年:x²(1)= 18.154,p***<.01、第3学年:x²(1)= 19.978*, p***<.01)ということが明らかにされた。 表2.4-1聴覚障害の有無と手話表現の難易度の判断のクロス表(括弧内は期待値)  単元を容易あるいは困難と回答した理由についても回答を求めたが、どの単元について記述しているか不明な回答が多く、一つの単元について理由を述べた回答のみにアフターコーディングを⾏ったところ、表2.4-2のようにまとめられた。 表2.4-2手話表現が容易あるいは困難な単元についてその回答理由  設問9)~12)の単元ごとの内容を説明するときの方法について回答を求めたところ図2.4-6,図2.4-7の結果を得た。  なお、「板書や資料などの視覚情報」「その単元の授業の経験がない」「自分の手話表現が選択肢のどれに該当するかわからない」「手話は用いない」「要点のみ手話を用いる」という回答については手話表現に限定して分析を進める本研究の目的から外れるため、結果に含めないものとした。 図2.4-6聴者教員の単元ごとの内容を説明するときの方法(%) 図2.4-7聴覚障害者教員の単元ごとの内容を説明するときの方法(%)  聴者教員の結果では、全単元で「日本語対応手話」の割合が最も大きく、次いで「視覚情報を手指で表現」が大きい。聴覚障害者教員では、「視覚情報を手指で表現」の割合が最も大きい。その他の方法の割合についてはいずれも同じような割合であった。  図2.4-6、図2.4-7について、聴者教員は「日本語対応手話」を用い、聴覚障害者教員は「視覚情報を手指で表現」を用いる傾向にあることから、それぞれが両者における数学授業で内容を説明するときの主要な方法であると推定し、障害の有無と「日本語対応手話」また「視覚情報を手指で表現」どちらを用いるかの判断が独立であるかどうか、表2.4-3のようなクロス表を作成し、カイ二乗検定を行った。その結果、単元「数と式」「データの活用」では有意傾向が示され(数と式:x²(1)= 3.714, p*<.1、データの活⽤:x²(1)=2.968, p*<.1)、単元「図形」、単元「関数」では、帰無仮説が棄却され(図形:x²(1)=4.052, p**<.05、関数:x²(1)= 5.719, p**<.05)、聴覚障害の有無は「日本語対応手話」また「視覚情報を手指で表現」どちらを用いるかの判断に関連があるということが明らかにされた。 表2.4-3障害の有無と「日本語対応手話」「視覚情報を手指で表現」の使用のクロス表  また、図2.4-6,図2.4-7と図2.4-2についてクロス集計を行った結果を図2.4-8,図2.4-9に示す。 図2.4-8聴者教員の聴覚特別支援学校勤務歴と数学授業で用いる主要手話表現(%) 図2.4-9聴覚障害者教員の聴覚特別支援学校勤務歴と数学授業で用いる主要手話表現(%)  聴者にそれぞれの手話表現の割合に聴覚特別支援学校の勤務歴の長さによる変化は見られなかったが、聴覚障害者の場合は1年目以上から勤務歴が長くなるにつれ、「視覚を手指で表現」の割合が大きくなっていることが分かる。  また図2.4-6,図2.4-7と図2.4-3の日本手話学習の経験の有無についてクロス集計を行った結果を図2.4-10,図2.4-11に示す。 図2.4-10聴者教員の日本手話学習経験の有無と数学授業で用いる主要手話表現(%) 図2.4-11聴覚障害者教員の日本手話学習経験の有無と数学授業で用いる主要手話表現(%)  聴者では、日本手話の学習経験がありの場合は「視覚情報を手指で表現」を用いる割合が47%で、なしと比べると5%上がっている。聴覚障害者の場合は67%で、なしと比べると5%下がっている。  設問13)の手話表現で説明しにくいと感じる数学的な事象・概念について、得られた回答にアフターコーディングを施した。具体的には表2.4-4のように単元全般に該当するものと、単元別に該当するものをカテゴライズし、さらに内容別ごとにカテゴライズした。 表2.4-4手話表現で説明しにくい数学的な事象・概念  単元別また内容別にまとめた結果を図2.4-12に示す。 図2.4-12手話表現で説明しにくい数学的な事象・概念のグラフ(人)  「単元全般」では「言語面の課題」が最も多く挙げられた。各単元の課題について、聴者教員は全単元に渡り幅広い課題を挙げたが、聴覚障害者教員からの単元「数と式」「データの活⽤」についての課題は得られなかった。 Ⅲ.中学部の数学の授業における手話表現の意識・工夫や課題について  設問14)の中学部数学の授業で用いる手話表現の学習方法について、図2.4-13の結果を得た。 図2.4-13数学の授業で用いる手話表現の学習方法(人)  数学の授業で用いる手話表現の学習方法としては「教材・本・動画」が最も多く、次いで「同学校の教員」、「学校内研修」が挙げられた。これは聴者教員、聴覚障害者教員と共に同様の順位となった。  設問14)の手話表現の学習方法のうち教材については、「ろう教育の明日を考える連絡協議会」が発行している本を使用している聴者が9人、聴覚障害者が1人という結果を得た。なお、「指導書」、「自作」、「図」、「ICT」という回答については授業で使用する教材と混同している可能性があるため、回答に含めないものとした。  設問14)の手話表現の学習方法のうち「なし」と回答した理由について、「生徒と考えるから」と回答した者が聴者教員、聴覚障害者と共に1人ずつ、「手話を使わないから」と回答した者が聴者教員4人であった。  設問17),18)の数学的な手話表現について意識や工夫の有無、またその具体的な意識と工夫について、図2.4-14,図2.4-15の結果を得た。 図2.4-14数学的な手話表現について意識や工夫の有無 図2.4-15数学的な手話表現の具体的な意識や工夫  聴者教員、聴覚障害者教員とともに「意識や工夫をしている」「どちらかといえば意識や工夫をしている」の合計が50%を超えた。具体的に聴者教員は約55%、聴覚障害者教員は約75%であった。聴者教員で最も多い回答は「手話表現について共通認識を持たせる」、聴覚障害者教員は「視覚的イメージのために手話を活用している」であった。  設問19)教員が数学的な手話表現を身につける上での課題について、図2.4-16の結果を得た。 図2.4-16教員が数学授業で用いる手話表現を身につける上での課題(人)  聴者教員は「手話を収録した教材が少ない、網羅的でない」、「手話学習のための時間がない」「手話に精通している教員が少ない」「教員のモチベーション」「大学の教員養成を含む手話研修が十分でない」の順に多く課題を挙げた。聴覚障害者教員についてもそれぞれほぼ同割合ではあるものの、同様の課題を挙げた。 2.5質問紙調査の考察  当初、筆者が立てた「「数と式」と単元「図形」では手話表現が容易と考える教員が多く、単元「関数」と単元「データの活用」では手話表現が困難と考える教員が多い。」という仮説に反して図2.4-4、図2.4-5より、聴覚障害者教員の半数以上はほとんどの単元で手話表現を容易と考えていることが明らかになった。その一方で、聴者教員の半数以上は単元「数と式」以外の単元について、手話表現が困難と考えていることが明らかになった。特に全学年の単元「データの活用」の手話表現において、聴覚障害者教員の75%は容易と考え,一方で聴者教員の93%は手話表現が困難と考える傾向にあることが示された。その回答理由について表2.4-1より「語句が多く、またそれらは日常生活に馴染みのないものであるため、手話表現が難しい」という聴者9人からの回答があったことから、聴覚障害者教員は聴者教員に比べて手話の言語経験が豊富であるために、日常生活で用いないような語句でも困難を感じることなく手話で教授できることが予想される。  図2.4-6、図2.4-7より、数学授業で説明する際に用いる手話表現について、聴者教員は「日本語対応手話」を用い、聴覚障害者教員は「視覚情報を手指で表現」を用いる傾向にあることが示された。これも聴覚障害者教員は手話の言語経験が豊富であるために、「視覚情報を手指で表現」することに長けており、かつそのメリットを意識的あるいは無意識的に理解していることが考えられる。また、図2.4-8、図2.4-9より、聴者教員は勤務歴が長くなるにつれ、「視覚情報を手指で表現」を使用する者の割合が42%、45%、44%、35%、45%と多少の変動はあるものの、ほとんど変わらないことが示された一方で、聴覚障害者教員は86%、50%、60%、80%、100%と、1年目以上からは勤務歴が長くなるにつれ、「視覚情報を手指で表現」する者の割合が大きくなっていることがわかる。聴覚障害者教員は手話の言語経験を持ち合わせている上、数学授業の経験を重ねるごとに「視覚情報を手指で表現」の有用性を理解し、積極的に使用しているということが示唆された。  図2.4-10、図2.4-11より、聴覚障害者教員は日本手話の学習経験があるとやや「視覚情報を手指で表現」の使用率が上がるが、聴者教員では逆にやや減っている。日本手話の学習経験の有無によって大きく「視覚情報を手指で表現」の使用率が変わることはないようである。  表2.4-2、図2.4-12より、聴覚障害の有無に関わらず単元「図形」と単元「関数」が手話表現で説明しにくい数学的な事象・概念として多く挙げられていることがわかる。ここでも単元「データの活用」について言及する聴覚障害者教員はいなかった。  図2.4-13より数学の授業で使用する手話表現の学習方法は聴者教員、聴覚障害者教員と共に大差のない結果となった。最も多い3つの方法は「教材・本・動画」、「同学校の教員に教えてもらうまたは相談する」、「学校内研修」であり、順位も同じであった。  図2.4-14より、聴者教員、聴覚障害者教員と共に、半数以上が数学の授業で使用する手話表現について「少なくとも意識や工夫をしている」と回答した。また図2.4-15より、具体的な意識・工夫について、聴者教員は「手話表現について共通認識を持たせる」、聴覚障害者教員は「視覚的イメージのために手話を活用している」を最も多く挙げている。このことから、聴者教員は数学的な概念や事象を正確に伝えることに重点を置き、聴覚障害者教員は視覚的イメージを伝えることに重点を置いており、数学の授業で用いる手話表現に対する捉え方が異なることが示唆された。  図2.4-16より、教員が数学の授業で使用する手話表現を身につける上での課題について、聴覚障害の有無に関わらず「手話を収録した教材が少ない、網羅的でない」が最も多く挙がった。その他には「手話学習のための時間がない」「手話に精通している教員が少ない」「教員のモチベーション」「大学の教員養成を含む手話研修が十分でない」などが挙がった。