「こくしくん」のあゆみ~国試過去問集からアクティブラーニングのための統合学習ツールへ~ 鮎澤 聡,周防佐知江 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:「こくしくん」は,視覚障害学生の学習支援のために,検索機能が充実し,PCやiPad・iPhoneなどのモバイル端末で動作する学習ツールとして,汎用データベースソフトウェアを用いて作成された。当初,国家試験対策としての国家試験過去問集であったが,次第にアクティブラーニングのための統合的学習ツールへと進化していった。こくしくんは単に視覚障害保障が施された学習ツールではなく,アクティブラーニングを促す情報障害支援ツールとして機能した。 キーワード:こくしくん,アクティブラーニング,タブレット端末,学習ツール,情報障害支援 1.はじめに  鍼灸学専攻の学生は,はり師,きゆう師,あん摩マッサージ指圧師の国家資格の取得が大きな目標となる。そのためには国家試験(以後,国試)に合格することが必要だが,医学系の試験であり,問題には東洋医学の古典に依拠する問題から,年々増加している西洋医学的な知識まで盛り込まれていて,必ずしも容易なものではない。  学生は国試受験に向けて,晴眼者・視覚障害者を問わず,いわゆる「受験勉強」をすることになる。巷には多くの国試対策本が出版されているが,視覚障害者を対象としたものは極めて少ない。また,そのような目的のインターネットのサイトもあるが,視覚障害用に作成されているわけではなく,広告なども貼られており,視覚障害学生にとっては非常に使いにくいものとなっている。  そのような状況を背景に,鍼灸学専攻の国試対策を目的として,著者らは2016年よりタブレット端末(iPad)やスマートフォン(iPhone)で動作し,視覚障害者にも使い易いような国試の過去問集「こくしくん」の作成に着手した。初年度から国試対策としては一定の有効性が得られたが,開発の過程で学習ツールが生む様々な効果に気がつき,単なる国試過去問集からアクティブラーニングのための統合的学習ツールの開発へと舵を切ることになった。  本稿ではこれまでのこくしくん開発の経緯を概説し,その過程で得られたいくつかの論点について考察する。 2.こくしくん開発のあゆみ 2.1 開発の契機  こくしくんの開発は,とある学生の言葉に端を発している。ちょうど著者(SA)が4年生の担任となった2016年の春,何かの折に「ある事柄を勉強したら,その関連事項も調べて勉強したほうが良い」というような話をした時のことであった。学生が,「先生はそう言うけど,僕たちはそこにたどり着くのが大変なんだよなー」とひとこと,言ったのである。  確かにその通りである。その時,はたと,10ヶ月後に迫っている国試のことに思い至った。電子化されたデータベースであれば,検索機能を付加することができる。国試問題であればデーターベース化は容易である。ましてや自分で作れば,彼らの学習方法に沿った有用な検索機能を付加できるのではないだろうか。当時,国試合格率の向上は専攻に課せられた至上命題であり,ましてや私は受験生の担任であった。  これとは別に,本学に赴任して視覚障害教育に携わることになって以来,著者には学生達の学習に関し問題として感じていたことがあった。著者(SA)が担当している医学教育は基礎系から臨床系まで複数の科目で成り立っているのだが,学生達が学習する際,知識が各科目内での具体的な事象にとどまってしまうように感じていたのだ。言い換えれば,知識が汎化せず,抽象的・範疇的把握能力が低いという印象を持っていた。もちろん,こちらの指導能力やカリキュラムの問題も考慮しなくてはいけないが,仮にそれらの傾向が視覚障害に起因するものと考えると,先の学生が言う,検索するのに時間がかかること,或いは,晴眼者であれば何気なく入る周辺情報が得にくいこと,などが要因となっている可能性も考えられる。それであれば,関連情報に容易に触れることが出来る何らかの機能を教材に付与すれば,その問題を克服することができるかも知れないと考えた。  時を同じくして,図書館でインターネットの国試問題サイトでモニターに顔を近づけて勉強している学生を見かけたことにも後押しされ,こくしくんの開発に着手した。 