教育用教材の工夫 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:視覚障害者の教育には,教科書などの基本的な教材以外に,様々な教育用教材が必要となる。全盲や強度弱視,軽度弱視など視覚障害の程度が様々混在している教育環境では,各々の視覚障害に対応した補助教材が必要となる。そこで,視覚障害学生の経絡経穴の学習理解度の向上を目指して,低コストな教育用教材の開発とモジュール化を行った。人体の輪郭図やシールなどが,視覚障害学生の学習理解度の向上に貢献することが期待された。 キーワード:教育用教材,モジュール化,低コスト,経絡経穴 1.はじめに 視覚障害者の教育には,教科書などの基本的な教材以外に,様々な教育用教材が必要となる。全盲や強度弱視,軽度弱視など視覚障害の程度が様々混在している教育環境では,各々の視覚障害に対応した補助教材が必要となる。そこで,学習用教材について,あん摩・マッサージ・指圧師,はり師・きゅう師養成の理療科等の科目の補助教材の開発を試みた。これらは教科書等はあるが,生徒にとって,わかりやすい資料を提供し,生徒の学習理解度を深めるべく,教育用教材の工夫について,実践例を挙げて報告する。 2.教材の工夫 今回の教材の工夫は,経絡経穴の学習用人体図である。経絡経穴は,教科は,あん摩・マッサージ・指圧師,はり師・きゅう師に不可欠な学習事項であるが,名前・場所・効能など学習内容は多岐にわたっており,しかもきわめて重要な科目である。 晴眼者の場合は図1のような経穴人形などを活用する場合もあるが,視覚障害者の場合は,全盲・強度弱視・中度弱視・軽度弱視によって各々見え方が異なるため学習理解度に差が生じやすい科目である。そこで,教科書の内容を補う形で,教材化を行ったものである。 図1 経穴人形 2.1 経絡経穴 理療科では,体にある経絡経穴(いわゆる『つぼ』)について学習させるが,一般的な学習方法としては,①体にある経絡経穴の14系統の系統名を覚える②各々の系統の経絡経穴名を覚える③経絡経穴の場所を覚える④体の同じ高さにある経穴名を覚える⑤その経穴の機能を知るなどの順で学習を進めていく。弱視の場合,経絡経穴の名前を書けることも重要であり,全盲の場合は名前のみである。経絡経穴の場合,教科書[1]では361カ所あり,解剖学的な場所も覚える必要がある。 2.2 学習の実際 経絡経穴は,まず名前を覚えるが,場所が分かりやすいと言うことで,体の正中線上(頭の先から肛門に至る線)の前側(任脈)と背中側(督脈)について覚え始める。その後,腕の(手の太陰肺経)から順番に覚え始める。しかし,この任脈や督脈には,東洋医学特有の文字があり,パソコンなどで出しにくい文字(いわゆる外字[2][3])が存在する。特に視力の悪い視覚障害者にとっては,最適な文字の大きさで学習する必要があるため,パソコンなどに設 定が必要である。 2.3 タブレットの利用 近年,弱視の間に急速に普及する教育機器が,iPadに代表されるタブレットである。教科書などをスキャナで取り込み,指先で文字の大きさを変化させながら,利用者にとって最適な大きさで活用できるメディアとなった。しかし,タブレットの大きさが,10インチ程度なので,全体像の把握には不向きである。その意味では,模造紙などの大型用紙を活用した教育手法は,意味があると思われる。平成25年8月に神戸で開かれた全日本盲学校教育研究集会(全日盲研)神戸大会の理療部会において,福島盲学校の渡辺らが,模造紙を活用した人体経穴表を発表して,全体像の把握についての検証を行うことが経穴の流れを教えるうえで重要なことを指摘している。部分的な位置関係と全体像の把握の両方が経絡経穴を学習するうえで重要な要素と考えられる。 3.効果的な学習のための教材 教材開発としては,経絡経穴の部分的な学習と全体的な経穴の流れの学習の両方に活用可能な,学習効果の高い効率的な教材として位置づけ,教員が自分の教育方法に適合できるようなモジュール化した。つまり,様々な要素を組み合わせて展開できる補助教材とした。 3.1 人体白地図 大型のA1用紙やA3用紙等を利用して,人体の絵を作製する。この場合,人体の輪郭だけを線画で作製する。 図2 手の輪郭を鉛筆でなぞる 図3 鉛筆書きの線をマーカーでなぞる 社会科の白地図のようなものである。図2は,手をA4用紙の上に置いて,鉛筆でなぞっているところである。鉛筆で書いた線を図3のように太い黒色マーカーでなぞって輪郭をはっきりとさせる。 図4 手掌側はつめの形を挿入 手掌側と手背側の各々を用意し,手背側は図4のように分かりやすいよう爪の印を入れておく。これで手の白地図が完成する。 3.2 黒白反転白地図 視覚障害の眼疾によっては,白地に黒色の線が認識しづらい場合もある。そこで,黒色用紙に白色鉛筆で線を書き,図5のように太い白色マーカーでなぞって輪郭をはっきりさせる。このような黒白反転資料を用意することにより,より多くの生徒や入所生に対応することが可能となる。 3.3 シール 人体白地図は,文字通り手の輪郭線だけなので,例えば経絡経穴を示す場合は,その部位を特定する必要がある。 図5 白色マーカーでなぞる 図6 様々な色と大きさのシール そこで利用するのがシールである。図6はシールの例で,見えやすさを考慮して,直径が5mm, 8mm, 16mmの3種類を用意し,色も赤・緑・白・青・黄の5色を用意した。一般の晴眼者だと一番小さな5mmのシールで,色は経絡の系統別に利用するのが一般的であるが,視覚障害者の場合は,目の状況により色の判別が一様でないため,その生徒に最適な色を採用する。 