「教員のモチベーション」「手話学習のための時間がない」の教員または教育現場の制度に起因する以外のものについては、本論文の背景で前述したように教科手話について研究が十分に蓄積されていないことによる課題が教育現場で生じていることが窺える。  以上のことをまとめると、手話表現が困難な概念と事象、数学的な手話表現の学習方法、意識や工夫の有無、数学的な手話表現を身につける上での課題については概ね聴覚障害の有無に関わらず同じような回答が得られたが、聴者教員と聴覚障害者教員の回答に次のような差異が見られた。  単元「データの活用」の手話表現について聴覚障害者教員は容易と考え、聴者教員は困難と考える傾向にある。  数学授業で用いる手話表現について両者で学習方法が似通っているのにも関わらず、聴覚障害者教員は「視覚情報を手指で表現」し、聴者教員は「日本語対応手話」を用いる傾向にある。  数学授業で用いる手話表現について、聴覚障害者教員は「視覚的イメージ」のために手話を活用し、聴者教員は「共通認識を持たせる」ことを意識する傾向にある。  これらの差異に対し、筆者は次のような考察を導いた。 【1】聴覚障害者教員は手話の言語経験が豊富であるため「視覚情報を手指で表現」することに長けており、その有用性を意識的あるいは無意識的に理解している。 【2】考察【1】より聴覚障害者教員は単元「データの活用」で日常生活に馴染みのない語句でも困難を感じることがない。 【3】聴者教員は手話表現によって数学的な概念や事象を正確に伝えることに重点を置き、聴覚障害者教員は手話表現によって視覚的イメージを伝えることに重点を置いており、数学の授業で用いる手話表現に対する捉え方が異なる。  この考察についての根拠を得るため、「視覚情報を手指で表現」することについてより仔細な調査の必要性が生じた。具体的には、聴覚障害者教員が感じている「視覚情報を手指で表現」することの有用性、それが単元「データの活用」における手話表現をどのように容易にしているかについて調査を進める必要がある。 【第3章 個別調査】 3.1 個別調査の対象  個別調査では、第2章の考察の最後で述べたように、「視覚情報を手指で表現」することについてより仔細な調査を行うため、関東地方の聴覚特別支援学校中学部数学科の聴者教員3人、聴覚障害者教員4人を対象に2022年10月上旬から11月下旬の期間で面接調査と模擬授業を実施した。対象に関東地方を採用した理由は筆者の住まいが茨城県であり、対面・オンラインどちらの形式でも対応できるように、筆者が赴くことのできる範囲から対象校を選んだ。関東地方の中学部がある聴覚特別支援学校は16校、そのうち打診した学校は9校、実際に調査を快諾して頂いた学校は7校である。個人情報保護の観点から対象の名前は伏せる。個人識別のため、聴者教員3人をそれぞれH1、H2、H3とし、聴覚障害者教員4人それぞれをD1、D2、D3、D4として結果を記述する。HとDはHearing(聴者)、Deaf(聴覚障害者)のそれぞれの頭文字である。  それぞれの目的、方法、結果、考察については本章の2節、3節で述べる。 3.2 個別調査の方法  この個別調査は国立大学法人筑波技術大学研究倫理委員会の承認を得たものである(承認番号 2022-15)。本調査は対面ではなくオンライン会議サービスのZoomにて行った。場所を選ばず、カメラなどのセッティングをせずともZoomの機能であるレコーディング機能を用いて録画・録音ができるというメリットから、対面ではなくZoomを用いることにした。しかしZoomは通信状態が悪い場合、画面に乱れが生じることがデメリットである。そのような事態が起こった場合、通信状態がより良い場所に変更することや、日時を再調整することも考慮に入れていたが、幸い今回はそのような問題は起こらなかった。個別調査の流れを下記に示す。 ① 筆者が行った質問紙調査について簡単な説明動画(4分39秒)を視聴 ② 面接調査 ③ 模擬授業  ①については前述の質問紙調査の結果を踏まえた質問があるため、面接前に質問紙調査の結果について筆者が日本手話と日本語字幕で内容を説明した4分39秒ほどの動画をZoomの機能である画面共有を用いてご視聴いただいた。面接調査ごとに直接話す方法ではなく動画にした理由は説明の回数を重ねるごとに内容が変化するのを防ぐためである。 動画の内容を下記に示す。  ②面接調査、③模擬授業のそれぞれの方法については本章の3節、4節で述べる。 3.3 面接調査 3.3.1面接調査の目的  第2章で述べた質問紙調査で聴者と聴覚障害者で結果に差異が生じたことについて、考察する助けを得ることを第一の目的とする。また「日本語対応手話」「日本手話」「視覚情報を手指で表現」の手話表現についてどれを使用しているか、その使用理由、教授スタイルに教師自身の学習スタイルが影響を及ぼしているかどうかなど、質問紙調査だけでは明らかにできなかった数学授業で使用する手話表現の実態についても確認する。教授スタイルと学習スタイルの設問については、2章の面接調査で明らかになった、聴覚障害者教員は「視覚的イメージ」のために手話を活用し、聴者教員は「共通認識を持たせる」ことを意識する傾向について理由を考察することが狙いである。 3.3.2 面接調査の方法  面接調査の形式は半構造化であり、あらかじめ6つの質問項目を準備した。質問項目は図3.3.2-1の通りである。なお、これは事前に対象者へ送付したものと同じである。質問①は対象者が数学授業で用いる手話表現の種類を確認するもの、質問②は対象者が数学授業で用いる手話表現について使用理由やメリットを確認し、面接調査で得られた聴覚障害者教員と聴者教員の用いる手話表現に差異が出た理由を考察するためのものである。質問③は対象者の主観を通してではあるが、生徒にとっても対象者の用いる手話表現は理解しやすいものかどうかを確認するものである。質問④も対象者の主観を通して、単元「データの活用」で聴覚障害者教員と聴者教員の間に手話表現の容易さに差異が出た理由について考察する助けを得るものである。質問⑤は、対象者の学習スタイルが教授スタイルに影響を及ぼしているかどうかを確認するものである。 図3.3.2-1面接調査の設問  面接の結果についてはZoomの機能でレコーディングを行い、動画データから対象者と筆者の発言を文字に起こしたデータを元に各質問の回答についてまとめたのちに考察とする。 3.3.3 面接調査の結果 【結果A:質問①②】 質問①:あなたが数学授業の際に使用する手話表現で最も適当なものはいずれですか。 質問②:質問①で選んだ選択肢について、その理由を教えてください。  質問①の回答について対象者ごとにまとめたものを表3.3.3-1に示す。 表3.3.3-1質問紙調査の対象者(聴者教員)が数学授業で使用する手話表現 表3.3.3-2質問紙調査の対象者(聴覚障害者教員)が数学授業で使用する手話表現  質問②の回答について対象者ごとにまとめたものを下記に示す。以降、他の質問についても同様の方法で示す。なお各発言の最後に付く、括弧内のLから始まる番号については本論文の巻末資料に記載する文字起こしのデータ(資料2~8)の行番号を指す。各発言に筆者による修正や補足は入れておらず、日本手話による発言は相当の日本語の文章に翻訳しているが、発言中の括弧内や下線は筆者による補足であることに留意されたい。 H1:日本語対応手話 自分が手話を始めたのが、この学校に来てから勉強を始めました。今年6年目になっていまして、手話の経験もまだまだ足りなくて6年間しか使ったことがない状態です。学校でやるようになってから手話を覚えたので、まだまだ日本手話は難しいと感じていて、対応手話を使っています。(L17-20) H2:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 実は、手話をわかるという生徒は少ないです。小学部までサインという、あいうえお、という形で進めていますので、手話がわからないという生徒が多くいます。ただ、他の学校からくるという子もいるので、私は1番の日本語対応手話と、後は3番目の視覚情報、ジェスチャーに使い形で表現をしています。(L6-9) 基本的には聴覚口話法を使って表現をしますが、やはり口話だけでは伝わらない時があるので、手話、あるいは指文字を使って確実に伝えるようにしています。(L16,17) H3:日本語対応手話 声で喋る生徒が多いことと、私が日本手話より日本語対応手話の方が慣れているので、使っています。(L13,14) D1:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 私の学校では、デフファミリーがいないことと、聴力が軽い生徒が多いこと、手帳を持っていない生徒もいること、これを踏まえると、やはり対応手話が多いかなという感じ。ただ、そこに視覚情報も含めています。以前、デフファミリーがいたときには日本手話を使っていましたが、最近はないというか少ないです。中間手話を含めた対応手話という感じ。(L3-6) D2:日本手話・視覚情報を手指で表現 子どもたちのほとんどが日本手話を理解できるので出来るだけ日本手話でやるんですが、私の場合は表現に行き詰まることもあって、そのときは板書をしたり、あるいは理解できた生徒にお願いして日本手話で表現してもらうこともあります。(L24-27) 日本手話は視覚言語だから、含まれてると思うんです。そこは分けられない。だから、CLを使って表現しているんだと思う。(L44,45) やっぱり、子どもたちが理解しやすいのは視覚言語である日本手話なので、日本手話で教えた方がスムーズです。(L68,69) D3:視覚情報を手指で表現 手話といえば視覚的な言語ですよね。その強みを最大限表現できるかなと思っています。例えば聞こえる先生と聞こえない先生を比べた時に、聞こえない先生の強みになるといいと思ってその表現を使っていることと、もう一つは、数学の中で色々な名前が出ますよね。例えば何かの方法の名前とか、色々ありますが、名前だけを覚えてもそれが何かは結局頭に残りません。なので、いつも手話で表現することで動きも合わせて覚えることに繋がるかなと思っています。(L11-16) D4:日本手話・日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 たとえば日本語の難しい表現では、最初に言葉の意味を説明するために対応手話を使うことが多いです。文章の通りに理解するために、まず対応手話で表してから、その後に日本手話などを使って分かりやすく説明するという流れです。たとえば今回もらった資料の、データの分析の箱ひげ図とか、確率とか、特に計算が少ないところは対応手話が多いと思います。逆に、計算と、方程式、移項の場合は日本手話を使うことが多いです。関数の場合はグラフがあるので、まずそれを見てから、そのままの形を表現するので、対応手話の使用は少ないです。