図1 2016年当時のこくしくんの表紙 2.2 開発のあゆみ 2016年度  2016年4月末より開発を開始した。基とするソフトウェアとして,学生達の所持率の高いiPadとiPhoneで動作できるように作成が可能な,汎用のリレーショナルデータベースであるFileMaker(FileMaker社,現在はClaris社)を選択した。FileMakerはPC上ではMacとWindowsの両方で動作可能という利点もある。  2016年5月の連休と夏休みを費やし,9月に基本形が完成して「こくしくん」と命名した[1](図1)。  こくしくんには,過去24年間のすべての国試問題7440問(その後毎年追加)をデータとして入力した。すべての問題に,東洋療法研修試験財団が定める国家試験出題基準(以下,出題基準)の大項目・中項目でタグ付けを行った。ツールのレイアウトなどは,学生の意見を取り入れながら作成を進めた。そして,予想される学生の使用方法から,以下の4つの学習モードを設定した。 国試モード:各年度の問題を本番の国試のように解答を見ずに解いていく。各科目の点数などが自動的に集計・記録される。 項目学習モード:科目別・出題基準別・年度別等で検索して問題を抽出することができる。学習したい内容毎に効率よく学習をすることができる。 自由学習モード:任意の検索用語を用いて,科目をまたいだ横断検索ができる。たとえば,ある疾患名で検索をすれば,基礎科目から臨床科目まで,その用語が含まれているすべての問題が関連問題として抽出され,当該の科目のみならず,広い範囲で学習することができる。この方法を,関連情報に容易にアクセスし範疇的な把握を容易にする支援として位置づけた。 キーワード学習モード:上記の自由学習モードを用いて,出題基準を参考に重要な用語をあらかじめキーワードとしてこちらで設定しておく。学生はプルダウンメニューからキーワードを選択するだけで容易に検索入力ができる(図2)。  各問題には問題の解説などを書き込める欄を付し,学生自らがそこに書き込むことを期待した。また,問題には学生がA・B・Cなどの自己マークを付して後に問題の抽出を容易にするなど,検索に関する利便を多くはかった。  文字拡大や白黒反転などはiPadなどの備え付けの機能を活用できるが,それ以外にも,視覚障害の状況に応じて文字のサイズやフォントなどを学生ごとに調節する,音声ラベルを付ける,正解・不正解を音と振動で呈示する,東洋医学用語にかな表記を付す,などの視覚障害保障を行った。  実際の学生の使用については,たとえば冊子の問題集の使用を好む学生もいるため,使用については強制せず,全員に説明をした上で希望者のみに配布を行ったところ,当時の4年生16名中9名(点字使用者2名,墨字使用者7名)が使用を希望した。  配布前と配布後1・3ヶ月の時点で,使用状況などの調査を行った[1]。キーワードから自由に問題を検索できる機能は,自分の求めている問題にすぐにたどり着くということで全員が役に立つと回答していた。また自己マークを用いて重点的な復習を効率良く行っている様子がうかがえた。一方,教材の利用場所について問うたところ,通常の机上での使用に加えて,ベッドやソファといった環境で用いられることがあること,移動先で多く用いられていること,また,友人とグループで勉強するときに用いられていることなどがわかった。これについては,弱視と全盲の学生がスクリーンリーダーを用いて一緒に勉強をしていたということであった。確かに,iPad・iPhoneといったモバイルツールで学習ができれば,彼らは拡大読書機やかさばる点字資料から離れて学習することが可能となる。この調査の結果から,iPad・iPhoneが,文字拡大や白黒反転といったアクセシビリティ機能のみならず,それらの持つ可搬性・機動性が非常に重要であることを認識し,アクティブラーニングのツールとして積極的にiPad・iPhoneを活用していく方針を立てた。また,見える,見やすい,といったいわゆる視覚障害保障だけではなく,どのようにして情報を得たり発信したりしていくかという観点での支援,すなわち情報障害支援が重要であるという立場を明確にした。  この年の国家試験の合格率は,幸い,低迷していた前年度より向上した。こくしくんもそれに寄与したと思ってはいるが,年度毎で学生の元々の学習能力の差もあり,一概にこくしくんの成果とすることはできない。