3.4 文字 白地図に書き込む文字は,ワープロで印刷して,生徒や入所生に最適な文字の大きさで出力する。図7はその例で,36Pや48Pの大きさで,文字が分かりやすいようにゴシックで印刷した。経絡経穴に利用する文字にはUnicode対応文字が数多くある。従って,フォントが,経絡経穴に対応したUnicodeフォントでないと出力できない。これはいわゆる外字と呼ばれるもので,報告してきた[2][3]。一般に盲学校教員の多くが利用するWindowsの場合は,MS明朝やMSゴシック等は対応しているが,それ以外のフォントについては標準では対応していない場合が多い。例えば,教科書体や細丸ゴシックなどがその例である。 図7 白地図用文字 また,日本語変換で経絡経穴が変換できないと,ワープロで編集できないことは留意しておく必要がある。さらに,黒白反転白地図には黒色用紙に白色文字で印刷する必要があるが,これについても報告をしており[4][5],図8のとおり,黒白反転印刷が可能である。 図8 黒白反転印刷 3.5 発泡インク 加熱すると膨らむインクが販売されている。強度弱視や全盲の場合,線画よりも触図が必要となる。そこで,太いマーカーで縁取られた線画に発泡インクの絵の具でなぞり,乾燥させてから加熱処理を行う。すると,発泡インクの絵の具が膨張し,全盲や強度弱視が触って理解できる図となる。文字の代わりに点字を貼り付けると,触図として利用可能である。 図9 発泡インクでなぞる 一般に触図用の発泡用紙は,1枚当たりの単価が高く模造紙のような大型用紙がないため,発泡インクを利用するのが効果的と思われる。図9は,太いマーカー線を発泡インクでなぞっているところで,図10は,加熱器で発泡させているところである。加熱器がない場合はアイロンでも代用できる。図11は,発泡した部分を指で確認している。 図10 加熱処理 図11 発泡した部分を指でなぞっているところこの図11に図12の点字シールを張ると触図として,全盲も利用することが可能となる。 図12 点字シール 3.6 組み合わせ教員が,授業に展開できるようにモジュール化したため,人体白地図とシールと文字を自由に組み合わせて,生徒の理解度向上を考慮し,教員の授業に利用して活用する。様々な展開が考えられるが,次のような例が想定される。①白地図にシールを貼り,指で示してシールの場所の経絡経穴名を答えさせる。②白地図にシールを貼り,ワープロ印刷した経穴名を貼る。③手の白地図を用意して,手にある経穴全てを答えさせる。 図13 モジュール化された教材 図14 モジュール化教材の組み合わせ利用例図13はモジュール化された教材で,図14は,腕の白地図を利用して,48Pの文字と16mmの赤色シールを組み合わせ,「手の太陰肺経」の場所の学習に利用している例である。 4.コスト 今回の実践例で利用した物やコストを紹介する。購入は,ジョイフル本田 荒川沖店(税込)。シール:¥216(1セット)発泡インク(ふくらむ絵の具):¥270(1本)太マーカー:¥150白鉛筆:¥60黒色用紙(A4):¥2(1枚)これらは,文房具店やホームセンターなどで購入可能である。他に鉛筆やA3やA4用紙などが必要である。 5.おわりに この実践研究で作製された教材は、以下の通りである。①人体白地図:A4, A3用紙を利用して人体各部に渡ってモジュール化手部・足部・胴体部・頭部(計16枚)②経絡経穴用文字:24P, 36P, 48P, 72P(Word形式)③部位表示用シール:5mm, 8mm, 16mm,5色(白・赤・緑・青・黄)これらの教材は、各学校で作製することも可能であり、技術的難易度は低く、コストも学校現場を考慮して押さえられている。また、いくつかの盲学校などで試行されており、各々の学校の教員の工夫により、教育的な効果を上げているようである。お金がなくとも知恵を出して、教育的な工夫をすることが学校現場では必要不可欠である。教材作製の創意工夫を進めて頂きたいと願うばかりである。 参照文献 [1] 教科書執筆小委員会.新版 経絡経穴概論,第2版.医道の日本社(東京),2009. [2] 村上佳久.外字について 2.筑波技術大学テクノレポート.2005; 12: p.33-40. [3] 村上佳久.外字について 3.筑波技術大学テクノレポート.2005; 15: p.139-144. [4] 村上佳久.電子化図書の読書環境と新しい白色文字印刷.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.34-40. [5] 村上佳久.白色文字印刷 その3.筑波技術大学テクノレポート.2014; 21(2): p.7-11. Educational Teaching Materials and Devices MURAKAMI Yoshihisa Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: To improve visually impaired students’ learning of acupuncture points, teaching materials were developed and modularized. It was also expected that a map of the human body would contribute to improving the learning comprehension of acupuncture points. Keywords: Educational teaching materials, Modularization, Low cost, Acupuncture points