(L12-18) 視覚情報というのは、教科書に載っている図をそのまま表すときに使うことが多いです。形を手で表して、それに対する説明を日本手話でプラスするという形です。最初に形を表して、それについて日本手話で説明をします。(L32-34) 【結果B:質問③】 質問③:あなたが数学授業の際に私用する手話表現について、生徒はどのように理解していると思われますか。 H1:日本語対応手話 現在いる多くの生徒は、結構聞こえが良い生徒が多くて、日常の生活の中でも手話を使わない生徒が多い状態です。本当にここ最近は、声だけでコミュニケーションをとる生徒も増えてきています。手話の表現を生徒が理解しているかどうかというのは、本当に怪しいなと思っていて、手話ができない生徒もいて、音声だけで情報を取っている生徒の方が、どちらかと言うと多いかなと思います。手話の表現力の問題もあるかもしれないんですけど、あんまり手話で表現しても分かっていないかなというのが、自分の中では思っていることです。(L26-32) H2:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 多分私が話していることは、口話あるいは手話を使うことで、子供達は、言っていることは分かっていると思います。ただ、教員が言っていることが分かることと、数学の中身がわかることは別問題だと思いますので、私の場合は、必ず何がわかったか、どうしてそうなるのという理由を説明してもらって、生徒が分かっているか分かっていないかの確認を大切にしています。(L23-27) H3:日本語対応手話 手話は、言葉とか、声と指文字は分かっていると思いますが、数学的な深い内容の理解は難しいかなと思って、説明の時は言葉の意味を説明するのと、数学の問題を解くときにもう⼀度確認しながら進めます。なので、手話での理解は少ないかなって。新しい言葉を学ぶだけという感じです。(L20-23) D1:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 小さい時から音声に頼っている子は、対応手話が合っているかもしれない。聴覚障害の程度が重く、小さい時から発音も苦手な生徒の場合は、実物の方がイメージしやすい例も多い。最近の、ここ3~4年で、そういう状況が出てきているなと感じます。(L54-56) D2:日本手話・視覚情報を手指で表現 私は日本手話で深く説明するのは限界があるので、シンプルに大事なことを説明するといった感じです。なので、たぶんみんなそれで理解できているのではないかと思います。分からない時は個別に説明したり、他の理解できた生徒にお願いして日本手話で丁寧に説明してもらうこともあります。子ども同士、特に日本手話の母語話者同士で教え合った方が、説明する方の生徒は復習になるし、聞いている方の生徒も理解しやすいです。(L113-117) D3:視覚情報を手指で表現 例えば問題を解いているときに分からないとこちらを見てきます。なので例えば黒板に板書が残っていればそれを見ることができますよね。けれどそれを見ても、結局何だろう?となる。例えば「展開」の場合は、「展開」と言っても、何それ?となる。でも、それを動きで表せばイメージがわかる。そういった違いがあるかなと私は個人的に思っています。(L23-27) 手話だから方法を手で表しますよね。「展開」という言葉を見ても方法が見えないけれど、動きで表せばそれが分かる。なのでその方法を使っています。本当は展開という言葉だけを見て理解できればいいのですが、それは最終的な目標です。その前にまず意味を理解して、その後「展開」という言葉に繋げていければいいかなと思っています。(L32-36) D4:日本手話・日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 生徒の状況によると思います。生徒の半数は⼀般校から来ていて手話がわかりません。対応手話も日本手話もわかりません。ですが、通じると言えるのは、ものをそのまま手で表す方法かと思います。日本手話とも言えるかもしれませんが、意味を形としてそのまま表す方法が分かると思います。(L55-58) 【結果C:質問④】 質問④:下森が行った調査について、「データの活用」について聴者と聴覚障害者で差異が生じたことについてどのように思われますか。経験を踏まえてあなたのお考えをお聞かせください。 H1:日本語対応手話 その言葉、専門的な言葉が多くて理解しにくいというところと、馴染みが無い内容なので、手話で表しても伝わらないなと感じます。むしろ表とかグラフを使って、具体的に指導する方が、生徒は理解できるかなと感じています。(L43-45) H2:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 これは、私も他の数学の教員に聞いたんですけれども、やはりこの部分は難しい。なんでかと言うのを話し合ったら、やはり数字よりも言葉が多くなって、まず言葉を理解した上で計算をするなり、何か必要なデータや数を集めてから計算と言うように、すぐ結果が出ないというところが、やはり子供達にとっては難しい中身かなと思います。後はやはり、子供たちの子供達の言葉の力。書いてある言葉の意味がわからないと、その意味を調べることから始めるので、その部分は子供達にとっては、嫌だ、めんどくさい、ということにつながってしまうので、気持ちも上がらない。意欲が減っちゃうというところも、ひとつ原因があるかなとこの前、話しをしました。あとは、子供たちがわかる言葉に置き換えて授業を進めると、やりやすいんですけれども、実際に子供達が練習問題を見たときに、私たちが使っている言葉と問題に書いてある言葉が違うので、子供達はまず言葉の理解で止まってしまうかもしれません。そういった面では、聞こえない先生たちは手話を上手に使って、色々な方法で伝えているということを考えれば、データの活用の部分では少し差が現れるかなと思いました。(L53-65) H3:日本語対応手話 私も聴者で、データの活用の時は難しいなと思っています。今日、下森さんのインタビューがあるので、ろうの先生に聞いてみたんです。でも、ろうの先生も、あまり手話は使わなくて、指文字で、あとはパソコンに出してそれを見ながら説明すると言っていたので………他の学校のろうの先生は簡単と答えていますが、私にとっては難しいかな。(L49-52) 箱ひげ図が、「箱のひげ」になっちゃって、意味がわかるかな?とか。「ひげ」に注目して話が進まないとか。別のところに話がいっちゃって、話が増えちゃうので、字だけにして説明しています。(L56-58) 難しいところ………全部だいたい出しながら、言葉を説明して、数学の用語は全部指文字で説明して、意味を手話で説明するっていう感じですね。特に、ここ。ひげのところ。ここからここ、というのも、文章の中から、説明文の中から、ここがこうで~という意味を。ここの意味がこう、っていう、具体的に文を言いながら説明するっていう。(L62-65) D1:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 たぶん言葉の問題。小学校の算数で使った内容をちゃんと把握しているかどうか。それを掴んだうえで自分の言葉で説明できるか出来ないか、ちょっと分かっているけど説明までは出来ないのか、そういう差があって、それは生徒の力もある。学習指導要領が変わってきているから、それに合わせて我々が勉強や研究をちゃんと出来ているかというのもあるかな。(L73-77) 手話を使いやすいのは、中3の母集団のところですね。文のイメージが掴みやすいから。文を読んで手話で表現してもらって、分かってるかどうかを確認すれば、あとは式を作るだけで出来るところが多い。問題は………中1のところ、小学校の基礎が出来ているかどうかを受けて私がやるんですが、その時に、たとえば平均の求め方がわかるかどうかとか、累積度数の求め方がわかるかどうか、その2つをまとめてグラフが使えるかどうか。それを見て、何が違って何が出来るかを分析して説明できるかが難しいと思う。(L83-89) D2:日本手話・視覚情報を手指で表現 生活に繋がる内容が多いから、説明しやすいです。(L153) そういう言葉(「同様に確からしい」「母集団」「標本」)は、意味を説明すればいいですよね。「同様に確からしい」という言葉は確かに手話で表現するのは難しいから、この言葉を板書して、手話で意味を説明する。たとえばサイコロを投げた時にどの数が出るかの差はない、ということだよと。(L161-163) 確かに今のお話(聴者が単元「データの活用」の手話表現を難しく思うことについて下森が思う理由)を聞くと、(データの活用は)日本語を手話で表しにくい言葉が多いですね。私は用語を無理やり手話で表すことはなくて、用語は日本語として板書して子どもに読ませて、この言葉の意味について手話で説明します。全数というのは、全部調べるということだよ、とか。標本という言葉も板書して、いくつか選び出して調べることだよ、というふうに、手話で意味を説明します。(L170-174) D3:視覚情報を手指で表現 私の場合は少し違うかな。先程の動画の中で見た物で私が一番手話表現しやすいのは、図形と関数です。グラフの表し方がこうなります。なので私はそれが一番表現しやすいです。データの活用はやはり日本語という面が多いので、私はやはり図形と関数の方がやりやすいです。(L47-50) 言葉にこだわると言うか、例えば度数などは表現が難しいので指文字になります。そういう意味で難しい面もあるのかなと思います。(L66-68) D4:日本手話・日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 聴者教員の第一言語は日本語である言葉からきている。このことにより、聴者教員にとっての手話表現は、簡単にいうと手話辞典からくる表現をイメージしているのではないかと考える。したがって、抽象的な概念からくる言葉や、数学の専門的な用語は手話辞典にはのっていない。そこから、この言葉もしくは文章に対しての手話表現に対応する手立てがないと考えてしまうのではないか。また聴覚障害者教員について、それぞれ取得言語は様々ではあるが、言葉や物事を空間、立体的にイメージをすることが容易であると推測する。それによって、数学の専門的な用語に対して、言葉→手話ではなく、言葉→立体・空間認識→手話でとることによって、その用語のもつイメージを手話に表現できるからではないかと考える。(※)3 【結果D:質問⑤】 質問⑤:あなたが学生時代、数学を学ぶ際は「日本語」、「視覚的情報」のどちらの方が理解しやすかったですか。 H1:日本語対応手話 自分は見た方がわかります。 (L51) H2:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 私の学生時代を思い出した時に、正直授業の進む速さが早すぎて、私は書いてあるものを書き写すだけでいっぱいいっぱいになっていました。