しかしながら,学生同士がこくしくんを媒介にして交流しながら能動的に学習を進めたことは大きかったのではないかと考えている。それによって受験に向かっていくクラスの雰囲気が形成され,全体として成績の向上につながった,という印象を持っている。これについてはその後の年度も同様である。一方で,低学力の学生の成績の底上げについては,こくしくんのもつ機能が直接に有用であるという手応えがあった。また,こくしくんは補講などを限られた時間の中で有効に行うのにも有用であった[2]。 図2 キーワード検索の例 図3 "Handrail"と"Slide and Flick" 2017年度  2017年度は全盲の学生の使用希望者がいたため,全盲者用に特化したiPhoneバージョンを充実させた[3]。ここでは,画面構成をシンプルにする,音声ガイドを充実させる,画面上で迷わないように画面に隙間のないようにボタンを配置する,などに留意して開発を行った。また,ハードタイプのカバーケースの縁をなぞるようにして目的のボタンを探し,そこからフリックで進めるようなレイアウトを考案した。これにより,目的のところに到達するため頻回にフリックを行う必要がなくなった。ケースの縁をなぞって周回する様が春日の校舎棟の廊下の木のガイドに似ていたため,このレイアウトとアクションにそれぞれ"Handrail" "Slide and Flick"と命名した(図3)。  また,前年度にキーワードとして設定した用語に簡単な解説を付した「あんちょこ」の作成を開始した。学生は問題を解く際にこれを簡便に参照することができ,また自らそこに書き加えることも可能である。あんちょこを用いてある事項について学習した後に関連問題にあたることが可能となり,自習のみならず演習形式の講義においても活用された。  この年の国試の成績は不調であった。こくしくんは受験生に配布はしたものの,著者自身は学生との直接の関わりがほとんどなく,こくしくんの学生の使用状況も不明である。しかしながら,iPhoneバージョンの使用を希望し活用していた全盲の学生は,きゆう師とあん摩マッサージ指圧師の国試に合格することができた。ヒアリングでは,検索機能を用いた学習を多く用いており,また,寝る前に布団の中で勉強する時に用いるなど,概ねこちらの意図した方法で活用していたようであった。 図4 我々の研究目標 2018年度  科学研究費を獲得したことを契機に,目標を単なる国試対策から,アクティブラーニングのための統合的学習ツールの開発へと舵を切ることになった。それまでの経験を踏まえて全体的な研究の方向性を立て(図4),こくしくんを情報の統合支援ならびに創出支援のツールとして位置づけた。  その方策の一つとして,自学自習のための「ノート」の機能をこくしくんに付加した[4]。学生は自らが設定したテーマでまとめのノートを作ることができる。その際,彼らが「書いて」「まとめる」という習慣や能力に乏しいことがわかっていたため[5],こくしくんにおいては,文章だけではなく,写真・PDF・Wordファイル・Webページ・音声メモなどを束ねることでまとめにできるようにした。特に写真は,iPad・iPhoneのカメラ機能を用いて資料や教科書を簡単に取り込むことができ,それを日常的に使用している学生も多いため,活用することを勧めた。さらに,作成したノートに学生自らが出題基準のタグをつけることで,ノートから関連問題を検索・参照できるようにした(図5)。このノート機能をフルに活用した学生は352枚のまとめノートを作成していたが,全体としては期待していたほどには活用されなかった。  この年の4年生はクラスの雰囲気も良く,出先での空き時間にこくしくんを使って皆で勉強している様子も見うけられていた。また,当初こくしくんを使用していなかった学生も国試近くなって使用を始めており,短時間での効率的な学習には有用であると感じた。  年度末に,大学の支援を受けて,チュートリアル形式の講義室と学生の自習室を兼ねた部屋を校舎棟に整備することができた。ディスカッションが行い易いように,  自由にレイアウトができる涙型のテーブルを配置した。また,学生の学習スペースにはあえてPCや大きなモニターを設置せず,かわりにiPad・iPhoneを活用しやすいコンパクトな架台などを設置した。 