なので、私はどちらかと言うと書いてあるものから理解する、ほとんど聞いていません。正直、聞かないで、書いてあるものから理解を進めて、書いてあるものだけではわからないところがあると思うので、そういう時には休み時間に担当の先生の所に行って、質問をするようにしていました。なので、どちらかと言うと書いてあるものから理解をしていました。(L108-114) H3:日本語対応手話 両方必要ですけど、どちらかを選ぶとしたら、描いてある絵とかを見た方がわかりやすいと思っています。(L81,82) D1:日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 どちらかというと同じくらいがいい。(L179) D2:日本手話・視覚情報を手指で表現 中学は口話が多くて手話は少なかったです。高校では対応手話だったけど、分かりにくいこともあったので、教科書や先生が書いた板書を見ながら学んでいました。先生の説明を聞くより、自分で教科書を読んで考える方が楽しかったです。(L194-196) 日本語を読んで理解するというより、それを自分の中でイメージに変換して理解していたように思います。方程式は天秤というイメージ、関数は頭の中でグラフの形を作って、XとYの位置をイメージして、という感じ。(L200-202) D3:視覚情報を手指で表現 例えば日本語で言えば、まず括弧を取る、というような文章のことを指しますか。私はそういったものは不要でした。式を見て、流れを見て、分からなければ聞きました。(L86-87) D4:日本手話・日本語対応手話・視覚情報を手指で表現 私は一般校に通っていたので、ほとんど視覚情報でした。先生に板書を頼んで書いてもらうことが多かったです。言葉も含めて、全部書いてもらっていました。なので、視覚的な情報が多かったと思います。(L63-65) 3 D4の質問④について当日は筆者の手落ちにより質問できなかったが、後日メールにてご回答いただいた。回答内容については本人の言葉に手を入れずにそのまま記載している。 3.3.4面接調査の考察  【結果A】より、聴者教員の全員が日本語対応手話を⽤いると回答し、聴覚障害者教員の全員が「視覚情報を手指で表現」を用いると回答した。これは第2章の質問紙調査の中で「数学授業で説明する際に用いる手話表現」の結果と一致する。聴者教員で「視覚情報を手指で表現」を用いると回答した者については、3人のうち1人のみであった。「視覚情報を手指で表現」を用いる理由については「生徒の実態に合わせている(H2・D1)」、「日本手話の文法に含まれている(D2)」「方法と一緒に表現できる(D3)」「図を表現する際に使用(D4)」というものが挙げられた。また聴者教員の日本語対応手話を用いる理由では、日本手話より日本語対応手話の方が習得しやすいためという意見が見られた。  ここで、本調査では便宜上、数学授業で用いる手話表現について「日本語対応手話」「日本手話」「視覚情報を手指で表現」の3つに区別している4が、D2が述べたようにCL5は「日本手話」の言語体系の構成要素の一つである。一方でH2は自らの使用する「視覚情報を手指で表現」をジェスチャーに近いと述べている。このことから日本手話を用いない聴者教員が、「視覚情報を手指で表現」する場合はジェスチャーと認識し、日本手話を用いる聴覚障害者教員の場合には視覚言語の一部と認識している例が得られたといえよう。実際、D3は「視覚情報を手指で表現」の使用理由について「視覚言語の強みである」と答えている。  【結果B】より、聴者教員全員が音声でのコミュニケーションが可能な生徒が多く、手話表現のみによって数学の内容が理解できることは殆どないと推定しているという意見であった。(H2に関しては質問②で「手話をわかるという生徒は少ない」と回答)その一方で、聴覚障害者教員からは手話についてポジティブな意見が多く得られた。意見の内容については「みんな理解していると思う(D2)」「日本語の用語を見て、その意味がわからない生徒でも手話表現ならば理解できる(D3)」「手話がわからないという生徒でも視覚情報を手指で表現するという方法は伝わる(D4)」というものであった。生徒の実態が異なるという可能性もあるが、聴覚障害者教員の場合には手話の有用性に対して肯定的な意見を持つ者の方が多いようである。ただし、聴者教員からの回答にもあったように、聴覚障害者教員の回答の中で、教員の発言の内容がわかるということと、数学的な理解のどちらについて言及しているかという点については追求できなかったため、どちらの意味なのかは不明である。 【結果A】【結果B】より「視覚情報を手指で表現」のメリットは次のようにまとめられる。  生徒が理解しやすい手段の一つ  記号としての言葉だけでなく、視覚的に用語の意味、用語が指す方法を付加できる  説明の過程の中で実物がなくとも図について具体的に言及できる  手話がわからない生徒でも通じる  【結果C】については、質問紙調査では単元「データの活用」の手話表現の困難さの理由について曖昧な意見を排除した結果、聴者教員からの意見のみしか得ることができなかったが、本調査では聴覚障害者教員からの意見も得ることができた。本調査の大半の対象者は単元「データの活用」の手話表現は難しいと回答し、用語の専門性の高さ、手話表現のしにくさが要因であると考察していた。唯一D2は容易だと答えており、その理由については「生徒の生活とつなげやすい、用語については手話で意味を説明すれば良い」と回答している。確かに単元「データの活用」では、用語自体は児童にとって聞き馴染みのないものが多いが、用語が指す意味は抽象的な言葉が多い他の単元に比べ、日常生活を例に挙げることが容易なものが多い。D2のように生徒が理解しやすい用語の手話表現を考案することに努めるよりも用語の概念を説明することに重きを置く場合には手話表現で困難さを感じないようである。また、D4は用語に対して、聴覚障害者の場合は言葉をそのまま手話に訳するのではなく、立体・空間認識を通したのちに手話に訳するため、用語のイメージを手話に取り入れられるのではないかという見方を示した。  このことから、聴覚障害の有無に関わらず、対象者は単元「データの活用」の手話表現の困難さが単元の用語に起因すると考えていることが明らかになった。推測の域を超えないが、質問紙調査で聴者教員と聴覚障害者教員の単元「データの活用」の手話表現に対する認識に差異が出た理由として、D2のように用語自体の手話表現ではなく、用語の意味を説明する手話表現に関しては容易と考える聴覚障害者教員が多かった可能性や、D4のように用語を立体的、空間的に捉え、手話に訳することで擁護の訳しにくさを感じない聴覚障害者教員が多かった可能性が大いに考えられる。  【結果D】より、教授者の学習スタイルが教授スタイルに関連があるかどうかを調べるものであったが、全員が「視覚情報」、一部は「日本語」との両立による学習スタイルをとっていると回答し、授業で使用する手話表現との関連性が見つけられなかったため、言及しない。ただし、大半の教員が視覚情報を挙げていることから、数学学習の際、視覚情報が大いに役立つということが再認識された。同時に数学授業における「視覚情報を手指で表現」の意義も確かめられたと言えよう。  本調査を通して導いた考察を下記に示す。 【1】聴者教員は手話表現が生徒の数学的理解に直結することに対して懐疑的である一方で、聴覚障害者教員は「視覚情報を手指で表現」の有用性について肯定的である。 【2】聴者教員の中には「視覚情報を手指で表現」する際はジェスチャーを用いるという見方がある一方で、聴覚障害者教員は視覚言語の一部として使用しているという相反的な見方が見られた。 【3】質問紙調査で見られた単元「データの活用」の手話表現に対する聴者教員と聴覚障害者教員の認識の差異は、手話表現で表す事柄について着目点が異なるためという可能性が浮上した。 4 本論文のP7を参照 5 本論文のP46を参照、ここでは「視覚情報を手指で表現」と同義 3.4 模擬授業 3.4.1模擬授業の目的  第2章の質問紙調査では、聴覚障害者教員の大半は手話表現が容易と回答した一方で、聴者教員の多くは手話表現が困難と回答した単元「データの活用」について、聴覚障害者教員が最も多く使用していると回答した方法「視覚情報を手指で表現」の具体的な例を得ることを目的とする。 3.4.2模擬授業の方法  模擬授業を実施するにあたって、次のような仮説を立てた。 仮説:単元「データの活用」で、視覚情報と併せて学習する概念については「視覚情報を手指で表現」の表出が多くなることが予想される。しかし、単元「データの活用」の特徴でもある、数学的な言い回しと併せて学習する概念については、「視覚情報を手指で表現」の表出が少なくなることが予想される。  この仮説を証明するべく、模擬授業をするにあたって授業の核となる文章を筆者が教科書から選抜した。教科書は東京書籍の「新しい数学」を用い、中学校1年生・2年生・3年生の教科書から単元「データの活用」に該当するもののうち、未習の概念を説明する段落を抜き出した。段落は「度数分布」「四分位数」「確率」「母集団・標本」の4つに区分される。その中でも前述の仮説をもとに、多くの単語が出現するものや「視覚情報を手指で表現」が使用される割合が少ないと思われるもの、「視覚情報を手指で表現」割合が大きいと思われるものを判断基準に、一文または連続する二文を選抜した。選抜した文章を図3.4.2-1に示す。対象者にはその文章を筆者に対して説明していただいた。対象者から要望があった場合は筆者が生徒役を演じることも想定していたが、今回そのような要望はなかったため、筆者は対象者の説明に対して頷くことで反応はするが、返答は行わなかった。なお対象者には事前に図3.4.2-1と共にその段落が記載されている教科書のページ、また関連するページ(図3.4.2-2~図3.4.2-9)を印刷したものを送付した。文章を変えずに読むことも可能だが、必ずしもその必要はないこと、可能な限り普段の授業に近い話し方で読むこと、スライドや板書など他の教材は使用せずに手話表現のみで説明することをお願いした。一般的な「視覚情報を手指で表現」の例を得るべく、模擬授業では学習面で困難を持たない生徒を対象とした聴覚特別支援学校での集団授業を想定するということも書面で伝えた。 図3.4.2-1模擬授業の核となる単元「データの活用」に関する教科書の文章 図3.4.2-2対象者に配布した教科書「新しい数学1」のコピー 図3.4.2-3対象者に配布した教科書「新しい数学1」のコピー② 図3.4.2-4対象者に配布した教科書「新しい数学1」のコピー③ 図3.4.2-5対象者に配布した教科書「新しい数学1」のコピー④ 図3.4.2-6対象者に配布した教科書「新しい数学1」のコピー⑤ 図3.4.2-7対象者に配布した教科書「新しい数学2」のコピー① 図3.4.2-8対象者に配布した教科書「新しい数学2」のコピー② 図3.4.2-9対象者に配布した教科書「新しい数学3」のコピー① 図3.4.2-9対象者に配布した教科書「新しい数学3」のコピー②  筆者が立てた仮説をもとにすると,段落Ⅰと段落Ⅳはそれぞれ度数表と箱ひげ図という視覚情報が含まれていることから「視覚情報を手指で表現」の表出が多くなることが予想される。またⅡ、Ⅲ、Ⅴはそれぞれ「限りなく近づく」「同様に確からしい」「無作為に抽出する」という数学的な言い回しがあることから、ⅠとⅣに反して「視覚情報を手指で表現」の表出が少なくなることが予想される。 3.4.3模擬授業の結果  対象者の表出した「視覚情報を手指で表現」について注目したところ、聴覚障害者教員は日本手話の文法である「手話空間」「CL述語」「一致動詞」を用いて、聴者教員よりも多くの場面で「視覚情報を手指で表現」していることが明らかになった。本調査で「視覚情報を手指で表現」について分析することは、これらの日本手話の文法について分析することと同義であるため、以降、これらを中心とし言語学的に分析を進めることとする。また用語の意味については後の段落で解説する。 模擬授業の分析における用語の解説  ここでは前述した「手話空間」「CL述語」「一致動詞」の用語の意味について解説する。 【手話空間】  視覚言語である手話言語を用いるにあたり、手話話者は身体の周りの空間を空間的・立体的に用いる。この空間を「手話空間」と言う。音声言語にはない視覚言語の特徴として、「日本手話では、人や物、出来事などを表す際に空間を文法的に使うことが知られている。さらに、今ここの空間に存在しない人や物、さらに抽象的な概念であっても、あるCL述語に物や人を位置づけることにより、その空間が特定の物事を表すことになる」[5]。その例として、「手話話者の右側で{コーヒー}という手話単語を作り、左側に{紅茶}という手話単語を作り、その後、右側で{ない}という手話をし、左側で{余る}という手話をした場合、「コーヒーは無くなったけれど紅茶は余っている」という意味になる」[5]。このように手話空間は文章を空間的・立体的に表すだけでなく、代名詞的な働きをする。 【CL述語】  手話言語の文法の⼀つであるCL述語は、「話者が会話の対象となる個々の物体の位置や動きを示すために, 体の周りの空間と特有の手の形 (CL手形, Classifier Handshape)・動きを用いる言語現象である.音声言語には存在しない概念」[6]である。手話空間を活用する日本手話では、「手話単語に代わる自由な配置・自由な動きが可能な手の形(代名詞)として,CL(Classifier・類別詞・分類辞)が用いられている.」[6]。つまり、CL述語とは、特定の意味がある手型(CL)によって代用された手話単語が位置関係や、動き、大きさなどを伴って表されるものである。その例として、「親指と4指で「コ」の形を作った手型は、「車」と言う意味を表す(略)、この手型を作り、手首を返すことによって「車が横転する」という意味を表す」[5]。この手型がCLであり、「車が横転する」はCL述語である。 【一致動詞】  「手話言語は語形変化が豊富な言語であり、(略)手話の動詞は主語と目的語によって動詞の運動が変化し、運動の視点と終点が主語と目的語に一致する」[5]。その例として、「{電話をかける}という動詞は、辞書では親指と小指を進展させた指文字の「や」の手型を耳元から前へ出す仕草で表される。「私があなたに電話をする」と言う場合は、この辞書形を用いるが、「あなたが私に電話をする」と言う場合は、指文字の「や」の手型を前方から手前側に動かすことによって表す。つまり、二人称である相手側から一人称である自分の方へ動かすことによって表される」[5]。この手話言語特有の文法については動詞の屈折、動詞の一致などさまざまな呼ばれ方をするが、本論文ではその使われ方をする動詞について言及するため、一致動詞という言い方を用いる。 模擬授業の分析におけるソフト(ELAN)の解説  前述した「CL述語」「一致動詞」について、言語学的に分析を進めるために言語学や会話分析で多く用いられている、映像や音声データに注釈をつけるソフトウェア、EUDICO Linguistic Annotator(以下ELAN)を使用することにした。注釈層は「手話単語」「CL述語」「CL(右手)」「CL 左手)」「指文字」の5層を作成した。手話空間や一致動詞については注釈層「手話単語」の注釈内に書き入れる。  作成された注釈層は図3.4.3.2-1のようにELANに表示される。これはD4が段落Ⅳについて「いろいろなデータがある、それを並べて4つに分ける」と話すところを切り取った。左に注釈層の名称があり(図3.4.3.2-1-①)、対応する欄にそれぞれの注釈(図3.4.3.2-1-②)を動画データの時系列に沿って付加していく。上に動画データのタイムライン(図3.4.3.2-1-③)が表示されている。なお、巻末資料の資料9にも他のELANの一例を記載している。 図3.4.3-1 ELANの注釈層の例  それぞれの注釈層についての基準について説明する。「手話単語」の注釈層については筆者がデフファミリーで日本手話、書記日本語、日本語対応手話を母語または第二言語としているため、筆者が対象者の表出する各手話単語に対して意味が対応している日本語を注釈に書き入れた。図3.4.3.2-1では、「色々」「ある」「4」「分ける」が「手話単語」に該当する。  ただし今回は手話単語の分析は行わないため、数回出てくる手話単語が異なっても日本語の単語では同じものが一致する場合、特に書き分けは行わない。また、手話単語1つで複数の日本語の単語の意味が一致する場合も、文脈から最適な1つの日本語の単語を付加することとする。話し手の手話単語が誤ったものである場合にはその誤った手話単語ではなく、正しいと思われる手話単語の方の意味を採用し、一致する日本語の単語を付加する。話し手が言い間違えた場合にはその言い間違いを注釈に含めず、言い直したものに注釈をつけた。  「CL述語」の注釈層については、CL述語の定義として手型が特定の意味を持ち、かつ数学的な概念を表しているものについて、手型が指す概念を意味として注釈に書き入れた。図3.4.3.2-1では「データを並べる」がそれに該当する。対象者が表出した CL述語の中には「サイコロを投げる」、「ペットボトルの蓋」などCL述語と認められるものもあったが、その後に表出されるCL述語と系統性が見られない、あるいは数学的な概念を説明するにあたって重要な意味を持たないものは省略した。  「CL(右手)」「CL (左手)」の注釈層については、注釈層「CL述語」を構成するCLの右手、左手のそれぞれの手型を注釈に書き入れ、動きを括弧内に記述している。手形はアルファベット、日本語の50音の指文字の手形を使って記述する。動きについては手形の記述後に括弧で方向、動きの特徴の順番に記述する。例えば(右・下反復2回)は、その手型を右に動かすことを、位置を下にずらして2回繰り返すという意味である。回数の表記がない場合は特に回数に意味はなく、複数回という意味とする。図3.4.3.2-1では、「テ型(右)」「テ型」がそれに該当する。ここでは、指文字の「テ」を模する、開いた両手で、左手は固定し、右手は右方向に動かすことで、「データを並べる」というCL述語を構成している。  注釈層「指文字」では、表出された指文字に対応した単語を付加する。  以上の基準に従い注釈層を作成し、全ての手話表現に注釈をつけた。ELANの解説はここまでとし、下からは模擬授業の結果について述べたい。  対象者ごとの各段落の表出時間は次の図のようになった(図3.4.3-1)。事前に提供した段落の文章は共通だが、言い換えや例示なども認めたため、対象者ごとに表出する文章の長さは異なることに留意されたい。 図3.4.3-2 対象者ごとの各段落の表出時間(秒)  特定の段落の表出時間が特に長い、または短いという傾向は見られず、対象者ごとに段落の表出時間は異なる。また聴者教員、聴覚障害者教員それぞれの特徴も特に見出すことはできなかった。  CL述語について各段落の表出回数を対象者ごとにグラフにまとめたものを示す(図3.4.3-2)。ただし、同じ対象者で同じ段落の中で繰り返し出てくるCL述語と一致動詞は最初に表出された一つのみとした。 図3.4.3-3段落Ⅰ~ⅤのCL述語の表出回数  聴者教員と聴覚障害者教員ではCL述語の表出回数に差があることがわかる。聴者教員に注目すると、段落Ⅳでは全員少なくとも1回はCL述語を表出しているが、その他の段落では見られない。例外的にD1は段落Ⅰで4回CL述語を表出している。聴覚障害者教員に注⽬すると、例外なく段落Ⅳでの表出回数が多いことがわかる。最も少ない傾向にあるのは段落Ⅱだが、例外的にD4は段落Ⅳに次いで表出回数が多い段落である。段落Ⅴでは1人としてCL述語を表出する者はいなかった。  CL述語の注釈を表にまとめ、各段落で表出されたCL述語の特徴を見ていく(表3.4.3-1~表3.4.3-4)。 表3.4.3-1「Ⅰ.最初の階級からその階級までの相対度数を合計したものを、累積相対度数という」という段落で表出されたCL述語  段落Ⅰでは特定の階級、また複数の階級を表す際にCL述語が用いられている。H2、H3の聴者教員にCL述語の表出は見られなかったが、H1は聴覚障害者教員に近いCL述語の用い方をしていることが窺える。 表3.4.3-2「Ⅱ.確率がpであるということは、同じ実験や観察を多数回繰り返すとき、その事柄の起こる相対度数がpに限りなく近づくという意味を持つ」という段落で表出されたCL述語  段落Ⅱでは、D2とD4のみCL述語の表出が見られた。表出回数はD4の方が多いが、どちらも同じグラフについて説明している。このグラフとは図3.4.2-6の教科書に載っている、ある実験を複数回繰り返すたびに、その事柄が起きる回数が確率pに近づいていくグラフのことである。D4は手型を変えながらグラフの状態を複数回描写していることと、pを明確に表出しているため、表出回数が多くなっている。 表3.4.3-3「Ⅲ.さいころを投げる場合では、どの目が出ることも同じ程度に期待できる。どの結果が起こることも同様に確からしいという」という段落で表出されたCL述語  段落Ⅲでは、聴者教員全員、またD1についてCL述語の表出は見られなかった。見られたCL述語は、サイコロや、「同様に確からしい」の反例として、消しゴムや画鋲などを例示した際、その形状や、落ち方について説明するものであった。 表3.4.3-4「Ⅳ.箱ひげ図の箱の横の長さは第3四分位数から第1四分位数をひいた差で求められる。