図5 学生のノートの一例 2019年度  こくしくんに,経絡経穴の教科書の内容を辞書的に用いることができるようにデータ化した「おつぼねさん」,ならびに石崎の開発した東洋医学辞書「けんさくくん」[6,7]を搭載し,東洋医学領域の学習資料を充実させた。いずれも,学習の際に辞書的に用いることができるほか,あんちょこと同様に,その用語が含まれる関連問題を容易に参照することが可能となっている[8]。  機能が充実してきた分,構成がやや複雑になってきたため,「ターミナル」という検索ページを設置した(図6)。これは,任意の画面である用語を選択したうえでターミナルに移動し,そこで,あんちょこやおつぼねさんといった検索対象を選択できる機能である。通常の「選択→コピー→移動→ペースト→検索」というアクションが「選択→移動→検索」といようにアクションの数が減るというメリットがある。また,ターミナルではPDFにした教科書やインターネットなどからコピーしてきた用語を検索することもできる。  その他,問題数の集計機能を充実させたことで,過去問の出題傾向の解析にも用いるようになった。  この学年は,多くの学生がこくしくんを使用していた。特に,前年度に整備された自習室を用いて,複数人数でこくしくんを用いて学習している姿をみることができた。また,後に,点字使用の学生が,こくしくんで必要な問題を抽出したのち,点字データの過去問集で年と問題番号で検索をかけて問題を選択して学習していたことを知った。 図6 ターミナル 2020年度  出題基準が変更されたため,年度初めにそれを反映させる改訂作業を行った。それと同時に,出題基準を用いて問題・あんちょこ・ノートの関連付けを明確にし,関連するデータ間を容易に行き来して参照し易いように大幅に作り替えた(図7)。あんちょこも出題基準の小項目をより意識したものに整理した。これは,それまでの調査で,出題基準で検索をかけて問題を抽出している学生が多かったことと,学習において出題基準を意識させる目的で行ったものである。また,出題基準別の過去の問題数などの集計表示機能も付加した。  さらにこの年から,問題の解説を充実させる方針とした。開発当初から問題の解説欄は設けてあったものの,それは学生自身が書き込むものと位置づけており,こちらとしては積極的に解説の作成を進めてこなかった。しかし学生の要望が多く,またこの年はコロナ禍での在宅学習というハンディもあったため,専攻教員の協力を得て,教員が作成したオリジナルな解説の掲載を進めることとした。また,あんちょこも項目を増やすなど,コンテンツの充実をはかった。  この年,コロナ禍で学生は前期から講義は完全オンラインとなった。春に帰省してから大学に戻れない学生もいたが,こくしくんを電子配布することで過去問を参照できる環境を在宅で維持させることができた。また,過去問を解くことを在宅中の課題とし,各自が作成した問題の解説や学習内容をこくしくんに移行させて後の学習に活用できるようにした。また,学習障害のある学生に対してこくしくんを用いて徹底的に反復学習をすることを試み,その学生は卒業試験ならびにあん摩・マッサージ・指圧師の試験に合格することができた。 図7 出題基準の例 2021年度(現在)  前年度より導入した出題基準を重視した方式を継続し,問題・あんちょこ・ノート,およびその他の資料を行き来しながら学習を進めやすいようにインターフェースをさらに改善していった。問題の解説も過去5年間の解説つけの作業が完了した。  一方,学習モードとして新たに「系学習モード」を設定した。これは,生理学や臨床医学各論といった科目別で分類されている問題を,「神経系」「呼吸器系」などと臓器・機能別(系別)に分類しなおしてタグ付けを行うことで,同じ系の基礎科目と臨床科目をまとめて学習できるようにしたものである。たとえば,呼吸器系を苦手とする学生が,解剖学-生理学-臨床医学総論-臨床医学各論-リハビリテーション医学-東洋医学臨床論と,基礎から臨床まで,さらには西洋医学と東洋医学をまたいで,関連の問題やあんちょこ・ノートにアクセスしながら学習を進めることができる(図8)。このコンセプト自体は当初から横断検索を用いた自由学習モードで目指したところであるが,その関連付けを系としてこちらで設定したということになる。一方,開発当初からの自由学習モードの機能も非常に有効であり,より使い易い簡潔なインターフェースに整備した。   