この差を四分位範囲という」という段落で表出されたCL述語  段落Ⅳでは、全員が少なくとも1回以上は名詞としての「箱ひげ図」あるいは「箱」を表出するためCL述語を表出していた。特にH3は「箱」を表出したのみで他にCL述語は見られなかった。その他の教員は「箱ひげ図」や「箱」のほか、「箱の長さ」や「第1四分位数」、「第3四分位数」など箱ひげ図に関連する名称をCL述語によって表出している。それだけでなく、それらが表出される場合は最初に示した「箱ひげ図」の位置関係に忠実な位置で表出されることが多い。加えて、一際CL述語の多いD3、D4は「箱は二つに分かれている」「データを並べる」などの説明の際にもCL述語を用いている。  次に、一致動詞について結果を見ていく。一致動詞について各段落の表出回数を対象者ごとにグラフにまとめたものを示す(図3.4.3-3)。ただし、同じ対象者で同じ段落の中で繰り返し出てくるCL述語と一致動詞は最初に表出された一つのみとした。 図3.4.3-4 段落Ⅰ~Ⅴの一致動詞の表出回数  一致動詞を確認できたのは段落Ⅰのみであった。聴者教員ではH2のみが表出している。聴覚障害者教員では全員が表出しており、最大で3回の表出が認められた。  ここで見られたCL述語の注釈の内容について見ていく(表3.4.3-5)。 表3.4.3-5「Ⅰ.最初の階級からその階級までの相対度数を合計したものを、累積相対度数という」という段落で表出された一致動詞  段落Ⅰでは、「入れる」や「合わせる」などの動詞が度数表の位置関係に従って表出された一致動詞が多く見られる。  対象者がCL述語また一致動詞によって構成した手話空間について、段落ごと、対象者ごとに位置関係を示した図を作成した。黒い線や黒文字で示されているものはCL述語によって構成されたものであり、赤い線で示されているものは一致動詞によって構成されたものである。段落Ⅰの手話空間については図3.4.3-4~図3.4.3-9の通りである。ただしH3についてはCL述語、一致動詞のどちらも見られなかったため図は作成していない。 図3.4.3-5【Ⅰ.相対度数】のH1の手話空間 図3.4.3-6【Ⅰ.相対度数】のH2の手話空間 図3.4.3-7【Ⅰ.相対度数】のD1の手話空間 図3.4.3-8【Ⅰ.相対度数】のD2の手話空間 図3.4.3-9【Ⅰ.相対度数】のD3の手話空間 図3.4.3-10【Ⅰ.相対度数】のD4の手話空間  いずれの対象者も階級または相対度数を上下に並べる形で表出している。その中でもD2、D3がとりわけ多くの数学的概念を手話空間に位置付けていることがわかる。  段落Ⅱの手話空間については図3.4.3-10,図3.4.3-11の通りである。ただしH1,H2,H3,D1,D3についてはCL述語、一致動詞のどちらも見られなかったため図は作成していない。 図3.4.3-11【Ⅱ.限りなく近づく】のD2の手話空間 図3.4.3-12【Ⅱ.限りなく近づく】のD4の手話空間  手話空間を構成した2人は聴覚障害者教員であり、どちらも上下に触れながら直線に近づくグラフを描いている。D4は段落「Ⅱ.確率がpであるということは、同じ実験や観察を多数回繰り返すとき、その事柄の起こる相対度数がpに限りなく近づくという意味を持つ」という文章の「p」を「ある数」とし、やや右側で表出した後、グラフの線をそれに向かわせることで「pに近づく」様を表している。  段落Ⅲの手話空間についてはデータ数が少ないため、図3.4.3-12にて箇条書きで示す。  「どの結果が出る時も同じになると言う意味です」と説明するところで、手話空間の左から右を時系列に見立て、左から右方向に3 回「同じ」と表すことで、「1回目の結果と2回目の結果と3回目の結果が同じ」ということを表している(H3)。  「サイコロの目、1、2、3、4、5、6」と説明するところで、事前に表出したサイコロの各面の位置に合わせて1から6の数字を表すことで、サイコロの各面に数字が振られているということを表している(D4)。 図3.4.3-13【Ⅲ.同様に確からしい】の手話空間  段落Ⅳの手話空間については図3.4.3-13~図3.4.3-19の通りである。 【Ⅳ.箱ひげ図】 図3.4.3-14【Ⅳ.箱ひげ図】のH1の手話空間 図3.4.3-15【Ⅳ.箱ひげ図】のH2の手話空間 図3.4.3-16【Ⅳ.箱ひげ図】のH3の手話空間 図3.4.3-17【Ⅳ.箱ひげ図】のD1の手話空間 図3.4.3-18【Ⅳ.箱ひげ図】のD2のCL述語 図3.4.3-19【Ⅳ.箱ひげ図】のD3の手話空間 図3.4.3-20【Ⅳ.箱ひげ図】のD4の手話空間  全員が少なくとも箱ひげ図または箱を自分の前に描写している。聴者教員の手話空間に位置付けた数学的概念は少ない傾向にあり、聴覚障害者教員は多い傾向にある。最も多くの数学的概念を位置付けているのはD3であり、箱ひげ図に関連する「四分位数」や「最大値」などの名称は全て位置関係を伴って表出されているだけでなく「箱ひげ図の全体」と「四分位範囲」の大きさの違いや箱部分が二つに分かれていることなどについても言及している。  段落Ⅴの手話空間についてはデータ数が少ないため、図3.4.3-20にて箇条書きで示す。  「母集団」と表す際、通常の「集団」より大き目に「集団」と表すことで、母集団と標本のスケール差を示唆している(D2)。 図3.4.3-21【Ⅴ.無作為に抽出】の手話空間 3.4.4模擬授業の考察  図3.4.3-2より、各段落の各対象者による表出時間について、各段落の傾向、また聴覚障害者教員と聴者教員のそれぞれの傾向を見出すことはできなかった。  図3.4.3-3より、「Ⅳ.四分位範囲」では全員が少なくとも1回はCL述語を表出している。その一方で「Ⅴ.無作為に抽出する」では「無作為に抽出する」という用語の説明が中心であり空間的・立体的に表現する必要がなかったためCL述語が用いられることはなかった。  聴者教員の結果に注目すると、H1のみ「Ⅰ.累積相対度数」にも表出が見られたが、大半の聴者教員は「Ⅳ.四分位範囲」以外の段落での表出は見られなかった。  聴覚障害者教員の結果に注目すると、最も表出回数が多い段落は「Ⅳ.四分位範囲」である。表出が最も少ない傾向にあるのは「Ⅱ.限りなく近づく」だが、例外的にD4は「Ⅳ.四分位範囲」に次いで表出回数が多い段落である。「Ⅰ.累積相対度数」については、聴覚障害者教員の全員が少なくとも3回以上は表出をしている。  このことから、当初の仮説通り、箱ひげ図や度数表などの視覚情報を含む段落では、CL述語が多くなることが確認された。また、聴覚障害者教員のCL述語に注目すると聴者教員にはCL述語の表出が全く見られなかった箇所あるいは少ない箇所でも、聴覚障害者教員は多くのCL述語を用いている箇所が散見されることがわかった。  表3.4.3-1より、「Ⅰ.累積相対度数」では、CL述語が単一または複数の階級を表すために用いられることがわかった。  表3.4.3-2より、「Ⅱ.限りなく近づく」では、CL述語が同じ実験や観察を多数回繰り返すことで相対度数が上下に触れながら、やがて確率pに近づくグラフの様子を表すために用いられることがわかった。  表3.4.3-3より、「Ⅲ.同様に確からしい」では、CL述語がサイコロまたは「同様に確からしい」の反例として消しゴムや画鋲の形状、落ち方を表すために用いられることがわかった。  表3.4.3-4より、「Ⅳ.四分位範囲」では、CL述語が箱ひげ図や、関連する名称(「箱」、「第1四分位数」、「第3四分位数」など)に位置情報を付加して表すために用いられることがわかった。  図3.4.3-4と表3.4.3-5より、一致動詞は「Ⅰ.累積相対度数」のみに見られ、「分かれている」「(相対度数)を合わせる」「(階級に相対度数を)入れる」など、動詞との結びつきが大きい内容であり、一致動詞の表出が多くなったと思われる。  図3.4.3-5~図3.4.3-10では、「Ⅰ.累積相対度数」で構成された手話空間に位置付けられた概念が、聴者教員と比べて聴覚障害者教員の方が多いことがわかる。さらに、聴覚障害者教員は一致動詞によって手話空間に位置付けた数学的概念についての説明を可能にしている。  この多くの数学的概念が位置付けられた手話空間は、その空間的・立体的であるという特性によって得てして数学授業の板書のような役割を果たしている。このことは手話空間が板書的な役割を果たすという点で、「視覚情報を手指で表現」することの有用性の根拠の一つになりうる。またこの結果は2章の質問紙調査の図2.4-16が示した、聴覚障害者教員の視覚的イメージのために手話を活用しているという回答と一致している。 図3.4.3-11,図3.4.3-12では、D4が「Ⅱ.確率がpであるということは、同じ実験や観察を多数回繰り返すとき、その事柄の起こる相対度数がpに限りなく近づくという意味を持つ。」という文章を説明するにあたり、「ある数」を右手で示し、左手で上下に振れながら右手、すなわち「ある数」に近づいていくグラフの様を表現した。D2も同様に、上下に振れながら直線に近づいていくグラフの様を表現した。  その手話表現を図示するにあたり、手型は簡略化し、図3.4.4-1のように表す。それぞれの手型の図形の中の文字は、手型がアルファベットまた50音の指文字と同様または似通った手型であることを示している。例えば、左上の「G」はアルファベットGを表す指文字と同様に、人差し指と親指を伸ばし、他の指を丸めた手型であることを示している。手型に塗られている色については灰色が右手、黒色が左手であることを示している。点線は初期位置を示し、矢印で動きの方向を示している。この図の右側では、両手の指文字のテの形を模した手が下から上に動いていることを意味する。 図3.4.4-1 CL述語の簡略化手形  なお本考察では特に重要な一部を図示しているが、巻末資料(資料10~23)には全協力者のCL述語を全て記載している。 図3.4.4-2 D2:グラフが上下に振れながら直線に近づく 図3.4.4-3 D4:ある数 図3.4.4-4 D4:グラフが上下に振れながらある数に近づく 図3.4.4-5 D4:グラフが上下に振れながらある数に近づく 図3.4.4-6 D4:グラフが上下に振れながらある数に近づく 図3.4.4-7 D4:グラフがある数に近づく  段落Ⅱは数学的な日本語の言い回しで構成されており、グラフについて触れる文章はない。そのため筆者はこの段落について、「視覚情報を手指で表現」することは困難であろうと考えていた。しかし図3.4.4-3~図3.4.4-8のようにD2、D4は別添の教科書の中で同様の文章が記載されているページからグラフを持ち出して手指で表現した。これは聴覚障害者教員が普段から「視覚情報を手指で表現」することに慣れているためと推察できる。さらにCL述語により、グラフを二次的に表すだけでなく、時間経過による挙動を含めた説明も可能にすることが明らかにされた。このことは手話による数学授業での説明の可能性が広がることを示唆している。  図3.4.3-13~図3.4.3-19より、全員が少なくとも一回以上CL述語を表出した「Ⅳ.四分位範囲」では聴者教員の手話空間に位置付けた数学的概念は少ない傾向にあり、聴覚障害者教員は多い傾向にあることがわかる。ここで最も多くの数学的概念を位置付けているのはD3であり、箱ひげ図に関連する「四分位数」や「最大値」などの名称は全て位置関係を伴って表出されているだけでなく、「箱ひげ図の全体」と「四分位範囲」の大きさの違いや、箱部分が二つに分かれていることなどについても言及している。それだけではなく、D3のみに見られた四分位範囲の表現方法も確認できた。それを図に示す。図中の黒い手型はD3の開いた左手であり、手話空間ではなく自身の左手に数学的概念を位置付けている。 図3.4.4-8 D3:最小値、最大値 図3.4.4-9 D3:箱 図3.4.4-10 D3:箱は二つに分かれている 図3.4.4-11 D3:箱ひげ図の全体 図3.4.4-12 D3:箱ひげ図の全体 図3.4.4-13 D3:箱 図3.4.4-14 D3:箱  「Ⅳ.四分位範囲」では聴者教員、聴覚障害者教員の両者ともに人差し指で箱ひげ図を描くか、コ型、テ型、C型、ヒ型などの手型を用いて、手話空間に四分位数や箱、最小値、最大値などを位置付けていた。しかし、D3はそのような方法も使いながら(図3.4.4-12,図3.4.4-14)、左手の親指に最小値、人差し指に第1四分位数、中指に第2四分位数、薬指に第3四分位数、小指に最大値を位置付け、四分位数についての説明を進めた(図3.4.4-8,図3.4.4-9,図3.4.4-10,図3.4.4-11,図3.4.4-13)。  手話空間が空間的・立体的な表現を可能にすること、代名詞的な役割を果たすことについては本論文の3章4節3項の段落【模擬授業の分析における用語の解説】で解説したが、板書などの実物とは違い、手話単語は次から次へと表出されるため、その空間に何が位置付けられているかという判断は話者また聞き手の記憶に依存する。そのため、膨大な量の数学概念を手話空間に位置づけるのは効果的とは言えない。しかしながら今回のように左手のテ型を固定しながら片手で手話を行うことで、左手はその場に留まり、箱ひげ図の位置関係を表し続けているため、聞き手の記憶容量の消費を抑えることができる。人間の片手の指の数は通常5本であるので、今回のように数が一致する場合以外は使えないが、例えば「Ⅰ.累積相対度数」で、指が床に並行になるようにテ型を横に固定し、右手を使い、それぞれの指に階級を当てはめ、階級に度数を入れたり、特定の階級の度数を足し合わせたりする方法も可能である。このような表現方法についても、数学授業での説明の可能性が広がることを示唆している。  図3.4.3-13、図3.4.3-21より、上記で紹介した手話空間の例の他にも説明の中で動詞や数字などの表出位置を一致させることで、空間的な広がりを持たせることができることを確認できた。  以上のことを踏まえて、本調査を通して得られたことを下記に箇条書きでまとめる。 【1】 視覚情報と合わせて学習する数学的概念の場合にはCL述語の表出が多くなる。 【2】「視覚情報を手指で表現」することに慣れている聴覚障害者教員は、視覚情報を含まない文章の場合でもCL述語を用いることができる。 【3】 聴覚障害者教員はより多くCL述語や一致動詞を用いている。 【4】 聴覚障害者教員はCL述語を用いてより多くの数学的概念を手話空間に関連づけている。 【5】 聴覚障害者教員は一致動詞で手話空間に位置づけた数学的概念を説明している。 【6】 聴覚障害者教員が構成する手話空間は板書的な役割を果たしている。 【7】 空間ではなく教員自身の身体に数学的概念を関連づけることで、手話空間のその場に留めておけないという問題が軽減される場合がある。  聴覚障害者が数学授業で用いる「視覚情報を手指で表現」の蓋を開けてみると、CL述語で手話空間に数学的概念の位置付けを行い、内容によっては一致動詞を用いて補足説明を行うという、視覚言語の特性を最大限活かしたものであった。この手話空間では数学的概念の位置関係が整理されており、数学授業において板書的な役割を果たすことが予想される。ただし、板書などの実物とは違い、聞き手の記憶力に依存するという面では板書の完全な代わりとはならないということに留意する必要がある。しかしながら、自らの身体に数学的概念を位置付けるという聴覚障害者教員特有の発想によって、その問題が軽減される例についても確認できた。以上のことを踏まえて、視覚言語である手話が数学授業において大いなる有用性、可能性を持つことを示唆する結果となった。 【第4章 まとめ】 4.1総合考察  本研究では、現在の聴覚障害教育において中学部の数学授業で用いられる手話の実態、また聴覚障害者教員の母語である手話を用いてどのように数学的な概念を表現しているかを明らかにすることを目的とし、聴覚特別支援学校中学部数学科教員を対象に①質問紙調査、②面接調査、③模擬授業を行った。その結果、以下の点について考察することができた。 1. 単元「データの活用」の手話表現について、聴者教員は困難、聴覚障害者教員は容易と考える傾向にあるが、その困難さは単元で用いられる用語が聞き馴染みのないものであること、手話で表しにくいことに起因するものである。しかしながら、他単元の用語が抽象的なものが多いのに対し、単元「データの活用」の用語の意味自体は日常生活において関連づけやすいものが多く、手話による説明は容易であるといえる。また、聴覚障害者教員は用語をそのまま手話に訳するのではなく、手話を空間的・立体的に捉え、そのイメージを手話に取り入れることで、手話で表しにくいと感じることが少ないという見方も得られたため、両者では着目点が異なる可能性がある。 2. 聴者教員は手話表現によって数学的概念や事象を正確に伝えることを重視し「日本語対応手話」を用いる一方で、聴覚障害者教員は手話表現によって視覚的イメージを伝えることを重視し「視覚情報を手指で表現」しており、両者において、数学授業で用いる手話表現に対する認識、表現方法が異なる。 3. 聴者教員は手話表現が生徒の数学的理解に直結するかどうかについて懐疑的であるが、聴覚障害者教員は聴者教員に比べ、手話の言語経験が豊富であるため、視覚言語である手話の特性を活かして「視覚情報を手指で表現」することに長けており、その有用性を理解した上で、数学授業で用いている。 4. 聴覚障害者教員が用いる「視覚情報を手指で表現」は、視覚言語の文法を活用したものであり、具体的にはCL述語を用いて数学的概念を手話空間に位置づけ、内容によっては一致動詞を用いて説明をすることが中心である。 5. 聴者教員、聴覚障害者教員の両者ともに自身が学生時代、数学を学習する際には日本語ではなく視覚情報を重視していたことから、数学学習における視覚情報の重要性を再確認でき、ひいては「視覚情報を手指で表現」についても数学授業において有用であることが示唆された。 6. 聴覚障害者教員が構成する手話空間は数学的概念同士の位置関係が整理されており、数学授業の板書的な役割を果たしている。また、自らの身体に数学的概念を位置付けるというアイデアによって、板書などの実物とは異なり、聞き手の記憶に依存するという手話空間の弱点を補える例がある。  以上の考察より、聴者教員と聴覚障害者教員の数学授業で用いる手話表現についての認識が異なること、また聴覚障害者教員が実際の数学授業で用いる、視覚言語の特性を活用した「視覚情報を手指で表現」の有用性をいくつか考察することができたと言えよう。もう一つ本研究の意義として、全数調査である質問紙調査により、聴者教員と聴覚障害者教員の数学授業で用いる手話表現に対する各々の認識、傾向の違いを明らかにすることができた点が挙げられる。  本論文の第1章で下森(2021)の研究の課題点として、①視覚情報優位的手話表現が生徒の数学的理解に及ぼす影響を確かめる実験の対象者数が少ないこと、②実験で用いた視覚情報優位的手話表現について同単元でより多くの教員から例を収集する必要があることを挙げたが、本研究では、課題点②について、単元「データの活用」で数人の教員から「視覚情報を手指で表現」する例を収集できたという点で達成できたと言えよう。しかし課題点①については実験対象者の人数以前に、時間の制約により、実験の実施までには至らなかった。そのため、下森(2021)の「算数・数学の学習においては、図的・空間的な表現が生活言語として日本手話を習得していない者も含め、算数・数学の学習をする上で、学習言語として効果であるという可能性があると言えよう」という結論については、本研究で収集した「視覚情報を手指で表現」の具体例の数学授業における有用性を考察することはできたが、実際の数学授業においても生徒の数学的理解に効果的であるとは言えない。加えて質問紙調査で、聴者教員と聴覚障害者教員の間で手話表現の難易度の認識に差異が出たため、単元「データの活用」に着目して分析を進めてきたが、他単元及び高校数学まで分析の範囲を広げることができなかった。そのため、より多くの単元、学年で、数学授業における「視覚情報を手指で表現」の例を収集し、さまざまな教育ニーズ・言語的背景を持つ聴覚障害児を対象に、収集した「視覚情報を手指で表現」がもたらす数学的理解への影響について注意深く検討していく必要があろう。  以上のことを踏まえて、数学授業における視覚言語としての手話が果たす有用性について、より仔細な研究がなされ、多くの具体例が系統的に蓄積されることで、聴覚特別支援学校の中学部数学科に勤務する教員にとって手話を併用した授業作成の一助となり、現場の教育者が個々の聴覚障害児の教育的ニーズに応じてより適切な指導を行われることを望む。  さらに、系統的に蓄積された「視覚情報を手指で表現」の具体例のデータベースを全国の数学科教員が共有することで、聴覚特別支援教育の範疇を超えて、数学授業のあり方の選択肢が広がることが期待される。 4.2本研究の限界  本研究は下記の点で限界があることを示したい。 (1) 時間の制約により、中学部以外の学校種別の数学科、また単元「データの活用」以外の単元の手話表現について研究対象に含めることができなかった。 (2) 面接調査、模擬授業にご協力いただいた人数は十分とは言い難く、得られた手話表現や知見について一般化することはできない。 (3) 模擬授業では対象者の手話学習歴や手話の言語経験を考慮せずに分析したため、対象者の背景が「視覚情報を手指で表現」の方法や表出回数に及ぼす影響について考察できなかった。 (4) 実際の数学授業でさまざまな背景を有する聴覚障害児に対して本研究で収集した手話表現が及ぼす影響について調査できなかったため、収集した手話表現が必ずしも教育現場で効果的であるとは断言できない。 