3.考察 3.1 データベースソフトウェアの活用について  今回,こくしくんの作成には汎用のリレーショナルデータベースであるFileMakerを用いた。ソフトに元々備わっている検索機能を活用し,さらにプログラムを組んで操作を容易にすることで,学生のアクセシビリティーを向上させた。目的の問題を抽出する,効率よく短時間で複数の問題を学習する,繰り返し反復して問題を解く,などの作業には極めて有用であったと考えている。  こくしくんでは,最終的に,「問題」「あんちょこ」「ノート」の3つのデータセットを「出題基準」あるいは「系」というカテゴリーで関連付けることで相互の参照を容易にしているが,この構成にもリレーショナルデータベースの機能が活用できた。さらに,データベースソフトの有する集計機能は,各科目別の正解率の集計や,疾患別の問題数の集計,出題基準の項目別の出題率の分析などにも用いることができた。  FileMaker社(現在はClaris社)はApple社の傘下にあり,FileMakerもAppleが力を入れているVoiceOverや音声ラベルなどのアクセシビリティ機能に対応していたことも,今回の視覚障害者用ツール作成には非常に有利であった。  ところで,学生達はPCなどでノートをとる場合,「Word」やメ「メモ」などのソフトを用いることが多い。しかしながら,それらの情報を速やかにPC上でとりだし有効に活用できるように整理するのには工夫が必要である。著者が観察している限りでは,学生が行っている方法には,ファイル名やフォルダ名で丁寧に整理して目的のファイルを見つけやすくするか,できるだけファイル数を少なくし(たとえば1科目に1ファイルのみ),検索を用いて目的の記載されている部位を探し出すようにするかの,二つのパターンがあるようである。  ここで,もし最初からデータベースでノートを作れば,全科目を一つのファイルで一括管理することが可能である。教師側の資料も同じ形式で配布すればノートと合わせて管理することもできる。また,現在は講義のレポートなどはWordで作成して提出されることが多いが,初めからデータベース内で作成すれば,作成・保管から提出まで一貫して行うことが可能である。さらに,こくしくんのノートで行ったように,写真など他の資料との統合も容易である。データベースという性質上,長い文章の管理には向かないなどの欠点もあるが,視覚障害学生の文書管理という観点からは,データベースの活用を考慮しても良いのではないかと考えている。 図8 系学習モードの例 3.2 情報障害支援について  当初は検索機能を充実させ,目的に早くたどり着けるために作成したこくしくんであったが,先に述べたように,ツールを用いることで学生達の学習形態が変化することを経験した。著者らは,こくしくんを,視覚障害保障ツールではなく,情報障害支援ツールとして位置づけている。見える,見やすいなど,視認性に関することは,どちらかと言えば「情報伝達」のための保障である。一方,こくしくんを用いることで能動的に行われたグループ学習などは,いわば情報の創発形態であり,アクティブラーニングの本質であると考えている。すなわち,こくしくんは学生の能動的学習を促通する「仕掛け」として機能した側面があると考えている。過去問を解くという問題解決的要素があったことも,仕掛けとして機能し易かったのではないかと考えている。 3.3 「書く」ことと「まとめる」ことについて  こくしくんは,問題の解説や学習内容を書いてまとめる機能を当初から備えていた。特に2018年度からは国家試験問題やあんちょことリンクさせるなどの利便をはかったが,学生には思いのほか活用されなかった。  周防らの調査によると,少なくとも本学の視覚障害学生には,「書くこと」や「まとめること」が全体として行われていない[5]。これには「書く」という作業の視覚的困難さや,「読む」あるいは「聴く」を重視する文化の問題があるかも知れない。また,タイプ技術の問題もある。特にiPadでの内部キーボードを用いた入力を使いこなすには習熟が必要であるが,自前のノートを352枚つくった学生は,iPadを用いた教育に力を入れている視覚支援学校の出身であり,文字の入力はもちろん,iPadの操作にも習熟していたというケースであった。大学入学後の学習のためにも,初等・中等教育においてタッチタイプやiPadの使用技術が習得されていることが望ましいと考えている。 3.4 国家試験対策としての有用性について  先にも述べたように,少人数の学生で個々の学力差も大きく,年度毎の国家試験の合格率を単純に成果としてとりあげることはできない。しかしながら,介入を始めてから成績の安定は得られている。印象としては,先に述べたように,こくしくんが試験対策に向けてのクラスの雰囲気作りに貢献すると同時に,低学力の学生の底上げに役立っていると考えている。 4.おわりに  こくしくんのこれまでの開発の過程を概説し,そこで得たいくつかの論点について考察した。考察では割愛したが,iOSのスクリーンリーダーであるVoiceOverでの東洋医学用語の読み辞書が不充分なこと,点字に対応していないこと,などの問題も残されており,今後の課題としたい。また,今回はWi-Fiのない環境でも使えることを前提として作成・運用しているが,クラウドを活用してPC等とリンクさせることで,より多様な活用が可能である。  近年学習におけるICTの活用が推進され,いまや初等教育においても日常の学習にタブレット端末が取り入れられている中,視覚障害教育においてはむしろ遅れをとっているようにも感じる。学習へのICTの導入については,著者は必ずしも肯定的な立場にあるわけではないが,視覚障害教育においてはICTが大きな福音となっているのは確かである。理療教育の領域でも教科書のディジタル化の動きがあるようだが,今後こくしくんとそれら教材とのリンクをはかることができれば,よりスマートで便利な視覚障害者が使いやすい統合学習ツールを構築することができると考えている。 謝辞  本研究は以下の助成を受けて実施した:平成28年度文部科学省特別教育経費「視覚障害学生のための就労・教育支援基盤整備事業」,平成29年度 筑波技術大学教育研究等高度化推進事業(区分D))「鍼灸学専攻国家試験対策ならびに視覚障害学生のアクティブ・ラーニング保障」,平成30年度 戦略2「ICTを活用した視覚障害学生のアクティブ・ラーニング支援」,平成30年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金,基盤研究(C))18K02854「視覚障害教育における情報障害支援のための学習ツールの開発とタブレット端末の活用」,平成31年度 筑波技術大学教育研究等高度化推進事業(区分B)「ICTを活用した視覚障害学生のアクティブ・ラーニング支援」   参照文献 [1] 周防佐知江,鮎澤聡,近藤宏,笹岡知子,緒方昭広,石塚和重.弱視教育における検索機能の活用─汎用データベースソフトウェアとタブレット端末を用いた試み─.弱視教育.2017;55(2):p1-7. [2] 白岩伸子,鮎澤聡,周防佐知江,近藤宏,笹岡知子,緒方昭広,石塚和重.あはき師国家試験対策補講における汎用データベースソフトウェアの活用.筑波技術大学テクノレポート.2017;25(1):p26-31. [3] 鮎澤聡,周防佐知江.スマートフォンを用いた学習支援ツールの作成―“Handrail” ナビゲーションの導入―.弱視教育.2018;56(3):p9-13. [4] 鮎澤聡,周防佐知江.ノートとしてのタブレット端末の活用に関する検討.第60回弱視教育研究会全国大会大阪大会抄録集.2019-1-28(札幌).2019:p40-41. [5] 周防佐知江・鮎澤聡.アクティブラーニング支援を目的とした視覚障害学生の学習形態調査.筑波技術大学テクノレポート.2018;26(1):p57-62. [6] 石崎直人.東洋医学を学ぶ視覚障害者のための用語検索教材の開発と実用性の検証.全日本鍼灸学会雑誌.2018;68(4):p274-282. [7] 石崎直人,周防佐知江,鮎澤聡.視覚障害学生のための国家試験自主学習ツールとしての東洋医学用語検索システムの有用性と展望―「こくしくん」への実装と課題―.筑波技術大学テクノレポート.2020;27(2):p1-5. [8] 周防佐知江,鮎澤 聡.視覚障害学生のアクティブラーニングに向けた環境整備の取り組み─「こくしくん」のキーワード検索活用による経絡経穴概論の並行学習の提案.筑波技術大学テクノレポート.2020;27(2):p6-11.