謝辞  本論文の執筆にあたって言語学的な視点からのご助言、論文の構成について多くの指導を賜り、時に励ましのお言葉をかけてくださった指導教官の大杉 豊 先生に深く感謝いたします。大杉 先生の懇切なご指導のおかげで論文に深みを持たせることができました。  研究当初、修士研究のイロハも分からぬ私が本研究の方針を確立するまでに至ることができたのは、副指導教官の小林 洋子 先生のおかげです。当大学で数学関連の講義を担当されている新井 達也 先生にも数学的なご視点からのご意見を賜りました。そして私が挫折しかけたとき、親身に相談に乗ってくださった白澤 真弓 先生のおかげで本研究を続けることができました。  また宮城教育大学の松崎 丈 先生がご執筆されたウェブサイトの記事から学士研究の着想を得て、修士研究に繋げることができました。修士研究を進める中で壁にぶつかったときはご多忙にも関わらず、貴重なお時間を割いて的確なご助言を頂きました。ご助言を頂くたびに視野が広がる実感があり、研究の楽しさを見出しながら修士論文の完成に至ることができました。心より厚く御礼申し上げます。  審査では新井 達也 先生、金堀 利洋 先生のお二方より、和やかな雰囲気で温かいお言葉と共に論文の至らない点について多くのご意見をいただきました。  報告会や審査などでは、中島 亜紀子 先生、萩原 彩子 先生、磯田 恭子 先生が私や他の教員方の言葉を適切な日本語や手話に通訳してくださいました。多くの教員からご鞭撻を賜ることができたのはこの3人が通訳を担当してくださったおかげです。  調査にあたっては多くの聴覚特別支援学校の教員方が快くご協力頂きました。中には私の手抜かりがあった際、手間を惜しまずご注意してくださった方もいらっしゃいました。自分の至らなさに気づき、成長のご機会を与えてくださったことに感謝いたします。また調査後、多くの方から寄せられた応援のお言葉を研究の意欲に繋げることができました。  最後に、大学院の数少ない同期とは他愛もない会話、時に議論、そしてお酒を交わし、楽しい時間を過ごしました。私がこの2年間の大学院生活を完走できたのは研究の苦楽を共有できる仲間がいたからです。  私の修士研究がここまで到達できたのは以上の方々のご厚意があったからこそに他なりません。一人一人に大きな感謝の意を表します。ありがとうございました。 参考文献 [1] 文部科学省, 聴覚障害者の手引, 2020. [2] 我妻 敏博, 聾学校における手話使用の調査, 国立特別支援教育総合研究所, 2018, pp.139-147. [3] 雁丸 新一・鄭仁豪, 我が国の聴覚障害教育における手話の活用に関する文献的考察, 第45巻, 障害科学研究, 2021, pp. 77-89. [4] 下森 めぐみ, 聾学校の算数・数学の授業における学習言語の使用に耐えうる手話表現の検討, 2020年度情報科学特別研究報告書 筑波技術大学 卒業論文, 2021. [5] 武居 渡, 言語の写像性は言語獲得を促進させるか:手話獲得研究からの知見, 第23巻,コミュニケーション障害学, 2006, pp. 143-151. [6] 藤垣 俊也・杉山 真也・松本 忠博・加藤 三保子, 日本語から手話への機械翻訳における空間表現CL述語翻訳の試み,言語処理学会 第21回年次大会 発表論文集, 2015, pp.952-955. 巻末資料 目次 資料1.質問紙  79 資料2.面接調査のH1の文字起こし  90 資料3.面接調査のH2の文字起こし  93 資料4.面接調査のH3の文字起こし  98 資料5.面接調査のD1の文字起こし  102 資料6.面接調査のD2の文字起こし  111 資料7.面接調査のD3の文字起こし  121 資料8.面接調査のD4の文字起こし  128 資料9.ELANのデータの一例  135 資料10.模擬授業の段落ⅠのH1のCL述語の図  136 資料11.模擬授業の段落ⅠのD1のCL述語の図  136 資料12.模擬授業の段落ⅠのD2のCL述語の図  137 資料13.模擬授業の段落ⅠのD3のCL述語の図  138 資料14.模擬授業の段落ⅠのD4のCL述語の図  139 資料15.模擬授業の段落ⅡのD2のCL述語の図  139 資料16.模擬授業の段落ⅡのD4のCL述語の図  140 資料17.模擬授業の段落ⅣのH1のCL述語の図  141 資料18.模擬授業の段落ⅣのH2のCL述語の図  142 資料19.模擬授業の段落ⅣのH3のCL述語の図  142 資料20.模擬授業の段落ⅣのD1のCL述語の図  143 資料21.模擬授業の段落ⅣのD2のCL述語の図  144 資料22.模擬授業の段落ⅣのD3のCL述語の図  145 資料23.模擬授業の段落ⅣのD4のCL述語の図  146 資料1.質問紙 以下は2章の質問紙調査で使用したGoogleフォームによって作成した質問紙である。 資料2.面接調査のH1の文字起こし 以下は面接調査でH1の回答を文字起こししたものである。 資料3.面接調査のH2の文字起こし 以下は面接調査でH2の回答を文字起こししたものである。 資料4.面接調査のH3の文字起こし 以下は面接調査でH3の回答を文字起こししたものである。 資料5.面接調査のD1の文字起こし 以下は面接調査でD1の回答を文字起こししたものである。 資料6.面接調査のD2の文字起こし 以下は面接調査でD2の回答を文字起こししたものである。 資料7.面接調査のD3の文字起こし 以下は面接調査でD3の回答を文字起こししたものである。 資料8.面接調査のD4の文字起こし 以下は面接調査でD4の回答を文字起こししたものである。 資料9.ELANのデータの一例  以下は模擬授業で作成したELANの注釈層の一例である。元データは「ある数pにグラフが上下に触れながら近づいていく」という説明。時系列は左図の下から上、そして右図の下から上の順番である。 資料10.模擬授業の段落ⅠのH1のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅠについてH1が表出したCL述語の図である。手形の中に書き入れられた番号は表出の順番を示している。左から順に「①ある階級A」、「②③④並んだ階級」「⑤累積相対度数を求めたい各階級」を意味している。 資料11.模擬授業の段落ⅠのD1のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅠについてD1が表出したCL述語の図である。左から順に「①ある階級A」「②ある階級Aからある階級Bまで示す」「③累積相対度数を求めたい各階級」を意味している。 資料12.模擬授業の段落ⅠのD2のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅠについてD2が表出したCL述語の図である。左から順に「①②③階級」、「④ある階級」「⑤⑥⑦⑧累積相対度数を求めたい各階級」を意味している。 資料13.模擬授業の段落ⅠのD3のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅠについてD3が表出したCL述語の図である。左から順に「①②階級1,2」、「③④階級2,3」「⑤階級3」「⑥並んだ階級」「⑦累積相対度数を求めたい各階級」を意味している。 資料14.模擬授業の段落ⅠのD4のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅠについてD4が表出したCL述語の図である。左から順に「①②③④並んだ階級」、「⑤⑥累積相対度数を求めたい各階級」「⑦累積相対度数を求めたい各階級」を意味している。 資料15.模擬授業の段落ⅡのD2のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅡについてD2が表出したCL述語の図である。「①②グラフが上下に振れながら直線に近づく」を意味している。 資料16.模擬授業の段落ⅡのD4のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅡについてD4が表出したCL述語の図である。左から順に「①p」、「②③グラフが上下に振れながらpに近づく」「④グラフが上下に振れながら直線に近づく」「⑤グラフが上下に振れながら直線に近づく」「⑥④グラフがpに近づく」を意味している。 資料17.模擬授業の段落ⅣのH1のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてH1が表出したCL述語の図である。左から順に「①②③箱ひげ図」、「④箱ひげ図の箱」「⑤箱の横の長さ」を意味している。 資料18.模擬授業の段落ⅣのH2のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてH2が表出したCL述語の図である。左から順に「①箱ひげ図の箱」「②③第3四分位数と第1四分位数」を意味している。 資料19.模擬授業の段落ⅣのH3のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてH3が表出したCL述語の図である。「①箱ひげ図の箱」を意味している。 資料20.模擬授業の段落ⅣのD1のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてD1が表出したCL述語の図である。左から順に「①箱ひげ図の箱」「②箱の長さ」を意味している。 資料21.模擬授業の段落ⅣのD2のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてD2が表出したCL述語の図である。左から順に「①②箱ひげ図」「③④⑤第1四分位数,第2四分位数,第3四分位数」「⑥第1四分位数と第3四分位数」「⑦箱ひげ図の箱」を意味している。 資料22.模擬授業の段落ⅣのD3のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてD3が表出したCL述語の図である。左から順に「①箱ひげ図」「②③箱ひげ図の最小値,最大値」「④箱ひげ図の箱」「⑤箱は二つに分かれている」「⑥⑦箱ひげ図の全体」「⑧箱ひげ図の全体」を意味している。 資料23.模擬授業の段落ⅣのD4のCL述語の図  以下は模擬授業で段落ⅣについてD4が表出したCL述語の図である。左から順に「①②箱ひげ図」「③データを並べる」「④⑤⑥最小値,第1四分位数,第3四分位数,最大値」「⑦第1四分位数,第3四分位数」「⑧箱ひげ図の箱」「⑨箱ひげ図の最大値,最小値」「⑩第1四分位数から第3四分位数まで」「⑪第1四分位数と第3四分位数」を意味している。